なんなんこれ   作:ダルマ

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答えは、ないです

 今日も今日とて、殺伐とした雰囲気など何処吹く風。南港鎮守府には喉かな時間が流れている。

 各々のデスクに座った艦娘達は、コーヒーブレイクを楽しみつつ雑談に花を咲かせている。

 

「所で嵐さん、今度発売のスーパー戦隊カイモンジャーのブルーレイBOX第一弾の事なんですけど」

 

「ふふ、分かってるよ明石さん。ちゃんと六セット予約しといたよ」

 

「流石嵐さん!」

 

 同じ趣味を共有するもの同士楽しんでいる者もいれば。

 

「コーヒーってさ、入れるのにドリップするって言うよね? じゃ、飲んだときもドリップしてるよね! リップ(唇)だけに!!」

 

「は、はるな、は、だ、だいじょうぶ、で、です」

 

「榛名さん、目が目が笑ってないのです! こ、怖いのです!!」

 

「オーケー、オーケー、桶、オーケー!!」

 

「電さん、ちょっと今からホームセンターに棺桶の材料を買いに行きましょうか」

 

「はわわ! 榛名さん、目がマジなのです!!」

 

 ブリザード・ギャグ・クイーンの名に恥じぬブリザードを先輩の心に吹雪かせている者もいれば。

 そんなホワイトアウトした先輩の心を必死に晴らそうとする後輩もいた。

 

「え!? ご自宅の中なのにテントでありますか!?」

 

「そう、それで寒い冬でも暖房要らずに過ごせるの。あ、因みに使用するテントは二重構造のものが好ましいから」

 

「そ、そうでありますか……」

 

 自身の節約術を披露し、聞いていた方の顔を若干引きつらせている者もいれば。

 

「ねぇブッキー、パンはパンでも食べられないパンはなーんだ?」

 

「ギリシャ神話に登場する牧羊神ですか?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 なぞなぞで楽しむ者もいた。

 が、出題した千春は奈々の口から飛び出した答えを聞いて、一瞬固まってしまう。

 

 そして、それにつられて奈々もまた頭に疑問符を浮かべるのであった。

 

「いやいやブッキー、そこは普通にフライパンでしょ」

 

「あ、そっちですか」

 

 しかし、千春から本当の答えを聞くや、奈々の頭の中に浮かんでいた疑問符が消えていく。

 

「そっちって……、大体このなぞなぞならフライパンが定番でしょ。もう、難しく考えすぎ」

 

「そうですね、すいません」

 

「じゃ次はブッキーが問題出してみて」

 

「えっと、それでは。半分にするとなくなってしまう数字は何でしょうか?」

 

「……」

 

 今度は攻守交替して奈々がなぞなぞの問題を出す。

 だが、その問題の難しさに、千春は再び固まってしまうのであった。

 

「タイムアップ、です。……あ、難しすぎましたか?」

 

「うん」

 

「えっと、因みに答えは『8』です。横半分にすると0が二つ出来るので」

 

「あぁ、成る程……」

 

 幼稚で簡単すぎる問題を出した自分自身の知識のなさに打ちひしがれながらも、問題の答えに納得しつつ、奈々の知力の高さに感心する千春であった。

 

「……なんか考えすぎて頭使ったら糖分欲しくなってきた」

 

 こうしてちょっとしたなぞなぞの出題が終わると、頭を使い疲れた脳を癒すべく甘いものを食べようと提案する千春。

 そんな千春の提案に、奈々も快く承諾すると、二人で休憩室に置いてあるお菓子を取りに向かうのであった。

 

「あら、吹雪さんに村雨さん」

 

「どうも、熊野さん」

 

 休憩室へとやって来た二人は、そこで先客と出くわす事になる。

 綺麗な栗色の髪をポニーテールにまとめ、茶色のブレザーを思わせる服装を身に纏った奈々達の先輩の一人、熊野であった。

 

「お二人とも、ご休憩に?」

 

「あ、はい、そうなんですけど。ついでに甘いものでも食べながらと……」

 

 休憩室に設けられたテーブルで、カプセル式のティーマシンを使って紅茶をいただいている熊野。その姿は、もはや過酷な職業である艦娘とは思えぬほど優美であった。

 しかしそれもそうだろう、彼女自身、生まれは兵庫県は神戸市に生まれ。地元の名家の一人娘として家の名に恥じぬ立ち振る舞いを幼少期から叩き込まれてきたのだから。

 

