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オレの大学の先輩に内海っていう人がいる。
内海先輩は金に貪欲である。お金の為ならたとえ火の中水の中。虎穴に入らずんば虎子を得ずと言わんばかりに、どんな危険にも首を突っ込むし、一片の遠慮もなく周りを巻き込もうとする。
『一円を笑う者は一円に呪われて死ね』が口癖の、それなりにヤバイ先輩である。
内海先輩は言った。
「真一、お前の変態受けのいい顔を見込んで良い儲け話がある。安心しろ、お前の仕事は天井のシミだけ数えるだけだ。なっ?」
オレは言った。
「ふざけんな死ね」
内海先輩。
やっぱ死ね。
「というわけで、暫くお世話になります。よろしくッス」
「男と一つ屋根の下とか夜這いし放題じゃないですかエクスタシィィィイイイ!(よろしく! 股が濡れるほど嬉しいよ!)」
「建前も本音もどうしようもないわねアンタ」
一輪さんは心底軽蔑するような目でキャプテンさんを眺める。
襲われるのは御免だし、どうしようもないのも事実だが、ここまで清々しいと逆に好感が持てる。不思議だ。
『真一さんさえよければ、暫くの間
命蓮寺の方々に一通り自己紹介をしてから朝食を済ませ、お茶を飲んで一息ついた頃、今後のことについて話し合っていた中、聖さんはそう発言した。
博麗の巫女さんがいない、八雲もどこにいるかわからないとなると、オレが外の世界に戻る手段はない。ひとまずは命蓮寺を拠点として、幻想郷を探索しようという結論に落ち着いたのだ。オレとしては願ったりかなったりだ。
幻想郷は広い。まだ行ったことのない場所へ足を伸ばすのもいいし、もう一度紅魔館や永遠亭を訪れるのもいいかもしれない。特に永遠亭、姫様には別れの挨拶もできなかったからな。……あ、魔理沙さんに生存報告もしないといけないな。心配してるかもしれないし。
今考えるだけでもかなりの選択肢がある。どこから行こうかねぇ。
「とりあえず、私の布団の中に来なよ! 快楽の海に溺れさせてあげるから!」
「しばくぞ」
「真一、人里はどうでしょう。活動の一環で午前中向かいますので、一緒にいかがですか?」
「人里かー……。そういえば、前行ったときはあんまり探索しなかったな。ぜひお願いするよ、寅丸さん」
「ちょちょちょちょーい! 扱いの差!」
うーむ。キャプテン相手だと敬語を使うのも馬鹿らしく感じる。不思議だ。
キャプテンはオレの友人の一人にいろいろ似ている。顔はいいのに馬鹿で変態なところとか。だからだろうか、適当にあしらっても罪悪感が微塵も感じないのは。
「村紗の扱いそれぐらい適当でいいわよ牧野さん。割といつもこんな調子だから、真面目に相手をするだけ疲れるだけよ」
「とか言っちゃっていちり~ん。アンタだって内心すっごく喜んでるでしょ、このむっつり!」
「だ、誰がむっつりよ! ただでさえアンタは死人より腐った顔つきしてるんだから、少しは自重しなさい!」
「
「何をぉ!?」
「あぁん!?」
*――――――――――――――*
ガゴォンッ! ドゴォンッ!
「ごめんなさい真一さん。うちの者たちがお見苦しいところを…」
「い、いやぁ……まぁ、刺激になってる証拠かと……」
身内に対して容赦の念などない。聖は肉体強化を行った状態で、村紗と一輪を文字通り沈めた。
拳で殴ったとは思えない音と共に床にめり込んだ村紗と一輪を見て、真一は誓った。聖さんは怒らせないようにしようと。幻想郷でも外の世界でも、いつもニコニコしている人ほど、怒らせたときに怖いのは同じなのだ。
「優しいのですね真一さんは。星が心を許したのもわかります。ですが、怒るときはちゃんと怒ってくださいね? この子たち、一度調子に乗ると降ろすのが大変なんです」
「もちろんです。オレにも限度ってものはありますし、襲われるのもご免なので」
「安心してください。
朝食時からずっと真一の隣に座っていた星は、そう言いながら両手を握りしめる。その様子からは、以前の星からは想像できないほど、強い決意が見て取れた。
「やっほー!あっそびに来たわよー!」
その直後、真一たちのいる部屋のふすまが勢いよく開かれた。
茶髪の縦ロールと、キラッキラの無数の装飾品をぶら下げて入ってきたのは、最凶最悪の双子の妹『依神女苑』である。
「あら女苑じゃないですか。再び修行をしに戻ってきたのですか?」
「あの修行生活も悪くなかったけど、今日は遊びに来ただけよ。ちょっと前に一輪から良い酒が手に入ったって聞いてねー。あ、これ言っちゃだめな奴だっけ?」
