だが、冒険はこれで終わりではなかった。
過ぎ去りし時を求めて、1人孤独に旅立つエイトマン。
困難を乗り越えて、ついにゆきのんを救うことに成功したエイトマンの前に邪神・母ゼルファが現れる。
エイトマンは世界を救うことができるのか!
頑張れエイトマン!負けるなエイトマン!
完
全体的に白を基準にした中華料理店。
テーブルは中華料理店によくある円形のよく回るアレで、その周囲に6つのイスが並べられている。
店内は人気店なだけに客も多いだけあってか、厨房から香ばしい匂いが漂っている。
「先生の知り合いのお店とかなんですか?」
「この店の従業員の息子が総武の生徒だったんだよ。その繋がりでな」
「ほーん」
そんな会話をしつつ個室に向かう。
個室も基本的な作りは同じようで、平塚先生が座ったイスの対面に八幡は座る。
すると後ろから付いてきていた女性店員(可愛い)が、オーダーを聞いてくる。
家から近いが学生には少し敷居が高いことと、予約しないと2時間待ちなど当たり前な有名中華料理店ゆえに八幡は来店したことは無い。
今回を逃すと、次に来店できるのは少なくとも大学生になった頃だろう。
これは、心理学的に『希少性の原理』が働く状態なのだ。
貴重品、数量限定、レアガチャ。希少性の原理によって高められた品々。
しかもそれを選ぶとなると、より高いものを選んでしまうのが恐ろしいところだ。
無料というところで心理的抑制が働くが、この場合はさほど影響しないだろう。
「俺はラーメンと焼餃子で」
だが、八幡が注文したのはこの二品。
彼には『希少性の原理』が働かなかったのかと思ってしまうほどシンプルな二品。
しかしこれは間違いだ。
お店の品格を示すのは、やはり日本の中華料理で一番シンプルなこの二品。
有名中華料理店ののれんを掲げていようと、彼にとっては些細なことなのだ。
『見極めには味以外の要素はいらぬ』
自身の舌が見極める。
八幡は希少性の原理を、お店の品格を見極めるために使ったのだ。
味こそ全て。それ以外は無価値。
そこには、己に課した不文律を曲げぬ、ラーメンマスター八幡の姿があった……。
「私はチャーシューメンと小籠包。あ~、あと杏仁豆腐を二人前」
神妙な顔で注文したラーメンマスター八幡をよそに、平塚先生は気さくに店員に注文をする。
そして注文を受けた女性店員(可愛い)が個室から出ていく時にペコリとお辞儀すると、平塚先生は手を振って応え、八幡は静かに頷く。
それを見届けた女性店員(可愛い)が笑顔を残して部屋を出ると、八幡は込み上げてくる達成感に酔いしれる。
道行く人に名前を付けたり、他人の会話の内容を創作したり、他人の会話の語尾に『ですわ』を付けてほくそ笑んだり。
様々な1人遊びが世の中には存在するが、その極致は自身を他人に置き換えることだろう。
有名芸能人になりきって『ちょ、待てよ!』と言ってみたり、アニメキャラになりきって『撃っていいのは、撃たれる覚悟があるやつだけだと。』とシューティングゲームで言ってみたり。
そして、他人ではなく自分の作った空想のキャラクターに置き換える、1人遊びを極めた極意『空想一人芝居』。
誰かが作り上げたキャラクターではなく、自家発電キャラクターであり、妄想といった1人の世界でのみ完結している芝居。
ボッチならではの発想から生まれるがゆえに、世に出ることもなければ、ボッチなので一子相伝すらしない。
ボッチを極めた者にしか得られぬ達成感がそこにあった。
「ここの杏仁豆腐は絶品だ。比企谷のも注文しておいたから食ってみろ」
「え?ああ、はい。じゃ、遠慮なく……」
そんな悲しい達成感に浸る八幡に平塚先生の声がかかる。
その声で現実に引き戻された八幡は空返事で返すと、店に入るまでにふと思った疑問が脳裏に浮かぶ。
「一色から、奉仕部で困ったことがあれば~、と言われてなんで俺なんです?」
「ん?……わからんか?」
すると平塚先生は、不思議そうな顔で八幡を見つめて首を傾げる。
まるで当然とばかりの表情で聞かれた八幡は、ふむぅと考えて可能性が高そうな答えを導き出す。
「……俺が一番扱いやすいからですか?」
