ヤンデレの女の子って最高だよね!   作:大塚ガキ男

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どうも、大塚ガキ男です。お久し振りです。
今回から、『UA60000突破!!記念』改め『皆いつも読んでくれてありがとう記念』リクエスト作品を投稿します。


外巧内嫉

 

 

 

 

「感心しないな」

「……何がだよ」

「心当たりがあるから〝それ〟を隠したんだろう?」

「クソ……」

「ほら、出せ」

「……はい」

「よろしい」

 

放課後、幼馴染に別室に呼び出された。

字面だけ見れば、何だか胸躍るイベントの一つくらい──唇と唇を触れさせるイベントや、胸を揉むイベントの一つくらいはありそうなモノだが。

呼び出された側としては、理由についてはもう見当が付いていた。

だから、いざ幼馴染と対面して、ダラダラと冷や汗をかいていた。

幼馴染は、小柄な体格をしていた。

幼馴染は、とても整った顔だった。

幼馴染は、灰色が目立つぱっつんでショートな髪型をしていた。

幼馴染は、──名を工藤(くどう)という──右腕を伸ばし、手の平をこちらに見せていた。紛れも無く『出せ』というハンドサインだ。もう言い逃れも何も出来ない。俺は観念し、工藤にバレないように背後に隠していた鞄の中に入れている、とあるブツを渡した。

工藤はそのブツを受け取ると、俺の前で見せ付けるかのようにペラ、ペラと流し読みしてから──

 

「清也ってこんな、あからさまな子が好きなんだ」

「……」

「胸を強調してる子が好きなんだ」

「…………」

「カメラに向かって股を開いてる子が好きなんだ」

「………………」

「露出が多い子が好きなんだ」

「す、」

「す?」

「好きです……」

 

白状。

そりゃそうである。

男はそういうブツに載っているような女の子に鼻の下を伸ばし、ニヤけ、股間を固めるような人間なのだ。

男というのは。

そういうもんだ。

だから俺も好きですとしか言えないし、いつの間にか工藤の前で正座だってするし、首を差し出すかのように項垂れたりもする。

 

「だからさ、ボクが聞きたいのはそんな言葉じゃないの。〝す〟から始まる単語だったら他に言うべき事があるでしょ?」

「す、」

「す?」

「すみませんでした」

「うん」

 

お望みの謝罪。今なら地面に額だって付けちゃう。グリグリと擦り付けて許しを乞うたりもしちゃう。

そろそろ良いかと頭を上げて立ち上がり、工藤の顔色を伺ってみれば、意外にも工藤の表情は俺の予想していたソレではなかった。

いや、むしろ先程より悪化しているかも知れない。先程までの表情が優しくさえ思える程、工藤の表情はキレ散らかしていた。

 

「……あの」

「何?」

「まだ何か怒ってるのか?」

「〝まだ〟?」

 

しくじった。

また火種を投下してしまった。

俺のその言葉を受けた工藤はスン、と一瞬で無表情になったかと思うと、それから段々と口角が上がり始めた。人間、怒っている表情より笑っている表情の方が怖い時もある。

正直に言おう。

少しちびった。

表情を怒りから満面の笑みまで緩やかに持っていった工藤は、その手に持っていた雑誌(俺がとある友人から内密で借り受けた大切な代物だ)を左右に引っ張り、工藤のワイシャツ袖から伸びている細い両腕に筋が浮かんだかと思うと──目の前でビリリと──真っ二つに引き裂いて見せた。

 

「ノォォォォォォォーーーーー!!」

「ふんっ。これに懲りたら、風紀委員であるボクの前で〝こんなモノ〟読まない事だね」

 

床に落ちる、かつては一冊に纏まっていた紙切れ。どのページにも思い出が残るその肌色を前に涙しながら、俺は必死にかき集めた。惜しいという思いよりも、ここまで来ると貸してくれた友人に申し訳無いという気持ちが強かった。

項垂れ、両膝を付く俺を鼻で笑い、退室する工藤。色んな感情がごちゃ混ぜになって涙で瞳が潤む。

 

「──あ、そうそう」

 

廊下から、顔だけを覗かせてくる工藤。完全にお説教は終了していたと思っていた物だから、膝をついたまま数センチ飛び上がる。正座の姿勢に素早く移行。

 

「ボクの前じゃなくても、エッチなのは駄目だからね。もしも、清也がどこかでエッチな本読んでたとか、借りてたとか、買ってたとか、その他諸々を行なっていた場合は……」

「ば、場合は?」

「……ふふっ」

 

