ひねくれ者は本編と遭遇する。
―――嫌な夢を見た。
いけ好かないへらへらした男が現れて、預言をしてくる夢だ。しかも、白髪になっているだけで、私そっくりな顔立ちをしていた。名前は何故か思い出せないが。
クソッ、何が選択だ。私は本編に関わることは絶対にしないぞ。危険だからな。犬死にだけは御免だ。
どうせ大事な選択とか言っておいて、それは私にとっての大事な選択ではないのだろう。あいつ本人の、大事な選択だ。押し付けと変わらないじゃないか。
最後に謝っていたが、それならボンゴレに関わらせるようなことを言うのは止めてほしいな、全く。
そう思っていたのは、数日前の話。雲雀恭弥が時々襲い掛かってくる以外は、平和な日常だ。
夢は所詮夢だった、ということだな!本編が始まったが、雲雀恭弥以外のキャラクターは私に関わる素振りすら見せない!ああ、良かった!私は今日も生きている!
―――ガキィンッ!
「くっ、少しは手加減を、覚えろ!」
―――ギィンッ!
「無理だね。漸く君が、本気になってきたんだから、さ!」
え?何をしているのかって?恒例の屋上での殺し合いですが何か?
いや、うん。嫌な慣れ方をしてきたのは認めたくないが、事実だ。こうやって、何故かプレゼントされた木刀を武器に、トンファーで戦う雲雀恭弥と打ち合いをしているのだから。というか本気になってきたって何だよ。いつも本気だよ。お前に鍛えられてるんだよ。辛い。
ああ、平和が欲しい。逃げたい。本当に、並盛から逃げたい。でも逃げた先がイタリアなのは絶対に嫌だ。
「―――っふ!」
ぐんと一気に距離を詰めて、木刀を槍のように突き出し、腹を狙う。
「っ、やるね……!」
が、片方のトンファーで真上に腕ごと弾かれ、残ったトンファーでがら空きの胴体を狙われる。
―――分かっていたさ。
「ぐ、ぅ……っ!」
「へぇ」
雲雀恭弥の感心したような声が聞こえる。
胴体へと叩き込まれる直前に、パシリとトンファーを掴んだのだ。
正直、掌も手首もジンジンと痺れるが、仕方ない。こいつと関わるのに怪我一つ作らないというのは、無理なことだからな。
そのまま、片方の手で木刀を振り下ろす。
―――ヒュンッ!!
「少し危なかったかな」
掴まれたトンファーを捨てて、雲雀恭弥はあっさりと木刀を避け、距離を取った。
私は掴んだトンファーを地面に捨てて、一直線に駆ける。向かう先は勿論、雲雀恭弥だ。
「はぁっ!」
―――キィンッ!
「ふふっ、やっぱり君は強いな。草食動物達とは違う」
「っ、私が、肉食動物だとでも?」
「いや、君は小動物」
「は?」
どういうことなの。
「がら空き」
「―――がっ!」
固まった隙に、腹にヤクザキックを喰らってしまった。足底に力を込めて、踏み抜くように蹴り飛ばす技だ。普通は扉か何かに反社会的勢力の方々が行っているのだが。いやしかし、本当に洒落にならんくらい痛い……。というか、ヤクザキック似合うな雲雀恭弥……。
一気に吹っ飛ばされて、硬い床に転がった。頭の奥がチカチカして、星が散っているような錯覚に陥る。
「ぐ、ぅうっ……!」
あまりの痛さに腹を押さえるが、このまま追撃されたらたまったもんじゃない。握ったままの木刀を両手で持ち、よろめきながらも立ち上がる。外れかけた眼鏡を直して、真正面を見た。
「気を抜くからだよ」
「い、いや、身長170越えの男に言う言葉じゃないだろう、さっきの……」
「行くよ」
容赦ねぇな本当!!
