異聞 艦隊これくしょん~艦これ~ 横鎮近衛艦隊奮戦録   作:フリードリヒ提督

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どうも皆さんお久しぶり(※2021/11/5)です、天の声です。

青葉「恐縮です、青葉です!」

 随分と手が遅くなってしまい申し訳ありません。書く暇がなかった訳ではないんですが、過去の部分の改稿だったり手直しだったり別の所にリソースを割いたり、そもそも何も思いつかなかったりなど、新章の執筆にまで全く手が回ってない時期が長すぎました。
話も随分と長編化してきた結果、一部現在の設定と食い違う部分も出てきているのもあるので、今後もこんな感じになると思いますが、まぁ長い目で見て下さい。

青葉「年に2章ペースで更新するんです?」

流石にそれはもっとペース上げたいけどインスピレーションがね、こうね。

青葉「あぁ、まぁ仕方ありませんね。」

 本当にペースはもっと上げたい所なんですが、ままならないなぁと言うか・・・はい、反省しております。
まぁその分、今回も質の高い作品をお届け出来るのではないかと思っております。

青葉「自画自賛ですか?」

そうとも言う。
では、第4部5章、スタートです!


第4部5章~決一号作戦発動―夏の嵐は涙と共に!―~

 2055年1月19日、北海道空襲さる―――。

突如として伝えられたその凶報は、うち続く激戦への、細やかな幕開けに過ぎなかった。

 

 この時、その迎撃に当たって主力となるべき近衛艦隊も無論の事、各鎮守府の中心的艦隊の大半を含む本土駐在戦力の半数が、遠く南シナ海で今正に戦闘を終えたばかりと言う有様であり、直人ら横鎮近衛艦隊の他に呉と佐世保鎮守府の近衛艦隊までもがこの方面に展開していた。

大本営は急遽「決一号作戦」を発令し、これに対するべく準備を始めたが、悲しいかな、戦力の乏しい彼らの動きは鈍く、情勢は1秒毎に悪化するばかりであった。

 敵にとって、目の前に転がり込んだ大きな戦力的空白とも言うべき状況。それを作り出す事に成功した深海棲艦隊は、一挙に壮大な作戦の第二幕を実行に移す―――。

 

 

1

 

アリューシャン時間1月18日10時32分 ベーリング海棲地中枢

(日本時間1月19日5時32分)

 

「―――そうか。“8月の嵐作戦”が開始されたか。」

 報告を聞きそう言ったのは、ベーリング海に鎮座する深海の王、ヴォルケンクラッツァーである。彼女のその問い返しに、報告を届けたベーリング海棲地副司令官である、リヴァイアサンが答える。

「えぇ。第一撃は成功、北海道方面の防衛体制に、大きな損害を与える事に成功したそうよ。」

 

「・・・どこまで、信用出来たものかな。」

 

「・・・ある程度、差し引いて見積もる必要はあるかもしれないわね。」

 

「困った連中だ、ただでさえ不利だと言うのに・・・。」

 

「そうね・・・。」

 摩天楼と海神、2人の表情は険しい。深海側にとっては、それ程までに情勢が悪化していた。2年前、あれ程までに人類を追い詰めていた彼女らが、今や逆に追い詰められる立場となっていたのだから、皮肉もここに極まったと言えるだろう。

 例え部下には体裁を取り繕って《拮抗》を謳ってみたとしても、それは人類側も息を入れているからに過ぎず、両陣営の沈黙が結果的に拮抗した情勢を作り出している事は、上位知能体の知識層には周知の事だった。

しかもそんな時期に強行した深海での粛清劇は、指揮官の質を大幅に下げたばかりか、有為な指揮官達の亡命をも多く招く結果となり、中央による強権的統制と引き換えに、自分達の首すら絞めてしまったのだ。

おまけに“例の艦隊”の一部と見られる敵艦隊がアラビア海に現れ、改ドレッドノートを散々に追い込んだ末に長期離脱にさせられたばかりか、その流れでコロンボ棲地を陥落させてしまった事で、この作戦に先立って深海側は体勢を崩される格好となり、事実上インド洋からの攻勢は、短期的には不可能となってしまった。

 欧州方面ではこの時期に至っても明確に優勢が続いてはいるものの、太平洋に於いてこれ程までに戦略的劣勢が続いた事で、深海上層部はこの時期既に太平洋戦線での拮抗が、本拠地であるベーリング海やウェーク・ハワイと言う2つの一大根拠地あってのものであると言う、拮抗と言うには余りに険しい現実に直面していた。

もし仮に今、ウェーク方面へでも攻勢が行われ、この一大根拠地が失われた場合、深海棲艦隊は中部太平洋における拠点を喪失し、西太平洋に於いてまともな長期作戦は立案出来なくなってしまう事は、陽の目を見るより明らかであった。

深海側にとっては幸いな事に、ベーリング海棲地には依然圧倒的とも言えるだけの強力な戦力が質・量共に残されており、少なくとも本拠失陥と言う状況だけは防ぐ事が出来るだろう。しかし彼女らは砂上の楼閣に過ぎないこの細やかな状況を前にして、明確な劣位を感じつつあったのだ。

「兎も角、これを成功させなければ、我々は欧州での絶対的優勢を手放してでも、戦力を増加する必要に迫られてしまう。例の艦隊の拘束にも成功した。今暫くは、北日本方面で優勢を確保出来るだろう―――」

 摩天楼は今、僅かな可能性に賭けていた。日本方面は今、身贔屓ありで見ても日本側の劣勢であり、南方に出した戦力が帰還しなければ、局面の打開は有り得ないとさえ言っていい。しかも危機を迎えていたのは、日本本土だけでは無かったのだ。

 

 

同時刻 幌筵泊地

(サハリン時間7時32分)

 

レオン「出撃した艦隊は直ちに沖合で防衛線を形成、絶対に通すなよ、増援があるまで耐え抜くぞ!」

 

「「“はいっ!!”」」

 幌筵第914艦隊司令部でも喧騒に包まれていた。沖合からは激しい砲撃音が響き続け、上空には無数の航空機が敵味方入り乱れての乱戦を展開している。時折防空網を突破した敵機が各所に爆弾を投下し、被害が少しずつ蓄積していくのが手に取るようでもある。

同艦隊司令官レオンハルトこと、アイン・フィリベルト・シュヴァルツェンベルクもまた、他の艦隊同様艦娘部隊を出撃させて、敵の猛攻に対応していた。

「くそっ、なんだってこんな時に・・・!」

「“提督、周囲は完全に包囲されています!”」

「やっぱりな・・・!」

 彼がうんざりした様に返したのも無理はない、窮地に陥っていたのは幌筵泊地である。周囲の島々は既に制圧が始まっており、殆ど守備隊すらいない無人の島々が、次々と深海棲艦の手に落ちてゆく。こういう時こそ幌筵と単冠基地、大湊警備府の3基地から成る「北東方面艦隊」の出番である筈だが、その最北端である幌筵泊地は、艦隊出撃前に包囲され身動きが取れなくなっていたのだ。

3つの基地はほぼ全戦力を残してこそいるが、大湊のみでは些か手に余る状況であり、幌筵島の情勢も芳しくはない上、一部はこの攻撃前に出撃後、任務中若しくは帰還途上にあって在島しておらず、それらの部隊は原隊に復帰する事が出来ず、一時大湊へと退避する始末であった。何せただ包囲するだけではなく、防衛線を突破しようと攻撃が続いていたから、そんな所に寡兵で突っ込んだ所で「焼け石に水」の()()()にすらなれないのは、日の目を見るより明らかだったからだ。

ともあれこれでは幌筵泊地は補給すら望めぬまま、消耗戦に突入すると言う悪循環に陥りかねない危機的状況にあって、全在島部隊は勿論の事、悪評高い嶋田海将さえもが、必死の思いで防戦に努めていたのだった。

 既にこの時点で、幌筵泊地司令部からの救援要請が中央にも届いており、参謀達も頭を悩ませている所ではあるものの、本土を守る戦力すら不足している状況で、どう救援しようものかと、進退に窮しているのが現実だった。

 

(ナオ、テメェどこに居やがる・・・どうせこの状況は知ってんだろ、早く助けに来い―――!)

 

幌筵艦隊が絶望的な防御戦闘に突入していた頃、横鎮近衛艦隊はミンドロ島の沖合で、フィリピン時間5時42分に大本営から直接電文を受電した。

 

提督「―――横鎮近衛艦隊は先の一報に際し、可能な限り速やかに反転北上し、横須賀鎮守府に寄港、補給の後、戦線に参加すべき事。なお台湾海峡を始め敵潜水艦跳梁未だ激しく、また戦局推移如何によっては、関東方面の近海洋上での戦闘についても、考慮に入れられたくここに追記す―――軍令部総長。」

 

大淀「やはり・・・ですか。」

 

提督「―――予想通りだな。」

命令文を受け取った艦隊司令部の受け取り方は概ねこの様なものだったとされる。直人は直ちに指示を発する。

「進路反転350へ、艦隊は高速収容しつつ、日本本土へ向かう。明石、最大で何ノットで横須賀まで行ける?」

 

明石「全ての燃料を使い切って、凡そ、20ノットです。」

 

提督「結構、ではそれでいこう。敵潜水艦は未だに潜伏しているらしい、周囲の対潜索敵を怠るなよ。海上と上空の双方向索敵を絶えず行う事とする。大淀、テニアンに至急電を。」

 

大淀「ハッ、何と送りますか―――」

 大淀は直人から返された内容を、一言一句違わず箱数暗号で送信した。その電文はパラオ・グァム経由でテニアンへと届く事となり、それによって一つの動きが惹起される事となるが、これについては後述する。

 それはさておき、横鎮近衛艦隊は直ちに艦隊を撤収しつつ北上を開始し、一路横須賀へ向けて最短ルートでの到達を図った。これは台湾海峡を回避して、台湾とルソン島の中間点であるバシー海峡を通過、太平洋に出た後一直線に房総半島方面へと向かうというものである。

であるからと言って彼らが手を抜くことは当然ない。同時に鈴谷の護衛計画を策定する事で、航海の安全を同時に担保しつつ、命令通りなるべく早急に横須賀へと辿り着こうとしていたのだ。

 そこには横鎮近衛艦隊の、と言うより提督である紀伊 直人本人の、「本土を断固として守り抜く」と言う、決然たる意志が表出していた。

日本の土は、もう十分過ぎるほど疲れ切っている。これ以上本土に敵の跳梁を許せば、日本国は、日本国国民は、もう二度と立ち直れはしないだろう。

 

 日本は既に、第二次大戦時の数字などあけすけに笑えるほど莫大な人命を犠牲に支払ってきた。であるからと言ってその数字である310万と言う数が少ない訳では決してないし、何より貴重な人命の数であるだけ、笑っていい性質のものでは無いのだが、それでさえ笑えてしまう程に、日本国民はこの長過ぎる戦いの中で、既に数多の血を流し続けてきたのだ。

 「充実し過ぎた平和の対価」―――そう考える者も確かにいた。日本は平和主義国家として高度経済成長を遂げる一方で、しきりに世界に向けて“非戦”を唱え続けてきた、第二次大戦後100年近い歴史がある。その間確かに日本は平和であり続けたが、他者がそうであったかと言われれば、必ずしもそうであるとは言えない。

戦争・紛争・テロ・内戦―――日本ですら、その脅威から無縁とは言えなかった。にも拘らず日本国民は温室のような時代の中にあって、時代が下るにつれて徐々に、様々な要件によって維持され得るべき“平和”というものの価値を、過小評価していったと言う傾向もあった。平和そのものをと言うより、()()()()()()()()()()()()()()()()()として、一般に捉えていた節が散見されてしまったのだ。

かつての第二次大戦、そしてその国土に受けた二度に渡る原爆投下で、平和の貴重さを身に染みて知ると言われた日本国民の、何と浅ましい考えであろう・・・。

 

 

―――話を戻そう。横鎮近衛艦隊がバシー海峡を通過中の頃、羅針艦橋で気を張り詰めっぱなしの直人が居た。

「雷跡監視を怠るなよ、敵の跳梁域を抜けてないんだからな!」

 監視員に向かって直人が檄を飛ばす。極力急いで横須賀へ向かわなければならない以上、鈴谷を傷つける訳には行かないし、ましてや母艦である鈴谷がなければ、十全な作戦行動が取れるとは言えないのだ。

この指示が出たのもこの日既に6回目であり、彼が如何に神経を尖らせていたかが良く分かるだろう。その甲斐あってか、これまで鈴谷への敵の攻撃はここまで一度としてない。

「敵襲はここまで一度も無し、友軍艦隊がやっている掃討の成果、でしょうか?」

大淀がそう言うと直人は、

「過信は禁物だ、ここまで単に運が良かっただけと言う事もあるかもしれん。」

と厳しい顔で言い、大淀も

「そうですね。どちらにせよ、この分なら無事にバシー海峡を突破出来そうです。」

と答えた。ここさえ抜けてしまえば、後は前途に開けた太平洋に溶け込むのみである。

「あの・・・少し、宜しいでしょうか?」

直人がその声に驚き声のした方を振り向くと、羅針艦橋に立つ直人の背後に、イタリアが立っていた。

「なんだイタリアか。余り驚かさんでくれよ。」

 

イタリア「すみません。でも、提督にも、お話しておくべきかと思いまして。お時間、頂けませんか?」

 

提督「それは、ここにいる2人には聞かせたくない類なのか? そう言う事であれば後で―――」

と直人が言っている横で、その大淀と明石は互いに顔を見合わせた後、直人の言葉を遮るように言った。

大淀「こちらは大丈夫ですので、提督はイタリアさんの方に。」

 

明石「そうですよ。少しは私達を信用して下さいな。」

そう言う二人に直人はばつの悪そうな顔をしながら、

「・・・分かった、ここは預ける。」

と言った。

イタリア「すみません、こんな時に。」

 

提督「いいさ、あの二人にあそこまで言われてはな。艦長室で伺うとしよう。」

 

イタリア「ありがとうございます。」

そう言ってぺこりと頭を下げた後、イタリアは直人と共にエレベーターに乗り込み、艦長室に移動するのである。

 

 

2

 

「―――で? 話と言うのは。」

 2人が艦長室にあるテーブルを囲むなり、直人はそう切り出した。彼としては特に急かしたつもりでは無かったのだが、状況が状況故か声に出てしまったらしく、イタリアは無駄な部分を切って本題に入った。

「では単刀直入に言います。私達が日本に来た時のお話です。」

それを聞いた直人が、

「と言うと、我が同胞が何か無礼を?」

と言った。これに対しイタリアは、

「あ、いえ、日本の方々には、とても良くして頂きました。少々棘のある方も居りましたが・・・。」

と大仰に否定して見せた。

「となると、一体どう言った話なんだ? “イタリア親善艦隊”の際に何か手違いがあったという話は聞いた事が無いのだが・・・。」

 と彼は顎を撫でながら言った。ここで読者諸兄には些か説明を要すると思われる。

「イタリア親善艦隊」とは、去年の中頃にイタリアから日本に向け派遣された、NATO海軍の艦艇に依って編成された艦隊「NATO親善艦隊」の事である。NATO諸国による日本国への()()()()と言う目的を帯びており、NATO軍ナポリ統連合軍司令部隷下のナポリ連合海軍部隊に属するイタリア艦艇を中心に編成されている為、この名称も用いられている。

 兵力はイタリア海軍の駆逐艦3、フランス海軍の駆逐艦2を主軸に、大小のフリゲートやコルベット、補助艦艇群に加え、前回横鎮近衛艦隊と会合したイタリア空母1隻を含む独伊の連合部隊から成る。共通点があるとすれば全て西側の基準で作られている位だが、艦艇の7割以上はイタリア海軍が占める。

またイタリア海軍の艦娘も含まれており―――

「私達は、最終的にはNATO親善艦隊の一員として、ローマと共にこちらに参りました。それが、事実上の()()であったと言う事は、提督もご存知かと思います。」

 

 そう、イタリア本土が失陥した後、司令部をフランス南西部の中心地ボルドーへ移したナポリ司令部にとっては、同じくフランスへ亡命したイタリア政府が、自力で維持出来ない部分の艦艇を如何にするか、各所と連携の上で処置する必要があった。

ナポリ司令部はあくまで地中海戦域のNATO加盟国の軍隊を、担当地域での有事の際に必要に応じて統括運用するのが役割であり、それに対する兵力拠出やその維持は、加盟各国に委ねられている。

 しかし欧州戦線の情勢が日増しに悪化している今日、他の欧州にあるどの国にも、欧州第4位の海軍国の艦艇を一部でも引き受け、維持する力は残されていなかった。この事は疲弊の極にあったフランスが、逃げ遅れた地中海艦隊の一部に当たる艦艇をこの派遣に加えた事でも如実に表れている。

 

 だがこの時一つだけ、可能性がある国があった。それこそがNATOの友好国であり、東亜にその勢力を維持し、戦線を押し上げつつあった日本国であった。

既にスエズ経由で数度の交通に成功していた事も併せ、ナポリ司令部はおろか、NATOの意思決定機関である北大西洋理事会に残されていた選択肢は、日本に向け、フランス南岸に取り残された地中海諸国の艦艇を、スエズ経由で回航する事しかなかったのだ。

日本は日本で決して余裕があった訳では無いが、SN作戦で膨大な艦艇を失った日本国には、皮肉にも相対的な意味で余裕があった。多数の艦艇に十全な補給を施すには相応の工業力が必須要件となるが、その艦艇を失った日本の工業には、残存艦艇に対してオーバーフローするレベルの生産能力上の余力があった。

 

 これら事と照らし合わせて、失われた海上自衛軍の戦力を補填しつつ、行き場のない物資を使えるこの方法は渡りに船であり、日本政府と防衛省はこの提案を受け入れた訳である。

しかしこの時期既にスエズ封鎖が始まっていた事もあり、強行突破を行った親善艦隊は、紅海側から救援に駆け付けた独伊遣日部隊の助力を受け、最終的に3割の戦力を失いつつも辛うじて日本が確保していた領域へと辿り着き、シンガポールまで逃げ切った、と言う次第であった。

「無論その事は知っている。あの艦隊は地中海に取り残された部隊で編成されていて、それにイタリアの艦娘を護衛に付け、封鎖に取り掛かったばかりの敵の虚を突いて、スエズを突破した・・・そうだな?」

直人がそう言うと、

「その通りです。」

とイタリアも頷いた。実際ここまで説明した事柄は、彼でなくともある程度世の事柄に精通していれば既知の事柄である。当然だが、そんな茶飲み話をする為にイタリアもこんな時に来た訳では無い。イタリアはこう続けた。

「ですが残念ながら、全員が辿り着く事はありませんでした。ですが、話はそこで終わらなかった、と言う話なんです。」

 

提督「というと・・・?」

 

イタリア「実は、そこまでの道中で撃沈された艦娘が一人、ザラ級重巡1番艦のザラさんです。」

 

提督「撃沈された・・・!?」

そう、話の根幹はここからであった。そんな話はこの時何処にも流れていなかったからである。

「はい、残念ながら・・・。」

 

提督「しかしそんな話は何処からも・・・。」

 

イタリア「この事については箝口令が敷かれていたものですから、提督がお聞き及びでないのは致し方ないと思います。そしてもう1人、こちらはシンガポールに到着した直後に、姿が見えなくなった艦娘が居るんです。」

 

提督「おいおい、艦娘の失踪案件だって?」

 その話こそ彼の驚く番であった。仮にも軍に所属する艦娘がその管理下を離れ、あまつさえ失踪したなどと、本来であれば与太話で済まされる所である。しかもそれが、よりによって日本へ派遣される途上にあった、イタリア海軍の艦娘であると言うのなら尚更であろう。

現在の所艦娘を建造出来るだけの技術があったのは、ドイツと日本だけである。あのアメリカですら出来ないのに一芸特化のイタリアに出来る筈がないから、イタリア海軍の艦娘は、正真正銘のオリジナルである。

そのオリジナルが失踪したという話は、直人を驚かせるには十分であった。

「嘘だと思われるかもしれませんが、本当なんです。失踪したのは、ザラ級の3番艦ポーラ、持ち物は全て消えていたそうです。」

 

提督「痕跡は追ったのか?」

 

イタリア「それが、巧妙に隠匿されてしまい、時間もありませんでしたので、早々に打ち切りに・・・司令部では、ポーラは脱走者と言う事で処理され、行方は今も知れないのです。既に生存は諦められているかもしれません・・・。」

 

提督「・・・で、この話を何故俺に?」

それは至極真っ当な質問だった。この現在の情勢とは、些かミスマッチとも思える様な話なのだ。これに対してはイタリアも明確な回答を用意していた。

「前者に関しては、敵識別表の中に、よく似た姿の姫級が居たので、提督に御注意頂きたかった事。後者に関しては、提督にポーラの捜索をお願いしたいんです。勿論、この作戦が終わってから、ですが・・・。」

 

 それを聞いた直人は少し考え込んでしまった。注意するにしても激しい戦闘の中では中々難しいし、捜索に関しては、そもそもこの広大な太平洋をどう探したものか、と言う問題があった。

 横鎮近衛艦隊といえども、敵の識別を行うのは超兵器級特有のノイズが出た時くらいである。それ以外は姫級であろうとも一律「敵艦」として処理してしまう。これは彼らの実力故に可能な事だが、その為たった1隻の敵艦など眼中にはない。もし仮に、その姫級がザラの深海棲艦となった姿であったとしても、深海棲艦である以上戦う他ないし、その後の事はその後考えるしかない。この言葉がどう言う言葉であるかによって、前者の忠告は意味が180度変わってしまうのだった。

 後者に関しても問題は多い。そもそも直人ら横鎮近衛艦隊と言えど、その戦力はたかが1個艦娘艦隊だ。ザラの言葉が真実であったとしても、この広漠な海の中から、たった1隻の艦娘を探し出す事は容易ではない。言ってしまえば、三笠の場合が特殊であるだけで、本来海の上にある1隻の船も1人の艦娘も、画用紙の上の点より小さな事に変わりはないのだ。

そしてこの太平洋全域をカバー出来る様な戦力は彼らに在ろうはずがない。ある程度潜伏範囲を絞り込む事くらいならまだ出来ようが、その範囲でさえ、インドネシアからソロモン群島方面まで、莫大な島々と水域をくまなく網羅する必要がある。

しかも常に水の上にいるとは限らないではないか。ザラは確かに「痕跡が巧妙に隠匿されていた」と言った。つまりそれは、相手が少なくとも隠密行動に於いて、非凡な才を示している事を表している。

 どんな事情があったとしてもそんな艦娘が、何の当てもなしに、たった1艦でこの海のどこかに隠れ潜むなどと言う事が、果たして本当にあり得るだろうか?

