ヤンデレの女の子って最高だよね!   作:大塚ガキ男

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どうも、大塚ガキ男です。お久しぶりです。
前回の続きですが、書いてみたら意外と終わらなかったので後編ではなく中編です。でももし後編があまりにも投稿されなかったら、これが後編ということにしておいてください。大塚との約束ですよ。



奇縁。

 

 

 

 

『悪いことは言わないからさぁ。もう帰ってくれないかなぁ。この死体の山見て分からないぃ? 〝じゅん〟もう疲れてるんだよねぇ』

『いやあそこを何とか! ほら、俺も新聞部の端くれとしてノルマなんかも課せられてりしてまして! どうにかして麻田(あさだ)さんにインタビューしないといけない感じでして! そうじゃないとほら、部長にこっ酷く叱られる的な!』

『それが〝じゅん〟と何の関係があるのぉ? 君が叱られようが〝じゅん〟は知ったこっちゃないよねぇ?』

『確かに!』

『……じゃあ条件。君も、最低最悪の高校生である、この〝じゅん〟にインタビューしようとしてるんだから、それなりの覚悟はあるんだよねぇ?』

『ありますあります!』

『じゃあ、()()()()()()()

『え?』

『君の左耳を切り取って、そこにこしょこしょ内緒話するみたいに〝じゅん〟の話を聞かせてあげるのぉ。ねぇ、面白いでしょ?』

『い、いや』

『……やっぱりその程度の覚悟だよねぇ。条件はこれだからぁ。呑めないなら帰ってねぇ〜』

『そうじゃなくて』

『何ぃ?』

『わざわざ切り取らなくても俺が麻田さんの隣までいきますよ?』

『……ふぇ?』

『ここまで近寄れば大丈夫ですか? ほら、左耳。内緒話でもいいですから、くれぐれも切り取らないでくださいよ? フリじゃないですからね?』

『ちょ、ちょっと近いかなぁ! 〝じゅん〟緊張しちゃ──じゃなくて、うっかり殺しちゃうかもぉ!』

『? 内緒話したいんじゃないんですか』

『もう良いぃ! もう良いかなぁ!』

『……でも条件を達成しなければインタビューさせてもらえないな。──すみません麻田さん。そんな遠慮なさらないでください! 俺ちゃんと耳掃除してますから! ほらよく見て!』

『ひいいいいいぃ! 近いいいいいぃ!』

『──……それで、これが最後の質問なんですけど。って、聞いてますか?』

『……ねぇねぇ。君の頭の中には恥じらいって言葉は無いのぉ?』

『恥じらい? でもこの形でのインタビューを望んだのは麻田さんじゃないですか。むしろ無いんですか? 恥じらい』

『あ、ああ、あるよぉ! だからやめようって言ったのにぃ!』

『でもこの条件を提示してきたのは麻田さんですよね? 最低最悪の高校生は己の一本筋も通せないんですか?』

『……君、さっきまで〝じゅん〟のこと滅茶苦茶恐れてなかったぁ?』

『はい。でも、照れてる麻田さん見て可愛いなって思ったんで。あんまり怖い人じゃなかったのかなって』

『か、可愛ッ!? かわわわわわぁ!?』

『あの、そろそろ最後の質問良いですか?』

『──変えますッ!』

『何ですか?』

『条件を、変えますぅッ!』

『……でも、もうインタビューも終盤に差し掛かってて』

『せいぃ!』

『あ! 全てを書き記していた俺のメモ帳が!』

『これでぇ……! 〝じゅん〟の新しい条件を呑むしか無くなったねぇ……!』

『……なんか、やっぱり怖ぇかもこの人。──それで、新しい条件はなんですか?』

『歯』

『歯? え、まさか抜歯して寄越せってんじゃ』

『歯を──な、ななな、舐めさせてぇ』

『えっ……えぇ?』

『はい決定ぇ!』

『ちょ! 両頬を掴まないで! 嫌です! 初めては好きな人とじゃないと!』

『〝じゅん〟を好きな人ってことにすれば良くないぃ? 〝じゅん〟は君のこと段々好きになってきたけどなぁ』

『うわ鼻息凄いこの一人! どこでスイッチ入ったんだよクソ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! なんでこんなクソ怖い一個上の先輩に歯ァ舐められなきゃいけないんだ! エッチなの駄目! エッチなの禁止!』

