東洋の島国、その名を日本。
ユーラシア大陸の東の端に位置しているこの国は、まさに食と血とその他諸々の長きにわたる歴史を有していた。
弥生時代と呼ばれる時代、人々は原始的な調理方法で獣肉や川魚等を調理し、土器を使って調味料を製造したりもしていた。
やがて時代が進み、古墳時代には大陸から伝わった米などを蒸す為の土器を用いて米を蒸し、おこわ等を新たに食事のメニューに加えている。
更に時代が進むと、当時の天皇の命により一部の動物の食用を禁止する禁止令が出されたものの。
替わりに新たな料理法の開拓がなされ、人々が食する食事のメニューの幅は更に広がっていった。
その後も時代が進むにつれ、食糧の新たなる加工方法の開拓等が行われ、新たなるカテゴリーの拡大による豊かで地域独自の食事と言うものも根付いていった。
しかし、豊かになっていくその裏で、人々の間には知らず知らずの内に悪魔のささやきが囁かれ始めたのである。
時に応仁元年、当時の日本の最高権力機関である室町幕府、その中枢を成す家の当主達を中心に『おばんざい』のセンターメニューは何れかの論争が勃発する。
やがてその勢いは幕府内の二大実力者を巻き込み、幕府内に二大派閥。『大根と厚揚げのたいたん』派と『おから』派を形成。
「おからは低カロリーで主食を邪魔しないザ・名脇役! なれば惣菜の中の惣菜たるおからこそセンターに相応しいだろうが!!」
「馬鹿言え!! あんな薄味センターとしては不適合じゃ! だじを吸いに吸って味のじゅんでる大根と厚揚げのたいたんこそザ・センターを飾るに相応しい!!」
「はぁ~!? 味濃けりゃいいってもんでもないでしょうが! そもそも、煮込むのに時間かかるんだよ、そちとら! その点こっちはパパッのパッで出来上がり! しかも食物繊維豊富でヘルシー!!」
「食物繊維なら大根にだってたっぷりはいっとらぁぁっ!!」
両派閥は互いに譲らず、遂に幕府のお膝元である京都の市街地で両派閥は激突。後の『応仁の乱』が始まる。
これに対し当の室町幕府は両派閥の衝突を止める事ができず。結果、室町幕府はその力を弱めてしまう。
しかも悪い時に悪いことは重なるもので、貧しさと重税に耐えかねた農民達が各地で一揆を起こし。もはや国は見るも無残なほど荒れ果てていた。
こうした中央の状況を見ていた各地の有力者達は、室町幕府を見限り、各地で独立の動きを見せ始める。
また一部では、農民によって国が占領されるなど。
まさに、乱世の時代の幕が開けようかとしていた。
そして、小国同士の合戦や勢力の拡大などを経て、全国各地に戦国大名なる大名たちが台頭し始めると。
後の世で一般に取り上げられる『戦国時代』と呼ばれる群雄割拠の戦乱の時代が訪れるのであった。
各地の大名たちが己が天下を統一せんと動く中、徐々に頭角を現し始めたのが『織田 信長』と言う名の戦国大名であった。
室町幕府において将軍職を代々世襲してきた一家の親族である今川氏の当時の当主、今川 義元。
彼が率いる軍勢が織田 信長が治める領地へと侵攻した祭に行われた合戦、所謂桶狭間の戦いにおいて、織田 信長側が数で勝る今川 義元の軍勢を打ち負かした事により、織田 信長の名は一気に世間へと広まっていく。
「今川が破れたそうだな……」
「ふ、奴は甲相駿三国同盟の中でも最弱。同盟の面汚しよ」
この大番狂わせな合戦の結果には各方面に波紋を呼び。ある大名は機に乗じて仲間を裏切り自らの領土を拡張し、またある大名は手のひらを返して織田 信長に接近していった。
その後織田 信長は勝者の勢いそのままに、天下統一の階段を着実に駆け上り。もはや織田 信長による天下統一は不可避か、に思われた。
