ヤンデレの女の子って最高だよね!   作:大塚ガキ男

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どうも、大塚ガキ男です。
二夜連続投稿、二日目です。



不良。下

 

 

 

 

「……化野。テメェ、一体どういうつもりだ?」

「あら、名前では呼んで下さらないのですね」

 

 クスクス。口元を押さえて笑いながら、細めた瞳でオレを見る化野。この空き教室内にはオレと化野しかいないのを確認してから、オレをここへ引き込んだのは化野で間違い無さそうだと判断。それから、不意の展開に少しバクついた心臓を落ち着かせる。

 

「オレは質問しているんだ。しかも、状況を考えろ。お前が訳分からん行動をしているんだから、それに巻き込まれてるオレに一から十まで説明するのが筋ってもんだろ」

「正論ですね。正論ですが、それに従う理由は(わたくし)にはありませんので」

「……正論だな」

 

 良く言って、肉食系の瞳。その二つでオレの身体をジロジロと舐め回すように見る化野。

 

「何だよ」

「一つ、提案があるのですが」

「名前で呼べってのか? だからこんな場所に強引に連れ込んだのかよ」

「いえ、違います」

「化野はクールで大人っぽい見た目とは裏腹に、たまに子供みたく理論立てずに強引に事を進める節がある。だから、今回のコレもそういった理由だと思っていたのだが」

「は?」

「今、心の中でそう思いましたよね」

 

 何だコイツ。

 

「何だコイツとは、悲しいです。(わたくし)、こんなにも虎鉄〝様〟と呼んで慕っているといいますのに。よよよ……」

 

 手を制服の袖の中に引っ込め、〝和〟に泣く化野。袖で目元を拭う素振りをしてから。

 ケロリ。

 袖の向こう、鋭い瞳でオレを射抜いた。

 

「私、一度決めた事は最後まで押し通す性格なのです」

「へ、へぇ。そうかよ。ソイツは素晴らしい心掛けだな」

 

 言いながら、ジリジリと距離を詰めてくる化野。牽制するように箒(だったもの)を小さく左右に振るが、お構い無し。

 

「何となく察しているのが読めてますよ」

「じゃあ、オレが嫌がってるってのも読めてる筈だろ」

「読めてますが、私は先に述べたように、一度決めた事は最後まで押し通す性格なので。絶対にやめませんよ」

「絶対にやめないのか。そうかそうか、それ以上近付いたら、この箒でテメェを痛め付けちまう事になるぜ」

「あら、それは穏やかではありませんね。では、穏やかではない者同士、仲良く致しましょう」

「──減らず口を!」

 

 オレは、こんなに言っても顔色一つ変えない化野に恐れを抱いたのかも知れない。恐れを抱いたから、化野から少しでも距離を取ろうと小手に一発ぶち込んでやろうと箒を持つ手を少し動かしたんだ。動かした筈なんだよ。しかし、気付いた時にはオレの手に箒は握られてなかった。

 

「……は?」

 

 何が起きたのか分からず、手をまじまじと見詰めてしまう。教室の端の方でカランと、丁度オレが握っていた物を床に落とした時のような音がした。

 それから、右手を掴まれる。オレの手を掴んだその手が化野の物だとは理解していたが、何をするつもりなのかと考えてしまった。その一瞬の隙で、化野はオレの手を外側に捻った。

『二カ条』

 その技を使う武術は、オレの知りうる限りでも片手で数え切れないくらい存在する。化野がその内のどこから指導を受けたのかは分からないが、技を掛けられる瞬間、化野の意図を知ったオレは血の気が引いた。

 

「いてててててて!」

 

 ふざけてそうな痛がり方だが、これがマジで痛い。たまらず膝を折りそうになった所を化野に支えられ、助けてくれるのかと安心している内に、化野がオレに背を向けている事に気付く。

 

「嘘だろ──」

 

