恋の瞳がひらくとき   作:こまるん

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 初めましての方は初めまして。萃儀伝から来て下さったかたには感謝を。
 こいしちゃんの話がどうしても書きたくなったので、萃儀伝の合間に書いてみることにしました。
 スキマにちょくちょく書いていく所存ですので、不定期更新にはなってしまいますがどうかよろしくお願いいたします。






出会い

 

 人里から大きく離れた所に、ひっそりと佇む一軒の家があった。

 貧相というわけでは無いが、館と呼べるほど立派な訳でもない。

 縁側と、それなりの広さの庭があり、両親に子供二人くらいなら余裕で住むことが出来る程度の大きさではある。

 一軒屋としては充分すぎるといえるだろう。

 

 そこには、一人の男が住んでいた。

 種族は人間。歳は成人に届くかどうかといったところか。

 家族は居らず、特に親しい相手もいない彼は、一人で住むには少しばかり大きいこの家に、独り住んでいた。

 人付き合いが得意ではない彼であったが、生活に必要なお金を稼ぐために、普段は人里へ出稼ぎに出ている。

 

 特に何か目標があるわけでもない、退屈な日々。

 しかし、そんな日々は、とある少女の訪問によって終わりを告げる──

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 冬も半ばに差し掛かったある日のこと。今日も仕事を終えて帰ってきた彼は、買ってきた食材を並べて夕食の準備に取り掛かっていた。

 

(今日は一段と冷えるし、鍋にしようか。準備は楽だし)

 

 そう考えた彼は、鍋に野菜を豪快につぎ込むと、火をおこす。

 一人暮らしならではの、いわゆる手抜き料理だ。

 

「男一人だと、こういうのがまかり通るから良いよなぁ……」

 

 そうしみじみと呟き、一人で鍋をつつく。

 寒いときは、鍋に限る。身体の芯まで温まるような心地にほっと息をついた。

 

「……吹雪いてきたな」

 

 窓の外を見ると、空気は真っ白に染まっていた。

 外はかなり荒れているようで、ゴウ、と轟音を立てて風が吹きすさぶ。

 

(危なかったな。もう少し帰るのが遅かったら、もろ被害を受けていたぞ)

 

 この吹雪に晒される自分。想像するだけで身震いする。

 こんな中、外に出たらひとたまりもないだろう。

 

 そんなことを考えながらも炬燵に入り、鍋をつついて温まること数分。

 

──コンコン

 

 不意に、扉が鳴った。

 

(……来客? 一体誰がこの吹雪の中こんな所までやってくるんだ?)

 

「はいはい」

 

 出ないわけにもいかない。軽く返事をして、戸を開ける。

 途端に、ビュウ、と雪が吹き込んできて、思わず顔を覆った。

 

「あ、あの……」

 

 思わぬ可愛らしい声が届いてきたことに驚き、声の先をみる。

 そこには、身体を雪で真っ白に染めた少女が立っていた。

 

「えっと、ちょっと玄関まで入れて貰えると嬉しいかなーなんて……」

 

 控えめにいう彼女だが、もし俺が断ったら、この豪雪の中どうするつもりなんだろうか。

 ……勿論、そんな冗談を考えている場合ではない。

 狭い家でよければ、と前置いて、招き入れる。

 

「ありがとう!急に吹雪いてきちゃって……。マシになるまで此処に居させてもらって良いかな……?」

 

 そう言って玄関口で真っ白な息を吐く彼女。

 雪でぐっしょりと揺れた少女は、放っておけばすぐにでも風邪をひいてしまいそうにみえた。

 

「あー……えっと、ちょっと待ってな」

 

 そう告げて、風呂場へ行き、バスタオルを1枚取ってくる。

 

「ほら、これ使うと良いよ」

 

「わっ、ありがとう!」

 

 嬉しそうな声を上げ、タオルを受け取る少女。

 大雑把にだが身を拭いたのを確認して、声をかける。

 

「そんな所にいたら風邪引くだろうし、中に入るか?」

 

