Fate/kaleid blade   作:サバニア

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SNのセイバー→セイバー
プリヤのセイバーオルタ→『セイバー』

基本的に英霊についてはプリヤの方に『』を付ける方針でいきます。

さて、題名が…………。


11話 limit Over

 爆音が大気を震わせ、地響きが大地を揺らした。

 発生源は炎が燃え盛り、粉塵が周囲へ散布されていく。

 その地点から離れた地上へ舞い降りたイリヤと美遊の視界に飛び込んできた光景は――――地面に伏した凛とルヴィアと士郎だった。

 

「最悪の事態です……」

 

「はい、これは完全に想定外……ですが現実に起こってしまいました……」

 

 カレイドステッキたちから緊迫した声が漏れる。

 それは無理もなかった。

 理由は数十メートル先に立ち、底知れぬ威圧感を発している黒い騎士だ。

 

 

 その姿は見る者全てに畏怖を刻み込むには十分過ぎる風貌をしている。

 

 

 黒いバイザーが顔を覆っている為、直接向こうからの視線に射られることはないが、敵対する者を気圧すには十分な視線(やいば)を放っている。

 

 

 騎士が身に付けているのは――――この世の憎悪に染め上げられた黒い甲冑。そして、その甲冑には血管が浮き出ているような赤い線が広がっている。

 込められた憎悪に対峙した者の心が蝕まれれば、その心から光は失われる。

 

 

 だが、それらよりも遥かな存在感を放っているのは騎士の手に携えられた剣だ。

 闇に侵食された剣。人々の願いと祈りに鍛えられた鉄は絶望と呪いに鍛え直された。一度(ひとたび)振るわれれば、その場の光を呑み込み、闇に変えるだろう。

 

 

 二人の少女は震えていた。

 しかし、それは正面に居る黒い騎士に恐怖を抱いたからではない。

 自分たちの大切な人が傷付き、意識を手放し、地面に倒れ込んでいる。

 その光景が彼女たちの心を黒く塗り潰していく。

 

「お兄ちゃん! リンさん! ルヴィアさん!」

 

 イリヤが駆け出す。

 だが、ステッキを握っていた右手だけはピクリとも動かず、彼女は引き戻されるようその場に留まった。

 

「ルビー! どうして止めるの!」

 

「イリヤさん落ち着いてください! 3人ともまだ生きています!」

 

「ほ、ほんと!」

 

「はい、私に備えられたサーモグラフィー機能で3人の状態は把握が出来てます」

 

 カレイドステッキには転身や鏡面界への転移の他に様々な機能が備えなれている。その一つがサーモグラフィー機能。

 ルビーの分析画面にはオレンジ色で映し出された3人の姿が有った。

 

「……なら、尚更助けないと!!」

 

「だから落ち着いてください! 無策で飛び込むのは自殺行為です! 私たちが倒れたら一体誰がお兄さんたちを助けるんですか!」

 

 ルビーの叱咤を聞いてイリヤは息を飲んで飛び出そうとする体を押さえた。

 彼女を焦る気持ちはルビーも痛い程解っている。

 だからこそ、マスターを留める。二度と取り返しがつかない事態に陥るのを防ぐために。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…………」

 

「美遊様、落ち着いてください!」

 

 イリヤの隣に居た美遊は息を乱していた。

 目の前で倒れている少年の姿が、彼女の裡を掻き乱す。

 脳裏に映るのは傷だらけながらも自分をここ(・・)へ送り出してくれた兄の姿。それが目の前の少年と重なる。

 一度ならず二度までも……()を失うことになるのか、という恐怖が彼女の心をへし折りに掛かってくる。

 

「美遊様!!」

 

「ッ!」

 

 一際大きいサファイアの声が響く。

 そのパートナーの声を聞き、美遊は現実へ意識を引き戻す。

 

「大丈夫ですか……美遊様……」

 

「……ありがとう、サファイア……。少しは落ち着いた」

 

