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「私も午前中用があって訪れたのですが、博麗神社に霊夢さんはいませんでした」
「いない? 外出中だったってことですか?」
「それがただの外出ではないようでして……」
真一が寝付く前、星と交わした会話である。
星の話はこうだった。博麗神社に現在巫女はおらず、神社に住み着いている鬼と小人曰く、巫女は異変解決に向かっている真っ最中で、ここ数日帰ってきていない。
博麗の巫女を頼れないとなると、外の世界に戻る方法は一つだけである。
「霊夢さんの力を借りられないとすると、あとは八雲紫に……」
「八雲紫を倒せばいいんですね」
「え?」
ゲームの恨みは恐ろしい。間接的とはいえ、真一は彼女に、
八雲を倒して仇を打ち、外の世界に返してもらう。彼が最初に想い描いていたエンディングそのものである。
「そうと決まれば、早速攻略法を考えないとな! 寅丸さん、敵の弱点とかわかりますか?」
「……真一、今は身体を治すことを考えてください」
「…………はい」
言い返す言葉が見つからなかった真一は、大人しくそのまま眠りについたのだった。
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「おはよーございます!!」
はい、おはようございます。幻想郷に来て4日目にして初めて、何の変哲もない朝を迎えた気がするね。
メイドさんとチャイナ服の人がいるわけでもなく、魔法使いが隣で寝ているわけでもなく、妖怪少女に膝枕されているわけでもなく。外から聞こえる挨拶の声で目を覚ました爽やかな朝。朝というには少しまだ薄暗い気がするが、まぁお寺だからね、
昨日の怪我などなかったように、身体を起こして背筋を伸ばす。痛みが全くない。きっと寅丸さんの看病と聖さんがかけてくれた回復魔法のおかげだろう。魔法の力ってスゴイ。
正確には回復魔法ではなく、自己治癒力の強化魔法って言ってたけど、あれだ。リジェネをかけられたと思っておけば間違いないはず。
とにかく、身体は自由に動くのだ。目も完全に覚めてしまったし、ちょっと外に出てみよう。挨拶の声がするってことは、少なくとも起きている人が数人いるってことだし。
そもそもオレ、命蓮寺にどんな人たちがいるのか、まだ知らないのだ。彼此2日ぐらい命蓮寺に居させてもらってる身だし、朝の挨拶と初めましての挨拶はちゃんとしないとね。
布団を丁寧に畳んでから、ふすまを開けて部屋から出る。しばらく縁側に沿って歩いていると、先ほどの声の主であろう女の子と遭遇した。
「おはよーございます!」
「ああ、おはようございます」
「 ! おはよーございます!」
「…? おはようございます」
「 !! おはよーございます!!」
「………お、おはよーございます!!」
「 !!!! おはよーございますっ!!」
挨拶が終わらない、だと……。
何故だかわからないが、この女の子。オレが挨拶を返すと、すごく嬉しそうな顔して挨拶を再び投げかけてくる。あまりにも幸せそうな顔だから、挨拶を返す以外の選択肢が見つからない。
興奮しているのか、耳と尻尾が激しく動いている。ミニチュアダックスフンドの妖怪だろうか。
「これ響子、朝からうるさいぞ」
「あっ、おはよう親分! だってだって! 聖さんたち以外に挨拶返してくれた人初めてだったから! うれしくて!」
「そうかそうか。それはよかったのぅ」
「あれっ? マミゾウさん?」
「一昨日ぶりじゃの、真一」
*――――――――*
「へぇー。山彦って妖怪だったんだな」
「えへへ」
真一が頭を撫でると、山彦は嬉し恥ずかしそうな表情を見せる。
「話は聞いておるぞ真一。儂の警告を無視したのは水に流そう。よくあの『病院が病原菌』と名高い永遠亭から生きて戻ってきたものじゃ。流石、と言うべきかのぅ」