否、そもそも洋上に隠れ続ける事自体に無理がある。洋上に艦娘が居れば、深海棲艦との戦闘は避けられない。そして戦闘すれば、そう遠くない内にその所在は割られてしまう。

正規軍の探索を容易く振り切る見識と能力を持つ者なら、当然その様な愚を犯す筈はない。艦娘もまた人間である以上、陸上に居てその身を潜めているとしても、何一つ可笑しな話ではない。とすれば、もし探索するにしても、どうやって探索するのか―――痕跡もヒントもなしに、である。皆目見当もつかないその居所を突き止める事ほど、難しい事は無いのである・・・。

 

提督「―――前者に関しては、情報を共有して欲しい。その上でどうなるかは保証しかねるが・・・」

 

イタリア「それでも十分です。」

 

提督「後者に関しては、正直そう簡単にOKと言う訳にはいかん。」

 

「・・・。」

 その言葉を聞いて、イタリアは顔を曇らせて俯いた。イタリアにとっては、それこそが本題であったに違いないが、艦隊司令官として、直人にも当然の主張があった。

「きっと前の上司にも再三具申したのだろう。俺にも経験があるから、お前の気持ちは十分に分かる。だが、ここは太平洋だ、地中海とは違う。」

 

イタリア「分かっています。でも放って置けないんです。あの子は―――」

 

提督「イタリア、仮にも1個艦隊の旗艦なら―――いや、地中海で経験を積んできたお前には分かっている筈だ。たった1個艦娘艦隊では、予想されるポーラの潜伏域を探しきれないと言う事を。」

 

「そ、それは―――」

 そう、所詮は1個艦娘艦隊である。例え900機を超す航空部隊を持っていようが、飛ばせる場所が無ければ無意味である以上、艦娘部隊だけではどうしようもない。直人はこう続けた。

「我が艦隊は確かに精強だ。強力な航空部隊や地上部隊も有する。だがそれは、重要局面に備えて涵養されている戦力であり、幾ら並々ならぬ理由があったにしても、艦娘や、まして私の独断や私情で、その戦力を無闇に動かす事は出来ない。

ましてや我々はシャドウフリートだ。人目に付くような事は、余り好ましくない―――」

 

 彼はこと自己の行動に関する限り、艦娘艦隊の権能としての独自行動は勿論の事、正当な理由さえあれば上層部からの命令を拒否する権利すら与えられている。しかしそれは無条件の乱用を認めたものではない以上、彼の行動上でのストッパーにもなっている。

彼の普段行う作戦行動は、各所からの要請が下敷きにある。それに対して彼は任務に応じて適切な部隊を編成して送り込み、任務を遂行するのが当然の流れとして成立していた。だがイタリアの願いを聞き入れれば、私情によって独自に艦隊を動かす事になる。

 これ自体は一見すると艦娘艦隊の権能であり、通常であれば何ら差し支えない。但しこの点で、艦隊そのものが決戦部隊である横鎮近衛艦隊は、原則全力出撃しない通常の艦隊とは決定的に異なる。

いざと言う時に肝心の戦力が一部であろうとも遠隔地におり、作戦に間に合わない等言語道断であると言う、横鎮近衛艦隊特有の事情が、これを束縛していた。

 

 それだけ、彼らは決戦兵力として重要であると言う事でもあるが、その立場上彼らは迂闊に艦隊戦力そのものを動かす事自体、かなり慎重に行わなければならない立場でもあるのだった。

何せ礼号作戦参加の為にサイパンから出撃する時、サイパン出航に間に合わない艦娘数名を実際に海上で回収した程なのだ。裏を返せば、それが可能な範囲までが、彼らがサイパンから発して戦力を出せる最大範囲である。

 彼にしてみても、通常の業務がいざ作戦となった際にその差支えにならない様、金剛らに厳しく言いつけている程であったし、そんな彼らがたった1人の艦娘を探す為に、遠隔地に部隊を出す事は出来ない。それが彼の意見であった。

「・・・俺も出来るなら、そのポーラと言う艦娘を探してやりたい。失う悲しみは、俺も肌身に染みて、良く知っている。だが俺達は、軍令部の手足となって、行けと命じられれば何処へでも行かねばならない立場なんだ。」

直人はそう締めくくった。その表情は、申し訳なさが顔に出ている程歪んでいた。だがイタリアは諦めない。

「―――何とか、ならないのでしょうか・・・。」

しかしそれに対して彼はこう返した。

「つじつまを合わせる事だけでいいのなら出来るぞ。」

 

「えっ・・・?」

イタリアが顔を上げると、少し考えているような顔をした直人が目に入った。彼は思考を巡らせながらこう続けた。

「一応普段出撃する際に戦列へ加えられない部隊もある。香取の第六艦隊がそれに当たるが、それと司令部直轄の艦娘と合わせて、何とか数隻程度なら動かせんことはない。」

 

イタリア「提督・・・。」

 

提督「水上機母艦もいるし、護衛艦も3隻位なら辛うじて付けられるだろう―――何ならまるゆもいる。それでもいいなら、当該方面での捜索任務に充てられるかもしれん。」

 

「本当ですか?」

そのイタリアからの問いに直人はこうも言った。

「航空部隊や香取と話をしてみて、辻褄が合えばの話だ。多分、直ぐには無理だろうが、戦力が増えてくれば、その分だけ余裕も出てくるだろう。それからでも良ければ。」

その言葉にイタリアは感激した様に

「・・・ありがとうございます。それだけでも十分です!」

と言った。

提督「出来うる範囲で、最善を尽くそう。他ならぬ部下の頼みだ、手段は限られているし、徒労に終わるかも知れんが、それでもやってみるだけの価値はある。仮に徒労に終わろうと恨み言は言うまい。」

 

イタリア「ありがとうございます。私に出来る事があれば、いつでも言って下さいね。」

 

提督「勿論だとも。」

 

こうして、部下からの信頼を更に高めながら、重巡鈴谷はバシー海峡を突破し、太平洋の只中に溶け込んでいくのだった―――

 

 

イタリアが艦長室から居住区へ戻る途中―――

「―――話したの?」

と真っ向から声を掛ける者があった。イタリアの妹、ローマである。

「・・・えぇ。」

彼女は短く返事をする。

「・・・それで? にべもなく断られた訳?」

とローマが聞くと、

「いいえ、可能な範囲で艦娘を出してくれると、確約頂いたわ。」

と言った。

ローマ「・・・フン、どこまで信用出来るかしら。」

 

イタリア「ローマ、気持ちは分かるけど―――」

 

ローマ「誰も、私達の願いに耳を傾けなかったじゃない! もう、半年も経つのよ・・・!」

ヒステリックな響きを帯びるその声に、イタリアは静かに言う。

「・・・それでも、私達は前に進むしかない。それにあのポーラが、自暴自棄だけで私達の所を飛び出す訳が無い。きっと、見つかるわ。」

 

ローマ「・・・私だって、信じたいわよ―――」

 

 

3

 

重巡鈴谷がバシー海峡を抜け、横須賀へと到着するまでの間にも、戦局は大きく移り変わっていた。

 

 幌筵への攻撃開始と同時に、深海棲艦隊は北千島及び中千島への上陸を実行、この地域には殆ど守備隊が存在しなかった為、鈴谷の横須賀到着までの間に殆どの島々は制圧されるが、幌筵島のみは在地戦力の奮戦もあって辛うじて戦線を維持していた。

これによって初動の目的を概ね達した深海棲艦隊は作戦を第二フェーズに移し、南千島方面への攻撃を1月22日に実施、これに対して陸自軍北部方面軍の内、北海道東部に駐留する部隊や、青森県三沢や北海道新千歳空港に駐在する航空部隊などが、大湊警備府・単冠基地の部隊を中心とする艦娘艦隊と共に迎撃に移り、所謂北方四島の海空両面で激闘が展開されている。

 

 一方同日6時丁度を期して南西方面艦隊が抽出した部隊が北上を開始、更にその翌日6時にカムラン湾への派遣艦隊が転進を開始するなど、本土救援の動きが加速する。しかしこれらの部隊が到着するのは早くとも26日にならねばならず、全て出揃うまでになおかなりの時間を必要とする為、何かしらの策は必要となる状況にあった。

 決一号作戦の発令と共に、大本営は自衛軍と共同しての防衛戦闘を展開していた。しかし今述べた通り、戦局は思わしくない。何より各鎮守府の主力部隊は不在、残っているのは練度不足とされて残置された艦娘部隊と、ここまでの戦いで大きく数を減らした通常戦力のみ―――。

本土を守るべき戦力が本土におらず、身を守る術を碌に持たないまま、軍令部は本土に残留したそれら全部隊に対し、緊急出撃を命令するしかなかった。

南方からの最初の帰還部隊が到着したのは、そんな折であった。

 

1月23日15時41分 神奈川県横須賀港軍港区第7埠頭

 

提督「―――燃料の補給を最優先で頼む! 弾薬は艦首甲板に一括で搬入してくれ、後はこっちでやる!」

 

「「はいっ!!」」

 

 タラップを駆け下りながら直人は埠頭に待機していた作業員達に指示を出す。ここに来るまでにも何度か深海棲艦機の触接や、敵編隊の通過を遠方から目視しており、彼自身も敵襲への警戒により疲労の極にあったが、状況を考えればそんな事も言っていられないと言うのが実情だった。

その点を考慮すれば、後ろに続く金剛の方がコンディションは良好と言えただろう。

「おぉ、来たか!」

彼がその声がした方を見ると、タラップを降りた先に大迫一佐が走ってこちらに来ていた。

「大迫さん!」

 

「口を利くのは後にしろ、こっちだ。」

大迫一佐の言葉に彼は一つ頷いてその後に続いた。

 

大迫「よく戻ってくれた。しかし早かったな。」

 

提督「いえ、この様な事態になるのではないかと思い、燃料を温存して置いただけです。状況はどうです?」

 

大迫「その件で土方海将がお呼びだ。お前にも情報を共有して置きたいそうだ。」

 

「ッ! 分かりました。」

大迫一佐の言葉に彼がここに来た理由を悟った直人は、それ以上何も言わず金剛と共に、基地の公用車で横鎮本庁へと向かった。そこで彼は現在の状況を完全に知ることとなる.

 

16時13分 横鎮本庁・司令長官室

 

「―――危機的状況、とは正にこの事ですね。」

それが、土方海将から説明を受けた際の彼の第一声であったという。傍らに控える金剛も驚きの表情を浮かべていたが、表面上は口を開かなかった。

土方「だが紀伊君が来てくれた事で、どうにか一筋の光明が見えそうだ。」

 

提督「やれやれ、またこき使われる訳ですな? まぁ、本土を守る為こうしてまかり越した訳ですし、存分に働かせて頂きますよ。」

 

土方「・・・礼号作戦で疲れていると思うが、もう一働きを頼む。」

 

「―――超過勤務手当は頂きますよ?」

と珍しくくだけた調子で言う直人に土方海将は、

「ハハハッ、それは難しいが、その代わり何なりと言いつけてくれ。」

とニヤリと笑みを浮かべながら応じた。傍らでは大迫一佐が「やれやれ・・・」とでも言う様に苦笑しながら立っていた。このやり取りが実際に行われるにしても、その実行役は彼である。

「ところで、ミンドロ島の方はどうだった?」

土方海将のその言葉を受けて、直人は再び表情を引き締め、金剛と共に見聞きした全てを土方海将に話した。それを聞くと海将は、

「成程、やはり陽動だったか・・・。」

と得心した様に言った。

提督「・・・()()()、ですか?」

 

土方「うむ、これだけの敵の行動だ。ミンドロ島方面の敵軍は、この状況を生み出す為の陽動だったのではないかとな。」

 

提督「私もその点を考慮して、軍令部宛に注意喚起を送りはしましたが、結局、間に合わなかった様です。」

 

土方「あぁ、それについては私も読んだ。だが紀伊君も知っての通り、内地に残った戦力は乏しい。なるべく備えたが、結局、君の提言を有意に生かせなかった・・・許せよ。」

 二人の“名将”が互いに表情を曇らせた。片やこの策略にもっと早く気づけなかった事に、片や忠告を受けて置きながらむざむざ敵の蠢動を許した事に。しかしそれすら一時の事で、二人の表情は直ぐに引き締められたが、金剛は普段目にする事のないその物憂げな表情を、今でも覚えているという。

「兎も角、我々は行動しないといけません。このまま敵の行動を座して見送るという訳には行かないのですから。」

「当然だ、座して見送れば、我々に明日が無いのが現実なのだからな。」

直人が言い、土方海将が応じたこのやり取りに、この時の彼らの立場が如何に逼迫したものであったかが分かろうというものだ。既に北関東方面にもいずこからか敵機の魔の手が伸びており、横鎮艦娘艦隊の艦載機部隊が応戦している有様と言う事もあって、ここで無為に時間を潰す事が出来ないというのが本音であった。

 

提督「ひとまず我が艦隊は補給を行います。状況が変化した場合は情報はこちらへも回して頂けますか?」

 

土方「無論だ、紀伊君の働きを、今回は頼らせて貰おう。」

 

提督「頼られましょう。尤も、私ならずとも猫の手を借りたい状況でしょうが。」

 

土方「そうだな。ところで、貴官らの到着を待っていた者がいるぞ。大迫一佐、案内してやれ。」

その言葉を聞いた大迫一佐は敬礼して応じると、直人に目配せをして共に司令長官室を出た。金剛もその後に続く。

提督「・・・大迫さん、待っていた人って言うのは?」

 

大迫「ま、来れば分かるさ。」

 

「はぁ・・・。」

そう目を丸くして言うしかなかった直人であったが、事実その待ち人は会えば分かる性質のものであった。通されたのは横須賀港に面した小さな会議室である。

「提督!」

そう言って彼を出迎えたのは―――

「夕張! どうしてここに?」

そう、第六艦隊所属として、サイパン島にいた筈の夕張である。その後ろには、特別任務群のあきづき、そしてもう一人の人影もあった。

そして直人のその問いに答えたのは勿論夕張である。

「はい! グァムへの出撃命令をこちらでも傍受しまして、それでお役に立てるかと思いまして。五十鈴さん達にも護衛をお願いしてきちゃいました。」

そこまで言った時、直人の後ろにいた大迫一佐が言う。

「では俺はここで失礼するぞ。こうなったらやらにゃならん事が山ほどあるんでな。また何かあれば伝える。」

 

「ありがとうございます。」

と振り向いて直人が礼を言うと、大迫一佐は踵を返して部屋を後にする。

「・・・で、役に立てる、とは?」

改めて夕張に向き直った直人がそう尋ねると、件の造兵廠補佐は答える。

「以前から調整を進めていた()()です。」

そう言うと直人は驚いた様な表情を見せる。

「・・・え、マジで? 完成したの?」

 

夕張「じゃなかったら、今頃私はまだ調整作業中でサイパンです。一部とはいえロールアウト出来るようになったので、あきづきさんが本土に行き、そこに提督も来られると言う事ならと―――」

 

防空棲姫「―――私達が来るついでに、その子の荷物も一緒に護衛してきた訳。」

 

提督「そうか・・・もっとかかると思っていたが。」

そう得心した様に頷くと、あきづきの隣に立っていた人物が漸く発言する。

「そして、私もいるぞ。」

 

「気付いてるよ、なんでここに?」

そう直人が聞き返した相手は、これまたグァムにいる筈の飛行場姫「ロフトン・ヘンダーソン」である。

「私も何か役に立てるのではないかと思ってな。またぞろオブザーバー、という訳さ。」

 

提督「呼んではいないとは言え、正直ありがたい。深海側の事情に精通している者の意見は貴重だからな。」

 

飛行場姫(ロフトン)「だが、その内情を知る者としては、今回の状況は予断を許さない情勢だ。」

 

「無論それは認識してはいるが、それ程の事なのか?」

 彼がそう聞き返したのは、ロフトンがそこまで大きく物事を語る事が少ないからである。しかしそれを納得させるだけの情勢は既に生まれている以上、傾聴に値すると彼が感じたのも確かだろう。

ロフトンは一つ頷いてから言う。

「・・・今回の敵の動きは恐らく、日本攻略を意図したものだろう。“()()()”ではなく、“()()”だ。作戦名―――“8月の嵐”。」

 

提督「・・・8月の嵐作戦、ソ連の日本本土進攻作戦と、同じ名か。」

 

飛行場姫「名前はこの際然程重要ではない。重要なのはその規模だ。知っての通り、ベーリング海棲地には前衛艦隊として、10万隻規模の艦隊が12個いる。今度の作戦には、その内の3乃至4個艦隊が、投入される手筈だと聞き及んでいる。」

 それを聞いて驚きを隠さないのは歴戦の提督である直人である。それも当然だ、その規模が尋常でない事は彼自身が良く分かっている。

「一つの棲地が丸ごと動いてくるようなものだぞ、30万隻規模の大艦隊など、それこそ―――」

 

飛行場姫「そうだな、あの決戦以来だろう。しかも超兵器級も確実に複数含まれているからな、崩す事は勿論、生半可な方法では対抗すら難しかろう。」

 

「・・・で、どの様な手筈なんだ?」

そう、重要な核心部分はここから、ロフトンは要点だけを告げる。

「計画ではまず千島列島線を沈黙させた後北海道へ攻撃を集中し、然る後にこれを攻略して足掛かりを作り、そこから全日本列島を制圧する計画になっている。現状千島列島線は事実上制圧されているから、差し詰め第二段階と言っていいだろう。」

 

提督「・・・要旨は理解したが、それを成立させる為の陽動だった訳だな。」

 

飛行場姫「そうだ、普通に考えれば戦力の不足は疑う余地がない。故にあれだけの大芝居を打ってみせたのだろう。」

 

「やはり・・・俺ももう少し早く気付いていれば・・・!」

そうこぼす直人にロフトンは

「落ち着け、貴官らしくもない。より小さな単位での戦いに身を投じていれば、得られる情報が限定されるのも当然だ。それにこんな所で時を過ごす余裕はない筈だが?」

 

提督「―――そうだな、確かにその通りだ。しかしその規模の敵となると倒すのは容易では無い、やはり増援を待って、と言う事になるだろうが・・・。」

 

飛行場姫「そんな事をしていては、北海道は持つまいな。」

 

提督「その通りだ。故に動ける者がどうにかする必要がある。」

それを聞いたロフトンは、直人にこんなアドバイスをした。

「この状況下であれば、敵艦隊は北海道の東方海上にいるかもしれん。だがそれも、今の段階なればこそだ。状況は刻々と推移する、そう時間は多くないぞ。」

―――この情報こそは、かつて深海側の中枢に関わった者しか知り得ない貴重な情報であった。しかしロフトンにとってそれを教える事は、敵味方の間となってしまったとはいえ、同胞を殺させる行為に他ならなかった。

その胸中たるや複雑でなくて何であろうか。その心情が少しばかり理解出来る直人も、

「・・・助言感謝する。」

と短く告げたのみであった。ロフトンは表情を変えず、ただ一つ頷いたのみだったという。

「夕張、()()は今どこに?」

直人からのその言葉を聞くと夕張は

「作業の方に加えて頂く様お願いしたので、今頃鈴谷への積載が進められている筈です。」

と答えた。

提督「よし、では行こう。あきづきも来てくれ。ではな、ロフトン。」

 

飛行場姫「健闘を祈っているぞ。」

 

提督「あぁ―――」

 返事をして直人は2人を率いて鈴谷に向かう。途中他の特別任務群メンバーも合流しつつ、一同は重巡鈴谷に集まった。鈴谷艦上では物資と燃料の補給作業が急ピッチで進められていたが、そこであきづきら特別任務群には艦内待機を命じ、夕張と直人は下甲板の艤装格納庫へと向かった。

 

17時07分 重巡鈴谷艦尾下甲板・艤装格納庫

 

提督「・・・これか。」

 

夕張「これです。」

 と言葉を交わす2人の目の前には、いくつかの梱包された貨物が、まだ手を付けられる事無く鎮座していた。ここへ運んできたのは勿論、仕分けを担当していた副長指揮の鈴谷の妖精さん達であり、今も10人ほどがその周りで待機しており、この排水量1万2000トンの城を治める主人に向け敬礼していた。

梱包材の内を透かし見るとそれは艤装輸送用のラックであり、ラックには何か艤装が固縛されている。

提督「妖精さん達、梱包材を外してくれ。」

 彼がそう言うと妖精さん達は手際よく梱包材を外していく。そして現れたのは、真新しい軍艦色と艦底色に塗られた、これまで採用されたどの艤装でもない、完全な新型艤装であった。一つに至っては、大戦後期の日本空母が施した迷彩塗装が施されている。

それは正に、彼らが様々な局面に対抗しなければならないという至上命題に際して、横鎮近衛艦隊がそのノウハウと実績を存分に発揮して生み出した、命題に対する基本的且つ究極の回答であった。

その正体とは、直人のこの一言に凝縮されていると言っていいだろう。

「―――これで、我が艦隊は思い通りに、艦娘を運用出来る様になる。その第一歩という訳だ。」

 

「はい。我が造兵廠一同の、自慢の種です。」

夕張は胸を張ってそう断言する。

 

 

「提督、これは・・・?」

 その後呼び出された赤城ら4人は、目の前に置かれた艤装を見て一様に目を丸くしていた。それはそうだろう、それと同時に感じ取っていたからだ。()()()()()()()()()()()を、である。

「私と明石、夕張からの、君達への細やかなプレゼントだ。」

彼はそう言った。横では明石や夕張が胸を張っていた。

「これは・・・()()の?」

「これは軽巡級、だけどこれ、ただの艤装じゃない・・・!」

加賀がそう聞き、五十鈴は驚嘆する。

「これ・・・外観はただの空母に見えるけど・・・違う、普段私が使っているのと、全然違う・・・!」

「えぇ、これも巡洋戦艦のもの・・・私と加賀さんが、()()()()()()()()()()()力そのもの―――!」

雲龍がその新機軸に驚き、赤城は闘志に打ち震える。

「今次作戦に合わせて、急遽夕張がここまで持ってきてくれたものだ。調整の方は?」

それを聞かれて答えたのは夕張である。明石にとってもこれらがここに在るのは、寝耳に水である事は間違いない。

「流石に万全ではありません。適応出来るかどうかも未知数ですから、出撃までの短期間でテストから調整までする必要があります。」

それを聞いた直人は一瞬渋い顔をしたが、すぐ正してこう述べた。

「それでは経験則上間には合うまい。最悪の場合、戦闘直前まで調整だ。ご苦労だが、そのつもりでいてくれ。勿論夕張には今回同行して貰おう。臨時に第一艦隊に編入する。」

 

夕張「ありがとうございます!」

 

提督「よぉし! そうなれば時間が惜しい、直ぐにでもテストを始めよう。」

 

一同「「はいっ!!」」

 

 

4

 

 4人が手にしたのは、全く画期的と言ってよい力であった。この原型となるものは三技研で研究されたもので、それを明石や夕張が情報やデータの提供を受けつつ、長い時間をかけてやっと動かせそうなところまで持って来た代物であった。