『エッチじゃないよぉ。歯舐めるだけだもん』

『ほ、本当……? チョロっと歯舐めるだけ

 ……?』

『……』

『……麻田さん?』

『…………っ』

『微笑んだ! ただ微笑んだよこの人! じゃあ駄目です! インタビューやっぱしません! こうなるんだったら部長に叱られる方がよっぽど──』

『ちゅ〜』

『もごごごごごごごごご』

 

 

 

 

 

 

 ⇔

 

 

 

 

 

 

 思い出さなきゃ良かった。

 

「ねぇねぇふみふみぃ。〝じゅん〟寂しかったよぉ」

 

 俺の丸い腹に顔を埋めながらモゴモゴと甘ったるい声色で喋る白髪ショートワカメウェーブヘア糸目クレイジーガール(なんだこの属性てんこ盛り女)を尻目に、俺は突如フラッシュバックした過去の記憶(トラウマ)(しか)め面で味わいながら一人肩を落としていた。

 

「へぇへぇ、そうかよ。()()()()()()()()()()のに、そんなに俺が恋しかったんですかね」

 

 そう、つい先週。

 何を隠そう彼女──麻田 潤(あさだじゅん)は一個前の学校での友達だった女子生徒なので、つい先週まで毎日顔を合わせていたのだ! てかなんで君もこの学校いるんですかね! 最低最悪の高校生だから勝手に不法侵入とかしちゃってるんですかね! 

 

「そうだよぉ。だから〝じゅん〟も頑張ってこの学園を受験したんだよぉ」

「って、ついてきたのかよ!」

「当たり前じゃん! 〝じゅん〟にあれだけ思わせ振りな態度取っておいて、転校するくらいで切れる縁だとは思わないでよねぇ!」

「何だその言い回し……」

 

 最低最悪の高校生。

 一個前の学校で、麻井 潤にはその異名が付いていた。

 曰く、高校生になってから二度も少年院にぶち込まれている。

 曰く、中学時代は学生生活よりも少年院での生活の方が長い。

 曰く、少年院では()()()()指先一つ動かせないように全身をベルトでガチガチに拘束されていた。

 曰く、それでもふと目を離すと拘束から抜け出していた。

 曰く、そんな彼女を少年院側も手に負えず、異例の短期間で娑婆(シャバ)に戻ってきている。

 曰く、小鳥を素手で握り潰す。

 曰く、老人に暴力を振るう。

 曰く、無防備な子供の背中を蹴り飛ばす。

 曰く、人肉を食べる。

 曰く、交番に火を放つ。

 曰く、普段絶対に開くことのない瞼の奥を見た者は例外無く発狂死する。

 曰く、曰く、曰く、曰く。

 聞くからに邪悪で、おおよそ人間というものが持ち合わせている良心や倫理観なんかがまるごとごっそり欠落している彼女。そんな彼女の噂話のネタを話していくだけで高校生活が終わってしまいそうな、数々の伝説。というか、都市伝説。

 当時、転入してきてその都市伝説に興味を持った新聞部の俺は、部長からの命令のままにノコノコと麻井 潤に取材を申し込み、いつの間にか歯を舐められ、それ以降すっかり友達になってしまったというわけだ。文字に起こすと俺って陽キャ過ぎるな。実際はもう少し自然というか、ちゃんとしたイベントもあったのだが、端折るとどうしても滑稽な感じになってしまう。

 ウケる笑(←精一杯の陽キャ感)。

 まとめると。

 麻井 潤は大人でさえも手に負えないヤバ悪人で、そんな彼女と友達になってしまった俺もあの学校ではちょこっと暗黒の学校生活を送ってたよって話。

 そんな少し前の思い出を、ぷりぷり怒りながらこちらを見上げる潤ちゃんを眺めながら思い出してみた。

 あと、潤ちゃんは出会った時は学年が一個上だったのだが、俺と一緒にいたいがあまりわざと留年し(ダブっ)て同学年になった経緯がある。教師陣はそりゃ泣いたらしい。なんて言ったって、こんな問題児(犯罪者)と一年余計に付き合わなければならなくなったのだから。

 ……時々、潤ちゃんって馬鹿なんじゃないかなと思う時があるが、口に出すと怒るので言わない。

 

