【完結】東方袖引記 目指せコミュ障脱却!   作:月見肉団子

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おまたせ致しました。3日ぶりの投稿なので初投稿です


Stage5 誰かが見ている帰り道

 思えば随分と寄り道したようにも思います。

 ここに来て、小傘ちゃんや皆と出会って。そして、魔理沙さんと出会った。後悔はありません。ただ少し寂しいだけ。

 

 暮れなずむ街並みを一望出来る丘、いつか魔理沙さんと星を見に来た思い出の場所。

 もし、私の終着点というのならきっとここ。

 

 いいえ、そうではありませんね。ただ、待ち人をここで待ってみたかった。そういう事でしょう。

 子供のする約束の様に、確約もなく、連絡もなく、それでもきっとくる。そう分かっていると思える不思議な約束。そんな秘め事のような決め事を期待しながら赤に染まる街を見ています。

 一時でも、私が住んで、私が居た。そんな幻想のような出来事を誰か覚えていてくれればいいな、と思いつつ。

 

 

 

 私、韮塚 袖引 待ちわびてます。

 

 

 微かに夕餉の香りが漂ってきそうな夕刻時。歩いて笑って遊んで、ひとしきり騒いだ後に訪れる一抹の寂しさ。それに浸るかのようにぼんやりと夕陽を眺めておりました。

 妹紅さん、影狼さん達、小傘ちゃん、フランさん、私に付き合ってくれた方達は既に周りに居ません。皆、私に時間を作ってくれるかのように手助けして下さったのです。

 

 もう充分なのかもしれません。もう充分過ぎる程に貰ったから、どこにも行かず、これ以上誰とも会わずに消えてしまってもいいのかもしれません。

 諦めの悪いこの手を離してしまえば異変はおしまい。私も時間切れとなり神とも妖怪ともならない曖昧な存在として、何処かへ漂白することでしょう。その時の私はおそらくいまの様に意地っ張りでも、出来損ないでもない。『何か』として上手くやれる。そう思います。

 自身が消えて異変も終えて。それはそれで大団円かと、そう思えるのがおかしくて笑みが零れる。

  

 それでも尚思い残すことがあるとするならば──

 

 

 そんな風に、浮かんでは消える思いをふわりふわりと追いかけていた所に追手が一人。

 

「やっと見つけたわ」

 

 空に浮かぶ私に声を掛けてきたのは紅白の巫女服。少し焦げたリボンと裾を見て、思わず妹紅さんに感謝の念が零れます。いつもの厳しいながらに優しい雰囲気は消え、ただ仕事として私を見つめる幻想郷の守り人。

 すわ、年貢の納め時。なんてふざけている事なんて出来なくて、それでもやっぱり矮小な私は黒幕らしい事なんて言えなくて。

 

 

「そう……でしたか、最期はあなたと戦うんですね」

 

 ぽつりと零れたのはそんな言葉。残念そうに聞こえてしまったら失礼かとも思いつつ、脳裏に投影されるのはあの子の姿。

 そんな姿に何を感じたか、果たして何も感じないのか、霊夢さんは険しい顔のまま。

 

「私が一番乗りね。さっさと終わらせましょ」

「そうですね、そろそろ皆さんに迷惑なんじゃないかって思い始めていたころですから」

「……まったく。そんな事言う奴初めて見たわ」

 

 苦笑交じりながらも見せた笑みを見て、この人で良かったなぁ、なんて思ってしまうのは贅沢でしょうか。

 

「じゃ、始めましょうか。……いえ、違いますね。幕を引くってのが正しいかもしれません」

「そうね、これでこの異変は終わり。アンタは妖怪としてこれからも生きることになる」

 

 博麗の巫女が武器を構え、私も伸びはじめた髪の毛を靡かせつつも構えを取ります。

 

「言っておきますが……今日の私は強いですよ」

 

 神とも妖怪ともつかない私だからこそ、どちらの力も最大限に発揮できる。

 

「あっそ、関係ないわね。早く終わらせて帰りたいの」

「まだまだ夕暮れ時ですよ、帰るには早い。もう少し遊びましょうよ」

「その頭でっかちな考えをひっぱたいて、暮れ六つにしてやるわ」

 

