欠けているモノを求めて   作:怠惰の化身

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今回の話は何ら進展はありません。
ただ遊んでるだけです。
三行で済む内容を引き伸ばしてみました。


コマチボウル

3月3日土曜9:50分

 

比企谷八幡と比企谷小町は兄妹揃って千葉駅にいる。

小町はピンクのカーディガンにボーダートップス、黒のショートパンツと黒のシューズ、灰色のバックが肩から覗く。

八幡は黒のブルゾンと白のTシャツ、カーキのカーゴパンツとダークブラウンのブーツ、濁った眼が深き深淵を覗く…。

 

10:00時オープンの店が多いため、さほど込み合いをみせない千葉駅だが目的のコーヒーショップは妙に人が多く見受けられる。

八幡は人が多い店内に軽く溜め息をつくと、由比ヶ浜、一色と待ち合わせをしているため仕方なく踏みいる。

 

「お兄ちゃん、結衣さんといろはさんだよ!」

「ん?…おお、そだな」

 

由比ヶ浜と一色はよく目立つ、そこだけ空気からして違うような気さえするほどに。

よくナンパなどされると自慢気に話す女子がいるが、ナンパされる女子は探して見つける程度の存在でしかない。言わばダンジョンにある宝箱レベルだ。

美少女と言われる存在は、ああやって目立っているが声をかけることはされない人達のこと、言わば王国の姫。一般人が話しかけることは許されない、話しかけてしまえば周囲の視線に責められゴリゴリとライフを削られて、なにもできずに逃げ出すことになる。許されるのは勇者葉山と愉快な仲間たち、くらいだろう。

 

八幡は一般人、だが特殊スキル[ステルスヒッキー]があるから平然と話しかけることができる。要は認識されなければ問題ないのた。

コーヒーショップで八幡はチョコリスタ、小町は宇治抹茶ラテを注文し二人の席に向かう。

小町の宇治抹茶ラテを一緒のトレーに置き、さりげなく妹への優しさを見せるが小町ポイントはアップしない。小町的にどうでもいいらしい。

 

「おう、お前ら早いな」

 

声に反応して二人は同時に振り向く、一色は目を見開いて驚き、由比ヶ浜は慌てて携帯を手に取る。

 

「お、おい。俺だよ俺、不審者じゃない。それと、由比ヶ浜はとりあえず携帯から手を離せ」

「お兄ちゃん、言い方が不審者っぽいよ…小町的にポイント低い」

 

小町にもあきれ顔で見つめられ、昨日気晴らしにやった名前診断も人格が凶だった八幡は落ち込む。

 

「違うよやっはろー!そゆのじゃないから!」

「そうですよ、言わば乙女のヒミツですよ」

 

言いながら由比ヶ浜は乙女のヒミツ(盗聴の物的証拠)をバックにしまう。

八幡はなんだそれと思いつつ、トレーをテーブルに置き、一色の隣の椅子に座る。

 

「…およ?」

「え、なに?」

 

小町が意外そうな顔つきで八幡を見る、由比ヶ浜と一色もポカンとした顔だ。

 

「いや、迷いなくそっちの席に座ったな~と」

「あれ?小町ちゃん?もしかして、お前は地べたに這いつくばれ的なこと?八幡的にもポイント低いよ?」

 

伊達に小町は16年もこの兄と付き合ってきたわけではない、普段の兄はこの状況を理解できない訳がないのだ。女子の隣に座る、それを意識しないわけがない。それでも迷いなく一色の隣に座る理由は…。

 

譲れない想いがあったから。

 

「つまり小町をいろはさんの隣に座らせたくないと…」

「なんのことだか、わからんな」

 

類似性の法則。趣味、特技、思考など、共通する者同士は仲良くなりやすい、といった法則がある。

小町と一色は一見、似ているように思えるが、この類似性の法則には当てはまらない。だから八幡は心配していなかった。

それ故、八幡は見落とした。二人の最大の共通点、『八幡を利用する』を。

二人は初対面なのに一気に距離を縮めた、八幡という共通点だけで。

 