だが、時に天正10年6月2日、織田 信長の伝説は突如として幕が閉じられる事になる。
「な、何故だ! 何故なのだ! キンカ……、いや光秀!!」
「殿、貴方は確かに素晴らしいお方だ。ですが、ですが解せぬのです!! 何故です、何故天下統一の暁には『名古屋めし』を日ノ本の家庭の定番メニューにと謳っておきながら、何故! 何故地元発祥ではない『天むす』や『どて煮』、更にはどう考えたって違うであろう『エビフライ』まで含まれておるのですか!!」
「い、いや、いやだって美味いじゃん。美味いもんはやっぱ皆で共有したいっしょ」
「……、では、百歩譲ってその点については目をつぶったとしましょう。ですが!! 殿の最近の一押しメニューに『いなごの佃煮』が入ってるのはもはや解せません!!」
「いや美味いよあれ! 小エビみたいな歯ごたえで、こう、噛んでいくと更に……」
「シャラップッッ!! ……兎に角、もはや殿とは味の方向性が決定的に異なるようなので、ここで死んでいただきます」
「ま、待て! 解った、解った!!! ならこうしよう。もしここで見逃してくれたのならば、日ノ本の半分をお前にやろう。どうだ、悪くなかろう?」
「……、ふ、半分、ですか。……殿、生憎と私は、欲深い男なので、半分程度では満足せぬのですよ!! お覚悟!!」
後の世においてもその理由も、そしてその詳細もはっきりと解明されぬ、まさに日本の歴史上最大の謎とも言うべき出来事。
本能寺の変、と後に語られる家臣明智 光秀による主君織田 信長への襲撃・殺害事件。
この出来事により、織田政権のトップ、更に信長の嫡男である織田 信忠の二人を失った織田政権は突如として崩壊。
織田 信長による天下統一の夢は、一夜にして泡と消えたのである。
さて、こうして戦国時代における一つの物語が幕を閉じるも、戦国時代と言うの名の舞台はまだ公演を終了する事はない。
織田 信長に成り代わり天下統一しようとした明智 光秀はその後、山崎の合戦に破れ短い野望の夢を終える。
その後、なんやかんやあって、天下統一を果たし天下人となった徳川 家康。とその子孫達による長年の安定した統治が始まりを告げたことにより、戦国時代と言う激動の時代は幕を閉じる事となる。
さてこうして時代は江戸時代と呼ばれる、江戸幕府が日本を長年統治する時代が訪れるのだが。
この時代を語るに外せない政府の政策がある、それが『鎖国』である。
政府が認めた国以外との外交を禁ずるこの政策により、日本は二世紀近く海外との交流・交易を制限される事になる。
だが、そんな二世紀近く続いた鎖国政策に、嘉永6年、終焉が訪れる。
黒船来航、後にそう呼ばれるアメリカ合衆国海軍東インド艦隊の日本来航事件である。
それまで日本の人々が見ていた帆船とは異なるその物々しい様子は、黒船と人々の間に印象付けた。
琉球、小笠原、そして浦賀へとやって来た艦隊は、浦賀に碇を下ろし。艦隊司令部は日本の地に上陸を果たす。
そしてそこで、艦隊を率いるマシュー・ペリーは江戸幕府に対して開国を要求するアメリカ大統領の親書を手渡す。
しかし江戸幕府側は回答を翌年にするとの約束を交わし、時間稼ぎをしこの件に対する対応を協議する算段であった。
所がペリーはその後アメリカに帰る事無く、上海で八宝菜やら小籠包やらを食べながら半年ほど待機した後。後からやって来た三隻の軍艦と合流し大艦隊となった艦隊を率いて嘉永7年、日本へと再び来航したのである。
これに慌てた江戸幕府。しかしながら、前回と異なり敵対的な態度を見せる事無く、とりあえず料理を振舞って歓迎したのである。
そして、その歓迎の席で、後に語り継がれるやり取りが交わされる事になる。
「フィッシュ or チキン?」
