今でも心残りなこと――――美遊の鯖化まだですか……
3話 夏、始まりを告げる星々
時は流れて、俺は高校2年生に。イリヤは小学5年生になった。
俺は中等部から高等部へそのまま上がった。それは同学年の一成や慎二――――美綴たちも同じだ。桜は一つ下の学年になるが、同じく高等部へ進学している。
ただ、一人は俺たちのようには進学しなかった。それは遠坂のことだ。彼女は外国に在る“学校”に進学した。本人から聞いた訳ではないから、何処に進学をしたのか正確には解らない。
でも、予想は出来る。恐らくはロンドン――――時計塔だろう。
”ここ“では『聖杯戦争』がないから、〔遠坂〕と違って、向こうに行く時期が早くなっても不思議はない。『魔術師』にとっては、時計塔は自身の研究にも、勉学においても、適した場所だからだ。
対する俺は今までと同じ様に学生生活を過ごしている。備品の整備、弓道部、“鍛練”。高校一年の頃はそんな日々の繰り返しだった。事故と言った“災難”に遇うことも無く、『普通の高校生』の日常と言っていいだろう。
家での家事はセラと争う訳ではないけど、複雑そうな表情が出るのは変わらない。
リズはいつもの様にソファーの上で寛いでいる。
イリヤは相変わらず俺を慕ってくれているし、学校への登下校は時間が合う限り一緒にしている。小学5年生になったら俺とではなく、同学年か同級生の友達と一緒になると思っていたのだが……。
だけど、それはイリヤに友達が居ないと訳ではない。仲良しな4人が居て、自分を含めて5人組を形成していることは本人から聞いているし、クラスでもそれなりの人気があるみたいだ。
俺もたまにその様子を見て 、楽しそうに賑わっているのは知っている。
そんな感じで、俺もイリヤも平和な日々を過ごしているのだ。
「イリヤ、遅い」
「そろそろ、降りて来るんじゃないか?」
去年までの思い出に思考を傾けて、朝食の準備が終わるのをテーブルに着いて待っていた俺は、リズの言葉で現実に意識を戻した。
今日は部活の朝練も無く、朝食の準備をする時間も十分にあったのだが……セラに「今日は私の当番の日でしょう! 士郎は大人しくしていて下さい!!」と、怒られた……。
いや、当番制だけどさ……手伝うぐらいは良いんじゃないのかと言う考えは、ダメみたいだ。
「イリヤさん、昨日は夜更かしをしていなかった筈ですが――――まさか、体調が悪いのでしょうか」
朝食メニューのベーコンエッグをテーブルに運んで来たセラが、少し焦るようにイリヤの体調を心配し始めた。
でもそれは杞憂だった。話しをしていると、しっかりと目を開いているイリヤは二階から降りて来た。
「おはよー」
「おはよう、イリヤ」
「おはようございます、イリヤさん」
「おはー」
毎朝恒例の挨拶を終えたところで、イリヤはテーブルに着く。場所は俺の隣だ。俺とイリヤの前に、セラとリズが居る形だ。
4人が席に着いたら、同時に合掌して朝食を取る。切嗣とアイリさんの居ない食事になってそれなりの時間が過ぎているが、やはり親が居ないと言うのは寂しいものだろう。だが、楽しくないと言うことにはならない。イリヤを中心とするセラとリズとの話しは暖かいからな。
「「行ってきます」」
「お気を付けて」
朝食を終えたら俺とイリヤは登校のため、家を出発する。見送るのはセラだ。
玄関から外へ出て、道を並んで歩いていく。
「それでね――――」
歩いて行く中、学校での話や友達と何をして遊んだとかの話を俺はイリヤから聞いている。イリヤは目を輝かせながら話しているので、楽しいと言うのはよく解る。
俺はそれだけでも十分だった。平和な日々を妹が過ごしているなら、嬉しくなるのは兄として当然だ。
話が進むにつれ、学校が近付く。その時に、こちらに声を掛けてくる人物が現れた。
「イリヤちゃーん」
呼ばれたイリヤは手を振って答える。一度俺に体を向けて、ここで別れることを告げる。
「お兄ちゃん、また放課後にね」
「あぁ、行ってらっしゃい。イリヤ」
俺の言葉にイリヤは微笑んでから、声を掛けてきた友達の所へ駆け足で向かって行く。
俺はそんな様子を見届けて高等部へ向かう。
高等部の校門を過ぎて昇降口に入る所で“違和感”を感じた。ドクンと“何か”が脈動して周囲の空気が霞むような……流れが乱れるような……。
(俺、疲れているのか?)