そして八幡は類似性の法則には欠点があることを知る、『ミラーリング』である。

ミラーリングは、好意を寄せる相手に合わせること。趣味、特技、思考などを相手に合わせる。そして、その影響を受けるのは年下の小町だ。

小町の一色化。最悪のシナリオ、最悪の選択。だから八幡は譲れない。

 

「すみません変な兄で。いろはさん、気持ち悪い人だけど我慢してください」

 

そう言いながら由比ヶ浜の隣に座る小町たが、一色が「う、うん」と附せ気味に応じる姿に不適な笑みを浮かべる。

 

「あれー?お二人とも、小町が来る前に何かありましたかー?」

「えー、いやー、何もないよ!ない、全くないよ小町ちゃん!」

 

手をブンブン振って応える由比ヶ浜に小町は笑みを深めニッシッシと笑う。

 

「まあ?乙女のヒミツでしょうから?お・に・い・ちゃん!がいるので聞きませんけどねー」

 

そう言って目をニタリとしたまま由比ヶ浜に向けつつ宇治抹茶ラテを飲む。そんな小町に二人は頬を引きつらせる。

 

「で?これからどうするんだ小町」

 

唐突に話題を変える八幡。乙女のヒミツが何なのか分からないわけではない、由比ヶ浜が俺の好意的な話をしていたのだろう、と予想している。

実際はもっと濃い恋の話なのだが。

一般的な男子なら、にやけて話の続きを気にするものだが、八幡は居心地悪くなってしまう残念な仕上がりなのだ。まるで由比ヶ浜のクッキーのように。

 

「ん?あー、そのことねー」

 

ちょっと醤油とってー、みたいな適当な物言いをする小町。それが、今日の予定ではなく八幡に対する扱いからきてることに、ちょっぴり傷つく八幡。

由比ヶ浜と一色も聞いていなかったらしく黙って聞いている。

 

「ボウリングです!」

「お、おう」

 

ずびし!と八幡に指をさす小町。その瞳は燃えており、八幡は気圧されて身動ぐ。

 

「ボウリングですかー。じゃあ、前に先輩と卓球したところが近いですねー」

「ヒッキーと卓球…。あ~、こないだ話してたとこかー」

 

一色は手をぽんと合わせて八幡を見る、その流れで由比ヶ浜も自然と八幡を見ることになる。

そういえば今日初めて名前?を呼ばれたな、と思いつつ卓球での一色の振る舞いを思い出す。

 

「おう、一色が卑怯な手段ばっか使ってきやが…」

 

途中で話しを一旦止め、一気にチョコリスタを飲みほす。

 

「先に店出ない?…なんか視線が痛い」

「しせん?」

 

言うと由比ヶ浜は辺りを見渡す。すると、店内の数人が視線をそらす。

由比ヶ浜は空気を読む能力は一流だ、すぐに注目されてたことに気付くと、いつから注目されてたか考える。

 

__そういえば店内が静かだったような…。いつから…?確か、誰かがコーヒーカップを落とした時から…?その時何を話してたか…。

 

そこまで考えて、みるみる顔を赤くする。

一色は察する能力は一流だ、由比ヶ浜の姿を見て状況を理解すると同じく顔を赤くする。

 

「そ、そうですね!それがいいと思います!」

「う、うん!そだね!」

 

二人の慌てる状況に小町は楽しげに了承し、八幡はトレーに全員分のカップを乗せると、そそくさと返却口に向かう。

 

「ありがとうございましたー」

 

ステルスヒッキーを容易に突破した客達の視線を浴びながらトレーを置くと、返却口の隙間から男の店員がそう声を掛ける。

その店員は、スマイルを張り付けた顔に不釣り合いな呪詛を含んだ瞳で八幡を見つめていた。

 

 

______________________________________________

 

 

