今回と次回と次々回は、UA20000突破!!記念のリクエスト小説になります。
江戸時代にわか勢です。
我輩は村人である。名前は教えない。
「・・・・・・」
江戸の町。その端の端にある小さな村に居を構えていた俺は、ある日ふと思い立った。
「・・・・・・そうだ、旅に出よう」
と。
全てを投げ出して、全てをかなぐり捨てて——俺は旅に出る事にした。
親は無い。妻は無い。子は無い。友は無い。知人は無い。
そんな俺だからこそ出来る暴挙。
・・・強いて言うなら、今まで己のみで耕してきた田畑があるのだが、俺はそれさえ捨てる事にした。
役人共め。税だ何だと理由をこじ付けて俺の作物を奪っていきやがって。
そのくせ、こっちには何も還元しやしねぇ。
巫山戯てやがる。
旅に出るのも無理ねぇぜ。
てな訳で。
上から搾取されるだけの生活に嫌気が指した俺は、手元にあるなけなしの金と、貯蔵庫に隠しておいた米を全て握り飯に変えて、誰にも知られずに旅に出たのであった。
我輩は旅人である。行き先はまだ決めてない。
「・・・・・・なんてこった」
行く先も決めぬまま、ふらふらと山の中を歩いていた道中。俺は罠にかかった狐に出会った。
虎鋏の口には歯が付いており、その歯一本一本が狐の足を噛み砕かんと歯を食い込ませている。歯と足の隙間からは血が流れていて、薄暗い山の中でもその色はハッキリと見えた。
「・・・——っ」
狐とのいきなりの邂逅に呆然としていたが、ようやく意識を取り戻した。狐に歩み寄り、罠を外してやろうと試みる。
狐は神聖な生き物なので(詳しい理由は知らん)、知らぬ振りをして通り過ぎたらバチが当たる気がしたからだ。
狐は俺が近付いても威嚇はせず、ただジッと俺の行動を見ていた。
俺は農家ではあっても猟師ではないので、当然の如く虎鋏の構造なんぞ分からない。分かる筈がない。
外し方が分からずに四苦八苦する事およそ十数分。何とか狐を罠から解放する事に成功した。
「すまないが、その傷を手当する事は出来ない。見ての通りの格好故な。・・・だが」
腰に巻いていた布袋から、握り飯を一つ取り出す。炊いてから時間が経過しているので、温かくも何ともないが、俺はその握り飯を一つ、狐に差し出した。
「やる。これが、俺に出来るせめてもの情けだ。食べてくれ」
首を動かし、握り飯の臭いを嗅ぐ狐。害は無いと分かったのか、握り飯を咥えて頭を下げた。
随分と利口な狐だ。
「おう、達者でな」
俺がそう言うと、狐は
狐が去った後に残ったのは、口の開いた虎鋏と、地面にこびり付いた血の跡。
俺はそれを一瞥してから、また歩き始めたのであった。
夜。
日中でさえ薄暗かった山の中は、夜になればもう真っ暗になってしまう。木々の隙間から溢れる月光が美しいだとか、呑気な事は言っていられない。
『夜』足す『山の中』。
答は『命の危機』だ。
獣に襲われる危険性は勿論の事、先程の狐のように虎鋏などの罠に引っ掛かってしまうかも分からないのだ。
虎鋏は危険だ。引っ掛かってしまったら最期、自力で抜け出すのは困難。加えて、片足に傷を負ったまま旅を続ける事は出来ない。そこらで野垂れ死ぬか、傷口から雑菌が入って何かの病に罹ってしまうのが落ちだ。
どうしたものか、と旅に出た事を早くも後悔。
ほう、ほう、と何処からか聞こえてくる鳩の鳴き声や、時折草木を揺らす何かの存在に怯えながらも、俺は歩かねばならない。
怖れを紛らわす為に、握り飯を一つ食す。
・・・米の味だ。
木の枝で、自分の歩く先の地面を叩きながら(凹凸の有無と、罠の有無を確認する為だ)夜の山中を歩いていると、信じられない物を発見した。
夜に慣れてしまった俺の瞳には眩し過ぎる、光り輝くソレ。
近付くと、玄関先に看板が出ていた。
『宿屋
こんな山の中に宿屋?
