【完結】東方袖引記 目指せコミュ障脱却!   作:月見肉団子

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お待たせしました。
リアルが忙しく、しばらくペースが落ちるかもしれません。申し訳ないです。


Stage1 不死鳥が鳴いた夕染め空 道中

 夕焼けの空を見て、いつしか思った事。帰りたくないとごねた事。

 ──それらは全てあの夕空が聞いていた。

 

 

 色んな風景を見て、皆が笑う。これもまたいいのかもしれない。それでも、私のみたいな存在でもなければ終わりは来るものだ。きっとまた、それも必然というもの。

 終わらないってことは、きっと良くないことなはず。そう……良くないんだ。

 

 彼女の背中を見つめる。小さいけど大きな背中。あの夜。私が求めて、諦めて、それでも助けようとしてくれた背中。

 結果的に私は、あの頃よりちょっと丸くなった気もしつつ、日々を謳歌出来ている。何もかもを諦めていた頃よりも楽しくなった。そう、思える。

 

 だからね、袖ちゃん。私は感謝してるんだ。

 

 

 私、藤原 妹紅 見つめているよ

 

 

 夕暮れが足を伸ばし、こちらへと近づいてきた。みんなで楽しく妖怪の山やら湖やらと巡った一日の終わりの始まり。

 すなわち、私たちの異変の始まりが近いことを告げていた。

 

「さて、袖ちゃん」

 

 それを切り出すように、私は言葉を口にする。夕染めの空を飛んでいた一向の動きが止まり、こちらに顔を向ける。怪訝そうな顔、何をいうのかと興味を向ける顔。興味なさそうな顔。それぞれの視線が突き刺さる。

 奇妙な集まりだ。なんて思う。彼女の人選だが人魚に、人狼に、飛蛮奇に、付喪神に、吸血鬼。それに不死人。……どんな面子だ、本当に。

 深く考えてしまうと、話が進まないので話を押し出すかのように進めていく。

 

「これからどうする?」

 

 実際そこが一番重要な部分であるのは間違いじゃない。はず。

 

 今から始めるのは、彼女自身の力を使って時間を引き延ばす事。時間を引き延ばしてなるべく幻想郷を回りたいと言っている。それもまた事実だろう。

 けど、きっとそれだけじゃないはず。遠慮がちの彼女のことだ、それだけの為に人に頼むか、と言われると少し首を捻る。

 確かに異変が起きれば妨害はあるだろうし、私たちも止めるかもしれない。ただ、そういったことすらも袖ちゃんなら認めつつ受け入れていたような気がする。それだけに、今回お願いされたことが引っかかる。

 

 まぁ、ただこれ以上深く詮索する気はない。彼女がやりたいと言っていたのだから袖ちゃんにとっても悪いことじゃあきっとないはずだ。まさか彼女自身、前の私のような自殺願望があるわけないだろうし。

 

 そんな訳で、袖ちゃんを見つめる。

 

「私はまだ見て回りたいですね」

 

 人里と、あとは。と指折り数える袖ちゃんがそこで止まり、言いにくそうな顔でこちらに視線をくれる。大抵こういう時は良い予感がしないな。なんて思いつつも聞き返す。

 

「それと?」

「博麗神社にいきたいですね」

 

 その言葉を出したとき周りが一瞬だけざわつき、そして各々の表情を浮かべている。笑ってる奴、呆れを浮かべている奴。微笑んでいる奴。私はどちらかというと呆れている方に入っていた。

 

「あのな、袖ちゃん。行ったらどうなるのか、わからない訳じゃないよな?」

 

 彼女の突拍子の無さはいつもの事だと思いつつも、優しく問いかける。そんな声に袖ちゃんも苦笑いを浮かべたあと、寂しそうに、残念そうに表情を変えた。

 どうにもこの表情には弱い。しかも、これはきっと止まらないだろう……だって──

 

「どうしても駄目、ですかね?」

 

 彼女は言動とは裏腹に言い出したら聞かない頑固者だということも、経験上、実によく知っていたからだ。

 ちら、と周りを見渡す。夕陽の中、様々な種族の各々の表情が浮かぶ。ただ、口出しはしてこない。博麗神社に辿り着けばどうなるか皆分かっていて、その中で誰が戦えるかという沈黙の確認。

 まだ異変は起こっていないにせよ、間違いなくこの集団でいけば気づくはずだ。そうしたら戦闘になる。その中で一番槍を務めて、この楽しい幻想郷巡りから一抜けするかの確認。

 