 そして、そんな彼女に誰が名付けたか、ついたあだ名が『神戸生まれのお洒落な重巡』である。

 

「まぁ、そうですの。……では丁度良かった。よろしければ、私(わたくし)が手作りしたスイーツ、折角ですから食べていただけませんか?」

 

「え、いいんですか!?」

 

「勿論」

 

 加えて、才色兼備を体現するかの如く、熊野の前職は洋菓子職人。所謂パティシエールなのである。

 地元神戸の有名洋菓子店で修行したその腕前は折り紙つきで、艦娘となった現在でも、時折自宅で作ったスイーツを南港鎮守府の面々に振る舞っている。

 

「さぁ、どうぞ」

 

「え?」

 

 まさに非の打ち所がなく誰もが羨む様な女性、と思うかもしれないが。一点だけ、残念な点が彼女にも存在していた。

 

「あ、あの、熊野さん。これって……」

 

「はい。昨今流行の『フライパンスイーツ』ですわ」

 

「え、えぇ……」

 

 それが、パティシエールとしての才能の使い方、所謂才能の無駄遣いである。

 それを体現する物が、今まさに奈々と千春の目の前に姿を現した。

 

 フライパン一つで簡単に作れるスイーツ、それがフライパンスイーツである。

 だが、休憩室の冷蔵庫に入れておいた密封容器から取り出されテーブルに置かれたそれは、何処からどう見てもただの『フライパン』であった。

 

「えっと、これ、スイーツですよね?」

 

「はい、そうですわ」

 

 このフライパンの何処がスイーツなのかと困惑し理解が追いつかない二人を他所に、熊野はナイフを持つと、躊躇う事無くフライパン目掛けてナイフの刃を当てた。

 共に鉄製品である為に切れるはずがない。のだが、次の瞬間、二人はわが目を疑う光景を目にする。

 

 それは、まるでフライパンが粘土細工のように切られていくのである。

 程なくして、二人分に切り分けられたフライパンの一部がお皿に盛られる。

 

「あ、あわわ……」

 

「く、熊野さん! ここ、これ!?」

 

「ふふ、どうです? 本物そっくりでしょう。チョコレートムースのケーキをベースに作ったそっくりスイーツのフライパンですわ!」

 

 そっくりスイーツ、その言葉を聞いた瞬間、二人の頭の中にあった疑問が一気に解決される。

 本物のフライパンそっくりに造形されたスイーツ、であれば、ナイフで切れたことも納得がいく。

 

「そしてここが私一番のポイントなんですけど、ヴィンテージ感を出す為にカラメルソースを使って焦げ目を表現してみましたの!」

 

 が、しかし。そのあまりに精巧過ぎる見た目の為、おいしそう、とおそらく視覚から感じる事はないだろう。

 切り分けて断面が見えなければ、何処からどう見ても使い古されたフライパンにしか見えないのだから。

 

 もはやこれではフライパンスイーツと言うよりも、スイーツのフライパンである。

 

「それでは、後で感想を聞かせてくださいね」

 

「は、はい……」

 

「ありがとうございます」

 

 笑顔で見送る熊野を他所に、奈々と千春の二人は複雑な表情を浮かべながら自身のデスクへと戻るのであった。

 

「あ、そうだ村雨さん」

 

「ん、どうしたのブッキー?」

 

「さっきのなぞなぞの答え、フライパンも食べれるなら、フライパンが答えじゃなくなりますね。どうしましょう?」

 

「いやブッキー、そこ真剣に悩むところじゃないから」

 

 そしてその道中、先ほどのなぞなぞの答えに関して真剣に悩む奈々と、呆れる千春であった。

 

 

 

 因みに、悩んだ挙句新しい答えの候補としてサイパン。米海軍初のジェット戦闘機飛行隊を搭載して、その名を米海軍の歴史に刻んだサイパン級航空母艦のネームシップを候補に挙げたのだが。

 

「うっぷ……。これだけの量を食べると、流石に気分(血糖値)が高揚(上昇)します、ね」

 

 デスクに戻る途中、彼女の為に作ったのか、おそらく熊野作と思われる百分の一スケールで作られた、サイパン級航空母艦の造形をしたスイーツを半分近く食べている加賀こと笠波 夕紀の姿を見つけ。

 その候補も答えとして相応しくないと、奈々を再考に追いやったのはここだけのお話。


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