則ち復活の儀式にかかる魔法の不足を意味する。
だが、諦めるわけにはいかない、ここで諦めたら次は無い。
八幡復活のため、魔力を捧げる一色と由比ヶ浜。
しかし、やはり魔力が枯渇していく感覚に膝を落とす一色。
そんな時、由比ヶ浜の魔力が暴走する。
そして、由比ヶ浜の暴走した魔力が真の力を解放するのだった…
由比ヶ浜結衣は明るい元気な子。
それが幼少の頃から変わらぬ周囲の評価だ。
団地で育った由比ヶ浜はご近所の評判も極めて高く、”由比ヶ浜家は理想の家族”と言われるほどだった。
我が儘をを言わない、ちゃんと挨拶できる、言われたことは守る。
子供同士の付き合いも円満で”結衣ちゃんが居ると安心できる”と親子共々から評価された。
小学生になっても、中学生になっても、その評価は変わらなかった。
反抗期も無く、いつも明るく元気な手のかからない子。ご近所の夫婦はそんな由比ヶ浜家を羨んだ。
ただ、由比ヶ浜の両親は違った。
娘には問題がある、と。
周囲に合わせていること、自己主張ができないせいで自分を押し殺して生活していること。
こんな生き方が続けられる筈がない、いつか壊れてしまう。そう思った両親は行動に移した。
団地からマンションに引っ越し、娘に犬を買い与える。
環境を変えることで娘にも変化があるだろうと。
犬はサブレと名付けられ、娘は自発的に面倒見るようになる。
制服が可愛いといった理由で受けた総武高校。
由比ヶ浜の学力では難しいだろうと先生から言われるが、主張を曲げず挑み合格した。
両親はそんな娘の変化に喜んだ。
総武高校入学初日までは。
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入りはあるのに出がない、千葉駅のコーヒーショップ。土曜の朝には有り得ないほど込み合っていた。
入店した客はまず、その客の多さに驚く。
そして、静かなことに困惑すると同時に一際目立つ二人の美少女が視界に入る。
その二人の話し声だけが店内に響き、他の客は静観するように黙る。
千葉駅のコーヒーショップはちょっとした劇場と化していた。
「ヒッキーとの出会いは入学初日の早朝。犬のサブレを散歩に連れてたんだけど、車にひかれそうになったサブレを助けてくれたんだ」
「ドラマチックな出会いですね。颯爽と助けるとか、葉山先輩みたいです」
「でも、ヒッキーが車にひかれちゃて。そのまま入院したんだ…」
「あ、先輩ですね…」
自分のせいで誰かを傷つける。誰でも幼少の頃に自身の行動の末に経験するものだ。
しかし、自己主張をしない由比ヶ浜は誰かを傷つけることが無かった。自身で行動しないのだから当たり前だ。
「人を初めて傷つけたのが交通事故。どうすればいいのか、どう責任をとればいいのかわからなくて…」
放心状態の由比ヶ浜に両親は自分たちの安易な方法で最悪の結果を招いたことに後悔する。
「それで、パパがヒッキーに謝罪しに病院に行ったの。そしたらヒッキー何て言ったと思う?」
「…さすがに内容が内容だけに想像できませんね…」
交通事故の原因を作った人の親。そんな人の謝罪をどう受け取ればいいのか、一色に想像すらつくわけない。
そんなことを考えていると、由比ヶ浜はクスッと笑う。
「そんなに深刻に悩まれてるとは思ってなかったです、すみません。だって」
由比ヶ浜父が病院に行った時、比企谷母が対応した。
しかし、謝罪に来たことを伝えると、申し訳なさそうな顔をされて「気にしないでください」と言われる。
土下座する覚悟で挑んでた由比ヶ浜父は拍子抜けするが、そのまま帰ることは絶対にできない。どうしてもと頼んで、渋々八幡の病室に案内される。
八幡の病室は一人部屋だった。
由比ヶ浜父が入ってきた時に八幡は怪訝な顔をしていたが、比企谷母が説明すると納得して申し訳なさそうな顔をした。
それから愛犬を助けてくれたお礼、娘が放心状態で来れない代わりに謝罪に来たことを伝える。
八幡はそれを聞くにつれて段々と顔を青くして由比ヶ浜父の謝罪を遮り、発した言葉が先の八幡の謝罪だった。
一人部屋が用意され、多額の慰謝料を手に入れた八幡は思った。
ラノベ読み放題、好きなだけ飲めるマッカン、働かなくても食える飯。ここは天国だ、と。
八幡は病院での自堕落生活を満喫していた。
「あたしが事故の重圧に苦しんでる時、ヒッキーはエンジョイしてたんだよ!」
「相変わらずのクズっぷり、先輩を同情できる日は永遠になさそうです」