 再度、面子を見渡す。……悪いとは思うけど、正直、私よりも強いのって吸血鬼ぐらいなんじゃないだろうか。付喪神やら、陸に上がった人魚やらが強いとは思えない訳で。しかも、フランドールとかいう吸血鬼は動く素振りを見せない。ただ私も別に袖ちゃんと離れたいわけではないしなぁ。といったところ。

 

 視線を動かしていると、たまに人里にいたりする多々良小傘と目が合う。知らない仲ではないが、今回の集まりまできちんと話した事の無かった相手。彼女は袖ちゃんに対して、私たちとは違う感情を持っているようにも思えた。普段、袖ちゃんからも名前をちらほら聞くくらいなのだから、相当に仲がいい事は確かなんだけど、何か妙でもある。

 そんな彼女が決意を秘めた目をしていて、どこか寂しそうなそれに私が気づいてしまった。そのままに彼女が口を開こうとして──

 

 瞬間、強い風が吹いた。私の迷いを吹き飛ばしていくような、背中を押していくような強い風。

 

 こちらのだんまりにおろおろとしていた袖ちゃんも、この集まりも、皆が口を紡ぐ。そんな中、言わせまいと私だけが口火を切った。

 

「わかった。袖ちゃん。何かあったら私が対処してやるよ」

 

 茜を運ぶ風の中、私は一抜けの声を上げる。皆がさまざまな顔を見せる中、一歩分だけ袖ちゃんに近づいた。

 言わされたみたいではあるけど、もう、腹を括ってしまおう。

 

「何があろうと、私がいる間は守ってやるよ」

 

 夕焼けの空に広がる雲の下、異変の一番槍がここに決定した。

 

 そして驚いた顔の多々良小傘に視線を向け、首を振る。きっとこの付喪神の役割はここじゃない。吸血鬼にしたってそうだ。やっぱり最後まで異変らしくあるのなら、切り札は残しておきたい。そうしたらここで戦えるのは私しか……

 いや、違うか。もっときっと口を開いたのは単純なことなんだ。

 

『これは私の我が儘です』

 

 異変のときに聞いた言葉を、もう一度告げられた日から私はずっと助けてやろうと思っていたんだ。あの時、私を引っ張りあげてくれた我儘を、今度は彼女自身が使う。それがとても、とても嬉しかった。

 だから、私は彼女のやりたい事をさせてあげたい。異変というこの壮大な遊びを最後まで楽しんでもらいたい。そうして、終わったらまた一緒に焚き火でも囲いたい。ただ、それだけだ。

 

 我儘なのだから、袖ちゃん優先だよな。そうしたら親友は最後まで残しておくべきだろう。ならば、私のやるべきことは一つだ。

 

「私がやる。これは誰にも譲らない」

 

 もう一歩分、袖ちゃんに近づく。

 袖ちゃんは、何かを言おうとして、飲み込む素振りを見せる。そして、微笑みを浮かべながらこう言った。

 

「ありがとうございます、妹紅さん」

 

 と、妹紅さんなら安心ですねと、無垢な信頼を受け、少しこそばゆい。

 いつの間にか長く付き合っていた彼女。色々とあって、助けもしたし、助けられもした。友達、と呼んでいいのかは分からないけれど、きっとこういうのも友達と言っていいのだろう。

 

 あの日、袖ちゃん自身の口から、性質が変化するかもと聞いて、もしかしたら今まで通りにはいられないかもしれないと聞いた時から、この質問だけはすると、心に決めていた。

 

 私がここにいる意味と、ここにいる理由。それはきっと。

 

 顔をほころばせる袖ちゃんに語り掛ける。

 

「……袖ちゃん」

「なんでしょう?」

「今日は朝早かったよな」

「えぇ、危うく寝坊でした」

「そのあと、妖怪の山に行って、天狗に因縁つけられたよな」

「あれは逆に天狗さん可哀想でした……」

「梅の花が咲き始めの下でお昼ご飯食べたっけ」

「えぇ、とてもとても綺麗でした」

 

 なぁ、袖ちゃん。こうして、私が外に出回って遊んでいるのは誰のお蔭か分かってる? こうして、今も夕染めの空の下で笑顔を浮かべていられるのは誰のお蔭?