優しい、とても優しい、聖母のような笑みを浮かべながら、今度こそ退室した工藤。

両手も床に付いた。

 

 

 

 

 

 

翌日、朝のホームルーム前。登校してきた生徒達がまばらに点在している教室内。俺は、眠たそうな顔で教室に入ってきたソイツの元へと走り、頭を下げた。

 

「ごめん……!本当にごめん……!」

 

前屈ぐらい頭を下げる。たっぷりたっぷり頭を下げて、顔を上げれば目の前にはポカンとした顔。しかし、俺の瞳に滲んだ涙に気付いたのだろう。寝ぼけ眼はどこへやら、一瞬で表情が変わる。鋭い瞳と凛々しい顔立ちで俺を見詰め、それから俺の両肩に手を置いた。

 

「……気にするな」

「いや、そういう訳には──」

「その涙の理由は、お前の故意ではないのだろう。ならば、オレから言う事は何も無い。オレの注意が足りず、お前の管理が甘かった。それでこの話は終わりだ」

「で、でも……!」

「終わりなのだ……!」

 

声を震わせる磯島。その瞳は窓の向こうへと向けられていて、俺はその漢らしさに、今度こそ落涙。

 

「悪かった、磯島(いそしま)……──ッ!」

 

俺が頭を下げた男、磯島の懐の深さに感涙した所で。ふと磯島の顔を見れば、彼も同様に涙していた。瞳から一筋、涙を流していたのだ。

 

「それ以上は……何も言うな」

 

ナルトの前で涙を見せた桃地再不斬(ももちざぶざ)のように、磯島は泣いていた。

磯島も、悔しかったのだ。悲しかったのだ。けれども、俺がこの一件を引きずらないように、寛大な心で許してくれたのだ。そんな男が流した涙に、誰が触れる事が出来ようか。

否、誰にも出来やしない。

 

「……そうだな。再不──いや、磯島。〝今度は俺のとっておきをお前に預けさせてくれ〟」

「……おう。〝是非とも預からせてくれ〟」

 

交わした一言に盛大な意味を込めて、握手。それから、方向も違う互いの席へと向かった。

こんなに感動的なイベントが終わったというのに、朝という事もあってか俺と磯島の遣り取りに注目していた者は一人としていなかった。まぁ、俺としては都合が良いのだが、一方で全クラスメイトに磯島の漢らしさを伝えたい自分もいた。

 

 

 

そんな、エロ本を破壊された翌日。親友との教室での出来事。

 

 

 

 

 

 

あれから、1週間くらい経った日の昼休み。春の麗かな日差しが教室内を照らす、優しげな空間で。皆同様に、仲良い人間同士で食事を摂る為に自分の机をあちらこちらへと運んでいた。

こんな、幼馴染みにエロ本を破壊されるようなしょうもない人間にも、親友という存在は少なからず存在する。……いや、少し格好付けてしまった。

〝たった〟一人〝だけ〟存在する。

そんな唯一の親友、磯島と昼休みになれば机を合わせて飯を食らうというのが日常なのだが。

 

「……ボクも、お邪魔させてもらうよ」

 

今日の昼休みは、スリーマンセルらしい。

視線を逸らしながら机を合わせてきたのは、俺と磯島、お互い見知った相手──工藤。違うクラスなので、こうして昼食を共にする事は滅多に無いのだが、今日は何故だか、一緒に食事を摂るようだ。

工藤は小さな弁当箱と小さな水筒を机の上に乗せると、(おかずの段と白米の段、計二段からなる)弁当箱の、その二段がズレないように固定されていたゴムを外して、食事の準備を始めた。

まだ了承もしていないというのに。

……まぁ、俺も磯島も、女嫌いという訳でもなければ、工藤嫌いという訳でもない。また、二人きりで食べたいという理由がある訳でもない。了承こそしていないが、断る理由も無いのだ。

だから、そのまま各々弁当箱の蓋を開けたり、菓子パンの包装を破ったりする。

 

「いただきます」

 

合わせた訳ではないが、三人の声がピタリと重なる。それに磯島が眉の形を変えたりしたが、恙無(つつがな)く食事は進んでいく。

15分も経たない内に三人とも腹を満たし、机の上には何も置かれていない綺麗な状態に戻る。普段通りであれば、昼休みが終わる5分前まで磯島と色々語り合ったりするのだが──本日ばかりは、そういう訳にもいかない。

