女子だけあべこべ幻想郷   作:アシスト

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初めてのお見合い(後編)

 

 

「(ゲームの話……オレは楽しいけど姫様相手にはちょっと気が引けるな。……でもオレ、それ以外の話題ほとんどもってないぞ……)」

 

『(結構なイケメン………お見合いしたいってことは少なくとも私に気があるってことよね。正直、私のどこに魅力を感じたのかわからない……ブサイクが好きなのかしら……? でもお見合いって、何から話せばいいの………?)』

 

 

永遠亭の一室は沈黙に包まれていた。

 

真一は決してコミュニケーション能力が高い方ではない。そもそも、相手が自分よりはるかに身分の高いかぐや姫様である以上、何を話せばいいかわからなくなることや、緊張することは仕方のない事だった。

 

一方の輝夜は、これがお見合いの場であると勘違いしている。お見合い経験どころか男との会話経験が皆無の彼女もまた、何を話せばいいのかわからなくなることは仕方のない事だった。

 

故に沈黙。なかなか会話が始まらない。

 

 

「(……ダメもとで話してみるか、ゲームの話。興味を持ってくれるようならそのまま話せばいいし、そうじゃなければ話題を切り替えればいいし……)」

 

『(……ええい! 女が黙っててどうするのよ私! 何でもいいから話題を……そうだ!)』

 

 

真一をじっと見ながら考えていた輝夜は、一つの話題を思いつく。

 

 

『牧野は随分変わった格好をしてますね。それは何というお召し物なんですか?』

 

「ふ、服ですか?」 

 

 

輝夜は真一が部屋に入って来た時から疑問に思っていたことを口にした。彼女はてゐから彼の事を『お見合い相手』としか聞いておらず、外来人であることを知らないのだ。

 

それどころか、普段から外出を許されない彼女は、外の常識に少し疎い部分があるのだ。

 

 

そう言えば幻想郷にジャージはないんだっけ。そう思った真一は、丁寧にジャージの説明を始める。

 

 

「これはジャージと言いまして、寝間着にも運動着にもなる優れものです。非常に着やすいのも特徴でして、こうやってファスナーをあければすぐに脱ぐことも」

 

『!?』

 

 

そう言って真一は上のジャージのファスナーを開く。そうすれば当然、下のシャツが見える。真一が下に着ていたのは極普通の白いランニングシャツ一枚。

 

それは輝夜にとって、いや、幻想郷の女性にとって刺激の強い光景であった

 

 

『(し、下着! 下着見えちゃってる! なんて大胆なのこの人!? 誘ってるの!? 女は何時如何なる時も発情期の狼であることを知らないの!?)』

 

 

忘れがちであるが、この幻想郷は美醜概念だけでなく貞操概念も逆転している。つまり、女は男の下着姿や裸を見ると興奮するのだ。

 

下着(シャツ)の露出であればR15程度。高校なら風紀を乱すなと注意され、周りからは『アイツ、もしかして痴漢なのか……?』とヒソヒソ言われる程度の卑猥さである。

 

仮に上半身裸になろうものなら、それはもはや事件である。逆転前で言えば、女子が上半身裸になっていることと同じなのだから。

 

輝夜の表情がダース・〇イダーの下で大変な事になっていることに気が付くはずもなく、真一は説明を続ける。

 

 

「オレのジャージはプゥマっていうメーカーが作っているものでして、この背中のネコマークがその証です」

 

『!!?』

 

 

追い打ちをかけるように、真一は上のジャージを脱ぎ、輝夜に見せる。もちろん輝夜の目に映っているのはプゥマのネコマークではなく、ランニングシャツ姿の真一であった。

 

 

『(ま、間違いない……この男、誘ってるわ! だってそうでしょこの状況!? お見合い中の男女が一つ屋根の下で男から下着を見せつけてくるのよ!? 襲われたって文句言えないもの!)』

 

 

もちろん真一にそのつもりはないし、見せつけているのはジャージの方である。

 

現段階において真一は、幻想郷では貞操概念が逆転していることをまだ知らないのだった。

 

 

 

 

*――――――――――――――*

 

 

 

 

『ふぅー……ふぅー………!』

 

 

ジャージの説明を終えたはいいが、姫様の息が妙に荒い。もしかして仮面のせいで息苦しいのだろうか?