そしてそれらから得られたデータは対価として三技研にキックバックされており、今頃小松所長含め所員が小躍りしているだろう。その位貴重なデータなのだ。

 

明石「私達が“人造艤装”と呼んでいる新型艤装が動く所を、こんなに早く見る事になるなんて思いませんでしたよ。」

 

提督「奇遇だな、俺もだよ。」

 

 当然だがそれだけの代物が彼の裁可を受けていない筈がない。データのキックバックも含めて彼の認可を受けており、赤城・加賀・五十鈴・雲龍の4人分の他に、まだいくつもの人造艤装がサイパンで引き続き開発されていた。

夕張はそれを一旦止めてまで押っ取り刀で使えそうなものをかき集め、あきづき達と共にここまでやってきた訳であった。

 艦尾ウェルドック近くの水面で、ウェルドックから3対の目が見守る中、赤城や加賀が10門に及ぶ巨大な砲門を振りかざし、最大戦速で疾駆する。それはさながら、出来の悪い架空戦記を形にしたような趣さえあって、不思議さもありつつ、その威容は正に頼もしいの一語に尽きた。

雲龍や五十鈴は普段と大きくは変わらない外観だが、その力の程は、物語が進むにつれて明らかとなるだろう。

 

提督「夕張、計測データの方はどうだ?」

 

夕張「うーん、やはり予測データとはズレがありますが、概ねシミュレート通りです。あとは当人次第ですが、実戦投入は十分可能かと。」

 

提督「よし・・・2人は引き続き調整の方を頼む。実戦で動かん様になったじゃぁ話にならんからな。」

 

「「はっ!」」

2人の()()()が快活な返事を返す。その視線の先では今、新たな力を手にした4人が、会心の疾走を見せている最中であった。これなら問題はないだろう―――そう思わせるだけの印象が、それらの様から見て取る事が出来た。

「えっ、あれって、赤城さん達かも?」

と、目を丸くする者がもう一人、後からやって来た。こちらは普段通りの艤装を身に着けた完全武装であり、艤装の一部である大艇ちゃんも持ってきている。彼女も直人に呼び出されていた一人であるが、用件は別である事は、既に艤装を装着済みである事でお察しの通りである。

提督「あぁ、来たか秋津洲。」

 

秋津洲「秋津洲、推参かも! それでそれで? 私は何をすればいいかも?」

 

提督「お前には二式大艇の航続力を生かして、北海道東方に進出している可能性のある、敵主力艦隊を見つけ出して欲しい。」

 

秋津洲「索敵任務かも?」

と彼女が言うと

「かもも何も、索敵任務だ。」

と直人が応じた。

「了解! 秋津洲、出撃するかも! ・・・護衛は無しかも?」

 

提督「そこはそれよ。夕張!」

 

「はいっ! 皐月と文月、いつでも準備OKです!」

流石は夕張、直人も直人でその点留意するなど抜かりはない。

「了解かも! 合流して出撃するかも!」

そう言って秋津洲は勇躍海面に降り立ち、沖合で2人の駆逐艦娘と合流すると、東京湾外方向に向かって行った。

提督「・・・頼むぞ。」

 

夕張「それにしてもあの大艇、いつもながら独特な雰囲気出してますよねぇ・・・。」

 

提督「そうなのか? 相変わらず俺には分かんないけどなぁ・・・。」

 

夕張「艦娘特有の感覚、なんですかね?」

その言葉に直人は苦笑を返したのみであった。

「“提督、大迫一佐が来艦されています!”」

インカムを通じて直人に言ったのは、艦橋で補給の指揮を執っている明石である。

「分かった、どこにいる?」

 

明石「“タラップを上った所におられます!”」

 

提督「よし、直ぐに行く。夕張、ここは任せる。」

 

夕張「はいっ!」

直人は身を翻してウェルドックを後にした。

 

 

提督「大迫さん!」

 

大迫「おぉ、直人か!」

明石の言葉通り大迫一佐は右舷タラップを登り切った所に居た。直人は駆け寄ったが、大迫一佐の表情は硬い。

「大変な事になったぞ。」

 

「一体、何があったんです?」

直人がそう聞き返すと大迫一佐が言う。

「釧路市が先程から、艦砲射撃を受けているらしい。急遽発進した航空機からの情報も同様の状況を伝えている。」

 

提督「それで、対応はどうなってるんです?」

 

大迫「付近で哨戒行動中だった艦娘艦隊に加え、大湊から迎撃艦隊が出撃した。会敵は夜になるだろうがな・・・。」

 

提督「・・・大迫さん、大本営に至急お伝え願います。“敵艦隊主力が、北海道東方沖に所在する公算あり”と。」

その言葉を聞いて大迫一佐は

「・・・分かった、すぐに伝えよう。そちらは引き続き出撃準備を進めてくれ。」

 

提督「承知しておりますし、今も全力で行っております。御心配なく。」

 

大迫「・・・すまんな、お前達に任せきりにしてしまって。」

 

提督「これも仕事の内です。さぁ、時間の猶予はありません。ここで大魚を逸せば、関東が再び戦禍を被るやもしれません。」

 直人の言葉を受け、大迫一佐は一つ頷くと挙手の礼を施し、直人も答礼すると、彼は急ぎ鈴谷を離れた。無論直人も必要な行動を実行に移す。

「大淀、全艦に第二種戦闘配備を継続させろ。明石はすぐにでも機関を回せるよう準備を怠るな。下手をすれば、ここも危ないぞ!」

 インカム越しに二人の了解が聞こえる。見上げた夕暮れの空に、今の所敵影は無い。だが敵の攻撃目標が日本全土である事は、ここまでの経過を加味して疑う余地がない。直人のこの措置は当然だったし、既に対空火器は仰角をかけられて、艦の全周を見張る様に、いつでも撃てる体制が整えられている。

だがここは狭い横須賀港内である。ここで攻撃を受けてしまえば、その対空火力と操艦技術を以て殆どの航空攻撃を退けてきた鈴谷と言えど、流石に厳しいと言わざるを得ない。彼が神経質になるのも、当然と言えば当然であった。

「―――かくて人の縁は連なり、輪廻は巡る。」

 

「―――!」

視線を甲板上に戻すと、そこには三笠が居た。

「全ては、貴方の行動一つが呼び起こした事。貴方が今ここに居なければ、これだけの縁が、一堂に会する事など無かった。」

 

提督「・・・買い被り過ぎさ。俺はその時出来る事を、精一杯やっただけの事だ。」

 

三笠「―――貴方は、それでいい。その懸命な努力こそが、新たな縁を呼び寄せるのだから。」

 

「・・・。」

彼はその言葉を聞いて、静かに三笠の目を見、そして口を開いた。

「―――思えば君は、いつもそうだった。俺が思い詰めた時、常に俺の横にやって来て、意味あり気な言葉を投げかける。それに幾度と無く救われてきたがね。」

 

三笠「あら、貴方の方から来たのではなくて?」

 

提督「そうだったかも知れんね。俺は、誰かにその胸の内に対する答えを、知らず知らずの内に求めていたのかもしれないな。」

 

「・・・人は弱い。間違える事もある。でも、それらを全て併せ呑むのが人間。支え合って、皆で答えを出していくその努力こそが、貴方がしていくべき事。そしてそれは、全ての人々にとっても、同じ事。」

 三笠の言葉は、苦難の人類が今や最も必要とする、協調と言う言葉に対する最も具体的な答えであっただろう。苦難の時代にも、人々は助け合い、支え合って生き抜き、一つの種として今日の繁栄を築き得たのだ。

そして今再び、人類は新たな苦難に際して、一丸となってこれに立ち向かっている。ならば、一人一人に手を差し伸べ、手を取り合う事は、全人類に求められた行為であり、何より直人が自身の信念として来た所であった。

「間違えたっていい。躓いたっていい。それでも俺達は、俺達自身の為に、皆で手を取り合って生きていく。生きてさえいれば、一時の間違いは大抵補いがつくもんだ。」

 その言葉の脳裏に、あの日の火の海が一瞬よぎり、その後に誰かの姿が浮かんだ。もう、顔すら思い出せないその姿は、しかしとても、懐かしい―――

そんな思いは、三笠の言葉によって遮られた。

「私は、今は貴方の行く末を支えるだけ。この戦いだって、貴方は十分、やり遂げられる。」

 

提督「あぁ、やって見せるさ。でなければ、また多くの命が失われてしまうのだから。大淀!」

 

「“はいっ!”」

 

提督「今から20分後に作戦会議を行う。主要な各艦隊のメンバーを集めてくれ。あぁ、夕張は呼ばんでいい、あきづきは呼んでくれ。」

その言葉に大淀は「分かりました」と応じ、直人は手近な階段から艦内へと降りて行った・・・。

 

「―――向かう先にあるのは、8月の嵐。導かれし戦士は、涙と共に相対さん。」

三笠は一人、ポツリとそう漏らした。

 

17時00分 重巡鈴谷中甲板・ブリーフィングルーム

 

提督「よぉし、17時になったし始めよう。まず現在の状況の確認だが、日本本土は現在、北海道を中心に激しい敵の攻撃に晒されている。先刻から、釧路市が艦砲射撃を受けているとの知らせもあった。これを引き合いに出すまでも無く、各地が空襲に晒されている。しかし現状、敵の策源地が不明である上、幌筵泊地が重囲の中にあって苦戦を強いられている状況だ。」

 

瑞鶴「―――提督、直ぐに出撃しよう! このまま敵に好き勝手されたら!」

 

提督「落ち着け。俺だって出撃したいのは山々だ。だが敵の戦力は、当初我々が思っていたよりも、遥かに強大な事が判明した。ハッキリ言って、現在の状況下で我々に打つ手はない。」

 

「あら、今日は随分と消極的なのね。」

そう言ったのは、三水戦の旗艦である矢矧である。直人はその矢矧の方に目を向け、

「現実的なだけだ。」

と言った後、ここが肝要だという様に語気を強めて言った。

「今回予測される戦力は、主力と想定するだけでも、ベーリング海棲地前衛艦隊3個艦隊、数にして30万隻余りだ。」

 それを聞いたルーム内はざわめいた。その数は大規模な棲地一つが丸ごと動いているのに近しいものがある。しかもこれには一つの仮定が存在する。それを鋭く突いたのが大和だった。

「・・・()()、と言う事は、総数で言えばもっと―――」

 

「いるだろうな、確実に。」

直人のその返答は場を更にざわつかせるには十分だった。だがそれ所ではない。

「静かに、我々は現時点では出撃出来ない。鈴谷への燃料補給すら終わっていないのだから、現時点では待機だ。敵艦隊主力の所在も不明であるが、秋津洲に夕張を護衛してきた皐月と文月を付けて先発させ、敵主力の捜索に当たらせている。軍令部にも索敵の要請を出して置いたから、我々は敵主力発見の報があり次第、補給完了を待って出撃する。」

それを聞いて勇み立ったのは、二水戦の旗艦、能代である。

「そんな悠長な事をしていたら、ここも危険に晒されてしまいます! まずは敵前衛艦隊と一線を交え、それからでも遅くはありません!」

 

提督「鈴谷が出撃出来ない今は無理だ。ましてや、お前達だけを出撃させる事は論外だ。」

 

能代「なぜです?」

 

提督「補給の方は30時間で完了予定だが、艦隊単独で出撃させたらどれだけ時間がかかると思っている。万全の状態に仕上げる時間も考えなければ。決戦に出たくないと言う事であれば一考するが。」

 彼のその言葉の裏にあったのは、「意思無き者をこの重大局面に前線に出す訳には行かない」と言う事である。敵戦力は余りに強大であり、意志薄弱な者を投入する事で、戦術面に悪影響を及ぼしてはならないからだ。

しかし能代は初めてまともな実戦であるだけにただ逸ったのみであり、それを聞くと姿勢を正して、

「いえ、失礼しました。」

と言って引き下がった。

「―――我が艦隊が正面から当たれば、その激しさに於いて、先のソロモン北方沖海戦の比にはなるまい。敵も新鋭タイプを複数投入してきているし、情報が古い可能性だってある。よって、我が艦隊は戦技に於いて最も熟達し、且つ確実性の高い戦術を以て、その中枢を粉砕する事を目指す。」

 

矢矧「―――それってもしかして・・・。」

 

提督「・・・“夜襲”だ。それも今回は奇襲効果を狙わず強襲する。この為、全航空戦力を投入する事も辞さない覚悟で行く。新たに投入可能となった新兵器も投入して、友軍が迎撃態勢を整えるまでの時間を稼ぐのが、今回の我々が取れる最大限の戦術だ。」

―――夜間強襲。それは夜襲の中では最もリスクの高い戦術であり、夜間と言う隠密性の有利を自ら捨て去る事で攻撃力を最大化し、且つ光学的な観測を困難とする事で、レーダー同士による砲撃戦を敵に強制する戦術である。

単純な夜戦への熟練度と衝撃力が試される戦術であり、数多くの夜戦を経験してきた横鎮近衛艦隊にとっても不足はない。過去最大規模の大艦隊にこの小兵力で対抗する為には、夜間強襲以外の選択肢は他に皆無であり、しかも友軍が集結するまでの時間を稼げるとしたら、夜間強襲を仕掛ける事で敵の足を止める位しか、他に道が無いのも事実であった。

提督「我々は可能であれば、敵主力の中核に一太刀を浴びせる。時間を稼げば、友軍の集結が完了する。我々が命じられているのはその時間稼ぎに他ならないが、それこそ至難の業と言っていいだろう。下手をすれば、生きて帰れぬかもしれぬだけの難敵だと言う事を肝に銘じてくれ。」

 その言葉に出席者は一様に頷いた。役割は単純明快、強大極まる敵と全力で相対する事で敵を足止めする事。ならば話は早い。

 

 作戦の基本として決まった事は、一水打群を先頭として、その直近に第二艦隊を置き、後衛に第一艦隊を配置して、いつでも戦闘加入出来るようにするというものだった。

その上で各部隊の艦載機で以て敵を徹底的に空爆して数を減らし、接近に気づいた敵に対し夜間強襲を仕掛けて前衛艦隊を突破、主力を一挙に叩く事とされた。

 一見するとたった1個艦隊で出来る事ではないが、彼らは1個艦隊でありながらその倍以上の艦娘艦隊以上の働きを可能とする、様々な要素を持ち合わせている。

直人にとってもこの行動は半ば賭けに近い選択でありつつも、実現は可能であるという判断をしていたからこそ、彼は艦娘艦隊にその命令を発したのである。

「―――基本的な作戦概要は以上だな。あとは、敵情が判明してから、大詰めをしなければならん。」

彼は討議をそう締めくくった。外は既に日も沈み、月が煌々と港内を照らしている。およそ1500㎞先で血みどろの激戦が繰り広げられているとはとても信じられないような、美しい月が、暮れたばかりの夜空に上っていた。

「我が艦隊は現時点で、戦略的に見て圧倒的戦力不足の中で戦わねばならん。後方にいる連中は、とどのつまりは、ひよっこもいい所の五月人形だ。だからこそ、我々が率先して進出し、彼らを、そして日本国民の生命と財産を守らねばならん。なぜなら動ける兵力は余りに少なく、その中に我々が含まれるからだ。」

 

大和「提督の仰る通りです。その為にこそ、私達は!」

 

瑞鶴「やるしかないんだもの、私達がやらなきゃ、他に誰もいない!」

 

榛名「日本を守り抜き、そして生きて帰りましょう!」

そう口々に、出席者達が椅子を立つ。最後には直人も立ち上がり、こう述べた。

「いいか! 例え敵がどれほど多くとも、やるべき事は変わらない。三段構えの戦術で、敵の加勢が来る前に確実に、敵の頭を砕くんだ―――その為に、皆の命を俺に預けて貰いたい。」

 そう言って彼は出席者に向けて挙手の礼をした。それに応える様に、全員が踵を打ち鳴らして、彼に答礼で応えた。

彼らのその表情、その瞳に悲壮感はない。ただ軍人として、艦娘として己の使命に向き合い、生きてきた者達が、その使命を己が内に炎と宿し、戦い、やがて死んでいくであろう自身の運命を顧みる事なく、今、彼等は余りに勝算の無い戦いを前に、一筋の光明を頼みとして、出陣せんとしていたのである。

 

「士気が高いな、皆。」

艦橋に戻った直人は大淀にそう言った。

「能代さんですね。先のミンドロ島沖海戦が、些か消化不良だったからでしょうね・・・。」

 

提督「ふむ、まぁそんなものか。兎も角、今は待つしかない。」

 

大淀「はい、そうですね。」

 

提督「―――困ったものだ。」

 そう独り言ちる直人を見て、大淀は微笑んだ。まともな実戦が初めての能代だからこそ、あの消化不良の戦いでは収まりがつかなかったのだろう。経験不足の者にはありがちな現象ではあったが。

 

 

5

 

運命の時が、やって来た。

 

1月25日3時27分 北海道東方1220㎞沖合

 

ゴオオオオオ・・・

 

「“北部SOC、こちら(this is)エクセル05(EXCLE 05)敵艦隊発見(enemy contact)、43°25′32″40 North 160°22′27″88 East*1―――”」

 

3時30分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

コンコンコン!

 

提督「入れ!」

 

大淀「失礼します! 先程空自軍より、敵艦隊発見との知らせが入りました!」

 

提督「位置は!」

 

大淀「北海道東方1220㎞付近の洋上、哨戒機が現在触接中との事!」

それを聞いた彼は直ちに動く。

「全艦隊第一種臨戦態勢へ! 俺もすぐに上に上がる!」

 

「はっ!」

2分後、彼がエレベーターに飛び乗る頃になって、全艦に第一種臨戦態勢を告げる警報音が鳴り響く。それを耳にしながら彼が羅針艦橋へ姿を見せたのは、3時32分の事である。

「明石! 補給の方はどうなっている!」

 

明石「3分前に燃料補給が完了! 現在給油パイプの取り外し中です! 弾薬搬入は既に完了、兵装チェック、機関始動準備共に完了しています!」

 

提督「よし、横須賀軍港管制に緊急出港する旨伝達しろ。出航プロセス開始、総員戦闘配置!」

 

明石・大淀「了解!」

 重巡鈴谷への補給完了と、敵艦隊発見時刻が殆ど同時であったのは、まぎれもなく偶然だとされている。だとすれば運命的な事極まりないが、それもまた、歴史の必然であろう。

重要な事は、横鎮近衛艦隊が敵艦隊の発見時に、即応態勢を整えていた事である。重巡鈴谷は緊急出航を行って横須賀軍港を発すると、直ちに東京湾外に向けて進路を取り、敵艦隊攻撃に向けて動き始めた。

目指すは北海道東方沖に潜む敵主力艦隊、横鎮近衛艦隊の士気は、正に沖天の勢いであった。今回は航空兵装は最小限に、5基の15.5㎝3連装砲を主砲として装備していた重巡鈴谷だったが、副砲や高角砲も可能な限り装備しての戦線投入である。

 

 艦隊が北海道東方に進出するまでには更に二昼夜を要するが、その間にも深海棲艦隊により、状況は悪化しつつあった。敵艦隊は見失わずに済んでいたものの、北海道東部に点在していた基地は軒並み壊滅状態に陥り、青森県三沢基地は大規模な空爆を受ける等していたが、南千島方面へ侵攻した敵艦隊に対しては、道東方面からの短・中距離攻撃によってある程度の打撃を与えた他、大湊警備府の艦隊も出撃しての戦闘が継続されていた。

一方で空自軍による攻撃や、技量の低いとされた艦娘艦隊の艦載機による長距離攻撃も実行に移され、こちらもある程度の成果を挙げていたが、やはり敵の絶対数の多さや練度不足から、痛打と呼べるほどの傷を与えられないのが現実だった。

しかしそれでも横鎮近衛艦隊の進撃に合わせた反撃の為にもこれらの攻撃は続けられ、彼らが敵主力艦隊の南方海上に進出する頃には、何とか1万隻程の敵を削ぐ事に成功していたが、同時に当初想定されていたより、遥かに敵が多い事も判明しつつあった。

 

 1月27日7時丁度、横鎮近衛艦隊全艦が重巡鈴谷を出撃した。この時敵艦隊とはまだかなりの距離があったが、これ以上は鈴谷も危険になり得るとして、早めの出撃に踏み切ったのだと言う。

この出撃に於ける編成表は次の通り。

 

第一水上打撃群 29隻

旗艦:金剛

第三戦隊第一小隊(金剛/榛名)

第八戦隊(摩耶/鈴谷/利根/筑摩)

第十一戦隊(大井/北上/木曽/雲龍 22機)

 第七駆逐隊(漣/潮/朧/曙)

独水上戦隊(グラーフ・ツェッペリン/プリンツ・オイゲン/Z1 51機)

第一航空戦隊(翔鶴/瑞鶴/瑞鳳 253機)

第三水雷戦隊

 矢矧

 第四駆逐隊(舞風/野分/萩風/嵐)

 第十六駆逐隊(雪風/天津風/時津風/初風/島風)

 第十七駆逐隊(浜風/浦風/谷風)

 第十八駆逐隊(陽炎/不知火/黒潮)

 

第一艦隊 40隻

旗艦:大和

第一戦隊(大和/長門/陸奥/三笠)

第二戦隊(赤城/加賀)

第四戦隊(高雄/愛宕/鳥海)

第五戦隊(妙高/那智/足柄/羽黒)

第十二戦隊(球磨/多摩/五十鈴)

第四航空戦隊(扶桑/山城/伊勢/日向 96機)

第五航空戦隊(千歳/千代田/龍驤 210機)

 第一水雷戦隊

 阿賀野

 第六駆逐隊(暁/響/雷/電)

 第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮/荒潮)

 第十一駆逐隊(初雪/白雪/深雪/叢雲)

 第二十一駆逐隊(初春/子日/若葉/初霜)

 

第二艦隊 20隻

旗艦:イタリア

伊戦艦戦隊(イタリア/ローマ)

第七戦隊(最上/三隈/熊野)

第十三戦隊(川内/神通/阿武隈)

第二水雷戦隊

 能代

 第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

 第十駆逐隊(夕雲/巻雲/風雲/長波)

 第二十四駆逐隊(海風)

 第三十一駆逐隊(朝霜/清霜/高波)

 

第三艦隊 32隻

旗艦:瑞鶴(霧島)

第三戦隊第二小隊(比叡/霧島)

第六戦隊(古鷹/加古/衣笠)

第十四戦隊(長良/由良/名取)

第二航空戦隊(蒼龍/飛龍 158機)

第六航空戦隊(飛鷹/隼鷹/祥鳳 180機)

第七航空戦隊(天城/葛城 138機)

 第十戦隊

 大淀

 第九駆逐隊(朝雲/山雲/霞/霰)

 第十九駆逐隊(磯波/綾波/敷波)

