【完結】東方袖引記 目指せコミュ障脱却!   作:月見肉団子

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大変お待たせしまして申し訳ございません。


Stage2 送り狼ともうちょっと ボス

 空が赤らむ頃。私は夕暮れのような紅い館にいた。

 かしづく私に、にやける主様。変わらない斜陽を眺めながらも、私は主様の戯れに付き合っていた。

 

 紅く紅く空が揺らめいては、怪しい色に変わる。入道雲のように、先行きを偲ばせるようなそんな空。

 それを眺めては手元の時計に手を伸ばす。かちりかちりと、決められたままに時を刻む仕事仲間。彼は億劫そうにこちらを向いた。いつだって私の時計は正確であり狂っていた。

 時刻は正常で、世界は止まったまま。

 

 眼前に広がる赤い空から、すすり泣きのような声が何処から聞こえた。

 

 それはきっと、気のせいではないのだろう。

 

 

 私、十六夜 咲夜 従っているわ。

 

 

 

 かちん、と茶器を置きながら、お嬢様は蝋燭揺らめく間にて頬杖をつく。ホロホロに焼けたクッキーと、じっくりと仕上げた紅茶の香りが鼻腔をくすぐる。

 窓の外は紫と紅が攻めぎ合い、混ざり合う。黄金の尾がしなだれるように境界線が引かれ、夜も昼も無くされてしまった曖昧な時間。それをティーカップに映しては、ぺろりと飲み込む主様。

 

 そんな光景を侍りながらも見ていると、ふと雲に目が行ってしまう。

 

 美しいといって憚らないカンバスの上を、まるで染みか何かのように点々と動く白いもの。どちらにも染まれぬまだらな雲の群れ。混ざり合うこともなく、かと言って離れることもなく、ただ一つの塊のようにのんびりと、と思えば、せっつきながら、独自に自由に動き回っていた。

 

 夕暮れ空に吸い込まれる。彼女がつくったであろう光景をぼんやり眺めていると、怒気が混じった声でレミリア様が私を呼ぶ。いつの間に気が逸れてしまったようだ。

 文句を言われる事は分かっているので、紅茶を注いではお茶を濁す。

 

 お嬢様は、ため息なのか嘆息なのか分からない息をティーカップへと溢した。

 

 ふとお嬢様が庭を眺める。その表情からは夕陽が覆い被さっていて、何を考えているのか読み取ることは出来なかった。

 

 各々が空を眺めたままに、ぽつり、と口火が切られた。

 

「ところで咲夜、フランが行ったわね」

「えぇ、よろしかったので?」

「いいのよ、全てはこの日の為のものだからね」

 

 口元がにやりと吊りあがる。影を纏って妖艶に笑う幼子の姿。それは私の瞳を捕まえて離さない。全ては私の手の平の上。それが当然であるかのように、お嬢様は向き直る。

 

「やってもらいたいことと、命令どちらから聞きたいかしら?」

「短い方から聞きたいですわね」

「それは何故かしら?」

「結局は完了させるのですから、最初に短い方が覚えやすいですもの」

「相変わらず楽しいわね咲夜は」

 

 くすくす、と牙が覗く。吸血鬼が持つ証。高貴な種族の証明。

 この笑い方はただのおつかいでは済まさないな、とひしひしと感じつつ耳を傾ける。

 

「じゃあまずはやって欲しい事から」

 

 尊大な口調をいきなり崩すレミリア様。この変貌の仕方でさえも一種の遊びなのかと錯覚してしまう。所詮は私も人間。そういう事なのだろうか。そんな事を思う。

 もう飽きてしまったのかと思う間もなく、主様は一人の姉の顔になった。

 

「簡単よ。今回の異変でフランがやり過ぎないように見てて欲しいの」

 

 先程飛び出していった妹様を心配するような一言に、少しばかり頬が緩む。

 

「袖引を殺すことは無いとは思うけれど……やり過ぎる事はあるかもね」

 

 ふふふ、とレミリア様は笑う。まぁ、やり過ぎたら後始末を頼むわね。と仰った。

 お優しいんだか、投げやりなのか。まぁ、本当に彼女のことなんて些事なのかもしれないし、もうもしかすると終わった事なのかもしれない。 

 

 ともかくとして、思った事が一つ。

 

「あら、この異変は袖引さんが起こしてたんですね」

 

 口に出すと、レミリア様はガクンとうなだれた。

 