疑問。
しかし、
渡りに船。
・・・と言うよりかは地獄に仏、か。
願ったり叶ったり過ぎる幸運に、俺は狐につままれているような気分に。
偶然にしては出来過ぎているような気もするが、事実は事実。俺は早速、宿の戸を叩いた。
はーい、と奥の方から声が聞こえ、やがて戸が開かれた。
戸を中から開いた人物は、この目で見た事も無いような美人だった。
透き通るように白い肌。
着物の上からでも分かる、
農民の出である俺にはとてもとても語り尽くせないその魅力に、その美しさに、言葉を発するのも忘れて息を呑む。
「宿泊のお客様でしょうか?」
美人から問われて、ようやく正気を取り戻す。
「——あ、あぁ。夜分遅くに申し訳ありません。私、旅の者でして。よろしければ今晩泊めていただけないかと」
役人と話す時にしか使わない、不慣れな敬語で何とか要件を伝える。
要件を聞いた美人は、俺の目を見て妖しげに微笑んでから「まぁ!」と口元を押さえて喜んだ。
「是非泊まっていって下さいな!」
という事らしい。
宿泊を快諾された俺は、中へと通された。
生まれてこの方見た事も無いような綺麗な廊下を汚い足で歩く事を躊躇しながら、今晩泊まる部屋へと向かう。
廊下の突き当たり。一番奥の部屋の襖を開けて「お入り下さい」と廊下の端に正座をして入室を促す美人。洗練されたその姿に鼓動を高まらせながら、俺は部屋の中へ入った。
「・・・・・・おぉ」
穴の空いていない壁を見るのは初めてだ。
蝋を惜しまずに部屋を照らす事が出来るのは初めてだ。
傾いていない机に手を置くのは初めてだ。
隙間風が背筋を掠めない部屋は初めてだ。
その他諸々。
「お気に召していただけましたでしょうか」
「あ、あぁ。最高です」
それは良かったです。美人の微笑みにやられていると、部屋の机に料理が置かれた。
「・・・今、どこから料理を?」
どこからともなく現れた料理の数々に、思わず美人に問うてしまう。
「気にする事はありませんわ」
美人はそう言った。
成る程。言われてみれば確かに、別段気にするような事ではない。今は、見るからに美味である料理の数々に感動するとしよう。
「・・・・・・そう言えば」
豪勢な食事。広々とした大浴場の風呂に入り、綿の抜けていない柔らかな布団に潜っていると、俺はふと思い出した。
「こんなに持て成されてしまったが、代金は大丈夫なのだろうか・・・?」
自分で言っておいて、血の気が引いた。
まずいぞ、俺の所持金は家にあったなけなしの銭だけだ。
果たして、そんななけなしの銭で払えるのか?そんな訳が。
この宿は、俺のなけなしの銭で支払える程の宿なのか?そんなまさか。
考えれば考える程に居ても立っても居られなくなってしまった俺は、部屋の襖を開いた。美人女将に聞きに行こうとしたのである。
だが。
襖を開いた瞬間、自分の視線より少し下に|目的の顔があって、驚きの余り後退った。
「どうかなさいましたか?」
「い、いや・・・。代金の事なのですが」
「結構です」
「——は?」
「結構です。もう、代金はいただきましたから」
一瞬、耳が可笑しくなってしまったのかと思った。しかし、問い返しても返ってくるのは同じ答えで、俺はそれを現実と認める事にする。
「いつの間に、俺は払っていたのですか?」
「えぇ。玄関の戸にて、既にお払いいただいていました」
全く記憶に無いが、美人曰くそうらしい。
懐に入れてある銭が減っていないのは、部屋の隅に畳まれている自分の衣服を探れば明白となるのだが、俺はそうせずに、美人の言葉を信じて納得した。
美人の言い様の無い雰囲気に圧倒されて、納得せざるを得なかった。
部屋を飛び出してしまう程に聞きたかった疑問が早くも解消されたので、俺は少々気不味くなる。美人を目の前にして会話が続かない、と言うのも正しいが。
「あー、そうだな。全てに於いて言う事無し、文句無しの最高の宿ですね。ここは」
「あら、光栄ですわ」
「そう言えば、他の客は——」
当然と言えば当然。廊下を歩いていても、大浴場の風呂に入っていても出会わなかった、俺以外の宿泊客。その存在について問うと。
「いらっしゃいません」
強く、
うぅむ。何故か知らんが、怒らせてしまったらしい。俺は「そ、そうですか。では」
と平静を装って襖を閉めた。襖を閉めている途中でもこちらを見詰め続けていた美人さんが、やけに恐ろしく見えた。
