ヤンデレの女の子って最高だよね!   作:大塚ガキ男

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ヤンデレはいいぞ。


読心系コミュ障 中

「兄貴、起きて」

 

 微睡みの中。妹の声が聞こえたかと思えば、身体から温もりが消えた。そして脇腹に微痛。瞼を擦って上体を起こし、目を開ける。視界の端には妹が映っていた。コイツ、布団引っぺがして俺の脇腹蹴ってきやがったよ。

 ・・・あれ、何かデジャヴ。うーん、何だろうと半覚醒の意識の中で考えて——あ、そう言えば神様に何やら力を貰ったなぁ、とぼんやり思い出した。しかしここで疑問が浮上。神様と会話した後、俺はどうした?と。

 記憶が無い。昨日の夕飯のメニューが思い出せないし、昨日のテレビの内容も思い出せない。どうしてだろうか。

 

「起きてって」

 

 無防備な脇腹に再度蹴りを入れられ、悶絶。そうだ、そんな事よりも妹に起こされていたんだった。

 

「・・・・・・よぅ妹。起こしにきてくれたのか?」

 

「はぁ?兄貴の目覚まし時計が五月蝿いから止めに来ただけだから。何寝惚けてんの?」(はぁ、兄貴の寝起きの声、蕩けるぅ〜///)

「・・・は?」

 

 俺がこんな間の抜けた声を出したのは、寝起きのテンション故に妹に八つ当たりをしたかったからだーーそんな訳無い。

 信じられない声が聞こえた。普段の妹からは想像出来ない、寝惚けているのかと(実際寝惚けているのだが)自分の脳と耳を疑う程の、先程の声。聞き間違える筈が無い。あれは妹の声だ。

 

「何」

「今、何て?」

「ハアァ?」(寝惚けてて聞き逃したの?全く、仕様が無い兄貴だなぁ。そんな所も可愛いけどっ)

「寝惚けてて聞き逃したの?全く、仕様が無い兄貴——」

 

 聞こえた声をそのまま声に出してみる。瞬間、俺の目の前が白く染まる。神様と会話を終えた直後の現象が再来したのかと思ったが、頬と鼻への衝撃で考えを改めた。白いのは妹のハイソックス。視界が白く染まったのは、妹のハイソックスが目前に——即ち、妹が俺の顔面に蹴りを繰り出したから。

 

「ぶほぁ!」

 

 可動域の限界ギリギリまで首が捻れ、そのまま布団に倒れ込んだ。布団の温もり。何だか首も温かいな。ジンジンする。

 

「な、なな、何で!?声に出てた!?」

 

 俺は布団に顔を埋めているので、妹がどんな顔をしているのかは分からない。しかし、これだけは言える。

 妹は焦っている。

 部屋のドアを乱暴に閉めて、バタバタと階段を降りる音。それから直ぐに、玄関のドアが開く音。閉じる音。

 どうやら妹は、もう学校へ向かったらしい。俺も起き上がって支度をしようと視線を動かし、何となく目に入ったデジタル時計。数字は左から零、八、四、二。余裕で遅刻だ。

 

「・・・あれ」

 

 表示されている時刻の左下。最近の目覚まし時計は便利で、日にちと曜日——更には気温も表示してくれるのだ。

 

「日にちが、同じ」

 

 当然の如く、曜日も。昨日と同じ。

 

「・・・・・・?」

『気付いたかの』

「おぉッ、神様」

『比較の意味を込めて、どうせならもう一度同じ日をやり直せば良いんじゃないかと思ってのぉ。お主にはもう一度木曜日を過ごしてもらうぞい』

「えっ、そんな事出来るんですか」

『神様じゃからのう』

「成る程」

『人生を変える機会をやったのじゃから、上手く活用せいよ。ではな。儂とお主の関係はこれで終いじゃ』

「あーーありがとうございました」

 

 言ってみるが返答は無い。もしかしたらもう帰ったのかも知れない。神様と別れた途端、妙な孤独感。

 あの神様は、人の心の拠り所になれる良い神様だったらしい。

 俺は知らず識らずの内に、神様を信頼していたのだろう。

 ううむ。頑張んなきゃな。望んでいた形とは多少違うとはいえ、チャンスは貰えたのだ。俺はこのどもり癖を治して、素晴らしい人生を手に入れてやるぞ!