「たまにお前を従者にしたのが正解だったのか迷う時があるわ」

「それは光栄ですわね」

「褒めてないわよ」

 

 そんなやりとりがあった後に、レミリア様が口を開く。内容は今回の異変の事。

 袖引さんが起こした事。彼女の大まかな目的の事。そしてそれに巻き込んだ妖怪、人間が大勢いる事。

 

 ──彼女はね、自身が消える事を受け入れようとしてるのよ。生きる事を諦めようとしてる。

 

 これはその為の異変。お嬢様はそう言って話を締めくくった。

 それに対して、何も口に出せずに佇んでいると、続きを促していると思われたのか、お嬢様が口を開いた。

 

「彼女はね、結局自信が持てないのよ」

 

 確信を持っている。そう感じさせる揺るぎない口ぶり。

 

「彼女は結局の所同じところをぐるぐるしてるだけ。あいつが異変の後に訪ねてきた日。相談をしたいなんて言ったあの時から、変わってなんてなかったの」

 

 夕陽に手を伸ばすレミリア様の表情は読めない。けれど、何かを掴もうとしては空を切る手を眺めている。

 

 

「助けてって言えば、助けたのにね」

 

 

 紅く、紅く染まった空。その空の元でレミリア様はとても優しげに微笑んでいた。

 

 

 返す言葉も、かと言ってうなずくことも無く佇んでいると、お嬢様はは気持ちを切り替えたように、パン、と両手を合わせた。

 

「この異変はね、彼女なりのシグナルなのよ咲夜。口にも表情にも出せなかった苦悩や、悩みをこの空にぶちまけた壮大な私への相談。そうだとは思わない?」

「はい、そうですね。……きっとそうなのでしょう」

 

 おどけたように、けれど決して嘘ではない口調が耳を触る。

 他人の一大決心のような異変を私物化して笑う、我が主様。晴れやかに、けれど、いたずらっぽく彼女は笑っていた。その姿はまさしく夜の支配者たる吸血鬼の姿で、どこか私をほっとさせた。

 

 

「私が言っても解決することは出来るわ。けれど、それじゃつまらない」

「それで、私ですか」

「分かってる事を聞かないの」

 

 くすくすと笑う姿に見惚れてしまう。

 やはり、ここの従者であることは間違いではなかった。と、ぼんやりと考えていると、そうそう、もう一つの事を言うのを忘れていたわね。なんて、ふざけ半分で、けれど声音は真剣なままに私へと言葉が投げられる。

 

「命令ね。命令はただ一つ──」

 

 

 

 ──袖引の事を丸く収めてらっしゃい。

 

 

 

 

 火花が散る。爪とナイフがぶつかっては高い音をあげて反発しあう。

 

「まったく……派手でいいわね」

 

 不利を感じ、瞬時に飛び退く。態勢を立て直そうとすると、左右からの弾幕が煌びやかに強襲する。

 掠り(グレイズし)ながらも合間をすり抜ける。異色の三対一ね、と一人ごちた。文句染みてしまったが、しかし、以前に幽霊姉妹もいたわね。初ではないとも思い直した。この幻想郷では常識に囚われてはいけない。

 

 人魚に、人狼に、人の首。あぁ、まったく本当に。と、袖引さんの事を思い出す。いつも不安げだったあの子。類は友を呼ぶなんて言葉もあるけれど、随分と似たようなものが揃っている。どことなく人に寄せていて、けれど人間ではない……あぁ、ある意味、私もか。

 

 弾き、回避、そして応戦。ナイフが舞う。 

 

 あの子は愛されているわね。とため息でも一つ漏らしたくなってしまう。私も彼女は好きな方でもあるけれど、別の意味で好きなのは……果たしてどれくらいなのだろうか。妹様も前途多難ね。

 

 弾幕をいなしながら、躱しながら、人魚へ肉薄する。しかし、視界の影から黒が伸びるように狼が疾駆する。タイミングを合わされては、その隙にろくろ首が攻撃をかます。大したコンビネーションね。

 

 ついには裁き切れなくなり、仕方ないか、と腰元の銀時計に手を伸ばした。

 

 

 

 ──かちん、と針が、世界が一変した。全てが白黒となって動きを止める。

 

 

 

 世界が静寂に包まれて、私一人だけが取り残される。ここは私だけの世界。

 