 にべもなく返し合う言葉の応酬、それが楽しくていつまでも遊んでいたくなるような気持ちにもなります。

 

「後ろ髪引かれないように全て出し切るとしましょう」

 

 最後ですからね。と言い切るか言い切らないかの内に、弾幕ごっこが始まりました。

 

 強襲するお札や針を避けながら、光弾を叩きこむ。夕空一杯に広がる光一つ一つに、自分でも驚くくらいの力が込められておりました。普段が米粒程の力だとしたら今はおむすび位でしょうか。何倍にも膨れ上がった力に霊夢さんも驚きを隠せない様子。

 

「アンタ、本当に……」

「えぇ、勝っても負けてもここで最後です。私は……どちらとも選べなかったので」

「アンタといい、あいつといい……」

 

 馬鹿ね、と切り捨てて高度を上げては下げ、ひゅんひゅんと隙間を縫って飛び回る空飛ぶ巫女に合わせて引き絞り、放つ。一面に広がって弾ける札と光弾。きらきらと反射して消えていく様は万華鏡のよう。

 

「そろそろ……いきましょうかっ!」

 

 お互いに掠り傷が多くなってきた頃合い。場が盛り上がり燃え上がって来たところで、私はとっておきの一枚目をかざしました。

 

 ──スペルカード 哀歌『地蔵影の童歌』

 

 大きな光弾が広範囲に広がり彼女の逃げ道を塞いでは閉じ込めんと迫る。霊夢さんは難なく回避しようとする動作の最中、急停止。目の前に掠める光弾を間一髪を回避しました。

 目を引く大きな光弾を目いっぱいに広げて注意を惹きつけはおりますが、影に隠れる小さな光弾が大本命。

 すんでのところで回避した霊夢さんを見遣り、少しだけ肩を落します。

 流石の霊夢さんも冷や汗ものだったのか軽口が飛んできます。

 

「っと、……危ないわね」

「結構、自信作だったんですが……」

「案外狡猾じゃない」

「歳の功ってやつですよ」

 

 一瞬の掛け合いをかわした後、またしても始まる弾幕戦。

 最初こそは優勢ではありましたが、向こうも慣れてきた様子。こちらの弾幕を打ち消したりしながら、順応しているのが目に見えてわかるかのよう。

 地力の差は圧倒的の筈なのにどんどんと埋められていく差。絶対に当たると思った弾が躱され、次で落とすと意気込んだ先は暖簾に腕押ししたような空虚な手ごたえ。ふわりふわりと風船のように漂っているのに力自体はご神木のようなずっしりとした威圧感。始めに押していたものの、次第に焦燥していく側が逆になり始めました。

 

「……くっ!?」

 

 思わず漏れた呻きに反応して苛烈を極めていく弾幕戦。霊夢さんも本腰を入れ始めたのか激しさを増す一方。捌ききれないものが多くなり始め、だんだんと着物に掠めるようになり始め、遂には五分五分以上の所までやってきてしまいました。

 

「まだ……負けませんっ!」

 

 

 ──スペルカード 再符「引かれ者の小僧唄」

 

 

 力が込められた札を解放し、もう一度気力を取り戻す。まだまだ続けられる。と意気込んだところで霊夢さんの放つ対抗弾幕(ボム)。美しい弾幕を上書きするかのように打ち消されるこちらの弾幕。それが決定的となり形成は完全に傾きました。

 そして、間隙を突かれ、ついには体制を崩してしまう私。向こうも好機と感じたのか『切札』が放たれました。

 

「そろそろ決めるわよ。袖引」

 

 ──スペルカード 霊符『夢想封印』

 

 

 目の前に広がる、色とりどりの光弾、札が散りばめられ一斉に殺到してきます。何とか持ちこたえていたもののついに捌き切れなくなり、反撃の薄くなった場所を集中攻撃。あっと言う間に満身創痍となりました。

 あえなくして墜落。強くなったとはいえこの程度なのか、はたまた霊夢さんが強過ぎるのか、どちらにせよ異変を起こしたものは巫女によって退治されるのは不文律ということなのでしょう。

 

 空から降りてきた最強の巫女は、こちらにお払い棒を向ける。

 