 と、決意を新たにした所で、学校の準備に取り掛かる。朝食はパンにジャムを塗って食べながら登校する事にした。行儀が悪いが、些細な事ながらも俺は、何となく青春を味わってみたいと思ったのだ。

 昨日と同じーー毎日同じ景色だが、今こうして俺の眼に映る景色は、少し違って見えた。色鮮やかに光り輝き、今日一日が良い日になる事を報せているようだった。

 

「・・・あれは」

 

 眠気による欠伸(あくび)を堪えながら歩いていると、前方に、丁度家から出てきた幼馴染が。俺は昨日(神様が色々弄ったので正確には今日だが)よりも更に少しばかり遅れて家を出たのだが、こうして幼馴染は昨日と同じように玄関に現れた。いやでも、妹が起こしてくれた時間も昨日より遅かったし、多少のズレは気にするまい。

 スタスタと前方を歩く幼馴染。食パンを飲み込みながら決意。

 よし、俺は今迄の俺とは違うんだ。さり気なく挨拶を交わすなんてお茶の子さいさいだ。そう自分に言い聞かせる。

 

「・・・お、お、おはよう!」

 

 どもり癖を治すコツとして俺が考えたのは、どもる暇も無いくらいハキハキ話すという事。どもらないし、相手も悪い印象には感じない。今までは恥ずかしくて出来なかったが、勇気を振り絞って声を出した。

 明るく元気に挨拶。

 小学校で習う事。

 幼馴染が声に驚いてピクリと肩を震わせ、振り向いた。俺を見て目を見開く。

 

「お、おはよう、いい、良い朝だね」

 

 笑顔が上手く作れないが、そして、どもりは改善出来ていないが、取り敢えず話しかける事に成功した。幼馴染は、目をパチパチと瞬かせている。

 

「・・・おはよう」(え、何で?いつも挨拶してこないのに)

 

 声とは別に、少しエコーの掛かった幼馴染の声が聞こえてくる。成る程、これが、幼馴染の心の声というヤツなのだろう。

 ・・・となると、今朝の妹のアレも心の声だったのか?い、いやいや、まさか・・・な。

 

「じゃ、じゃあ、おr、俺はそろそろ行こ」

「えっ」(登校時に偶然を装って話し掛けようとしてことごとく失敗し、苦節五年。その努力が折角報われようとしていたのにもう行っちゃうんだ・・・)

「行こうと思ったけっ——ゴホンッ、思ったけど、や、やっぱり一緒に、行かないか?」

「・・・まぁ、しょうがないから良いよ」(やったー!神様ありがとう♪───O(≧∇≦)O────♪)

 

 幼馴染は、ムスッとしながらも了承してくれた。いや、心の声はダダ漏れなんだけどね?言わぬが花って言うじゃん?神様(俺が知っている神様とは違う神様かも知れないが)も感謝されてるし、俺がどうこう言わなくても良いだろう。

 と言うか、心の声を聞かないと分からないモノだな。まさかこうして、幼馴染と普通に話せる日が来るとは。

 俺も、神様に改めて感謝しなければ。

 

「・・・なぁ、何で、おさ、幼馴染は遅刻して、るんだ?」

「何でって・・・・・・寝坊したから」(妹ちゃんに付けてもらった盗聴器で出る時間を合わせてるなんて口が裂けても言えない)

「心の声が」

「え?」

「いや。な、何でも」

 

 看過出来そうにない単語が聞こえた気がしたんだが。

 え、妹に付けてもらった盗聴器?色々可笑しくないか?

 つい先程迄感じていた眠気なんかは遠くのとうに吹き飛んでいた。

 

「なんかさ、変わったよね」(でも、妹ちゃんにお願いする時は大変だったなぁ。交渉に三日も掛かっちゃったし)

 

 幼馴染の心の声が止まらないんですケド。

 

「か、変わったって・・・俺が?」

「そう。中学入ってから私に話し掛けて来なくなったし。かと思ったら、今こうして話し掛けてきてるし」(まさか、小学校の卒業アルバムで手を打つ事になるとは。結構レアだったのにー・・・)

 

 卒業アルバムあげちゃったのかよ。馬鹿かコイツ。

 もうここまでくると、驚きよりも呆れの方が上回る。渡す幼馴染もそうだが、それで俺の部屋に盗聴器を仕掛ける妹も妹だ。アルバムくらい言えば貸してやるのに。何だお前ら。俺の事好きなのか?

