―――夢を見ている。
重力に逆らって宙に浮き、その身体には拘束具が着せられ、無数の鎖が絡み付いていた。
虚ろな思考で見下ろせば、其処には見覚えのある一人の青年が。あ、六道骸だ。あの南国果実頭は間違いない。それにしてもサラッサラな髪だな、腹立つ。
「……息が苦しそうな生き方をしていますね」
あ、それ。いけ好かないあいつにも言われたぞ。流行ってんのか。
「まるで、自分を縛り付けているようだ」
何か知らんが痛ましそうな顔してるけど、割と慣れると良いもんだぞ、猫被り。周りから称賛されるし。私の頑張りからして、もっと崇めろとは思うが。敬語のクラスメイト共は別だ。何か怖いし。
目だけで周りを見れば、それは薄暗い世界だった。灰色の空に、荒れた大地、辺りに散らばるように浮いている瓦礫。
うわぁい、まるで私の心のように荒れてる世界だ。最近はボンゴレにも関わって疲れてるからなぁ。どうにかしてあいつらから逃げる方法とか無いかね。逃げ場所絶賛募集中です。
「……おま、えは……どうして、此処に……」
あれ、何だか声が出しづらいぞ。喉がカラカラだ。
「たまたま君の世界が綻んで、穴が空いていたから、来れただけですよ。気紛れに寄ってみたんです」
「そう、か……」
マジか。私
またあの白髪頭のような夢か?夢の癖に夢の人物に意思があるとかいう、ふざけた夢。面倒だな。
「何が貴方を、そんな心にしたんです?」
「……質問の、意味、が、分からん……」
「変に勘繰らなくても良い。……夢の中でくらい、人を信用しても良いんじゃないですか?」
人間不振とでも言いたいのか貴様。お前みたいな胡散臭いナッポーが信用出来ないだけだよ。
まぁ良いや。お前が脳裏に描いていたように、可哀想な奴を演じてやろう。
「……わた、しは……、生まれた時、から、他の、人とは、違う、思考、を、持って、いた……、良く、恵ま、れた、環境だった、のに……」
ぐっ、思ったように話せなくて腹立つな。
「ゴホッ、……その思考、が、異端、だと、私、は、気付いて、いた、のだ……」
「…………」
「私、は。自分、を、押し殺し、た。誰も、が。誰もが、わた、しを、望まな、く、なると、知っていた、から……」
実際は社会が受け入れてくれないと知っていたからだけどな。ネットでは本来の自分を出せる奴が多くいると言うが、私もそんな奴の一人だった。少し本性を隠せば、私のような奴を嫌悪してた人間が寄ってきて、内心大爆笑だったのを覚えている。
「私、は。私を、受け入れて、くれる、人物、が、欲しい……、その為、には……、私、自身を、縛り付け、なければ……ぐ、ぅ……」
少し長く喋っただけだというのに、喉がとんでもなく痛かった。風邪か。現実の私が、風邪でも引いているのか。
「……孤独は、寒い……、とても、寒いんだ……」
「…………」
それっぽく締め括れば、六道骸は宙に浮いた私の近くへ寄ってきた。こっちくんな。
「……貴方は普通の人間なのに、僕達と似ていますね」
ア"ァン!?
誰が!だーれーが!!貴様らのような化け物と似ているって!?訂正しろ!!訂正!!
しかし、此処は夢なのに、現実の人物と繋がる夢。下手に相手を刺激するようなことは言えない。口をきゅっと引き結んで、怒鳴り散らしたい衝動を堪えた。
「現実の貴方は、僕が最も嫌う人種の人間なのでしょう。……この地獄のような世界を、知らなければ」
ああ、うん。そりゃそうだろうな。現実の私は真面目なイイコちゃんだし。
「貴方の本性は、隠すくらいなのだから、きっと醜悪な物なのでしょう。けれど、貴方は寂しがりやで、誰かに愛してもらいたかった。だから、悟られないように本当の自分を雁字搦めにして、閉じ込めた」
な、何か語り出したと思ったら、妙な勘繰りされてやがる。頭の良いヤツってこういうところあるよな。でも本性が醜悪なのは認める。まぁ、そんな自分が大好きだから治す気は無いがな!