「Beef please」
「……ぱ、パードゥン?」
「ビーフ、プリーズ!」
「そ、ソーリー、ビーフは選べるメニューの中には入って……」
「From when did you feel that you had to choose from two choices?(一体いつから──二択の中から選ばなければいけないと錯覚していた?)」
「なん……、じゃと……!?」
こうしたやり取りが交わされた歓迎の席を含め、日本側が精一杯のおもてなしを行うのと並行して、協議は約一ヶ月にもわたり続けられ。
その協議の結果、江戸幕府はアメリカの開国要求を受け入れ。後に、日米和親条約を締結するに至るのであった。
しかし、開国に伴うその後の急激な経済的変動の煽りを受けた者達を中心に、江戸幕府に対する不満が募り。
後に戊辰戦争と呼ばれる内戦を経て、江戸時代と呼ばれる時代もまた終わりを告げる事になる。
そして明治時代と呼ばれる新たなる時代の幕が開けるのであった。
その後も日本は激動の時代を歩んでいく事になる。
「肉の正体教えろよ、そもそも丼じゃ上手く卵白くならねぇんだよ!」
「知らんわ!」
と言う感じで日本と清国との間で日清戦争が勃発。
当時は清国が優勢であろうと思われていたものの、結局戦争は日本が勝利し、賠償金や領土を得る。
しかし、この勝利の戦利品の中にあった遼東半島の存在が、日本に戦火をもたらす事になる。
清国の広大な領土を虎視眈々と狙っていた国々は世界中に多々あったが。その中でも、特に目を光らせていたのがロシア帝国であった。
同国は日清戦争後、ドイツやフランスと組んで日本に対して遼東半島の清国への返還を勧告。所謂三国干渉である。
戦争で疲弊していた当時の日本にこの三国からの干渉を突っぱねる力はなく、結局日本はこの勧告に沿って遼東半島を手放す事になる。
こうして元の主の下へと戻った遼東半島であったが、その後はロシア帝国が一部を租借し、事実上の軍事基地へとその姿を変えていく事になる。
そして、そんなロシア帝国のやり方に続くかのように、各国も各地域を租借し始めるのであった。
だが、そんな状態に清国国内から反発が生まれない筈もなく、義和団と呼ばれる団体が立ち上がり運動を始める。
そして遂に、義和団は清国の密かな後押しのもと、各国に対して宣戦を布告するのであった。
これに対して、当然各国はこの活動を鎮圧する為に軍を出兵し。
当然ながら敗北した清国は更に過酷な条件を受け入れる羽目となり、半植民地化の道を歩んでいく事になる。
こうして事件が解決し、各国が兵を引き上げさせる中、ロシア帝国だけは逆に兵を増強し満州を事実上占領してしまうのであった。
これに危機感を持ったのが日本であった。
なんせ満州の南の朝鮮半島は、当時の日本の防衛の生命線と考えていたからだ。
だが、大国であるロシア帝国と事を構えるには日本単独では厳しいものがあった。
そこで目をつけたのが、ロシア帝国の勢力拡大を快く思わない、当時世界最強と呼ばれた国、イギリスであった。
こうしてイギリスに接近した日本は、利害の一致からイギリスと同盟を締結、所謂日英同盟の始まりである。
イギリスと言う強力なバックアップを得た日本は、ロシア帝国に対して満州からの兵の引き上げを要求。
これに対してロシア帝国側は。
「お~けぇ~、お~けぇ~。う、ヒッく。……でみょ、一度じゃむりりゃから、さんきゃい(三回)にわけるねぇ」
と、三度に分けて兵を引き上げさせる約束を交わす。
しかし、初回は引き上げたものの二回目以降兵が引き上げる事はなく。日本はその事をロシア帝国側に注意するも、のらりくらりとかわされ。
ならばと代案を提案するも、これもまとまる事はなく。