 そうは言うものの、美遊が強がっているのは明白だった。

 だが、励ましの言葉を送る余裕が無いのが現実だ。

 

「サファイア、貴女から見てあれを倒せると思う?」

 

「申し上げ難いですが……不可能です。一撃必殺の『ランサー』のクラスカードの使用が出来ない現状では倒せそうにありません。

 加えてこの威圧感……準備無しで敵う相手では――――」

 

「えっ、あの槍は使えないの?」

 

「はい。一度カードを限定展開(インクルード)すると、数時間はそのカードが使用出来なくなるんです」

 

「どうやら『アク禁』くらうらしいですねぇ」

 

 重い空気が少女たちの間に漂う。

 そんな中で、イリヤは打開になりそうなことを続けて言う。

 

「そうだ! 他のカード! 私が持ってる『アーチャー』のクラスカードは矢が無い弓で今は役に立たないと思うけどミユさんは後2枚持ってるでしょ!!」

 

「『ライダー』のカードは試してみたけど鎖が付いた鉄杭になっただけ。この場では役に立たない。

 『キャスター』は手に入れたばかりで詳細不明……何が出るか判らない状態で使うのは危険が大き過ぎる」

 

「やはり、ここは3人を確保して脱出するのが現実的ですか」

 

「私も姉さんの考えと同じです」

 

 自分たちの手札と敵の強さを測ってカレイドステッキたちは鏡面界からの脱出を提案する。

 敵を倒せないのであれば、その結論に達するのは自然な流れだ。

 ここで浮かび上がるのは――――どちらが3人を確保して、どちらがその隙を作るのかという問題点。

 

「……私が引き付ける」

 

「……ミユさん!」

 

「イリヤスフィールは右側の木に身を隠しながら士郎さんたちの所へ。到着次第、即座に離脱。……いい?」

 

「わ、分かった!」

 

 強い決意が込められた声にイリヤは頷いた。

 自分たちでは敵わないことは重々承知している美遊だが、気を引き締め直す。

 

「――――――」

 

 呼吸をした直後に美遊は飛び出す。

 加速を掛けてから跳躍して、空に続く視えない階段を駆け上がる。

 その先で気が付いた。黒い騎士は微動だもせず、その場に留まっていることに。

 

「ルヴィア様たちと敵の距離が近過ぎます。高威力の攻撃では巻き込んでしまう恐れが……」

 

「なら威力を抑えて、作戦通りに敵の注意を引き付けるだけ!」

 

 美遊はステッキを黒い騎士に向けて先端部に魔力を収束させる。

 蒼い燐光が漂い始めたタイミングで――――

 

砲射(シュート)っ!」

 

 砲撃が撃ち出される。

 先の『キャスター』戦と比べたら威力自体は低下している。

 が、標的を貫く鋭さと開いている距離を疾駆する速度は変わっていない。

 

「オオオオッ――――!」

 

 黒い騎士からは雄叫びのような音が響き渡り、大気を乱す。

 乱された大気は霧状の黒い“何か”を取り込む。

 黒い濃霧と化したそれは球体を形成し、黒い騎士を覆い尽くした。

 

 

 形成された黒い球体の表面に斜め上から彗星が流れ落ちる。

 だがその一撃は周囲へ分散されながら弾かれる。

 黒い騎士は依然としてそのまま。

 

 

「攻撃が届いていません。あの霧が周囲へ魔力砲を散らしています」

 

「霧に弾かれた!?」

 

 元から威力を抑えた砲撃で敵を倒せないことなど美遊とサファイアは理解している。

 弾かれたことは予想外だが、彼女たちのやることに変わりはない。

 

 

 魔力の再チャージを終えた美遊は再び砲撃を撃ち出す。

 一撃目と同様に砲撃は黒い球体と接触した途端に周囲へ分散させる。

 一撃目と二撃目の違いがあったとすれば、それは彼女ではなく黒い騎士の方。

 

 

 黒い騎士は首を動かし、美遊へ視線を向けてその姿を捉えた。

 そしてゆっくりと剣を持ち上げて、軽く振り下ろす。

 上から下の一振りは空を斬るのではなく、黒い斬撃を放った。

 

 

 迫り来る黒い斬撃を美遊はサファイアを前に出して障壁を展開して、防御しようと考えた。

 が、即座にその考えは捨てて横へ飛ぶ。

 

 

 咄嗟の判断で“刃”を避けることは出来たが、無傷では済まなかった。

 触れることなく通り過ぎた筈の“刃”は美遊の右肩と右下腿の外側に斬り傷を刻んでいった。

 

(避けたのに……!)

