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「お、やっぱりあった! 宝塔ってこれのことですよね! 寅丸さーん!」
「そ、それです!間違いありません!ありがとうございまーす!」
いくらホラーが苦手なオレでも、昼の明るい時間帯なら怖く感じることはない。
水晶玉が特徴の小さな塔。オレはそれを、この墓地で見ていたのだ。その直後、気絶してしまって記憶が曖昧になってる部分もあったが、あの特徴的なオブジェクトは頭に残っていた。
これが宝塔……。実際に手に持ってみると、なんというかこう、神聖なオーラを放ってるように感じる。流石、毘沙門天様が所持する道具だ。本来なら、オレのような一般市民は手にしてはいけない代物なんだろう。
にしてもだね。
「寅丸さーん!遠いッ!」
「ごめんなさーい!これ以上は無理なんですぅ!!」
寅丸さんの男性恐怖症は、オレが思っている以上に深刻のようだ。
今、オレがいる位置は、墓地に入って数10メートル先にあるお墓の傍。対して寅丸さんがいるのは墓地の入り口付近にあるお墓の影。
確かに寅丸さんから見たら、オレは突然ぽっと現れた怪しい男の外来人。男が苦手な寅丸さんが、そんなオレに近づきたくないのも無理ないが、ちょっと過剰すぎやしないだろうか。
過去に何があったか気になるところだが……。
『ご主人。真一と一緒に墓地に行って、宝塔を探してくるんだ。男に慣れる良い機会だよ。真一も、よろしく頼めるかい?』
『………真一。ご主人の男性恐怖症は、過去のトラウマからなるものなんだ。できればあまり触れてあげないでほしい』
『我儘ばかり言って済まない。代わりといっては何だが、戻ってきたら何でも一つ要望を聞いてあげよう。
墓地に来る前、妙な笑みを浮かべたナズーリンに釘を刺されてるため、深くは聞けない。
まぁ、寅丸さんはあんな状態だが、男性恐怖症を直したい気持ちは確かなのだろう。でなければ、これだけ離れているとはいえ、オレと一緒に墓地には来ない。これだけ離れているとはいえ、ちゃんと会話はできるのだ。きっとすぐに克服できるだろう。
とりあえず、宝塔を見つけるというミッションは達成したし。寅丸さんに渡しに行こう。…………手渡しは難しそうだけど。
そう考えながら、オレは宝塔を左手に持って寅丸さんのいる墓地の入り口に一歩踏み出す。
踏み出す。
踏み出す?
あれ。足場がねぇ。
「うぉおいッ!?」
「ま、牧野さん!?」
一歩踏み出したその先にさっきまであった地面はなく、穴が開いていた。落とし穴とかそういうものではなく、本当に穴がぽっかりと開いていた。
オレの不注意もありそのまま穴に落ちるところだったが、そう何度も落ちていたら身が持たない。何とか穴の淵につかまり、落ちずにぶら下がる。
何故こんなところにいきなり穴が現れたのか。この状況で疑問に思わないわけがないのだが、今はこの穴から這い上がることが先決だ。
宝塔を左手に抱えているため、右手のみで全体重を支えているこの状況。そう長くは腕力が持たない。
何とかして穴から這い上がろうと試みたが、それは叶わなかった。
「な、なんだお前ら!?」
穴の中で、オレの左足をつかんで引っ張ってくる存在がいたからだ。
「ツカマエタゾ―!」
「あらあらあらあら! 汚姫様の妄言だと思ったら本当にいるじゃない!し か も 良 い 男!」
*―――――――――*
青娥は興奮していた。何故なら、本当に男がいるとは思っていなかったからである。
最初こそ薬による幻覚を見ていたのだと思っていた青娥であったが、彼女は無駄に勘が鋭い。妄想にしては輝夜の焦り方がリアルだと感じた彼女は、一応墓地に戻ってきたのだ。
もちろん、それを輝夜たちが黙って見ているはずもない。輝夜たちは青娥を捉えようと試みたが『壁をすり抜けられる程度の能力』を持つ彼女にとって、逃走は十八番。
結果として逃げ切った青娥は性懲りもなく、再び命蓮寺の墓地に戻ってきたのだった。
「あっぶな!?ちょ、引っ張んな!何なんだアンタたち!?」
「貴方の新しいご主人様よ! たっぷりかわいがってあ・げ・る! さぁ芳香ちゃん、その男をお持ち帰りするのよ!」
「オモチカエリスルゾー。サッサトハナセヨー」
「お前が放せぇぇ!」