千葉中央駅から徒歩一分程度の場所にある老舗のボウリング場、1フロア46レーンは千葉最大を誇る。

午前中なのもあり客もさほど多くないので、登録は由比ヶ浜・小町、八幡・一色で2レーンを使わせてもらった。

登録名は八幡を除いて三人で、わいわい楽しく決めた様子。そして、シューズを借りて由比ヶ浜はピンク、小町はグリーン、八幡はブラック、一色はレッドのボールを選ぶ。

由比ヶ浜・小町は7番レーン、八幡・一色は8番レーン。液晶パネルには登録した名前でスコア表が映し出されている。

 

「なあ?色々言いたいことあるけどさ、なんで俺1人なの?一色こっちじゃない?」

「いいじゃん、お兄ちゃんは大抵いつも1人なんだし~」

 

小町は中央の液晶パネルを操作しながら適当に応える、由比ヶ浜と一色は7レーン側で話している。

八幡は小町に近付き液晶パネルをトントンと叩く。

 

「それと、これはなんだ」

 

ゆいゆい

こまちゃん

ヒッキー&先輩

あやねる

 

「よくない?ヒッキー、なんかアイドルユニットみたいでいいじゃーん」

「ユニットなのに1人ですけどねー」

 

ニヤニヤ笑う一色に、お前も相当だぞ、と思いつつ不貞腐れたように席に戻る八幡。

 

「さて皆さん、これからボウリングを始めるのですが、小町から1つ提案があります!」

 

そう言って、小町は立ち上がり手を腰に当て、提案と名を打った決定事項を伝える。

 

「ボウリングでトップになった人の命令に一時間絶対従ってもらいます!」

 

由比ヶ浜はチラチラこちらを見つつ、一色はニヤニヤとこちらを見つつ、その提案を了承する。

 

「一時間か…。まあ、あまり無茶な条件じゃないならいいぞ」

 

無茶な条件といった曖昧な言葉を入れることで負けた時の命令逃げを付け足す八幡。ここに雪ノ下がいれば通らないだろうがな、と内心ほくそ笑む。

 

「それじゃ、始めましょう!結衣さんからレッツスタートー!」

「よし!負けないからね!」

 

気合い十分、ゆいゆいの第一投。ボールを掴んで小走りのままボールをレーンに転がす。

気合いのわりに、のろのろと進むボールはピンまで到達すると5本倒す。二投目も同じ軌道で進むボールは3本倒す、なぜガーターにならないのか不思議だ。

そんな由比ヶ浜は投げる瞬間に少し前屈みになるため、スカートからのぞくフトモモがエロい。

八幡はチラチラとその眼福な景色を堪能するが、小町と一色から白い目で見られてることに気付き咳払いして誤魔化す。

 

「8本だねー、やっぱ気合いだけじゃダメだなぁ」

「フォームを、フォーームを見ていたが、もっと投げるようにすればいいかも知れんぞ!」

 

八幡の誤魔化し全開のアドバイスに小町と一色の目は冷たい。

 

「結衣先輩。この人、スカート見てただけですよ」

「え!ヒッキーキモい!」

 

そう言って両手でスカートを押さえる由比ヶ浜。そのせいで今度は二つの双丘が強調される、…エロい。

 

「結衣先輩には勝てる気がしませんね…」

「天然モノですね…」

 

その養殖な二人の反応に由比ヶ浜は、あれ?と首を傾げる。

そんな中、とある事情により、その場に座り尽くすことしかできない八幡だった。

 

「なんか結衣さんに色々持っていかれた感が否めませんが、ボウリング勝負はいただきます!」

 

こまちゃんテイクオフ。ボールを掴み、それなりの構えでストロークに入る小町。

前傾姿勢から投じられる第一投は、そのまま一番ピンまで直進し9本倒す。二投目で残りの1本も軽々倒してVサインでランディング。

 

「へっへへーん、スペア~」

 