「ええ!? すごいです真一さん! 紅白巫女が『二度目は生きて戻って来られる自信がない』って言うほどの、地獄よりも地獄と名高いあの永遠亭から戻ってきたなんて!」
「酷い言われようだな永遠亭……」
縁側に座って会話に花を咲かせる三人。外来人の真一、人間に変化中のマミゾウ、門前の山彦『幽谷響子』である。
響子を挟んで座る形を取っているので、端か見ると家族に見えなくもないが、『男の趣味がどうかしてる』と思われることは間違いないだろう。
「やはりお主にとっては幻想郷は楽園なのかのぅ?」
「楽園かぁ……。確かに、今まで出会った女の子たちは皆、レベルが高いとは思いますよ。外見的にも強さ的にも」
それは間違いなく真一の本音だった。
今まで出会ってきた全て女子たちに対して、真一は「可愛い」、「美しい」と言った感情を抱いていた。輝夜相手に至っては本気で恋に墜ちかけるほどだ。
しかしである。真一がそう思うことはつまり、幻想郷では逆の意味を持つことになる。
この場においてイレギュラーなのは真一の方である。つまり、彼が相手の外見を褒める行為は、相手を貶す行為と同義なのだ。
真一もそのことが漸くわかってきたのか、心の中ではそう思っても、「可愛い」などと無闇に口には出さないよう心掛けていた。
「うむ……お主みたいな男が増えれば、幻想郷の未来も安泰なんじゃがの。どうじゃ真一、響子を嫁には」
「えぇっ!? 何いってるの親分!」
「ごめん。オレ、ロリコンじゃないから…」
「告白すらしてないのにふられたー!? 理由もひどいっ!?」
「じゃあここの僧侶はどうじゃ? 身を固めるにはチョイと歳は過ぎておるがの」
「誠に失礼千万です」
三人の会話に入ってきたのは、白いエプロンを身に纏った聖だった。
命蓮寺の誰よりも早く起き、朝の準備をしていた彼女。朝食を作り終え、みんなを呼びに行く真っ最中である。
「おはようございます皆さん、朝ごはんの用意ができましたよ。真一さん、御体の方は?」
「見ての通りHP満タンです。本当にありがとうございます」
「それは何よりです。でも無茶はダメですよ? 響子、真一さんを案内してあげてください」
「はい!」
真一と響子が先に、命蓮寺の食事処へ向かう。
それを見送る聖とマミゾウの間に、先程の和んだ雰囲気はなかった。
「それじゃ、儂はこれで失礼するかの」
「あら、もうお帰りに?」
「今日は様子を視にきただけじゃ。……しばらく匿うなら、それなりの覚悟はしておくのじゃぞ」
「……ええ、わかっています」
「さて、儂はもう一眠りするかのぅ。…ぬ?」
命蓮寺の門をくぐり抜けたと同時に、マミゾウは元の姿に戻った。人に化けるのは苦ではないが、自然体が一番楽なのだ。
そんな中、予想外の人物がマミゾウの目の前に現れた。
「……」
「白黒の魔法使いじゃないか。こんなところで何をしておる」
「ダーリンの匂いがする」
「……うむ?」
「ここからダーリンの匂いがする。ダーリンがいる。ダーリンが私を待ってる」
箒に乗って現れたのは普通の魔法使い魔理沙だった。しかし、その様子はとてもではないが、普通と呼べるものではなかった。
連日休む暇もなく戦い続けていたかのようにボロボロな衣服。目の下の大きな隈。底無し沼のように深く、黒く濁った瞳。
マミゾウは直ぐに察した。そして、この場で最善であろう言葉を魔理沙に告げる。
「お主の言うダーリンは、さっき怪我で永遠亭に運ばれたぞぃ」
「ダーリンが怪我!? 妻の私が腑甲斐無いせいで……。やっぱり離れ離れになるからこうなるんだぜ。ダーリンを助けたら一緒に暮らそう。ずっと一緒に居よう。何処かへ行かないように脚を切って、離れないように身体を縫い合わせてずっとくっついてよう。そうすればずっと一緒だ。それが良い、うん、それが幸せだ! うふふふふふ……」
途中から人間の笑みとは思えない表情でそう語った魔理沙は、箒に跨がり一直線に竹林へ飛んでいく
「……それなりの覚悟で相手に出来るような顔じゃなかったのぅ。どーするんじゃ、あれ」
生まれて初めて、人間の顔に恐怖を覚えたマミゾウであった。