 一本背負い。しかし場所は畳ではなくただのフローリング()なので、際の衝撃は想像を遥かに超える。床に容赦無く叩き付けられ、その際の衝撃で肺から空気が逃げていく。受け身なんか取れる訳が無い。

 呼吸が出来なくなるのと同時に右手に鈍痛。捻られたまま投げられたのだから、そりゃ変に痛めもするだろう。

 痛みで顔を顰めるオレを見下ろすように立つ化野。オレの頭を足で挟むようにして立っている。

 

「うぅ……」

「可哀想です」

「…………つ、……てる……」

「何ですか?」

「……パンツ、見えてるぞ」

「……クイズに致しましょうか?」

「赤」

 

 即答すると化野は、また口元を袖で隠しながらクスクスと笑った。

 やがて、笑い終えて腕を下ろす。その時に袖から何かの鍵が出てきて、それがオレの眼前で揺れている。

 

「ここに、とある物件の鍵があります。この物件は二人で暮らすには丁度良い物件で、学園から程良く遠く、()()()()()()()()()()()()()()。この鍵を手に取れば、虎鉄様はこれ以上怪我をせずに済みます」

「……手に取らなければ」

「簡単な話です。虎鉄様を知る身の周りの人間を全員抹殺してから、無理矢理にでも連れて行きます。勿論、その際には一切の抵抗が出来ないようにさせていただきますが」

「二つに一つじゃねぇか」

 

 選ぶまでも無い二択。

 この鍵を手に取らなければ、家族や使用人はおろか美化ちゃんも(悲しいor嬉しいことに、それ以外に身の周りの人間に該当する人物は思い至らなかった)死んでしまうかも知れない。先程の化野の手練を見るに本当にやってしまうと思うくらいには、化野にはそうさせるくらいの実力とオーラがあった。

 その二択に悩む振りをしながら、オレは別の事を考えていた。

 

 

 

 ÷

 

 

 

 遡る事、昨夜。

 制服の第二ボタンにGPSを付けられることが確定していたオレは、自室にて衣凛から説明を受けていた。

 

「良い? お兄ちゃんは、明日から他の女の子と話しちゃ駄目だよ?」

「も、もし、やむを得ない事情で破ってしまったら?」

「やむを得ない事情なんて無いよ。もし破ったら、お兄ちゃんと話した女の子をただじゃおかないから」

 

 可愛い顔をしてなんとも恐ろしい事を言ってのける妹だ。

 この恐ろしさに浸っている訳にはいかないので、次へ。

 

「お兄ちゃんは、他の女の子と授業が行われる場所以外で近付いたら駄目」

「例えば、転びそうな女の子を支えてあげたとか、そう言った場合には?」

「お兄ちゃん」

「はい」

「他の女の子の事考えちゃ駄目っていうのも追加して欲しい?」

 

 うるうるした瞳で首を傾げながら、話す言葉だけが可愛くない衣凛。おいおい、昨日までの可愛い小動物みたいな衣凛はどこに行っちまったんだよ。これじゃ獰猛な肉食動物じゃねぇか。

 

「私はなるべく、お兄ちゃんの内面に干渉する事は避けたいの。でも、お兄ちゃんが分からず屋さんだったら……分かるよね?」

「おう。十分に分かった」

「破ったら、その場でお兄ちゃんと一番距離の近かった女の子がただじゃ済まないから、その女の子の為にも気を付けてね」

 

 まとめよう。

 ・オレは他の女の子と話してはならない。破ったら、オレと話した女の子をただじゃおかない(それを告げた衣凛の表情を見るに、マジでただでは済まないらしい)。

 ・オレは他の女の子に、授業が行われる場所以外では近付いてはならない。破ったら、一番近くにいる女の子がただじゃ済まない。

 大雑把に言えば、こんな感じか。

 衣凛に第二ボタン(GPS)を制服に取り付けられながら、そんな感じに噛み締める。オレの行動一つで、女子に迷惑が掛かるのだから、死ぬ気で気を付けねばなるまい。

 

