温かい朝食を終え、比企谷くんと談笑をする。
窓の外はいまだしんしんと雪が降りつづけ、どこか違う世界に迷い込んだんではないかと錯覚してしまう。
部屋の中はストーブが置かれているため、とても暖かい。
体も心も。
比企谷くんと交わすどこかじゃれ合うような会話。
私にはそれがとても眩しく映る。
男の人との会話なんて慣れているはずなのに。
彼の前では私が私じゃないみたい。
マッ缶について熱く語っていた彼が、思い出したようにきいてくる。
「あ、陽乃さん。お風呂……入りますか?」
その言葉に少し顔が熱くなる。
「あ、えっと……、匂うかな?」
「ラスボス臭ならしますけどね」
「はったおすよ」
「あらら」
時々交える冗談が心を軽くする。彼の言葉には魔法がかかっているみたい。
お風呂…………。入りたいな。
でも、着替えが…。
……。貸してもらうかな。
「比企谷くん。着替えないから貸してもらえる?」
冷静に言ったつもりだけど、顔から火が出そう……。
私らしくないな…。
そんなうぶな反応の私とは裏腹に彼は至って普通。
む、なんか、くやしい。
「いいですよ。新しいスウェットがあったはずですし」
「んーん、比企谷くんのでいいよ」
「え、でも、それは……」
「比企谷くんのがいいの!」
「な、なに、どしたの……」
出会って初めて狼狽する比企谷くんが少し可愛らしい。
顔が熱いのは変わらず、私は比企谷君くんに背を向けてしまう。
今見てるのは夢なんじゃないかと思うくらい、心が安らぐ。
このまま、ずっと続けばいいな、なんて思えてしまう。
彼は不思議な魔法使い。
「比企谷くん、ハリーポッターみたい」
「……。エクスペクトパトローナム」
「きません」
…………
……
·
浴場につき、今まで着てた服を脱ぎ、洗濯カゴの中に放り込む。
脱衣所の壁には、誰かもわからない人の写真が貼ってある。
いまだ、彼のことは知らないことばかり。
お風呂の扉をゆっくり開けると浴槽にはすでにお湯が張ってある。
比企谷くんが用意してくれたんだよね。
何もかもお見通しなのか、”なんでもわかっちゃうんだね”っていつか言ったセリフを思い出しつつお湯に浸かる。
ゆっくり、ゆっくりと身体がほぐれていく。
あぁ、気持ちいい……。
お湯に浸かっていると様々な考えが頭をよぎる。
これからのこと。
会社のこと。
いずれまたぶつかる親とのこと。
決別したとは言っても、ほとんど家出も同然。
いつまでも比企谷君くんに甘えてはいけない。
彼は優しいから、私が助けを求めたらきっと、どうにかしようと行動するのだろう。
それは彼にとって足枷と何ら変わらない。
でも、ひとりじゃどうにもならない。
彼に頼りたい、甘えたい。でも、理性が……もうひとりの自分が、それを押し止める。
相反する気持ちに制御ができず、思考の渦に飲まれてしまう。
「陽乃さん、着替えここに置いときますね」
「んー、ありがとー」
扉越しに彼が声をかけてくれる。
………。うん。
今は考えるのをやめよう。たまには、何も考えずに行動したい。
見覚えのないシャンプーやボディソープで頭や体を洗い、しばらくボーッとお湯に浸る。
お風呂から上がり、ふわふわのタオルで体に滴る水滴を拭き取る。
スウェットに着替えると、ほのかに香る比企谷くんの匂い……。
……。
くんくん。
うん、いい匂い。
リビングに戻ると、比企谷くんはコーヒー片手にテレビを見てる。
こちらに気づいたのか、少し呆れたように言葉を放つ。
「髪くらい乾かしなさい」
「ドライヤーがどこにあるかわからないので、美容師くん、乾かしてください」
「小町特権だからむりだ」
「それは、美容師としてどうなの……」
そういう癖に「やれやれ、仕方ないですね」と言いながらドライヤーをとってくる比企谷くん。
まったく………言動が一致してないんだから。
「ん、座ってください」
「ほいほい」
フオーっと、優しく温かい風が髪を撫でる。彼は慣れた手つきで、髪の毛を乾かしてくれる。
彼の手は少し大きくて、男の人なんだなって実感してしまう。
髪をさわる手は優しくて安心感が心と身体を包む。だからなのか、つい言葉がもれてしまう。
「……、比企谷くん。私、どうすればいいかな」
こんなことを言っても、彼は何のことだかわからないはずなのに、真摯に向き合ってくれる。
それが彼の優しさ。変なとこで真面目なんだから。
「……。しばらく羽を伸ばしてみればいいんじゃないですかね?」
「……そっか、うん。……ありがと」
彼の優しさは眩しい。
私はつい目をそらしてしまいそうなる。
外は朝と変わらず雪が降り積もってる。
彼は不思議な魔法使い。
言葉一つ一つに魔法が込められてるみたいに、私の心に溶け込んでいく。
「比企谷くんは魔法使い」
「……。ソロモンの知恵!」
「うるさい」
「えぇー……」
感想、評価くれた方ありがとうございます。
この物語はまだ続きそうです。
はるのん、かわいい。