 彼女のくれた影響はとても小さくて頼りない。そして、私自身の変化はとても小さいけれど、その変化が、そのとても小さい変化が私にとってはとても大事な変化だったんだ。

 あの夜、少しばかり頼りない手を頑張って伸ばしてくれたから、ここでこうして遊んでいられたんだ。

 

 ありがとう。袖ちゃん。私は、変わる事が出来たよ。

 

 ──聞きたい事。それは、私がいて、貴女がどうだったのかという事。私がいて本当に良かったのか、という事。

 不死という長い時間の中で、今、この瞬間。私がいて、彼女は幸せだったのかどうか。

 

「なぁ、袖ちゃん」

「何でしょうか?」

「今日は……楽しかった?」

 

 彼女が一日を楽しく過ごしたいといった。まだ、一日は終わっていないけれど、終わらせないけれど。もう、時刻は日が沈みかけて、私はそろそろお別れの時間。

 身長差がある彼女を見下ろす。小さくて、大きい彼女は、橙に染まる空の中、にっこりと微笑んだ。

 

「はい、とてもとても楽しかったです。きっとこれくらい楽しいのはあとにも先にもありません!」

 

 二の句が継げず言葉に詰まる。こっちこそって答えるつもりが、胸の方でつかえて出てこない。そっか、楽しかったか。……そっか。

 

 救われた。そんな気がする。結局、私は袖ちゃんが変わってしまいそうなのが怖かったんだ。

 置いていかれるのに慣れていたつもりだったのに、誰かが変化してしまうのがこんなにも怖いことだったなんて忘れていた。

 けど、きっともう大丈夫。これでもし変化した彼女が私を忘れたとしても、きっと今日を抱えて生きていける。

 

 救われた、救ってくれた笑顔を見て、自然と口端が吊り上がる。

 

「そっか、よかった……ありがとう、袖ちゃん」

 

 

 いえ、そんな、と謙遜する彼女と、周りで微笑む仲間たち。なんだか気恥ずかしくて、空を見る。

 

 ──燃える様な夕焼けが、楽しそうにこちらを見つめていたんだ。

 

 

 なんだかんだと話し込んで、どこからともなく動き出して。そんな愉快な仲間たちと共に、博麗神社に向かう。道中、袖ちゃん以外の唯一の知り合いと言うべき、今泉影狼が話しかけてきた。

 

「案外いいところあるのね」

「案外は余計だ。案外は」

「じゃあ、いいところあるのね」

「まぁ、こうなる事は分かってたからね」

「世話焼きよねーほんと、嫌いじゃないけど」

「そりゃどーも」

 

 それにさ、と少しだけ声の調子を変えて影狼は言う。

 

「袖ちゃんと関わってちょっとだけ関わりやすくなったよね、もこたん」

「誰がもこたんだ、燃やすぞ」

 

 まったく、からかう相手を選んで欲しい。なんて思っていると、急に目の前の狼の耳がしょぼくれる。

 

「……ありがとね、たぶん私じゃ力になれない所だから」

「どっちにしろ私がやってたさ、気にしないほうがいいよ。……影狼」

「……ん、わかった。次は私、頑張るよ」

 

 なんとなく名前で呼んでみたけれど、案外悪くない。人付き合いなんて本当に限られた範囲でしかやっていなかったから、距離感には苦労するなぁ。とか関係ないことを思いつつも、影狼との会話をしていく。

 

 それから更に時間も過ぎて、日も落ちかけて、そろそろ夜の足音が聞こえて来る絶妙な時間。昼と夜が反発しあってまだらに混ざりあう魅力的な時間。そんな時間に差し掛かっていた。

 

 すると、先頭にいた袖ちゃんがくるりと後ろを振り向いて、皆が止まる。

 

 視線の集まる中、袖ちゃんの雰囲気が少しずつ変わっていく。変貌の仕方がまるで、あの月の異変の頃の袖ちゃんを思い出すような力強さと儚さを兼ね備えた変貌であった。

 よく妖怪と神の境界は絶妙なものだ、なんて言われているけれど、それを実感してしまうような力の質の変化が目の前で起こっていた。

 

「では、そろそろ始めようかと思います」

 

 彼女が、韮塚袖引が言葉を紡ぐ。彼女の雰囲気が変化したことに気づきながらも、その姿から目が離せない。

 

「私達の、きっと最初にして最期の異変」

 

 楽しさと、寂しさと、そして何故か別れの予感を感じさせるような表情が彼女に浮かんでいる。今にも夕暮れに溶けて消えてしまいそうなのに、その姿は何処までも力強い。

 

「皆さんと一緒に、精一杯、楽しみましょう!」

 

 ──そんな彼女は、不覚にも美しいと思わせるような何かが宿っていた。

 

 彼女が手を掲げ、何かを引っ張る動作を起こす。その瞬間に湖面に一石を投じたかのように波紋が広がっていく。神秘的な何かを内包したそれが、無限に続く空を追ってじんわりと幻想郷へと広がっていった。

 