「何浸ってんのぉ? 〝じゅん〟のおっぱいが柔らかいからぁ?」

「浸ってないし、潤ちゃんのおっぱいの感触を味わってもいない。というか、なんなら俺のおっぱいの方が柔らかい」

「あ! 本当だウケるぅwww凄っwwwwww」

「痛ててて! 乳首抓んな馬鹿!」

 

 ゲラ笑いしながら俺の胸を揉みしだき、ついでに乳首を抓り上げる潤ちゃん。話を変える為に適当こいたのに、まさか本当に感触を確かめられるとは思わなかった。

 全然潤ちゃんのおっぱいの方が柔らかいに決まってるのにね。

 

「だ、大体。潤ちゃんなんでついてきたんだよ。てっきり〝かかみん〟と良い感じにやってるのかと思ってたぜ」

「あぁ、明也っちぃ? 確かに退屈はしなかったけど、くどくど五月蝿いから今朝適当に煽ってそのまま転校してきちゃったぁ。今頃また違う不良に説教してるんじゃないかなぁ」

 

 なんて奴だ。〝かかみん〟を怒らせると後が怖いってのは常識だろうが。今頃、〝また違う不良〟とやらは酷い目に遭っているに違いない。

 しかし、そんな〝かかみん〟を意に介さず自由に振る舞えるのは、潤ちゃんに途轍も無い実力があるからだ。俺に対してはメチャクチャフレンドリーだから忘れがちになるけど、コイツ国家権力も恐れるヤベェ奴なんだよな……。

 あれ。てか、サラッと今朝って言った? 

 

「てか、サラッと今朝って言った?」

 

 驚き過ぎてそのまま言葉に出してしまった。

 

「? うん。書類の書き方とかよく分からないから、また後で転入の手続きとかするつもりぃ〜」

「え、さっき頑張ってこの学園を受験したって」

「ああ、あれ? 嘘嘘ぉ〜」

「はぁ!? じゃあマジもんの不法侵入じゃねぇか!」

「そうだよぉ〜」

「そうだよぉ〜じゃねぇ! てか、じゃあなんで谷郷ヶ岳学園の制服着てるんだよ!」

「そこら辺の生徒ぶん殴って着てる服取っ替えっこしてきたのぉ。この服の持ち主は今頃〝じゅん〟とふみふみが通ってた学校の、ダッサいダッサいゲボみたいな芋ジャージを泣きながら着てるんじゃないかなぁ」

 

 ヘラヘラ笑いながら、他人の制服のスカートの端を持ってヒラヒラとこちらを煽る潤ちゃん。コイツと友達になったあの日から、ずっと分かり切っていたことだが、やっぱり潤ちゃんには倫理観ってものがないらしい。

 ……しかし、〝かかみん〟じゃないけどこんな奴をのさばらせて良い訳がないのだ。友達が誤った道を全力疾走しているのなら、躊躇せず足を掛けて転ばせて対話を試みるのが友達なのだから。

 つまりは、鉄拳。もしくは

 

 げん

 こつ

 

 だ。

 俺からの鉄拳(げんこつ)を(俺以外からの攻撃ならば意に介さないどころか反撃の10や20をしてくる)潤ちゃんは甘んじて受け入れ、目尻に涙を浮ばせながら頭頂部を両手で押さえた。コイツ、俺からの攻撃だけは通るんだよな。なんでだろう。俺の右手ってイマジンブレイカー付いてたりするのかな。じゃあ潤ちゃんは異能の存在……ってコト!? 

 

「痛〜いぃ」

「一般人に()()()()()しちゃ駄目だって言っただろ! ほら、早くその制服返して来なさい! じゃないと口聞かないからな!」

「ちゃ〜(涙)」

 

 と、悲しそうな声でたむけんの声真似。

 なんでたむけん? 