 

 

「あの……姫様。苦しいなら仮面を外しても……」

 

『……いいいいいいえ。これは仮面のせいではありません。それより牧野、それを早く着てください。春とはいえ夜は肌寒いでしょう?』

 

「あ、お気遣いありがとうございます。姫様もお寒いのですか? 声が震えていますが……」

 

『そんなことないわ。寧ろ暑いぐらいよ(興奮しちゃってねぇ!)』

 

 

確かに、シャツ一枚でもそんなに寒く感じないのだから、何枚もの着物を重ねて着ていそうな姫様には、暑く感じるかもしれないな。

 

姫様に言われてジャージを着直す。両腕を通し、ファスナーはあけたまま。ファスナーを閉めるか閉めないかはオレの気分である。

 

妙に鎖骨辺りに熱い視線を感じる気がするなぁと思っていたその時、ゴトッ、とジャージのポケットから何かが落ちる音がした。

 

 

『あら、何か落としましたよ………ッ!?』

 

「あっ、どうもすみませ………ッ!?」

 

 

落としたものを見て、オレと姫様は言葉を失う。

 

オレたちの瞳に映ったものは『精☆力☆剤』とデカデカと書かれた瓶。

 

 

や、やばい……永琳さんに返品しそびれた精力剤、ジャージのポケットに入れてたこと忘れてた……!?

 

 

「いや違うんですよ姫様!これは永琳さんがオレに無理やり……」

 

 

『やっぱり……そうだったのね!』

 

「え?ちょッ何を!?」

 

 

姫様はそう叫んだ直後、まるでルパンダイブをするかのようにオレへと飛びかかってきた。ダース・〇イダーの仮面を付けた人が飛びかかってくるその光景は、なかなか怖いものを感じる。

 

今まで高級そうな座布団の上で正座をしながら対面していたオレと姫様。当然オレはいきなりの事で対応することができず、そのまま姫様に押し倒されてしまった。

 

姫様の綺麗な長い黒髪が、オレの身体にも軽くかかる。

 

 

「姫様!?いきなり何するんですか!」

 

『そっちから誘っておいてよくそんなこと言えるわね! 下着姿で誘惑して、精力剤まで持って! ヤル気満々じゃないアンタ!』

 

「何が!?」

 

 

 

 

*――――――――――――――――*

 

 

 

 

 

真一が落とした精力剤を見た瞬間。輝夜は確信した。

 

今夜、私は卒業できると。

 

 

 

そこからの行動は早かった。取り繕っていた姫としての仮面を外し、素に戻った彼女は真一に飛びつい、押し倒した。

 

この男は幻想郷1ブサイクな私のどこに魅力を感じたのか。そんな疑問は、金閣寺に押しつぶされて消えた。

 

 

『牧野……いえ、真一。アンタが悪いのよ! 私の身体をここまで火照らせたアンタの罪は重いわ!』

 

「いや一体何の話ムグァ!?」

 

 

いろんな理性が外れた輝夜に、真一の声は届かない。彼に有無を言わせることなく、彼女は自分の唇で彼の唇を塞ごうとした。

 

 

『(ああ……私、今キスしているのね……!なんて幸せ気持……ん?)』

 

 

唇を重ね合わせているにしては妙に硬い感触ね。そんな違和感を感じた彼女は顔を上げる。

 

目の前には確かに真一がいる。彼の瞳をジッとみる輝夜であったが、その瞳に映っているのはブサイクな自分の顔ではなかった。

 

 

「ダース・〇イダーとキッス………ダース・〇イダーとキッス…………おえぇ………」

 

『(しまった!? 仮面取ってない!)』

 

 

輝夜はすぐに仮面を外そうとする。しかし、その手はすぐに止まる。

 

 

『(どうしよう!?仮面を取ったら真一は死んじゃうわ! でも付けたままヤルのも………あれ、それはそれで襲ってる感があって興奮するかも……)』

 

