さて、最近輪をかけて自己主張をするようになった。というよりも「我儘」を通そうとしている図々しい弱小妖怪こと私めでございますが、これもあれも事情というものがございます。
私がひたすらにうじうじうじと悩んでいる内に、春は過ぎ、夏が到来し、秋までやってきて、ついには冬まで襲って来る始末。
この頃になってくるとある程度は自身の事も分かってくるもので、少しばかり焦りが生じてきたのも確か。このまま何もしないのかどうかを決めかねていて、結局我儘を通したいなって思ったんです。まぁ、頼む相手相手にはことごとく怒られてしまいましたが。
おっと、事情をお話するのを忘れていました。
私、韮塚 袖引 消滅の危機でございます。
なんて、言っても大したことは無いだろうとかお思いかもしれません。まぁ、確かに私が消えること自体は本当に大した事はございません。矮小な存在が消えるだけですから。ただ、この事に関しては嘘ではないです。確実にこのままでは消えるでしょう。なんて太鼓判を頂いてしまったのですから。
誰から言われたのかといえば、地獄の閻魔様に当たるお方でこれ以上に無い位に適任なお方です。
さて、そんなお方との出会いはあの異変。とりあえずと致しまして、私が現在いる場所からの始まりといたしましょう。
一面には向日葵。黄色の海がどこまでも続いていそうなそんな錯覚。さわさわと寒くなって来た風が吹き付けるのにここはそのまま。
太陽の畑に出向いている私は、寒風の中で咲き乱れる向日葵を見上げております。普通でしたらあり得ない。幻想郷ならではの場所の一つ。
そんな、曇天の黄色の海に目立つ黒い翼が一つ。まさしく烏の濡れ羽のような髪を揺らしつつ、ニコニコと微笑んでおります。
「はい、こんにちは。いつもの射命丸です」
「寒い中で精が出ますね」
「えぇ、良い記事には余念は欠かせませんから」
「で、今回は?」
「もちろん、この花畑で捕まえたのなら聞くことは一つです」
「……あぁ、花の異変ですね」
そう返すと、射命丸様は答える代わりににっこりと手帳と書き物を取り出しました。
「とは言っても、今回は話すことはありませんよ?」
「おやおや? そんな事はない筈なんですけどねぇ?」
知ったように返す天狗様。ちょっと小馬鹿にしたような態度にも慣れてしまいました。なんだかんだお世話になっている天狗様。ですが、今回はあまりお話したくないといいますか、胸中を明かしたくないんです。
しかし、手助けされた経験もございます。話してもいいのかな、とも心が揺れる。
少しの逡巡の間。そんな思いを知ってか知らずか、射命丸様は、ふっ、と笑って、両手のものをしまってしまいました。
「まぁ、知らないのなら仕方ないですね。また今度別のお話でも」
「えぇ、別のお話でしたら」
「再び聞けることを祈ってますよ」
そんな別れの言葉を吐いて、翼を広げる。いつものように飛び立つ前に、もう一度立ち止まる射命丸様。彼女は、ついうっかり忘れ物をしてしまったように私に言いました。
「あぁ、袖引さん」
訳も無げに彼女はこう言いました。
「どうしても逃げたくなったら、この天狗にご用命をば。一人ぐらい『神隠し』するのは訳ないんですよ?」
背を向けたままの彼女。ちらりと見える口元は少しばかり上がっており、何処か楽しそうでした。
見透かされている、素直にそう思います。きっと花の異変の事もある程度は掴んでいるのでしょうね。だからこそ今回は素直に引いたんだと思います。
ふと、いつもこの天狗様はそうだったなと思ってしまいます。いつだって私の行動はお見通しのように質問を投げかけてきたり、先回りしていたり。きっと、いつまでもそうなのかもしれません。
ですから、ちょっとだけ意趣返し。
「えぇ、それもいいかもしれません。射命丸様と一緒も刺激的でいいかもしれませんね」
「……あやや、照れますねぇ」
「ですが」
そんな切り返しに、最後まで立ち止まって答えを聞いて下さる天狗様。……最後まで顔はこちらに向けてくれないのですね。
「私は、まだやりたいことがありますので」
「……んー、フラれちゃいましたねぇ」
茶化した様子の返答と、ぽりぽりと頭をかく仕草。
「ま、いいでしょう。何をしでかすかは分かりませんが、期待してますよ?」
結局、彼女は振り返ることなく挨拶を残し、去って行かれました。
そんなやり取りにため息を一つ。私程度を気にかけて頂いても何にもならないのですがね……あぁ、一応記事にはなるんでしたっけ?