「このGPS、学生証についてるICチップとお兄ちゃんの位置が5メートルより内側になったら私に連絡が来るようになってるから」

「……本学園に在籍する者は、学園内ではいついかなる時も制服のどこかに学生証を携帯すべし。そんな規則があったような」

「そういう事」

「成る程。たしかに、良い子ちゃんしかいないあの学園ならちゃんと機能するだろうな」

 

 良い子ちゃんじゃなくとも、雲母坂学園は図書室に入る時だとか、自分の教室のロッカーを開ける時にも学生証を(かざ)さなければならない。更衣室に入る時なんかもこの学生証を使うので、この第二ボタンは男女の区別もしっかりとつけられるという訳か。

 不良を自称しているオレだっていつも制服の内ポケットに入れているのだから、このGPSは必ず、キチンと機能するだろう。

 そこまでして他の女子との接触を許さない衣凛の執念に、苦笑。

 

「それから、これが一番重要なんだけど」

 

 先程までの表情とは違い、本気でオレを心配しているような表情をする衣凛。空気が変わったのを感じ、背筋を正した。

 

「もしも、お兄ちゃんが誰かに襲われた場合。そんな事態にまきこまれちゃった時は、その第二ボタンをどうにかして壊して。力を入れれば指でも潰せるように出来てるから。壊した時に発せられるEMG(エマージェンシー)コールが学園内にいる私とSPに伝わり、すぐさま駆け付けるから」

「ちょ、ちょっと待て。我が家にSPなんていたのかよ」

「あんなお金持ち学園に通ってるんだから、当たり前でしょ。多分、ほとんどの生徒がSPを雇ってると思うけど」

「オレ、自分のSPなんて見た事無いぞ」

「言ったら嫌がると思って、お兄ちゃんには言ってなかったの。それに、気配を悟られないって事はそれだけ立派なSPって事だよ」

 

 指をピンと立てて、オレに説明する衣凛。凛々しく振る舞おうとしているが、立ち振る舞いから出るその愛らしさとポンコツっぽさがそれを許していなかった。

 つまり、オレの妹は今日も可愛いって事だ。

 

「……つーか」

「どうしたの?」

「もしもの事が起きた時点で、オレが第二ボタンを破壊せずともSPが駆け付けるんじゃないのか?」

「その辺りはパパとママの教育方針が関係してて……」

「……放任主義って事か?」

「うん。SPだろうが何だろうが、家族一人一人の空間を邪魔するものじゃないって」

「……つまり。SPはいるけど、即座に対応出来る訳じゃなく、オレからの要請が無いと行動出来ないってか?」

「うん。あと、双眼鏡とかで遠くから見守るのもプライバシーに反するから駄目だって」

「……それ、SPの意味あるのか? もしもオレが悪漢に襲われたりしたら確実に間に合わないよな」

「うちはズバ抜けて裕福って訳じゃないし、誰かから狙われるような事はないだろうってことなんだろうね」

 

 頭の中に親父と母さんの朗らかな笑顔が浮かぶ。なんて能天気な家族なんだ。

 もしもの事があったら恨ませてもらうぜ。

 ……いや。

 衣凛がこのボタンを付けたり、オレが色々知ったりして、今だけ過敏になってしまっているだけで。そもそもは衣凛の嫉妬から来る処置なのだから、そんなに重く考えなくても良いものなのだろうか。

 元々、オレはつい先程までSPの存在を知らなかった訳だし。つい先程までのオレからしたら、誰かから銃を向けられようが生存度で言えば何も変わらない訳だし。

 いやでも。

 うーん。

 分からん。

 釈然としない。釈然としないが、話が長くなりそうなので口を閉じる。

 

