鈍い赤色のボブヘアーを揺らし、今日も今日とて彼女は言い続ける。
「今日の訓練! 皆頑張ってくんれー」
例えその先に、白けた表情しか見せない同僚達の姿があろうとも。
「いや~、やっぱり金曜日はかれえ(辛れ)カレーに限るよね!!」
例え食堂で、スプーンが落ちる音が響き渡るほどの静寂を生み出そうとも。
「いや本当に、艦娘に転職したのは正解だったよ。だって天職なんだもん!」
例え旧友との電話中に、旧友の絶句を誘おうとも。
「カフェにきたらやっぱりコーヒー飲まないとね。カフェINだけに!!」
例え同僚が、対面で飲んでいたものを垂れ流したとしても。
「何故勝利のポーズは『グー』なのかって? だってまじ『パー』ないから!!!」
「流石にこうも寒すぎると、(殺)気(成)分が向上しますね……」
「あわわ! 加賀さん! お、落ち着いて!! その手に持ってるものしまってください!!」
例え先輩が青筋を浮かべて今にも爆撃してしまいそうな所を、後輩が必死に止めようとしていても。
「鬼怒は今日も、必死にい鬼怒く(生き抜く)!!」
「hey、鬼怒さん。ちょっと、顔かせデース」
「あ、金剛さん、あの、あ、ちょ……」
でも、そんな彼女も、やっぱり上司のありがたいご注意の前には小動物の様に体を震わせ、暫くは控えようと決意する。
彼女の名前は鬼怒、南港鎮守府の自称ムードメーカー。ただし同僚達からは、ブリザード・ギャグ・クイーンと陰では呼ばれている。
しかし、活気溢れる元気娘は例え陰口を叩かれようが気にしない。
「確かに上司の視線は気になるけど、そんな常識気にしない!! だって私はマジパナイからっ!!」
何故って、それが鬼怒と言う軍艦の名を与えられた彼女の性分だからだ。
「ちょっと鬼怒さん、いいかしら」
「あ、あの金剛さん、あ、ちょ、え、エリカさん!! すいませんでし……」
でもやっぱり、上司の地獄耳には気をつけようと、眼前に広がる大阪湾を目の前にして心に誓う鬼怒であった。
南港鎮守府から徒歩五分、そこに、一つの食堂がのれんを掲げていた。
南港鎮守府に勤務する艦娘は言うに及ばず、近隣の企業に勤める企業戦士たちが空腹を満たすべく集うその食堂の名は、間宮食堂。
かつて他の鎮守府の艦娘(後方担当)として幾多もの激戦(お食事戦争)を戦い抜き。
その後、艦娘を引退すると、実家のある大阪へと戻ってきた彼女は実家の食堂を引継ぎ、現役時代使用していた軍艦の名を冠した食堂の主人として日々を過ごしている。
「間宮さーん。ごちそうさまでした」
「でしたのです!」
そんな間宮食堂は、今日も今日とて後輩の艦娘達や企業戦士たちで満席御礼であった。
食堂内に溢れる笑顔に、美味しい料理の香り。現役時代と同じ名で呼ばれ親しまれ続ける食堂の主人は、そんな光景を見ているだけで自然と笑顔になる。
「いらっしゃいませ!」
そしてまた一人、食堂に新たなお客さんが入店してくる。
カウンター越しに、厨房から新たなお客さんの顔を確認すると、そこにいたのは彼女がよく知る人物であった。
「あら、秋月ちゃん。いらっしゃい」
「どうも、間宮さん」
ダークブラウンの髪をポニーテールに纏め、何やら『節約戦隊』と書かれたハチマキ、もといペンネントを巻いている女性。
南港鎮守府に勤務している艦娘の一人、秋月であった。
「今日もいつものね」
「はい、お願いします」
カウンターまで足を運んだ秋月に、間宮は注文を聞くまでもなく慣れた手つきで何かを用意し始める。
しかしそれは、料理を作っているのではなく、何やら野菜の切れ端やパンの耳等を袋詰めすると言うものであった。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます!!」
こうして袋詰めしたそれを秋月に手渡すと、受け取った彼女は、まるで金銀財宝の入った袋を受け取ったかのごとく目を輝かせていた。
「それじゃ、失礼します!」
「またね~」
そして、目的を達したからか、料理を頼む事無く食堂を後にする秋月。
と、入れ違いに秋月の同僚である艦娘が二人、食堂に入店する。
「あれ? 今のって秋月さん?」
それは、吹雪こと佐久間 奈々、そして村雨こと前田 千春の二人であった。
「どうしたの、ブッキー?」
「あの、今秋月さんの姿が見えたので……」
「あぁ、なんだ。それはアレだよ、いつものアレ」
「アレ?」
「まぁ、とりあえず座ろ!」
入り口付近で立ち止まっていた二人は、空いているテーブルに腰を下ろすと料理を注文する。
そして、料理が運ばれてくるのを待つ間、千春は先ほど奈々が気になった疑問に答えるのであった。
「秋月さんって、お昼はいつも持参したお弁当の筈でしたよね?」
「ブッキー、食堂は食事をするだけの所じゃないんだよ。特に秋月さんにとってはね」
「へ? それってどういう意味ですか?」
「秋月さんにとっては、間宮食堂は食品ロスを無償で恵んでもらえる天国のような所なんだよ」
曰く、貰った野菜の切れ端は自宅で栽培し、再生野菜として収穫し食べるとの事。
曰く、パンの耳はおやつの他、ラスクにキッシュ、フレンチトーストとしてアレンジし、食べるとの事。
曰く、秋月の毎晩の夕食の献立、その一品の値段は百円以内であるとの事。
曰く、化粧水はお手製らしい。
「あ、秋月さんって、そんなに苦労してたんですか……」
千春から秋月の涙ぐましい努力を聞いて、奈々は少しでも秋月に恵んであげられればと思ったが。
そんな奈々の気持ちを見透かしていたのか、千春はそんな彼女に待ったをかけた。
「あ、言っとくけどブッキー。彼女の実家、芦屋にあるんだよ」
「へ?」
芦屋、兵庫県南東部にある市であり、その名は、高級住宅地として全国に知れ渡っている。
「まぁ、昔は金融危機かなんかの煽りで両親の会社がつぶれて路頭に迷いかけたらしいけど。今じゃ見事復活して両親は勝ち組のお仲間入り、つまり彼女も勝ち組の一人なの」
「で、でも、ならどうして」
「あぁ、路頭に迷いかけた時の節約癖が今でも抜けなくて、と言うか。今じゃ節約すること自体が快感になって止められないんだよ」
唖然とする奈々を他所に、千春はだから秋月に救いの手を伸ばさなくても問題ないと言い切る。
「あ、そうだ。この間、預金通帳見てすっごくニヤニヤしてる秋月さん見たよ。ありゃ相当貯まってるね」
そして最後に、両親に頼らずとも相当の蓄えが秋月自身にある事を告げると。それを見計らったかのように、二人の頼んだ料理が運ばれこの話題はお開きとなった。
因みに、何故千春がここまで秋月の節約活動に詳しいのかと言えば。
千春が艦娘として南港鎮守府にやって来た際、新人研修としてマンツーマンで指導して下さったのが秋月であったからだ。
そこから親交を深めた折、秋月の住まいを訪れる機会もあり、千春は秋月の節約活動の全貌を知る事となった。
なお、千春曰く秋月の現在の住まいは、お世辞にもいい所ですねとは言えないほどのボロアパートらしい。