普段語り合う内容が内容だから。

工藤に殺されてしまう。

 

「……工藤。お前、友人と呼べる人間はいるのか」

 

心の中で俺が思っていた事を、ストレートに本人に問い掛けてみせた磯島。俺にはとてもじゃないが出来ない事を平然とやってのけるその行動に痺れたり憧れたりしていると、工藤が口を開いた。先週の俺みたいに精神的にボコられるんじゃないかとか、心の中で親友の身を案じていると、それは杞憂だという事がすぐに分かった。

工藤の目が、怖くないからだ。

 

「別に、友達がいない訳でも、喧嘩した訳でもないよ。今日の〝コレ〟は気まぐれ。変に勘繰らないで欲しいな」

「すまない。こちらからしたら突飛な出来事だった故な。何か特別な事情があるのかとばかり」

「ヤだなぁ。特別な事情なんて何も無いよ〜」

 

磯島の言葉に顔を綻ばせる工藤。普段、必要以上にあまり表情を変化させない分(と言っても、誰もが想像するような無表情ほど極端でもない)、こういった時の笑顔はDANDAN心惹かれる物があった。

 

「ねー、清也」

「え、あ?」

 

そんな具合に頭の中で色々考えていると、工藤が突然に話題を振ってくる。1週間前のあの件もあるし、まだ怒っているのだろうと勝手に思っていた為、アレから工藤と会話はしていない。だから、こんな風に話に入れられると思っていなかった訳で。数秒思考が停止されてしまった。

 

「悪い。何の話だ?」

「ボクと清也は幼稚園からの幼馴染だよねって話」

「すまない。そういった関係性は然程珍しくはないかもしれないが、身近にいなかったので、少し気になってしまった」

「い、いや。気にするな。……そうだな。幼馴染と言われても、どこから話せば良いのか」

 

そんな感じで、会話に合流する事10分。いつの間にか5限目の予鈴が鳴っていて、俺達は──この教室内の人間は、慌てて机を元の位置へと戻すのだった。

……何だろうな。確証が無い事をあまり気にするものではないと分かっているのだが。どうしても気になってしまう事がある。

特別な事情なんて無いと語った時の、工藤の瞳。

あの瞳が、その時の一瞬だけ、俺にキレた時の瞳に似ていた気がした。

 

 

 

 

 

 

「初恋?そんなモノ、聞いてどうする気?

……ふぅん。気になったから、ねぇ。

言っておくけど、ボクにそんなモノは無いよ。生まれてこの方、恋をした事なんか一度も無いからね。だから、聞くだけ無駄さ。ボクはこの後、清也と一緒に下校しなくちゃならないんだ。

何だよ。まだ用があるの?

好みのタイプ?あのさぁ。何度も言うけど、ボクは恋なんてした事無いの。

……自分のタイプの人がいないからとか、そういう事じゃないからね。

ボクは、恋愛とか興味無いの。そんな事している暇あったら、もう少し人生のリソースを割くべき物があるでしょ。例えば、清也と話すとか、清也とどこかへ行くとか。

兎に角、そういう甘ったるい系の話が聞きたいんだったら、そこら辺の恋愛が好きそうな女の子に聞けば良いと思うよ。悪いけど、ボクじゃ力になれないし。

え、何?清也との関係?そんなの決まってるじゃないか。

幼馴染だよ。

仲が良さそうだって?……そりゃあね。幼馴染だから。幼馴染っていうのは、これから死ぬまで、人生を共にする二人の事でしょ?

他の男子って子供っぽくて嫌だけど。不思議と、幼馴染の清也なら、子供っぽくてもずっと一緒に居たいって思えるんだ。凄いよね、幼馴染って。幼い頃から一緒に居て、今まで関係が途切れてないんだから。それはつまりさ、運命の糸が二人を繋いでるって事でしょ。赤い糸なんて、恥ずかしい事言わないでよ。

そんなの何色でも良いよ。

つまり、ボクは幼馴染である清也の元へ一刻も早く向かわなくちゃいけないって事。分かる?君は、ボクと清也の大切な時間を無駄にしちゃってる訳。

ごめんなさい?だったらするべき事は分かるよね。……そう。道を開けてくれれば良いんだ。うん。良いよ別に。怒ってないから。またね。えーっと、新聞部さん。

……あ、清也がエッチな目で女の子見てる。懲らしめなくちゃ」

 

 

 

 

 

 

「お願い、清也君!手伝って!」

 

