欠けているモノを求めて   作:怠惰の化身

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今回は一色視点のお話です。



一色イロハの憂鬱

よくテレビで犯罪を犯した者が漫画やアニメを見ていた、と報道されることがある。

それはまるで漫画やアニメが影響していると思えるように。

でも実際は、その人が生きてきた全てがその人を犯罪に駆り立てただけなのは少し考えればわかることです。

では何故、そんなことすら理解できずに漫画やアニメを見ている彼らを犯罪者を見るように見下す者がいるのか。

それはとても簡単です。

答えは、考えないからです。

では何故、そんな簡単なことをしないのか。

それも簡単です。

答えは、見下したいからです。

では、そんな人達が集まるとどうなるのかと言うと、当然のことながらランク付けをします。

理想の人、同レベルの人、それ以下、と。

そして自分のランクと合った者同士でコミュニティを形成して、下のランクを見下します。

自分が無いから、他者と比較することで自我を保とうとしてるのです。

そんな人達が高校生になると、病気にかかったかのように恋愛を意識しだします。

では何故、恋愛を意識しだすのか。

簡単です。

答えは、漫画やアニメに影響されるからです。

 

見下したいから考えない。考えないから影響される。

彼らを犯罪者を見るように見下している自分が、造り上げられた犯罪者像そのものとは笑えない話です。

 

見下したい、と思う心は心理学的に『嫉妬』から生まれるものです。

優越感を満たすため、他者を見下し悦を得る。そんな人です。

かくいうわたし、一色いろはもそんな人でした。

 

「いろははいいよねー。葉山先輩とお話できて」

「てゆうかー。こないだのランキングで葉山先輩と付き合うならってやつ、いろは、雪ノ下先輩と接戦だったじゃん。彼女になるチャンスあるよねー」

「いいなー」

 

そんな人達、もとい学友と、教室後方窓側で昼休憩の一時を過ごしている。彼女達は、少女漫画片手に葉山先輩談義に盛り上がっているご様子。

わたしが葉山先輩に告白したことは知られていない。それ相応の覚悟はしていたつもりだったけど、多分、葉山先輩が口止めしてくれてたのだろう。それでも、三浦先輩や戸部が言うかと思ったんだけどそんなことはなかった。告白について何かと思うことがあるのか、驚くほど何もなかった。

だから未だに葉山先輩LOVEな一色いろはのイメージが消えることはなく、こうして彼女達は、わたし1人を置き去りにして恋愛談義に花を咲かせる。

まあ、花を咲かせて幸せになれるのなら好きなだけ咲かせてあげましょう。花咲か爺さんも余すところなく犬を使いきり、灰すら使いきって物品を得たのだから。

あのがめつさ、嫌いではありません。

ただ会話の内容が意味不明過ぎませんか?葉山先輩の彼女は投票式なの?なら当選した雪乃先輩は彼女になる権利を得たの?

そんなことを思いながら、ゲンナリする気持ちを抑えて、雪乃先輩が聞いたら目で殺しそうな会話をする彼女達に返事を返す。

 

「そおかなー。でも~。葉山先輩はー、みんなの気持ちを無視するようなことしないー、って思うしー」

「それある!」

 

折本先輩かよ。

 

「でも実際、葉山先輩って彼女つくらないのが謎だよねー」

「だよねー」

 

とか言いながら彼女ができたら批判するくせに。

雪乃先輩は葉山先輩と幼馴染みだから、昔はとても苦労したのだろう。

でもまあそう思うのは、わたしが常に一番で、劣等感を感じることが無かったからなんでしょうかね……。

 

「にしても、いろはの自称彼氏ウケるよねー」

「そうそう、凄いキョドってたしー」

「勘違いしてストーカーになったりして」

 

そんなことを考えて彼女達の話を聞き流してると、どうやら話題は先輩のことになっていた。

目が怖いだの、性格陰湿そうだの、猫背だの、友達いなさそうなど、面白可笑しく先輩のイメージをネタに盛り上がっている。そして、その語るイメージが全部正解だから反応に困るところだ。

 

わたしがいる限り、彼女達は一番になれない。だから劣等感を感じてしまうのだろう。

葉山先輩の話で溜まった劣等感を、こうやって他者を見下す優越感で補う。今日は先輩を使って優越感に浸ることにしたらしい。

そんな彼女達に、わたしは頬をぷくっと膨らませて抗議の視線を向ける。

 

「一応、わたしの彼氏なんだよ。その言い方はヒドいよー」

「あー、ゴメンゴメン」

 

