彼女の為なら、僕は。
子供ながらに、こんな事を思っていたのをよく覚えている。幼馴染である彼女相手にここまで思い
だから、僕は良かった。
幼馴染を庇って道路に飛び出そうとも。
その結果、通りがかった車に轢かれて死にかけようとも。
「もうっ、朝だってば。起きてよぉ」
ユサユサと、僕の肩を揺らして夢の世界から引き上げようとする彼女。僕は寝惚け眼を擦りながらのっそりと上体を起こした。おはようと笑う彼女に、微笑んで返す。片サイドにまとめた茶髪、俗に言うサイドテールという髪型の彼女。本日のヘアゴムは赤色らしい。
幼馴染歴十五年目となる僕と彼女からしてみれば、このような行いは日常茶飯事なのだが、
「顔は自分で洗える?トイレは自分で行ける?」
低血圧であるが故に、朝は苦手だ。眠気と共に頭痛はするし、身体が怠い。以前に寝惚けながら歩いていたら、いつの間にか浴槽内でズボンを下ろしていた事があって、それ以来彼女は必要以上に僕の世話を焼く様になった。彼女曰く、僕のコレは低血圧ではなく事故の後遺症らしい。そんな訳ないと何度も否定したが、どうやら彼女は幼少期の事故に責任を感じているらしい。
あれは、僕が庇いたかったから庇っただけなのに。
「一人で大丈夫だ、って?・・・分かった。じゃあ、ご飯用意して待ってるねっ」
こちらに手を振り、退室する彼女。さて、そろそろ朝の準備をせねばなるまい。
制服に着替え、鞄を持って部屋を出る。僕の部屋は二階にあるので、何回も階段を昇り降りするのは面倒だからだ。
ちなみに、寝惚けて学校に持って行く物を忘れたり間違えたりしたら困るので、持ち物は前日の内に(彼女が)やってしまっている。これで僕は、着替えて鞄を持つだけで良い。鞄さえも忘れて階段を下りてしまう事もあるが、それはもう仕方ないのだ。諦めよう。
「まだ眠い?」
洗顔し、歯磨き。多少はマシになった眠気と共にリビングに向かうと、エプロンを着けた彼女が笑顔で出迎えた。
眠たいよ。
そう返すと、彼女は
「そっかぁ・・・。今日は学校お休みする?」
という提案をしてきた。この遣り取りも、今となっては慣れた物。彼女は世話焼きであり、甘やかしなのだ。流石にほぼ毎日その提案に乗っていると高校を退学となってしまうので、その提案に乗るのは三週間に一回程度にしている。
「うん、今日は学校行くんだね!偉い偉い」
そう言って僕の頭をダメ人間製造機——失礼、彼女は撫で回すのだった。
登校中も、彼女は
「だって、
子犬に噛まれたところで。僕はそう思ったが、彼女は恐らく、外傷の心配よりも、その先の感染病やら何やらを懸念しているのだろう。彼女は、僕に降りかかるマイナス方面に関しては、物凄く悲観的に考えるのだ。
心配し過ぎだ。
そうやって励ます。
「・・・うん、分かった」
彼女は、多少不満そうな表情を見せたものの、大人しく登校を続ける。サイドテールの毛先が、彼女のテンションに合わせて
「あなたは聡君に悪影響を与えるので、聡君に近付かないでください」
昼休みの事。いつものように僕と彼女で机を並べて昼食を摂っていたところ、隣のクラスの
「んだよ、別にお前には関係ねぇだろ」
胸元をはだけさせた、少なくとも世の男子的には悪影響な制服を着こなす三河さんが喧嘩腰で返した。三河さんとは以前、放課後に彼女の委員会の仕事が終わるのを待っていた時、校舎裏で煙草を吸っていた三河さんと偶然目が合った頃からの関係だ。最初は「アァ!?」とか「んだよ!?」とか凄んでいた三河さん。それら全てをガン無視してやり過ごしていたら、何故だか気さくに話しかけてくるようになった。今でも無視してるけど、三河さんはめげない。不思議な人だ。
ちなみに、三河さんは女子だ。俗に言うヤンキー系女子だ。
ヤンキーだけど、話してみると意外と良い人(っぽいのだろう。僕は話したことないから分からないけれど)。
彼女的には、三河さんの存在はNGらしい。僕だってOKした訳じゃない。
互いに交わした言葉は一言なのに、早くも険悪なムードが流れ始めている。
何でも良いけど、仲良くすれば良いのに。
僕が、呟くように諭してみるも——聡が諭してみるも、彼女はその険しい顔を緩めはしなかった。
「聡君は、優し過ぎるよ。こんな、見た目からして害悪な人と仲良くする必要なんてないんだよ?」
「おいおい、言ってくれるじゃんの。そうやってコイツの交友関係を頭ごなしに否定するのは害悪じゃないってのか?」
「はぁ?」
「アァ?」
火花だ。彼女と三河さんの間には、今確かに火花が散っていた。