そんな筈はない。ハードなことなどは何一つしていない。日々の生活で疲れが溜まるようならば、既に倒れている。
それにしても、この感覚は何処かで感じた物に似ている。
この様な感覚は日常の中では感じる物ではない。つまり、それ以外の――――そうだ、忘れる訳がないじゃないか。俺が戦い抜いた『聖杯戦争』で、学校に張られていた『ライダー』の結界だ。
でも、なんでだ? “ここ”では『聖杯戦争』は無い。だから、『ライダー』のような『英霊』は居ない筈だ。なのに、この感覚だ。
(また……“何か”が起こるって言うのか)
昇降口に入る前に、俺は空を見上げて、内心で呟いた。答える者は居ない。太陽は輝き、大地を照らす。雲は風に流れて、青い空を横断する。何一つ変わらない日常を象徴するかの如く。
でも、俺の内心は裏腹に非日常が訪れる危惧が走る。またあの様なことが起こると言うのなら、俺はそれを取り除くために“剣”を取る。それは俺に定められたことだ。今更と言う事ではない。
どう行動をするのか、思考を始めながら、俺は昇降口に入って、教室に向かった。
今日の授業を終えた俺は、急いで学校を後にしようとしていた。イリヤと一緒に帰る予定も有ったが、この状況を調べるためにも、早く帰宅する必要がある。
「衛宮、今日はもう帰るのか?」
「あぁ、今日は部活も頼み事も無いからな」
「そうか。それにしても、今日は昼休み中、教室に居ずに何かに焦っている様に見えたが……」
「そうか? 特に何もないぞ」
俺は昼休みにこの“違和感”の正体を突き止めるために、学校の敷地内を回った。しかし、あの“違和感”は薄くなっていて、結局のところ解らなかった。
どうやら、一成はそんな俺の様子が不自然に見えたんだろう。いつもと違った行動は目立つからな。
「そうか。済まない、引き留めてしまったな」
「じゃあな、一成」
俺は手を上げつつ、話しを切り上げてイリヤとの待ち合わせの場所に向かった。
俺は昇降口を通り、高等部の校門をまで足を進めた。そこでイリヤと合流して、一緒に下校して行く。
イリヤとの下校を急かす訳にいかないから、俺は急ごうとする体の流れを思考に向けることで対処した。
まず必要なのは現状の確認だ。“違和感”の正体を突き止めて、対策を講じる。それが最もシンプルで確実な手段だろう。
俺が出来るのは“投影”と言った魔術に限られるが、使い方次第で応用が効く。まぁ、これは俺だから出来る術だ。
「お兄ちゃん、考え事?」
「いや」
俺は誤魔化した。未だに判断が出来ていないが、イリヤはこの事を知る必要はない。
「そっか」
「……イリヤ、今日の学校はどうだったんだ?」
「うんっとね――――」
俺はイリヤの学校での事を話題に上げることにした。するとイリヤは楽しそうに友達とアニメの話をしながら給食を食べるのが楽しかったとか、藤ねえのクラスは相変わらず賑やかだと話してくれた。
そう今年のイリヤの担任は藤村先生こと――――藤ねえだ。本人は「今年は私がイリヤちゃんの担任だから。任せなさい、お姉ちゃんが面倒みてやるぜ!」と意気込んでいた。藤ねえのクラスは賑やかで楽しいと評判だ。生徒も気軽に相談事が出来ると人気も高い。
俺はそう言った日常を守るのもやるべきことだ。“非日常”が日常に居る人々を襲うなら――――“非日常”に居る俺が対処する。それにそんなことが出来るのは、現状、俺以外に居ないしな。
家に到着して、玄関に入る。
「「ただいまー」」
「お二人ともお帰りなさいませ」
普段通りにセラは俺たちを迎えてくれた。だけど、今日はイリヤに伝えることがあったみたいだ。
「イリヤさん、お昼過ぎに荷物が届きましたよ。確か中身はブルーレイディスクとか」
「そっか、もう届いたんだ」
話しているそばからリビングより流れるアニメのOPのメロディー。イリヤはそれを聞いた途端、リビングへ飛び出して行った。
「イリヤさん……すっかりリズに感化されてしまって……」
不安そうな顔をするセラ。
アニメぐらい、イリヤの年齢なら誰でも見るから気にすることないと思う。休みは外で元気に駆け回ったりしてるし。引き込もってアニメなどを見続けていたら問題だと思うけどな。
「セラ。俺は今日と明日辺り、夜は家を空ける」
「何かあったのですか?」
「まだ解らない。だから、まずはその正体を突き止める」
「解りました。決して無理はしないように」
俺の言葉にセラは身を引き締めて聞いていた。いつもの『お手伝いさん』としてではなく、もう1つの側面を出していた。
「善処するよ」