 

 かすめただけでカレイドステッキの保護を突破する切れ味……生半可な防御では切り捨てられるだけだ。

 美遊の警戒心がかつてないまでに跳ね上がる。

 近付くことをしなければ向こうからの攻撃は届かないという考えは覆され、本来騎士が得手としない遠距離にも対応可能な敵の実力は規格外と言っていい。

 

 

 サファイアからの回復促進(リジェレネーション)が美遊の傷口を塞いでいく。

 しかし、それは瞬時に傷を癒すのではなく、あくまでも回復の促進。

 

 

 その様子を見た黒い騎士は身を翻して、木々の影から影へ移動しながら、士郎たちの所へ向かっていたイリヤたちの方へ体を向き直して足を進める。

 

「イリヤさん! 逃げて下さい!」

 

「え?」

 

 

 ルビーの警告の直後、黒い騎士は美遊に剣を振るった動作をイリヤにも行った。

 繰り出された斬撃。地面に端が引っ掛かろうとも速度を落とすことはなく、接触している面を削りながらイリヤへ迫る。

 イリヤは直感的に回避行動を取って一撃を躱す。

 

「きゃあっ!?」

 

 攻撃の余波に巻き込まれて、引っ張られるままに地面を転がる。

 背中から木に叩き付けれて止まることは出来たが、打撲と――――

 

「痛い……! あ、血がっ……!」

 

「大丈夫です! 直ぐに治ります!」

 

 腕の側面から流れる鮮血が幼い少女から思考を奪う。

 ルビーが声を掛けようとイリヤには届かない。

 

「イリヤさん! 追撃きます!」

 

「あ……あ……」

 

「何してるの! 早く逃げて!」

 

 美遊からの叱咤が飛ぶが、イリヤは腰が抜けていてその場から身動きを取れない。

 

「サファイア! 物理保護全開!」

 

 癒えない体を押して空から駆け降りた美遊は、イリヤと黒い騎士の間に割り込んで庇う体勢を構える。

 黒い騎士から剣が振り下ろされるその瞬間――――

 

「うぉぉぉおッ!!」

 

 黒い騎士の背後から斬り掛かる少年の姿があった。

 振り下ろされる筈だった剣は背後へ飛び、彼の握る二刀と火花を散らす。

 

 

 ギィィン、と鉄と鉄が響く。

 二人が鍔迫り合いになる中、黒い騎士は少年を押し飛ばそうと力を込める。

 少年は体をひねり、押し飛ばしてくる力を利用してイリヤたちの方へ飛び込む。

 

「「お兄ちゃんッ!!」」

 

 同じ言葉が少女から上がる。

 だが誰一人としてその言葉に耳を傾ける余裕を持っていない。

 明確なのはただ一つ。

 絶望を前にした少女たちを守るように、少年は黒い騎士の前に立ちはだかっていた。

 

 

 

 

 ×   ×   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

 なんとか意識を取り戻した俺はイリヤたちの前に立って『セイバー』と向き合っている。

 不意の一撃を逸らすことには成功したが、体は土鉾にまみれているし、こめかみ辺りから血が頬を伝わって流れていくし、痛みが全身を打っている。

 

 

 遠坂とルヴィアさんは未だに意識を失ったままで地面に倒れている。

 

 

 状況は最悪だ。

 英霊との連戦なんて一欠片も考えていなかった。

 加えて5人中3人が既にダメージを負っている。

 イリヤと美遊は無傷だけど、二人には『セイバー』の相手は務まらない。

 