 第二十七駆逐隊(白露/時雨/涼風/江風)

 第六十一駆逐隊(秋月/照月)

 

第1特別任務群(深海棲艦隊) 6隻

旗艦:防空棲姫

第1.1任務部隊(播磨/駿河/近江 640機)

第1.2任務部隊(防空棲姫(あきづき)/戦艦棲姫(ルイジアナ)/戦艦棲姫(メイン))

 

艦総数:127隻

艦載機総数:1748機

 

 主な変更点としては、四航戦として欠番となっていた第二戦隊として、三航戦の赤城と加賀が編成されている事と、七航戦の音羽が横須賀に留まるため不参加となる事と雲龍が第十一戦隊に編成された事、その第十一戦隊の護衛として、第十戦隊から第七駆逐隊が臨時で付けられている事、夕張を護衛してきた五十鈴がそのまま第十二戦隊に臨時で加わる事の5点だろう。

だが地味な点としてもう1点、五航戦の艦載機数が目に見えて増えている点は見逃せないだろう。と言うのも・・・

「なんでよりによって改二の初陣で、加賀はんの艤装付けんねん!」

 

提督「すまんが、加賀が今回戦艦として出るから、代役として頼む。」

 

龍驤「そんなんありかいな・・・うー、しゃぁないわ。龍驤改二の初陣は、次回まで取っとくわ。」

 

急ぐもんでもなかろ?>

<急ぐわ! はよ使いたかったんやけどなぁ・・・トホホ。

 

 という訳で、編成変更のあおりを受けて、龍驤が加賀改の艤装を装着しての出撃となったのである。今まで生かし所のなかった龍驤が持つ能力、“如何なる艤装も使用する事が出来る”力を、ここぞとばかりに用いる事にした訳である。

因みにこの力を使ったのは、吹雪が艤装の無断使用で出撃を図った時以来であり、今回は龍驤(加賀装備)と言う事になる。

 

「艦隊出撃完了、鈴谷前面へ展開を完了しました。」

明石がそう報告してくる。日が出たばかりの洋上に、100隻以上の艦娘と深海棲艦達が整然たる隊列を組む。全艦隊共同訓練僅かに17回、特別任務群とのものを考慮すると、その回数僅かに4回に過ぎない。しかしその艦隊陣形には一糸の乱れも無い。

 一水打群の二列単縦陣を先頭に、その左に第二艦隊が同じく二列単縦陣、水雷戦隊を外列に四列の先鋒を形成、その後方を堂々たる三列単縦陣で続行するは第一艦隊、旗艦大和を中央先頭に立て、水雷戦隊も縦列後方に組み込むその陣形は、正面への打撃力を重視した陣立てとなっている。

更にその後方を第三艦隊が輪形陣を形成して続航する。既に艦載機の発艦は始まっており、直掩機と索敵機が朝空へと舞い込んでいく。そしてその第三艦隊右前方、第一艦隊の右側方に位置する形で、特別任務群が単縦陣で航行する。各艦隊の間隔は3㎞、そしてその最後方に、重巡鈴谷がやはり3㎞の間隔を空けて続き、皐月と文月、そして秋津洲、大役を終えた3人が、鈴谷の護衛としてその両側面と背後を固めている。

その陣容は正に圧倒的、整然と整えられた陣形とその数とは、深海棲艦に明確な脅威を与えうる存在として、十分そう認識させるだけの現実味があった。重巡鈴谷の羅針艦橋からは、3㎞先を進む第三艦隊から艦載機が出撃する姿が望見された。

 

「―――艦隊、いつでも最大戦速を出せる様にして置けよ。進路そのまま、敵艦隊へ向け前進する。」

 直人は静かにそう指示した。ここまでくれば、後は事前の立案通りに事を運ぶのみである。既に南西方面艦隊からの抽出部隊や、カムラン湾への本土からの派遣部隊は、前者は26日から、後者は27日に入って、一部が順次日本本土に辿り着いている。だがほんの一部であり、まだ行列の様に東シナ海に連なっているのが現実であった。そして到着した部隊も、休養と補給を行わねばならず、直ちに動く事は出来ない。

結局の所、この時点で敵艦隊に対応できる数少ない戦力は、彼らを除くと、大湊警備府の艦隊しかいないのだ。それでは数が圧倒的に不足しているし、これらの艦隊は南千島方面への対応に忙殺されて来た為に、戦力の再割り当ては急いでいるが、とても敵主力要撃を行う態勢は整っていない。

ここにいる彼ら100余隻が奮闘せねば、それらが展開する時間すら、稼ぐ事が出来ないのだ。直人自身、とっくに覚悟は決めている。

「いいか! 今日と明日にかけ、予定通り反復して航空攻撃を実行! 敵には気取られるだろうが一切斟酌をするな! 敵の空襲に対しては、一水打群のレーダーピケットを元に対処を行え!」

 

一同「「“了解!!”」」

 

提督「―――健闘を祈る。」

―――「北海道東方沖海戦」、「幌筵島の戦い」、「南千島・道東防衛戦」、そして「千島東方追撃戦」。これら全ての総称である「決一号作戦」は、ここに新たな局面を迎える。

後に「北海道東方沖海戦」と銘打たれた、日本近海最後の死闘が、その火蓋を切られた瞬間であった。

 

赤松「艤装使ってんのが誰だろうと関係ねぇ! 各機! 敵がどれ程多かろうが、攻撃隊を守り抜け! 制空隊全機、突入!!」

 

「“敵直掩機3000を超え、なお増大中!”」

「“敵艦隊は事前予測を大きく上回っている、視認出来るだけで10万を超えています!!”」

「“我、敵戦闘機網を突破! なれど敵砲火熾烈、損傷機多数!”」

 

提督「雲龍は他艦と協力して、損傷した機体を優先して収容、修理可能なものは補給と修理の後再発進させろ!」

 

瑞鶴「“提督、既に昨日の時点で稼働機の3割が失われたわ! 今日も損害が拡大し続けてる、このままじゃぁ!”」

 

提督「怯むな! 敵艦隊は既に目前に迫っている。近江の航空隊もかなり厳しいが、それでも今日1日だけ押し切れ!」

 

赤松「“提督! 搭乗員たちは疲れ切ってる、どれだけ交代要員が居てもこれ以上は限界だ!!”」

 

提督「それでも今攻撃をかけなければ、艦隊の損害は指数関数的に増加するんだ! あと2度攻撃を残してる、それまで頑張ってくれ!」

 

―――それは、余りに犠牲の多い航空戦であった。同時にそれは、苛烈を極めた戦いであったと言う事でもある。それは、この時の損害を見ても分かる。

 

総出撃機数:12,672機

未帰還機:512機

帰投後廃棄機体:316機

稼働機(1月28日日没後3時間時点):291機

 

 この損害の多さは無論、パイロットが疲弊する中でも攻撃を強行した事による所も大きい。特に飛鷹を始めとして、艦載機部隊が殆ど全滅に近い打撃を被った母艦も数隻存在するのだ。

艦上機どころか、瑞雲や零式水偵までもが投入された攻撃で、熟練搭乗員が数多く失われた。特に近江の艦載機は所謂「航空機型」であり、その搭載機はしかも、横鎮近衛艦隊の搭載するものの数世代先を行く。

 即ち、大戦後期に日本が開発した推進型レシプロ機「閃電」から始まった日本の噴式戦闘機、その結実たる第1世代ジェット艦上戦闘機、三菱航空機「刀一型一号」、

流星改の発展型「天星」をベースに噴式化した第1世代ジェット戦闘爆撃機、愛知航空機/空技廠「明星(Ⅱ)」、

対艦攻撃用として天山の直接の後継機となり、大搭載量を誇った第1世代ジェット艦上攻撃機、中島航空機「白山」と言った、最終的に手に出来たとしても、横鎮近衛艦隊にとっては遥か彼方にある様な艦載機を、近江は保有している。

 これらは大戦末期、戦局が逼迫する中で日本海軍が送り出した、日本航空技術の精髄であり、近江などでの運用を視野に入れたものであったが、試作機数機がそれぞれレイテ沖で投入され、近江喪失と共に艦載機としての役割を終えた機体でもあった。

そしてこれら近江が持つ航空機型噴式深海棲艦機は、深海棲艦機特有の疲れ知らずぶりで常に主力として投入されたが、その分消耗が激しく、また戦果も多かった。結局の所未帰還機と廃棄されたものも併せ、保有機の3分の1強を失っている。

 

 しかしそれだけの代償を支払って尚、撃沈する事の出来た敵艦の数は、12,439隻が確実とされているに留まり、しかもこの数字は通常であれば確かに多く、敵1個艦隊に相当するが、今回ばかりは数が余りに違い過ぎた。

 

1月28日20時47分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「―――敵艦隊の数は、やはり予想を上回っていたな。」

 

明石「・・・勝てるのでしょうか。」

 

提督「・・・今回ばかりは、勝たねばならん。元より、それが前提だ。その為に、やれる事は全てする。俺達が、生き残る為にも―――。」

 この時点では、横鎮近衛艦隊の勝つ見込みは殆どゼロと言って良かった。昼間、最後に触接した水偵が、機体廃棄を代償に持ち帰った情報は、それを裏打ちした。

 

―――敵艦隊総数、40万を大きく上回る模様。

 

 敵前衛艦隊3個を想定していた彼らは、それを上回っていると言う情報を前にして、一挙に勝ち目を潰されつつあった。だが彼らは同時に一つの勝機を見出してもいた。それは、直近にいる10万の梯団を中心にして、通信が送受されているという情報が齎されたからである。

これこそは、横鎮近衛艦隊水偵隊の意地とも言うべき三角測定によるものであり、長時間に渡る任務で殆どの機体が失われたものの、その情報は、彼らの目の前に、奴らの総旗艦がいるかもしれないという予測を立てさせていた。

 相互に航空戦力を削がれ、しかも敵が戦闘機を大きく打ち減らされたのみであるのに対して、こちらは攻撃用の機体も大きく数を減じている。航空攻撃は翌朝になればある程度可能になる見込みであったが、発進可能な見込みの機体は総数350機程度、これでは最早どうしようもない。

簡易な修理のみで出撃した機体も多く、よしんばそれらが帰投したとしても、それらは大抵きちんと修理を受けなければ二度と飛べはしない状態であり、航空戦は最早、挑めそうもない。何より、数多の熟練搭乗員を失ったとあっては、尚の事である・・・。

 

提督「金剛、敵艦隊は捕捉出来るか?」

 

金剛「“既に捉えてるネー、敵艦隊、この距離から捕捉されてるとは思ってないデース。”」

 

提督「混乱してるか。」

 

金剛「“必死に探してるみたいヨー?”」

―――ならば出向いてやろうか。状況からすれば、余りに不敵過ぎるその言葉と共に、彼は一つの命令を下す。

「川内!」

 

「“なに?”」

 

提督「―――()()を出して敵に触接させろ。大至急だ。」

 

川内「“了解!”」

 時を置かずして、先鋒の片割れである第二艦隊から、1機の水偵が発進する。

「九八式水上偵察機」。愛知航空機が、夜間触接・夜間砲戦における弾着観測など、敵戦闘機による邀撃を考慮しなくてもよい状況で使用される機体として開発された、特殊な水上偵察機である。

夜間運用が前提の機体である為、塗装は暗緑色であり、着水時の安定性を重視して、複葉三座の飛行艇形式として纏められている。

川内搭載機として運用されているこの機体は、夜戦時には必ずと言っていい程触接任務に出撃している。単に、第二艦隊に移っていた為に出番が無かっただけの事である。

 

提督「いよいよ、だな。恐らく我が艦隊の正面に居るのは、我が方の最終発見地点から逆算して配置された前衛部隊だ。敵主力との交戦になったら私も出るぞ。」

 

明石「承りました。」

 

提督「―――空母部隊は全艦鈴谷へ収容し終えているな?」

 

明石「御命令通り。」

その言葉を聞くと直人は一つ頷いてからこう命じた。

「第十一戦隊を右前方へ進出、敵艦隊左翼を望むよう展開させろ。但し、雲龍と敵との相対距離は50㎞を保て。」

 

金剛「“クロスファイア、デスネー?”」

 

提督「そうだ。魚雷を敵進路軸線から45度ずらす様に配置してくれ。あぁ勿論、会敵予想時刻に合わせて展開出来るようにな。」

 

金剛「“了解ネ!”」

彼のこの指示は、重要な意味合いを持っている。だが今はそれに触れるべきではないだろう。すぐに知れる事なのだから。

提督「・・・取り敢えず、俺は飯でも食べますかね。」

 

明石「腹が減っては、戦は出来ませんからね。」

 

提督「そ。一旦預ける。」

 

明石「預かりました。」

そうして直人は一度艦橋を降りて食堂へ向かったのである。

 

23時07分―――

 

イタリア「“キャリアーへ、こちらイタリア。レーダーにて敵艦隊発見、距離42,000m、これより接敵に移ります!”」

 

提督「よぉし! 一水打群及び第二艦隊を先鋒に仕掛けろ! 周辺から別の艦隊がやってくるかもしれんが、それについては第一艦隊の戦闘加入によって対処する! 北上!」

 

北上「“雷撃だよね~?”」

 

提督「いつもの通り、適宜のタイミングで頼む。それと雲龍に、発進命令を。」

 北上が命令を受領する。この時雲龍と第七駆逐隊を含めた第十一戦隊は、重雷装艦3隻が敵艦隊から40㎞、雲龍が50㎞の距離で、艦隊右前方にいた。

北上「よーし、戦隊、一斉雷撃用意! 目標敵艦隊右翼の中央、射距離35,000でいくよ~。雲龍さん、いっちゃっていいよ~だって。」

 

雲龍「“了解。”」

 

木曽「・・・()()って、どういう代物なんだろうな?」

 

北上「まぁ、見てりゃ分かるんじゃない?」

それもそうだ、と木曽は頷く。その後方では、いよいよ雲龍の新しい艤装が、その力を発揮しようとしていた。海は多少荒れていたが、概ね艦隊戦闘に問題はない。

「機関停止、艦尾発進口開放、ガイドスロープ降下。」

その雲龍は機関を止め、片膝をつく格好で、艦橋下に増設された部分を展開していた。

「―――“瀑竜”、発進!」

周囲を第七駆逐隊の4人が取り囲むように守る中、海面に降ろされたスロープを次々と滑り降りて、艦載機のように大きく展開されたそれは、まことに小さな()()であった。

 23時29分、一水打群と第二艦隊は、敵戦艦複数を含む前衛部隊と戦闘を開始する。同時に敵への先制雷撃により敵艦多数を撃沈し、出鼻を挫く事に成功する。

敵艦隊もこの事は予測しており、直ちにレーダーと吊光投弾による砲雷撃の応酬となり、主導権こそ握ったものの、強襲と言う形態上正面切っての対決となった。

 

 しかし展開は最初、圧倒的に横鎮近衛艦隊優勢で推移していた。第二艦隊は川内を中心に夜戦専門として鍛え上げられてきた専門部隊、第一水上打撃群は艦隊創設時からの歴戦の部隊であり、経験豊富の精鋭部隊だ。今更1,000隻程度の前衛部隊に敵部隊に後れは取らない。

状況が変化したのはその20分後、周辺から3,000隻の梯団が2つ増援として駆けつけてきた辺りからである。

これに対しては直ちに第一艦隊を投入して夜戦部隊を支援する一方で、遂に彼らの新兵器が火を噴く事となる。

「砲撃用意!」

 片方の梯団の旗艦ル級Flagshipが号令をかけたその数瞬後、その意識は永久にこの世から切断される事となる。

否、それだけでは無い、その梯団の主力艦が次々と水柱に飲み込まれ、消滅するかのように次々と沈められていく。水雷戦隊の隊列で爆発した1つに至っては、軽巡級1隻を消し飛ばしたばかりか、その衝撃波で近くにいた2隻の駆逐艦級にまで被害を与え、戦列を離れさせる程の威力を示す。

その余りにも巨大過ぎる水柱は砲撃を彷彿とさせたが、46㎝砲弾すら遥かに上回るそのスケールは、旗艦を葬り去られた事と併せて、敵梯団を混乱に陥れるには十分だった。

しかもこの時巨大艤装『紀伊』は出撃していない。一体何が起きたのか・・・?

 

―――そのヒントは、直後の北上らの会話にあった。

 

大井「・・・なにあれ。あれで“魚雷”な訳!?」

 

北上「いやぁ、“大きい”とは思ってたけど、想像以上だねぇ。」

 

木曽「あんな“小さな船体”に、なんてもの積んでやがる・・・。」

 

北上「“あたしらの知らない兵器”だけど、案外凄いもんだねぇ・・・。」

 

 今しもその主犯達は、敵艦隊の射程から全速力で離脱している真っ最中であった。その速力43ノット、その小柄なボディからレーダーも光学的にも、発見は極めて困難である。

レシプロエンジンの軽快な爆音を響かせながら、それらは雲龍に向け、30隻揃って帰路に就いた。

 

提督「瀑竜による攻撃は成功、敵増援の足止めに成功、と。」

 

明石「雲龍さんの艤装をベースに、並行世界から引き出された新しい艤装でしたが、とてつもない攻撃力を示したようです。」

 

提督「―――九五式大型魚雷、だったか?」

 

明石「はい。()()()()()()()()()()()()兵器です。」

―――そう、雲龍と赤城、加賀もそうであるが、この3つの艤装は戦艦紀伊と同じ様に、並行世界で同じ名を持つ船を象った艤装である。

 

赤城「目標右前方敵巡洋艦級! 撃て!」

 

加賀「諸元修正、目標右20度敵戦艦級―――撃て。」

 

 第一艦隊へ編入された2艦の艤装は、本来あるべき姿への回帰とも言え、所謂「八八艦隊計画」によって建造される筈であった戦艦「加賀」と、巡洋戦艦「赤城」そのままの姿であり、41㎝連装砲塔5基10門を備え、赤城は30ノット、加賀は26.5ノットを発揮する。

両艦共に煙突は1本となっているが、赤城のそれは2本の煙突を上部で結合した集合煙突となっているのが目を引く。これは前檣楼への煤煙対策であり、平賀造船中将の遺した資料に記述及び図示があった通りの仕様となっている。

 防御面では長門よりも薄い装甲板でありながら、傾斜を付ける事によって同等の防御力を発揮する事が出来たとされ、赤城も巡洋戦艦でありながらかなりの防御装甲を持っている。

これは第一次大戦時に生起したユトランド沖海戦で、軽装甲高速力のイギリス巡洋戦艦が、相次いで3隻轟沈した事が教訓として取り入れられた結果であり、「ポスト・ジュットランド*2型戦艦」となるべく設計された証でもある。

 

 一方第十一戦隊として戦闘加入した雲龍は、純粋な空母では無くなった姿である。搭載機数は22機に減り、その内訳も防空用の戦闘機と偵察用の艦攻を少々搭載しているだけで、空母としての能力では、排水量20,000t程もあるそのサイズに対して見るべきものが少ない。

一応空母としての艤装は、後部を除いて格納庫含め大半が残された為、いざと言う時には別の空母の帰還機を受け入れて、補給の後再発進させると言った事も出来るが、それは単艦としての能力とはとてもではないが呼べないだろう。なまじ、火力は今まで通り単なる空母でしかなく、高角砲と機銃を有するのみなのだ。

では一体雲龍は()()()()のか。その答えが、「瀑竜」と「九五式大型魚雷」である。

 

 高速雷撃艇「瀑竜(ばくりゅう)」、全長僅か12.2mのボディに3名の乗員が乗り込む小型ボートであり、エンジンとして三式戦闘機「飛燕」の発動機として知られる「ハ40(公称1,100馬力)」を装備、43ノットを発揮する事が出来るが、その最大の特徴はなんと言っても両サイドに搭載された、艇の全長に匹敵するやに思われる巨大な魚雷「九五式大型魚雷」にあるだろう。

酸素魚雷として有名な九三式魚雷も全長9mを誇るが、こちらはそれを凌ぐ11m弱であり、実在すればまごう事なき世界最大の魚雷となったであろう事は、疑いようがない。

その直径なんと81㎝、弾頭重量1.2tと言うマンモスクラスの大きさを誇る、純酸素使用の酸素魚雷であり、前述の赤城や加賀等が1発でも受ければ、それだけで大破させ得るほどの威力を誇る。それもその筈、この魚雷はなんとも壮大だが、「ポスト・八八艦隊クラス」の戦艦に対する有効打として期待された存在であったと言うのだ。即ちそれらよりも後に完成されるだろう新型戦艦、つまり「大和」やその対抗馬となるべき戦艦に対しての、切り札と言う側面があったという訳である。

 「自身の主砲に決戦距離で耐えうる防御」として大和の防御を設定した帝国海軍が、その大和を沈められる兵器を、九三式魚雷を叩き台にした艦載用魚雷として用意した点は、中々どうして抜かりないと言えただろう。しかしこの一見凄まじい兵器には重大な欠点があった。射程距離が艦載用の魚雷としては余りにも短いのである。

その短さたるや、最高速力の46ノットの場合僅かに4,000m、42ノットに落としても8,000mに過ぎない。九三式魚雷が48ノット時20,000mの射程を誇った事を鑑みても、これでは艦隊決戦時の水雷戦に投入出来そうにない。結果駆逐艦などへの搭載が見送られ、代替案として戦艦が搭載していた装載艇「15m艦載水雷艇」の装備として流用された。

海軍としては大真面目で、決戦時にこれを海面に展開し、必殺の大型魚雷を用いて雷撃させようとしたのだが、悲しいかなその速力僅かに10ノット程度。どんなに足が遅くとも20ノット出る米戦艦にすら、追い付ける筈も無い。それもその筈、この水雷艇はその名とは裏腹にただの大きな内火艇に過ぎず、武装はおろか装甲も無ければ、港の中で動ければそれでよしとされる程度の性能でしかない。

 

 よって殆ど死蔵扱いだったらしいのだが、1943年になってある佐官が持ち込んだのが、「短期に急造可能な雷撃艇と言う()()()」の提案であった。

それに用いるのであれば、唯一欠点だった射程の短さも相殺出来、艦載水雷艇にはない足もある。小型エンジンの無い事だけが課題であったが、そんな折、陸軍が開発中だった飛燕が、予定していたハ40の搭載を()()()()()事で、川崎が飛燕向けに生産していたハ40の在庫が宙に浮いた為、それを流用する形でエンジンまでが決まってしまい、提案が容れられる形で急造、制式化されたのが「瀑竜」であった、という訳である。

 企業が不良在庫とされてしまったエンジンと、海軍が不良在庫として抱え込んだ魚雷を、鉄鋼材の余りで作り上げたボディに搭載した急造兵器ではあったが、信頼性は海軍整備員の努力によって高い水準で保たれ、かなりの成果をその多い犠牲と共に挙げたのだと言う・・・。