俺は短く返して、自室に荷物を置きに行く。しかし、直ぐに部屋を出て、再び靴を履く。取り敢えず、学校に戻って調査。その後は武家屋敷で対策を講じる。
俺が玄関から再び足を踏み出すのを、セラはしっかりと見ている。朝のようなものとは違い、戦いに赴く者を送り出すような強い眼だ。
見送られる側の俺も普段とは違った。目付きも違っていたかもしれない。でも、そうなるのは当たり前だ。これから足を向けるのは、先までの“日常”ではない。それより暗く、冷たく、何が在るか解らない“非日常”だ。
「行ってくる」
「ご武運を」
× × × × × ×
日は落ち、ダークブルーのような色に染まった空には星々が輝いている。夜空を見上げてゆったりをするのが似合う夜だ。
学校での調査を終えた俺は武家屋敷に居た。しかし、俺はゆったりとしている暇はない。
セラに見送られた後、俺は学校に戻って“違和感”の正体を突き止めようとしていた。『魔術礼装』や『宝具』を使うのでなく、俺の外界への敏感な感覚で探るので、多少の人目は大丈夫だ。不自然な動作さえしなければな。ただ、俺が日頃から手伝いをしているためか、俺を見た人たちは「また誰かの手伝いか?」といった目だったかな……。
そんな学校での調査の結果からの俺の推測は二つだ。
一つ目は結界が張られている。『聖杯戦争』で『ライダー』が張っていたような――――結界内部に居る人物を融解して取り込むなどの『外』と『内』を隔離する種類の物だ。でも、こっちは違う気がする。確かに感覚は似ているが、『外』と『内』を隔離すると言うよりは――――そう、割り込むと言った感じだ。何もなかった平地に、突然とした発生した“壁”によって風の流れが乱された感じと考えると解りやすいか。
よって二つ目だ。学校に敷地内に見えない“何か”が割り込んで“違和感”を発生させている。しかしそれは“こっち側”に実態は無い。触ることの出来ない“向こう側”にあるように感じる。もしそうならば、対処するために“こっち側”から“向こう側”に飛ばなけれならない。
それを可能にするとしたら――――『宝石剣』だ。それは遠坂家に伝わる『魔法』の課題。俺は以前、自身の特性から再現出来ないのかと、〔遠坂〕から訊かれた。
『士郎なら、複製出来るんじゃない? 剣だし』
そんな感じに冗談半分に訊かれた訳だ。まぁ、完全には無理だった。だけど、ヒントになるようなことだけは解析出来た。それを元に〔遠坂〕は研究を進めると――――
俺が作れた『宝石剣』の機能は『平行世界』から魔力を抜き出すのでなく、『揺れる空間』に剣を突き刺して、針のような小さい穴を抉じ開けるぐらいだ。でも、それすら条件がある。『揺れ』が大きくない場合は抉じ開けることすら出来ない。
そして、現状ではそれが出来る程の『揺れ』が無いし、仮に突き刺させることが出来ても、人が通れる程の穴は開けない。つまり打開策として機能する可能性は低い。
(参ったな……手詰まりか……)
俺は縁側から庭に出て、空を見上げた。星に願いを――――とは言わないけど、何が案が出るかなと言った感じだ。
そんな時に一際光が大きい赤と青の星が空を中をぶつかり合う動きを見せる。いや、星と星が鮮やかな軌跡を描いてぶつかり合う訳がない。
俺は目を“強化”して星を見据える。捉えることが出来たその二つは――――
対峙するのは
二人の衣装はアニメでよく見るフリルや獣耳などが装飾された『魔法少女』そのもの。
俺は現実離れした二人の姿に唖然としたが、それ以上に精神を削る物が二人の手に握られていた。
カレイドステッキ――――それも一本ずつの計二本。だが、ルヴィアさんが握るのは紅色ではなく碧色だ。形状は酷似している。でも、俺が知っているのは紅色の一本のみ。それにしても、カレイドステッキが二本って……どんな悪夢だよ……。
俺は時計塔に向かうために準備をしていた頃の記憶を呼び覚ました。
『遠坂、大丈夫か?』
『大丈夫よ。この宝箱、色々仕舞えるけど反面、取り出すのが一苦労なのよ』
〔遠坂〕は身を乗り出すように上半身を“宝箱”に突っ込んで取り出していく。この“宝箱”は見掛けによらず、多くの物が仕舞える。
大きさは宝箱と言われてイメージ出来る物と差ほど変わらないのだが、少なくとも一人は入って座れる広さが在る。中の空間が特殊になっているらしい。
苦闘していた〔遠坂〕は側に置いていたつっかえ棒を取ろうと手を伸ばした。
だけど、〔遠坂〕が取ったのはつっかえ棒ではなかった。確かに棒状のステッキだったから見ずに手を伸ばした〔遠坂〕が気づかなかったのは無理がないかもしれない。