 

 今まともに戦えるのは俺一人。

 なら、俺がやるべきことは『セイバー』の足止め。

 その隙に彼女たちには鏡面界を脱出してもらう。

 

「俺が時間を稼ぐ! 二人は遠坂たちを連れて脱出しろ!!」

 

「で、でも――――」

 

「早く! 俺も何時まで持つか判らない!」

 

 途切れることがない殺気を前にした俺は、イリヤたちを少しでも安心させられるような言葉を口に出来なかった。

 ほんの僅かでもこの張り詰めた精神の糸を緩めれば、そこで終わりだと解っていた。

 

「……イリヤスフィール……ここは士郎さんに任せよう……」

 

「ミユさん!?」

 

「……判らない? 私たちでは“あれ”の相手は出来ない。

 仮に士郎さんと一緒に戦っても、足を引っ張るだけ……」

 

「…………」

 

 重々しい美遊の声にイリヤからの声が消えた。

 美遊の判断は正しい。言い辛いけど、二人の援護があってもこの状況で有利になることはない。

 

「イリヤさん……美遊さんの言う通りです……。

 ここはお兄さんにお任せして我々は凛さんたちの確保へ向かうべきです」

 

「…………分かったよ……」

 

 つぽりした小さな呟き。

 俺が今までに聞いたことがないイリヤの嘆きだった。

 

「……士郎さん……脱出の準備が整ったら合図します。

 それまで――――」

 

「ああ、頼む」

 

 何処までも沈んだ美遊の言葉に俺は短く返した。

 もう言葉を交わしている余裕は無い。

 『セイバー』の殺気は鋭さが増し、俺の警戒心は上限値を越えている。

 

 

 その切迫した世界の中、イリヤと美遊は襲撃を受けて気絶した遠坂たちを確保する為に、俺たちを大きく迂回しながら向かって行った。

 駆け出した足音が一度止まったが、再び鳴り始めて遠ざかって行き、消えた。

 いや、違う。目の前の『セイバー』に俺の全心身を向けているからイリヤたちのことを把握出来ないだけだ。

 

 

「――――セイバー……」

 

「――――――」

 

 反応はない。

 『セイバー』は立ち位置を変えず、泰然としたまま俺の前に立っている。

 だけど、殺気は依然とした鋭さを保って、俺を射抜く。

 イリヤと美遊がここを離れた結果、狙いが俺に集中しているのだから当然か。

 あるいは、殺気を抑える必要がもう無くなったのかもしれない。

 

(正直言って怖いな……。こんな濃密な殺気なんて滅多に出会うモノじゃないぞ……)

 

 会話が無くてもその殺気で『セイバー』の強さは判る。

 それでも俺は戦わなければならない。

 俺が引けば全員が死ぬ。

 イリヤと美遊は無論、負傷している遠坂とルヴィアさんが意識を取り戻したところで現実は覆らない。

 さっき俺は「時間を稼ぐ」と言ったけど、それがどれくらいになるかは見当が付かない。

 

 

 そうだとしても俺のやることは変わらない。

 干将・莫耶を握る手に力が籠る。

 同時に『セイバー』の剣が上がる。

 互いの切っ先が相手を捉えた瞬間――――

 

 

 俺は地面を力強く踏みしめて『セイバー』へ向かって飛び込んだ。

 

 

 干将を振るう。

 漆黒の閃光は『セイバー』の左肩から右脇腹へ走ろうするが――――当然ながら防がれる。

 黒い閃光が下から斜め上へ走り、斜めに下ろされる莫耶を弾いた。

 

 

 刃と刃の衝突に空気が圧迫されて軋む。

 一回打ち合っただけで鏡面界を満たしている空気は一変した。

 重く、冷たい世界。

 その世界に居る俺と『セイバー』に許されるのは戦う選択肢のみだ。

 

 

 二刀と一刀がぶつかり合う。

 白と黒の短い翼は『セイバー』を左右から襲い掛かる。

 その羽ばたきはギン、と難なく弾かれる。

 