 

「カタログも凄まじかったが、いざ使って見ると、文字通り桁が違うな。」

 直人と明石が見ているのは、夕張が前線で観測・転送してくる観測データである。そこには着弾時の映像や、爆発時の威力等が克明に記録されている。殆ど掻き消える様に敵戦艦級が仕留められていく様は、2人を驚嘆させるには十分であっただろう。直人の120㎝砲や金剛・大和の46㎝砲ですら、これだけの芸当は出来はしない。

120㎝砲の弾頭は殆どが徹甲弾且つ、弾頭直径も100㎝であり、炸薬量は79㎏に過ぎない。46㎝砲の徹甲弾も24㎏しか炸薬を搭載していないから、同じ芸当をしようとすると通常弾(榴弾)を用いる他に選択肢はないが、魚雷とは異なり敵の主要な装甲板に直撃させる事となる為、威力が大幅に減衰されてしまう。

つまり、彼らの有する巨砲ですら、あれだけの芸当は出来ないのだ。

 

提督「魚雷艇を好きなタイミングで自在に使う事が出来る。面白い特性だな。」

 

明石「搭載数も30隻、かなりの攻撃力である事は間違いないでしょうね。」

 

提督「流石に重量も凄いから、1度に2本同時に発射しないといかんのだがな。」

 

明石「発射機が壊れてたら・・・吹っ飛びますね。綺麗に。」

「そうだな」と直人も応じる。艦隊を挙げての夜戦の只中だが、今の所優勢であり、余裕と言った所であった。しかしこの時状況は予想外の事態の為に、大きく変化する事になる。

「“右舷前方に浮上しつつあるものあり!”」

そう速報してきたのは右舷側の見張り員の一人である。

提督「なんだ・・・?」

 

明石「潜水艦でしょうか?」

そう言い合う2人の注視する方向から浮上してきたのは―――

「“敵駆逐艦浮上!”」

 その声と発砲炎の光が見えたのは同時だった。放たれた砲弾は前檣楼羅針艦橋の正面を右舷から左舷へ斜めに掠め、左舷至近の空中で炸裂し破片を撒き散らす。

「敵駆逐艦が水中からだと!?」

 

「“敵艦再び潜航した模様!”」

 

「何―――!?」

 直人がその言葉の意味を悟ったのと、別方向から発砲炎が見えたのも同時であった。この砲弾も前檣楼と第一煙突の間を左舷から右舷へすり抜け、右舷至近の空中で再び炸裂する。いずれも1,500から2,000mと言う至近距離からのものである。

「不味いぞ、敵は水中至近距離からヒットアンドアウェイをやるつもりだ。サモア沖であきづきがやった手をブラッシュアップしたんだろう。皐月、文月! 迎撃しろ!」

 

2人「「“了解!”」」

 

「“わ、私はどうすればいいかも!?”」

そう慌てた様子で通信を入れてくるのは、鈴谷後方に続く秋津洲である。

「―――秋津洲は鈴谷後方を警戒してくれ、来たら迎撃を頼む。」

 

秋津洲「“あ、あんまり戦闘は得意じゃないかもぉ!”」

 

提督「それでもやるしかないだろう! ここは戦場だ!」

 

「“わ、分かったかも~!”」

いつになくアワアワした様子の秋津洲の返事に、「大丈夫か?」と思いつつ彼が次に連絡を入れた先は大淀である。

「大淀、小賢しい鯨の群れが本艦に取りついている。後部ウェルドックから左右両舷に1個駆逐隊を展開して対処を頼む。」

と直人が言うと大淀が

「“秋津洲さんは、どうなさいますか?”」

と聞いてきた。それに対して直人は見透かされていたかと思いつつ、

「―――六十一駆を付けてやれ。」

とだけ指示を出した。

 

 

「ふえええ・・・。」

突如として戦闘に巻き込まれてしまい、完全に竦み上がってしまった秋津洲に、秋月が声を掛けた。

秋月「秋津洲さん、大丈夫ですか?」

 

秋津洲「あ、秋月ちゃん? どうしてここにいるかも?」

 

秋月「秋津洲さんの援護を任されました。一緒に乗り切りましょう。」

 

秋津洲「う・・・うん!」

仲間の助けを受け一念発起、頑張れ秋津洲!

 

 

皐月「流石に一人じゃ無理あるんじゃぁ・・・。」

 

「なら、いっちばん頼りになる増援はいかが?」

右舷を守る皐月にそう声を掛けたのは、第二十七駆逐隊旗艦の白露である。

 

皐月「―――いいね、一緒にやろう!」

 

江風「そうこなくっちゃ! さぁ、奴らを押し返すぞ!」

 

5人「「オーッ!」」

 

 

「流石に一人は・・・。」

流石姉妹、同じ事を考えているのは左舷側にいる文月である。

「やれやれ、やっぱりそう思ってたわね。」

と声を掛けたのは霞である。

文月「霞ちゃん、それに九駆の皆・・・!」

 

朝雲「第九駆逐隊、推参! さぁ、始めましょうか!」

 

霞「しゃんとしなさい? さ、行くわよ。」

 

文月「―――うん!」

 

 

提督「全副砲及び高角砲射撃準備! 主砲は1番・2番は右舷、4番・5番は左舷、3番は正面からの敵に備え、零角で待機! 一瞬しかないぞ、見張り員からの通報と連携して確実に仕留めろ!」

 

各部指揮官「「“了解!”」」

 今回ケースメイトに積まれたのは14㎝単装砲。長門型や伊勢型が副砲として装備した砲郭用防盾を装備したものを、スペースの関係上6基まで搭載出来るケースメイトに片舷4基搭載し、それらは全て舷側の波除扉を開け放ち、艦首方向へと押し込められる様に格納されていた砲門を、両舷に展開していた。

無論主砲も機銃も、高角砲すら砲身を水平に倒し、敵が飛び出してくるのを待っていた。その中直人は更に指示を出す。

「両舷前進原速赤黒なし、ソナー手は配置に付け。」

 

明石「減速するんですか!?」

 

提督「あたぼうよ、じゃないとソナー使えんだろうが。」

 

明石「そ、そうですね・・・両舷前進原速、赤黒なし!」

 水中にいる相手にソナーでの探知は有効である。しかし高速で動いてはソナーには雑音が混じり、まともに使えなくなってしまう。故に直人は減速を指示した。確実に敵を捕捉する為には、ソナーの存在は不可欠なのだった。

「ソナー手の情報と連動して各砲門は敵を射撃せよ。なんとしてもこの艦は守り抜くぞ!」

彼は決然とそう命じた。それと同時に、鈴谷を巡る戦いが始まったのだった。

 

 一方で後方の状況変化に置いて行かれた者達もいる。当の夜戦部隊である。

 

「―――“各艦隊は本艦を気にせず現在直面している状況に対処されたし”って、一体どう言う事デース!?」

 金剛は戦闘の中でありながら、流石に頭を抱えてしまった。当然この言葉の意味を解さなかった訳では無い。しかし殆ど護衛として出せる艦娘はいない―――少なくとも、それが作戦開始前の、この作戦の前提条件であった。

第三艦隊は既に気力と弾薬の殆どを使い果たし、補給と休息を受けなければ動けない。しかも近来の艦隊戦力の増加で、鈴谷の現在の物資搭載量では、全艦隊へもう一度出撃可能なだけの物資は搭載が出来ない。それを言い出したのは当の提督自身なのだ。

となれば、自分達の中から一部の艦娘を抽出して、援護に回した方が良いのではないか―――この時金剛はそう考えた。

「大丈夫、なのでしょうか・・・?」

心配そうに言ったのは金剛の副官である榛名だった。が、出し抜けに大和がここで通信を入れてくる。

「“恐らくですが、提督は護衛に目途は付けてます。”」

 

金剛「どう言う事デース!?」

 

大和「―――比較的疲労の少ない艦を中心に、集中的に補給を施していたのでしょう。」

 その大和も戦闘の最中にあって46㎝砲を振りかざし奮闘していた。こちらは一切動揺する事なく、第一艦隊を統率して敵を突破すべく、戦闘を継続していたのだ。

金剛「“・・・成程、やりそうではあるネー。”」

 

大和「私達が今ここで、作戦の前提を崩す訳には行きません。ただでさえ、余裕に乏しいんですから。」

 その言葉に金剛は頷かざるを得ない。事実直人はそんな事態も想定して、事前に立案は済ませていた。彼の巧緻さは、こう言う時であればこそ役立つし、その能力は誰もかれもが認める所だった。

金剛は信じる事にした。自分達の司令官を。自身が愛してやまない男の事を。

イタリア「“金剛さん、どうしますか!?”」

 

金剛「―――作戦続行! イタリアさんは引き続き、敵右翼艦隊への攻撃を、お願いしマース!」

 金剛は高らかに、既存計画の続行を指示する。視線は前を向き、砲門には仰角がかかる。今や相対距離は20,000mを切ろうとしており、水雷戦隊を中心に突入態勢を整えつつあった。

時間と共に敵艦隊の消耗は加速し、圧倒的な火力の暴力は、有無を言わせる事なく敵を葬り去っていく。

 

 

6

 

ドドォォォォ・・・ン

 

 右舷ケースメイトから4門の副砲が火を噴き、僅か1,000mに浮上せんとした敵駆逐艦が発砲せんとしたその瞬間を一撃で撃ち抜く。

各射撃方位盤はソナーと見張り員の情報を元に、可能な限り正確な諸元を算出して砲側へと送る。同時に艦娘達も動いて敵艦を正確に撃ち抜く。機動部隊の護衛艦と言えど、立派な帝国海軍の駆逐艦達である。夜戦の練度に於いて、後れを取る事は無い。ましてや歴戦の彼女達であれば、浮上するその瞬間を撃ち抜く事など造作もないのだ。敢えて言うなら秋月が水上戦闘を得意としない程度であるが、それでさえ積み重ねた練度を前にしては問題ではない。

 

提督「たかが1隻の軍艦と踏んだツケは払わせてやるさ、たっぷりとな。」

 彼がそう豪語した様に、敵艦の損害は目に見えて増大していく。仮に攻撃出来ても、敵の砲撃は浮上と潜航を目まぐるしく繰り返している為、半分以上は掠める程度で空中炸裂する。

人員の損害も拡大していくが、船のダメージに比べれば遥かに軽度であり、船体には数発の被弾を受けたのみ。駆逐艦の艦砲数発程度で傷が付くほど、12,000トンの排水量を持つ鈴谷はやわではない。魚雷はその機動戦術の中ではまともに使えないから、結果論でこそあるが、妨害以上の意味は殆どないと言えた。軽巡までなら兎も角として、相手が悪すぎたのだ。

「全砲門、敵が出てくる限りありったけの砲弾を叩きつけろ! 前線のあいつらに心配を掛けさせん為にな!」

 実の所、この策は金剛含め周囲に話してはいなかった。手を打ったのはそもそも、金剛らが前進した後の事であるから、知る術は確かにない。ある種、普段から深く付き合っている者同士よりも、それを外から見守る第三者の方が、その思考を理解しているものである―――と言う事であろうか。

「各部損害は軽微、問題なく戦闘を続行出来ます。医務室の状況のみが気がかりですが・・・。」

 

提督「元よりそれが目的だったのだろう。駆逐艦の艦砲で重巡級の防御を貫徹する事は困難だ。だからこそ、『この距離で必殺の一撃を』と意気込んでみても、あの戦法しか取り様が無い以上は、どうにもならないさ。」

 既に何枚かの窓ガラスは積層防弾ガラスにも拘らず割れていたが、彼はなお冷静である。だがここで一つの異変が伝えられる。

「“こちら後部電探室! 十三号に感有!”」

 

提督「なんだと? 方位と距離は!」

 

「“方位243度、距離およそ80㎞程と見られます、こちらにやって来るようですが・・・。”」

 

提督「―――南西から? 間違いないのか?」

その問いに後部電探室からは「間違いなく航空機の反応です!」と答えてきた。

「・・・IFFを識別しろ。場合によっては撃墜せねばならん。」

 それは普段彼が取らない対応である。IFF識別は自身の存在を暴露してしまう事に他ならない。彼らの存在自体が機密性の高いものである事を考えれば、本来行うべきでは無いのも確かであり、明石も、

「提督、それでは我が艦隊の機密性が損なわれる恐れがあります!」

と忠言した。IFFは無条件に発信している訳ではなく、能動的に発信して返答を求めるか、要求に対して返信するかと言う2つの機能で構成されている。

重巡鈴谷もIFFは一応装備しているが、IFF上の所属は偽装の為海上自衛軍の大型護衛艦と言う事になっており、形式上は返信要求を送っても、相手が航空機である為問題は無いのだが、電波を放出して相手の所属を問い質すと言う行為自体が、機密である彼ら自身の存在を世に暴露する事になりかねないのだ。

 

 しかし直人は明石の言葉にこう答えた。

「どの道ここで戦闘が起きている事はもう向こうからでも見えている筈だ。最悪撃墜してしまえば、“索敵中洋上で行方不明”と言う事に出来る。接触まで時間はそれほどない、早く!」

当該機の行動から、彼らがここで戦闘をしている事は、向こうからも見えている事は明白である。ならば所属を確認して、まずい相手なら撃墜してしまえばいい、という訳だ。

 その思惑を読み取った明石は、背筋にうすら寒いものを感じつつも、

「―――分かりました。」

と応じた。ほぼ間を置かず鈴谷から「海上自衛軍護衛艦隊司令部直隷艦 大型護衛艦鈴谷 貴方機種と所属を通知されたし」と言う内容のオフセットされた暗号文が、IFFから放たれる。

その返信は2分後に鈴谷のIFFにあったが、これがまた直人の首を傾げさせるに足る内容だった。

 

 

―――[空白] H8Y1 二式飛行艇―――

 

 

「・・・どう言う事だ?」

 

「さぁ・・・?」

 これには流石に2人も首を傾げてしまった。取り敢えず敵機でない事は分かったが、よりによって、所属の部分が空白と来ては撃墜の他ないのが普通である。なぜならそれでは単なる「所属不明機(Unknown)」に過ぎないからだ。普通戦闘中の領域でそんなものが飛んでいれば、撃墜されても文句を言う筋合いは何処にもない。

しかも艦娘の中でもそれこそ秋津洲とその同位体しか扱えない筈の機体が、なぜ所属を隠してこんな所をうろついているのかが一切不明と来ている。こうなっては、機密を守る為の錦の御旗を、向こうから持って来たようなものである。何故なら、この時間にこんな所に友軍機が来る事など、彼らは聞いちゃいないからである。

「―――左舷高角砲、仰角上げ。」

 

明石「提督―――!」

 

「分かっている筈だ。我々の存在が、外部に漏れたとすれば問題だ。自分のケツくらい自分で拭くさ。」

 

「・・・。」

 明石が沈黙し、副長は静かに頷く。左舷側の高角砲が旋回を止め、左後方から接近する所属不明機に照準を向ける。重く、苦しい数分間が経過する―――その時であった。艦橋に通信が入ったのだ。

「“(ザザッ)―――鈴谷へ、応答されたし。当機は舞鶴鎮守府“駿河”所属也。友軍機の先導機として、貴艦隊を援護す。発砲されぬよう。”」

 

提督「―――“駿河”・・・浜河の奴か!」

 

「“後部電探室より羅針艦橋へ、当該機後方に多数機の編隊と思しき反応が出ました!”」

 

「・・・成程、攻撃隊の誘導か。確かに、本土にいる奴でこんな所まで来れる奴がいるとしたら、それは“舞鎮近衛”しかおるまいな。」

事態を漸く悟った直人を含め、艦橋に張り詰めた空気が氷解した。

 

―――舞鶴鎮守府付属近衛第3艦隊。

“曙”計画時の第1任務戦隊の4番艦を務めた巨大艤装『駿河』と、それを駆る浜河 駿介艦娘艦隊元帥が率いる部隊であり、南西方面へ向かった3個近衛艦隊の中に加わらなかった唯一の近衛部隊である。

役割は横鎮近衛艦隊とは異なり、日本本土の防衛と敵情に対する諜報や偵察などの情報面での役割が主で、その点戦場の火消し役である呉鎮近衛第2艦隊や、決戦時の打撃戦力である佐鎮近衛第1艦隊、ましてや単独での陽動や状況に対する即応、強行偵察や小規模な敵に対する制圧行動を主任務とする横鎮近衛第4艦隊と言った具合に、それぞれ毛色の違う彼らの中では最も後方にいる事の多い部隊でもある。

だがこの時点では数少ない艦娘艦隊の精鋭部隊でもあり、大本営も形振り構える状態でない事がありありと見て取れる状況でさえあった。

 

 余談だがこの時大湊以外の本土各基地は、かなりの戦力を南西方面に拠出していたのだが、日本海に面していた舞鶴鎮守府所属部隊はその中でも割合として多くの艦隊が残置されており(*3)、これらが漸く戦力を纏め上げて逐次展開を開始していたのだ。

 

「後続の連中は識別せんでもいい。それよりもだ―――“キャリアー”より各艦隊へ。呼んだ訳ではないが、友軍の夜間航空支援が来る、くれぐれも誤射の無い様にしろ。」

 

各艦隊旗艦「「“了解!”」」

が、ここで明石がのっぴきならぬ事を口にした。

「電子機器にノイズ発生!」

 

提督「なんだと!?」

 

「ノイズの様相から、超兵器と見られます!」

 この明石の言葉を聞いた瞬間、彼の背筋は今までに無いほど凍り付いたと言う。これ程までに早く敵の増援が来たと言うのか、それともどこか別な所に、関知していない第三の敵が潜んでいたのだろうか? どちらであったにしろ、巨大艤装はまだ出撃準備すらされていない。相手によっては、為す術もなく前方に出た艦娘艦隊が殲滅されかねないと言うこの状況である。

余りの事に彼の思考すら止まってしまう程の衝撃。それを氷解させたのは、後部電探室からの速報であった。

「“後部電探室より艦橋! 右舷後方より接近する反応あり! 反応、極めて大!!”」

 

提督「―――右舷見張員、目視で確認出来るか!?」

その問いかけに対し、返答は2分を要する事となったが、確かな返答を得る事が出来た。

「“右舷後部見張所より艦橋、右舷正面に並行して飛行する、巨大な機影を確認しました! あれは―――恐らく、アルケオプテリクスです! “始祖鳥”が来ました!!”」

 見張員の最後の言葉は歓声混じりであった。この地球上に於いて、アルケオプテリクスは泣いても笑ってもロフトンが有するあの1機のみ。それが―――ここまでやって来たのだ。余りにも、頼もしいと言うには余りある、強力極まりない友軍機であった。

「―――“キャリアー”より特別任務群・近江へ! 始祖鳥の接近は確認しているか?」

 

近江「“バッチリキャッチしてるよ!”」

 

提督「では空域に接近中の攻撃隊について速報で伝えておいてくれ。同士討ちが発生しては敵わんからな。」

 

近江「“了解!”」

 

 “超巨大爆撃機”の異名を取るGB1A アルケオプテリクスの武装は、正に強烈無比と言う一語に尽きるだろう。それは最早航空機と言う分を弁えないとさえ評される程であり、しかもその改良型のGB1B 改アルケオプテリクスは、元々12インチ(3 0 . 5 c m)連装砲を装備し、14インチ(3 5 . 6 c m)砲に対する防御性能を備えていたものが大幅に強化されているのだ。

即ち、主砲は17インチ(4 3 . 2 c m)連装砲を機体上面に4基装備しており、機体下面には銃座の代わりとでも言いたげに、203㎜のガトリング砲が3基もマウントされている。

しかもこれが副砲であり、銃座として対空パルスレーザーを連装で10基も装備している上、機体中央の爆弾庫には多数の爆弾や航空魚雷を搭載出来る他、両翼付け根付近にも爆弾庫があり、こちらには空対艦ミサイルが搭載されている。

更に敵機に対するロングレンジ攻撃の手段として、長射程の空対空ミサイル(A A M)までもを内装式多連装ランチャーで装備しており、同じく内装式多連装ランチャーで装備されるものとして対地攻撃用のロケット弾がある。レーダーや高度標定器等を始めとして電子装備も充実しており、もし仮にこれを「空中戦艦」を評したとしても、それを否定する者は居ないだろう。

 その装甲も大幅に強化され、日本の紀伊型戦艦(*4)が装備していた51㎝砲に対して、20,000mの距離で跳弾しうる事が要求されたのである。無論重装甲化には航空機である以上限界がある為、新型の超兵器機関による機動性の大幅向上までもを成し遂げている。

その効果は単純な速力増大にも繋がり、かつては力任せに飛ばしていたその風情は、空力的な洗練や装備の新型化、そして機体の大型化にも関わらず速力を向上させており、元々750㎞/hに過ぎなかった速力は、アメリカだけが実用化した「超機関ジェットエンジン(*5)」の改良によって、1,080㎞/hにまで向上してしまったのである。

 これだけの代物に、当時の航空機が僅かでも太刀打ち出来るだろうか? 答えは自ずと明らかであろう。

 

 余談だがこれらの始祖鳥シリーズは、1号機と“改”の2機造られており、いずれも米海軍機として戦線投入されている。

 1号機は1942年に大西洋方面に配備され、ノンスペキュラーブルーグレイとノンスペキュラーライトグレーの2面塗装と、航空機でありながら150mにもなる巨体で有名なこの機体は、主に地上攻撃や船団護衛、停泊中の艦艇への攻撃の為に、北はバレンツ海から南は北アフリカの砂漠に至るまで、幅広い戦場にイギリスを拠点として、その無限に等しい航続距離を生かして展開し、その都度ドイツ国防軍空軍(Luftwaffe)イタリア王立空軍(Regia Aeronautica)を始めとする枢軸国空軍を、単機で圧倒していた。

航空機でありながら4個の従軍星章を受けた殊勲の巨鳥だったが、1943年の終わりにドイツ空軍が誇る飛行型超兵器「ヴリルオーディン」との防空戦の末に、これと刺し違える形で大西洋に散った。

 一方2号機である改アルケオプテリクスは1943年に太平洋方面に配備され、こちらはトライカラースキームやグロスシーブルー全面塗装で知られている。ラバウル基地への攻撃を手始めにこちらも地上攻撃に活躍した。

日本陸海軍を始めとする大東亜共栄圏各国の空軍と交戦し、尚且つ欧州機より性能で劣る彼らを鎧袖一触する活躍を見せ、マリアナ沖海戦では、この戦いで初めて投入された日本軍の超兵器航空戦艦「近江」を相手に壊滅した、米第三艦隊の航空部隊に代わって出撃すると、苛烈な攻撃の為に飛鷹を始め複数艦を撃沈する戦果を挙げるなど、戦術レベルの攻撃にもその真価を遺憾なく発揮した。