「さて、そろそろ本当の幕引きね。袖引」

「……本当に格好がつかない限りで」

「格好とかどうでもいいの」

 

 ──言い残すことはある? と、一瞬だけ私の良く知る霊夢さんに戻る。

 けれどそんな優しい彼女に対して、静かに首を振りました。

 

「そう」

 

 と短く首肯したあとに、何か祝詞を唱えるとお払い棒を振り上げました。

 

「さようなら、韮塚袖引」

 

 幻想郷の均衡は保たないといけないのよ。と誰への言葉なのか。その言葉と共に最後の一撃が振り下ろされました。

 

 これで終わり、と思うと、色んなことがあったように思えます。

 人里の端に住まいを構えて小傘ちゃんを始めとした素晴らしい友達に出会って。町民さんとも仲良くなったりひと悶着あったり。そして……あの子に出会った。

 韮塚袖引としても。これが最初で最後の異変。後悔は……きっとありません。小傘ちゃんを始め、みんなに協力をしてもらって幻想郷を見て回ることが出来ました。これ以上何を望むというのでしょう。

 

 幸せでした。こんなにもこんなにも楽しい思い出を抱えていくのですから。幸せだったんです。

 

 最期の瞬間はとてもゆっくりに感じました。迫りくる棒を見て、思います。

 

 ──あぁ、願わくば、最期に一目でもあの子に逢いたかったな。と

 

「……さよなら、私の幻想たち」

 

 

 頬に熱いものが流れ落ちるのを感じながら、終わりが来る瞬間を待ち続けました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……けれどその時はいくら待っても訪れませんでした。

 

 

 

「もし何か起こすんだったら呼んで、と言ったろうに」

 

 私を嘘つきにさせるつもりかい? と軽口混じりに口角を上げている、小さくて大きな存在。霊夢さんの得物を意にも介さないといった様相で片手で止める。傍若無人とも言えるような相手。流石の霊夢さんも眉を潜めました。

 

「萃香……」

「よう、霊夢。邪魔しに来たよ」

 

 まるでぷらりと家に上がった様な気軽さで押し返し、距離を取らせる鬼の女傑。

 飛び退いてすぐさま霊夢さんはきっ、と睨みつけました。

 

「今忙しいの、どいて」

「そう言うなって、駆けつけ一杯。喧嘩なんてどうだい?」

「押し売りはお断りよ、見てるだけならいいけど邪魔するなら帰れ」

 

 そういうと私との戦闘の疲れなんてなんのそのと言わんばかりに力を溢れさせ、臨戦態勢。

 対して萃香さんもやる気のご様子。手や足首を慣らしては音を鳴らす。

 

「見てるだけのつもりが手が出ちゃっただけさ。せっかく乗りかかった船だ。ひと暴れさせて貰うよ」

 

 はぁ、と眉を潜め、ため息を吐く霊夢さんに対し、心底楽しそうな萃香さん。

 膨れ上がった気配たちが静かにぶつかり合う、緊張の瞬間。

 

「やる事が増えたわね。とっとと終わらせましょ」

「残念、日暮れの百鬼夜行はまだまだ終わらぬ、日が落ちるまでは楽しんでいきな」

 

 両者激突。激しい戦いが始まりました。

 いきなり始まった弾幕ごっこを見ながら、突然の事に驚きを隠せない私。その肩をとんとん叩く影一つ。振り向くと少し縮んだ萃香さんが立っていました。

 事態が飲み込めず口をあんぐりと開けて固まった私に対し、へらへらとそれでいてあまりにも強大で頼り甲斐がある鬼の大将。そんな彼女がこう言います。

 

「からかいにきてやったぞ、小さな大将さん」

「どうして、いや、あの……何と言ったらいいのか。私はただ──」

「あー気にしない気にしない、私はあんたを気に入ってる。向こう見ずで、それでいて一本芯がある」

 

 そんな馬鹿が大好きなんだ、私は。と呟いて笑いました。

 

「異変を起こすくらいにやりたい事があったんだろう、自分に気づいて欲しかったんだろう?」

「……でも、そんな資格は私には」

「誰だって、忘れられるのは寂しいもんさ。消えていくのも見届けて欲しいもの。そうだろ?」

 

