ヤンデレの女の子って最高だよね!   作:大塚ガキ男

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今回のお話は、三話構成でお送りしたいと思います。


読心系コミュ障 上

「兄貴、起きて」

 

 微睡(まどろ)みの中。妹の声が聞こえたかと思えば、身体から温もりが消えた。そして脇腹に微痛。(まぶた)を擦って上体を起こし、目を開ける。視界の端には妹が映っていた。コイツ、布団引っぺがして俺の脇腹蹴ってきやがったよ。

 

「・・・・・・よぅ妹。起こしにきてくれたのか」

「はぁ?兄貴の目覚まし時計が五月蝿いから止めに来ただけだから。何寝惚けてんの?」

「・・・・・・すんません」

 

 確かにな。どこぞの漫画や小説のように、妹が兄を慕うなんてのは有り得ない話だ。ましてや、俺も妹も思春期真っ只中。今こうして会話をするのも久しいくらいだ。妹に話し掛けられないので、必然的にこちらも話し掛けなくなる。下がる好感度も無いような関係だ。

 身体を伸ばしながら目覚まし時計を確認。デジタル時計の数字は、左から零、八、三、六。

 そう言えば、妹は俺の目覚まし時計を止めにきたとか何とか言っていたような・・・・・・。

 これヤバくね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間が無いので食パンを咥えて学校への道を走るーーなんて青春の一ページを飾れる行動を起こす気にはなれず、卵かけご飯をゆっくり食べてから着替えて家を出た。その時、既に時刻は八時四十分。陸上部や野球部などの運動部の方々がいくら頑張っても遅刻不可避な時間帯だ。

 うんうん、たまには時間に追われず学校へ行くのも悪くない。

 こういう台詞は早起きして時間に余裕がある時に言うモノだが、俺には関係無かった。一種の諦めのようなモノで、一時間目に間に合えば平気かな〜くらいにしか思っていないのだ。

 

「む」

 

 マイペースに歩いていると、丁度家から出てくる幼馴染に会った。

 目が合う。

 挨拶をしてみる。

 

「お、おお、おは」

「・・・・・・」

 

 しかし、むしされてしまった!

 まぁ良いけどね。幼馴染って言っても形だけだし。中学入ってから殆ど会話しなくなったし。小さい頃に交わした結婚の約束とか無いし。そもそも幼馴染は、俺の顔すら忘れているかもしれない。

 ・・・・・・てか、この時間なら幼馴染も遅刻じゃねぇか?

 ならば、遅刻仲間同士仲良くやろう!と前方を歩く幼馴染の肩に手を回していたら、良くも悪くも、他人と何ら変わらないような今の関係性も変わっていたかもな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室へ到着。朝のホームルームは終わっていて、俺が着いた時には一時間目の前の休み時間だった。ガヤガヤと騒がしい生徒等の間をすり抜け、真ん中の列の一番後ろの自分の席に座る。

 

「うわ、コミュ障来てんじゃん」

 

 教科書の準備をしていると、どこからかそんな声が聞こえた。

 コミュ障とは、何を隠そう(恥ずかしながら)俺の事だ。

 地の文だからこそこうして話せているが、現実で口を開けば、まともに会話も出来ないような奴なのだ。先程の幼馴染に挨拶が出来なかったのが良い例だ。まともに(と言っても、それは俺にとってのまとも)話せるのは身内だけ。

 クラス内に止まらず学校全体に俺の渾名(あだな)は拡散していて、俺の本名よりも渾名の方が知名度が上がっている状態だ。

 

「ねぇ、ちょっと」

「は?」

 

 一時間目の準備も終え、大人しくスマホを弄っていると、横から咎めるような声が。何度もしつこく聞こえてくるので俺の事かと視線を向ければ、そこには目を吊り上げた委員長が立っていた。何の委員長かは知らない。皆が『委員長』『委員長』と呼ぶから俺も心の中でそう呼んでいるだけ。間違っても、口には出さないが。いや、出せないが。

 

「貴方、さっきのホームルームの時には居なかったよね?」

「・・・・・・お、おう」

「先生が困っていたわ」

「わ、わる、悪い」

「もごもごもごもごと、貴方それでも男な

 の?」

 