 

「そつ、そ、卒業アルバムは、流石に」

「・・・・・・え?」

「は?」

 

 訝しげに俺の目を見詰めてくる幼馴染。ヤバい。やらかした。まさか、間違えて幼馴染の心の声にを返答してしまうとは・・・!

 ダラダラと冷や汗が流れる。

 

「何でアルバム?」(え、やだやだ。何で知られてるの?何でそれを知っていて普通に私と会話してるの?——まさか、容認している!?私がこんな犯罪紛いの事をしても、それを許してくれているというの!?)

 

 許す訳ないだろ。ただ、諦めただけだ。幼馴染の心の声からも分かるように、コイツは俺に話し掛けようとするも失敗。そんな事を五年も続けていた。適当に計算しても中学時代から盗聴は続いている事になる。そんなに長い間俺のプライベートを聞かれているなら、もう諦めが付くというもの。

 滅茶苦茶恥ずかしいけど。

 幼馴染に俺の赤裸々な私生活を盗聴されていたという過去は変えられないのだ。

 それこそ、神の力でも使わない限りは。

 

「ねぇ、何でアルバムって単語が出てきたの?」(こんな私を認めてくれるのかぁ。恥ずかしいなぁ///)

「な、何でって・・・・・・」

 

 幼馴染の心の声に気を取られ、返答に時間が掛かる。幼馴染が俺を威圧するように顔を近付けてきているのもあって、俺は益々(ますます)どもる。怖いって。どこに力を入れたらそんな目になるんだよ。濁り過ぎじゃね?

 

「あっ。そ、そうだ!」

「何?」(何とかして、明日から一緒に登校出来るように約束を取り付けないと)

「用事をッ、おもい、思い出した!じゃあな!」

 

 勿論嘘。

 マズ過ぎるこの状況を変えるには逃げるのが一番だと考えた俺は、振り返らずに走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ、コミュ障来た」

 

 もう一時間目は始まっていて、教室のドアを開いた瞬間誰かがそう呟いた。その言葉は俺の耳にしっかり届いているのだが、先生には聞こえていないようだ。今の声量を狙ってやっているのなら、俺はソイツを尊敬する。

 自分の席に付く。昨日と変わらず、授業中だというのに派手めの女二人がワイワイと賑やかに話していた。

 

「あ、コミュ障君じゃん。何で遅刻したのって話し掛けてみれば?友達になれるかもよ笑笑」(まぁ、どうせアンタなんかコミュ障君は相手にしないだろうけど。良くて友達止まりだわ。恋人はアタシ)

 

「え〜ウチはヤだよ〜」(恥ずかしくて顔見れないし///てかコイツ何なん?ウチがコミュ障君の事好きなの知ってて言ってんの?友達なんかヤに決まってんじゃん。ウチがなりたいのは、恋人♡)

 

 ・・・・・・・・・・・・気まず過ぎる!何でだ!何故聞こえてくる心の声は俺に好意的な言葉ばかりなんだ!なんか女子二人の視線も熱っぽいし!神の悪戯か!?神様のお茶目心なのか!?

 い、いかんいかん。落ち着け。丁度チャイムも鳴ったところだし、委員長に注意されて頭を冷やそう。

 昨日は遅刻して委員長に怒られた。今日も遅刻したので、委員長は必ず俺を叱りに来ると踏んだのだ。俺の予想は的中し、委員長は元々ツリ目気味だった目を更に吊り上げ(要するに激怒してらっしゃる)、俺に話し掛けてきた。

 

「ねぇ」

「・・・・・・はい」

「一時間目の途中から登校してくるとは、良いご身分ね」(常日頃から注意しているけれど、今日のこれは度が過ぎているわ。キチンと叱らないと)

 

 アカン。外面と内面のWで怒ってらっしゃる。

 俺はロクに考えずに言葉を返した。

 

「い、いや、これには。や、止むを得ない事情が、あって・・・・・・」

「何?言ってみなさいよ」

 