「バカを言うな!比企谷みたいなめんどくさい奴は、そういないだろうに」
そう言って笑う平塚先生に、さすがに少しムッとした八幡は、「じゃあなんなんですか」と投げやりに問いかける。
「困ったことは困った奴に。当然の帰結だろ?」
「あ、さいですか」
なんだこの教師、と思いつつも反論できない理由に歯噛みして、不貞腐れるようにそっぽ向く八幡。
そんな八幡を平塚先生は、さすがに煽り過ぎたと思い「悪い悪い」と涙を手で拭きながら謝罪する。
「いや~。まあ、比企谷は昔に比べると成長してると思うぞ」
「そりゃ、成長期ですからね」
「うむ。成長を諦めた奴もいたからな、……立派なことだよ」
八幡の軽口を軽くスルーして、平塚先生は昔を懐かしむように遠い目をする。
「成長を諦める……ですか」
成長しないではなく、諦める。
八幡も奉仕部に入る前は不必要と思って見ないようにした『本物』。
絶対に手に入らないと諦めていた、”それ”を求めることが平塚先生の言う八幡の成長なのだろう。
諦めた奴もきっと、めんどくさい性格で先生を悩ませてたんだろうな~、と考えてると平塚先生は苦笑いして答えた。
「ああ。察しの通り、昔の君によく似た生徒だったよ」
「それは……。大変でしたね」
「思考回路も一緒だったからな」
平塚先生は明るく話しているが、聞いた八幡はいたたまれない。
そんなめんどくさい生徒が再度登場すれば、煽りたくもなるだろう。
同じ立場なら泣きたくなるような事を楽しげに話す平塚先生を見ると、八幡はなんだか色々と申し訳ない気持ちになる。
「ん?なんだ比企谷?その同情するような顔は」
「いや、先生も大変だな~と思いまして……」
「そうでもないぞ?同じような生徒ばかりだと張り合いがないしな」
「ぼっちで協調性の欠片もない、嫌われ者の生徒とか……。俺が教師ならスルー確実ですけどね」
自分のような人間を、第三者視点で想像して苦笑いで応える八幡。
「いや?そいつは人気者でクラスの中心、他の生徒からも慕われるような生徒だったぞ?」
「別人じゃねーか……」
葉山みたいな真逆の人間と似てるなど、暴論としか思えない言葉を平然とした顔で口にする平塚先生。
(どこが似てたの?やっぱり目?この目で慕われるなんてあるの?いや、ねーな。平塚ジョークだコンチクショウ!)
からかわれていたのだと結論付けて、平塚先生に抗議の濁った目を向ける八幡。
しかし平塚先生は、からかったつもりがないのか平然とした顔のまま話を続ける。
「本質的なところが似てたんだよ。やり方が、内に向けるか外に向けるか、で、違いはあったがな」
「……最悪じゃないですか。そんなのと似てるとか勘弁してくださいよ……」
やり方の違いとは、つまり、文化際の時の八幡の立場を他人に向けるようにすることだ。
そのやり方の例を挙げると、葉山が修学旅行の時にした依頼を罪悪感も持たず平然とやってのけるような人間だ。
普通の感覚ではない。
しかし、平塚先生は真剣な表情で「いいや」と言って、
「一緒だよ。君のやってきたことも、普通の人間にはできることではない。むしろ君のやり方の方が異常だ」
善悪は別にして、問題解決のために犠牲にするやり方は一緒。その違いは犠牲になる人が自分か他人でしかない。
そしてこの場合、多くの人は自分か他人を天秤に掛けるとすれば『他人』を選ぶだろう。
ゆえに異常さ、といった面から見れば、八幡のやり方の方が異常だ。
八幡は、そんな平塚先生の言った意味を理解して「なるほど……」と小さく呟く。
「理解したならそれで良い。お節介かと思ったが、今の君は1人になると、昔の自分に戻りそうな危うさを感じたからな」
「いえ、そうですね……。確かにその可能性があったかも知れません……」
昔のやり方をしないのは、雪ノ下と由比ヶ浜の影響が強い。
自分の意志ではなく、2人を理由にして自分の行動を決めるその考え方は、逆を返せば2人がいないと行動の意味を失う。
雪ノ下にどうこう言う資格がない、これではまるで依存だ。
由比ヶ浜が他の人に好きかどうか聞けと言った意味はそういうことかと、八幡は思った。
人の心に対して異様に鈍感。いや、鈍感なんて生温い機械のような無機質な精神構造。
