季節引き続き夏の頃
打ち水もすぐに乾いてしまうような真夏日に、ダラダラと汗流しつつも人間様たちは働いております。
景色は歪み蜃気楼が発生したとかなんとか。
氷の妖精なんかも暑さに耐えかね、ぐったりとしているという噂なんかも耳に入ってきたりしております。
ミーンミーンと鳴く声がそろそろ喧しいそんな真夏の頃
私、韮塚 袖引 お仕事しております。
日陰になっていようと、
置いてある湯飲みは二人分。冷たい物を入れている湯飲みも、暑いと訴えているのか汗を大量にかいており、我々の手を濡らします。
外からはみーんみーん、しじじ、と蝉の大合唱。もう少し涼しければ大合唱も穏やかに聞けた物ですが、本日は真夏日。暑苦しい中そんな余裕すらございません。
店先に置いてある風鈴が揺れ、チリンチリンと清涼な音を振り撒いております。一瞬店内にも涼やかな風が舞い込んだ、なんて気分にさせて下さり少しだけ気分も涼やか。
そんな薄暗くも暑苦しい店内にて、一口含めば爽やかな麦の香りが広がるそこそこ良い麦茶を口に含みつつ、風呂敷に包む作業を続行します。
もう既に、お気づきの方もいらっしゃっるかも知れませんが、今回はお客様がお見えになっております。
今回のお客様は、最近の私の生活を楽にしてくださったお得意様。十六夜 咲夜様がご来店なされております。
「十六夜様、もう少しで終わりますのでお待ち下さいませ」
「どうぞ、ごゆっくり。……このお茶美味しいわね、何処のかしら?」
「あぁ、そちらの茶葉でしたら霧雨店の通りの」
「なるほど、あの付近ね」
「もし宜しければご案内致しましょうか?」
「んー、それも良いけど先ずはそれを届けなくちゃ」
「かしこまりました」
実に商売人らしい会話に自分で満足しつつ、風呂敷に服を包む作業を続行致します。
現在いそいそと風呂敷に包んでおりまするのは、大量のお洋服。とはいえ、目の前にいらっしゃる方が着るものでは無く、この方のお勤め先にいらっしゃる妖精の物であります。
故に型は小さめにとってあり、風呂敷にもいつもより多く包めております。
丁寧に丁寧にを心掛け、ゆっくりと包んでいきます。今回お包み致しますのは百五十着程、大、中、小で区分けされた袋が三つ程並びます。
余談ではございますが、大の大きさは幼児位の物をお仕立てしてしまえば良いので、慣れてしまえば楽なものですが、小の型となってしまうと手の平に収まる程のご注文であるため非常に苦労致しました。
まぁ、今となっては慣れたものではありますが、最初の頃はちくちくとやっていた物が消えるなど、非常に手間取った事を今でも思い出せます。
「さて、これで良さそうね。ありがとう袖引さん」
「いえいえ、ではお運び致しますよ」
「それはありがたいわね、他にも持っているものもあるし」
と、両腕に引っ提げられた手提げ鞄を揺らします。
サクサクと戸締まりを致しまして、ふわふわと飛ぶめいど長に追従します。
夏の容赦の無い日差しが頬や目をチクチクと刺激していきました。
この暑さの中でも文句を言わずにすいすいと飛んでいく十六夜様に関心しつつも、蜃気楼が出たとか出ないとか言われる霧の湖を抜けますと、目に映るのは、この夏の暑さの中見続けると気分が悪くなってきそうな程紅い館。紅魔館が現れました。
いえ、決して悪口を言うつもりはございませんが、この茹だるような暑さの中では、この派手な外見は正直目に毒というか何と言うか。
そんな事を考えている内に、目の前まで到着いたします。大きいお屋敷に相応しい大きな門の前にこれまた赤髪の方が立っておりました。
この館、紅魔館の門番をしていらっしゃる妖怪の、紅 美鈴様ですね。しかし、何時もは真面目に門番をしていらしたり、不思議な舞いを舞っていたりするのですが今回は少しばかり様子が違います。
いえ、立っていることに立っていましたが正確には目をつむっていらして、有り体に言ってしまえば寝ているような……