「分かった? お兄ちゃんは、女の子と話さず、近付かず、もしもの時は第二ボタンを指で潰したりして壊す。この3つを必ず覚えておいてね」

「……分かった」

 

 衣凛が、オレから制服を取ってハンガーに掛ける。どうやら、元あった場所に戻してくれるらしい。なんて優しいんだ。その優しさが行き過ぎていなければ、オレの涙腺も緩んでいたかも知れない。

 

「じゃあ、そろそろ寝るね。おやすみ、お兄ちゃん。大好きだよ」

「はいはい。オレも大好き」

 

 就寝前の挨拶。終えて、衣凛はこちらに背を向けてからハンガーを壁のフックへと掛けた。その瞬間、オレの制服の襟から何かを取ったように見えたのだが、もしかしたら勘違いかも知れない。

 

 

 

 ÷

 

 

 

 戻る事、現実。

 陽光が窓の外から燦々と差し込む。空気中の埃がキラキラと輝き出し、化野を念入りに照らす。オレは化野が日陰になっているので、ただ化野の後光に目を細める形になっている。

 昨夜、衣凛に念を押された重要事項。その3番目。

 この状況こそ、衣凛が言っていた()()()()()ってヤツじゃないか。

 ならば、潰す。

 潰すしかない。

 化野はオレの選択をクスクス笑いながら待っていて、今オレが第二ボタンに手を持っていけば、仮に何かに勘付いた所でどれだけ早くオレの顔に踵を叩き落とそうとも、オレが指で第二ボタンを潰す方が先だ──

 

「……」

 

 潰す。

 

「……」

 

 指で、即座に潰す。

 

「……」

 

 そうすれば、学園内のどこかに潜んでいるSPが駆け付ける。化野はオレの事を殺すつもりは無いらしいので、もしも第二ボタンの仕掛けを勘付かれ、SPの到着までにどれだけ痛め付けられようとも、オレはこの状況から脱する事が出来るのだ。

 

「……」

 

 しかし。

 

「……」

 

 押せない。

 

「……」

 

 いや、押せないのではない──無い。

 第二ボタンが、無い。

 

()()()()()()()()()()()()()()?」

「ッ」

 

 何をしようとしているのか。化野は今、確かにこう言った。

 それはつまり、オレのごく僅かな身体の動きで何かをしようとしていると見抜いたという事だ。

 いつだ。

 いつ、どのタイミングで第二ボタンが外れたんだ? 

 オレは今、仰向けだ。仰向けになる前は化野に手首を捻られたり一本背負いをされたりしていたので、第二ボタンが取れるような事はしていない──いや、一度だけ。この空き教室に引き込まれた時、オレは床を転がっている。考えられるのは、その時に床の溝に運悪く引っかかったりして第二ボタンが外れてしまったという可能性。

 思案する振り。しながら、目だけは第二ボタンを探す。視線を右へ左へ、そうしている内に、第二ボタンはどこにも落ちていない事に気付いた。

 じゃあ、いつ外れたんだ。美化ちゃんと話している時には、間違い無く第二ボタンは付いていた。蛇を生物部に渡した時か? 廊下を歩いている時か? 

 グルグルと考えが脳内で暴れ回る。その熱で汗が滲みそうになった所で、化野が笑った。

 

「……何だよ」

「いえ、虎鉄様の必死な様子が可愛らしくて、つい」

 

 クスクス。クスクス。

 哂う。

 今の体勢どころか関係性としてまで見下されているような気がして、顔を顰める。

 

「虎鉄様がお探しの物は、これでしょう?」

 

 化野が瞳を細めながらオレに見せてきた物。

 それは、化野が持っている筈の無い物。

 化野が何故か知っていた、オレが探していた物。

 

「なんで、化野がソレを」

「ただのボタンを指でつまみながら、どうして意味ありげに含み笑いをしているのかは聞かなくてよろしいのですか?」

「黙りやがれ」

「圧倒的劣勢に立たされながらもその口振り、虎鉄様に限って言えば、私そういうお方大好きです」

 

 ボタンを手の平の上でコロコロと転がしながら。

 

「まぁ、良いでしょう。その質問には答えさせていただきます。簡単な話です。虎鉄様をこの教室に引き込む際に、制服から引き千切りました」

 

 それだけの話です。

 事もなげに、表情一つ変えずにそう言ってのけた化野。しかし、オレは聞きながら背筋がゆっくりと凍り始めていることに気付いた。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それを、()()()()()()だと? 