 意味は不明だが、素直に言うことを聞いてくれたらしい潤ちゃん(せっせと殴った女子生徒を探しに走り出した)に安心して肩を下ろしつつ、一人呟いた。

 

「……ったく、こんなところを誰かに見られたらどうすんだよ」

「──確かにそうだよな」

「え?」

 

 予想だにしない声に振り返る。そこには、声から想像した通りの人物が立っていた。

 

「美結」

「よう文明。見てたぞ。さっきの女と何を──」

「──へっへ〜ん。〝じゅん〟は天才だからすぐさまさっきの子を見つけて爆速でゲロ芋ジャージをふんだくって制服を脱ぎ捨ててきたのだぁ! ──あれ、誰君ぃ?」

 

 朝校門で会った旧友との再会。いや、再再会? どうでもいいな。

 兎に角、美結との今朝振りの再会。しかし何故か美結は釘バットを持っていて、爆速で帰って来た潤ちゃんに会話を邪魔されたことに腹を立てたのか、持っていた釘バットを握り直した。嫌な予感。

 

「死ね」

 

 大振りの釘バットは潤ちゃんの頭に吸い込まれるように軌道を寄せ、ジャストミート。目を背けたくなるような鈍い音と共に潤ちゃんが吹き飛んだ。

 

「よう文明」

 

 釘バットを肩に担いで、平然と挨拶を再開する美結。担いだ釘バットからは血が滴り落ちているのだが、どうやら潤ちゃんを殴ったことは気にも留めないつもりらしい。

 え、未だ信じられないんだけど、もしかしてマジで殴った? 

 人の頭という、素手で殴るのすらストッパーがかかる人体の弱点を、躊躇いも無く釘バット(凶器)で振り抜いたのか? 

 数年間だが同じ学舎で育った友達の、知らなかった狂気に当てられて、俺は彼女の名前を呆け気味に呼ぶことしかできなかった。

 

「み、美結」

「美結ぅ? 知らない名前だねぇ。ムカつくねぇ」

「──潤ちゃん!? 平気なのか?」

「うん。ちょっと髪乱れちゃったけどぉ」

 

 吹き飛んだ地点から呑気にこちらに歩いてきてから、そう言って前髪をいじり始める潤ちゃん。真っ白な髪には()()()()()()()()()()()()()()()()()、どういう治癒力なんだと目を細めてしまった。

 

「で、君誰ぇ?」

「……フン」

 

 この学園の制服(結構オシャレなブレザータイプ)をふんだんに着崩し、その上からスカジャンというファッション。あとくるぶしまである長すぎスカートにはスリットが入っていて、ことあるごとに太ももがチラ見えしてる──これさっきも言ったな。つまりは、久道 美結。

 対するは、一個前の高校指定のジャージ(その高校の生徒からは著しく評価の低いダッサい紫色の文字通りのゲロ芋ジャージ)、オプション皺だらけを着用しながら、自然体で棒立ちする麻田 潤。

 1回目の転校先で出会った友達と、5回目の転校先で出会った友達。本来ならば決して出会う事のない二人が、こうして出会ってしまった。

 つまりは異常──もしくは非常事態。俺は知らないうちに手にジットリとした汗をかいていた。

 

「それで。答えろよ、文明。その女と何してたんだよ」

「い、いやぁ、何も。強いて言うなら胸を揉まれてたぐらいで──」

「はァ?」

「ごめんなさい」

 

 旧知の仲と言えど、不良は不良。そんな不良から放たれる眼光に俺みたいなもんが平気でいられる筈もなく、即座に謝罪してしまった。

 しっかり頭も下げてしまった。

 

「……チッ、文明に頭下げられると困っちまうな。怒ってないから、頭上げてくれ」

「あ、ああ」

 

 言われた通り頭を上げると、気まずそうに視線を逸らして頬を掻いている美結がいた。その瞳には先程までの眼力は無く、俺は心底ホッとした。

 

「それで。コイツは?」

 

 あ、ヤベ。眼力戻った。

 

「噛み千切りたくなるから、〝じゅん〟に向かって指差さないでくれるぅ?」

「はァ? 舐めてんのかテメェ」

「……少年院でさぁ、君みたいなのいっぱい見てきたよぉ。傑作だったねぇ。ふっふっふ」

「何が可笑しいんだよ」

「いやぁ、君みたいな威勢の良いだけの馬鹿はぁ、一人残らずアートみたいな愉快な死体に変えてきたからさぁ。今からまた新作が出来ると思うと可笑しくて可笑しくてぇ」

「──殺す」

「──タイトルは『喋るゲロ味プリンの末路』かなぁ」

 

