なんなんこれ   作:ダルマ

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ポマギーチェフブキ

 母なる海から現れた異形の軍勢は、瞬く間に母なる海を人類の手から奪い去っていった。

 だが、奴らはそれだけでは飽き足らず、母なる大地をも人類の手から奪わんと上陸を開始したのであった。

 

 激しい攻防が繰り広げられ、幾多もの防人が戦いの中で散っていった。

 

 そして、防人の努力も空しく、人類は母なる大地をも異形の軍勢の魔の手に奪われたのであった。

 

 もはや人類は、異形の軍勢の影に脅えながら身を潜め生きていくしかないのか。多くの者達が絶望に打ちひしがれるそんな中、まだ希望を旨に行動を起こす者達がいた。

 彼ら或いは彼女らは、再び母なる大地を、そして母なる海を再び自らの手に取り戻すべく、日々異形の軍勢の目を欺きながら希望を実現するその日まで戦い続けるのである。

 

 

 嘗ては人々の笑顔と声に溢れていたであろう繁華街。しかし現在では、異形の軍勢、深海棲艦の魔の手によって一部の建物は無残に破壊され、路面には戦いと絶望の爪痕が幾多も残されている。

 そして、この場所を行き交っていた人々の姿も、今はもうない。

 

 そんな空虚なる摩天楼の墓標が立ち並ぶその場所を、一つの陰が周囲を気にするように動いていた。

 悪路でも安心なコンバットブーツにジーンズにパーカー、更に埃対策かアラブスカーフことシュマグを首に巻き。腰にはポーチ、そしてショルダーバックにバックパックを身に付けたその陰の正体は、周囲に眼を凝らしながらとあるビルの中へと足を踏み入れた。

 

 ここに着くまで緊張の糸を張り詰めたままだったのか、ビルの中へと足を踏み入れた陰の正体は、ふと大きなため息を零した。

 綺麗な黒髪のショートカットが僅かに揺れる。と、再び緊張の糸を張りなおしたのか、彼女の顔に再び緊張の色が戻る。

 

 陰の正体こと彼女の名前は吹雪。本名ではなく所謂コードネームのようなものであるが、親しい仲間内からは別の愛称でブッキーと呼ばれている。

 

 そんなコードネームを持つ彼女は一体何者なのかと言えば、深海棲艦に奪われた母なる大地を取り戻すべく活動するレジスタンスの一員である。

 そして現在、そんな彼女が何をしているかと言えば、このビルの中に在るであろうと言われている『アーティファクト』と呼ばれる摩訶不思議な物質を回収するべく動いているのだ。

 

 アーティファクト、それは一体どのようにして生まれたのかは分からない摩訶不思議な物質。

 一説では、深海棲艦側が人類の母なる大地を自分達の大地へと環境を変化させた祭に生れ落ちた物質とも言われているが、所詮は仮説の域を出ない。

 そんな謎の多い物質ではあるが、確かに分かっている事が一つだけある。それは、アーティファクトにはとんでもない力が宿っていると言うことだ。

 

 そして、そんなアーティファクトの力を上手く制御する事が出来れば、深海棲艦に対して有力な戦力を生み出すことも不可能ではない。

 レジスタンスの上層部はその可能性に目をつけ、配下の者達に研究用のアーティファクトを回収させる事を決定。

 

 こうして吹雪は、アーティファクト回収の任を帯びて、危険地帯まで出向いてきたのである。

 

「こちら吹雪、目的のビルに到着。これより目標物の捜索を開始します」

 

「了解ブッキー。頑張って見つけてね」

 

 腰のポーチに入れていた無線機を取り出し本部につなげると、捜索開始の報告を告げる。

 と、オペレーターを務める女性からの返事が返ってくる。

 

 オペレーターの名前は村雨、吹雪にとってレジスタンス内で親しい者の一人である。

 

「はい、頑張ります。吹雪アウト」

 

 通信を終了し再びポーチに無線機を戻すと、次いで腰のホルスターから拳銃を抜いて構えると、そのままビル内の捜索を開始した。

 

 嘗ては事務所として使われていたものの、既に人の手による整備がされなくなって久しいからか、ビルの内部は荒れ果て、一部内装の壁材等が剥がれ落ち床に散乱している。

 そんなビル内部を慎重に進んでいく吹雪の目の前に、エレベーターホールが姿を現す。

 が、やはり人の手が加わらなくなった為か。半開きになった扉の向こうには、エレベーターシャフト内に吹く風に揺れるワイヤーロープの姿が見られる。

 

「ここは無理か」

 

 エレベーターでの移動を諦めた吹雪は、エレベーターホールの横に設けられていた階段に目をつける。

 幸い階段の方は今なお使えるようで、慎重に一段一段登りながら、吹雪は上層階を目指す。

 