 しかしその最後は呆気なく、迫るフィリピンでの決戦に備えて船団護衛に当たっていた超兵器戦艦「三笠」の前に現れ、対実弾用装甲では防げないエネルギー兵器の一撃を受けてあえなく撃墜されてしまったのだ。

米軍側はこれに先立って三笠の行動までは感知出来ておらず、船団護衛をしているなどと言う事は思いもよらなかった為、完全に()()()()()()()()()()という形になってしまった。

その事から同じく三笠によって撃墜された飛行型超兵器「ジュラーヴリグ」と併せて、「最も不運な超兵器」と呼ばれている。

イギリス北部スカパ・フロー軍港で停泊中、“摩天楼”のレールガンによる長距離砲撃を受けた改ドレッドノートだって、華々しい武勲に恵まれていたと言うのに、それと比較すれば余りにも呆気なさ過ぎるからである。

 

 その巨鳥が、全面グロスシーブルーの巨体を闇夜に溶け込ませ、轟音と共に敵艦隊へと迫る。距離30,000mから主砲を射撃し、15,000mからは機体下面のガトリング砲で敵艦を薙ぎ払う。

高速度から繰り出される射撃の為目まぐるしく諸元修正を必要とするが、専用の火器管制装置を搭載した事によって、その行動の見た目に反して正確な射撃を可能としている。

 敵艦隊の上空を航過すればロケット弾や空対艦ミサイル、爆弾などをばらまき更にダメージを与え、パルスレーザーは深海棲艦の生体部分を容赦なく貫いていく。敵艦隊も横鎮近衛艦隊と戦闘しているという不利を受けながらも一部が対空弾幕を張るが、所詮高角砲の断片や直撃、生半可な火砲による砲撃など、この巨鳥に張られている、米国の冶金技術に裏打ちされた特殊合金の高張力鋼板を易々と抜けるものではない。

 

 その援護下で横鎮近衛艦隊も力戦敢闘する。“始祖鳥”が食い荒らした跡を容赦なく叩き潰していく様は、さながら殲滅戦の感さえあった。

そしてそこへ、舞鎮近衛の二式大艇が誘導してきた攻撃隊が到来する。実はこれについて、直人らは少々首を捻っていた。と言うのも、彼らの現在位置が問題だった。

「・・・よもやこんな所へ、艦攻で来た訳ではあるまいな。」

 

明石「それは無理ですよ、九七式艦攻ではどうやっても800㎞が関の山ですからね。」

 

提督「それを言ったら天山でも無理だ。一番近い海岸からでも1,200㎞は離れてる。」

 

明石「一体何が・・・?」

 因みにこの時点で2人は航空自衛軍によるものと言う説は消していた。二式大艇の足が()()()()攻撃隊の方が失速してしまうからだ。つまりそれ以外の航空戦力と言う事になる訳であるが、これがまた皆目見当もつかない。

そうこうしている間に吊光投弾に小さな影がちらつく様になった時、彼らはその正体を悟る事になる。

「あれは・・・中型機か?」

 

明石「機影識別―――あれは、一式陸攻です!」

そう、種も仕掛けも()()()()のだ。やっている事は彼等と同じ―――

「陸上航空部隊か、そう言えば大本営もラバウルで研究していたんだったな・・・。」

 

明石「それに私達のデータも一応三技研の方には回してましたから。遂に実用化出来た、と言う事でしょうか。」

 

「そうであるらしいな。」

 頷きながら直人は言った。一式陸攻の作戦行動半径は、二二型までのモデルならば1,200㎞を優に超える足の長さを誇る。この為この一式陸攻は前任の九六式陸攻と共に、大日本帝国が唯一保持し、且つ世界で初めて作戦可能となった戦略爆撃戦力として挙げられる事もある。(*6)

しかもこの作戦行動半径は、1トン程度ある航空魚雷や、最大800㎏の爆装を搭載しての数値である為、1941年時点で双発機としては如何に図抜けた性能であるかは、言を俟つ必要はないだろう。仮想的アメリカの双発爆撃機にはこれ程の足を持つ同世代機は存在しないし、それどころか世界広しと言えども、この「陸上攻撃機」と同じコンセプトを持つ機種など存在しないのだ。

 

 ()()()()()と言う機種は、日本海軍が生み出した独創の産物であり、太平洋上を進撃してくると目された、圧倒的な勢力を誇る米太平洋艦隊に対し、日本海軍が対抗する為の手段の一つであり、編み出した時にはまだ、夢でしかない産物であった。

しかし三菱に試作発注された「八試特殊偵察機(八試特偵)」が、その理想を現実へと変える程の性能を発揮、計画変更の末「九六式陸攻」として結実する。

 その正統後継機こそが一式陸上攻撃機であり、この驚異的な傑作機を元手にして三菱航空機は、戦訓を取り入れた「泰山」や、その噴式化機体である「嵐山」を実用化していく事となる。

 

提督「金剛、何機ぐらい見えてる?」

 

「“127機ネー。”」

金剛の優秀な電子装備からの情報を聞いた直人は、

「多いなぁ・・・。」

とこぼした。

明石「実用化されたばかりとなれば、これが限度でしょう。」

 

提督「だろうな。その点我々は元々の好立地を生かして展開させた訳だが、そうでない所へなら、これだけ展開させられるだけ十分だろう。」

 

明石「えぇ。しかし、この技術が普及すれば、心強いですね。」

 

提督「あぁ。我々程の規模ではないにせよ、各自自己の陸上航空戦力を展開出来る訳だしな。我々だって、今まで持て余していた部隊を前線へ持って行ける訳だから、恩恵がある訳だが・・・。」

そこまで言った所で彼は少々黙り込んでしまった。それに疑問を持った明石が、

「・・・何か、問題でも?」

と聞くと直人は、

「いや、飛んで行けない所へまで、基地航空隊の機材を誰が持って行くんよ。」

と言う至極真っ当な質問が飛んできた。

「あ・・・鈴谷には確かに、それだけの搭載能力がありませんね・・・。」

 

提督「やったとしても多くとも20機程度の分解済みの機体を、それも他の搭載機を全て排除して運ばねばならん。流石に輸送船を借りる訳にもいかんし・・・困ったな。」

 

明石「むむむ・・・航空機輸送の専門艦を―――」

 

提督「作る資材をどこから捻出する気だ?」

すかさずツッコんだ直人にぎくりとして口をつぐむ明石であった。

 

 そんな事を話し合っている間にも、強力な航空兵力の増派を受けた各艦隊は、次々と敵艦隊を突破しつつあった。

最初に激突した前衛艦隊は改アルケオプテリクスの空襲と一水打群の攻撃によって既に壊走状態であり、第十一戦隊に足止めされた東側の増派部隊も、途中で一水打群から分かれた第二艦隊により追い散らされていた。第一撃の後、残りは艦娘艦隊で十分と見たのか、始祖鳥は更に奥へと踏み込み、更なる攻撃を実行に移していた。

西から来ていた増派艦隊は第一艦隊とまともにぶつかる形になった為、陸攻隊の途中参戦も合わさって、空襲開始後短時間で壊滅的な被害を受けた。そうでなくとも圧倒的な戦力を叩きつけられているのだ。結論から言うと、所詮3,000隻程度の前衛艦隊が3つ集まった所で、どうにかなる筈はなかった。

偶然とはいえ、1個艦隊程度とタカを括ったツケは大きかったと言えるだろう。

 

 

7

 

「―――“重巡棲姫”サマ、前衛艦隊ガ突破サレマシタ。()()()()()ノ参戦モアリ、第1梯団ノ損害ガ急速ニ増大シテイマス。」

 

「・・・そう。たった1個艦隊と思っていたけれど、侮り過ぎたかしら。」

無数の深海棲艦の中心に立つその深海棲艦は、静かにそう述べた。

「私自ら出るわ。ペンシルベニア、主力を集めなさい。」

 

「ハッ。」

傍らの戦艦棲姫「ペンシルベニア」が重巡棲姫の傍らを離れ、艦隊の集結の為に動く。

「・・・面白いじゃない。でも、ここで止めるわ。“8月の嵐”作戦成功の為にも。」

 

 

5時15分―――

 

「“テイトクーゥ! 敵艦隊発見デース!”」

 

「規模は!」

 

「“―――これは、敵艦隊の規模、10万を超えなお増大中ネ!”」

 

「くそっ、敵の電波妨害の中とは言え、これまで気付かないとはな・・・。」

 空は既に白み始め、一挙に全速力で急進する横鎮近衛艦隊は、戦闘らしい戦闘も無く3時間が経過していた。敵艦隊のど真ん中と言う事もあって敵による電波障害も激しく、レーダーの探知有効範囲は相当狭まっていた。

しかし敵の規模は、「それでも気づくだろう」と思わせるに足るだけのものであり、それを完全に隠匿しきったのは、敵の手の込み様を称賛するべきだろう。余り、事態が思わしくないのは事実なのだ。

「中央に第一水上打撃群、右翼第一艦隊、左翼に第二艦隊を配陣する、第三艦隊は予定通り出撃して鈴谷を護衛だ!」

彼は直ちに麾下の艦隊に指示を出すが、その指示に驚いて通信を返してきたのは金剛である。

「“第二艦隊に、左翼を!?”」

その問いに対して直人は不敵にはにかみながら、

「そうだ、俺に考えがある。」

とだけ言った。

「“―――了解デース。”」

金剛は一旦納得して通信を切ったが、一体何をどうするのかは見当がつかなかった。

 

提督「出るぞ! 流石に手を抜いてる場合ではないから今回も巨大艤装だ。」

 

明石「了解です、発進用意します!」

 

提督「うん、発進後は速やかに後退してくれ。」

 

明石「分かりました。お気をつけて。」

 その言葉に短く礼だけ述べ、直人はブリッジを降りた。彼らにとって漸く、決戦の火蓋が切られようとしていた。

横鎮近衛艦隊は右翼と中央に戦力を集中し、左翼の兵力を敢えて少なくする布陣を採用して決戦に臨んでいた。直人の思惑に基づくものではあったが、その一計すらも直人が出撃しなければ何にもならないのだ。

「艤装各部動力及び動力系、システム異常なし。フロアアップ、艦首甲板ハッチ開放、カタパルト展開。」

 鈴谷の艦首格納庫では既に艤装を装着した直人により発進シークエンスが進んでいた。計画当初、巨大艤装は押しなべて信頼性には一定の悪評があったのだが、そこは流石明石と言うべきか、度重なるアップデートによって、信頼性も整備性も格段の向上を見せており、この日も巨大艤装は快調に動作していた。

艦首甲板を兼ねる格納庫天蓋ハッチもフロアアップと共に開き、夜明け前の薄明かりが格納庫内にも差し込んでいた。

艤装を身につけた直人の姿が甲板上に徐々にせり上がってくる。その様子を羅針艦橋から見ていた明石は、自分の整備した巨大艤装が今日もきちんと動いているのを見て、仕事の後の満足感を味わっていた。まぁ戦場のど真ん中でいつまでもそれに支配されている訳には行かないのだが。

「電磁カタパルトへ接続完了。電圧正常、バーニアの出力に異常なし。」

 

「“進路クリア、いつでもどうぞ!”」

 

「OK。超巨大機動要塞戦艦『紀伊』、出撃する!」

―――それは実に久々の名乗りであったに違いない。ここ半年以上の間、悠長に発進シークエンスをやってる暇すらなかった事を鑑みれば、今回は実に余裕のある戦いをしていると言えるだろう。

バーニアを器用に使い落下速度を抑え込んでふわりと着水した彼は、並の艦娘の倍以上にもなる速力で前線へと急行した。

「“こちら大和、敵艦隊より艦載機発進を確認しました!”」

 

「やはりか。第三艦隊! 稼働機はどの位ある!」

問われて答えるのは瑞鶴である。

「“200機くらいかな、戦闘機ばっかりだけど・・・。”」

 

提督「結構、戦闘機の稼働全機を迎撃と直掩に回せ。特別任務群はどうだ?」

 

近江「“120機は出せると思う。”」

 

提督「では戦闘機のみ全機発進だ。全戦闘機をかき集めて艦隊を守ってくれ。邪魔されては敵わんからな。」

 即座に2人の了解が帰ってくるのを聞いた彼は、轟音を聞いて右方の空を振り仰いだ。そこには、前衛艦隊を排除し尚壮健と言う様子の改アルケオプテリクスが、高度を上げながら敵編隊へと向かいつつあった。

(敵編隊を相手取ろうと言うのか・・・心強い限りだ。)

 アルケオプテリクスは2機共に、その航続距離は、飛ばすだけなら無限に等しい。単に構造部材の耐用年数や残弾云々と言うだけの話である。何せ超兵器機関は外部からの燃料供給を必要としない、現代テクノロジーからは隔絶した力を誇っているのだ。なまじ深海棲艦機となり、AIに近い霊的自立制御によって運用されている以上、少なくとも人員の疲弊による限界は考慮に値しないのだ。

となれば残りは損傷度合いと残弾数だが、昨晩は敵が夜間航空戦能力を持たないが故に制空戦闘が発生せず、故に改アルケオプテリクスは、空対空ミサイルから対空用砲弾まで、各種十分に制空戦闘を遂行する為の手段を全て残していた。パルスレーザーに至っては激しい対空砲火にも拘らず全て残っており、この10基の旋回機銃は超兵器機関から直接エネルギーを受け取る為、残弾を考慮する必要性も皆無であった。無論、あの程度の対空砲火ではアルケオプテリクスもほぼ無傷である。

 この強力極まる超兵器爆撃機に加え、各母艦からかき集めた戦闘機約200機と、巨大艤装『紀伊』から全力発進する航空隊の内戦闘機180機が制空戦闘へと加わる。既に深海棲艦機の総数は2,000を超えていたが、こちらも決して遜色ある兵力ではない。

 

「さぁて、やってやるか。久々に、本領発揮かな。」

直人も気合十分、しかも久々に実戦部隊の全戦力が決戦場に揃った。彼にとっては欠けたピースが全て揃った様な心持であり、それは全軍が同じであった。

金剛「“思う存分やっちゃいまショー!”」

 

提督「あぁ、勿論だ。」

 

大和「“些か、物足りませんでしたからね。”」

 

「まぁ拍子抜けしたのは確かやなぁ。」

 大和の言葉には直人も理解は出来た。ミンドロ島沖ではあれだけの戦力で、気合十分で乗り込んでいったらもぬけの殻。それだけならまだしも敵の陽動にかかって誘い出されたのだから。

イタリア「“でも今度は、正真正銘の決戦ですね。”」

 

提督「そうだな。得意の夜戦ではないが、君達第二艦隊の奮戦に期待する。今回最も少ない戦力で、最も負担がかかるだろうポジションだ。頼むぞ。」

 

「“はいっ!”」

 殊に第二艦隊の士気は極めて高い。何せ第二艦隊として最初の実戦が、いくら本懐の夜戦とは言えあのような様では、余りにも拍子抜けが過ぎるというものである。その鬱憤を全部叩きつけてやろうと、第二艦隊の艦娘達は意気軒高、袖をまくって敵を待ち構えていたのだった。

(一流の将帥には二流のトリックをかける、か。こんなものは現代ならトリックにすらならないが、艦娘と深海棲艦と言う条件とその戦力差を、この際は利用してやる。)

 

―――かくして北海道東方沖海戦の第二幕が開く。敵本営への一打を期して、僅かな勝機の為突入した横鎮近衛艦隊に対し、その敵本営が南下して激突したこの戦いは、直人が企図した形とは少々異なっていた。

だがこの時の彼らにはそれを知る術はなく、直人は艦娘と深海棲艦の戦力比に基づく戦力差でも2倍以上の懸隔がある敵に対し、尚勝利する為にその頭脳をフル回転させ始めていた。

 横鎮近衛艦隊の総戦力128隻に対し、深海棲艦隊は12万もの数を揃えていた。近衛艦隊側の戦力の内6隻は深海棲艦であり、ここに母艦の鈴谷と巨大艤装『紀伊』を加えても130隻、しかも紀伊は兎も角、鈴谷は1対1で計算しなければいけないし、特別任務群の深海棲艦は全て姫級や超兵器級、巨大艤装に至っては言うに及ばすなので、単純に2倍の差があると言う訳でもないが、それらはただの艦艇であるか個体としての実力で突出して秀でていると言うだけであるから、彼らが戦闘不能になってしまえばそれまでだ。しかも今回第三艦隊の艦娘は航空部隊を除いて全艦予備兵力として鈴谷の護衛に回り参加しない為、38隻が戦場にいない事になる。

 彼等にとっては決して経験のない戦力差という訳ではないが、十二分に懸念材料となる事は明らかであった。何せ艦娘達は、数にして1隻当たり1300隻以上もの深海棲艦を相手取らねばならない。先ほどの6対1理論で言っても相手取らなければならない数は224隻であるし、敵の増援が無いとは限らない。そうなった場合、彼らにとっては有り難くもない血みどろの死闘を繰り広げる事になってしまう。

それだけは、何としても避けねばならなかった。

 

提督「全艦砲雷撃戦用意! 主砲の有効射程に入り次第、順次砲撃を開始せよ。魚雷発射タイミングは各戦隊指揮官に委ねる。今回は開幕での突入はなしだ。その代わり、敵に嫌と言う程鉛弾をくれてやれ。」

 

全員「「“了解!”」」

 

 全艦隊が彼の一声で戦闘態勢に入る。彼我の距離はおよそ44,000m、有効射程まではまだ距離がある。直人も戦列に合流する為、全速力で第二艦隊に向かう。その艤装は大和型の艤装すら遥かに上回る巨体であり、遠くからでもよく見える程のその堂々たる姿は、正に圧巻と言えた。

巨大艤装『紀伊』の展開時の大きさは全高4.1m、全幅9.8mにも及ぶ。腰部円盤型艤装の直径も7.2mに及び、この部分は叢雲の主砲などと同様に、霊力による力場で間接的に接続されている。その為形状は中央に開いた円形の空間に装者が収まる形となっており、進行方向の部分が人一人分の切り欠きになっている。その両縁に片側1門の120㎝ゲルリッヒ砲が据えられている。円盤状艤装には各種の砲熕兵装や電子装備、下面には特殊潜航艇や揚陸艇その他の発進口がそれぞれあり、両膝の外側には構造的には大鳳のそれに近い航空艤装が装着されており、今しも航空機を高速発進させている最中である。

 背部は副砲座の接続部と機関部、艦艇修理設備の格納部を兼ねたバックパックで、接続は多関節アームを用いて4か所で接続されており、下部が80㎝砲、上部が51㎝砲の台座を支持している。これらは以前の改装の結果10基ずつ装備する形となっており、80㎝3連装砲10基30門、51㎝連装砲10基20門となっている。この内80㎝砲塔は2基が腰部円盤状艤装にある為台座も小型化されており、格納時は折り畳まれる。そう、その雄姿は余りに巨大だが、これでも小型化されている方なのである。

30㎝速射砲は引き続き装備可能で、120㎝砲を腰部に移設した関係で無理なく弾倉を装着出来るようになっているが、今回は装備していない為その空間がぽっかり空いており、何かが足りないと言う印象を抱かせる。

 その火力は並み居る敵を打ち払い、その砲門は四海を睥睨し抜かれたるを知らず、数多の轟音が空を覆い尽くすとき、勇士達は歓呼しそして勝利する。それが巨大艤装と言う兵器であり、その期待を一身に背負って、巨大艤装『紀伊』は今、戦列へと到着した。

「イタリア! 待たせたな。」

 

イタリア「いえ! 心強い限りです。」

 

提督「うん。で、どうだ敵は。」

 

「手練れですね。ですが、やれそうです。」

イタリアの力強い言葉に直人は頷き返す。

「全砲門砲撃用意、距離36,000、FCSとの連動開始、各砲塔へ目標を伝達。」

 巨大艤装『紀伊』の砲身が次々と鎌首をもたげ、生き物のように旋回を始める。腰部円盤状艤装にある固定された2門の120㎝砲は勿論、そこに取り付けられた80㎝3連装砲塔も大きく仰角を取り、FCSの指定した諸元に沿って照準を合わせる。

各副砲座にマウントされた砲塔群もそれぞれに標的を見定め―――

「撃ち方始め!!」

瞬間、周囲に幾重にも強力な衝撃波が荒れ狂い、51㎝、80㎝、120㎝の各口径の火砲が立て続けざまに火を噴いた。

 その光景は艦娘では不可能な程の威容を醸し出していた。艦娘達の一部から“戦列歩兵”にも例えられる余りに多数の砲門故、射撃後は少しの間、彼の姿がほぼ隠れてしまう程の硝煙が撒き散らされるのだ。横幅だけなら零戦1機分、駐車場なら横に3~4台分ほどの大きさにもなる様な巨体が、すっぽりと隠れてしまうのだ。大和ですらそんな芸当は出来ない事を思えば、どれ程の火力を内包して生まれたのか、最早想像を絶するだろう。

そして放たれた第一射は、同じく艦娘には不可能なレベルの命中率を叩き出して敵艦隊を襲った。瞬く間に10隻以上が葬り去られ、外れた砲弾が大和の砲弾も超える様な水柱を立ち昇らせ、水中弾効果によって喫水線下に被弾を受けた深海棲艦まで出る始末である。

水柱の本数さえも尋常ではなく、一瞬で敵艦隊の心胆を寒からしめたのは疑いない。しかもこの時既に第二射は放たれている。全く同じ規模の攻撃が、全く同じ精度で、彼らの頭上から降り注ぐ。普通なら絶望する様な状況であるが、流石に今回は相手も一味違った。

 

重巡棲姫「怯むな! 見た所敵左翼の陣容が薄いわ、そこへ戦力を集中して撃破する! 第51任務部隊(T F)を先頭に部隊を転進、攻撃を集中なさい!」

 重巡棲姫の号令一下、戦艦棲姫「ペンシルベニア」を基幹とする部隊が中心となる大戦力が第二艦隊正面に集中され、瞬く間に直人を含む第二艦隊へ降り注ぐ砲弾の数が3倍になった。しかも続々と正面へ集結する敵艦隊の為に、その戦力差は局地的にみるみる広がってゆく。

「くっ、やはりと言うべきか激しいな。」

 

イタリア「“このままでは被害が拡大します!”」

 

提督「慌てるな! 作戦通りだ。」

 

ローマ「“さ、作戦通り―――!?”」

 この状況でも直人は一切怯むどころか、倍返しとでも言わんばかりに更なる砲弾を矢継ぎ早に送り込んでいく。

一般的に考えればこの状況は明確に、彼らの局所的劣勢―――それも圧倒的な―――を意味していた。これに比べれば右翼を固める第一艦隊へ降り注いでいる砲弾の数など、彼らの主力を害するにはまるで足りない程であり、敵が明らかに局地優勢に基づく各個撃破を意図している事は明白であった。

しかもその一部は急進して雷撃戦に移行しようとする動きまで見せており、対処が遅れれば、数で圧倒的に劣る第二艦隊が壊滅状態に陥るのは、最早秒読みとすら言って良かった。

しかしその状況で直人は「作戦通り」と言ってのけたのである。困惑も致し方ない所であろう。

「各艦は敵弾を回避しつつ戦列を可能な限り維持せよ。二水戦は突入してくる敵小型艦艇を迎撃、第十三戦隊はこれを援護してやれ!」

 

川内「“了解!”」

 

(一体、提督は何を考えているの? 「作戦通り」ならこの状況は何・・・?)