いつもは門に寄っ掛かってはいるものの寝てはいないのですが。まぁ何はともあれ起こして上げようと手を伸ばしますと、手が触れる直前に門番さんがぱっ、と目を開きます。
「……ひっ」
そんな言葉が私の歯と歯の隙間から溢れ落ちました。
瞬時に能力を使い、ズササササ、と五歩程後ろに退き、抱えてきた丸っとした風呂敷を顔の前に掲げ防御姿勢を取ったところでハッ、と気がつきました。
い、いえ、これはびっくりした訳では無いのです。決してびっくりした訳ではありません。これは弱小妖怪の本能が働いてしまったというか、とにかく突発的な事に弱い私にとって先程のような急転直下の出来事は心臓に悪いのです。
さりとて、すこーしだけ驚いてしまい、能力を使って飛ぶように逃げてしまっては、向こうも驚いてしまうもの。お二人のまん丸のお目めが四つばかり此方に向けられており、決まりも悪い。
そんな驚いた表情からいち早く立ち直った、門番さんが此方へと声を掛けて下さります。
「あ、あの大丈夫ですか? そこまでびっくりすると思っていなくて」
そんな優しい声を掛けられてしまい、夏で火照った顔が更に真っ赤になってしまいます。今でしたら目の前の館と同じくらい紅い自信がございます。
とりあえず、どうにか取り繕わねばなりません。折角の新規のお得意様。幻滅され、注文が無くなることは絶対に避けねばなりません。そうです、ここは大人らしく振る舞う場面ではありませんか! きっちりと完璧に受け答えし、大人という所を見せつけねばなりません。
風呂敷を胸の高さまで降ろし、噛まないように細心の注意を払い返答します。
「え、えぇ、大丈夫です。失礼しました」
──ふっ、普段から悪癖が発動する私にとって、取り繕う事なんぞ日常茶飯事。たどたどしいながらもきっちりと返答出来ました!
普段滅多にすることのない悪癖に感謝という珍事を胸中でしつつ、ホッ、と胸を撫で下ろします。
十六夜様も私の味方に入って下さり、門番さんを叱りつけました。
「袖引さんをいじめない。怖がってるじゃない」
「アハハ、何となく思いついてしまったので。すいませんでした」
叱られた門番さんは、微笑みながら此方に謝って下さいます。
無事に危機を乗り越えた事を実感しつつ、返答致しました。
「いえ、お気になさらないで下さい。此方がびっくりしてしまったのが原因ですので」
ふぅ、良かったです。ここで粗相をしてしまえば注文を持ってきて下さる回数が減ってしまったかもしれません。ダラダラ流れていた冷や汗を拭います。
場を取り成すように十六夜様は、では此方へ、と紅魔館へと案内してくださいます。
いそいそと十六夜様についていきますと、門を通り抜ける所で美鈴さんから声を掛けられました。
何ぞ? と思い振り向きます。
「ばぁっ!!」
突然、何処ぞの傘の妖怪の様な事をしてきます。舐められた物ですね、この様な驚かせ方でしたら此方も慣れたものです。むしろ懐かしさすら感じます。
まぁ、落ち着いて対処できるでしょう、と私は目の前の風呂敷を降ろしつつ、五歩程遠のいた美鈴さんを見つめました。
お二人の微笑ましい顔が目に飛び込んできます。
──どこかにすっぽりと埋まる事の出来る穴とかございませんかね?
そんなこんなで館へと上がらせて頂きまして、荷物を降ろして、フリフリな侍女の長も、和服の私もふぅ、と一息。
「色々とありがとね、袖引さん。紅茶でもご馳走するわ」
「いえいえ、とんでもない! お構い無く。私がしたくて来た事ですから」
「あら、そう? お菓子もつくわよ?」
「………では、一杯だけ」
悪癖が出てしまっては大変だから、とお断り致しましたが、十六夜様のお誘いが二度もありましたら断るのも失礼というもの。まぁ、御用聞きなんて事も出来ますから。これもまた勉強という事なのでしょう。
……決してお菓子という言葉に釣られた訳ではありませんよ?