 会話もそこそこに、二人同時に飛び出した。

 美少女対美少女。

 不良対不良。

 釘バット対素手。

 友達対友達。

 観戦してる身としては少々複雑な気持ちにならざるを得ないマッチ内容だが、先程の莢ちゃんと千歌ちゃんの時とは違ってもう喧嘩をおっ始めてしまっているので、間に入って仲裁することは叶わない。そんなことしたらミンチ確定。だめ。きまり。

 俺の知り合い二人が、雄叫びをあげながらガチ喧嘩してる件について。

 釘バットで横腹を殴打したかと思えば、スニーカーの爪先で顎を蹴り抜かれる。

 その衝撃で仰け反らせたと思えば、そのまま勢いを付けたあり得ない速度での頭突きをかまされる。

 美結の両眼は脳の揺れと同じく焦点がブレていて、潤ちゃんの両眼は今や完全に開かれていた。

 

 

 

 ──時に。

 潤ちゃんは普段は糸目だが、俺と話す時は普通にその目を開いて話す。

 曰く、俺のことはしっかりと見ていたいらしい。

 じゃあ糸目の時は周りが見辛いってこと? 

 以前、俺は潤ちゃんにそう質問したことがある。

 潤ちゃんは笑いながらこう答えた。

 いや、視界に入れるのダルいから見てないよぉ。

 糸目じゃなくて目瞑ってんのかよ! 

 ってね。

 ってね、じゃねぇよ。

 

 

 

 さておき。

 つまり、潤ちゃんがさっきから釘バットで殴られっぱなしなのは鈍臭いからとか弱っちいからとかそんなんじゃなく、ただ単に見えていないから避けようがないってこと。あと、身体の仕組みがバグってるからある程度の攻撃なら別にやられてもノーダメージだから気にしてないのもある。

 俺の友達、人外過ぎます。

 そして、そんな潤ちゃんが俺以外の為に目を開いて攻撃を避け始めている。これはつまり凄いことなのだ。

 

「やるじゃねぇか」

「君こそぉ。久し振りにふみふみ以外の人見たよぉ」

 

 戦いを経て互いの力量を理解したのか、リスペクトの心を持ち始める二人。頼む、このまま対話で終わってはくれないか。

 

「……アタシは久道 美結。アンタ、名前は?」

 

 釘バットを下ろし、美結が名乗った。それから潤ちゃんに返答を促し──潤ちゃんがいつの間にか握っていた砂をぶっかけた。

 

「ッ!」

「あんだけ殴り合っておいて落ち着けるって君どんな神経してんのぉ!? やるなら死ぬまでやるに決まってんだろうが馬〜〜鹿ぁ!」

 

 砂が目に入り悶絶する美結にすぐさま飛びかかり、転ばせて馬乗りの体勢に持っていった潤ちゃん。それから左右の手で容赦無く殴り始めた。

 

「君さぁ君さぁ! 不良って奴でしょ!? 少年院にいた奴等に比べたらほんのちょ〜〜〜〜っとだけ楽しめたけどまだまだ全然雑魚ぉ! このまま軽くボコして殺してやるからさっさと死んでねぇ! おらぁッ! ガードすんじゃねぇゲロカスぅッ!」

 

 はしたな過ぎる暴言は潤ちゃんにしては珍しいもので、俺の経験上今の潤ちゃんはガチで怒っているのが分かる。思った以上に美結が強くてハイになってるのもあるのだろうけど、目はパキってるし口の端から犬みたく涎が垂れている。

 必死に両腕でガードする美結と、構わずその上から殴り続ける潤ちゃん。もう見てられなかった。

 

「じゅ、潤ちゃん──」

「熱ぅぅぅゥゥゥゥゥ!?!?」

 

 止めようと伸ばした手の先で、潤ちゃんが火に包まれた。思わず手を引く。

 燃え盛る潤ちゃんは耐えきれずに立ち上がり、それによって美結は起き上がることに成功した。

 

「死ぬまでやるだァ? んなの当たり前だろうがボケ。さっきのはちょっとした()()()だよ」

 

 そう言う美結の手にはライターとオレンジ色の液体が入ったペットボトル。どうやら引火させたらしい。

 