 再び砲声を轟かせる直人の姿を見ながらローマは訝っていた。と言うのもこのローマ、直人の手腕を端から疑っていた。

無論目にした事が無かったのは大きいだろう。しかしある理由も手伝って、戦場に於いて彼女は上官に対する人間不信を持っていたのだ。

(―――まぁ、普通はそうだよな。だがまぁ見て置け。これが俺達の戦い方よ。)

直人がこの事を知る由はないが、異国の地から遠く太平洋までやって来たローマとイタリアだ、困惑するのも致し方ないと言う事は彼が一番よく知っている。だからこそ彼は多くを語らなかった。実績は時として、言葉より多くの事を雄弁に語ってくれるからだ。

一方で川内や能代は彼の指示を疑う事なく実行する。特に二水戦麾下にあって第二艦隊創設以前から在籍している夕立の第二駆逐隊や朝霜の第三十一駆逐隊は、圧倒的な劣勢をものともせず複数の敵水雷戦隊の蝟集するポイントへ攻撃を集中し始める。

「ここから先へは、一歩も通さないっぽい!」

 隊列から一挙に夕立が飛び出し、敵へ一直線に斬り込んでいく。あの一件以来実態究明も兼ねて第二艦隊へ配備されていた第二駆逐隊と夕立であったが、第二艦隊の投入に伴い遂に戦線復帰である。前夜の戦闘では10隻以上を最終的に仕留めていながら、これと言った被弾も無く一切疲れ知らずである。

「あいつは行くなって止めても聞かねぇからなぁ。」

長波が呆れながら見送ると、朝霜らがフォローを入れる様に言った。

朝霜「夕立はあれでいいんだよ。アタイ達はあいつを軸に戦いを組み立てるんだ。」

 

夕雲「そうね。行くわよ!」

 

一同「「はいっ(おうっ)!」」

 その言葉を起点に二水戦麾下の駆逐艦娘達が一挙に動き出す。相互に孤立する事がない様に、また夕立が孤立しない様に鶴翼の布陣を敷いていく。その手並みは何度も何度も重ねた訓練で洗練されており、集団戦をするしかない敵にこれでもかと言わんばかりに練度の差を見せつけていく。

しかも夕立を先頭に両翼に夕雲型、中央に白露型駆逐艦を配しての陣形は、最新鋭・最精鋭の駆逐艦をかき集めた、彼らの考え得る限り最強の駆逐艦戦力であり、それを統率する能代も経験こそ浅いとはいえ、彼らが望みうる最新鋭の軽巡洋艦であった。

その能代はと言うと、自身の経験が浅い事を自覚してか、まずは自分の経験を積む事を優先したようで、今回は各駆逐隊に動きは任せ、適度に督戦と統制を取りつつ、その援護に徹していた。

 

 他方、敵水雷戦隊もこの動きを黙って見てはいなかった。流石は前衛艦隊の精鋭とは言うべきであり、鶴翼陣の両端へ圧力をかけるべく隊を二つに分け、夕立の存在は敢えて無視しつつ、砲火の一部を二水戦へと向けたのである。

夕立は駆逐艦と言う基準で見ればかけ離れた攻撃力を有する艦娘ではあり、それを更にその柔軟で奔放な戦術によって底上げしている。しかしそれでも所詮は駆逐艦娘1隻、この巨大な戦場では余りに矮小且つ、無視できる程度の戦力でしかなかったのだ。例えそれによって10隻が仕留められても、この場には400隻を超える駆逐艦と軽巡級の深海棲艦が居るのだ。

 軽巡級に関して言えば、未だ半数近い数が開戦時から存在するヘ級Flagshipでこそあるが、残りはこの頃量産が軌道に乗りつつあって、ベーリング海棲地前衛艦隊を中心に配備が進んでいた軽巡ツ級、その水雷戦隊旗艦用仕様のeliteであり、その性能は侮り難いものがある。

しかもそれを後方から火力支援しているネ級は2053年、渾作戦に基づくビアク島防衛の際に確認されて以来、半年前まで「未知の新鋭艦」として識別されていたものであり、こちらも徐々に量産体制が整って各戦線に姿を姿を現し始めていた事で、新たに「ネ」の文字が識別用に割り振られていた。*7その実力も既存のリ級を上回るものであり、人類軍が投入していた艦娘に対抗する為、深海側が戦力の質的増強に努めていたことが伺える。

 “戦力に於いて艦娘と深海棲艦は平均1対6”と言うのは、要するに深海棲艦が個の性能に於いて艦娘に大幅に劣ると言う事を意味しており、この動きは深海側がこの事実を冷静に受け止めていた事の、何よりの証左であっただろう。ツ級に関しては投入されたのはネ級より早いが、量産化への努力が深海側の情勢分析の甘さから遅れた為、2054年中盤までは絶対数が少ないと言う事もあった。

しかし打ち続く敗戦に不利な条件の累積によってさしもの深海側指導部も焦り、新型艦の開発と投入に血道を挙げていたのである。無論だが艦娘に対抗する為の施策である。艦娘から得たデータが使われた事は言うまでもないだろう。

 

 話を戻そう。敵艦隊の用兵は理に適っていた。鶴翼陣はその陣形の中に敵を取り込み、3方向から攻撃することを企図するものであり、その両端から圧力をかけられた場合、残りの部分の兵力は対応が困難になってしまう。その為最初からこの布陣をする事は、用兵の常道に則ると愚策ではある。だが、常道で無ければどうであるだろうか?

敵水雷戦隊が雷撃体制へ遷移しようとした正にその時、立て続けざまに水柱が屹立し、次々に敵艦が撃沈されていく。

 

朝霜「ドンピシャア!」

 

村雨「やったぁ!」

 勿論その正体は二水戦の駆逐隊による攻撃である。鶴翼陣の両翼から、反対側の翼へ襲い掛からんとしていた敵に対してコースが交差するように雷撃を加えたのだ。これは彼女らが編み出した夕立に気を取られた敵を十字雷撃する戦術の応用で、夕立が無視された時のオプションとして用意されていた迎撃方法であった。

次発装填装置により短時間で再装填する事で、瞬間的に2倍の発射雷数を確保して行うこの戦術により、一時的に指揮系統が混乱するほどの打撃を負った敵水雷戦隊は、その混乱の中で夕立を始めとする近接戦闘に巻き込まれて数を減らし、短時間の激闘の後に双方が引いた時には、深海側は突入した水雷戦隊所属艦の3割を失っていた。二水戦側は海風中破のみである。

「よし、引いたか。」

 その頃二水戦を信じて任せていた直人は期待通りの結果にまずはひと段落、と言った感があった。上空では依然激しい空中戦が繰り広げられ、無数の砲弾が降り注ぐ状況でこそあったが、彼は至って冷静に砲撃を続けていた。

能代「“どうしますか?”」

 

提督「一旦こちらに合流だ。」

 

能代「“了解!”」

 二水戦は第二艦隊への合流命令が出され、直人はいよいよ次のアクションに移ろうとしていた。

「よし、左翼部隊、戦闘を継続しつつ後退だ。隊列は維持せよ。」

 

イタリア「“了解!”」

 

提督「右翼部隊はゆっくりと前進だ、なるべく気取られんようにな。」

 

大和「“了解!”」

直人が指示を出し終えると、そこへローマがやって来た。その後からイタリアが慌てて追いかけてくる。

ローマ「ちょっと、後退ってどういうつもり!?」

 

イタリア「ローマやめなさい!」

 

「止めないで! まだ勝負も付いてないのに尻尾を巻いて逃げるつもりなの!?」

その激しい調子のローマの糾弾に対し、直人はあくまで冷静に、

「戦闘中だ、戦列に戻りたまえ。」

とだけ告げた。しかしローマは納得しない。

「戻れですって? 後退命令を出して置いて何処に戻るって言うのよ?」

 

提督「ローマ、君は既に正式な辞令により私の指揮下にある。命令だ、戻りたまえ。それとも俺の作戦を台無しにするつもりか?」

直人がそう言うとローマは、

「・・・フン。」

と不満げに鼻を一つ鳴らして戦列に戻っていった。

イタリア「妹がすみません提督。」

 

提督「ローマがああ言うのも分からんでもない。が、後で呼び出しだな。」

 

イタリア「そうですよね、では私も。」

 

提督「頼むぞ、戦列を維持してくれ。」

イタリアはその言葉に一つ頷くと身を翻す。

「―――想定通りに作戦は進みつつある。」

その思いを新たにしつつ、彼は次の行動へと移るのであった。

 

 

8

 

 直人が打った次の一手に、各艦隊は正確に追従した。一水打群はその場を維持し、第一艦隊は緩やかに前進、第二艦隊と直人は緩やかに後退を始めたのである。

横鎮近衛艦隊の左翼、この場合は第二艦隊に攻撃を集中していた敵艦隊の大部分はこの動きに釣られ、徐々に南へと引きずられるように突進していった。ローマのように全員が唯々諾々と従った訳ではないとはいえ、その連携には一糸の乱れもないし、脱落艦もないのは、彼女らが積んできた厳しい訓練の精華であったと言える。

「―――もう少しだ。」

 直人は戦局全体を俯瞰的に捉えつつ、機が熟するのを只管に待った。空中戦はやや押され気味であり、多勢に無勢と言う所を技量でカバーする、と言うような局面が随所で散見された。艦隊にもちらほらと損害が出始めているころであり、その弾薬の量にも不安は残った。

だが彼は待った。その時が訪れるのを只々待ち続けていた。猛然と両軍が砲火を交え、目まぐるしく位置関係が変容していく只中で―――その時は、訪れた。気づけば、第二艦隊に釣り出される形で敵艦隊は大きく陣形を乱し、一方の横鎮近衛艦隊側は、さながら斜行陣のようになっていた。

「今だ! 第一艦隊と一水打群はその場で左に旋回、敵艦隊の側面に食らい付け!」

 

金剛&大和「「“了解!”」」

 

提督「あきづきも出番だ。敵を背後から罠に突き落とせ!」

 

防空棲姫「“待ちくたびれたわよ、始めましょうか。”」

時に日本時間6時32分、直人が仕掛けた巧緻の一手が発動する。それは決して独創性のあるものではないが、この局面において、彼らが圧倒的多数の敵に抗しうるただ一つの方法であった。

 

 

「“報告! 背後ニ“裏切リ者共”ガ突如現レマシタ!!”」

 

重巡棲姫「なんですって―――!?」

 驚く間もなく重巡棲姫の周囲に砲弾が落着し始める。第一艦隊と一水打群が突撃するようにして距離を詰め、一気呵成に滝のような砲弾の雨を降らせ始め、そこへあきづきらも潜航強襲戦術で、艦娘部隊の突如始まった苛烈な猛攻に浮足立つ敵左翼部隊の背後から奇襲を仕掛け、これを蹴散らしにかかったのである。

 しかもこの時左翼部隊は正面に中央を固めていた重巡棲姫が率いる部隊がおり、前に友軍、側背面に近衛艦隊主力を抱えた敵左翼部隊は瞬く間に進退窮まってしまったのである。更にその状態で追撃態勢に移りかけていた敵艦隊は全体としては陣形が乱れており、これに対して有効な手立てを打つ方策に欠いていた事が、混乱に拍車をかける事となる。

「まさか・・・嵌められた!?」

 気づいた時には時既に遅し。展開するスペースも、対抗する戦術もない左翼部隊は、半包囲態勢下にあって瞬く間にその戦力を削り取られていく。

元々重巡棲姫は、どこぞの司令部所属の1個艦隊が攻めてきたのだろうという予測の下、圧倒的戦力で蹴散らそうとしていたのだが、蓋を開けてみれば通常の3個艦隊程度に相当する、と言うよりは、1個艦娘艦隊司令部の全艦艇に相当する規模の、まごう事無き“1個艦隊”がそこにいた事で、最初から重巡棲姫の目論見は狂い始めていたのだ。*8

「―――中央部隊左へ旋回、敵の側面を突きます!」

重巡棲姫はそれでも対応を纏め、果敢に応戦しようとする。だが―――

「普通そうするだろうな。イタリア!」

 

「“はい!”」

 

「―――闘牛は終わりだ。反転突撃せよ!」

 

「“了解!”」

それを許す直人ではなかった。彼は第二艦隊に突撃命令を発すると、自らも前衛に立ち、敵右翼部隊に逆撃を開始したのである。しかも最初の時とは違い距離は遥かに近い。そこに巨大艤装『紀伊』が誇る優秀な射撃管制システムが組み合わさる事によって、実に4割以上の命中率を叩き出していく。

 更にここで直人は思案の一策として、3斉射に1度、20%程度の砲弾を三式弾に変更して射撃するという事もした。相手も生物であれば、炎上には弱い。そういった生物学的弱点を突く一手は、目に見えて彼に成果と戦果を齎したのである。

この驚くべき事実は偶然にも、その知らせを受けた重巡棲姫に対して一つの疑念を生じさせるに至る。

 

“右翼正面の敵は、私が思っていたよりも遥かに多いのではないか?”

 

 この時横鎮近衛艦隊は、敵両翼に一斉攻撃を仕掛けた訳であるが、その戦力は左翼への攻撃に集中しており、敵右翼へ攻撃を仕掛けた部隊は全体の3割にも満たない数である。だがそれにも拘らず両翼の損害は同等の勢いで増加しつつあり、このままでは早晩壊滅することは日の目を見るよりも明らかであった。

もしこの時、重巡棲姫が関知していない敵がその場にいたとすれば、それを撃破しない限り戦局の覆しようがない。戦闘開始前に光学的に捉えた情報でも、左翼にいたのは20隻前後の艦娘部隊のみであり、そんな新戦力の情報などありはしなかった

偵察機の報告にもそんな情報は無かった事もあって、重巡棲姫の中に逡巡の波が広がっていく。結果、重巡棲姫が下した決断はこうであった。

「―――中央部隊はこれより、敵左翼部隊を殲滅しに向かいます。続きなさい!!」

自身が派出した第51任務部隊を援護し、横鎮近衛艦隊の第二艦隊へ攻撃を加えるという選択であった。

 これについては理由はいくつかある。やはり第二艦隊が最も数が少ない為に戦力差で圧倒的に優位に立てる事。第51任務部隊には強力な深海棲艦が多数配備されており、それによる戦力差の上乗せが出来る事。右翼部隊に比べて左翼部隊は体勢的不利を受けていない為援護しやすい事などである。

2点目に関して言えば失う事の出来ない貴重な戦力である事も意味していたが、兎も角にも重巡棲姫は、直前になって合流した事で見事敵の目を欺いた巨大艤装『紀伊』がいる第二艦隊正面に向かい機動を開始したのである。しかもこの時のアクションは巧妙であり、後背を突かれぬ様にと右翼部隊援護も兼ねて自身が指揮する中から精鋭部隊を引き抜き、横鎮近衛艦隊側の中央部隊である第一艦隊への攻撃に充てつつ転進したのである。

此処までの指揮ぶりからしても、重巡棲姫もまた並の深海側指揮官ではない非凡な指揮官である事は間違いなかった。

 

「―――これが、提督の作戦・・・!?」

 そしてローマはその有様に呆気にとられていた。ローマにとっては、例え一時だろうとも敵から退く事など有り得なかった。だが目の前で繰り広げられた光景は、()()()退()()()()()()()()()状況だった。積極果敢な事で評価されてきたローマにとっては、正に青天の霹靂にも似た心境であったが、状況がこの瞬間も目まぐるしく変転する戦場で、その思いに浸れる時間は長くはない。ローマは今更ながら提督に嚙みついた事をちらりと後悔しつつ、今は兎に角目の前の敵に集中するのであった。

 

 余談ではあるが、この作戦について彼は後に大淀に対してこう述べていたという。

「(この時の作戦について当時の心境を回想しながら)―――あれは正直、成功したらという事実だけで奇跡に近かった。何せ、余りに圧倒的な兵力差だ。こちらの反撃をものともせずに襲い掛かられたら、こちらはたちどころに潰走するしかなかった。超兵器なんて居ようものなら太刀打ちする事も出来なかったかもしれん。

だが結果として、あの一手は上手く行ってくれた。これを天恵と呼ばずして、何と呼べばいいのか。俺には見当もつかんよ。」

 この言葉が、横鎮近衛艦隊をしてどれ程の窮地に自ら立ち向かったのかを示していると言っていい。

この時期でさえ、彼らはその発足当初から最前線で屈強な敵と戦い続けてきた最精鋭部隊である事に変わりはなく、その実力は他の艦娘艦隊の殆どが遠く及ばない程にまで隔絶したものでこそあったが、それでも尚、数の暴力と言うのは戦いに於いて最大の脅威であると言う事が伺える。それは戦場に於ける真理であり、原理原則の一部であるが故に、手段としては大過なく強力であると言える。

つまりこの時彼が最も恐れていたのは、敵が損耗を一切恐れない、深海側では一般的な類の指揮官であった時の事であり、その点でも彼らは運に恵まれていたと言えそうなのである。

 

 横鎮近衛艦隊は正に僥倖とも言うべき勝利を得ようとしていた。だがそれを座して待つ重巡棲姫ではない。彼女は明らかに異常な敵左翼に止めを刺すべく本隊を率いて進発、直人の前に敢然と立ちはだかったのだ。

「成程、各個撃破に出たか。この戦術の難点を突いてくるとは、敵も中々―――」

と感心した様に言いかけた言葉を遮ったのは、何とイタリアだった。

「ローマ! あれって!」

 

「・・・噓でしょ?」

イタリアが驚愕の声を上げ、ローマが狼狽えた様にそれだけ捻り出した。

「どうした!」

直人がそう聞くと、イタリアが答えた。

「―――あそこにいる深海棲艦、恐らく我が同胞です。」

 

「何―――!?」

指差した方を艤装の測距儀を介して見ると、そこには敵の旗艦―――重巡棲姫がいた。距離にしておよそ30,000m余。

「ザラ級重巡洋艦1番艦『ザラ』、こちらに私達が来る時に身を挺して私達を守り、戦没した艦娘です。」

 

「姉さん、何を!」

 

「―――成程、あれが。」

 直人はイタリアの言葉に、2人の動揺の訳を悟った。どうやら彼女らは知らぬ間に、かつての仲間と戦火を交えていた様である。よく見れば確かに、その重巡棲姫の髪はブロンドである。普通なら黒か白か、と言ったところであるのにだ。

それを聞いた直人は咄嗟に無線を繋ぐ。呼び出し先は―――

「あきづき、聞こえるか!?」

 

「“バッチリよ。どうしたの慌てて。”」

 

「―――答えだけ教えてくれ。沈められた艦娘が深海側で()()()()()されて戦場に出てくる事ってあるのか?」

 

「“・・・答えはイエスね。”」

やはりか―――直人はそう思い、あきづきにこんな質問をぶつける。

「助ける方法は?」

その言葉はイタリアとローマにも届き、2人は思わず直人の方を見る。あきづきは思わず

「“本気なの?”」

と聞き返したが、直人は一言

「勿論だ。」

と返した。

 

防空棲姫「“―――朝焼け色の宝石は見えるかしら。個体によるけれど、それが鹵獲・戦力化された艦娘を制御する制御コアよ。それを切り離せばいい。でも、確実に戻ってくるという保証はないわよ。”」

その言葉を聞いて彼はもう一度重巡棲姫をよく観察する。重巡棲姫の背中には、双頭の蛇の様な生体武装部が付着している。その付け根に、それと思しき大きな宝石のようなものが鮮やかな光を湛えている。

「―――ありがとう、努力してみよう。」

 

「“幸運を。”」

何故あきづきがこの事を知っているかはこの際問題ではない。今はただ、率先躬行の時だった。

「イタリア、ローマ!」

 

「はい、提督!」

 

「何よ。」

 

「俺の後から来い。第二艦隊の指揮は最上が一旦預かれ!」

それを聞いた最上が無線で「了解!」と返す。

「いったい何を!?」

ローマが思わずそう尋ね返すと直人は

「助けたいんだろう!?」

と一喝した。ここで問答をしている時間はない。

ローマ「ッ―――!」

 

イタリア「・・・了解! 信じますよ?」

 

提督「あきづきには保証はないと言われたがな。」

 

イタリア「賭け、ですね。」

その言葉に一つ頷くと直人は全艦隊に命令を飛ばす。

「全艦隊へ、これより敵旗艦へ3艦で突入を敢行する! 全艦隊、我を援護せよ!!」

 

「「“了解!”」」

 彼の突然の命令に、全艦隊は疑義を差し挟む事無く従った。それは彼女らとの間に、強固な信頼関係が構築されていた事を意味していた。

例え彼の方針に不満があろうとも、彼が戦場に於いて比類ない戦術指揮官であり、同時に一人の勇者である事は誰もが認めるところだったのである。そしてイタリアとローマの2人は、初めてその“勇者”の側面を目にする事になる。これについてはプリンツ・オイゲンとZ 1(レーベレヒト・マース)も同様であったかもしれないが。

提督「行くぞ、遅れるなよ!」

 

イタリア・ローマ「「了解!」」

 その言葉を聞くと共に、直人は全速力で突撃を開始する。それまで戦術面で合理的な立ち回りを取っていた様子から一変、流星の様に一直線に目指す場所へ向かって突入する。流石に最大速度で行くと2人を置いて行ってしまう*9為、出せる速力こそ32艦娘ノット程度ではあるが、それでもそれまでの彼の動きから考えれば殆ど別物である事は間違いない。

その高速で彼我の距離は急速に縮まり、それに比例して紀伊の命中率は飛躍的に向上し、彼の行く手を遮ろうとした敵艦を次々と薙ぎ倒していく。

(こんな事ならば、30㎝速射砲も装備しておくべきだったな。)

 ちらりとそんな事を思いもしたが、直人はすぐにその思いを捨て去った。残弾は4割程度しか残っていないが、重巡棲姫との距離は約26,000m、この艤装にとって詰めるには容易な距離である。だがその距離は容易ならざる道であった。

重巡棲姫の方も彼の動きには既に気づいていたし、彼の動きを見た重巡棲姫の方も慌てて防ぐよう命じていた。しかもその進路の西側にはそれに呼応出来る数万隻もの無数の敵艦が未だに健在であり、これが阻止行動に代わる代わる突入してくると言った有様なのである。これでは弾薬が持つかどうかはかなり怪しい。

(弱気になってどうするのか。そんな事で、思い定めたものを救い出す事等、出来ようものか!)