「ダース・〇イダーとキッ………はッ! いきなり何するんですか姫様! 降りてください!」

 

『きゃ!?』

 

 

特に力を入れていたわけではなかった輝夜。億単位で生きている彼女であっても、身体は10代の女性のそれと同じ。真一を押さえつけるには軽すぎる重さであった。

 

真一は唇とゴシゴシを拭き、輝夜と距離を取る。

 

 

「姫様とは言え、やって良い事と悪い事があるとオレは思います! いきなり押し倒してダース・〇イダーの仮面とキスさせる嫌がらせ! 流石に酷いですよ!」

 

『ち、違うわよ!? 仮面は外すのを忘れてただけよ!』

 

「忘れてたって……ッ!? ま、まさか姫様のあの時のメーリンさんのように……!?」

 

 

真一の脳裏によぎるトラウマ。野獣と化した美鈴に襲われかけたあの夜の出来事である。

 

あの時は咲夜のおかげで助かったが、この永遠亭に真一を助ける者はいない。

 

 

(あー!おしいね!もう少しで良い絵が取れたのに!)

 

(姫ったらがっつき過ぎよ。あれじゃ仮に顔が良くたって男に引かれるわ)

 

 

襖のスキマからコッソリ除く2つの影、河童に作らせたカメラを持ったてゐと永琳である。この2人が輝夜を裏切ることはないのだ。

 

 

「すみません! オレ帰らせてもらいます! 身の危険を感じるので!」

 

 

「てゐ。襖から離れなさい」

 

「はいはーい」

 

 

すぐさまこの部屋から逃げようとする真一だがそう簡単に逃がすほど月の頭脳は優しくない。

 

輝夜の部屋を封印することで、一時的に彼女の部屋を密室状態にしたのだ。覗き見こそできなくなるが、力を持たない真一に、これを解く術はない。

 

 

「んなろッ……!ちくしょう、開かねぇ!」

 

『ち、ちょっと待ちなさいよ! 何で逃げるのよ!? アンタから誘ってきたんじゃない!』

 

「そんな覚えねぇよ!」

 

 

ついには輝夜も敬語を使わなくなった真一。それだけ彼にとって、あの出来事はトラウマなのだ。

 

しかも今回の相手はダース・〇イダーの仮面を付けたお姫様。その恐ろしさはあの時の非ではない。

 

 

「そういうことだけはゲームみたいに軽い気持ちでやっちゃダメだ! オレは好きな人としかそういうことしたくない! どんな相手であっても、好きでもない相手とだなんてゴメンだ! 無理矢理だなんて尚更だっての!」

 

『………えっ。でもアンタから…お見合いしたいって………』

 

「お見合い!? オレは姫様の話し相手をしてくれないかって頼まれて来ただけだ! お見合いのおの字も知らないぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物心ついた時から、わかっていたことだった。

 

 

お見合いなんて言葉に、私は一体何を期待していたのだろう。

 

 

 

私は永く生きてきた中で、多くの人を殺めてしまった。

 

決して故意じゃない。けれど、私が原因なのは事実。

 

本来なら私は、今すぐにでも死ぬべき存在なのだ。けれど、地上に行きたいだなんて軽い理由で飲んだ蓬莱の薬が、私が死ぬことを許さない。

 

 

 

私は永い間、ずっと1人だった。いえ、今も私は独りぼっちだ。

 

永琳、イナバ、てゐ。他にも永遠亭にはウサギが何人もいるけれど。

 

 

誰も私を顔を合わせてくれる人はいない。

 

 

永遠の孤独。それが私に与えられた罰であることを、何故忘れていたのだろう。

 

 

お見合いなんて言葉に、私は一体何を期待していたのだろう。

 

 

 

『私……バカみたいじゃない……』

 

 

私の仮面の内側で、何かが流れた。

 

 

 




突然のシリアス。描写が下手くそでゴメンよ……でも美醜概念逆転させた上で輝夜の設定を考えると避けて通れない道なので仕方ないね。

しかし私はシリアス展開書くの好きじゃないんでサッサと終わらせます。もちろんハッピーエンドで終わらせます。


次回、第2章最終回。

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