内心泣き叫びながら、また地を蹴った。もう転校したい。
▽△▽△
「ど、どうしたんですか?その傷」
「また雲雀さんですか?」
「そうだ。心配してくれるのは有り難いが、敬語は止してくれないか」
一旦病院に行き、学校に帰れば、ボロボロの私を見て、運動部のクラスメイト達が群がってきた。もう放課後らしい。雲雀恭弥が見たら、嬉々として咬み殺しに行きそうだな。
一応、怪我の報告もしておこう。ヤクザキックを喰らった腹にも、トンファーを受け止めた左手にも大した異常は見られず、軽く湿布を貼っただけで済んだので、本当に良かった。あいつは手加減というものを知らない。
「か、会長」
「?どうした、書記」
何故か怯えながら近付いて来たのは、黒髪短髪の切りすぎた前髪がトレードマークのクラスメイト。ここ数日間で、私が大変そうだからと書記になってくれた奴だ。このクラス内ではお人好し認定されている。
「ひ、雲雀さんからの伝言です」
「雲雀恭弥から?」
そうか、だからこんなに怯えていたのか。
あんな悪魔みたいな奴が近付いて来たら、それは怯える。生物の本能だからね、仕方ないね。
「学校に帰ってきたら、応接室に来いと。どうやら、書類に不備があったようで……」
「分かった。それと、敬語はよせと毎日言って……」
「そ、それじゃ!僕は御手洗いに言ってきます!」
書記は、胃を押さえながらダッシュで教室から出ていった。胃薬でも飲みに行ったのか。
「……何故、皆敬語を使うんだ……」
「そりゃあ、敬うべき相手だからですよ」
「その解答も何百と聞いた。私はただの一般生徒だというのに……」
溜め息を吐きながら、私も教室から出ていく。果てしなく面倒だが、応接室へ向かおう。放置していく方が面倒そうだ。
そう思い、急いで応接室へ向かい、扉を開けたのだが―――
「……!」
銀髪に、着崩した制服を身に纏う、不良のような出で立ちの男子生徒。
黒髪短髪の、如何にもスポーツマンな背の高い男子生徒。
そして、その二人が倒れている様を見てあわあわと困惑している、ひょろくてなよっちい、小柄な茶髪の男子生徒。
―――これは。
「やあ。漸く来たのかい」
「……雲雀恭弥。これは、どういう状況だ」
「僕の前で群れる輩が悪いのさ」
答えになってないだろう、それ。
……まぁ、大方理解は出来た。この状況は、原作にあった出来事だ。本編など良く覚えていないものが多いが、この雲雀恭弥の回はインパクトが強く、忘れたいと思っても忘れられないものだったのだ。
だって、いきなりギャグ漫画に本当にヤバそうな雰囲気の強キャラが出てきたんだぞ?二次元のままだったら、雲雀恭弥は割と好きなキャラだったのだがなぁ。本命は別だったが。
―――というか、今すぐ逃げたい!逃げたいぞぉ!!これ、ボンゴレと関わるフラグじゃねぇか!!
「な、危ないですよ!怪我もしてるのに!」
雲雀恭弥に近付く私に、唯一意識を保っている小柄な男子生徒―――主人公・沢田綱吉は、悲鳴のような声を上げた。既に傷だらけの私を心配しているのだろう。お人好しめ。
実は、沢田綱吉の人格は嫌いじゃない。人を傷付けたくない。その考えは間違っていないし、優しいとさえ思う。そんな優しい沢田綱吉は、本気で困っている人を放っておくなんて出来ないのだろう。主人公向きの性格をしていることが窺えた。
まぁ、私は面倒だし、他人事なので放っておくが。いざとなれば、人を傷付けることも厭わない。
そんな沢田綱吉へ、言葉を返す。
「大丈夫だ、私なら30分は持たせることが出来る」
「へ?」
「……ふぅん?その草食動物の肩を持つのかい?それはそれで面白そうだ」
……果てしなく面倒だが、一応私は優等生だ。どうせ、沢田綱吉の家庭教師であるリボーンも、何処からか私とこいつらの様子を見ているのだろう。そんな奴に私の本性がバレたら、たまったもんじゃないからな。優等生のポーズだけは取っておくさ。
「私は生徒会長だ。並盛のか弱い生徒が危機に晒されているのなら、守るのが当然だろう」
「か、か弱いって……」
「相変わらず、馬鹿みたいな優等生っぷりだね」
何やらショックを受けている沢田綱吉は放っておいて、雲雀恭弥は、私の言葉に好戦的な笑みを浮かべた。
その瞬間。
「か弱いダメツナ。お前はそんなんで良いのか?」
「「!!」」
「り、リボーン!?」
窓枠に座る、黒スーツとボルサリーノ姿の赤ん坊が、其処に居た。沢田綱吉のように声こそ上げていないが、雲雀恭弥も驚いている。
ま、全く気付かなかった……!何処から入ってきたんだこいつ……!!