わたしの軽い口調の抗議に、軽い謝罪の言葉が反ってくる。

もちろん誰も信じていない。だが、言外に『わたしは誰とも付き合うつもりがない』という意味が含まれているのが明白。

そして、彼女達が先輩の話題を出したのは、その『確認』をしたかったのかも知れない。

と、まあそのおかげで、男子からのお誘いも随分減ったし、誰々が付き合い始めたなんてことを聞くようになった。わたしマジキューピッド。

 

わたしは先輩や雪乃先輩みたいに、直接的な否定はできない。結衣先輩もそうでしょう。

この社会は数の力こそ正義であり、正しい。どんなに論理的で合理的であろうと、それが少数意見なら淘汰されるだけ。

彼女達のような価値観が、間違いなく多数意見だ。ソースはわたし。

つまり、彼女達のように上辺だけ取り繕って、馴れ合いの人間関係を築くことが大人になるために必要なのです。

……誰も本物など求めたくないのでしょう。

 

だったらその価値観を利用してやればいい。……そう思ったんだけど、そう上手くいかないものです。

結衣先輩の言った意味がよくわかります。クラスが一緒だから、度々経験してたのでしょうね。

好きな人をバカにされるのはかなりキツい……。

 

「いろは」

 

そんなことを考えてると、彼女達が心配そうに顔をして声をかけてきた。

どうやら表情に出ていたらしい。ダメですね、ダメダメです。

彼女達は、そんなわたしを気遣うように、優しい口調で話しかけてくる。

 

「ホントに何もされてないの?」

「悩み事があるなら言ってよ。協力出来ることならしたいし」

「本当にストーカーになってないよね?」

 

そんな声に、わたしは苦笑いしそうになる感情を堪える。

彼女達の第一印象は相当悪かったようだ。

全体的にそれほど見た目悪くないんだけどなー。……やっぱ目だよね、目になんか不穏な感じがするんだろうね。慣れてくると、味わい深い目なんだけどね。てか、ストーカー心配し過ぎでしょ。

まあでも、彼女達に不必要な心配をさせたのは、わたしの落ち度だ。だから真摯な態度で応える必要があるでしょう。

 

わたしは拝むように手を合わせて謝罪をする。

 

「ごめん!生徒会の仕事のこと考えてた。副会長に頼りっきりで、それで申し訳ないなー、と思ってたから」

 

申し訳ないとは思ってないけどねー。

何かと理由をつけて、書記ちゃんとお喋りしようとしてるし。だから仕事という理由を与えているのです。逆に感謝して、わたしのことを、いろは様と呼ぶようにしてもらいたいですね。

てゆうか書記ちゃんも満更でもないみたいだし。

こないだなんて副会長が書記ちゃんにプリントを渡す時、2人の指が触れて、お互い頬を染めてモジモジしてるのを目の当たりにした。

なんですかね、あの2人……。ちゃおとりぼんかっつーの!間近でピュアピュアなラブコメ見せられた、わたしの心はキュアハッピー!ですかね!

 

「あー、あの、いかにも仕事出来そうな見た目の副会長かー」

「本牧先輩だよね。密かに人気あるんだよあの人。誠実そうだから」

「そうそう。なんかいいよねー」

 

副会長は彼女達も知るところの存在感はあるようだ。カテゴリーとしては対等なのか、話す内容も当たり障りのないものになっている。

わたしはそんな彼女達に、目一杯にスマイルチャージをして会話に混ざる。

 

「副会長は、過労死すればいいんです」

「なんで!」

 

こうして、和やかなお昼休みは過ぎてゆくのでした。

 

     ×   ×   ×

 

午後の授業も終わり、教室内の動きも活発化する。

この時期になると、クラブ活動をしている生徒もほとんどいなくなり、この1年で築き上げた交遊関係を確かめるかのように集まってお喋りをする。どこに遊びに行こうとか、春休みの予定を確かめ合ったり、先輩みたいに1人で帰宅する者など、様々だ。

 

わたしはそんな人々と違い、いそいそと教室を出ると生徒会室に向かう。仕事だからね!しょうがないね!

生徒会長になる前は、それなりに気にしていた人間関係だけど、今となっては些細なこと。

1年生の中で最強の存在となってしまった、わたし。

わたしの周囲が人間関係の頂点なのです。フフッ……、わたし…おそろしい子!