「えっ、いいのかな?」

 

 俺の申し出に、目をキラキラとさせる少女。

 

 そりゃあまあ、少しでも寒さのマシになるところに行きたいよな。

 

「ああ、俺は一人暮らしだし、君さえ良いのなら上がって暖をとると良いよ」

 

「わー!ありがとう!」

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ少女に、こちらも顔が綻ぶ。

 警戒心の薄さには少々心配になるが、この非常時だ、そんなことは二の次なのだろう。

 

「ほら、こっち。炬燵入って良いよ」

 

「で、でも、わたし濡れちゃってるけど」

 

「タオルで拭いただろ?多少湿っているのなんて気にするな」

 

「えっと、それじゃあ、失礼しまーす……」

 

 そう言っていそいそと炬燵に潜り込む少女。

 炬燵に入るやいなや惚けたような顔になる彼女の様子に、やはり相当寒かったのだと、自分の判断が間違ってなかったことを確信した。

 

「ちょっと待ってな」

 

 断りを入れて台所へ向かい、小さめの器と、レンゲ、箸を手に取って、居間に戻る。

 一人暮らしとはいえ、食器類には予備が結構あったのが幸いした。

 

「ほら、暖まるよ?」

 

 器によそって差し出してあげると、少女はぱあと顔を輝かせる。

 

「ほんと?いいの?ありがとう!!」

 

 はふはふと幸せそうに鍋を食べる彼女の様子を観ていると、疲れた心が癒されるような気がした。

 

 落ち着いたところで、改めて少女を観察すると、緑色の髪に緑色の目……と、今更ながらかなり特徴的な外見をしている。

 中でも際立っているのが、胸元の……ボール?

 一体何に使うものなのか全く分からないが、球状の物体が浮かんでいる。

 そこからはコードが少々複雑に伸びていて、身体をぐるっと一周したり、頭に繋がったりしているようだ。

 

 ……まぁ、多少気にはなるが、いちいち詮索することでは無いだろう。

 

 余計なことはきかないことにして、自分も鍋をつつくのを再開する。

 

 誰かと鍋を囲うのなんて、いつ以来のことだろうか。

 少女と2人で食べるその鍋は、いつも以上に美味しく、また、温まるように感じた。

 

 余計な口は聞かず、黙って鍋を楽しむ。

 食後はお茶を飲みながらのんびり過ごし、小1時間ほど経過した。

 

「収まったかな」

 

 外を見ると、先程までの猛吹雪が嘘であったかのように空はからっと晴れていた。

 これなら、大した問題もなく外を歩くことが出来るだろう。

 雪はかなり積もっているだろうが、このあたりを通りががる人にとってはさしたる問題ではないはずだ。

 

「……そうだね。そろそろ帰ろうかな」

 

 そう言って立ち上がる少女。

 

「ああ」

 

 言葉少なに返し、俺も立ち上がる。

 もちろん、彼女を見送るためだ。

 

 無言で玄関まで歩いた少女は、そこでくるりと振り返ると、口を開く。

 

「……そう言えば、まだ名乗ってなかったね。私の名前は、こいし。今度会うことがあったら、その時は名前を呼んでくれると嬉しいなっ!」

 

 そう言ってくしゃっと笑う。

 こいしちゃん、か。

 

「俺の名前は、柊裕也(ひいらぎゆうや)。

 ……また来てくれたら、歓迎するよ」

 

 自然とそんな言葉がこぼれたことに驚愕する。

 それは彼女も同じだったようで、大きな目を丸くしていた。

 

「ふふ、それなら、また来ちゃうかも!

 今日は本当にありがとう。」

 

──またね。

 

──ああ。

 

 そんな言葉を交わして、二人は別れる。

 雪の残る野原をとことこと歩いていく後ろ姿を見送りながら、裕也は小さく息をついた。

 

 

 心を閉ざした少女と、人付き合いが苦手な青年。

 不器用な二人の物語はここから始まる──

 

 


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