 透明な力が広がる光景を私達は黙って見守っていた。さっきまで姦しかった異種族の集まりが静かに黙って固定された空を眺める。

 

 もう一度空を見上げると。空には夜の成りかけが広がっていて、そこに夕染めの色を染み込ませたかのような綺麗な光景が広がっている。雲がのんびりと流れ、今にも沈みそうな太陽が最後の輝きを放つ。

 そんないつもと変わらないような夕方。ただ一点、違うとすれば、そこから空が一歩も動く事がないということだろうか。どんなに探しても一番星は見当たらず、夕陽は沈まない。

 普通なのにどこか違う。いつもと同じなのに、何かが違う。そんな奇妙な違和感を秘めさせるような、焦燥感と不安を募らせるような空の元、袖ちゃんが手を下ろす。

 

 

 その瞬間、儀式は完了し、曖昧で、ゆったりとした時間がついに足を止めた。

 

 

 そういえば、夕暮れのこれ位の時間の事を、『逢魔が時』っていうんだっけ。なんて、私は思い出す。他には黄昏時、誰そ彼。行く先にいる人の顔が分からないから、もし、どなたか、と問いかけた時間。

 

 袖ちゃんに視点を戻す。髪が少し伸びている。きっと力の変貌か何かが起こっているんだろうな。神であって、妖怪であって、人間が大好きな袖ちゃん。

 彼女は今、誰で、どこに向かっているのかな。

 

 ふと、空の端を見ながら、そんな事を考えた。

 

 

 

 

 夕刻が過ぎて、そろそろ夜になる頃の時間。人々は気づき始めるだろう。

 

 ──いつまでも、夜が訪れない。

 

 そんな異変が、静かに静かに始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 茜が差し込む鳥居を通り抜けて、博麗神社に到着する。清潔な空間に差し込む茜の光は見る者全てを魅了してしまいそうな光景ではあった。

 けれど、神社は基本的に夕方には閉まるもの。神様もそろそろ眠くなり耳を傾けてくれなくなる。まぁ、幻想郷の神様は別だけど。

 

 社を眺め、賽銭箱の方に視線をやる。すると、長く伸びた人影が一つ。ゆらりとこちら側に向いていた。視線を影の下へと伸ばしていくと、茜に染まった社の中で巫女が立っている。本来箒やら、湯飲みを持っている手には大幣、宙には陰陽玉が浮いていた。剣呑な雰囲気と形容するのが正しいと思う。

 

 幻想郷の守護者、霊夢が戦闘準備を完了させて、こちらを待ち構えていた。

 

「やっぱりあんたたちか、とりあえずまずはお賽銭。素敵な賽銭箱はこちらよ」

 

 呑気に、けれども剣呑に。幻想郷の守護者は語り掛けて来る。

 

「神様だってこの時間は閉店中だろうに」

「そうね、神様はお休み中。けど賽銭箱は年中無休なのよ」

「そりゃ、働きもんだこと」

 

 私が答え、霊夢が返す。その張りつめた雰囲気の波紋が広がって、こっちの集団にも緊張が走る。そして口々に霊夢に挨拶代わりの喧嘩口調を投げつけた。

 そこに袖ちゃんも混ざって来る。彼女は何か言いたそうにしながらずっと黙っていたが、その堰を切ったのかぽろりと口から溢した。

 

「霊夢さん、私は……」

「何、観光でもしに来た? けどね、私は言った通りアンタを妖怪として倒すって決めてるの」

「やはり、そうなりますか……なりますよね」

「そうね、面倒だけど私は博麗の巫女だもの」

 

 にべもなく突き返す霊夢。その言葉に偽りがないように、彼女はお払い棒を構えた。その態度に慌てる袖ちゃん。そしてそれを見て、構える私。大丈夫だよ、袖ちゃん。私が代わりに戦ってやる。なんて覚悟をしていると袖ちゃんと霊夢が再び話し始める。

 

「そろそろ始めるわ」

「待って下さい! せめて……」

「せめて?」

「お賽銭と、ご参拝だけでもしたいです!」

 

 その言葉に、袖ちゃんを除いた全員が拍子を外す。なんたってそこをこだわるのかと、言いたい気持ちを抑え霊夢の方を見遣ると、やっぱり霊夢も調子を崩されたようで、頭をぽりぽりと掻いている。

 そして、ため息で一拍。

 

「……いいわ、いってらっしゃい。ただ、お賽銭は忘れずにね」

「ありがとうございます!」

 

 そういうと、袖ちゃんはとててててと賽銭箱に近寄り、お賽銭をした後、柏手を打つ。そしてなにかを呟いた後に、啞然とする集団へと戻って来た。

 