「……よろしい、ならば戦争だ!」
遂に、日本はロシア帝国との戦争を決意。
ここに、日露戦争と呼ばれる戦争の幕が開かれるのであった。
「やっぱり度数の低い酒飲んでるようなのはダメだな!!」
203高地等、厳しい場面も多々あったが。
「儂のターン! ドロー!! 手札の艦隊を敵艦隊の手前で回頭、敵艦隊に側面を曝け出しつつ最大火力で攻撃!!」
「な、なんじゃそりゃぁぁぁっ!!」
かの有名なずっと東郷のターンこと東郷ターンによる、日本海での空前の大勝利等もあり。
結果、事前の予想に反して、日露戦争は日本の勝利で幕を閉じたのであった。
この日露戦争の後、日本は諸列強と並ぶ帝国主義国家にのし上がり、その名を世界に轟かせるのである。
そして時代は、明治から大正へと移り変わる。
当時のオーストリア=ハンガリー帝国の皇帝継承者とその妻がサラエボを視察中、ボスニア出身の青年による抗議。
出来立て熱々のボスニアのお袋の味ともいえるブレクを投げつけられる、と言う珍事。
からの、その隙を突いて別のボスニア出身のセルビア人青年が夫婦を暗殺するという。所謂サラエボ事件が巻き起こり。
この事件を契機に、世界各国を巻き込んだ空前絶後の戦争。第一次世界大戦が勃発することとなる。
日本も当然この戦争には参加する、ただ、主な活動範囲は第一次世界大戦の中心たるヨーロッパではなく遥か外縁の太平洋上であった。
約四年に及ぶ第一次世界大戦が終了し、日本における第一次世界大戦も終了すると、やって来たのは昭和の時代と不景気と言う名の疫病神であった。
その後、まぁなんやかんやあって、二度目の世界大戦が勃発し。
日本もまたそんな世界大戦に首を突っ込まざる羽目になり。
ピザは野菜であるとの認定を法に定める等を記した、所謂ハルノートの日本側への提出に至り。
「久々に……、キレちまったよ……」
「リメンバーパールハーバー!! リメンバーパンケーキ!! リメンバーロ・コ・モ・コ!!」
「マレー半島に行きたいかぁっ!!」
「馬鹿め! 航空機の攻撃ごときで戦艦が簡単に沈むかっ!!」
「チハたんはブリキ缶だぜ」
「逃げる奴はジャップだ! 逃げない奴はよく訓練されたジャップだ!!」
「本当に、沖縄は地獄だぜ……」
第二次世界大戦に参戦するもなんやかんやあって結局、日本は無条件降伏。
その後、アメリカ軍の占領時期や主権回復、更に高度成長期を経て。
時代は、バブル景気の崩壊と共に平成へと移り変わり。そして、現代へと繋がるのである。
果たして、日本はこの先どんな未来を、どんな歴史を書き綴っていくのだろうか。それは誰にもわからない。
只一つ分かっているのは、日本が新たなる未来を作るその傍らには、いつも彩り豊かな料理が人々の笑顔を守っている事であろう。
「……ってな感じの新作考えてるんだけど、どう?」
「どうって言われてもねぇ……」
「私は良いと思いますよ?」
とあるマンションの一室、人気サークル雲雲雲のメンバーの中心的役割を担う三人。
カーリークラウドこと小説家、巻雲。
プレクサスクラウドこと絵師、叢雲。
イブニングクラウドことコスプレイヤー、夕雲。
が一堂に会して、次回の新作に関する構想会議を開催していた。
そんな会議の中で、巻雲は新しい小説のプロットを披露し、残り二人に感想を求めていた。
「因みにタイトルの候補としては『カーリークラウドのしヴぃらいぜーしょん』、略してカーヴ……」
「それ以上はいけない!!」
結局、この会議の中でそれまで記載してきた小説としてはあまりに毛色が違うと言うこと。加えて、略称が色々と誤解を招きかねないとの結論に至り。結局この小説が新作に載る事はなく、幻の作品となってしまうのであった。