由比ヶ浜はそんな八幡を、おそらく感覚的に理解したからこそあんな言い方をしたのだろう。
それが依存だとしても、自分を見てくれる、独占する感覚を失うことになったとしても。
そんなことを考えて思考の渦に飲まれる八幡を、平塚先生は困った顔で眺めている。
どのくらい考えていたのだろうか、個室の入り口から人が入ってくる気配を感じて八幡はそちらに意識を向ける。
すると、入り口から男性店員(マッチョ)が注文した料理を持ってくるのが見える。
男性店員(マッチョ)は、テーブルに料理を置く時、さりげなく筋肉アピールをしているように料理を置いていく。平塚先生なチャーシューメンに釘付けだ。
男性店員(マッチョ)は、料理を置き終わるとムキムキっとしたまま笑顔で部屋から出て行く。
去り際に八幡にキラリと歯を光らせて。
その姿を呆然と見守った八幡は、そのまま視線をスライドし、チャーシューメンに釘付けな平塚先生を見る。
「……その、俺に似た生徒って、今でも諦めているんですか?」
八幡は、先程の一連の流れを一切合切無視してそう聞いた。
昼ドラの政治家や大企業の社長にありがちな”悪”設定を地で行くスタイル。その性格で社会に出ていけばどうなるのかが、少し気になったからだ。
そう考えると、誰かを助ける為に自分を犠牲にするような八幡の性格はヒーローだ。
つまり、『ヒーローは常に孤独』といった理論が成立する。
昔の作品に8マンといったヒーローがいた。彼も常に孤独だった。
とある有名な漫画家が、岐阜県の郡上八幡の地方キャラクターを勝手に作った。そのご当地ヒーローの名は『GJ8マン』である。
孤独で、まる子の影にひっそりと存在するヒーロー。まさに八幡である。
そんな特に意味の無い、取り留めの無い会話のネタとして聞いた八幡だったが、平塚先生には珍しく「そいつなんだがな……」と言って、少し悩むように言葉をためて疲れたような表情をすると。
「陽乃だよ」
と言った。
そんな返しが来て、返す言葉が見つからない八幡。
呆然としている八幡をよそに、平塚先生は「続きは飯を食ってからにしよう」と言ってチャーシューメンを食べ始める。
雪ノ下陽乃。
八幡の行動や思考を知っているように言い当てるのは、自分の発想と本質的に似ていれば簡単に予想ができるから。
そして、その発想が本質的に似ているからこそ八幡は恐れ、警戒してしまう。
本質的に似ている人間が、自分と違う道を進む姿を陽乃はどんな目で見ていたのか。
興味か、好奇心か。
しかし、本質的に八幡と似ているとするならば、もっと別の理由なはずだ。
八幡は少し目を瞑り、考えてから目を開く。
八幡は好きなのだ。
目を背けて、その場から立ち去ればいいのに、本能がソレを求めるように受け入れてしまう。
まるで生まれた理由がそこにあるように、目を背けられない。
近付けば近付くほど、その色香にあてられるように本能に従ってしまう。
「いただきます」
そう言ってラーメンの誘惑に負け、本能に従う八幡。
この色と香りに抗う術はない。
(ほう、これはいいラーメンだ)
麺をすすり、次いでスープを口にする。
(やっぱり、こう。麺をすすっちゃ、熱い汁飲むのが楽しいんだよね)
ハフハフ、ズズゥと食べる八幡は、横目で焼餃子を確認する。
「……ん?比企谷。なんだそれ?」
「……酢と胡椒とラー油で作った、…餃子のタレですよ」
「ほう。一口貰っていいか?」
餃子のタレを自作していた八幡に、平塚先生が興味を示し聞いてきた。
先生のおごりなのだから断る理由もないのだが、聞いたと同時に餃子に箸を伸ばす平塚先生にはもの申したい気になる。
せめて確認くらいして欲しいところだ、と思いながら平塚先生が餃子をタレにつけて食べる姿を見守る。
「おお!これはいいな!やるではないか、比企谷」
どうやらお気に召されたご様子の平塚先生はもう1つ餃子を口に運ぶ。
(う~ん。何が違うんだろうか……)
八幡は一口と言いながら2つ食べる平塚先生を見て、疑問を浮かべる。
(由比ヶ浜とピザをシェアした時はドキドキしたのに、今は何も感じない。この違いはなんだ?)
