博麗霊夢の小間使い   作:喜怒哀LUCK

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第一章 ~博麗霊夢の小間使い~
小間使い


 今代の博麗の巫女、博麗霊夢は俗にいう天才だった。その実力は、妖怪の賢者である八雲紫も認めるもので、歴代でも最強らしい。事実幼いながらにして人里を脅かす妖怪を退治した、という実績もあった。

 しかし、その博麗霊夢にも欠点、というか困ったことがあった。

 彼女は面倒くさがりだった。

 彼女はその自他ともに認める才故にか、怠慢というかサボり癖があった。大抵の妖怪は倒せる、だから鍛錬などしない。博麗の巫女の職務はしている、だから『巫女』としての仕事はしない。人里から応援要請があっても、実害がでるまで動かない。これには八雲紫も、人里の守護者である上白沢慧音も困り果てた。何度かそれとなく促しても、結局霊夢は変わらなかった。

 そのせいか段々と人里からの信頼は失われていき、博麗神社で参拝する客も少なくなっていった。その影響で食生活も貧しいものになり、時には茶のみで一日過ごすということもあった。

 そんな状況を見かねた上白沢慧音は、八雲紫との相談の元、対抗策を取った。

 

「博麗の巫女に小間使いを派遣する。主な仕事は巫女の生活の補助と、仕事をさせること。給金もでるし食べ物の支援もするが、誰かやってくれる者はいないか?」

 

 慧音は人里で集会を開いて、大勢の人の前でこう言った。生活の補助というのは、主に炊事や洗濯などのこと、仕事はお札を作らせたり神酒などを作らせることだ。つまりは人並みの生活をさせ、巫女の務めをさせようということ。できれば炊事洗濯などのことから女性が良いと思っていた慧音だが、あまり里の皆の表情は良くなかった。

 

『慧音先生の頼みだから、できれば聞いてあげたいけど』

『家事なんて自分でするもんだろ?』

『自分のうちの手伝いがあるし……』

『そもそも、博麗神社に行くまでに危険があるんじゃないか』

 

 そんな声が上がった。尤もな意見だから慧音も何も言えず、最悪自身が行けばいいと考えていた。その際、「寺子屋の授業を少し遅らせないとな」と思っていたら、群衆の中で一人、手を挙げる男がいた。

 

「男でも構わないのですか?」

「え? あぁ、まぁ構わないだろう。できれば女性の方がお互い気遣うこともないとは思うが。キミがやってくれるのか?」

「じゃあ私が。僭越ながら里のために、慧音先生のためにも巫女の小間使いとなりましょう」

「そうか、それは良かった。ありがとう。しかし、引き受けてもらってなんだが、どうしてやろうと思ったんだ?」

 

 候補者が一人だがいたことに、正直安堵しながらも訪ねた。見たところ男は服の羽振りは良い。職に困っている様子はないし、わざわざこんな頼みを聞くこともないだろうと思う。

 男は人のよさそうな顔をして言う。

 

「お節介焼きなだけです。困っている人を見ると放っておけない、ただの偽善者です。それに────」

 

 男はそう言うと「あぁ。仕事は明日からですよね。では準備をするので、また」と、その場を離れていった。最後の言葉は聞き取れなかったが、引き受けてくれた彼に感謝しつつ、慧音も里の皆と同様に解散していった。

 その夜、男は荷物をまとめつつ、呟いた。

 

「博麗の巫女が運命の人なら、いいなぁ」

 

 

 霊夢の朝はかなり遅い。それは食材の在庫が少なくなるほど顕著になる。ある時は普通に起きて三食食べるのだが、少なくなってくると段々遅くなり、朝昼兼用として二食、食べ物がなくなりかけるとお茶でお腹を満たして一食。今はまさにその時で、意識があっても布団から出ず無駄な体力の消費を抑え、どうしてもお腹が空いた時だけ起きて食べる、そんな生活をする時期だった。

 だから今日も、日は登っているのに全く起きる気配はない。そんな霊夢の寝室の襖が開けられた。

 

「朝餉の用意ができました」

 

 一言、そんな声が聞こえた気がした。それからは何も聞こえないし、気のせいだろうと、意識のハッキリしていない霊夢は、また夢現に身を委ねようとした。そんな霊夢の鼻がヒクリと動き、匂いを嗅いだ。

 

(……魚? でもうちに魚なんてもうないし)

 

 そんな疑問が頭を巡る。考えているうちに思考は晴れ、意識も覚醒していく。それと同時に魚の匂いの他に、香しい味噌の匂いと炊けた米の匂いまでが感じ取れた。そしてのっそりと布団から這い出し、居間へと向かう。

 そして襖を開けると、卓の上には、炊き立てであろうご飯と、豆腐の味噌汁が湯気をあげ、油の乗った焼き魚があった。

 すぐさま、霊夢はその食事を食べ始めた。

 

(白米なんて久しぶり! 最近は粟とかばっかりで不味かったのに、やっぱり米は最高ね。それにこの味噌汁も、ちゃんと出汁を取ってて味噌の塩梅も抜群。あぁ、魚。何十日ぶりかしら、口に脂が入るのは。)

 

 食べ物があるときにしかできないまともな食事を噛み締め、味わいつつもそのスピードを増していき、ガツガツといった効果音が付いても可笑しくない勢いになる。そんな食べ方をしていたら、案の定喉に詰まり流そうと味噌汁を啜ろうとすれば、その中はすでに空になっていた。

 

「慌てなくてもご飯は逃げませんよ。はいお茶、温めにしておきました」

 

 クスクスと笑われながら差し出された湯呑を掴み、グーっと飲み干す。このお茶が熱かったら飲み干すなんてできなかった。気遣いのできる声の主を霊夢は見た。

 

「おはようございます、博麗の巫女。味の加減はいかがでしたか?」

「そりゃ美味しかったけど……あんた誰?」

「それは良かった」

 

 上品な笑みを浮かべた男は、姿勢を正しお辞儀する。

 

「この度、博麗の巫女の小間使いをしにきました。炊事洗濯その他雑用、お声をかけていただければ遂行します。不束者ですが、どうぞよろしく」

「あ、こちらこそ」

 

 いきなりの事過ぎて思考が纏まってない霊夢はこのとき、なんか便利そうな奴がきたなぁ、ていどにしか思っていなかった。なにはともあれ、男と霊夢の生活が始まった。

 これは異変が始まる約三年前の小話である。


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