翌朝。
豪華極まりない設備で一晩眠っていた筈なのに、何故か疲れが取れなかった俺は、身体の怠さに抗いながら何とかして布団から這い出た。
そろそろ出発の時間だ。荷物を纏めて(と言っても、この宿の部屋着である浴衣から自分の服に着替えて終了なのだが)部屋から出る。
襖を開く。
美人がこちらを見詰めていた。
既視感。
「どちらに行かれるのですか?」
「そりゃ決まっているでしょう。そろそろ出発するんですよ」
「?」
「私のような貧相な旅の者にこのような持て成しをしていただき、有難う御座いました。では」
代金は既に払ったみたいだし、もうこれ以上ここに留まる理由も有るまい。
別れの挨拶をし、美人の横を抜けて廊下を歩く。
「————————」
美人が背後で何かを言っていたような気がするが、俺には聞き取れなかった。
歩く。
やがて見えた玄関の戸を開こうと取手に指を掛ける。
するり。
掛ける。
するり。
「・・・どうなっているのだ」
戸を開こうと取手に指を伸ばすのだが、触れさせてもらえないのだ。どれだけ躍起になろうと、するりと指から抜けていく。
不可思議な現象に首を傾げていると、後ろから突然抱き締められた。
耳元に息を吹きかけられ、肩が一瞬震える。
「あらあら。出られないのであれは仕方有りませんね。是非、もう一泊なさって下さい」
「いや、どう考えてもこれは可笑しいのでは」
「えぇ、そうですね。もう一泊と言わず、ずっと居て下さいな」
「は?」
噛み合わない会話。
抱き締められているため、美人がどんな表情をしているのか分からない。分からないが故に感じる嫌な予感がして、俺は無理矢理美人から離れた。
「あら?」
美人は、つい先程まで俺を抱き締めていた両腕を見ながらそんな言葉を洩らした。
それから。
「何故逃げるのですか?」
俺に詰め寄ってきた。
「ひっ!?」
尻餅。
もう俺の瞳には完全に『畏れ』の感情が含まれていて。
美人の顔に癒されてはいられなかった。
寧ろ恐怖。美しく整った顔は、作り物のように思えてくる。何か大事な事を隠す為に——俺からその事実を遠ざける為に——誤魔化す為に、そのように美しい顔をしているのではないかと。
そんな瞳で美人を見上げる。
その際。視線を美人の足元から顔に上げる一瞬の間に気付いた違和感。
人間には有る筈が無いそれに、俺は目を擦って再確認。
しかし、それははっきりと自らの存在を主張するように左右に揺れ、ともすれば元からそこに生えていたのではないかと思ってしまう。
美人の尻の少し上。そこからは、獣の尾が生えていた。
「な、何なのだお前は!?」
「何なのだ、とは?前にもお会いしたではないですか」
「そんな訳が有るか!」
「罠にかかっていた私を助けて下さいましたよね?」
『罠』と『助ける』。その単語を聞いた俺は、昨日の出来事を思い出した。
旅の途中。虎鋏を足に食い込ませた、狐の姿を。
握り飯を与え、情けを掛けてやった狐の姿を。
「ま、まさかお前——あの時の狐なのか!?」
「えぇ。あの時貴方様に命を助けられた、狐で御座います」
「じゃ、じゃあこの宿は」
「私の幻術で生み出した物です」
狐の仕業。
幻術で作られた建物に居るという不安定な恐怖が俺を襲う。
「お代は要りませんわ。何せ、貴方様というとても貴重な物をいただいていますから」
舐め回すように、俺の身体を見回す美人——いや、化け狐。ぞわりと鳥肌が立ち、歯の根が震える。
声を震わしながら、懇願。
「こ、ここから出してくれ!」
「なりません」
「何故だ!?」
「旅をしてはならないからです。だって、そうでしょう?貴方様が私以外の人と出会う事が、関わる事が、どうしようもなく許せないのですから」
「何を言っているんだ!どこで何をしようが俺の勝手だろう!」
「えぇ、その通りです。——ですから、私も勝手にさせてもらいますね」
そう言って、笑顔を見せた化け狐。何をされるのかと不安になった俺は、迷わず走り出した。
玄関とは反対方向。
脱兎の如く。
兎に角、化け狐から離れる為に。
逃げ出した。
が。
「あらあら、あらあらあら?全然差が開きませんわねぇ?不思議ですわ——・・・逃げないのでしたら、私の言う事を漏れ無く肯定して下さった、と捉えてよろしいのですね?」
どんなに足を動かしても、化け狐との差が広がらない。
化け狐の走る速度が速過ぎる?