天真爛漫な笑顔で戻ってくる小町に由比ヶ浜と一色はハイタッチでお出迎え。そして、ニヤリと口を歪ませて八幡に近付く。

 

「お兄ちゃん?小町の平均スコアは150だよ~!かってるっかな~?」

「……」

 

これは小町の罠だった。命令権でとりあえず結衣さん、いろはさんのファッションを誉めさせよう、などと考えてほくそ笑む。そんな妹に八幡は附せ、肩を震わせる。

 

「残念だったなぁ、小町」

「へ?」

 

ぬぼりと起き上がり、ボールを掴んでレーンに向かう八幡。

漆黒の球体を構え、闇を見透す眼で先の10の生け贄を見定める。ヒッキー&先輩の蹂躙劇が開始される。

踊るように軽やかに、やや前傾姿勢で放たれる球体。球体は闇の波動を乗せ一直線に1番3番の間を突き抜け全ての生け贄を駆逐する…。

その惨劇を確認した八幡は背を向け小町の顔を見やる。唖然と立ち尽くす小町に、口の端を吊り上げてすれ違いざまに肩をポンと叩く。

 

「お兄ちゃんの平均スコアは190だ」

「なん…だと…」

 

小町はドサリと膝から崩れ落ちる。

小町は友達とボウリングに行き腕を上げた、一般的なスコアは年齢不問で女性平均100前後。故に小町の150は驚異的なのだ。マイボウルを持っていても恥ずかしくない程の腕前であり自信を持つのも仕方ない。

しかし、八幡は基本高スペックでありボウリングもボッチなので基本1人でプレイするが故に、このスコア。ボッチ最強。

 

小町は今後のことを考える。兄は命令権で『大好きなお兄ちゃん』と言わせてくるだろう、次の行き先へ『家』とか言いそうだと。

 

「小町ちゃん、しっかりして!まだ始まったばかりだから!いけるいける!小町ちゃんなら30点差なんか覆せるよ!」

 

由比ヶ浜の応援にも小町の心は折れたままだ、虚しい励ましだ。

小町は理解している。スコアが上がるほど、その差は絶対的であると。後、10点少ない。

 

「でわ~、わたし行きまーすねー」

 

そんな沈んだ空気の中、唐突に発せられる声に一同が振り向くと、あやねること一色がボールを構えアドレスに入っていた。

一色の流れるような美しいアプローチから放たれたボールは、右寄りのスパットからフックし1番3番ポケットへ。ボールは吸い込まれるように全てのピンを鮮やかな音色とともに薙ぎ倒す。

八幡と同じストライクだが、一色の投球は誰が見てもプロのソレだった。

 

「せーんぱい」

 

呆然とする八幡は、ふいに掛けられる声に我に返ると一色が満面の笑みを浮かべていた。

 

「わたしの平均スコアは240です」

「………………………は?」

 

その光景は小町には、イタズラをする悪魔の前に降臨した大天使の姿に見えた。

 

そこからは一色のワンサイドゲームだった。

八幡も必死に食らいつくも差は開くばかりか、一色のアドバイスによって小町にも追い上げられ、由比ヶ浜のエロスに目を奪われる。

 

その結果。

 

ゆいゆい    105

こまちゃん   176

ヒッキー&先輩  173

あやねる    250

 

「いろは様のかちー!ささ、なんなりと、ご命令してください~」

 

八幡にも僅差で勝ち上機嫌な小町、様付けである。

 

「おい、無茶な命令は聞かんからな」

 

最後の切り札、防波堤、これがあるから、どこか余裕をみせていた八幡。

しかし、一色はニタァと笑みを浮かべて、その命令権を行使する。

 

「では、小町ちゃんを借りますね~」

 

捻くれた考え方は、捻くれ者には通じない。小町への命令、八幡の切り札も抗議も通用しなかった。

 




みんなでボウリングした。
一色勝利。
小町をとられる。

次回は
『比企谷八幡と由比ヶ浜結衣のラブラブ&ドキドキな1時間』
を予定してます。

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