清也が、知らない女の子に頭を下げられていた。

朝、何気なく。清也が居る教室の前を通る時に、清也を視界に入れる為に動かした瞳。そんなボクの目に一番最初に目に入って来たのがこの光景。ボクの眉間に皺が寄るのも仕方がない話だった。

 

「どうしたの、清也」

 

そのまま自分の教室に向かうのを中断し、件の教室の中へ。それから、清也の横で問う。清也は少し困ったように返してきた。

 

「こちら、隣のクラスの赤城(あかぎ)さん」

「ボクはそういう事を聞いてるんじゃないよ」

 

清也の脇腹をつねる。

 

「痛ててて──い、いつものアレだ」

「成る程ね」

 

清也は、趣味で人助けをしている。

理由は凄く単純で、礼を言われるのが気持ち良いから。

凄いよね、困ってる人を見過ごせないとか、正義感から来るモノとか、そんなんじゃないのが清也っぽくてボクは好きだよ。

いつもなら、月に一件くらい依頼が来れば良い方なのだけれど、今目の前で起こっているのを入れれば今月入ってもう2度目。清也も、一件目を解決して気を緩めていたのだろう。いつもなら二つ返事で請け負う所を、今日はなんだか慎重気味に見える。

 

「……えぇーっと。もう一度、依頼の内容を最初から聞かせてもらえるかな?」

 

清也が問いかけると、知らない女の子は「はい!」と返事をしてからハキハキと話し始めた。要約すると、こう。

居なくなってしまった飼い猫を一緒に探して欲しい。

内容こそよく聞くが、現実世界ではあまり聞かないその依頼内容をこの耳で聞いてから、清也はまた困り顔で悩み始めた。

耳打ち。

 

「何を迷っているんだい」

 

返す清也も耳打ちで。

 

「いや、ねぇ。助けたい気持ちは山々なんだが」

「だが?」

「俺って猫アレルギーじゃん」

「……」

「だから、俺自身の意見としては断りたい気持ちもあるって言うか」

 

工藤の意見を聞かせて欲しい。

必要とされている。

その一言で舞い上がりそうになるのを抑えながら、冷静を装って微笑んだ。

 

「ボクは風紀委員だからね。風紀委員としての意見を言わせてもらうなら勿論、この依頼は受けるべきだと思うよ。彼女、見たところ飼い猫を失って酷くショックを受けているようだ。さっさと見付けて彼女を元の生活に戻してあげた方が、風紀的にもありがたい」

「……そうか。工藤がそういうなら──分かった、お嬢さん!その猫、この俺が必ずや見付け出してみせよう!」

「ほ、本当ですか!?」

「本当だとも!俺に任せておけ!ハッハッハッハ──」

 

腰に手を当てて高らかに笑う清也。その姿を横目に、ボクは自分の席に戻った。

そうだ。()()()()()()()、この依頼は受けるように清也に助言するのが正解なんだ。これで良いじゃないか。清也も馬鹿だけれど馬鹿ではないから、時間はかかるかも知れないけれども飼い猫は見付けるだろう。

ねぇ。気付いてよ

飼い猫を逃すような馬鹿女と口聞くな。そんな依頼断ってよ。

 

 

 

IV

 

 

 

清也とあの女の子が、なんだか良い感じになっていた。

まぁ、ボクは四六時中清也と一緒にいる訳ではないので──清也と一緒に人助けをしている訳ではないので、ボクの知らない所で何か展開があるというのは仕方のない事なのだけれど。

それにしたって、1週間振りに朝から気分が悪い。飼い猫を逃した馬鹿女清也に依頼した女の子は清也の席に椅子を寄せて何やら楽しげに話しているし、清也もまんざらでも無さそうだ。

エッチなのは駄目だと前に忠告したけれど、これも駄目だよ。だって、幼馴染であるボクを差し置いてそんな馬鹿女と楽しそうにしてるじゃん。ずるいよ。

 

「おう、工藤。おはよう」

 

色んな事を考えていたら、清也と目が合ってしまう。本当は返事をして会話に加わりたいけれど、ボクは今、恐らく冷静ではない。あの子の前まで行ったら、その暢気な顔に拳を叩き込みたくなるかもしれない。

なので、ボクは気が付かなかったフリをして足早に自分の教室へと向かった。

 

「……どうしたんだ?工藤のヤツ」

「さぁ?それより、この写真見て!可愛いでしょう!」

「あっ、この猫はこの前助けたメロンちゃんじゃねぇか。へぇ、猫ってのはこんなにだらけて寝る生き物なんだな」

「そうなの!それでね、こっちの写真もね──」

 