 勿論、止むを得ない事情なんて無い。神様が関わっているとは言え、ただの寝坊だ。言い訳の仕様が無い。

 しかし、ここで「ただの朝寝坊です」と白状した所で怒られるのは必至。出来ればキツめの注意位で留めてもらいたいのだ。

 公衆の面前で注意されれば、肝が冷えて頭も冷える。しかし、怒られるとなるとそれの次段階に突入して胃が痛くなってくるのだ。そうなる事態はなるべく避けたい。

 訳が分からないかも知れないが、こういう事だ。注意はされても良いけど、怒られたくはない。俺の中では、注意と説教の間には微妙な線引きがされているのだ。

 俺は適当に、不真面目ではない言い訳を言ってみる。しかし、思考時間一秒未満のソレでは、委員長を納得させられる言い訳等思い付く訳が無く。

 

「お、遅くまで、か、かか、考え事をしていたら、寝坊しました」

 

 巫山戯た言い訳が出来上がってしまった。

 阿呆過ぎる。こんな言い訳が通用する筈が無い。

 

「か、考え事?可笑しな理由ね」(どうせ私の事を考えていたのでしょうけど)

 

 頬をヒクつかせて怒って——いや、ちょっと待て!何か心の声が可笑しい!

 

「そんな理由で寝坊するなんて、高校生としての自覚が足りないんじゃないの?」(ほぼ毎日遅刻してくるし・・・私にそんなに構ってほしいの?本っ当に子供みたいね。純粋な所は可愛いのだけれど)

「ご、ごめんなさい」

 

 もう朝から何なんだ。俺は知らない内に奇妙な世界にでも迷い込んでしまっていたのか?話の最後にタモ◯が出てきて意味深な事を言って終わるのか?

 兎に角、異常過ぎる。何で皆はこんなにも俺に好意的なんだ。神様が女子達の頭の中をイジっているとしか考えられない。

 こうして考えている間にも、委員長の心の中で俺の好感度がグングン上がって行く。

 どうしたものかと考えていると、二時間目が始まる鐘が鳴った。自席で座っていた俺とは違い、俺を叱る為に立ち歩いてここまで来ていた委員長は席に戻らなければならない。俺は内心ニヤリと笑った。

 

「——まぁ、ここら辺で許してあげるわ。次からは気を付けないよ?」(どうせ、私に構って欲しくて明日も遅刻するんでしょうけど///)

「あ、あ痛たたた・・・・・・」

 

 委員長の捨て台詞を聞きながら、何の前触れも無くお腹を押さえて(うずくま)る。注意され過ぎて胃が痛くなった——なんて事は勿論無く。ただの演技だ。心の声が聞こえる状態でこれ以上授業なんか受けていられるかっての。保健室行ってから、適当な理由で早退するしかない。

 

「だ、大丈夫?」

 

 委員長が蹲る俺の肩に手を置きながら、問い掛けてくる。いつものようなキツめの語気では無く、本心から俺を心配しているようだった。

 

「ほ、・・・保健室、行ってくる」

 

 お腹が痛いから〜とか何とか饒舌に説明するよりも、言葉数は少なくした方がリアリティが増す。俺は立ち上がり、ユラユラと歩き方にも体調不良さを滲ませて教室から出た。

 何気無い顔で委員長が後ろから付いてくる。

 振り返る。

 

「付いて行くわ。私は保険委員長だし」

 

 アンタの正体は保健委員長だったのか。と、今更ながら知った委員長の正体に心の中で驚愕する。

 って、そうじゃない。そうじゃないんだよ。俺が知りたかったのは委員長の正体ではなく、何故俺に付いてくるのかという事。

 

「な、何で、付いてくるんだ」

「保険委員長だから」

「・・・・・・」

 

 答えになっていないようで答えになっているんだよなぁ。

 このまま抵抗して口論を続けると仮病がバレるかも知れないので、俺は大人しく廊下を歩く。いつの間にか俺の後ろから隣に移動して歩いている委員長の顔を見てみると、やたら上機嫌だった。フンフンと鼻歌を奏でている。

 着いた。

 

「・・・・・・ありがとう。もう、授業に戻ったほ、方が良い」

 

 果たして、気を付けていた事が、どもらないという目標は少しでも達成出来ていたのだろうか。出来ていない気がする。俺はそんな事を考え、苦笑いながら委員長にそう言った。

 

「中まで付いて行くわ。クラスメイトの容態を把握するのも学級委員長の務めだもの」

 

 アンタは結局何の委員長なんだよ。そう小さく呟きながら、諦めて保健室のドアをノックした。「どうぞ」と中から声が聞こえる。

 

「・・・・・・」

「どうしたの?早く入りなさいよ」

「や、やっぱり保健室はやめ、やめとこうかなって」

 