「君──いや、久道 美結ぅ! やるじゃんやるじゃんやるじゃんやるじゃん! 面白いよ久道 美結ぅ! 特別にぃ! 特別に久道 美結にはガチで()ってやるよぉ! ガチでやってやるけどさぁ! このままじゃ〝じゅん〟はお嫁に行けないレベルの火傷負うっぽいから一旦退散するねぇ! 分かったなぁ! お前にもし家族がいたりぃ! ペットとか飼ったりしてるんだったらぁ! 消火ついでに先に殺しておいてやるからちゃんと申告しておけよぉ! あはははははははははははははははははははははははははははは! 覚えておけ久道 美結ぅ! ──あ、ふみふみぃ。お色直ししてくるからちょっと待っててねぇ。久道 美結をサクッと殺したら、そのあと二人で映画観に行こうよぉ。ほら、あの見るからに笑えそうな、カップルの片方が大病を患う系のヤツぅ! 約束ねぇ」

「……潤ちゃん、燃えてるから早く消しておいで」

「うん! 一歩も、一歩も動かずに待っててねぇ──」

 

 ビュン。

 目にも止まらぬ──最早その勢いで火が消えそうな程の速さで、己に纏わり付く火を消しに何処かへと消えた潤ちゃん。残ったのは引火性の液体が入ったペットボトル片手に後頭部を掻く美結と、呆然と立ち尽くす俺。数秒間を置いてから、美結が口を開いた。

 

「何なんだアイツ……。人間じゃねぇ」

 

 俺からしたら貴方も十分人外ですけどね。そう言いたい衝動を抑えつつ返事を。

 

「ま、まぁ潤ちゃんは()()()()()()()

「ったく、次はぜってぇ殺してやる──って、()()()()? さっきから気になってたんだけどよ。文明、さっきの奴とあだ名で呼び合う(そんなに深い)仲なのか?」

 

 しくった。せっかく持ち直してきた美結の顔色がどんどん曇っていく。

 

「い、いやいやいやいや。知らない人。全然知らない。さっきそこで知り合ったばかりの、知り合いたてほやほやの全く持って初対面の人。いや〜、知らないなぁ」

 

 焦って、言葉が纏まらないままの勢い任せの言葉が口からスルスルと溢れていく。胡乱が過ぎる。

 そんな、怪しさ極まりない俺の背中に柔らかい感触。

 

「ふみふみぃ。今の、どういうことぉ?」

 

 今帰ってくんなや! 

 ややこしくなるだろうが! 

 

「仲良さそうだな?」

「は、はは……」

 

 イラついてる美結からの言葉に、俺は渇いた笑いしか返せなかった。

 そんな俺の心情なんぞ潤ちゃんには──()()()()潤ちゃんには分かるはずもなく、消火活動を終えた潤ちゃんは、後ろから俺に抱きついて耳に息を吹きかけてくる。潤ちゃんのゲロ芋ジャージの焦げた匂いが鼻を掠めた。

 その様子を見て美結の眉間の皺が更に寄った。

 

「やっと戻ってきやがったなテメェ。今度こそ灰にしてやるからさっさと文明から離れろやボケ」

「あれ? 君誰だっけ? ──ああ、久道 美結かぁ。君影薄いからすぐに思い出せなかったよぉ。顔も見るからにモブ顔だしぃ笑」

「あ゛?」

「ん?」

 

 瞬時に戦闘モードに入り、視線で火花を散らせる二人。頼むから俺を挟まないでくれ。

 潤ちゃんのバックハグからいそいそと抜け出し、邪魔にならなそうな所まで退避。もう喧嘩を止めることは諦めました。

 釘バットを構えて臨戦体勢の美結。

 ゲロ芋ジャージの至る所に燃え跡が残っていて露出度がヤバい潤ちゃん。

 第二ラウンドが始まりかけた瞬間、どこからか声をかけられた。

 

「──おや? ふみ君、こんなところにいたのか。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ゆかりちゃ〜〜〜〜〜〜ん!! なんで今入って来るんだよ馬鹿〜〜〜〜〜〜〜!!!!!! 