本当に気分が悪い。なんだあの媚びた声は。吐き気がする。あんなにあからさまな好意があるかよ。清也もエッチなのは駄目だってあんなに言ってるのに、あの馬鹿女に鼻の下伸ばしてるし。なんなの?ボクの知らない所で何があったっていうの?ムカつく

少しずつ遠ざかる、清也と女の子の会話。ボクは知らない内にきつく握り締めてた拳を緩めて、心を落ち着かせるように大きく息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

馬鹿女め。毎日毎日清也に色目を使いやがって。キメェんだよ。化粧なんかにも気を遣って、一緒に猫を探してくれた優しくて格好良い清也君にアピールってか?ケバいしクセェんだよテメェの臭いは。テメェみたいな馬鹿女の体臭嗅いでたら清也も馬鹿になるだろうが。テメェの姿見てると吐き気がしてくる清也が依頼を受けたあの日から、清也と女の子の仲は日を追う毎に、目に見えて深くなっていった。それに比例してボクの心も穏やかではなくなるので、なんだかここ最近体調が優れない。

こんなにもボクが苦しんでいるというのに、昔から鈍感な清也はボクの変化に気付く筈も無く。いつもの笑顔で遊びに誘ったりしてくる。ボクは最近機嫌が悪いので、その誘いを断っていた。しかし、今日誘ってきたのは清也ではなく女の子の方。清也の誘いでさえ断っていたのに、こんな女から誘われて、遊びになんて行く訳がない。

しかし、何やらやけに食い下がるので。しかも、清也がボクと遊びたがっているだとか、清也が寂しがっているとか言われてしまっては、幼馴染みとして無下にする訳にもいかなくなってきたのだ。

数秒黙り、色々考える。メリットとデメリットを天秤にかけ──ボクは仕方無く了承した。

思えば、ボクは最近卑屈になり過ぎていた。

いつまでもこんなテンションでいたらブスになってしまう。清也に嫌われるのも嫌だし、ここは一つ清也の隣の馬鹿女の事は忘れて、気持ちを切り替えて息抜きに励むとしよう。

女の子から、放課後になったら屋上に来てと言われたので、鞄を持って屋上へ。廊下や正門の前で待ち合わせた方が良い気がするのだが、少し効率が悪いだけで別に向こうがそうするつもりならと、あまり気に留めずに屋上への階段を上る。

いくら春でも、放課後に遊べるのは精々2時間かそこら。清也は熱中したら時間を忘れる節があるから、清也の親御さんの為にも、幼馴染のボクがストッパーになってあげないと。

屋上の扉は開いていたので、そのまま前へ。景色が(ひら)けたと思ったら、清也と女の子が向かい合って立っていた。清也はボクが来た事に気付いていない。

この子が誘ってきたので、まぁこの場にいるのには別に違和感は無いのだが、いざこうして目の前にするとやはり良い顔は出来ない。立ち位置もなんだか嫌だ。

今日は磯島君は居ないのかな。珍しいなとか思っていたら、女の子がこちらを一瞥。ようやく気付いたかと思ったら、口を開いた。

何故だか嫌な予感がする

 

「あのね、清也君。こんな所に呼び出してごめんね」

 

呼び出して?

ここは待ち合わせ場所でしょ?この女の子は何を言っているのか。

やれやれ。

無性に嫌な予感がする。背中に嫌な汗が噴き出る。それに吐き気もしてきた。視界がチカチカする

 

「清也君。私と付き合って下さい」

 

 

 

Ⅰ Ⅲ

 

 

 

「……成る程。今朝の上機嫌な理由が分かった」

「おう。上機嫌だぜ」

「上機嫌だよ!」

 

俺の人生の中でもトップに入るかもしれないくらいビッグなイベントがあった、翌日。親友の磯島に朝一で報告し、今はHRまでの間3人で話している。

磯島が、桃香(ももか)(お付き合いを機に、下の名前で呼び合う事になった)を真剣な眼差しでジッと見詰める。

 

「赤城さん。コイツは見ての通り、良い奴だ。しかし、時折りとても馬鹿だ」

「おい」

「コイツが馬鹿をやった時、キチンと正しい道へ導いてやってくれ。それだけがオレからのお願いだ」

 