 何故なら、中から聞こえる声に聞き覚えがあったから。先生の声ではなく、殆ど毎日聴いているあの声だったから。

 

「お腹痛いのに巫山戯(ふざけ)てる場合?ほら、入りなさい!」

「あ、ちょ——」

 

 委員長がドアを開けて、俺を保健室へ押し込んだ。

 

「やあ、今は先生が席を外していてね。私が容態を聞いたりしているんだが・・・・・・って、コーミンじゃないか。どうしたんだ?」

「い、いや、あはは」

 

 予想通り、生徒会長がそこに居た。愛想笑いしか出来ない俺をどう思ったのかは知らない。

 本来なら保険医が座る筈の椅子に腰掛け、俺を湿度の高い視線で見詰めてから、委員長に視線を移した。

 

「まぁ良い。隣の君は?」

「付き添いで来ました」

 

 問い掛けに敬語で返す委員長。

 あれ、可笑しいな。何だかやけに空気が重く感じる。

 

「そうか、ご苦労だった。もう教室に戻ると良い」

「いえ、私も残ります」

「それは困るな。体調が悪い訳でもない生徒を保健室に居させるのは、サボりを看過しているのと同じだからね」

「・・・・・・生徒会長だからって調子乗りやがって」(殺すぞ)

 

 ねぇちょっと委員長さん?恐ろしい言葉がサラウンドで聞こえたんだけど?

 

「・・・・・・私とコーミンの時間を邪魔するなよ低脳」(ここにある体温計を奴の目に突き刺したら黙らせる事が出来るだろうか。いや、そしたら喉の方が確実か・・・?試しにやってみようか)

 

 何でこの学校の女子はこんなに怖いんですかね。生徒会長に至っては割と普段通りの声量で話しているので、恐らく委員長の耳には余裕で届いているのだろう。

 ヤバめの雰囲気に耐え切れない。そう感じた俺はゆっくり後退して退出しようとするが、委員長に肩を掴まれる。その鋭い眼光は生徒会長に向けたままだ。スポーツ風に言うなら、ノールックショルダーキャッチだ。

 

 

「どこに行くのかしら?お腹が痛いのよね?」

「コーミンはお腹が痛いのか。そうかそうか。ほら、おいで。私が優しくさすってあげよう」

「生徒会長なのに知らないのかしら?お腹は温めた方が良いのよ。ほら、私が人肌で温めてあげるから」

「お腹を温めるという行為も、患者の状態によって処置が変わってくるだろうに。知識を自慢げに語ると馬鹿がバレるぞ?コーミン、ベッドが空いている。さすりながら添い寝でもどうかな?」(誰にも邪魔されない生徒会室でどうにか誘惑しようとしているのだが、いつも先に帰られてしまうのでな。今日こそコーミンの子を孕まねば)

「高校三年生にもなると恋愛に対して余裕が無くなるのかしらね。必死さが丸見えよ?・・・こっちに来なさい。私に全てを委ねれば間違いはないから」(心も身体も——私に従わせて、私だけのモノにしないと)

 

 正気を保っているとは思えない瞳でこちらを見詰める二人。ジリジリと近付いてきており、正直どちらを選んでも大切な何かを失いそうだ。

 

「お、おおお腹痛いの治った、みたいなんで、きょ、教室に戻りm」

「嘘を吐くな」「嘘を吐くんじゃないわよ」

 

 あまりの迫力にどもってしまったが、そんな事はどうでも良い。

 いつもの事だ。

 兎に角この場から立ち去らないと。そう思ってドアを開けようとした俺の背中に突き刺さる二人の声。

 

「クッ・・・・・・!」

 

 俺は止まらず、ドアを開けて逃げ出した。下駄箱に向かい、すぐさま靴に履き替える。

『鞄は教室』だとか、『無断早退』だとかは関係無い。非常事態(異常事態)だ。許せ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あ、この前書き忘れてたんですけど、『腕が使えない』って、ラブコメの王道【曲がり角で男女がぶつかる】を歩行者と車でやったらラブコメになるんかね?という、ふとした思い付きの派生だったんですよ。
ラブコメになりました。




追記。
感想欄にて御指摘をいただいた所を修正しました。

次のお話。

  • TS
  • 近眼
  • タイムマシン
  • 既にあるお話の続編

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