 お前に関係ねぇだろうが殺すぞ。こちとら好きでこんな喋り方してるんじゃねぇんだよ。

 次々と頭に浮かぶ反論の言葉も、口には出せない。心の中で叫ぶに留まっていた。

 

「遅刻指導になりたくなかったら早起きする事ね」

「・・・・・・・」

「返事は?」

「は、はい」

 

 言うだけ言って満足したのか、委員長は去り際に一層強い眼差しで俺を睨み付けてから自分の席に戻って言った。

 

「おいおい、委員長朝からご立腹じゃね」

「そりゃそうだろ。最近の遅刻者はコミュ障だけだぜ?」

「笑うわwww」

 

 はぁ・・・・・・。言い返せる強い意志が欲しいとか、そんな格好良い事は言わないからさ。

 せめてまともに話せるだけの勇気を下さいな、神様。人と話す度に緊張で死にそうですわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業中。私語をする相手がいなければ話す事も無くなる。俺のコミュ障も鳴りを潜めていられるーーとは限らない。

 

「ねぇ、アンタコミュ障に話し掛けてみなよ」

「えぇ〜?ウチはヤだよ」

「友達になれるかもよ笑」

「友達は絶対にイヤだ笑笑」

 

 俺の隣の席の派手めの女と、その前の席に座る違うベクトルの派手めの女の会話。それが俺の精神をガリガリ削ってくる。会話の内容が話題に上がっている俺に普通に聞こえてくるのは、素で会話しているのか、それともそう努めて話しているからなのだろうか。クソッタレ。ぶっとばすぞ。

 

「ねぇねぇコミュ障君」

 

 うわ、マジで話し掛けてきやがったよ。俺が嫌なら話し掛けなきゃ良いのに。馬鹿かよ。

 しかし、落ち着け、俺。ここでまたコミュ障を発揮すれば笑い者になるのは必至だ。深呼吸をして、慎重に話すんだ。

 

「・・・・・・何?」

「うわ、コミュ障君こわっ!www」

「・・・・・・」

 

 必死に絞り出したその言葉さえも、相手に笑われる。

 うーん。殺してやりてぇな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰とも話さない昼休み。

 最近は、誰とも話さなくて良い昼休みに変わってきているのがネックだ。俺は別に孤独が楽しい訳じゃないのだ。友達と馬鹿騒ぎをしてみたいとは思うし、女の子と会話したいとも思う。しかしその為には、この癖をどうにかしなければいけないのだ。相手に不快感を与える、どもり癖ーーコミュ障を。

 今日は木曜日。嫌な一週間も明日で(一時的にだが)終わると考えれば、それなりの事は許せる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コーミン」

 

 放課後。鞄を持って教室を出たら、そんな声を掛けられた。声がしたのは真横。つまりは廊下で待機していた訳だ。振り返らずに猛ダッシュすれば逃げ切れるかも知れない。邪な考えが頭をよぎるが、俺は分かっている。

 今日は逃げられても、明日は逃げられないのだと。

 実を言うと、こうやって放課後に声を掛けられるのは今日に限った事じゃないのだ。

 と言っても、良い意味ではない。

【放課後に生徒会室で生徒会の仕事を手伝う】という、遅刻が多い俺への学校側からのペナルティなのだ。

 

「付いて来い」

「・・・・・・はい」

 

 生徒会室。

 俺と、俺に声を掛けてきた生徒会長以外は誰も居ない。胃に悪い静けさ。

 

「なぁコーミン。お前は何故そんなに遅刻をするんだ?」

 

 作業の途中、(おもむろ)に生徒会長がそう問うてきた。落ち着いて返す。

 

「ね、ねむ、ねねね眠いから」

 歯の根が震えて上手く話せない。うーん、残念。

 心の内をそのまま相手に伝えられたら楽なのにな。俺は緊張せず、相手も俺の一言一言に一々イラつかない。win_winじゃないか。

 

「眠いから?おいおい、人間誰しも朝は眠いんだ。コーミンだけがそうやって遅刻をして良い訳じゃないんだぞ?」

 