馬鹿にしているのかと思ったら、意外と褒めていたようで。語った磯島の瞳からは、慈しみを感じた。

俯き、ぷるぷると震える桃香。どうしたのかと顔を覗き込んだところで、ガバッ。

 

「任せて!」

 

しっかりと磯島の目を見て、拳を握る桃香。その瞳は燃えていた。

熱い眼差しと熱い言葉で返された磯島は肩を(すく)め、しかし満足そうな表情で。

 

「なら安心だ」

 

と笑った。何故だか分からないが、俺と桃香もつられて笑う。ひとしきり笑った所で、廊下を歩いている工藤の姿が見えた。そうだ、最近関わりが無くてアレだったけど、工藤にも報告しないとな。

 

「工藤!」

 

声を掛ければ、工藤がこちらを向く。

 

「ちょっと来てくれよ」

 

手で招く。しかし工藤は進行方向を変えず。

ただ、不気味な程に優しい微笑みで返しただけだった。

 

「?」

「女子の笑顔を見てこんな事言ってはいけないのだが、妙だな」

「やっぱり、磯島もそう思った?」

「ああ。しかし、オレ達には理由が分からないから詮索の仕様が無い。今朝の占いで一位だったから浮かれてるとか、そのくらいの線で納得しておくのが吉だろうな」

 

占いで一位になって口元が綻ぶ工藤。想像してみると実に目の保養になる。エロ雑誌を握力で破壊するような馬鹿力の持ち主だが、成る程これがギャップ萌えというヤツか。

 

「それこそ、工藤にも恋人が出来たのかもな」

 

磯島が俺と桃香を見ながら、ふ、と笑った。

 

「……で、どうしてこうなったんだ?」

 

放課後。

俺は今、人が寄り付かなそうな廃工場に足を踏み入れていた。マジでどうして?

……まぁ、実を言うと、桃香にここに来るようにお願いされたからだ。彼氏としては彼女のお願いを理由も無く断る訳にはいかないし。

机の中にその旨の手紙が入っていた時は驚いたが、今時手紙だなんて桃香もロマンチックな所があるなぁとか軽く思いながらここに来た。

こんな所に呼び出して、どうしたのだろうか。また飼い猫でも逃げ出したのか。

色々考えながら、足元の悪い工場内を散策する。桃香の姿は無く、どうやら俺の方が早く着いてしまったようで。

 

「清也君!」

 

背後から声が掛かる。振り向けば、桃華が俺に手を振り、足元に散らばる廃材を避けるようにふらふらと歩いて来ている所だった。女の子にこんな場所は危な過ぎる。なんだって、桃香はこんな場所を。

 

「なんでこんな場所で待ち合わせ?」

 

思っていた事。しかし、今のは俺の台詞ではない。

思わず口が開いた。

 

「いや、それはこっちの台詞だぜ」

「……え?清也君が私を呼んだんじゃないの?」

「そんな訳無いだろ。俺はこんな危ない場所に彼女を連れてきたりなんかしないって」

「せ、清也君──ガッ」

 

少し気障(キザ)な台詞を吐き、桃香が頬を染めた所で、突然目の前で倒れる。倒れた桃香の後ろには、明らかな不審者が木材を手に立っていた。

黒いパーカーにジーンズ。フードで頭を隠し、サングラスとマスクで顔を覆った目の前のコイツを、不審者と呼ばずになんと呼ぶのか。

 

「も、桃香ッ!」

 

駆け寄り、身体を揺するも意識は無い。不審者が木材を持っている状況から鑑みるに、どうやら桃香は後ろから木材で殴られたらしく。後頭部から血が出てしまっている。

 

「なんなんだテメェは!」

 

桃香を自らの身体で庇いつつ、怒鳴るように問う。しかし不審者は答えない。

 

「クソッ、早く手当てをしないと……!」

 

頭から血を流しているという状態は、非常にまずい。血が流れていなくても、頭を殴るというのはそれだけで後遺症が残りかねないとても危険な行為なのだ。

加えて、ここは廃工場。衛生上も最悪だ。早く病院に連れていかないと傷口から変な菌が入るかも。

 

「そうだ、携帯──」

 

 

 

 

 

 

「……痛ぇ」

「おはよう、清也」

 

後頭部の痛みで目が覚めた。目を開けると、傍らには工藤がいた。工藤の顔はとてもやつれていて、眠っていた頭もそれを見て目が覚めた。

どうやら俺は病院のベッドで寝ていたらしい。

どうやら俺は工藤につきっきりで看護されていたらしい。

靡くカーテンに、ベッドの隣で椅子に座っている工藤。周りを見るに、ここは個室のようだ。

 