手に取ったステッキをつっかえさせる時に指を切って血がステッキに垂れた。
そして、それは起きた。そう、〔遠坂〕は『魔法少女』に転身した。
『シロウ、何事ですか!? この魔力は――――』
『セイバー――――』
別室で整理整頓をしていたセイバーが慌ててやって来た。だけど、〔遠坂〕の姿に目を大きく開いた。
『凜……その姿は』
『呼んでいるわ……』
『へ?』
『はい?』
セイバーの問いに答える気配を感じさせない〔遠坂〕の声。それを聞いた俺たちの頭には疑問符が浮かび上がる。
『皆が私を呼んでいるのだわ! 待っててね皆、愛と正義の執行者――――カレイドルビーが今行くわ!』
子供がなりきりごっこに熱中しているかのようなノリで、遠坂は過ぎ去る嵐の如く部屋から出た行った。
俺とセイバーは現実を認識するのに時間を使ってしまったために出遅れた。急いで後を追い掛けるために遠坂邸を飛び出した。
数時間の捜索の果てに〔遠坂〕を発見した。そこは幼稚園から小学生がよく集まる広場。その中心地に〔遠坂〕は居た。
『皆ーーー、愛と正義の執行者――――カレイドルビーよ!』
登場シーンで決めポーズをする魔法少女のように振る舞う〔遠坂〕。子供たちはなんだろう? っと興味津々だった……始めは、な。
だけど、進むごとに恥ずかしさがエスカレートする光景に子供たちから目の輝きは消えて散り散りに去って行く。
俺とセイバーはこの惨状を止めるために、〔遠坂〕に近寄った。
『しっかりして下さい、凜』
『遠坂、どうしたんだよ……』
『どうと言うことないのだわ。これは私の役目だもの』
自身を誇る口調な〔遠坂〕。
あぁ、全く理解不能だ。別人と化した〔遠坂〕を兎に角、止めるために行動したような気がするのだが――――その記憶がない。どうやら途中で意識が落ちたらしい。
俺の意識が戻ると、衛宮邸に居た。セイバーの膝枕で。
『シロウ、気が付きましたか?』
『セイバー……何があったんだ……』
『シロウ……凜のことを覚えていますか』
『そう言えば――――』
思い出そうとすると、光景にノイズが走って解らなくなる。まるで、俺の本能が開示を拒むように。それに加えて悪寒が……。
『無理に思い出すことはありません。むしろ、そちらの方がいい……』
『セイバー?』
どこか遠い目をして呟いたセイバー。俺は聞き出そうとしなかった。俺とセイバー――――いや、〔遠坂〕のためにもそうしない方がいいと思った。
そんな〔遠坂〕は1日過ぎた辺りで衛宮邸に姿を現した。その時は普段着で、右手に布でぐるぐる巻きにしたステッキがあった。彼女は俺の姿を見ると、ステッキを廊下に叩き付けて、俺の胸板に飛び込んで来た。
『士郎……私……もう冬木市に居られないわ……』
涙ながら言葉を漏らす。俺は慰めるのにも一苦労だった。その後、なんとか落ち着きを取り戻した〔遠坂〕からステッキ――――カレイドステッキの説明を受けた。便利そうなステッキだったけど……うん、最悪のアイテムだな。『何が』って、宿っている人工精霊の性格がな。
一応言っておこう、今回の件は子供の広場と言うことがあって高校生には直接的にバレなかった。しかし、噂で「いい歳をした女子が魔法少女をやってるー」と言った話しが少しの期間流れた。その期間中の〔遠坂〕は俺と二人っきりの時は慰めを要求してきた訳だった……。
回想から戻った俺は二人の姿を捉え続けたが、ここから声を掛けることなんて出来なかった。そして、二人はぶつかり合いながら橋の方へ飛んで行った。
さて、ここまでのことを整理しよう。
①『ライダー』らしき結界のような違和感。
②遠坂とルヴィアさんの魔法少女な争い。
③カレイドステッキ二本。
最初のことですら手が掛かりそうなのに、遠坂の帰国とルヴィアさんの来日。加えて、カレイドステッキを使用してのバトル。正直、頭が痛かった。でも、弱音を吐いている場合じゃない。
これから“何が”が起こるのは疑いようがない。遠坂とルヴィアさんがあのステッキを持ってここに来ただけでも、“何が“在ると証明している。
俺は気を引き締める。これから起こることに対処して、皆の日常を守る。そのためには、感覚を戦闘モードにしておかないとな。俺は土蔵蔵に向かい、精神統一を兼ねて“鍛練”へ。
――――星が輝く。
新たな戦いの訪れを祝福するのか――――
新たな戦いの訪れを警鐘するのか――――
だが、少年の“心”は不動の物だった……。
次回からイリヤ視点なども入ります。多分ライダー戦までかな……。
今回みたいに筆が進むと美遊会話までいくかも……。