 大丈夫だ、心配要らない。と豪快に笑い飛ばす。

 

「もうすぐ来るさ。ちょっとばかり遅れてるだけ」

「でも彼女と私は……」

「えい」

 

 あまりにうじうじしているのに見かねたか、背中をべしんとひっぱたいた萃香さん。本人は軽い活のつもりでしょうが、一瞬呼吸が止まるかと思う程の一撃が私を襲います。

 声が出せないままに、うずくまってとしていると、しっかりしな、と言い放つ。

 

「袖引、今のおまえさんは大将だ。黒幕らしく山のようにどっしり構えてればいいのさ」

「……萃香さん」

 

 気張りなよ、あともう少しさ。と優しい顔になった後にもう一度笑いました。

 

「そろそろ戦いに集中しなきゃ、こういうときの霊夢はなかなか楽しいねぇ」

「あの……本当にありがとうございました」

「今回の随分と可愛い百鬼夜行だったじゃないか、次はもう少し骨のある奴を連れてくと箔がつくよ」

 

 鬼とかどうだい? と消えていくなかで冗句を言う彼女に、ぺこりと頭を下げ続ける私。

 

 そうして霧の様に目の前から消えた萃香さん。気を使ってくれたのか、既に霊夢さんとの戦いは今の場所から遠ざかっておりました。

 

 

 今一度礼をして、もう一度あの丘へと向かいます。 

  

 

 妖怪とも、神になるとも選べなかった私。過去の私があって今の私がある。どちらかを捨ててしまえば私ではない。袖引小僧の枠からいささか逸脱しすぎはしましたが、消えると言われようが実際にここから去る時が来てしまおうが、やっぱりどこを探しても後悔なんてありませんでした。

 

 

 振り返ると、真っ赤に染まる幻想郷。山間の稜線が黄金に輝いて、茅葺の屋根たちに色濃い影を落とす。川が夕陽に反射しきらきらと輝きながら流れ落ち、木々が夜を不安がるかのように黒と赤を纏って揺れる。

 美しくて、何処か懐かしい場所。この中には妹紅さんが霊夢さんを止める為に奮闘した痕があって、影狼さん、わかさぎ姫さん、赤蛮奇さんが咲夜さんと戦って、早苗さんと小傘ちゃんがぶつかっていて、そしてフランさんが頑張っているそんな大好きな場所。

 手をかざすと、その向こうの景色が薄く見える。いよいよな状況となってきたな、と思うのも束の間、強い風に煽られました。

 つん、とした鼻を擽る風。それでもどこまでも美しくて優しい風はまるで、さよならを告げているようでした。

 

 

 遠くで虹が輝いて消える頃。誰かがやってくる気配が一つ。

 それはいつも見知っていて、けれどそれがとても嬉しくて思わず笑みが零れます。

 

 いつもの黒帽子に、魔女を彷彿とさせる衣装。箒に跨ってやってきた彼女。魔理沙さんは怖いくらいに真剣な顔を浮かべておりました。

 何かを言おうとして飲み込んで、そして彼女は呟くように声を出しました。 

 

 

「追いついたぜ」

 

 振り向いていつものように笑いかける私。

 

「えぇ、待ってました」

 

 あくまでいつものように、こんな異変のせいで日常を壊してしまうには、あまりにも愛おしすぎる毎日だったから。

 既にボロボロであって黒幕として出迎えるには格好が向かないのかもしれませんが、やはり、いつだって見守ってきた子が来てくれるのは嬉しいものです。

 

 もはや語る時間すらも惜しい私は弾幕ごっこを示唆します。いつだってどこだって、幻想郷はこれが会話となり戦いとなる。語りたい事だって沢山ありました。言いたい事だって沢山。けれどそれすらも叶えられるかどうか。

 ──せめて、ごっこ遊びの中に一つでも多く残せますように。

 

 お互いが向かい合い、構えます。真剣に向き合ってくれる魔理沙さんを見て、やはり私は微笑んでしまうのでした。

 

「楽しい時間にしましょう」

 

 

 そうやって正真正銘、最後の弾幕ごっこが始まりました。

 一瞬にして永遠のような夕暮れの時間。

 長く、短く、楽しい時間は一刻、一刻と進んでいくのでした。




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