恋の瞳がひらくとき   作:こまるん

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こいしに拒絶され、途方に暮れる裕也。
彼に追い打ちをかけるように、狼の牙が迫る。
一方その頃、普段と異なり騒がしい森の様子に不信を覚える少女がいた──



救いの手

 

 

 

 ほんの、偶然だった。

 少し用があって森の中を散策していたのだが、なにやら木々が騒がしい。

 不審に思って人形たちに周囲を探らせてみると、狼たちが一斉に動いているようだ。

 

 彼らがこのように動く理由は一つ。

 獲物。それも、大きな。

 といっても、この森に大型生物が入り込むとは思えないから……

 

「……初見の人、かしらね」

 

 ここの狼たちはかなり賢い。未見の相手には最大限の警戒をもって挑み、万が一撃退された場合は、二度とその相手を襲わない。

 彼らは、人型の生物ほど見かけによって判別ならないものはいない。ということをよく理解している。

 これだけの警戒網。きっと、見知らぬ人間が立ち入ったのだろう。

 洗練された狩りの標的に遭ったものは、それがただの人間である限り、なすすべもなく狩られてしまうのは明確。

 

 まぁ、狼たちに限らず、ここの危険度の高さは人里にも広く知れ渡っている。 村の掟で立ち入りが禁じられているほどだ。

 だから、ここに入り込んでくるのは、余程の強者か、自信だけの身の程知らずか、自殺志願者か。

 どれにせよ手を出す必要は無い……が。

 

 なにか、胸騒ぎがする。

 

 なんの根拠もない、ただの直感。

 彼女は、人形たちを周囲に集め臨戦態勢を整えさせると、包囲網が完成されようとしている方へと走り出した。

 

 うっそうと茂る木々の間を駆け抜け、広場のような場所へと抜ける。

 一気に開けた視界に飛び込んできたのは、案の定、狼の群れと、その標的となる人間だった。

 

 さて、今度は一体どんな命知らずなのか。

 せっかく出向いたので、顔だけでも観ておこうかと思った彼女は、対象の異質さに気付く。

 

 彼──後ろ姿から男性と推測された──は、にじりよる狼達に全く反応を見せず、ただ湖畔に立ち尽くしている。

 まるで、気づいていないかのように。

 

 まさか。そう思いつつも、彼女は人形たちに指示を飛ばす。

 数秒の間を置いて、潜んでいた子達が一斉に茂みを鳴らした。

 当然、その音は湖の方まで届き、男は胡乱げに振り返る。

 

──はぁ。まさかの方だったわね……

 

 明らかに今気付きましたと言わんばかりの青年の様子に、思わずため息が零れた。

 ほんの数瞬で、自らの状況を理解したのだろう。彼は諦めたかのように目を閉じる。

 

 助けるか、否か。

 思わず助け舟を出してしまったとはいえ、この森に立ち入った以上、かの青年の自業自得。

 それは間違いないし、ここで邪魔することは折角の獲物に歓喜する狼たちにもあまりに失礼だ。

 

 本当に迷い込んだだけの素人のようで、見捨てるには少々忍びないが……これも、自然の定めというものだろう。

 

 そう、自分に言い聞かせた彼女は、直ちに立ち去ろうと考えた。

 しかし、せめて、彼の最期だけでも見守ってやろうと思い直し、青年を眺める。

 

 思えば、これが最大の分岐点だったのかもしれない。

 青年に改めて注目した時、たまたま彼の顔がよく目に入った。

 

 まだまだ青さの残る顔が。

 死への恐怖に目をぎゅっと閉じる顔が。

 

 そして。 彼女には見えてしまった。

 震える唇から紡がれる言葉が。

 

 彼女には聞こえてしまった。

 後悔と悲哀に充ちた言葉が。

 

『──ごめん』

 

 彼女をつき動かしたのはなんだったのか。それは今でも定かではない。

 しかし、彼の最期の有り様は、確かに少女の心を動かしたのだ──

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「…………?」

 覚悟した痛みは来ない。

 意識が遠くなることもない。

 不審に思い、目を開く。飛び込んできたのは、狼の群れと妖精達との戦闘だった。

 足元にノびている狼が、たった今俺に飛びかかってきていた奴だろう。

 

 状況についていけず固まっていた俺の目の端に、金髪の女性が映った。

 茂みの中から出てきたであろう彼女と目が合う。

 

──刹那、目の前の狼たちが吹き飛ぶ。

「こっちにッ!」

 

 突如開かれた目の前の道。

 同時に聞こえてきた、誘う声。

 

 頭が理解するよりも先に、体が動いていた。

 

 強ばる足を必死に動かし、女性の元へ走る。

 狼たちが新たに完成させるよりも一瞬早く。

 俺の体は包囲網の外に飛び出した。

 

 辿り着くや否や、少女は俺の手をつかみ走り出す。

 

 鬱蒼とした茂みの中を、彼女に手を引かれ走る、走る。

 隆起する根っこに何度も足を取られそうになる。

 少女は思いのほか早く、足がついていかず転びそうになる。

 

 絶対に離すまいと、少女の手を強く握る。

 その行動を恐れと受け取ったのか、彼女は安心させるように握り返してくれた。

 

 延々と続いていた木々を抜け、また開けた場所に出た。

 ひっそりと佇むログハウスが味のある風景を生み出している。

 

 後ろを見た。

 狼たちが追ってきている様子はない。

 

 助かった──

 

 ここにきて沸き起こる実感。

 思わず足から力が抜け、少女に額を押しつけるようにもたれかかってしまう。

 体が震える。俯いた目線の先の土が酷く歪む。

 

 

 未曾有の危機から救い出してくれた少女。

 金色の髪は宵闇において美しく輝き、その背中は途方も無く大きい。

 

 

 

 俺を奈落から引っ張りあげてくれたその手の柔らかさを、俺は生涯忘れないだろう──

 

 

 

 

 


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