「死ね」
―――ズガン。
リボーンが拳銃の引き金を引き、弾丸が沢田綱吉の額へと一直線に吸い込まれていった。
そして―――
「うぉおおおお!!死ぬ気でお前を倒す!!」
いやうん。実際に目の当たりにすると、変な笑いが出てくるな。見ていて恥ずかしい。
沢田綱吉は拳を振り上げながら、先程の怯えようは何処に行ったのか、雲雀恭弥へと向かっていく。原作を読んだのだから知っている筈なのに、驚いてしまった。媒体越しに見るのと実際に見るのとでは、違うということか。
しかし、そこで律儀に攻撃を受ける雲雀恭弥ではない。
「何それ」
沢田綱吉の拳をかわし―――
「ギャグ?」
トンファーで沢田綱吉の顎を突き上げた。
い、痛い。あれは痛い。死ぬ気モードじゃなかったら砕けていただろう。
地面へ引き摺るように倒れ込んだ沢田綱吉へ、優等生としての癖で駆け寄った。
「顎割れちゃったかな?」
「雲雀恭弥!」
「君は後で構ってあげるよ。さーて」
そうして、雲雀恭弥は油断した。沢田綱吉から、視線を逸らしてしまったのだ。
「後の二人も救急車に乗せてもらえるくらい、グチャグチャにしなきゃね」
そして、沢田綱吉は身体を起き上がらせ―――
「……!」
「ん?」
……振り返ったが、もう遅い。
「まだまだぁ!!!」
「……!?」
―――ゴッ!
――――――その拳を、無傷だった筈の頬に受けた。
「タワケが!!!」
それだけでは飽きたらず、沢田綱吉は形状記憶の能力を持つカメレオンでスリッパを作り、パカァン!!と雲雀恭弥の頭へと振り下ろしたのだ。
や、やべぇよこいつ、完璧怒らせたよ、死んだよ……!
結末は知っている筈なのだが、雲雀恭弥を知っている身からしたら怖くて仕方ない。死んでも知らんぞ、お前。
「……ねぇ」
ふらふらとよろけながら、雲雀恭弥は、
「―――殺していい?」
「そこまでだ。やっぱつえーな、おまえ」
瞬間、この場に似合わぬ赤ん坊の声が、この場に響いた。
「お、おい、あまり今のあいつを刺激するな……!」
「平気だぞ。俺は、世界一のヒットマンだからな」
ニヒルな笑みを浮かべている所悪いのですが、リボーンさん。誰がこの凶悪魔王のストレスを向けられると思っているんですかね。殺せないけど殺すぞ貴様。
「君が何者かは知らないけど、僕、今イラついてるんだ」
―――横になって、待っててくれる。
そんな物騒な言葉を吐きながら、雲雀恭弥はリボーンへとトンファーを振り下ろ―――
キィンッ!
―――す前に、リボーンは刺又と呼ばれる武器で、トンファーを受け止めた。
何だ、この人外の集まり……雲雀恭弥に一発当てるのに、私が何日かかったと……。
「ワオ。素晴らしいね、君」
そして、雲雀恭弥のこの笑顔よ。コロッと態度変わりすぎだぞお前。
「おひらきだぞ」
だが、無情にもリボーンは爆弾を手にしながら、そう言った。
―――爆発オチってサイテー!!(裏声)
▽△▽△
―――並盛中学校・屋上にて。
沢田綱吉は、大層憤慨していた。それと同時に、泣き出したい気持ちでいっぱいだった。
家庭教師であるリボーンが危険人物に会わせたのは、平和ボケしないための実戦トレーニングだと言いやがったのである。未来のマフィアのボスとは言え、沢田綱吉は一般的な感性を持ち合わせていた。だからこそ、あのヤベェ輩感マシマシの雲雀恭弥に怯えているのである。
「というかどうしてくれんだよ!!ゼッテーあの人に目ぇ付けられたよぉおお!!」
泣き叫ぶ綱吉に、友人兼マフィアの二人は慰めの言葉を口にした。……あまり効果は無いようだが。
そんな綱吉に、リボーンはニヒルな笑みを浮かべて言い放つ。
「安心しろ、ダメツナ。頼もしい助っ人を呼んでおいた」
「助っ人……?」
「リボーンさん、それってどんな奴なんすか?」
疑問符を浮かべている綱吉と、張り合おうとする獄寺。山本はのほほんと「どんな奴なのなー」、と緩い雰囲気でリボーンの言う助っ人を待っていた。
「すまない、待たせたか?」
暫くして扉から現れたのは、柔らかそうな黒髪を持つ、鋭い瞳の眼鏡の男だった。どうやら怪我をしているようで、頬や左手首に湿布が貼ってあるのが一目で分かる。上司や漫画にいそうな典型的な嫌味眼鏡(噛ませ犬とも言う)にも見えるが、誠実そうな声色と、その声に合う相手を尊重するような言葉に、その印象は打ち消されていた。