「お待たせしました!」

 

 皆が微妙な反応を示す中、霊夢が仕切り直し。

 

「で、もういいかしら?」

 

 お払い棒を構えてこちらに敵意を向けて来る。仕方ありませんねと、袖ちゃんが前に出ようとして、私が止める。

 

「私が代わりに戦うよ、まだ行きたいところがあるんだろう?」

「でも、これは私が始めた異変で」

「分かってるよ、けどね、だからこそ袖ちゃんは戦っちゃダメなんだよ」

「だってここに来たのも私の我が儘で……」

 

 その意思が好きだから。その意思が好きだったからここまできた。もしかしたら変わってしまうかもしれない彼女を、今しかいない彼女を一秒でも長く好きにさせる。

 悪いことじゃあないさ。

 

 袖ちゃんの頭を少し乱暴に撫でる。

 

「その我儘が私は好きなんだ。さっきも言っただろう? 私が守ってやるって」

「待って、待って下さい! 私は──」

「大丈夫さ、霊夢を倒したら追いつくよ」

「待って下さい、そんな意味で私はっ!」

 

 若干突き放し気味にいった言葉すらも意に返さず、こっちに手を伸ばす袖ちゃん。言うだろうなぁとは思っていたけど、やっぱりか。なんて笑ってしまう。

 謙虚に見えて、本当に欲張りなやつだよ袖ちゃん。我儘って言葉が本当に似合ってる。

 

 ──だから、私は戦える。

 

 決心を固めていると、それを見取ったのか、ぐいと、影狼が袖ちゃんを引っ張る。

  

「袖ちゃん、行くよっ!」

 

 止めようとする袖ちゃんを、影狼が遮って、動こうとする彼女をみんなが抑える。その様子を見て、頼むよ、と視線を投げると各々に頷いてくれた。そして、何かを言ってる袖ちゃんをそのままに連れ去り、博麗神社を去っていった。

 

 なんだ、会話とかぎこちないなんて思っていたけど、割と悪くない集まりじゃないか。また今度集まっても楽しいかもな。

 なんて、思っていると霊夢がこっちに声を掛ける。

 

「騒がしいわね、ほんと。静かに参拝も出来ないの」

「見逃すなんて案外優しいところもあるじゃないか」

「案外は余計よ、案外は」

「そーかい」

 

 どこかで聞いたような言葉だなと思いつつ、言葉を投げる。不気味なまでに動かない霊夢に気を張る私。

 

「別に言われなくても、追いかけるわ」

「じゃあどうして見逃した」

「一人一人やったほうが楽だからよ」

 

 まるでこっちは眼中にない、と言わんばかりの発言にカチンとくる私。

 

「そうかそうか、確かに私も一人相手にした方が楽だな。何より倒すのに時間がかからないから、すぐに追いつける」

「追いつかないわよ。アンタはここで伸びるてるのが役割よ」

「おいおい夜が近いんだ。また恐怖体験したくなければお家に帰りなお嬢ちゃん」

「近いけど遠いのよ。それに肝試し大会はもういいわ。演出が貧相で飽きたわ」

 

 言葉の応酬で、場も心も暖まっていく。こういう空気は嫌いじゃない。もともと喧嘩慣れしてるのもあることだし、今日は気分がいい。存分に戦えそうだ。

 

 炎を顕現させ、身に纏う。手に足にまとわりつく炎が、ぱちぱちと空気が爆ぜさせ地面を焦がしていく。

 対して自然体でこちらを挑発する博麗の巫女。

 

 なんだか余裕綽々で少し癪に障るが、まぁ、そんな態度も悪くない。今に変えてやるさ。

 

「私の炎が貧相だって? この目で確かめさせてやるわ」

 

 その言葉を皮切りに、炎を霊夢に向かって繰り出す。うねりをあげ突っ込んでいくそれを、霊夢が回避した。

 ごうという炎とともに、天を焦がし狼煙代わりの煙が一つ。

 

 

 異変の始まりを狼煙で飾る。そんな一番槍も彼女のためなら、まぁ悪くは無いさ。

 

 そんなことを思いながら、戦いへと身を焦がしていった。

 

 

 

 ここに、茜色の異変が始まり、その最初の戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

 いつかどこかで鳥が鳴く。もう、帰る時間がやってきたんだ。

 それでもまだ、終わって欲しくなくて足を止めた。

 

 夕焼けがこちらを焦がす。

 

 ぴたりと、一緒に立ち止まった自身の影。

 長く長く伸びた影が、泣きそうにこちらを見つめていた。

 


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