聞いてしまえば八幡の物語は終了するであろう疑問を抱きつつ、八幡も餃子を口に運ぶ。無感情で。
2人とも無言で食事をする。ボッチとボッチ(独身)に団欒など存在しないように。
そうして終始無言でラーメンと餃子を食べ終わり、平塚先生が注文した杏仁豆腐の1つを貰う。
平塚先生もほぼ同時に杏仁豆腐に手をつけて、美味しそうに食べていた。
杏仁とは、漢方では『きょうにん』、菓子としては『あんにん』と言う。
杏(アンズ)の種の中の仁(さね)と言われる部分だから、杏仁。だったら読みは『あんずさね』ではなかろうか。
そんな疑問もどこ吹く風か、八幡は美味しいさね~と舌鼓を打つ。
「そろそろ話の続きをするぞ」
モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。1人で静かで豊かで……。
そんな心境の八幡だったが、これはおごりだ、自由ではない。
そして、目の前にいる人はしずかちゃんではない、静さんだ。そして、静さんは豊かだ。どことは言わないが。
八幡はしずしずと姿勢を正し、平塚先生に向き直る。
「タレは胡椒を多めに入れるのがポイントですよ。ラー油は無くても美味しいのでお好みで使い分けるのもいいかも知れません」
「比企谷……。……まあ、その話は参考にはするが」
やれやれとため息を漏らす平塚先生。
だけど八幡が話す前にワンクッションおきたかった気持ちを理解しているようで、声に怒りはない。タレの色合いを確かめるように見てるのは、きっと気のせいだ。
そして八幡は、一泊置いて平塚先生の目を見て答える。
これから話すことは今日、平塚先生が会いに来た理由である本題だ。
「……俺のことですか?」
平塚先生は八幡の言葉に、「ああ」と声のトーンを落として答える。
平塚先生は生徒の自主性を重んじる人だ。いくら一色に頼まれたとしても、きっと答えは教えてくれない。
それでもこうして何かを伝えに来たのは、八幡の問題の深さがそれだけ複雑化しているということなのだろう。
八幡は自分の変化に戸惑っている。
平塚先生曰く、雪ノ下陽乃に似ていると言われた頃は、自身の取り巻く人間関係に執着するようなことは無かった。
どんな関係もいずれ崩壊するのだから、と。
どこか他人事のように距離を置き、他人を知ることを避けていた。それが正しいと思っていたし、そう思うことが”自分らしさ”だと考えていた。
それなのに今は、奉仕部の終わりに動揺したり、雪ノ下雪乃を助けたいと思い、由比ヶ浜の気持ちに真摯な態度で応えようと思ったりするようになった。
自分らしさを貫くなら、奉仕部の終わりに思うことはないし、雪ノ下雪乃に「頑張れよ」なんて適当な言葉で送り出し、由比ヶ浜の気持ちに応えて、以前から興味のあった恋愛とやらを体験してみようなどと思っていただろう。
しかしそもそも、奉仕部がギクシャクしだした段階で離れていたので、前提条件が成立していないのだが。
「比企谷は自分をどう思っている?」
「……どうなんですかね。正直、今はよくわかりませんよ」
「それがどうしてなのかは理解はしている。と、思っていいか?」
「はい、まあ……」
その八幡の答えに平塚先生は満足したように腕を組んで、「うむうむ」と言いながら頷く。
真剣な話だと思い真剣に答えた八幡は、平塚先生のそんな仕草がバカにしてるように思い、ジロリと抗議の目線を送る。
「いやいや、悪い。つい嬉しくてな!」
「なんなんですか……」
悪びれもなく嬉しそうに言う平塚先生に、ため息混じりに言い返す八幡。
そんな八幡を見て、平塚先生は話を戻すように咳払いして話を続ける。
「君は、他の者なら自然に行動することすら理由を探して意味を見出だそうとする。あらゆる行動の全てを理論武装しているから、心、といった理論で説明できないモノを、どう扱えばいいかわからない」
平塚先生は、まるで答え合わせのように八幡の悩みを言い当てる。
八幡が過去に考えた持論がある。
人はそう簡単に変わらない。何か1つのきっかけで容易く自分が変わるなら、そもそもそいつには自分なんてないのだ。
自我、そして自意識ある者はどこかで変化を拒んでいる。自己同一性を保とうとするのが本来人のあるべき姿だ。
つまりこの理屈なら、八幡は自己同一性を保とうと変化を拒んでいるのだが、その自己が揺らいでいるから整合性がとれないでいることになる。
「比企谷が一番考えなくてはならんのは、過去の自分のことだ」
自己が揺らいでいるのなら、問題は自己にある。
人は感情で動き、理論で正当化させる生物である。
八幡の自己も感情から生まれたもので、理論で自我を形成している。つまり、感情ありきの理論なはずなのに、感情を生む心を拒む八幡の自己は歪なのだ。
「俺は何をまちがっているのですかね……」