 そんなのは百も承知だ。分かり切っている。俺はそれが分からない程馬鹿じゃないし、愚かでもない。ただ、分かっちゃいるけどやめられないだけ。

 (ちな)みに、コーミンとは生徒会長が勝手に付けた俺の渾名だ。コミュ障を文字っているらしいがよく分からない。ムーミンみたいだ。

 いや待てよ?コーミンを漢字にすれば公民。つまり俺は、政治に参加する権利を持つ、国から認められた人間なのではないだろうか?俺は立派な人間だと、生徒会長はそれを暗に伝えていたのでは?そんな訳無い。

 

「兎に角・・・・・・。君が遅刻をしなくなるまで、このペナルティは終わらないからな?」

「・・・はい」

 

 場に訪れる沈黙。紙の擦れる音。微かに聞こえる息遣い。

 ・・・、

 ・・・・・・、

 ・・・・・・・・・。

 

「ご苦労様。今日はここまでだ。帰って良いよ」

 

 生徒会長の口から出た、待ち望んでいたその言葉。俺は聞いた瞬間立ち上がり、荷物を纏めて「お疲れ様でした」と一方的に別れの挨拶をして部屋を出た。廊下に身を出し、ドアを閉める瞬間に「あ、ちょっと待ってくれーー」という声が聞こえたような気がしたが、恐らく気のせいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ・・・・・・」

 

 帰り道。今日一日を振り返って溜め息を吐いた。俺の事をコミュ障とか言って馬鹿にする彼等も彼等だが、何より俺は言われっぱなしの俺自身に腹が立っていた。一言でも反論してしっかりと自分の本名を伝えていたならば、こんな毎日は変わっていた筈なのだ。それを変えられないのは、怠惰で臆病な自分のせい。

 

「嗚呼神様・・・」

 

 呟く。

 

「本当に、少しで良いんです。あなたの力を貰いたい」

 

 誰に向けるでもなく呟く。

 

「俺は信心深い訳じゃないし、毎日経を唱えたり神に祈りを捧げたりしている訳でもない。ただの宗教に無関心なボッチだ」

 

 言うならば独り言。誰も居ない独りきりの帰り道なのを良い事に、呟いているだけ。

 

「だけどーーそんな厚かましい俺だけど、神様の力を借りたい」

『良いとも』

「ありがとうございます」

『じゃあ、アレいっとくかの?相手が何を考えてるのか分かる力』

「おぉ、流石神様。サラっと訳分からん事を仰られる。・・・・・・あ?」

『何か?』

「今聞こえているこの声は俺の妄想か?」

『違うぞよ』

「・・・・・・日々のストレスで、俺はここまで疲れていたのか」

『幻聴ではない、儂ゃ神様じゃ』

「嘘だ。神様がそんな如何にもな口調をしている筈がない!」

『神の姿なんてのはな、信者のイメージなんじゃよ。儂の本当の姿は儂にも分からん』

 

 妄想にしては、俺の知らない事を教えてくる。姿は見えず、(しゃが)れた爺さんの声が聞こえてくるだけだ。ドッキリの線を疑ったが、すぐに取り止め。俺なんかを騙した所で何の面白みも無いからだ。

 唯一の救いは、姿が見えないので俺の言葉がどもらない事だろうか。俺は望んでいた通りに普通の会話が出来ている。もしかしたら俺は、独り言の延長線だと思っているのかも知れない。

 

「・・・じゃあ、神様」

『何じゃい』

「俺の人生を変えて下さい」

『別に構わんが、どんな風に変えるのかは己次第じゃぞ?儂はあくまで切っ掛けを与えるだけじゃ』

「それで構いません」

 

 声がどこから聞こえてくるのか分からないが、取り敢えず頭を下げる。巫山戯(ふざけ)た理由だが、こうしてチャンスを貰えたんだ。存分に活かして人生を変えてやろうじゃないか。

 

『よし、じゃあお主に力をやろう』

「あ、出来れば俺のどもり癖を治してほしーー」

『お望み通り、相手の考えている事が分かる力じゃ』

「は?」

 

 いやそれは、あの時のノリで返事しただけなんですけど。

 しかも、俺は別にその力が欲しいとは一言も言ってないんですけど。

 俺がそう言葉にする前に、視界が白く染まった。

 

 

 

 

 

 




今回は誰も病みませんでした。てへぺろ。楽しみにしていた方は申し訳無いです。

次のお話。

  • TS
  • 近眼
  • タイムマシン
  • 既にあるお話の続編

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