 

「……テメェ、演劇部の」

「ああ、君は()()の」

 

 美結は怒りの籠った目で。

 ゆかりちゃんは冷めた目で。

 互いを認識。見るからに友好的とは思えない。というか、キレてるゆかりちゃんとか初めて見たわ。

 

「ねぇねぇふみふみ。あの背ぇ高い子誰ぇ? あとさっきの〝知らない人発言〟のことなんだけどぉ」

「彼女は佐鎧ゆかりちゃん。俺の中学の頃の友達」

「へぇ。それで、さっきの〝知らない人発言〟のことなんだけどぉ」

 

 どうやらそんなことよりも本題について答えてほしいようで、突き刺すような眼力で、瞳孔の開いた瞳で真っ直ぐ俺を見つめる潤ちゃん。怖過ぎる。

 

「──そこの君。ふみ君から離れるんだ。そんなはしたない格好、ふみ君の隣に立つ資格はないよ」

「はぁ? 〝じゅん〟、今ふみふみと話してるんだけどぉ?」

「聞こえなかったのかい?」

「聞く気がないの分からないのぉ?」

「……」

「……」

「……死んでくれるかな?」

「そのイケメンムーブ(笑)キショ過ぎて鳥肌立つからやめてねぇ?」

 

 潤ちゃんの言葉が終わったか終わらないかのギリギリで放たれたゆかりちゃんの右ストレートは潤ちゃんの鼻っ柱を正確に捉え、軽々と吹き飛ばす。宙に浮く勢いで飛んでいった潤ちゃんは受け身を取らずにゴロゴロと地面を転がり、何事もなかったかのように起き上がった。

 目は、開いていた。

 

「こんなにもいっぺんに知らない顔を見るなんて、今日は不思議な日だねぇ。それとも、ふみふみの知り合いが不思議なのかなぁ? まあいいかぁ。死んだら一緒だもんねぇ」

「私の()()()を食らって平然としてるとは珍しいね──ああ、これだと日常的に私が暴力を働いているみたいに聞こえるね。訂正しよう」

 

 話している途中で俺の方を向いて訂正するゆかりちゃん。キレてはいるものの、俺に対しては紳士的だった。

 というか、ジャブ? あの凄まじい威力の右パンチが?? やっぱゆかりちゃんってパワータイプなんだね(失礼)。

 

「ふみ君、少しばかり待ってておくれ。不良と野蛮人を片付けたら一緒に下校しよう。中学生の頃みたいに二人並んで、ね」

「ね、じゃないんだけどぉ? その勝確の表情クソムカつくぅ! 文字通り剥がすよぉ? 面の皮ぁ」

「テメェ等みたいな出遅れ共に文明を譲るわけねぇだろうが。文明と一番最初に出会った(文明の初めて)はアタシ、これはもう変えようのない事実」

 

 二人を挑発するためのあえての言い回しなのだろうが、どうにも誤解される言い方をしてしまう美結。それにしっかり釣られたゆかりちゃんと潤ちゃんは二人して俺の方を向いて怖い笑顔を向けてくれた。

 

「ふみ君……?」

 

 嘘だよね? 

 そう言いたげな瞳を俺に見せられるのは、演劇で培った技量故か、それとも本心だからか。

 

「まぁ、〝じゅん〟はふみふみとキスしてるし」

 

 嘘だよな? 

 そう言いたげな瞳で俺が潤ちゃんを睨めるのは、本心だからだ。

 

「「「「は?」」」」

 

 空気の読めない潤ちゃんの発言に、潤ちゃん以外の二人が恐ろしいほどの怒気を──いや、違う! 四人だ! いつの間にか莢ちゃんと千歌ちゃんもいる! 終わった! マジで終わったッ! 

 

「文明さんの匂い(痕跡)を頼りにここまで来たはいいものの、()()()()()()()()()。文明さん、貴方ってなんて罪作りな御方ですの……?」

「おいブス、何サラッと私まで数に入れてんだよこの抜作(ぬけさく)

 

 少し離れた場所から段々と近付いてくる莢ちゃんと千歌ちゃん。互いにメンチを切り合い、額同士をくっつき合わせながら暴言を吐いている。

 

「まあ、お下品! その下劣な言葉遣い、聞いてるだけで耳が腐り落ちそうですわ! 誰かこの腐れチンピラ崩れを学園から追い出してくださいまし〜!」

「ふ、二人共」

 

 取り敢えず落ち着いてくれないかと、そんな意味を込めて声を掛ける。

 声を掛けると、莢ちゃんと千歌ちゃんは先程までの剣幕はどこへやら、笑顔でこちらに向き直った。

 