「っ……!?」

 

 弾かれた直後に迫る黒い一閃。

 それを引き戻した白い一閃で光が闇を拒絶するように逸らす。

 まともに受け止めればその上から叩き潰される。

 斬られただけならまだ戦闘は続行出来るが、潰されたらそれまでだ。

 

 

 スピードを上げて斬り掛かる。

 金属音が鳴り響くと共にオレンジ色の火花を夜に仄かな灯りを灯す。

 その光で『セイバー』の唇が動いているのが見えた。

 頑なに口を閉ざしているのかと思っていたが、声が聞こえないだけだった。

 

 ――――――“セイ、ハイ”

 

 それが黒い騎士が求めている物だった。

 どんな願いでも叶える願望器。

 俺のパートナーだったセイバーはそれを欲して二度も『冬木の聖杯戦争』に身を投じた。

 

(……今ここに居るお前は……まだ聖杯を欲しているんだな……)

 

 あの戦いでセイバーは自分の手で聖杯を破壊した。

 自分が求めていた聖杯(モノ)が、呪いに侵されて、歪んだ物であると知った彼女は、その胸に秘めていた願いを殺して――――前に進むことを選んだ。

 

 

 しかし、この『セイバー』は違う。

 輝きを反転させて、その身を黒く染め上げてでも聖杯を手に入れようと彷徨(さまよ)い続けている。

 

 

 火花を生み出す斬撃はより激しくなる。

 響く剣音が俺の記憶を刺激して、淡い光が記憶を照らす。

 

 

 浮かぶ記憶はただ一つ。

 何処までも澄みきった美しい微笑みを浮かべているセイバーの顔。

 戦いを終えて、3人で一緒に歩いていた頃に、彼女が俺に言ってくれたこと。

 

(例えお前が俺の知るセイバーでなくても――――)

 

 聖杯はお前には必要無いと――――お前は願望器が無くても前に進める強さを持っていると。

 その闇を斬り裂いて、そのことを教えてやろうと力が籠る。

 

「はぁっ!」

 

 大地を蹴り、跳ね返ってきた力を乗せて斬り込む。

 『セイバー』は身を退くことせず、正面から受け入れて弾いた。

 防御から間を開けることなく反撃の一撃が敵から振るわれる。

 

 

 俺は二刀で受け止める。

 こっちの攻撃の全てが軽く弾かれていると言うのに、向こうは攻撃は弾くことすら難しい。

 出来るのは繰り出される攻撃で体が斬られるのを避けること。

 ――――そう……埋められない差が存在していた。

 

 

「ぐっ――――」

 

 威勢があっても、苦境が強いられるのは変わらない。

 打ち合う度に『セイバー』の剣圧が薄くだけど確実に俺の肌を裂いていく。

 対する『セイバー』は無傷。

 俺の攻撃は弾かれて、衝撃も斬撃もなに一つ届いていない。

 

 

 あとどのくらい打ち合い続けられるか…………。

 例え軽い一撃だろうが、一度でも俺に届いたらそこで勝負がつく。

 今の状態でやっと付いていけているんだ。今より動きが鈍ることは死を意味する。

 

 

 何度も危機を迎える中、極限にまで思考は研ぎ澄まされ、振るわれる二刀は未だに正確に攻撃を防いでいる。

 流れるように移動する体。

 休むことを知らない翼。

 体は悲鳴を上げるが止まることはない。

    

「は、はぁ―――――」

 

 『セイバー』の動きに必死に食らい付いていく。

 襲い掛かってくる一撃は時間が経つ程に重くなっていく。いや、俺の剣から重さが無くなっているんだ。

 刃が削られ、着実に重さを失っていく。

 イメージで刀身を補強するが、体力と魔力が徐々にだが削られていく。

 

 

 それにしても……思考と体が完全に一致しない。

 俺の持つ経験が肉体に収まり切れない為に、動作に遅れが出そうになる。

 最も使い慣れている干将・莫耶でも、“前”の技量を再現仕切れていない。

 でもその遅れを出さないように数手先を打って対抗する。

 