 自分よりも体重の重い相手のバランスを崩して、数メートル転がすくらいの力で引きながら、制服に縫い付けてある特定のボタンを、気付かれないように瞬間的に奪うという行為を、なんでそんな顔で言えるんだよ、コイツ。

 

「今、私の事を恐れましたね」

 

 ニタァ。

 ここに来て一番の笑顔。またの名を、悪い顔。蛇が口をゆっくりと開けるように、段々と口角が上がる口元から唾液が糸を引いていた。

 喰われる。

 本能が危険を告げているかのように心臓が早鐘を鳴らし、寒くもないのにカチカチと歯が鳴る。

 

「恐れていますね」

 

 化野が制服のスカートを押さえながら膝を折り、段々と顔を近付けてくる。以前、オレが目の保養とまで言った美貌にも関わらず、オレは化野の前から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

 呼吸が早まる。顔を背けようとした所で、勢い良く両手首を掴まれる。それに驚いて身体が一瞬硬直。それと同時に、視界いっぱいに化野の目が、それから作り物のように長くて整った睫毛(まつげ)が映る。

 

「私、怖くありませんよ」

 

 ほぼゼロ距離で目を細める化野。睫毛同士が触れ合いそうな距離で、化野はまた、クスクスと笑った。

 

「──ですが」

 

 見開かれる目。

 

「選択次第では、恐れている通りになるかも知れません。それは嫌ですよね? 避けたいですよね?」

 

 強烈なプレッシャーと、有無を言わせぬ眼力。震えるように頷くと、化野の顔が離れた。

 膝立ちの化野。何をするつもりなのかと思えば、オレの顔の上に鍵を垂らした。

 

「どうなさいますか?」

 

 答えは、一つしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ÷

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから。

 完全に化野に逆らえなくなったあの一件から、半年近くの月日が流れた。

 オレと化野は()()()()()()()から恋人として学園の門を潜る事になり、今までの関係が嘘のように、美化ちゃんと会話する事はなくなった。

 というか、会う事がなくなった。

 化野が裏で何かしているのかも知れないが、オレには理由はよく分からなかった。

 意外なのは衣凛で、恋人になった事を(どうせいずれバレるので)伝えたら『ふーん』の一言で納得し、会話が終わった。それ以降は化野と同棲する事になって家を出たので分からないが、以前までは毎日のように行われていた、あんなに五月蝿かったメールのやり取りもピタリと止んだので、オレは嫌われたのだと察した。

 化野はオレと恋仲になれたのが堪らなく嬉しいらしく、以前は見せなかった気の緩んだ笑顔や可愛い表情を見せてくれるようになり、不思議と、段々と化野の事を好意的に思っているオレがいた。

 授業はほぼサボり、屋上で二人並んで寝転んだり図書館で本を読んだりと今までの日常とはあまり変わらず。以前の行動に一人増えたくらいの感じだ。

 化野は炊事洗濯、その他諸々の家事一切を取り仕切り、オレが何か手伝おうものならばあの時を彷彿させる笑顔で制止する。貴方様(同棲してからそう呼ばれるようになった)は何もしなくてよろしいのです。ただ私と一緒に居て下さるだけで、私は幸せなのですから。とは、同棲してから一ヶ月経過するまでの間に幾度と言われた台詞だ。