──瞬間。寒風が私の横をすり抜けていきました。黄色の波が揺れて、曇り空の中にポツンと佇む私を浮き彫りに。
「あぁ、降りそうですね」
「何が降りそうなのかしら?」
「おや、幽香さん」
独り言に答えてくれたのは、太陽の畑の主こと、風見幽香さん。緑の髪を揺らし、閉じた日傘を片手にこちらへと近づいてまいります。
基本的には恐ろしい妖怪さんと言われており、実際に力も強い。先程話題に出た花の異変では、そこそこ暴れられたそうで。ただ、禁忌さえ犯さなければこちらに害を与えることは殆どありません。……彼女の気分によるところはございますが。
今回は機嫌は悪くなかったようで、二つ、三つ話したのちに、またふらふらと離れていきました。
「ま、のんびりしてらっしゃい」
ありがたい限りですね。物思いに耽ろうかと思っていましたので。太陽の畑の持ち主の許可も頂き、適当な場所に腰を据えましょう。
さて、思い出すのは花の咲き乱れる異変。今のような寒い季節ではなく、春先の少し暖かくなってきたようなそんな頃でございます。
この話だけは話さない。と、いうよりも話せないが正しいですね。だって聞かれてしまえば、ただでさえ揺らぎかけの私が更に揺らいでしまう。そんな異変でございましたから。
夜の異変も終わって、永遠亭の皆様が薬を人里に届けてくるようになってきて、幻想郷が新しい住人を受け入れた。そんな事を感じる頃のお話でございます。
世間様は春が到来の息吹をまき散らし、桜咲き乱れる。……だけに収まらず、季節とりどりの花が幻想郷を取り巻いております。菜の花につつじに向日葵、挙句の果てには寒菊まで、様々な季節の花が正しく咲き乱れる。
確かに美しい光景ではございますが、やはりというかなんというか、この光景に違和感を覚える方が何人かおられるようで、私もその一人。
何故だかは分かりませんが何処か見覚えのあるこの光景。月の異変が終わった後、しばらくは引きこもり気味ではございましたが、感じた違和感を確かめるべく、そして危険があったら排除すべく、いつもの如く張り紙をし出掛けたのでした。
さて、向かう先はといいますと、やはりこういうのは専門家に問いかけるのが筋という物でしょう。花の妖怪と言えば一つでございますが、あえてそこには触れません。だって機嫌悪いと怖いですし……
この幻想郷には自然に住まうものたちが大勢おります。特に妖怪などがそうですが自然に結びつきの強い存在は多いのです。もちろん私の友人にもおりまして──
「ということで、どうでしょうか、わかさぎ姫?」
「どうって……水温とかはあんまり変わってないかなぁ」
そんな訳でここ、霧の湖にやってきてわかさぎ姫に質問を投げかけております。
あまり興味のない話題なのか、彼女のひれがちゃぽんと水面を叩きます。
「あ」
「何か思いつくことありました?」
「うん。今ね湖底は苔が綺麗に咲いていて、中々の眺めになってるよ」
「おぉ、それは気になります!」
「見る?」
「見ます見ます!」
流石に着物のまま潜る訳にもいかず、冬の寒さ残る中、襦袢だけになり水中探索。水辺の花も中々に乙なものでございまして、睡蓮や、こけの花。挙句にはまりもと呼ばれるものまで。色鮮やかとは参りませんでしたが、色とりどりな花の探索楽しみ、じゃぶんと上がる。
濡れた襦袢を絞っていると、わかさぎ姫から声が掛かります。
「結局さー、袖ちゃんって今回も人間の為に動くんでしょ?」
「えぇ、そうですよ?」
「うーん、まぁいいんだけどね」
「はい?」
「それも袖ちゃんらしいと言えばらしいのかなーって。なんだかんだ誰しも助けちゃうし。困っている人見捨てられない性格だよねーって」
「……そんなことないです」
私だって助けられるものなら助けたいものはたくさんございます。けれど、それには力が足りなくて、私にはもったいない言葉です。
だからそんな意味を込めて、こう続けました。
「私は、弱いですから……手の届く、いえ掴んで引っ張れる方しか助けられませんよ」
「最初から、誰しも助けるって考え方自体が……まぁ、いいかー」
私も妖怪としては特殊だしねーと、そう水の中から手をひらひらさせるわかさぎ姫。
「まぁ、いいんじゃない? 私はそういう考え方も好きだよ。いざとなったら助けてくれそうだし」
「もちろん。わかさぎ姫なら何処にだって駆け付けますとも!」