「――――――はっ!」

 

 

 終着点が見えない剣舞の応酬の中、時折混ぜる隙に『セイバー』の攻撃を引き込み、即座にカウンターを仕掛ける。

 

「――――――」

 

 刹那な斬り返しにも平然と『セイバー』は反応してくる。

 攻めでも守りでも、俺は『セイバー』に劣っている。

 普通に考えればそれが当たり前だ。

 干将・莫耶は守りに寄った型をしているが、『セイバー』のような一つの武器を極限にまで使いこなす“究極の一”に対抗するには限界がある。

 “究極の一”に対抗するならば“究極の一”を用意しなければならない。

 ……だが、それは――――――

 

「オオオオッ!」

 

『セイバー』から叫びが鼓膜と体に叩き付けられる。

 それに怯むことなく、白と黒の閃光を繰り出し打ち返す。

 渾身の力を込めた双方の剣が大気を揺るがし、一際強い衝撃が全身へ行き渡る。

 

「く―――――!」

 

「………………!」

 

 弾かれ、腹から背中へ駆け抜けようとする勢いを利用して俺は背後へ跳んだ。

 距離が開いた。今なら――――――

 

投影開始(トレース・オン)――――全投影連続層写……!」

 

 12本の宝具の設計図を広げ、作り出した。

 急な切り替えに魔術回路が軋みを上げるが、それは押し倒す。

 実体を得た12本の剣は剣弾と化して『セイバー』に襲い掛かる。

 

「――――――!」

 

 その全てを当然のように防いだ。

 連続して放たれた剣弾は音を立てながら地面に落ちる。

 鈍い音が漂う中、音を切り裂き、弧を描きながら飛び立った白と黒の翼が『セイバー』の左右へ届くと―――――

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)!」

 

 込められた魔力を解き放って闇夜を照らす。

 熱と光が『セイバー』に襲い掛かる。

 

 

 しかし、向こうは無傷。

 熱に襲われようが、

 光が発生しようが、

 『セイバー』を守っている黒い霧に阻まれる。

 

「オオオオォオ――――!」

 

 今のは目眩ましに過ぎない。今の爆撃が通らないことなんて判っている。

 だから、自分から突進して次の一手()を振り下ろす。

 それは黄金の剣。装飾に重点が置かれている為、武器として性能は聖剣に劣る。

 けれど、その威力は剣たちの中では上位に位置している。

 

 

 降り下ろしが防がれる。

 すかさず追撃に移る。光と闇が交差し続け、

 

「はっ!」

 

「――――!」

 

 黄金の切り上げがバイザーを打ち飛ばした。

 『セイバー』ここで初めて飛び下がり、自分から距離を取る。

 止まることなかった音が漸く鳴り止んだ。

 だがそれは……嵐の前の静けさと同じだった。

 バイザーに隠されていた目が俺を捉える。

 

「はぁ、はぁ、はぁ――――――」

 

「……………………」

 

 口を開き、肩を上下させて呼吸を整える。

 全身が発火しているのかと思うほど体が熱を帯びている。

 対して『セイバー』の口は開かない。向こうにはその必要がないからだ。

 ただ金色の瞳は静か示している。

 ――――己の全てを出して目の前の敵を排除する、と。

 

 

 この先からの剣戟はより激しくなる。

 今みたいな目眩ましは二度も通用しないことも判る。

 従来通りの守りを固めたところで、上から叩き潰されるか防いだ剣を粉砕して俺を斬るだろう。

 でも、攻撃が激しさを増せば隙も大きくなる。

 ならその隙が訪れるまでただ一心に耐えて、いずれ来る隙にカウンターを決めればいい。

 そう思った瞬間―――――

 

 

 ―――――“シロウ。余力を残してどうするのです”

 

 