そんなことを思いながら特別棟に向かう。教室と違い、誰の気配も無い。だから自然といやらしい笑みがこぼれる。

 

「あ……」

「お、おう」

 

2階の渡り廊下への階段を上がっていると、1人で渡り廊下に歩を進めていたであろう男子生徒と目が合った。

人の気配は全く感じなかった。だが、その生徒は確かにそこにいた。

わたしの顔がよほど不気味だったのだろう。やや細身の体を猫のように丸めて、手をポケットに突っ込んだまま、わたしに引きつった笑みを向けている。寝癖だろうか、髪の毛には小さいカールを作っており、目も寝起きだと言わんばかりに据わっている。

……や、わかっています、少し現実逃避したかっただけです。そうですね、どう見ても先輩です。

 

「お前も色々あるもんな、……なんかゴメンね」

 

ものすごい優しい声でそう言って、スタスタと早歩きで立ち去ろうとする先輩。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださーい!せんぱーい!違うんですー!」

 

わたしは渡り廊下を歩く先輩に素早く追い付き、ブレザーの袖を掴んで引っ張る。まるで、マグロと格闘中の松方○樹のように力強く。

 

「わ、わかったから引っ張るな!服が、服が破けちゃうから!」

「ほ、ほんとですか?逃げたら、イソップ先輩の星に送り届けますよ」

「殺す気かよ……。てか、チョイス古すぎだろ……」

 

名作は語り継がれるもの、OPのヒーローも有名ですし。

そんな知ってて当たり前なことを言いながら、袖が破れてないか確認している先輩を眺めてふと考える。

どうしよう……、よく考えたら何も違わない。だけどこのままリリースするのは愚行。先輩のことだからネタにするのは間違いない。

まず先輩は、奉仕部の雪乃先輩と結衣先輩に話す。それで雪乃先輩が「どんな顔だったの?」と聞いてくるでしょう。そうすると先輩は、あの顔でわたしの顔真似をする。そんな面白い顔を結衣先輩がネタにするはずもなく、次の日の教室で先輩の顔芸が面白いと話す。すると戸部が先輩に顔芸してくれ、と頼みに行くでしょう。だけど先輩のことだから、戸部の頼みなんて受けるはずがないので、代わりに「一色の顔真似だから、本人に頼め」とか言うに決まっています。すると戸部は、わたしの顔芸が面白いと、無駄に大きい声で言うでしょう。

最悪です。屈辱だけど、先輩に頼むしかありませんね……。

 

「先輩……。さっきのこと、秘密にしてもらえませんか……。でないと、戸部先輩を亡き者にするしか……」

 

これ以上、先輩に借りを作りたくないんですけど、背に腹はかえられません。

 

「なぜ戸部……」

「それは、戸部先輩だからです」

 

少し考えれば、先輩なら理解できると思いますよ?

先輩は、頭の上に”?”が付いていそうな表情で少し間を置いて、わたしの願いに答える。

 

「ま、いいけどよ。……一色、ちょっと時間あるか?」

 

どうやら秘密にしてくれるようだ。まあ、先輩からすればイメージなんて価値ありませんからね。交換価値でしたか、大航海時代に胡椒がスペインなどでは貴重品だったけど、インドではただの香辛料みたいな。

しかし、時間ですか。時間ほど高価な物は、この世に無いことは先輩もご存知のはず。

つまり、黙って欲しくば言うことを聞け!と言うことでしょうか……。

……はっ!

 

わたしは自分の体を抱き締めて警戒しながら答えた。

 

「もしや、わたしの体を……」

「いらんわ、んなもん」

「そんなこと言いながら……」

 

あやしい……。

警戒する仕草をするわたしに、先輩は深いため息を吐き、頭をガシガシとかいて答える。

 

「……少し話したいだけだ。なんか飲みもんおごってやるから、行くぞ」

「初めからそう言ってくれればいいんですよ。あ、わたし、ミルクティーで」

「お前ほんと、がめついのな」

 

危機的状況こそ、利益を生むチャンスである。byいろは

 

しかし、わたしの体をノータイムで拒否とは。冗談とわかっていても普通は動揺するものですが、流石先輩ですね。

まあ、雪乃先輩の体とか、結衣先輩の胸とか、わたしの仕草を気にしてることは知ってますけど。

あ、まさか!

こうなることすら想定内で、わたしを油断させておいて、体育倉庫に呼び込んで……。あやしい……。

 

なんて、先輩がそんなことするとは思ってないですけどねー。

煩悩を完全に理性で抑えているから動揺しないんでしょう。だからわたしも、あんな冗談を言えるんですよねー。

でもまあ……、先輩に本気で求められたら、考えてあげなくもないですけどね。

 




イソップ
昭和のテレビドラマ「スクールウォー○」のラグビーを愛する生徒です。
彼の想いが全国優勝に導いたと言える偉大な生徒です。……多分。

次回も一色視点でお送りします。

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