 事務所の頃の名残である散乱したデスクや書類の間を縫う様に進みながら、吹雪は一階ずつ目的のものを捜索していく。

 しかしながら、目的のものらしい物は見つけられず、無駄足が続いていく。

 

 このビルにアーティファクトがある、という決定的な裏づけをレジスタンス側が持っている訳ではない。

 出来うる限りの情報を集め、その可能性が高いと勝手に判断しているだけに過ぎない。故に、もしかしたらこのビル内にはアーティファクトは無いのかもしれない。

 

 だが、今の吹雪にとってはそんな仮説は関係なかった。彼女にとっては、本部の判断を信じて捜索し、無ければ無いで本部に報告をするだけであった。

 

「ん、あれは?」

 

 そして、最上階近くの階まで上った時のことであった。

 既に照明器具など使えなくなって久しく、昼間であっても薄暗い廊下、そこに、今まで見られなかったものが見られたのだ。

 それは、無残に横たわる人間の死体であった。

 

 かつてこのビルで働いていた者の死体、ではない。まだ白骨化していないので、死んでからまだそれほど日は経っていない様であった。

 そもそも、この死体の格好はスーツ姿などではなかった。ジーンズに軍用パーカー、腰には弾薬ポーチ。そして、死体に近くには事務作業にはまったく必要の無い散弾銃の姿がある。

 

「ストーカー……、と言う事は、もしかしたらこの近くに?」

 

 この謎の死体の正体について、吹雪は既に答えを知っていた。

 彼、或いは彼女達は組織に属さぬ一匹狼ども。それはストーカーと言うその者達の総称で呼ばれる。

 

 ストーカーはレジスタンスの様に母なる大地を取り戻す為に活動する者達ではない。ストーカーは、まさに個人主義の寄り集まりのようなもので。人類の未来も国家の未来も関係なく、ただ自分自身の為に動く者達である。

 

 故に、敵対はしていないまでもレジスタンスにとっては信頼に足る者達とは、あまり言えない。

 一応、アーティファクト回収に関してはストーカーが独自に回収してきたものを譲り受ける事もあるが、その際には足元を見た交渉を吹っかけられるので、レジスタンスとしてはあまり良い顔は出来ない。

 加えて、ストーカーはある意味では中立的な立場にある為。生き延びる為に悪魔と手を組んだ者達、即ち人類を裏切り深海棲艦側に寝返った『ブラックフォース』と呼ばれる、レジスタンスの敵対組織とも時には協力する為、尚更信頼を置ける事もなく。

 

 まさに金の切れ目が縁の切れ目となるような、そんな関係性が両者の間には存在している。

 

「でもこの傷……、厄介なのもいるって事か」

 

 そんなストーカーの死体を少しばかり調べ、吹雪はこの階の何処かに捜し求めたアーティファクトが在ると言う確信を得ると同時に。それを守護するものがいるという確信もまた得るのであった。

 

「兎に角、探し出さないと」

 

 ストーカーの死体を越え、廊下を進む吹雪。

 やがて、この階でも替わらず散乱している事務室へと足を踏み入れた吹雪の目に、再び幾つかのストーカーの死体が目に入る。

 

 だが、そんな死体の存在もあまり気にする事無く事務室内を見渡していた吹雪の目が、気になるものを捉える。

 それは、事務室の奥。一体何処から生えてきたのかは分からないが、まるで木の根で出来た祭壇のようなものに光り輝く物体が祀られているのだ。

 

「あれだ!」

 

 その光り輝く物体こそ、自身が求めていたアーティファクトだと確信した吹雪は、その場から駆け出し木の根の祭壇へと近づく。

 進路上の散乱したデスクや椅子を越えながら、何とか木の根の祭壇の前へとやって来た吹雪であったが。そんな彼女に、まるで最後の試練とばかりに不気味な声が聞こえてくる。

 

「!? ブラッドサッカー!?」

 

 不気味な咆哮に反応するように咄嗟に拳銃を構え直す吹雪。が、ブラッドサッカーと呼ばれたものの姿は、事務室の何処にも見当たらない。

 

「何処?」

 

 しかし吹雪は焦る事無く、神経を研ぎ澄ませ僅かな変化も漏らすまいと視線を振る。

 と、正面のさほど離れていない距離の空間に僅かばかりの歪みを捉える。

 

「そこ!」

 

 刹那、吹雪はその歪み目掛けて躊躇う事無く構えた拳銃のトリガーを引いた。

 一見何も無い空間に放たれる弾丸であったが、次の瞬間、何も無いはずの空間に鮮血が飛んだかと思うと、その場に醜い怪物の姿が現れたのだ。

 

 怪物は人間に近い姿をしているものの、その肌は焼け爛れたように黒く。特にその口元は、まるで昆虫のように四つに割けており。

 もはやこの世の物とは思えぬ生物であった。

 