 何もかもが静止した世界の中で、ふと、沈みかけた夕陽を見る。それは彼女のように寂しげで、それでも何処か意地を張ったようにそこから動けない。

 時間が動いていても、動いていなくても変わらない彼女の象徴。彼女の想い。それは私の世界の中でも変わらない。手を伸ばしてみても私では触れられない。

 

 

 雪の異変で助けて貰った事も、色々と融通してもらった事も、他愛ない事を話した事も。忘れていない。

 好きな時間だった。とはっきり言うのも躊躇うけれど、やっぱり嫌いな時間であるはずも無くて。

 

 弱くて強い友人。それが彼女。

 

 袖引さんが困っているのに、私に出来る事は限りなく少ない。敬愛すべきご主人様もお見通しだからこそ、『解決してらっしゃい』とは言わなかったのだろう。きっとそれすらも成長に繋がると笑っている気すらしてくる。決して悪い気分ではないけれど……ね。

 

 ため息一つ。

 

「困った子ね。本当に」

 

 誰にも聞かれない愚痴が零れては、長い影に吸い込まれた。

 

 結局、出来る事は目の前の困ったお客さんを排除して、妹様のところにいく位。だからこそ完璧にこなさないと。

 

 

 仕事も愚痴もお仕舞い。気持ちをしまい込んで、あとは実行のみ。

 

 

 

 ──世界が再び動き出す。

 

 

 

 ナイフが鬱陶しい動きを続けていたろくろ首に殺到する。気を取られている人魚を始末しようと、一気に接近しようとするも、瞬時に人狼に阻まれる。

 

「あら、いらっしゃいませ」

「二度目は無いわ。負けられないのっ!!」

 

 鍔迫り合いにすらならず跳ね返される。人間と人狼。純粋なパワーの差で押し返された。ふわりと数間下がり、地面へと痕を付けた。

 ちらと視線をやると、ダメージ事態はあるもののろくろ首も無事だ。

 

 強い。一対一ならともかく、三対一で尚且つ隙を確実に潰す守りの為のコンビネーション。負けはしないが、勝ちもない。奇しくも私が得意とする戦法に似ていた。

 月の異変の時の意趣返し、かしらね。

 

「悪いけど、袖ちゃんの所には行かせない」

「そうね、飲み友達を無くすには惜しいもの」

「ほんとにね、私が戦うなんてあんまりないんだから! 絶対に勝ちたいよっ」

 

 口々に決意をこちらに吠える三妖怪。まったくもって喧しい。いえ、姦しいかしらね。

 

 

 それを突破しないと妹様や袖引さんの所に行けないから、困ったもの。

 

 

 再びナイフを構える。三人を見据えて、銀時計へと手を伸ばす。

 

 

 ねぇ、袖引さん。ここにも四人いるんだけど、分かっているのかしら? あなたが諦めようとしてるもの、あなたが置いていこうとしたものは、こんなにもあなたの事を思っているの。

 

 

 ──終わりにはまだ早いんじゃないかしら。

 

 

 ナイフを振るう。投げつける。銀の舞踊のように、夕陽を反射して、陰を切り裂く。

 

「こっちだって負けられないの……どいて頂戴な」

 

 

 時間を早めることも、遅くすることも出来ない私はただ止めるのみ。それでも彼女に一言くらいは言ってやりたいの。

 毎回紅茶を褒めてくれた事も、ちょっとしたお嬢様に対する愚痴を一緒に吐いたことも、それすらも無くそうというのなら、少しは怒っても許されるだろう。

 まったく……本当に世話が焼ける。

 

「私の入れた紅茶が飲めなくなるわよ?」

 

 それでもいいの? そう、夕陽に問いかける。

 

 

 

 ──夕暮れ空は困ったような、笑ったような、そんな曖昧な表情を返して来た。

 

 

 

 

 

 夕陽が長く伸びたようにも感じる。けれど、立ち止まってみればそれは錯覚のようで。

 動きだすと、また伸びて来る。きっと何度だって同じこと。

 

 

 だから、ときどきは立ち止まるのだ。

 長い長い、影が追いついてこないように。

 

 

 影がうずくまって動かない事を確認し、諦めるように、また歩き出した。

 

 ──その影が、泣いているなんて知らないままに。

 

 




なんとか一年立つ前に投稿出来ました。
重ねて大変お待たせして、申し訳ございません。

モチベの火が消える前に、となんとか投稿にこぎつけましたので少しばかり縮小版。

不定期ですが終わらせるように、頑張りたいと思っています。

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