 いや、アンタが無理矢理同棲を迫ったんだろうが。なんて口を叩けないくらいには化野とは歴然とした力の差があるし、なんだかんだオレは化野の事を好きなのだった。

 美人でスタイル抜群で料理も上手で、尋常じゃないくらい独占欲の強い彼女に(恐らくは死ぬまで)養われ続ける生活。

 あれ、これって世間一般的に見たらかなり羨ましがられるようなソレなのでは? と今更ながら自分のリアルの充実さに気付き始めた真夜中の午前2時。

 締め付けはしないが絶対に抜け出せないホールド力で抱き締めながら、オレの肩に顔を埋めながらスヤスヤと裸で眠る化野の隣で。

 ベッドの近くに置いていたスマホが、画面の点灯と同時に震えたので確認。

 

 

 

 

『三朝君へ。

 

 

 三朝君のおサボりを叱らなくなってから、半年と7日の月日が経ちましたΣ(-᷅_-᷄๑)

 私は、私を生物学界の新生ではなく、美化ちゃんと呼んでくれる三朝君が大好きで、三朝君も毎日叱りにくる私の事を嫌いではないのだと思っていました♪ (*^^)o∀*∀o(^^*)♪ 

 思い込んでいました。

 でも、三朝君は化野さんとお付き合いするようになって、私とお話をしてくれなくなりました( ; ; )

 三朝君がいつもいる場所に行ってみたんですけど、屋上はいつの間にか立ち入り禁止になっていますし、中庭にもいませんしで、私は三朝君の事を何もあまり知らなかったんだなって反省してます( ̄^ ̄)ゞ

 なので、私三朝君の事を知りました(^^)v

 三朝君って左利きだったんですね。三朝君って中学生までは真面目だったんですね。三朝君っておっぱいの大きな子が好きだったんですね。三朝君って妹さんがいらっしゃるんですね。三朝君って朝ご飯はご飯派だったんですね。三朝君って妹さんに好かれているんですね。三朝君ってホラー映画が苦手だったんですね。三朝君って犬派だったんですね。三朝君って反抗期が無かったんですね。三朝君ってゲームはあまりやらないタイプだったんですね。三朝君って料理男子だったんですね。

 三朝君って結構夜遅くまで起きてるんですね』

 

 

 

 また振動。

 

 

 

『私、ずっと疑問だったんです。疑問と言っても、いつも考えている訳ではなく、頭の片隅にずっと残っていた程度なんですけど。

 前に、三朝君が私の近くにいたサンゴヘビを捕まえてくれた事あったじゃないですか。あのヘビ、やっぱり日本にはいないヘビなんですよ。あの時にはどこかから逃げ出してきたのかなとか、色々理由を見付けて納得したんですけど。

 やっぱり、そんな事なかったんです。

 あのヘビは毒を持っていて、そんなヘビがどこかから逃げ出したなら、ニュースになる筈だと思いませんか? 

 なのに、ならなかったんです。

 それから色々調べて、私気付いたんです。

 化野さん、危険ですよ。

 今、化野さんと一緒にいますよね? 早く逃げて下さい。

 あのヘビはたまたまあの場所にいたんじゃなかったんです。

 化野さんが意図的に、私の近くに放したんです。

 今このメールを読んでますよね。早く逃げて下さい。駅前で落ち合いましょう。私が安全な場所で保護します。三朝君が住んでいる場所はもう調べが付いています。このメールを送信して5分経っても動きがなかったら、私が迎えに行きます。良いですか。化野さんは危険です。早く逃げて下さい』

 

 

 

 ……。

 なんなんだ、この文面は。

 化野は、オレのスマホをチェックしたりはしなかった。だから、あの一件の直前に交換した美化ちゃんの連絡先はまだこのスマホの中に残っている。オレはもう衣凛にスマホをチェックされる訳じゃないから、こうやって普通にメールを送ってくる事もあるだろう。