胸を張って答える私。この身を犠牲にしようとも助ける自信がございます。普段、私に良くしてくださいますし。
そんな答えに、ふふ、と微笑みつつも、少し意地悪い表情を浮かべるわかさぎ姫。そんな表情を浮かべつつ、彼女はこう問いかけてきました。
「──人間かどっちかしか助けられなかったら?」
「……それは」
思わず、答えに詰まる私。ぱっと、わかさぎ姫を始めとした交友のある方々を思い浮かべます。そして、人里の人間様を。
ちょっと前、おそらくほんの少しまえでしたら、迷わずわかさぎ姫と答えていたんでしょうね。けれど、今は……
妖怪らしからぬ矛盾な思考であることは分かっています。ただ、どうしても、どうしても人間様が関わって来ると駄目なんです。最近特にその考え方が顕著でございまして、時折、自身がぶれているようなそんな感覚を味わうこともしばしば。
答えに詰まって幾ばくか。彼女はちょっと苦笑い。
「嘘つけないよねー、袖ちゃん」
「……はい、すいません」
「責めてるわけじゃないよ。ただ──」
「ただ?」
私は、ふらふらと歩を進めています。
──妖怪っぽくはないかもね
彼女の言ったことが、胸へと突き刺さる。自身では分かっていたつもりでしたが、他の方の言葉がこんなにも衝撃を伴ってくるとは思いませんでした。そういえば影狼さんにも似たような事を……
ズキズキと頭痛が走り、思わず立ち眩む。
彼女が悪意を持って言っていたわけでもないのは分かっております。けれど、だけど、もうそれすらも分からなくなってしまいました。
妖怪というものは、存在に意味を持つことが殆どでございます。雪女であったら寒さを象徴する冬の能力。木霊であれば、呼び返す等々、わたしたちの存在はそうでなくてはなりません。
私も私で、袖引小僧という妖怪の筈。けれど、私はその事に疑問を持ち始め、それを看破されてしまった。ぐらり、と何かが揺らぎます。
振り向いてしまえば、立ち止まってしまえば、何かが壊れてしまいそうな気がして。
(考えるな、考えるな、考えるな)
反芻しつつも、ひたすらに歩く。飛ぶことも忘れ、まるでただの小娘のようにふらふらと彷徨っていたのでした。
気がつくと視界には一面の紅の色。曼珠沙華、いや、彼岸花が目に飛び込んできました。紅の地面が緩やかな風に揺られ、まるで私を迎えいれるかのように手を伸ばしてきておりました。
ふらふらと亡者のように迷い歩いてみれば、辿り着く先は捨てられた物達が集う墓場、無縁塚。
思わず笑えてきてしまいます。
ある意味ではこの場所は相応しいのかもしれませんね。何者かも分からない私を、文字通り存在を亡くしてしまったかのような亡者を埋めるには、ちょうどいい場所でしょう。
そう考えてしまうと、もう何処にも力が入らずになってしまう私。思わず、ぺたんと座り込みます。
「──疲れました。もう……何も考えたくない」
このまま地面と同化して消えてしまえば楽なのに、なんて思えてしまう程に疲れています。歩いたからでしょうか、それとも、このまま消えるからなんでしょうか。
ごろんと寝転がると本当に地面に吸い込まれそうで心地がいい。そんな半分熱に浮かされたときのような気分。
「じゃあ一緒にサボるかい?」
そんな声が、上から降ってきます。ついでにひょいと持ち上げられる感覚。
「そんなところで寝てると踏まれるよ? 韮塚袖引ちゃん」
目に入ってきたのは、曼珠沙華のような赤の髪と大鎌を担ぐ姿。そして何故か私の名前を知っている初対面の顔でした。
「あの……降ろしてください」
「おや? 立てるかい?」
「えぇ、一応は」
周りについた土を払いつつも、どちら様だろうと視線を向けます。
「あぁ、私かい? 私は小野塚小町。死神さんだよ」
「死神……?」
まさか、お迎えが来てしまったのかとも思いますが、いやいやと手を振る死神さん。
「私は運ぶ専門。それに、まだあんたは大丈夫だよ。名前を知ってるのは、うちの上司が気にしてる一人だったからさ」
「上司……?」
「そ、閻魔様。ちょっと説教臭いけどね」
あ、小町でいいからね。なんて前置いた後に、いやー、うちの上司がさーと愚痴が始まる始末。かなり気さくな方だなと思っていると、だんだんと警戒心も溶けて来ます。
それにしても閻魔様が私をというのは、何かしでかしてしまったのでしょうか? 心当たりがありすぎて少しばかり震えが来てしまいます。