「文明さん、今度は逃げずにお待ち下さいね。安心下さい。コイツ程度すぐに──……沈ます」

「文明さん文明さん、今度逃げたら(わたくし)怒っちゃいますからね? 大丈夫です。ちょっとコイツの児戯に付き合ってあげるだけですのでっ──……やってごらんなさい」

 

 両者が俺に向ける和やかな笑顔。それと同時に抜刀と発砲。

 その隙に俺を連れ去ろうとする潤ちゃんと、それを止めるゆかりちゃんと美結。

 混沌。

 どう考えても事態が悪い方向に転がっていくのが分かる現状。だから、逃げた。

 

「ごめんみんな! 俺引っ越しの片付けしなきゃいけないから帰るわ! また明日!」

 

 それっぽい理由を付けて全力ダッシュ。直後、俺の背中に5人それぞれの言葉が返ってきたような気もするが、デブだから脂肪で跳ね返しておいた。

 走る。

 走る。

 自慢じゃないが、持久力には自信が無い。なので、帰宅ルートを真っ直ぐそのまま進んでいくのではなく、あえて曲がり角を余計に曲がってジグザグに走る。万が一追い掛けてきていた時に撒く為だ。

 それからすぐに体力の限界が訪れ、路地裏で呼吸を整える。追い掛けてきていないのか、それともしっかり撒けたのか。俺が誰かに追い付かれるということはなかった。

 安心した俺は、それからは歩いて帰り、無事真新しい我が家へ到着した。作戦が上手いこといったのでもうルンルンだ。

 ドアを開け、リビングから顔を出してきた妹に「おかえり」と言われ「ただいま」と返す。洗面所に寄ってから2階へ上がり、左へ曲がり自室に入る。まだ荷物が入っている段ボール数箱を、そろそろ整頓しないとなとか思いながらベッドにダイブして──

 

「……待てよ、これって問題を先送りにしただけで実質何も解決していないのでは?」

 

 枕に声をくぐもらせながら、そう呟いた。

 枕から顔を上げる。

 

「まずいまずいまず〜〜〜〜い!」

『お兄様、大丈夫?』

「大丈夫大丈夫! うるさくしてごめんね!」

『大丈夫なら良いけど……』

 

 事の深刻さに思わず叫んでしまうと、すぐさまドアの向こうから妹が心配の声をかけてくれた。恥ずかしっ。

 妹。

 (みなと) みのり。

 2個下、つまりは中学三年生である湊 みのりは、どこへ出しても恥ずかしくない可愛くて聡明で何でも出来る自慢の妹だ。

 思わず梳かしたくなる青い髪は肩口で綺麗に揃えられ。

 本人曰くまだこれから伸びる予定らしい145cmの身長。

 あと何でだか知らんけど俺のことをお兄様と呼ぶ(決して俺が強要してるわけじゃないぞ)。

 いつもニコニコしてる。

 長々と説明してみたけどつまりは俺の妹可愛い〜! 

 ってこと。

 ……はぁ。

 いやマジで、頑張って忘れようとしたけど、やっぱり忘れられん。明日どうすればいいんだ。

 悩みながら布団を被る。どうにか、寝たら全てが解決しててくれないだろうか。

 

『お兄様、お風呂沸かしたから早めに入ってね』

「……了解」

 

 

 

 ⇔

 

 

 

『で、俺に相談したと』

「はい……」

 

 あれから時間が進み、現在21時。俺はベッドの上で正座をし、頼りになる人物に電話をかけていた。

 

『まあ、他ならぬ湊の頼みだからな。良いぞ、相談に乗ってやる』

「ありがとう、〝かかみん〟!」

 

 かかみん。

 オレが通話越しにも関わらず頭を下げながら感謝の意を表明すると、通話越しなのでノイズと共にこちらの耳に届いた溜め息。それから、呆れたような声色で〝かかみん〟は諭してきた。

 

 

 

 

 

 

 

『かかみんやめろ。俺には各務原 明也(かかみがはらあきや)という名前があるんだ』

 

 

 

 

 

()(())





書いてる内に段々と文字数だけが膨らみ、肝心のヤンデレ部分にまで中々辿り着けないという。そのくせ投稿頻度が終わっていて申し訳無い限りです。
ここまで読んでくれてありがとうございました!
ではまた。

次のお話。

  • TS
  • 近眼
  • タイムマシン
  • 既にあるお話の続編

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