同情するなら金をくれ!を地で行くスタイルに劇場も唖然。
由比ヶ浜も父から聞かされた八幡の状況に「なにそれ!」と反射的に反応した。
「でも、救われた…。どんな慰めの言葉でも救われなかったと思うから」
当時は理不尽だー!と思ってたけどねー、と楽しそうに苦笑いで話す由比ヶ浜に一色も苦笑いで返す。
「気になったんですけど、車の運転手側はどうなったんですかねー」
「あ、それも大丈夫だよ。わだかまりとかないから、解決してる」
運転手側は雪ノ下家だか、この問題は最終的かつ不可逆的に解決している。
今更、蒸し返されることは国際常識的にあり得ないので言う必要は無い。
「そうですかー。まあ、それはいいとして。結衣先輩、長いですね先輩との付き合い」
それに由比ヶ浜は「ううん」と言いながら首を振る。
「話しかける勇気がなくてね…」
「先輩の方から話しかけたり…って、ありえないですね…」
「ははは、うん。2年になって奉仕部に依頼に行くまで全く」
「依頼、ですか?結衣先輩が依頼とか想像つきませんね…」
一色は一年間話しかけれなかったのも驚いたが、トップカーストの交遊関係の広い由比ヶ浜が依頼する理由の方が謎だった。
一色とは違い悩みを打ち明けられる友人も多いし、その中に葉山もいる。自前の戦力で奉仕部を圧倒しているだろうことは明白だからだ。
「ヒッキーにね…。えーっと、お礼にクッキーあげたいなー…て思ってさ。作り方を教えてもらいに行ったの」
なるほどそれなら友人には頼めないな、と納得する一色だが…
「え?でも、先輩も奉仕部に居ましたよね?それに、手作りクッキーって…」
渡す相手に教わる、実にシュールだ。
しかも、手作りクッキー。好意があります、と言ってるようなものだ。
「あ、や、違くて。ヒッキー居るのあたしもびっくりだったし。それに、その時はまだそんなんじゃなくて…一歩手前って感じでさ。クッキーも知り合うきっかけになればなーって、こゆの初めてだからよくわかんなくて」
大抵の人は少しずつ心の距離を縮めていくが、由比ヶ浜は自己主張しない性格だから心の距離を測ることなく全て受け入れてしまう。それ故、心の距離を測るのが下手なのだ。
「でも、依頼に行ったらゆきのんとヒッキーがいつもみたく言い合いながらあたしに協力してくれたの。二人とも本音を隠さずあーでもないこーでもないってさ…。」
そう言って由比ヶ浜は昔を思い出すように目を細める。
「あたし、いつも本音言えなくて流されるだけだったから。そんな二人がすごいカッコいいなー、て思ったの。あたしも二人みたいになりたいって、一緒に本音で言い合いたいなって」
そして、由比ヶ浜幸せそうな表情をする。
「その時にはヒッキーのこと好きになってた…」
それからの由比ヶ浜は家でも自己主張をするようになり、雪ノ下と八幡の話を楽しそうに話す姿に両親は安堵した。
「本音で言い合うかー…。わたしもそうです、先輩の前なら素のわたしでいられる」
「うん、あたしも。それと、いろはちゃんとも本音で話せてよかったなーて思う」
「わたしもです」
そうして二人してクスクスと小さく笑い合う。
すると、はたと思い出したように一色は自分のバックをガサゴソとあさり、携帯とイヤホンを取り出す。そして、イヤホンを由比ヶ浜にスッと差し出すと付けるように仕草で促す。
由比ヶ浜は突然の行動を不審に思いながらも促されるまま耳にイヤホンを付ける。
「今日は先輩とデートです。結衣先輩は目一杯オシャレして待ち合わせ場所に行きます」
「ヒッキーとデ、デート!?」
突然始まった一色の語りに何事かと驚くが、一色はこくこくと頷くばかりだ。続きがあるらしい。
「待ち合わせ場所に着くとすでに先輩はいます。結衣先輩はおまたせー、と声を掛けます」
「う、うん」
「その声に先輩はおう、と応えると結衣先輩をまじまじと見定めます。結衣先輩はその視線に変かな?と問いかけるんです」
「ヒッキーどう思うのかな…」
唐突の妄想デートに、さして抵抗なく受け入れる由比ヶ浜。今、由比ヶ浜の前には八幡がいることを確信した一色はおもむろに携帯を操作する。
『今日も可愛いよ』
「うひゃあ!!ヒヒヒヒヒヒッキー!……………いろはちゃん、これは一体…」
耳元に突然聞こえる八幡の声に驚くも、イヤホンだと気付き一色に問いかける由比ヶ浜。一色はそれに首を振って応える。続きがあるらしい。
「それから結衣先輩の行きたい場所に行きます。先輩はそんな結衣先輩と肩を並べて歩きます、もちろん恋人繋ぎです」