「それにしたって、ねぇ……」
小町さんが複雑な表情を浮かべこちらを見ます。目線をこちらにくれた後、曼珠沙華の方へと視線を伸ばす。そして雰囲気が少しだけ変化しました。
おそらく、今のこちらにとっては良くないほうに。
「花の色は移りにけりないたづらに……って歌知ってるかい?」
「小野小町、ですよね死神さん」
「そ、せいかーい」
「なんで、その歌を」
「いや、似てるなぁって」
とぼけた様子なのに、逃がす気はないといった感じの雰囲気。
花の色は移りにけりないたづらに
我が世に振るながめせしまに
流れていく時間の残酷さと、その間なんて無為に過ごしてきてしまったのだろうという後悔。それを花に例えた有名な歌です。ですが、私は変化のしようがない妖怪の筈。
「変化しようのないものと、花を比べた所で」
「いやいや、違うよ。色があせるのは袖引じゃないよ。人間さ」
「では、私は無為に過ごして来たと、そう言いたい訳ですか?」
「変化してないって点では一緒だねぇ」
呑気な様子で答える死神さん。
「それにね、閻魔様が気にしてるのは袖引の言ってるそこじゃないんだ。正確には、無為に過ごさなかった事自体も悪い」
「何を言って……」
分からない。私には何を言っているのかが分からない筈なんです。けれど、その言葉が胸を締め付けて来る。
そんな私を見て、そして、誰かを待つ素振りをする小町さん。そろそろ来るかな? なんて呟いたあと、更に言葉を続けました。
「じゃあ、来る間にもう一つ。袖引ちゃん、あたい達死神はさ、多かれ少なかれ距離に関する力があるんだ。なぁ、袖引ちゃんや。あんたの引き寄せる能力なんて、なんてまさにそれじゃないかい?」
何を言っているのか分からないままに話は進んでしまいます。変化しなかったことが悪いように聞こえて、その実は逆?
更には、小町さんは何を言おうとしているのでしょうか? 距離のお話? そんなもの今の私には……
「引くという言葉といえば、引導を渡す。なんて言葉があるだろう? あれさ、もともと仏教用語なんだって。導くやらの意味もあってさ、道に迷わないようにお坊さんがお経を唱えてるんだってさ」
今の私には……
(もし私が、死に関係する力をもっていたとしたら……驚きます?)
ふっ、と月の異変が思い当たります。そして咲夜さんに言ったことも。体の熱がすっ、引いていくのが分かりました。
ねぇ、と小町さんの声が聞こえてきました。
「今からでも遅くないよ。全部思い出して死神にならないかい? 袖引ちゃんが同僚なのも悪くなさそうだ」
「何を言っているのか、私には分かりませんっ!! もっと、もっと私に分かるように──」
「……分かんないかなぁ?」
その答えを見たくなくて、聞きたくなくて、何よりも終わらせたくなくて。声を荒げました。しかし、小町さんはため息を吐きつつも、私の反論をバッサリ切り落とすように、まるで、死神の大鎌を振るわれたが如く、その言葉は紡ぎました。
「
それは、私にとっての今までを破壊する言葉。まるで一刀両断されたかのような痛みを伴って襲いかかってくるのでした。
そんな痛みに耐えられなくて、そんなものを直視したくなくて、私自身を見たくなくて目をぎゅっと瞑ります。そして、言葉がにじみ出るようにぽろぽろと零れたのでした。
「……違う」
「違わない。分かってるんだろ? 別に誰も怒らないさ」
「違う。違うっ!!」
まるで駄々っ子のように耳を塞ぎ、座り込む私。目も、耳も塞いで、まるで自宅の布団の中を再現するかのように周りを遮断します。
駄々っ子でもいい。しょうもない小僧でもいい。ただひたすらに現実を直視したくなくて、やたらめったらに言葉を投げつけました。
「あまり混乱させるものではありませんよ、小町」
そんな中、現れたもう一つの声。曼珠沙華の花の中での誰かの入廷。
そして──現在の私を裁く、裁判が開廷されようとしておりました。
さて、本日はここまで。花咲き乱れ、私も取り乱し、乱れるばかりのこの異変。
私は一体どうなるのか。まぁ、分かってはいるんですけどね。
今回は、私のみっともない所ばかりをお見せ致します。ですので、言葉は少なくここまでと致しましょう。
ではでは、次回も
長らくお待たせ致しました。
もう一年回ってしまうのですね。早いものです。
次のお話は、出来上がっているので近い内に投稿出来るはずです。お待ちください