仲裁にも仲介にも入れずに、ついでに言うなら横槍も入れられずにおろおろしていると、5限目の予鈴が鳴る。三河さんは舌打ちして「次会ったら×してやるからな」と彼女を睨みながら教室から出て行った。聞き間違いであってほしかった捨て台詞を吐きながら、出て行った。三河さんが授業に出るから教室に戻っていったのか、それともこれからこの教室で授業が始まるから出て行ったのか、理由は定かではない。
が、これにて取り敢えず彼女と三河さんの険悪なムードが和らいだのは確かなので、僕はひとまず安心し、胸を撫で下ろしたのだった。彼女の怒った顔なんて、見ていて気持ちの良いものじゃないからね。やっぱり笑顔が一番だ。
「聡君、友達は選ばなきゃダメだよ?」
教師が出席を取る数秒前。騒つく教室内でも、彼女の声は確かに僕の耳に届いた。凍えるように冷たい声が、僕の肝を冷やした。
そんな心持ちで受けた授業。教師の口から流れる数学用語の文字列がグルグルと、僕の頭の周りをメリーゴーランドのように回り、命題を証明することは泣き寝入りを誘発して課外学習の延長戦こそ深夜勤務の醍醐味であって現代文の二乗が忌避する手提げバッグ
「・・・気が付いた?」
彼女の顔が、目の前にあった。両目を動かし、彼女の背景——
「授業中に気を失っちゃってたんだけど、覚えてる?」
いや。
「そっか。先生が言うには、原因は寝不足らしいけど。・・・聡君、夜更かしは程々にしなくちゃダメだよ?私、見ててすっごく驚いたんだから。また聡君が私の前で危ない目に遭っちゃったんじゃないかって、すっごく、」
涙目を流してしまうくらいには、彼女を驚かせてしまったらしい。僕は彼女を抱き寄せ、謝罪の言葉を述べながら背中をポンポンと優しく叩いて宥めた。彼女を悲しませてはならない。昔から分かっていたはずなのに、僕は彼女を悲しませてしまった。彼女の涙は僕にはとても
僕は、そう心に誓った。
「ハァ・・・!ハァ・・・♡」
翌日の昼休み。彼女の手作り弁当も食べ終わり、5限目が始まる前にトイレを済ませておこうと男子トイレに向かったら——拉致された。
誰に?って、息を切らしながら僕の胴体に馬乗りになっている女性の姿を見たらすぐに分かる。
三河さんにだ。三河さんの手によって、僕は
何でこんなことに。
こんな、犯罪に巻き込まれるような行いはしていなかったはずなのだが。いや、三河さんに関する行いを『何もしていなかったから』こうなってしまったのか。
「次会ったら犯す♡次会ったら犯す♡会ったから犯す♡絶対犯す♡」
僕の両手首を頭の上で紐で縛り、その紐を何かの柱に結び付ける。固く、固く。決して解けないように、固く結び付けられている。そんな、身動きは出来るが抵抗は出来ないような状況。どうやら、『次会ったら×す』という言葉は、彼女に向けての『殺す』ではなく、僕に向けての『犯す』だったらしい。三河さんから、そういった類の感情を向けられたことはなかった(と自覚している)ので、僕は今とても混乱していた。
三河さんの荒い息が僕の顔にかかる。それだけ、両者の距離は近かった。
「お前だけだよ。アタシに文句も何も言わずに接してくれたのは。頭が悪いアタシなんかと、一緒に居てくれたのは」
接したつもりはない。ただ、興味が無いから、三河さんの校則違反を注意もせずに無視していただけだ。
その結果。
というか末路。
「アタシにはお前がいなきゃ駄目なんだよ。お前が隣にいてくれなきゃ駄目になっちまったんだよぉ」
快楽故の涙。
失楽故の涙。
どちらにしろ、いつの間にか僕は三河さんに好かれていたらしい。嫌われてはいないのだろうとは思っていたが、まさか僕の与り知らぬところで好感度が上がってしまっていたとは。人生とは分からないものだ。
分からないといえば、三河さんが僕を拉致して犯すに至った理由だろうか。いくら誰かを好きになったとしても、ここまでする必要があるのか。僕には、それがわからなかった。
しかし、実際に起こってしまった出来事。解の可不可はもう、どうだって良いのだ。
どうにもならないし、どうにでもなるのだから。
三河さんの指が、僕のワイシャツのボタンに触れる。身を
「あんなムカつく奴、縁切っちゃえよ・・・!その代わりにアタシとの縁を、繋がりを強くすれば良いじゃん!」
ボタンを一つ一つ外すのを億劫に思ったのか、三河さんが僕のワイシャツをビリリと破く。それに合わせてボタンが周囲に飛んだ。
「ハァ・・・、これでお前はアタシの——」
ドンッ!!