「それは君自身が考えることだ。……ただ、過去の比企谷の状態については教えてやろう」
その自己を歪にしている状態。
平塚先生は残っていた一口ぶんの杏仁豆腐を平らげて、八幡に伝えるべき言葉を述べる。
「それは、共依存と言うものだ」
そう、平塚先生は確信をもって言い切った。
共依存。
お互いに依存し合った関係。相手から依存されることで自己の存在価値を見出だし、相手をコントロールすることで自身の安定を保とうとする状態。
その共依存の関係と決別したのが、奉仕部でのあの一件なのだろう。
しかし、本質的な部分が変わってないのだから、その矛先を雪ノ下と由比ヶ浜へ向けただけで何も解決していない。
その本質的な部分が似ている、と言うことは陽乃と八幡の共依存の対象も似ていることになる。
2人のわかりやすい共通点である、両親と妹は対象外、無論平塚先生もあり得ない。だとすると他に対象になりそうな人物は……。
そう考えて、陽乃の人間関係をよく知らない八幡は思考を切る。
結局、平塚先生の言う通り、過去の自分を知ることでしか答えは見つからないのだ。
そうしてふと平塚先生を見ると、真面目な雰囲気は霧散しており、美しい物を見るような視線を八幡に向けていた。
「……なんすか」
「いいなぁ。青春だなぁ~。もう一度あの頃に戻りたいなぁ……。過ぎ去りし時を、求めたいなぁ……」
八幡が怪訝な顔で問うと、某国民的RPGの副題が入った切ない返答が反ってきた。
これは、居酒屋で上司が陥る状態、”昔に戻りたい”である。
そんなこと言われてもどうしようもないことである。昔に戻れるなら誰しも戻りたいだろう。
中には「後悔の無い人生を送っている」「俺は過去を振り返えらない」などと昔に戻りたくない理由を言う奴もいるが、それは詭弁である。そう言う奴に限って、「しまった」といった後悔の言葉をよく使うのだ。
後悔があるならやり直したいと思うのが正常な反応だ。しかし、それを指摘すると、「それも人生」と割り切った風に嘯(うそぶ)く。
しかし、そのくせゲームのセーブデータを二重にして保険をかけたり、ゲームオーバーになったら平然とコンテニューをする。
ゲームオーバーはその時点でゲームが終了することを示しているのだから、そいつにとってそのゲームはそこで終了しなければならない筈である。
まったくもってダブルスタンダード様々な卑しい性格だ。
それはさておき、平塚先生の状態はよろしくない。何がよろしくないかというと、この状態の上司は酒の力も合わさって高確率で泣き出すのだ。
平塚先生はお酒を飲まなくても雰囲気に酔うことのできる困った体質である。だから八幡は、事態の収拾を図る必要がある。
「過ぎ去りし時を求めたら、俺の死んだ目を復活させてください。……てか、教師ってこの時期忙しいって聞きましたけど、先生はゲームしてる暇があるんですね」
「ギクリ!」
八幡の疑問に、冷や水を浴びせられたように背筋をピンと伸ばして擬音を口にする平塚先生。
八幡にじとっとした目を向けられ、気まずさからかツツツーっと視線を反らしてぼそっと口を動かす。
「……もっとこう、な、なんだってー!みたいなリアクションを期待していたのに……」
八幡の冷静な対応に、まるで子供の様につまらなそうに口を尖らせる平塚先生。
「これ以上、情けない姿を見せたくないので」
ご機嫌な様子で八幡の悩む姿を眺め、煽るようなセリフを吐く少女を思い浮べる。
八幡は、あの生意気な後輩に見下されるのは絶対に嫌なのだ。
「と、いっても今は冷静な判断ができそうにないので、後でじっくり考えさせてもらいますよ」
「ふむ、そうか。まあ、それがいいだろう」
そう言って平塚先生は話は終わりとばかりに席を立ったので、釣られるように八幡も席を立つ。
そして、何か満足気な様子の平塚先生に、ふと気になったことを聞いてみた。
「……先生、ゲームってどこまで進んだんですか?」
「ん?ああ、試練の道って場所までだよ。ネタバレはするなよ?」
その答えに八幡は、顔をなんとか崩さずに平静を装う。
「情けない姿は見せないでくださいね……」
「な、なんだ突然。気になるではないか、……何か、あるのか?」
相当感情移入しているのか、不安になり探るように聞いてくる平塚先生。ネタバレ禁止とは一体と思いながらも、言える言葉は1つだけ。
「試練の道は険しいってことですよ……」
試練の道の先に、結婚イベントが待ち受けているなんて言えない八幡だった。
めんどくさい八幡の性格を書いていくのが辛かった……。
これ書かないと八幡は変わらないですし、と思いながら書きましたよ、ええ。
わかりにくいと思いますので捕捉すると、八幡の共依存は原作とは別のものになっています。
次回は一色をメインにしたお話の予定です。