いや、違う。
俺が最初の地点から、一寸足りとも移動出来ていないからだ。
走っても走っても景色は変わらず、ただ疲れだけが溜まっていく。
「捕まえました♡」
可愛らしい声とは裏腹に、俺を抱くその力を恐ろしく強い。万力の如く俺を締め上げる。
「ぐ、ぐあああああああっ!?」
「よく考えてみて下さい。貴方様は一体いつまで、どこまで、何の為に旅を続ける気なのですか?」
言葉と共に、緩められる力。思考に余裕が出来た俺は、ふと考えた。
「その旅に終わりは有るのですか?」
「食糧尽き果てて野垂れ死ねば終わりなのですか?」
「獣に食い殺されれば終わりなのですか?」
「それともどこかで妥協して終わりを作るのですか?」
「そんな旅を続けるよりも、私とこの宿で永遠に過ごした方が楽しいのではないですか?」
「貴方様は私の命を救って下さった、何よりも大切なお方。嫌な思いはさせませんわ。私が、この身体とこの力。私が用いられる全てを使って、貴方様を満足させてみせます」
「私は狐ですが、それも些細な問題——いえ、問題ですら有りませんわ。人間に化けるのには然程労力は要りませんし、貴方様が望む姿に化けてみせましょう」
「私は貴方様が欲しいのです。獣である私を助けて下さった貴方様が。罠にかかった惨めな私に微笑みかけて下さった貴方様が」
「貴方様は私の物。誰にも渡しませんわ」
「私以外の誰にも見られず、私以外の誰にも知られず、私だけが貴方様を感じられる。嫌な事なんて何も無い、私と貴方様だけの空間」
「生死さえも捻じ曲げて、永遠の時を愛を育みながら過ごせる、夢のような楽園——それって、とても素敵な事だと思いませんか?」
「愛しています。だから、貴方様も——」
身体を強引に反転させられ、化け狐と向かい合う形となる。どうにかして抜け出そうと身体を捩るが、それも無意味。
不意打ち気味の接吻。
切れた息を吐いている俺の口の中に、化け狐の舌が入ってきた。
「っ!?」
言い様の無い快感。それが数秒だか数十秒程続いたその後、化け狐は呼吸をする為に「ぷはぁっ」と一度合わさっていた唇を離してから、俺にこう言った。
「私を愛して下さい。そして、二人で幸せになりましょう?この宿屋でずっと、ずぅっと、私の幻術の中で永遠に」
「・・・・・・あぁ。因みに、逃げても無駄ですからね?貴方様が食した食事も、貴方様が飲み干したお茶も、貴方様が浴びた大浴場の湯も、貴方様が身に纏った浴衣も、貴方様の身体で今も循環している空気も——何もかも。全てが私の幻術で作り出した物なのですから。もう貴方様の身体は私の幻術に侵され切っているのです。だから、貴方様の行動は私の意のまま。
この意味、お解りいただけますよね?」
病的な瞳で俺に語る化け狐。
そんな化け狐の、同じく病的なまでに白い手で顔を挟まれる。
目が合う。合わせざるを得ない程にまで、化け狐の顔が近くにあるからだ。
その顔の近さに、先程まで交わしていた熱い接吻を思い出してしまう。
今すぐにでもむしゃぶりつきたい程に柔らかそうな唇から吐かれる、甘い吐息。
俺だけを見詰める赤い瞳。
綺麗。
まるで宝せきのよう。
とても、
き、れ・・・い————
まず最初に、リクエストを下さった銀色の怪獣さんに感謝を。ありがとうございました!
リクエスト内容は、『旅人(男)とキツネ(女)のヤンデレ』でした。
自分なりに解釈して書いてみました。ヤンデレのタイプとしては、独占型と洗脳型が混ざったような感じですね。
旅人、という単語をリクエストを確認した時に見て、何故か真っ先に江戸時代が浮かんだので、時代設定は古めです。
物語初です。
江戸時代=漢字と平仮名みたいなイメージがあったので、今回は片仮名は使っていません。もし使っちゃってたらご報告お願いしますm(_ _)m
物語初の、人外娘ちゃんのヤンデレです。人外って良いですよね。能力次第で簡単に意中の相手を思うがままですもんね。
では、また次回。
最近、モンハンXを始めました。XXじゃありませんよ。Xです。
受付嬢はモンハン4の娘が一番好きです。
次のお話。
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TS
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近眼
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タイムマシン
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既にあるお話の続編