そんな自分大好きな私は、六道骸の言葉に揺らいでいるかのように、身体をびくりと揺らしてやった。ただの演出である。わぁ、本当に私ってエンターテイナー!(棒読み)
「……僕は、貴方のような子供達を知っている。受け入れてくれる場所が無くて、苦しんでいる子達を」
それ、お前達のことだろう。どこぞのマッドなマフィアに虐げられまくったんだってな。人体実験的な。
……まぁ、他人事だが。
「だから、どうした……!私の苦しみは、私の物だ!誰の物でもない、私の……!!例え同じ境遇であろうと、その時感じた物は、誰にも分からないし、分かってたまるか……!!っ、ゴホッ、ゴホッ!」
うえぇ、声カッスカスだ。無理に言うんじゃなかった。噎せたし喉痛い。
良くあるファンタジー小説のように、迎えに行くよーみたいに言われたら堪ったもんじゃないので、一応拒絶してみた。というか良く考えたら酷い偶然だな。私の世界に穴空いて原作キャラが遊びに来るとか。ファンが代わって欲しいとか言うレベルだ。……私も、ファンだったんだがなぁ。この世界がなぁ……。
「ええ。その通りです。人の苦しみに大小など、決められない物だ。けれど、僕は」
「っぐ、ゲホッ、聞きたくはない!!」
おおっとぉ!?不穏な気配を察知したぞぉ!?
動揺で暴れたせいで、ジャラジャラと鎖が擦れる音が鳴り響く。う、動けねぇ!耳塞げないじゃないか!!ふざけんな!!
「いいや、聞いてもらいます!僕は、僕は―――現実の貴方と会ってみたい!」
アカンアカンアカーン!!
ぎゃああああああ!?これヤバイじゃねぇか!!もしボンゴレと交流があることを知られたら、真っ先に殺されるんじゃないか!?
「う、るさいっ、黙れぇ……!私を受け入れられる者など、誰一人存在しない……!!」
そもそも、私が私を受け入れるからどうでもいいんだよ!!
私の感情に呼応するように、世界に罅が入った。
ビキビキと大きくなっていくそれに、六道骸が焦ったように、最後に言葉を放つ。
「僕は、何れ貴方に会いに行きます!!興味があるんです!恵まれた環境なのに生まれた、
う、うぎゃああああああっっ!!!!
△▽△▽
「こっちくんな!!マジで!!」
ガバッ。
目を覚まし、反射的に起き上がれば、其処は見慣れた自室。
戻ってきたのだと確認し、脱力した。
「はぁ、はぁ……っ」
バクバクと忙しく動く心臓の位置を、くしゃりと布越しに掴んだ。
それは汗でぐっしょりと濡れていて、よっぽど六道骸の言葉に焦っていたのだな、と自覚する。
「な、何なんだ、夢でくらい休ませてくれ……」
ぐったりと再び横になりながら、手の甲で額の汗を拭いた。
いや、誰が夢に本物の六道骸がやって来ると思うんだよ。しかも、現実でも会いに来るって、ホラーかよ。
「こわっ、こわっ!ヤツが来たら家に引きこもっておこう……」
うう、今日は厄日だ……。
▽△▽△
―――一人の青年は、目を覚ます。
片目に映る六の数字に、端正な顔立ち。そして、特徴的な髪型。そう、六道骸だ。
「……名前。聞き出せませんでした、か……」
この呪いのような身体故に、六道骸は他人の夢に潜り込める時があった。
夢で出会った、息が苦しそうな生き方をする青年―――あるいは少年は、自身の異常性を理解していて、自分を鎖で雁字搦めにしていた。
自分達のように感情をあそこまで封じ込めずに居られる環境なら、あんなに苦しみはしなかっただろうに。
「…………」
あの世界は、酷く寒かった。悲しみ、怒り、悔しさ、嘆き、全ての苦しみが此方に伝わって来て、下手したらその感情に飲み込まれてしまいそうな、地獄のような場所だった。
けれど、それは表の世界で平穏に暮らす為に、彼自身が作り出した世界で。
「……貴方の住む世界は、本当に生き辛そうだ」
あんな世界に支えられている表の世界など、直ぐに壊れてしまいそうだ。……それでも、何とか立っているのだろう。抑えて抑えて、抑え込んで、寂しがりやな彼は、崩れないようにしている。
しかし、彼は誰も信じられない。誰にも本性を見せられない。それなのに、受け入れて欲しくて堪らないのだ。
「……―――全く。この僕が、思わず情を持ってしまうだなんて……」
あの時は勢いに任せて会いに行くと言ってしまったが、良く考えると必要ないことだ。
マフィアの殲滅に、彼は要らない。
「さぁ、次のファミリーを壊しましょう」
六道骸は、何事も無かったかのように、笑った。
……―――さぁ、外堀を埋めようか。
主人公はストレス溜め込みまくってる癖に、あっさり発散させる単純な奴なので、別に毎日あんな世界じゃないです。