相当に難産でして、出来上がった今も正直投稿するのが非常に怖いです・・・・・・
暗いシーンになってしまいますが、どうかお付き合いくだされば幸いでございます。
あらすじ
不器用な青年と、心を閉ざした少女。
ひょんなことから始まった二人の関係は、冬が明けても続いていた。
しかし、ある日、彼は少女の正体に気付いてしまう。
その場に居合わせてしまった彼女はその場から走り去り、彼は慌てて後を追う──
不意に開けた視界に飛び込んできたのは、大きな湖。
走り抜けることさえ一苦労なほどに生い茂っていた木々もここばかりは絶え、なんと、この森の真っただ中と言うのに光さえ射している。
空からの光を水面がキラキラと反射しているそのさまは、この森全体の不思議な雰囲気と相まって、どこか幻想的な世界を作り出していた。
水際に佇む人影。自らの知るものよりも一段と小さく見えるその背中を見つけ、彼は無理やりに動かしてきた足を止める。
「こいしッ!」
絞り出すようにして叫ばれた自らを呼ぶ声に、少女は俯いていた顔を上げる。
「……ごめんね、だまってて」
暫くの沈黙の後、こいしは、のろのろとこちらへ顔を向けると、静かに語り始めた。
「もう知っちゃったと追うけど、私は妖怪……それも、”覚り”。あらゆる人妖から忌避される存在。
覚りは、対峙した相手の心を読み、トラウマを呼び覚ます。……怖いでしょう?」
抑揚のない声で続けるこいしだが、聞き捨てならないことがある。
「待てっ!俺がお前を怖がってなんかいない!お前がたとえ何であっても怖がるつもりもない!」
俺の必死の訴えにも、彼女は反応を返さない。
まるで聞こえていないかのように。
「一緒にいるってだけでも迫害を受ける原因になってしまう私は、本来貴方といることが許される存在ではなかったの。
……でも、ありがとう。短い間だったけど、私は本当に楽しかった。」
──待て、この子は何を言っている? これではまるで……
これ以上話させてはいけない。そう直感し、更に足を踏み出そうとして、気づく。
彼女は何を見ている? 何に話している?
既にこいしの瞳は俺を映し出していない。
それに感付くと、俺の足は止まってしまった。
「こいし──ッ!」
俺は、ここにいる。そう宣言するかのように彼女の名を叫ぶ。
ピクリと反応したこいしは、ゆっくりとこちらに目線を向ける。
しかし、その眼は冷たく、光を灯していない。
思わず身を竦ませた俺に、彼女はすぐに興味を失ったように目線を切った。
「……ほら、やっぱりニンゲンはサトリを恐れるんだ」
違う、と叫びたかった。
「さよなら」
こいしが向こうを向く。
彼女までは、ほんの数歩。
それなのに、僅かなはずのその距離は、想像を絶する程に遠い。
縋るようにのばされた手は──無情にも空を切った……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
どれほどの時間が経っただろうか。
どれほどの時間立ち尽くしていただろうか。
なんのために追いかけてきたのかわからない俺をあざ笑うかのように、降り注ぐ雨が頬を撫でる。
天気だけではない理由で辺りが暗くなっていることにも気づかず、俺はただ茫然としていた。
アオーン、とどこかで犬の遠吠えのような声が聞こえる。
バサバサとコウモリが飛び交い、ガサガサと茂みが揺れる。
いつの間にか高く上っていた月。
満月には程遠いそれは、それでも確かな光量で湖を浮かび上がらせていた。
そんな綺麗でもあり不気味でもある静寂を打ち破ったのは、茂みが揺れる音だった。
先ほどと違い、一帯から同時に聞こえてくる物音。
やけに統一された大きな音にようやく我に返った裕也は、バッと振り返る。
しかし、それはあまりにも遅すぎた。
振り返った彼の目が捉えたのは、自らをぐるりと囲む狼の群れ。
確実に青年を獲物と捉え、じわじわと包囲網を狭めていく。
ただの人間でしかない彼が生き延びるには、気づくのが余りにも遅すぎた。
──終わったな
誰の目にみても絶望的すぎる状況に、彼は笑う。
勝算があるわけでもない、気が狂ったわけでもない。
ただ、馬鹿らしかった。
目の前で彼女を失い、そして今、自らの命も失われようとしている。
──まったく、どこで間違えたんだろうなぁ……
一斉に飛びかかってくる狼たちに、彼は目を瞑り、痛みを待つ。
「こいし、ごめん……」
思わず口からこぼれ出たのは、彼女の名前。
最期に胸を占めたのは、もう見ることは叶わなくなってしまったこいしの笑顔だった──