 しかし、普通じゃないのがこの文面。化野が危険? どういう事なんだ。疲れと眠気で重たくなっていた頭が段々と冴えてくる。それと同時に背後の存在に久し振りに危機感を覚えそうになった所で、今度は電話が掛かってきた。移動しようかと思ったが、オレの身体は化野にホールドされているので、抜け出せず。着信音で化野を起こしてはまずいと思い、すぐに電話に出た。

 

「……もしもし」

 

 出来る限り小声を努める。

 

『お兄ちゃん、私。衣凛だよ。色々準備に手間取って、半年の間待たせてごめんね。時間があまり無いから単刀直入に言うね。

 ……()()()()()()()()()()()()

 

 プツリ。

 心無しか怒りさえ感じる切り方で、通話が終わった。すぐさまスマホをスリープモードにし、元あった場所に戻してから頭を抱える。

 まずい事になった。

 なんだか様子の可笑しい美化ちゃんと、キレてる衣凛が、怒るとオレでさえ敵わない化野がいるこの家に来るだと? 

 どうすれば。

 

「──おはようございます」

 

 背後から掛かる声。一瞬心臓が止まりそうになったが、なんて事は無い。化野は今起きたのだ。だから、先程までのメールを見てはいないし、会話を聞いていない。だから、極めて平常心で返した。

 

「お、おう。おはよう。て言ってもまだ夜中の2時だけどな」

「貴方様は時計を見ずに時間が分かるのですか?」

 

 終わった。

 

「そう怯えないでください。私を驚かせない為に、咄嗟に話を逸らそうとしたのですよね?」

 

 クスクス、そんな笑い声と共に、後ろから頭を撫でられる。

 

「実を言うと、私は貴方様との情事の余韻に浸っていただけで、眠ってはいませんでしたので。メールも見ていましたし通話も聞いていました」

 

 化野がもう一度抱き付いて来る。それから耳元で、楽しそうに言った。

 

「私、自分で言うのも何ですが、独占欲が人一倍強い女なのです。ですのに、貴方様を他の女性の目に映るかも知れない学園生活を、普通に送らせていたのは何でだと思いますか?」

「な、何でなんだ?」

「私と貴方様の関係に嫉妬している馬鹿を(おび)き出す為です」

 

 顔を見ずとも分かる。化野は今、あの時の顔をしている。見た瞬間震えが止まらなくなるあの目、あの顔をしている。

 

「怯えないでください。私、貴方様には怖くありませんよ」

「ふ、二人をどうするんだ」

「半年前は、貴方様が正しい選択をしたので危害は加えませんでしたが……」

 

 化野は一旦言葉を切ってから、笑った。

 

「今回は、貴方様と生活を送る上での懸念点を完全に取り除くチャンスです。私と貴方様の間に入り込む者には容赦しません。確実に抹殺します。……震えているのですか? 大丈夫です。私、こう見えてもプロなので。貴方様が憂うような事は何一つありません。貴方様はこの部屋で大人しく待っていてくだされば、あとは私が、数分の間に事を済ませておきますので」

 

 ベッドから起き上がり、クローゼットを開けて着替え始める化野。化野の怖さを一番よく知っているオレは、やめてくれと止める事なんて出来ず、ただ二人に逃げてくれと祈る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 




お兄ちゃん大好きな、衣凛。
知らないうちに虎鉄の事を好いていた、美香。
力と技がカンストしてる激ヤバ独占欲美女、化野。
三つ巴の戦いを制すのは、一体誰なのか……。

という感じで終わりました。
自分的には、こういうオチの後にまだなんかあるよ(映画版のリアル鬼ごっこのラストとか)みたいなのが大好きなのです。多用しがち。
次回こそはリクエストの執筆に取り掛かろうと思っているので、応援のほどよろしくお願いします。

次のお話。

  • TS
  • 近眼
  • タイムマシン
  • 既にあるお話の続編

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