「ヒッキーと恋人繋ぎ…えへへー」
由比ヶ浜の妄想デートは順調のようだ。アトラクションに乗ったり水しぶきがかかっている、ディスティニィーシーに行ってるようだ。
「でも楽しい時間はあっという間。日もくれてきて、そろそろデートもおしまい」
「そんなぁ…」
「二人はベンチに腰掛けます。近くには誰もいません、二人だけ。ふいに結衣先輩は先輩の視線を感じ振り向きます」
「ヒッキーも同じ気持ちでいてくれてるのかな…」
「先輩は、結衣先輩を優しい笑顔で見つめています。そして、手を結衣先輩の頬へ優しく添えました」
「ヒッキー、どうしたの?」
ついに妄想に語り掛ける由比ヶ浜。
『いや、素敵な女の子だな、と思って』
「ヒッキーも素敵だよ…」
うっとりする由比ヶ浜、もう完全に乙女の顔だ。
妄想八幡が近くに居るのだろう、そこに顔を近づけていく。
「ちょーと、ちょと!結衣先輩!戻ってきて下さい!」
「はえ?あれ?ヒッキーは?」
ちょっとした遊びのつもりだった一色は、現実をいともたやすく突破する由比ヶ浜の妄想力に戦慄する。
「先輩はいませんよ。…ちょっと調子に乗ったのはあやまりますから、現実を取り戻して下さい」
「あ、いろはちゃん。……あとちょっとだったのに…せつないよぅ」
正気に戻った由比ヶ浜を見て胸を撫で下ろし、携帯をバックに戻そうとする。
「ちょっと待って、いろはちゃん!ヒッキーの声したけど、それは一体何なの?」
一色は戻すのをやめて、気まずそうにあははと笑い由比ヶ浜に向き直る。
「いやー、この間の先輩のを録音したんですよ。いずれ先輩を利用するための脅しになるかな~、と思いまして」
察しのいい一色は、雪ノ下への言葉を聞いて録音を開始した。
家に帰って予想以上に上手く録音できていたので編集し、八幡を脅す材料として使おうと思っていた。
「…ねぇ、いろはちゃん。それあたしにもくれないかな?」
「え?い、嫌ですよ。レパートリーも色々用意して、作るの結構苦労しましたし」
「えー、いいじゃん。ちょっとだけ、あたしへの言葉の部分だけでいいからさ~」
でも録音したのは一色だ。それに、脅しの材料は管理をしっかりしないと効力が弱くなるから簡単にあげることはできない。
そんなことを説明するも由比ヶ浜は諦めきれないのか、テーブルに突っ伏して足をばたつかせ駄々をこねる。
その姿があまりに可愛らしく、一色の意志が揺らいできたところでふいに由比ヶ浜が動きを止め、「ねぇ、いろはちゃん」と言いながら顔を上げ姿勢を正す。
「じゃんけんしよっか?」
「…じゃんけん、ですか?」
「そう、じゃんけん」
由比ヶ浜はいったん言葉を区切ると、小さく頭を振る。そして、それで…、と付け足して彼女は一色をひたと見据えた。
「あたしが勝ったら全部貰う。ずるいかもしんないけど……。それしか思いつかないんだ……。ずっと、このまま聴いていたいなって思うの」
ガキ大将も尻尾を巻いて逃げる程の暴論だった。
「どうかな……?」
「どうって……、それは……」
由比ヶ浜に問いかけられて、一色は言葉を詰まらせた。
じゃんけんをしたら確実に負ける、そう思わせる迫力だった。
時間も空間も確率すら無視して、因果律さえ超越する、そんな気迫があった。
由比ヶ浜はたぶんまちがえない。楽しい時間をずっとこのまま。
「いろはちゃん、それでいい?」
まるで母親が幼子に尋ねるように、由比ヶ浜は問いかける。問われて、一色は肩をぴくりと震わせた。
「わわわ、わかりましたよ!あげますから、差し上げますから!」
「やたー!いろはちゃん、ありがとー」
一色は屈した。
でも、誰も責めることはできないだろう。
それから一色の”先輩ボイスセレクション”を楽しそうにチェックしてる由比ヶ浜と、冷めてしまったカフェショコラをチビチビ飲む一色の姿があった。
そこで、演目は終了と相成った。
怒濤の展開から解放された会場の客も落ち着きを取り戻しつつある。
「おう、お前ら早いな」
二人は前触れなく掛けられる声に反応して振り返る。
そこには妹の小町を連れた比企谷八幡がいた。
由比ヶ浜の八幡への想いは悩みどころでした。
流石に犬助けたから好きになるとか安易過ぎるだろうと。
しかも、一年スルーするとか好きならありえないでしょうし、話したことも無いのに好感度高いとかも現実的でなさすぎるし。
由比ヶ浜の母親も八幡へ異様に好意的だったので、こう予想しました。
いくら娘の好きな人でも会話もしてないのにあの反応は母親らしくないですしね。