「………村紗だけでなく、一輪にも座禅をさせましょう」
「あちゃー、ごめーん一輪。って、ん?」
「あ、どうも」
目と目が合う真一と女苑。目が合ったというより、真一からの視線に女苑が気付いたというほうが正しいだろう。寺とは無縁そうな格好の少女がいきなり入ってきたのだから、真一は少し戸惑った。
女苑の格好は、幻想郷の住人としては珍しく現代的なものである。自分と同じく、外の世界からきた人間なのだろうかと思いながらジロジロ観察していた真一であったが、ついに2人の視線が交差した。
「男がいるじゃん!私疫病神なんだけど、取り憑いていい?」
「軽いノリでとんでもないお願いしてくるな。疫病神と言われてYESと答える奴はいないと思うぞ」
「そうでもないわよ。疫病神って病気とかの疫を『操る』神だからさ、精神的に擦り減ってる病人なんかは首を縦に振ってくれるのがたまにいるわ。ホントにたまーにね」
女苑の話は本当である。厄介な存在に変わりはないが、疫病神は疫を振りまくだけの存在ではなく、疫を操ることのできる存在である。
しかし、疫病神のイメージが悪いのも事実。現にこの幻想郷において、女怨はイメージが悪いほうの疫病神にピッタリの酷い容姿をしている。正常な人間が彼女を信仰することはまずない。最凶最悪の2つ名は伊達ではないのだ。
「しかし変わってるわねー。アンタ、ノーマルの人間でしょ?私とここまで普通に対話する男なんて初めてだわ。これは脈ありと受け取っていいわけ?」
「ないです。疫病神って貧乏神みたいなものだろ?いくら
「あー振られちゃった。間接的にお姉ちゃんまで振られてるし。流石お姉ちゃん、絶望的なまでに運がないわー………え? 別嬪? 私が?」
*――――――――――*
せっかく遊びに来てくれたのだからといって、聖さんは女苑さんにもお茶を出した。
その後、聖さんはお掃除と言って一輪さんとキャプテンを担ぎ、命蓮寺の奥底へ消えていった。そのときの聖さんの後ろ姿に、『彼女たちの行方を知る者は誰もいなかった』のテロップが見えた気がしたのは気のせいじゃないと思う。
「美醜逆転って、すごいわねーアンタの世界。私みたいな外見がキャーキャー言われるんでしょ?想像できないわ」
疫病神と聞くと良いイメージが沸きにくいが、女苑さんは話の通じる疫病神さんだ。何より接しやすい理由は、外見を褒めても照れることなく笑い飛ばしてしまうところだろう。
曰く『最恐最悪の疫病神が可愛かったら可笑しいでしょ!』とのこと。本人がそれでいいなら何も言うまい。
「というか星、アンタいつの間に男嫌いを克服したのよー!あ、もしかして真一って、アンタの
「え!?ち、違います違いまふ!真一とは決して断じてそのような関係では!」
「噛んでるじゃん!怪しいわー!真一はどうなの?アンタからすれば星だってなかなかの別嬪でしょ!身体つきだってほら!意外とボインボインなんだから!」
「きゃあ!?っどどっどこ触ってるんですか女怨さん!」
「(……寅丸さん、着やせするタイプだったのか)」
「真一も真顔で見ないでください!恥ずかしいです!」
寅丸さんは顔を真っ赤に涙目の状態でオレに言う。
しかしね、寅丸さん。ゲーム好きでもロリコンでも、どんなにヤバイ奴であろうと、目の前で可愛い女の子同士のちょっとエッチなスキンシップが繰り広げられていたら、黙って鑑賞してしまうものなんですよ。女の子には理解が難しい男の性なんですよ。
……でもあれか。オレの目にはそう映るだけで、幻想郷民には見るに堪えない光景なのだろう。オレの世界基準で言えば、ハリ〇ンボンの2人が戯れているようなものだもんな。そう思うと、なんか複雑な気持ちになるなぁ。
「っと。そろそろ時間かな」
「はぁ……はぁ……やっと解放されました……。女苑さん、これからご予定が?」
「ちょっとね。人里でお姉ちゃんと待ち合わせしてるのよ」
「待ち合わせって……お姉さん貧乏神って言ってたよな。人里は大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫。本気さえ出さなければ周りに危害を与えることはないし。良い取り憑き先が見つかったとか言ってたしねー」
良い取り憑き先ってなんぞ。ドМか?ドМなのか?
「オレと寅丸さんもこれから人里に行くんだ。一緒にいこうぜ」
「モチのロンよー。外の世界の話、もっと聞きたいし」
「……むぅ……二人きりがよかったです……」
「え?」
「な、何でもありません!さぁ行きましょう!」
中途半端なタイミングですが、ここで3章は終了です。
閑話を挟んでから4章に入ります。