 聞こえない筈の声が聞こえた。

 耳にではなく、心に……。

 それは俺の考えと“切り札”を見抜き、問う意識。

 互いに己の全てを込められる”剣“を持っているにも関わらず、何故手に取らないのかという焦がれ。

 

 

 幻聴に違いないと振り切ろうとした。

 目の前の『セイバー』は俺の知るセイバーでもないし、俺とは初対面だ。

 

 

 でも――――ああ……こんな状況になったら、きっと彼女も同じことを言うだろうと不思議と納得している自分がいた。

 出し惜しむことは貴方には似合わない、と不服を浮かべている光景が浮かぶ。

 

 

 確かにその通りだ。

 俺には『セイバー』を倒せる可能性がある“切り札”が残っている。

 でもそれは―――――

 “今の体”であの領域に足を踏み入れることは、自殺行為に成りかねない……。

 “今の魔術回路”の強度で暴れる魔力に耐えられるのか……。

 

 

 “切り札”を切らない理由はそれだ。

 用意して戦ったところで、俺が自滅したその先はどうなる?

 『セイバー』に対抗している俺が倒れれば、残った4人は?

 

 

 もう俺はここから離れられない。

 だからと言って、このまま俺を除いた4人が脱出して、後日に仕切り直しをしたところで『セイバー』には勝てない。

 万全な状態の5人で挑んでも勝てるか危ういのに、俺一人でも欠けた状態のことは考えるまでもない。

 

 

 つまり、ここで俺以外が助かっても、『セイバー』を倒す手段を持たない彼女たちが再戦を挑めば死ぬ。

 強大な力を前にカード回収を諦めて放置したら、町に災害が起こって“あの夜”の再現にもなるかもしれない。

 それは絶対にダメだ。

 大切な誰かが死ぬことも、平穏に暮らす人々が死ぬことも、決してあってはならない。

 

 

 ……その両方を確実に防ぐなら、『セイバー』は“己の全てを掛けた俺”が倒すしかない。

 自滅が待ち構えているならば、それは『セイバー』を倒した後にまで引き延ばせ。

 みんなが助かるならそれで構わない。

 

 

「――――――――」

 

 覚悟は決まった。

 もし『セイバー』と刺し違えることになっても、それは無意味ではない筈だ。

 この絶望を俺が打ち壊せば、彼女たちはまた夜明けを迎えることが出来る。

 それだけで……十分だ。

 

 

 ガチッ、とスイッチが入る。

 これからやることは“未来”を先取りするような形になるけど、それならとっくの昔にやっている。

 今更気にする必要は無い、と限界の一線を越える―――――

 

I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)

 

 無論、『セイバー』は黙って待っている訳がない。

 大地を蹴り、爆発に等しい勢いを纏って斬り掛かって来る。

 それを黄金の剣は自分から流れるように()を滑られて、受け止める。

 これは剣自身の意思によるものだ。

 俺の意識は全て内側に向けている。

 

Steel is my body, and fire is my blood.(血潮は鉄で心は硝子)

 

 

 乱撃をし合う剣。

 止まることなく吹き荒れる剣風を、剣は狂いなく正確に防ぎ続ける。

 その中で僅かにだが作られる空白で呪文を紡いでいく。

 

I have created over a thousand blades.(幾たびの剣戟の果てに至る)

 Unaware of standstill.(ただ剣を鍛えるように、)

 Nor aware of the limit.(ただ己を燃やすように)

 

 魔術回路が悲鳴を上げる。

 全身に電流が流れるような痛みと火を纏うような熱さが俺を鍛つ。

 枷を外された魔力は限界を越えて、際限無く回路から溢れていく。

 

Withstood pain to continue creating weapons,(担い手は今もなお、)

 taking for one's culmination.(剣の丘で剣戟を鍛ち鳴らす)

 

 “あいつ”のその先へ。

 俺たちが歩いた道は同じでも、何処まで足を進めたかは違う。

 “あいつ”が辿り着けなかった場所――――無限の剣が乱立している丘の更に奥に在る極致へ――――

 