「……何で俺はここに?」

「覚えてないの?清也は、河川敷の隣の廃工場で倒れてたんだよ」

 

廃工場。そのワードで、思い至った。

同時に、背筋が凍る。

 

「そ、そうだ!俺は廃工場で不審者(アイツ)に──桃香は!桃香は無事なのか!?」

「あの子は無事だよ。傷口は残るかも知れないけど、もう意識も戻ってる」

「桃香に会わせてくれ!」

「無理だよ」

「何で!」

「向こうが拒否してる」

「……は?」

 

工藤から聞いた話を纏める。

俺から手紙で廃工場に呼び出された桃香は、そこで後頭部を木材で殴られて意識を失った。

救急車が現場に訪れた際には、桃香には衣服の乱れがあり、近くで倒れている俺を発見。俺も頭から血を流していたらしい。

不幸な事に桃香は意識を失う直前の事を覚えていないらしく。

現場の状況証拠で、俺が桃香を人気の無い廃工場に呼び出し、木材で意識を奪い暴行を加えようとした。しかし、まだ意識があった桃香に抵抗されて、揉み合いの(のち)にバランスを崩して地面に頭を打ち意識を失った。

という事になっているらしい。

 

「何だよ、ソレ」

「ボクだってビックリだよ。清也がそんな事をするとは思えないからね」

「ち、違う!そういう事じゃなくて!」

 

根本的に、何もかもが間違っている。

 

「桃香に会わせてくれ!俺は覚えてるんだ!キチンと話せば、こんな誤解──」

「だから、駄目だって。あの子はもう清也の事を怖がっちゃってるし、清也じゃなくても誰とも話したがらない。そんなあの子の所に行ったら、今度こそ警察沙汰になるよ」

 

ベッドから起き上がろうとした所を、工藤に力づくで止められる。

歯噛み。それから、引っ掛かり。

 

「……ちょっと待て。()()()()ってなんだ?」

「……本当は、清也は意識が戻り次第警察のお世話になる予定だったんだ。でも、あの子も何か思うところがあったんだろうね。今後一切清也があの子に関わらない事を条件に、警察沙汰にはしないことになったんだ」

「お、おかしいぜそんなの……」

「そう思ってるのはボクも同じだよ。でも、これ以上騒いだら事態は更に悪化する。良い?これ以上は駄目なんだ」

「…………」

 

目が覚めたら、俺は彼女に乱暴を働く最低の野郎になっていた。

桃香は目が覚めてからとても動揺しているらしく、状況証拠の結果導き出された犯人の正体に納得してしまった。

事件から4日も経っている。

俺はもう桃香と話す事は叶わない。桃香に近付いた瞬間御用って訳だ。

どうなってんだよ。

不審者。あの不審者の正体さえ分かれば、俺の無実は証明される。

しかし、俺を犯人に仕立て上げられるような奴だ。廃工場に戻ったところで、何かあるとは思えない。

どうすれば良いんだ。

数週間もすれば後頭部の傷も良くなってきたので、俺は退院してまた学校に通う事になった。

しかし待ち受けていたのは事件を知ったクラスメイト(桃香のクラスの人間も含む)からの壮絶なイジメで、俺は毎日心身共に疲弊を強いられる事になった。

弁明しようにも、彼女に暴行を加えるような最低野郎の言葉なんて誰も耳を貸さない。

 

 

 

 

 

 

「この──たわけがッ!女に、それも自分が守るべき女に手を出すとは何事だ!」

 

幾ら俺同様友達が少ないとはいえ、これだけ毎日騒がれていれば流石に気付く。最初は俺を庇ってくれていた磯島も、悲しそうな顔で俺の頬を殴り、俺との縁を切った。

 

「お前には幻滅した。いつまでもそこでのたうっていろ」

 

磯島に殴られた校舎裏。誰の目も届かない唯一の空間で俺は、地面に転がったまま一人溜め息を吐いた。昼休みの終了を告げるチャイムはとうに鳴り終えている。

 

「大丈夫?」

「……工藤か」

「これ、そこのコンビニで買ってきた。冷やしなよ」

 

渡されたのは、袋に入っている1キロの氷。

 

「いらねぇ。……つーか、俺の味方をしてたら工藤まで虐められるぞ」

「知らないよそんなの。ほら、早く冷やさないと酷くなっちゃうよ」

 