「くっ!」

 

 そんな怪物、ブラッドサッカーに弾丸をお見舞いした吹雪であったが。

 撃たれたブラッドサッカーは一発撃たれた位なんともないのか、勢いを衰える事無く吹雪に襲い掛かると、馬乗りになり彼女の顔目掛けてその凶暴な口元を近づける。

 

 が、吹雪もそのまま黙ってやられる訳にはいかず。

 自身の腕を押さえていたブラッドサッカーの腕を拳銃で撃ち抜くと、一瞬怯んだ隙を見て、ブラッドサッカーの口元に手にした拳銃を突っ込む。

 

「ほら、これでも食ってろこの───!!」

 

 とても女性が口にして良い言葉ではない単語を吐き捨てた吹雪は、トリガーを数度引く。

 流石のブラッドサッカーも口元から撃ち込まれたのでは絶命しない筈もなく。ゆっくりとその巨体を横たわらせるのであった。

 

「はぁ……、はぁ……」

 

 間一髪で危機を脱出した吹雪は、肩で息をしながらも立ち上がり息を整えると、安心する間もなく周囲に視線を払う。

 が、どうやら脅威となるものはもういないらしく。そこでようやく、吹雪は安堵の吐息を漏らした。

 

 こうして戦闘の興奮も落ち着いてきた頃、吹雪は背負っていたバックパックから小型の密閉容器を取り出す。

 そして、目の前にある木の根の祭壇に手を伸ばした。

 

 光り輝く物体を手にし、それを先ほど取り出した小型の密閉容器の中へと入れる。そして再び、小型の密閉容器をバックパックに戻すのであった。

 

「こちら吹雪、本部、応答願います」

 

「こちら本部、どうしたのブッキー?」

 

「目標物の回収を完了、これより帰還します」

 

「さっすがブッキー!」

 

 無線機を取り出し、本部にアーティファクトを回収した旨を報告すると、後は無事に基地に帰るだけとなる。

 なので通信を終えようとしたその時であった。先ほどまでの雰囲気が一点、無線機越しに村雨の悲痛な声が飛ぶ。

 

「ブッキー! ブッキー早くそこから逃げて!! 今報告でブラックフォースの攻撃ヘリがブッキーのいるビルに飛んでいったって……」

 

 刹那、無線機からの声をかき消すほどの爆音が辺りに響き渡る。

 爆音の主、それは吹雪の近くにあった窓の外にいた。

 

 幅が100cmもないスリムな胴体にタンデム式のコクピット。それを飛ばすメインローターとテールローター。

 そして胴体から伸びるスタブウイングには、ただのヘリコプターでない事を証明する様に、ロケット弾ポッドとミサイル発射機が取り付けられている。

 

 更にその凶悪さを増すかのように、機首下面には、20mm口径の砲を三つ束ねたガトリング砲が搭載されている。

 

 それは世界初の攻撃ヘリコプターである、AH-1 コブラであった。

 

「うそ……」

 

 ビルの外をホバリングしているコブラのガトリング砲が、吹雪にその三つの銃口を向ける。

 刹那、モーター音を響かせ、三つの銃身が回転を始めた。

 

 そして、地獄への風切り音が今まさに奏でられようとしていた。

 

 

 

 

 

「うーん。やっぱりここはもっとド派手にミサイルでドカンの方が良いかな?」

 

 自身の目の前に置かれた原稿用紙、そこに書かれた文字の内容を見つめながら、その者はぽつりと零す。

 

「あの……、村雨さん。巻雲さんが書いてるのって原稿用紙ですよね」

 

「うん、そうだよ」

 

「あれって、その、業務に関係ないですよね?」

 

「うん、まぁ、そうだけど。ほら、そろそろそんな季節だし、締め切りが近いんだよ」

 

「え? そんな季節?」

 

「それに提督も、この季節は巻雲さんにあんまりとやかく言わないしね」

 

 独り言を零した者、巻雲の姿を見つめながら自身のデスクで話をするのは、誰であろう奈々と千春の二人であった。

 

「あの、どうしてそこまで巻雲さんは優遇されてるのですか?」

 

「ん? そりゃだって人気サークル雲雲雲のメンバーの一人だし、なんたって人気同人小説家カーリークラウド先生だからね」

 

「へ?」

 

「あ、気になるんならネットとか日本橋とかで探してみたら、ウスイホン」

 

 ウスイホンと聞いて、吹雪の頭の中に酸素魚雷が艦尾で炸裂するような想像が繰り広げられるのだが。

 後に調べて、人気サークル雲雲雲から出されているのはいたって健全なものであると知るのであった。

 

 

 なお後日、ウスイホンの即売会において人気サークル雲雲雲の新作が発売され。

 その中には、カーリークラウド先生の最新作『ポマギーチェフブキ』が収録されているのであった。


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