I have no hurts.This is the ideal evidence.(故にその収斂こそ理想の証)

 

 防御から攻めに切り替わった横からの黄金の一閃が走る。

 『セイバー』は自分の剣を縦に構えて、振り払われた一閃を受ける。

 渾身の力を込めた黄金の光は、闇の芯に届き、自身が砕けることと引き換えに敵を弾き飛ばした。

 

 

 と、距離が開かれたと同時に魔力は極点に至る。

 体の中で吹き荒れる嵐。

 それを越え、俺は己の極致へ踏み入れる。

 

My whole life was limited/Zero over(この体は、錬鉄の極致へ至った)

 

 

 その『結晶』を解き放つ。

 炎が右手に宿り、燃え盛る。

 収束していく炎は、瓦礫を巻き上げながら迫る黒い旋風に揺らされる。

 

 

 迫り来る嵐を纏った必殺の一撃。

 それを炎から生まれた“剣”で斬り払った。

 

「!?」

 

 左から右へ流れた一閃は速さを維持したまま身を翻して、『セイバー』へ吸い込まれて行く。

 突然のことに表情を強張らせながらも、銀閃を受け止めた。

 

 

 今までに無かった一際重い音が轟き、『セイバー』は足で地面を削りながら後方へ押し返された。

 黒い聖剣を弾いたのは俺が握る銘無き一刀。

 

 

 それは――――錬鉄(おのれ)の極致。

 

 ただただ炎に熱せられて――――

 ただただ鍛え続けられて――――

 ただただ研ぎ澄まされて――――

 その果てに形を得た『結晶』。

 

 

 諦める(折れる)ことない。

 絶望(瓦解)することない。

 忘れる(欠ける)ことない。

 ――――そんな彼自身をこの世に具現化した『結晶』。

 

 

 その極致こそ、衛宮士郎の完成形。

 理想(こころ)(からだ)を極めた彼の姿。

 そう――――彼はもう『答え』など……既に得ているのだ。

 荒野を歩き続けているのは、その命が今もなお燃え続けているからだ。

 

「―――――――」

 

 『セイバー』の眼にはこの一刀はどう映ったのだろうか。

 強張っていた表情は、再び冷たいモノへと戻っていた。

 そんな敵はただ静かに黒い聖剣を握り、腰を僅かに落として構えを取っている。

 

「お前にこれから挑むのは俺自身――――錬鉄の極致に至った俺の全て――――」

 

 瞳は静かに目の前の騎士を見据える。

 呼吸は整い、思考からは色彩が取り除かれて透過する。

 

「――――行くぞ『セイバー』……。

 俺の全てを賭けて――――お前の“闇”を打ち砕く!」

 

 

 

 

 




鶴翼三連ではなくリミゼロでした!

鶴翼三連はHFでやっていたり、それなりに見かけますよね。
なのでリミゼロを――――と考えました。あまり見ませんし……。

個人的に既存している3ルートだと、リミゼロに至る士郎はUBW後だと思うんですよ。
Fate√だと士郎の魔術回路が“ああ”なりますから、魔術使いとして大成するのは難しくなるのでないかと。
HF√ならば至る可能性はあると思いますが、やっぱり桜の側で穏やかにって思うので。


当作の士郎はUBW√を越えて、ある意味その生涯を歩き切ったような状態なので、アーチャーでは辿り着けなかった先に辿り着いた感じです。

前話、黒い和弓が出ましたが、それは士郎独自の武器+周囲へのカモフラージュに加えて、“日本刀”に合わせて、と言う意味合いもありました。


さて、次回はリミゼロVSセイバーオルタです。


タグに『リミテッド/ゼロオーバー』を追加。
原作タグを『Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ』と細かくしました。


これはもう……生き残ってもルビーたちからの追及不回避ですね……。


―追記―

感想の方で「Fate√も?」と、頂いたので補足しておきます。
自分はレアルタヌアからゲームに入ったパターンなので、上のように書きました。
混乱された方々……解り辛い言い回しになってしまい、申し訳ないです……。

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