倒れてる俺の隣に座り、袋ごと俺の頬に当てる工藤。その表情はとても優しかった。

 

「ありがとう」

「幼馴染だから、こんなの当たり前だよ」

 

ジンジンと痛む殴られた頬に、氷の冷たさがよく沁みる。誤解とはいえ、親友に嫌われるのは心にくる。そんなつもりは全く無かったのだが、涙が止まらなかった。どうしようもない現状に対する悔しさと、親友との別れに、堪えようにも堪える元気も無かった。

耳の方に流れる涙を、工藤に拭われる。

 

「悪い。格好悪いとこ見せた」

「見せてよ、格好悪いところ。隣にいる幼馴染には見せられないものなの?」

「……」

「泣いていいよ。ボクは、ボクだけはずっと味方だから」

 

その言葉で、もう限界だった。俺は起き上がり、工藤に抱きついた。抱きついてしまった。自分よりも全然小さいその身体を思い切り抱き締め、わんわんと泣いてしまった。

 

「おー、よしよし。大丈夫だよ、大丈夫だよ」

 

工藤はそんな俺の背中を優しくさすり、言葉をかける。

 

「さて、と。帰ろうか」

 

どれくらいの時間が経ったか、ようやく涙が止まった頃には精神もだいぶ落ち着いてきて、工藤の言葉に促されて、目元を制服の袖でゴシゴシと擦ってから立ち上がった。

 

「帰るって、まだ授業あるぞ」

「知らなーい」

「知らないって……お前な」

「それよりもさ、帰って遊ぼうよ。……前誘われた時は断っちゃったけどさ」

 

ここで、この誘いは工藤なりの気遣いなのだと気付く。確かに、どうせ今更教室に戻った所で俺の居場所は無い。ただ好奇と侮蔑の視線に晒されるだけだ。

 

「……分かったよ。ゲームだろうがなんだろうが、とことん付き合ってやるぜ」

「そうこなくっちゃ。はい、鞄」

「……用意良いな」

「幼馴染だからね」

 

正門をくぐり、家へと帰る。これは無断早退という事になるのだが、何故だか全然怖くなかった。

歩く。

こんな状況でも味方でいてくれる幼馴染というたった一人の存在に感謝しながら、病室で目が覚めてからずっと──いや、それよりずっと昔から俺を支えてくれた工藤という存在に心から感謝しながら、歩く。

 

「なぁ、工藤」

「どうしたの?清也」

「……ありがとうな。俺、お前が居てくれて良かった」

「いいえ、こちらこそ」

 

俺を取り巻く最悪の現状は、いつまで続くのだろうか。俺は桃香と話せない以上弁解は出来ないし、俺は奴等からしたら虐められて当然の最低野郎なので、中々現状が変わる事は無いだろう。

謂れの無い暴言を吐かれるかもしれない。

謂れの無い暴力を振るわれるかもしれない。

物を無くされるかもしれない。

孤立を強いられるかもしれない。

けど、俺は孤独じゃない。

俺の隣には味方で居てくれる幼馴染が──工藤がいる。

それだけで、俺はこの現状をなんとか耐えられるような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まず最初に、リクエストを下さった打ち止めさん、ありがとうございました!
リクエストは、主人公とヒロイン(ボクっ娘)の関係は幼い頃からの付き合いで、ある日主人公がほかの女に告白される現場を見てしまい、どんどん主人公を孤立させる、というものでした。
とても良いリクエストでした。

孤立誘導型のヤンデレは大塚もすっっごい好みなのですが、今回初めて書いてみてメチャクチャ難しかったです。慣れない感じだったので爆裂に時間かかって爆裂な文字数となってしまいましたが、とても良い経験をさせていただきました。

工藤さんの頭の中では、廃工場で清也と赤城さんを両方ぶっ飛ばして痛い目見させるくらいの感じだったのですが、赤城さんの方が良い感じに記憶がすっ飛んだのでヤッピーこれに乗じるよ→今回のような展開になったという裏話があります。もし赤城さんの記憶が飛んでなかったら、工藤さんはこれよりも更にハードな行動に出てました。お互い神に感謝ですね。

あと、今回初めて取り消し線を入れてみました。工藤さんの心の内に隠してる激情を上手い事出来たんじゃないかなと思います。

では、次回のリクエスト作品でお会いしましょう。

ばいちゃ。

次のお話。

  • TS
  • 近眼
  • タイムマシン
  • 既にあるお話の続編

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