ゲームならAボタン連打で危機を回避する場面だが、リアルで試されるのは純粋な筋力。
真一の右腕はすでに限界を超えていた。しかし、純粋な命の危機を感じているせいか、限界を超えてなお、彼は必死に落ちまいと懸命に穴の淵にしがみつく。
彼の第六感が叫んでいるのだ。『あの青髪に捕まったら死より辛いことが待っている』と。
貞操の危機は何度も経験した真一だが、命の危機を感じるのは迷いの竹林で落とし穴にはまった時以来の2度目。しかも今回は
「(やばいやばいやばいやばい!このままじゃマジで落ちる!)」
「ねぇねぇ、貴方の保存方法なんだけど、ホルマリン漬けと冷凍保存。どちらがいい?」
「何その物騒な二択!? どっちも願い下げだよ! クソッ……ぜってぇ放さねぇ………ッらァ!」
口では強気でいる真一だが、彼は悟ってしまった。この状況で、自分が助かる道はないと。
ならばせめて宝塔だけでも寅丸さんの許に返そうと思った真一は、最後の力を振り絞って宝塔を穴の外へ投げ出す。
投げられた宝塔は宙に弧を描きながら、無事に穴より少し離れた場所へ落ちる。
これで本当にミッションは達成。そして遂に、真一の体力は限界を迎える。
「あっ」
真一の右手が、穴の淵から離れた。
『前々から怪しいと思ってたけどよぉ! あの僧侶、やっぱり妖怪に手ぇ貸してやがった!』
『外見通りの僧侶だったってわけか。僧侶の皮を被った悪魔ってところか。まぁ被り切れてなかったわけだが』
『毘沙門天様、連中を捕らえましたぜ! 周りの妖怪達も陰陽師たちが抑えてありやす!さっさとやっちまってくだせぇ!』
男の人を見ると、あの日のことを思い出してしまう。
村紗が、一輪が、聖が。
封印されたあの日のこと。
大切な仲間と、大好きな恩人と離れ離れになってしまったあの日のことを。
―――また見捨てるのか?
「————ッ」
―――あの時と同じ過ちを、また犯すのか?
「違うッ!」
あの時の私には、みんなを助ける力も勇気もなかった。
自分だけが助かる道しか選ぶことができなかった。
『星。貴女のせいではありません。自分自身を責めないでください』
封印される直前、優しい声色で聖は私はそう言った。
しかし、私にはそれができなかった。あのとき私に力があれば、みんなを救えた可能性があるのは間違いないのだから。
何度も後悔した。聖の封印が解かれた今でも。
でも、私はもう、あの時の私じゃない。
今の私には、人間を。大切な人たちを護れる力がある。
―――あれはお前の大切な者たち封印した者と同じ男だぞ?
確かに怖かった。聖を捕らえた男たちのことも。村紗と一輪を、妖怪をまるで虫けらを見るような目で封印した陰陽師たちのことも。
あれが『男』という生き物なのだと、私は勝手に思い込んでしまったのだ。
けど、それは違う。今までも、頭の中ではわかっていたことだ。けれど身体が、心が怯えて、男性と関わることが今までできなかった。
私は、今。変わらなくてはいけない。
『男』だから。それは、彼を見捨てていい理由にはならない。
彼は自分が絶体絶命の危機なのに、宝塔をこちらに投げてくれた。
あの時の聖のように、危機的状況にある自分ではなく、私のことを思って行動してくれた。
男性恐怖症だから救えなかったなんて言い訳、聖にしたくない。
例えどれだけ貶されても、毘沙門天として未熟と言われようと、聖に顔向けできないようなことだけはしたくない。
『私はもう人間を見捨てない』
その答えに辿りついた時には、私は彼の右手を掴んでいた。
「と、寅丸さん……?」
普段なら、男の人に近づくだけで
けれど、触れることができた。
震えも畏れもない。呼吸の乱れもない。
寧ろ胸が、心があたたかい。
これなら、戦える。
これなら、救える!
「貴女たちに………彼は渡さないッ!」
*―――――――*
「あららぁ!? 毘沙門天様じゃない! 貴方、男が苦手なはずじゃ——」
星の掌の中には、真一が決死の力で投げた宝塔がある。
力強く握られた宝塔に、星の法力と正義の光が宿り、瞬く。
「宝塔『レディアントトレジャーガン』ッ!」
弾幕ごっこではない、本気の戦いで使うスペルカード。
完全に不意を突かれた青娥たちに防ぐ術もなく、巨大な光線が彼女たちを襲うのだった。
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