「あっ!あの時の!!」
「君は、雲雀恭弥の所に居た生徒か」
互いに何の情報も与えられていない様子に、この助っ人とやらを呼び出したであろうリボーンを同時に見る。
「ボルサリーノの男が待っていると、書記から聞いたので来たのだが、これはどういう……」
「お前が助っ人か!?」
「まーまー、獄寺。落ち着くのな」
即座に噛み付いた獄寺を宥める山本。何だかんだで良いコンビだな、と綱吉は思った。
「紹介するぞ。生徒会長の影宮桂馬だ。雲雀ともやり合える実力を持っているぞ」
「「!!」」
「そ、そう言えば、30分は持つって!」
綱吉は、影宮の言葉を思い出す。そう言えば、あの無敵の雲雀恭弥とやり合えるようなことを言っていた、と。
「マジかよ、あいつを一人で……!」
「お、俺だって次はゼッテー勝つ!!」
困惑する三人を前に、影宮は溜め息を吐いた。
「私は別に、特別に強いという訳ではない。生徒会と風紀の伝統で、雲雀恭弥と何度も戦ってきたからこそ、奴の行動が分かるというだけだ。時間稼ぎくらいにしかならん」
「ぐっ……!」
「いやいやいや、それだけでも凄いですよ!あの雲雀さんと戦えるなんて!!」
悔しげに睨み付ける獄寺は放っておいて、綱吉は心の底から影宮に尊敬の眼差しを向けた。向けられた本人は、くすぐったそうに頬を掻く。……これが演技だとは、誰も思わないだろう。
「伝統……風紀と生徒会が対立関係にあるっつーヤツっすか?」
「そうだ。残念ながら、な。先人達の考えは良く分からん」
心底疲れたように頷く影宮に、綱吉は同情した。見たところ、影宮は自分と同じ常識人に思える。そんな人が、あの雲雀と対立する羽目に遭うなんて―――
「因みに、影宮と雲雀は幼馴染みだぞ」
「……何故知っている。初対面だろうに」
「「「お、幼馴染みぃ!?」」」
初対面という言葉も引っ掛かったが、あの雲雀と幼馴染み。
この場のリボーン以外の全員は、同情の眼差しを影宮へと向けた。
「おい、やめろ。そんな目で私を見るな」
「いや、だって、幼馴染みって……」
綱吉は色々聞きたいこともあったが、もう遅い時間だということで、互いのケータイのメールアドレスを教える、ということで解散となる。
「ファミリーゲット、だな」
―――……不穏な声と共に、一日は終わった―――
▽△▽△
やぁ。また会ったね。
……ん?アレはただの夢じゃなかったのかって?えっ、夢かと思っていたのかい?
お願いだから、覚えておいてくれよ。君は、選択をしなければいけないんだ。
何の選択か教えろ?具体的に言え?お前の都合を押し付けるな??……うーん、耳に痛い。
だけど、ごめんね。これは決定事項なんだ。運命に選ばれたのだから、仕方ないんだ。僕も出来ることなら、何とかしたいんだけどね。
それと、具体的に言うことは出来ないんだ。これは、君自身が考えなければならないことだ。きっと、僕が言った所で、あいつに邪魔される。ノイズしか残らないよ、きっと。
さて。君は本編に関わってしまったそうだけれど、大丈夫かい?ちゃんと生きてる?……ああ、うん。何でそれを知っているのかと言うと、君の頭から少しだけ記憶を読み取ったのさ。
や、やめてくれ!犯罪者だとかプライバシー保護法だとか、人聞きの悪い!僕は、本当に断片的にしか記憶を読み取れないんだって!夢!夢の中だから出来ることなの!!
……はぁ。君は本当に頭が硬いねぇ……、思考は読めないというのに。現実での僕は、ただのちょっと強い一般人だよ?
まあいいや。それより、本編の話だ。
君は、本編に関わってしまった。そして、沢田綱吉や未来の守護者達とも。
どうか、死なないでくれ。君は死んではいけない、重要な立ち位置にいる。
その立ち位置は僕が作ってしまったような物だけれど―――嗚呼、すまない。本当に、すまない。
どうか、未来の守護者達の助けとなってくれ―――
―――……やはりこいつは、身勝手な男だ。
―――……そんな身勝手な男だからこそ、私は……。
とうとう本編スタート。主人公はもう逃げられない。