本日は館の主様は珍しく規則正しい生活をされているようで、夕方まで起きてこない。なんて話を聞きつつも、整理されているメイド長の私室に通されました。
では、しばしお待ちを、の言葉が終わるのが早いか、紅茶の美味しい香りと、前にも出して頂いた、すこーんの甘い香りが鼻を掠めていきます。
十六夜様の時間を操る程度の能力は本当に便利だななんて思いつつ、胸一杯に美味しそうな香りを吸い込みます。
がっつきそうになる右手を抑えつつ、横に侍ろうとする十六夜様にもご一緒にと同席を促しました。十六夜様も従ってくれ、西洋湯飲みが一つ机に増えました。
紅茶を注いで頂き、お菓子も充分。
紅魔館の大黒柱様と共に暫しのお茶会を楽しませて頂きました。
不思議な事に十六夜様は人間に対するイライラがそれほどまでに湧いてこず素敵な時間を過ごせます。
紅魔館での苦労話を聞いてみたり、意外な所で注文が増えましたり、出会った最初の頃を話したりと色々な話題が上がりお茶もお菓子も進みます。
いつの間にか話し込んでしまったようで、そろそろお嬢様も起き出す夕方前。
今回はお嬢様が起き出す前に
案内されて外に出ると、青い空が赤い空と混ざりあい綺麗な境界線をつくっております。
昼間は圧倒的だった太陽光も落ち着いた様で、心地好い風がゆっくりと通り抜けていきました。
流石に美鈴さんも帰りは何もして来ません。門までたどり着くと、笑顔で見送って下さいます。
十六夜様に門前まで送って頂きまして、飛び立つ前に紅魔館の方へ振り向き、ペコリとご挨拶。
「本日はありがとうございました、また何かございましたら韮袖呉服店まで」
「えぇ、またお願いするわね」
「また来てくださいね」
と、二人に暖かい対応を頂きまして、飛び立ちました。
夕暮れの中、私が紅魔館から離れ人里への道を飛んでおりますと、突風が両脇に立っている木を揺らし、青々とした葉を奪っていきました。
そんな突風と共に目の前に現れたのは、美しい黒羽をお持ちなさっている天狗様。
大物が目の前に現れてしまい、
「あややや、これはこれは韮塚さんではありませんか!! 奇遇ですね!」
「射命丸様、お久しぶりでございます」
「ご丁寧にありがとうございます! ところで、先程紅魔館から出て来ましたよね?」
と、手帳を取りだし何かを記入していきます。
今回は記者として目の前に立っているようで、少しばかり、ほっ、とします。
しかし、だからと言って粗相は出来ません。向こうにしてみたら此方など風の前の塵と同じような物です。機嫌を損ねないようにそそくさと退散しましょう。
「はい、その通りです。良くご存じで」
「たまたま目に入ったのですよ、たまたまね」
「たまたま……いえ、何でもありません」
この天狗様、私みたいな低級でも愛想はすこぶるよろしいのですが、時々まるで監視しているかの如く、良い時分に出くわすのです。
考え過ぎですよね。えぇ、私の悪い癖と言えるでしょうね。
ありもしない妄想を振り払っておりますと、天狗様が手帳を強調しつつ、此方に問いかけます。
「韮塚さんは、紅魔館の皆さんを始め顔が広いご様子、その秘訣を是非!」
なんて顔を近づけて聞いてきます。
しかし、そう言われましても、日々流されているだけですので秘訣なんぞはございません。
そんな事を考えていたらついつい疑念をそのまま口に出してしまいます。
「私の事なんて記事にして、需要がありますかね?」
「とんでもない! ございますよぉ」
手を大げさに振った後、主に身内に、とボソッとした呟きが耳に入ってしまいます。
身内、つまるところ天狗様達ですね。……正直あまり良い思い出はありません。
外界では天狗様は時折衆道であるとされ、時折神隠しと称し、小さい男子を拐ったなんて伝承が残っていらっしゃいます。
なかなか破天荒な生活ならぬ、性活を送っていらっしゃった天狗様達なのですが、幻想郷ではどうやらそれが反転してしまったようでして。趣味趣向が小さい男子から、小さい女子を狙うように考えが変わったようです。
悲しい話ではありますが、私の外見もまた小さき少女。
過去に合法やら、乱暴にしても壊れない。などの言葉を吐かれながら、山中を追いかけ回された事がございます。
恐ろしい話はここからでして、全員が女性なのですよ。しかも、見目麗しいと言っても差し支えない程のお顔をお持ちな方々。その方達が笑顔を張り付け、恐ろしい速さで追いかけてくるのです。
男に置き換えた場合、筋骨隆々な方々が大挙して押し寄せてくるといった感じでしょうか?
まぁ、ともかくとして涙目になりながら全力で下山し、命からがら逃げ出した事がありました。
目の前にいらっしゃる射命丸様はその時の危機で助けて頂いたお方。畏まりはせど、邪険にすることはございません。
ですから、恩を返そうとばかりにお話をさせて頂きます。
「では、僭越ながらお話させて頂きます」
「なるべく刺激的にお願いします!」
「あっはい、え? 刺激的?」
「はい! 刺激的に」
刺激的にを強調されましたが、飾って話せる技術はございません。
私の聞いたまま、感じたままをお話すると致しましょう。
「まずは──」
徐々に赤く染まっていく空を眺めながら、あの霧を思い出します。先程別れてきたお二人とも関係する紅い霧。
未だに記憶は新品の様に輝いており、忘れられない大切な物。
私は記憶を引っ張りだし、語り出しました。
さて、お話が長くなりますゆえ、ここいらで区切らさせて頂きたいと思います。
まずお話ししますのはやはり、あの異変から。
ではでは、次回も