空き教室のドアが、外からの強い衝撃によって吹き飛んだ。
舞い散る埃。
処理し切れない情報量。
悔しそうに舌打ちする三河さん。
「クソッ、後ちょっとだったってのに!続きはまた今度だ、覚えてろよな!」
あっさりと僕の身体から離れ、空き教室の別のドアから逃げて行く三河さん。それと入れ替わりで、彼女が入ってきた。僕の姿を見た彼女は、目を見開いて駆け寄る。
「——聡君!大丈夫!?」
はだけていた僕の服を直し、外気に晒されていた肌を隠してくれる。やがて、両手首を縛っていた紐も解かれた。自由になった腕で床を押し、立ち上がる。
危なかった。あと少しで僕は、望まぬ形で初体験を奪われていただろうから。
「痛むところは無い?」
無いよ。全然平気。
そう伝えると彼女は、ひとまず安心、といった表情で安堵の溜息を吐くのだった。
それから、押し倒された。
突然の出来事だった。目にも留まらぬ速度で僕の肩に両手を伸ばしてきたかと思えば、気付けば僕は背中を床に強く接着させていたのだ。
どうしたんだ?
問うと、彼女はニッコリと笑った。
「思ったの」
僕を見詰める目が、何だか三河さんと似ていた。
「聡君は格好良いから、今日みたいなことがまた起こっちゃうんじゃないかって」
一度裂かれた衣服は、脱がすには容易過ぎる。彼女は僕のワイシャツを優しく脱がし、僕の肩がスルリと顔を見せた。
「私は聡君を24時間監視出来る訳じゃないから、絶対に聡君が危険な目に遭っちゃう時間が訪れる」
そう思った僕は、素直に彼女の言葉に頷いた。彼女はまた笑った。
「聡君の初めての相手は私。聡君だって、そう思うでしょ?」
それはそうだ。彼女と愛し合い、繋がれるなら、僕にとってこれ以上幸福なことは無いだろう。
「——思ったの」
スルリと。
彼女が服を脱いだ。
目を剥く。驚かせちゃったよね、彼女は照れ笑った。
「聡君に、どうやっても決して忘れられずに記憶として鮮明に残り続けるような初めてを体験させてあげられれば、万が一他の女に靡いちゃうようなことがあっても、私を思い出して踏み止まってくれるよね」
笑う。
笑う。
彼女は笑う。
笑って、自分の下着に指をかけた。
「
彼女が何を思って、このような行為に至ったのかは分からない。
僕に全てを委ね、物同然の、言ってしまえば性奴隷のような扱いに甘んじるその思考は全くもって理解出来ない。
・・・けれども。
気が遠くに、そのままどこかへ行ってしまいそうな程の快楽を感じながら、僕は誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。
「・・・彼女の為なら、僕は」
まず、リクエストを下さった佐藤さんだぞ。さんに感謝を。ありがとうございます。
リクエストは、無口形の主人公と、主人公を崇拝するタイプのヤンデレの女の子でした。崇拝する系のヤンデレの女の子はあまり書いたことがないので、どうしたら良いのか分からずに攻め切れなかった感はあります。精進します_| ̄|○
サブタイトルは、これだというのが浮かばなかったので、後から付けます。
次のお話。
-
TS
-
近眼
-
タイムマシン
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既にあるお話の続編