 彼は前を見続ける。迫る敵を的確に叩き続け、自身と後に続く2人の戦艦艦娘の進路を切り開き続ける。彼らの後方から第二艦隊からも懸命の援護射撃が行われるが、それでも尚、敵の勢いは全く止まらない。

みるみる間に距離は詰まり、距離は20,000mを切る。駆逐艦から戦艦に至るまであらゆる敵艦が彼の行く手に立ち塞がろうとして粉砕されていく。だがたった6,000mの前進で更に1割の弾薬を射耗し、その圧倒的な数の差に直人も舌を巻かざるを得ない所に追いやられつつあった。

 

―――その時である。

 

イタリア「“味方艦隊後方より飛翔体接近!”」

 

提督「何―――!?」

 イタリアが直人に齎したその情報は、第三艦隊から戦闘中の各艦隊に回されたものであり、本来は直人も受信している筈のものであったが、不幸にも巨大艤装『紀伊』の傍受側はこれをキャッチ出来ないでいた。

イタリアは彼が反応しない事を咄嗟に見て取り報告した訳である。そして、彼の驚きに対する答えはその直後に発覚する。後ろを振り向いた彼の目に、ロケットモーターの排煙と共に猛スピードで彼らの頭上を通過するであろうミサイルが目に留まったからである。

「・・・対艦ミサイルか? だが一体どこから―――」

 その一瞬の逡巡を他所に、ミサイルは次々と終末誘導に従い敵艦を捉えていく。この予期しない援護射撃に深海棲艦隊は何が何だか理解する事が出来ず、混乱が広がっていく。そして直人もまた、それを理解する時間はなかった。

「今がチャンスだ、一気に押し込むぞ!」

 直人のその言葉と共に彼らは引き続き重巡棲姫に向かい突進していく。先程より勢いの落ちた敵の阻止行動に対し、3隻は的確に砲弾を見舞って下がらせ、混乱を収拾するのに手間取る重巡棲姫を嘲笑うように、更に5,000mの距離を縮める事に成功する。

だがそこまで来て再び彼らに注がれる火力が強化され始めた。一部の部隊が早くも混乱を収拾して襲い掛かってきたのである。

ローマ「“ちょっと、このままじゃたどり着く前にやられちゃうわよ!?”」

 

提督「大丈夫だ! まだこっちの弾は持つ!」

 しかしその言葉とは裏腹に敵の勢いは増す一方、暴力的なまでの鉄の嵐は、油断すればたちどころに彼らを飲み込んでしまおうとしていた。無論の事ながら、この程度で容易く膝を折る巨大艤装ではないにせよ、一端の艦娘であるイタリアやローマには耐えられそうもないのは日の目を見るよりも明らかだった。

相対距離は12,000mを切り、最早引き返す事など叶わない。既に第二艦隊への直線コース上には敵が展開しており、背後から追撃の構えさえ見せていた。それに構う事なく彼らは尚も突き進もうとしていたが、距離10,000mを切った時、一筋縄では行かない相手が遂に彼らの前に立ち塞がる事になる。

「―――あれは、戦艦棲姫かッ!」

深海棲艦隊の中にあって一際目立つ巨大な武装、間違いなく戦艦棲姫であった。51TFを任されている戦艦棲姫「ペンシルベニア」が、直属の戦艦部隊と共に彼らの進路を塞ぎに来たのである。

「舐めるなよ、この巨大艤装の前には、その程度の姫級如き―――!」

 直人が80㎝砲の何基かを水平に構え戦艦棲姫に向け射撃する。が、驚くべきことに、その戦艦棲姫は命中コースに入った3発の砲弾を尽くその装甲板で弾き飛ばしてしまったのである。

「なっ―――強化されているのか!?」

と直人が驚くがそう言う訳でもなく、運悪く浅く入ってしまったが為に跳弾してしまったのである。だが過程はどうあれ窮地に変わりはない。既に戦艦棲姫の主砲は彼にピタリと照準を付け放そうとしない。

両者の距離は僅かに1,000m、流石の直人も被弾を覚悟した。

 

しかしここで事態は再び彼に味方をした。思いもよらない援軍が、戦艦棲姫を含む敵戦艦部隊に魚雷攻撃を見舞い、敵の隊列を大きく乱させたのだ。

「―――!」

助かった事を知ると同時に、直人は周囲を見渡してみる。そしてそこに居たものを視界に捉えるや否や通信が入った。

「“司令、行って下さい! ここは十七駆が援護します!”」

 声の主は、一水打群第三水雷戦隊所属、第十七駆逐隊司令駆逐艦の浜風であった。浦風と浜風による巧みな連携攻撃に谷風を巻き込んで、強力なフックをお見舞いした訳であり、おっとり刀で金剛と矢矧の許しを得、ここに駆け付けたのである。距離的な問題を考えれば、確かにこの局面で彼らを救えるのは、足の速い駆逐艦ならではであろう。

「―――恩に着るぞ、浜風!」

 彼は一瞬の隙を見逃さず、すれ違いざまに一撃を加えて戦艦棲姫を更に怯ませると、イタリア・ローマと共にこの強固な隊列を突破する事に成功する。そして気づけば、彼我の距離は5,000mにまで縮まりつつあった。此処へ来て、中央と右翼の艦隊による砲火が成果を上げ、重巡棲姫の周囲には殆ど取り巻きらしい取り巻きは居なくなりつつあり、彼はここに、千載一遇のチャンスを手にしつつあったのだ。逃せば、次はないだろう―――そう確信出来るほどの状況であった。

その取り巻きがなお彼の侵攻を阻もうと、重巡棲姫を守って前に出る。

「どけぇぇぇぇぇぇ!!」

しかし裂帛の気迫と共に彼の砲が火を噴き、これにより重巡棲姫までの進路は完全にクリアとなった。

直人「捉えたぞ、敵の総大将!!」

 

「この―――化け物めぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 重巡棲姫が自らの武装を直人に向け、放つ。相対距離は2,000mもない。直撃は疑いないところであったが、ここで直人の超人技が火を噴く。

「―――ッ!」

直人はその砲口の向き方から自身に直撃する事を即座に見抜くと、自らの80㎝砲をその砲弾の軌道上に照準したのだ。そして両者放たれた砲弾は1発が途中で正面から激突する形となったが、重巡棲姫が放った砲弾は8インチ口径でしかない。圧倒的な質量差を前に大きく進路を逸らされた8インチ砲弾は空中で炸裂を余儀なくされ、正面衝突で信管が作動した80㎝砲弾は爆発と共にもう1発の8インチ砲弾を爆風で弾き飛ばし、結果的に2発共直人に届く事は無かったのである。

 だがこの時、唐突に彼の艤装は限界を迎えた。副砲も含め弾薬が遂に底を突いたのだ。彼はこれを承知の上で、最後の1斉射を血路を拓く為に使ったのである。残されたのは15㎝高射砲のみであり、これで深海棲艦に傷を負わせる事は難しい。イタリアやローマも状況は五十歩百歩であり、最早戦闘能力はほぼ残されていない。にも拘らず、距離は未だに1,500mを残しているし、重巡棲姫は完全に健在であった。

「弾切れ―――これで、終わり!」

無情にも装填を終えた重巡棲姫の主砲は再び直人に狙いをつける。彼は既に腰に差した霊力刀『極光』に手を伸ばしており、最後まで諦めないその心は立派としても、最早如何ともし難い所まで来てしまっていた。

イタリア「提督、避けて―――!」

直人は確かに以前砲弾をも斬り伏せた事はあるが、それもこの至近距離では不可能である。直人自身回避は間に合わない。誰しもが今度こそダメかという思いが去来した時―――奇跡とも言える事象が起きた。重巡棲姫が主砲を撃たなかったのである。

重巡棲姫「・・・イタリ、ア―――?」

目を丸くする重巡棲姫の視線の先には、直人の後ろから駆け寄ろうとするイタリアの姿があった。彼女の声は偶然にも重巡棲姫の耳に届き、その瞳はしかとその姿を捉えたのである。この時まで、重巡棲姫はイタリアの存在に気付かなかった。当然だろう、これだけの大軍を指揮している身故、そんな所にまで気を回す余裕は端から無かったのだ。ローマの姿は硝煙と波頭に搔き消され捉えられていなかったが、この心理的動揺から生まれた一瞬の隙が、彼に最後の架け橋を渡す事となった。

 

「―――司令を、お守りしますっ!!」

重巡棲姫に6本もの酸素魚雷が同時に着弾したのである。しかもこれを放ったのは、たった1隻の駆逐艦だったのだ。

「ぐああああああっ!?」

そのダメージは大きく、その間に直人は遂に、重巡棲姫に手の届く場所に辿り着いた。

「ッ―――!」

手を伸ばせば届く距離、彼は必要最低限以外の艤装を一度パージすると極光を引き抜き、重巡棲姫と交錯する。そして―――

 

ズバァッ―――

 

鋭く振り上げられた一太刀は、朝焼け色の宝石ごと、その背中に癒着した武装のみを根元から切り落として見せたのである。これぞ正に、剣術の達人でしか成し得ない妙技であっただろう。

重巡棲姫「―――ッ!」

そして重巡棲姫は、急速にその力を失いつつあった。

ローマ「ザラ―――ッ!!」

 

重巡棲姫「ロー・・・ま―――」

薄れゆく意識の中で“重巡棲姫”が最後に見たものは、必死の形相で彼女を受け止めようとするローマの姿だった。こうして重巡棲姫は無力化され、その身柄は、ローマの腕の中に収められたのであった。

提督「よし、作戦成功! 直ちに離脱する!」

 

イタリア・ローマ「「了解!」」

7時48分、こうして直人の賭けにも似た突撃は、彼が賭けに勝つ形で収束し、すぐさま彼はパージした艤装を再接続して離脱にかかった。

「司令! 第十六駆逐隊、お迎えに上がりました!」

そこへ雪風らが現れたのだった。

提督「雪風、ありがとな。でも何でここに?」

 

「浜風さんと同じです、金剛さんに許可を得て来ました! 雪風の援護、お役に立てましたか?」

そう自慢げに話す雪風の表情は、役目を果たせた達成感からか晴れやかな笑顔に包まれていた。そしてこの言葉によって、先程の雷撃が雪風のものである事もまた発覚した訳である。全く恐るべき幸運と言うべきであろう。

天津風「まぁ、私達は全員魚雷を撃ち尽くしてたしね。」

 

時津風「雪風だけ、魚雷2回撃てなかったんだよねぇ~。」

 

提督「そうだったのか・・・ありがとう、本当に助かったよ。さ、ぼやぼやしないで、さっさと引き上げよう。」

 

雪風「はいっ!」

 

 

~???~

 

「―――首尾は。」

 

「上々です、後は合図があれば、同志達が起ちましょう。」

 

「よし、では予定通り開始する。戦力の空白が生じた今より他に好機はない。」

 

「はっ―――」

 

 

9

 

 こうして、「北海道東方沖海戦」の前哨戦は、横鎮近衛艦隊が敵旗艦である重巡棲姫を撃沈・拿捕する形で収束に向かった。主となる指揮系統を失った事で戦場は勿論、敵侵攻艦隊全体に指揮系統の乱れが発生し、その規模の大きさ故に混乱はさざ波のように広がっていったのだ。これに乗じた横鎮近衛艦隊は、友軍との合流を図り北上する敵艦隊の残存部隊を徹底的に打ちのめし、1時間余りの追撃戦の末に引き上げた。

横鎮近衛艦隊も砲戦とその後の攻勢及び追撃戦の結果、戦艦2隻を含む数隻の大破艦娘を出し、少なくない手傷は負ったものの、全体としては遠距離からの砲撃戦が序盤終始した為に損害はいつもよりも抑えられており、敵の猛烈な砲火に晒されたにしては、艦隊全体が幸運に恵まれたと言って良い結果に終わった。一方圧倒的な物量を相手取った横鎮近衛艦隊残余の戦闘機部隊は、更にその4割に上る160機余りを失いながら、辛うじて敵艦載機の攻撃の大半を食い止める事には成功した。紀伊から飛び立った西沢隊の噴式震電改部隊も43機を失っており、いかに激戦だったかをよく伺わせる状態であった。航空隊の稼働機は最早定数の2割程であり、対艦攻撃用の航空機用弾薬もまた払底して攻撃する事も出来なかった第三艦隊だったが、艦隊の頭上をその献身によって守り抜く事でその務めを果たした訳であった。いずれにせよ第三艦隊は、機動部隊としては長期に渡り戦力にならない事がこれで確定してしまった訳である。

 

 だがこれ程までの犠牲を払った戦闘に於いて、彼らは奮戦良く務めを果たし、敵艦隊の南進阻止と言う重要な役割を果たす事に成功した。これは正に軍事史に多大なインクを残しうる戦いであり、多大な幸運と奇跡が介在したかのような戦いであった。

そしてこの事態は、彼らが待ち望んだ一つの事象を現実のものとする。即ち、礼号作戦参加艦隊の内地集結である。彼らが稼ぎ出したこの貴重過ぎる時間が、南方に誘致されてしまっていた戦力の呼び戻しに大きく寄与し、1週間程度続いた敵の混乱収束の間に、半数以上の主力部隊が集結を完了、一部では作戦行動を開始していた。彼らの決死の反撃が、日本側の総反撃と言う実を結んだのである。

 横鎮近衛艦隊が撤退に移った時点で、既に帰還していた礼号作戦組帰還先発隊は、長旅と作戦行動の休息もそこそこに出撃準備を整えつつあり、一部は作戦行動に入ろうかと言う頃合いであった。

だが逆に言えば、()()()()()()でもあり、今から展開しようとすれば、それらが接敵するより前に、敵主力からの航空攻撃によって関東圏が直撃されていた公算が大きく、しかもそれ以前に有力な艦隊を展開する用意と余地の双方が極めて欠けていた事が重なり、横鎮近衛艦隊が北上して日本防衛に当たろうとする友軍集結前に打って出て、その身を投げ打って自身に攻撃を誘引しなければ、彼らが出撃する頃には手遅れになっていたかもしれないのだ。

 

 かくして、主力が戻る以前に動けた唯一の精鋭として獅子奮迅した横鎮近衛艦隊であったが、8時39分に追撃を打ち切った頃にはほぼ全ての艦で、艦砲から航空機用、機銃弾に至るまで弾薬が払底しており、戦闘能力を喪失したものの、彼らにとっては()()()()()()撤退であった。

だがその短くも苛烈な追撃戦もあって、敵本隊とその周囲を固めていた敵部隊はその殆どが撃沈され、僅かな個体のみが、北へと脱出を果たすに留まる。それとて、弾がなければ撃ちようがなく、敵の別部隊との距離も縮まった為渋々見逃さざるを得なかったのだ。伊勢や日向などは刀さえも振るって白兵戦を挑みさえしたのだ。この時の戦いぶりが如何に徹底されていたかはこれによっても分かるだろう。

 

 横鎮近衛艦隊は撤退を決めるや直ちに鈴谷に全艦を収容すると、さっさと逃げ去って行った。殿はやはり弾を使い果たした紀伊が務め、鈴谷も全火器に仰角をかけ、直人もまた鈴谷の格納庫から30㎝速射砲も持ち出したが、敵の反撃を受ける事は遂になかった。これはこれで僥倖と言うべきだっただろう。

そして南西に進路を取って丸1日が経った頃、ひとまず疲れを癒し、一通り必要な指示を終えた直人は、いくつかの気にかけていた事を聞いてみる事にした。

 

1月30日9時12分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「―――そう言えば、だ。あのミサイルについて、明石は何も聞いていないのか?」

 

明石「あれ、提督は何もご存じないんですか!?」

 

提督「あ、うん、そうなんだよ。」

 

明石「通信でお伝えしたと思うんですが・・・。」

そう言われた直人は明石にその時通信が傍受出来ていなかった事を説明すると、得心した明石は端的に説明した。

「あれは自衛艦隊司令部直轄、第31護衛隊による支援攻撃です。」

それを聞いた直人は漸く得心したと言う様に、

「やれやれ、あの人か。」

と呟いた。

 第31護衛隊は、36中期防で建造された「いわき」型イージス護衛艦(D D G)「ばんだい」を旗艦とし、「あやなみ(2代)」型護衛艦(D D)「あやなみ」「しきなみ」「いそなみ」の3隻を従える、護衛艦隊司令部直轄の部隊である。長きに渡る戦争で多大な損耗を強いられた海上自衛軍でも指折りの精鋭部隊として知られており、損耗とは無縁ではないにしろ、猛訓練と度重なる実戦によって培われた練度は本物である。

 だがその立場上、この様な部隊を動かせる人物と言えばそう多くはない。そしてその人物の大半は、全体の対応に追われこの様な所に気を揉む余裕はない筈である。となれば、動かしうるのはこの時ただ1人、この部隊を直接指揮下に置いている護衛艦隊司令官、土方海将であった。

 

 横鎮近衛艦隊の母艦「鈴谷」が出港する以前から、第31護衛隊は他に本土に残されていたいくつかの護衛隊と共に、日本の東方海上にあって南下してくるであろうと予測されていた敵艦隊に対して監視線を敷いていた。

だが第31護衛隊は突如、土方海将の指示で急遽存在が確認された敵主力への長距離攻撃を指示され、そのタイミングが偶然にも、直人が危機に陥ったタイミングと重なったのだった。第31護衛隊は当該海域に艦娘部隊がいるとは思っても見ず、そのタイミングも完全な偶然であったが、結果として土方海将の命令が直人を救う事になったのだった。無論この命令が、直人の身を案じての、細やかな側面支援のつもりであった事は言うまでもない。

「あれがなければ本当に危なかった所だ。帰ったら土方さんに礼を述べなければな。」

と感慨深げに言う直人なのであった。

「本当に提督は、土方海将に頭が上がりませんね♪」

 

「なんでお前が嬉しそうなんだ・・・ところで、例の深海棲艦はどうなっている?」

と直人が明石に聞くと明石は、

「処置が完了してからは安定しています。生体への浄化は初めてでしたが、どうやら上手く行ったようです。暫くは何らかの後遺症に悩まされるかもしれませんが、血色は戻ってきてますよ。見に行かれますか?」

明石がそう聞くと直人は二つ返事で行くと答え、艦橋を預けて医務室へ向かうのであった。

 

~重巡鈴谷中甲板中央部・医務室~

 

 医務室へ入ると、数床あるベッドに負傷療養が必要と判断された何人かがベッドに横たわっているのが目に入った。艤装を大破され負傷した山城の姿もあり、テーピングや包帯の姿が、激戦の後と言う生々しさを強調していた。

「傷の具合はどうだ、山城。」

 

「あ、提督。治りは順調です、ご案じなく。」

 

「そうか・・・怪我までさせて済まなかったな、おかげで戦線は支えられた。」

 

「提督が謝る事じゃないでしょう。扶桑姉様を守るのに必死だっただけですから。」

と口では言う山城だったが、その後にぎこちなくはにかんで見せた。どうやら山城なりに「心配しなくていい」と言いたいらしかった。直人がその言葉に一つ頷いた時、雷がそこへやってきた。

「あら司令官、お見舞いに来たのかしら?」

 

「それもあるけど、明石から多分聞いてるだろう?」

 

「勿論よ。さ、こっちね。」

雷に案内されて、彼は一番奥の病床に通される。そこに横たわっていたのは、直人があの時武装を切り落とした深海棲艦―――重巡棲姫であった。明石の言う通り血色も戻ってきており、静かな寝息を立てて今は眠っていた。

雷「強制的に癒着されていた細胞組織は綺麗に取れたわ。痕も残らないと思うけど、深海棲艦から艦娘に戻った時のギャップが、少し心配なのよねぇ・・・。」

 

提督「そもそも、戻れるかどうか、か。」

 

雷「えぇ、そうね。」

 直人も最初見た時、ブロンド髪の深海棲艦とはと内心では驚いたものであったが、どうやら血色は表面上同化出来ても、髪の色までは変えられないものであるらしい。しかもこの施術の呪縛から逃れれば元の血色が戻ってきているから、やはり識別の為と言う趣なのだろう事が容易に推察出来た。

せっかく苦労して手に入れて戦力化したと言うのに、味方の誤射でも食らってしまったら堪らないからである。

提督「前例のない事だ、慎重に慎重を期してくれよ。」

 

雷「勿論分かってるわよ。」

そこへ一人の見舞い人がやってきた。

「今宜しいでしょうか?」

 

提督「ん、播磨か。」

やってきたのは第1特別任務群の所属艦「播磨」であった。

播磨「はい、ここに我が同胞の所業が運び込まれたと聞き及びまして。」

 

雷「勿論大丈夫よ、どうぞ。」

 

提督「―――では俺はこの辺りでお暇しよう。また後で他の艦娘達にも見舞いに来る。」

 

雷「はーい!」

そうして直人はその場を離れ、医務室を出ると、すぐ近くの廊下の壁にてあきづきがもたれかかりながら立っていた。

「・・・この艦隊は、()()()の集まりね。」

 

「・・・違いあるまい。」

そんな静かで短いやり取りから少しの沈黙を挟み、直人はあきづきに問うてみる。

「―――何故、あの宝石の事を知っていたんだ? 俺の推測でしか無かろうが、霧の一件から君が生まれた事を鑑みれば、深海側にとっては時期的に見て期待の新鋭艦。逆に言えば、深海の中枢に携われる様な立場では無かった筈だ。」

その言葉にあきづきは、

「・・・それを知ってどうするつもり?」

と聞いたが直人は、

「俺が腑に落ちんだけだ。言いたくなければ別に構わない。」

と言った。

防空棲姫「・・・素直な事ね。別に教えないなんて言ってないでしょう?」

と言ってからあきづきは話し始めた。

「―――私が生み出されたのは、深海の研究施設にあった製造設備だったわ。そこでは日夜様々なものを研究していた。その中に、あの朝焼け色の宝石の様なものがあった。」

 

提督「・・・あれは一体、何なんだ?」

 

防空棲姫「―――彼らは“強制制御コア”と呼んでいたわ。装着者の精神を蝕み乗っ取り、意のままに操る装具。肉体に直接埋め込む事も出来るそうだけど、武装に埋め込んだり、首輪にする事も出来そうだとか話していた気がするわ。

もっとも、生み出されたばかりの私には興味を持つだけの余裕はなかったけれど。」

 

提督「・・・外道の兵器、だな。恐ろしく有効でもあるが。」

彼がそう言うとあきづきも言った。

「外道、と断じるのは簡単だけど、あれは多分、初めから艦娘を戦力利用しようとして研究された物ね。艦娘の力は、深海からすれば圧倒的過ぎる。ならば自分達の手にしてしまった方が、手段としては最も手っ取り早い訳よね。」

 

「言うに易し、とはこの事だが、彼らは本気で実行する術を手に入れてしまった訳か・・・。」

 艦娘艦隊を統率する身としては気が重い話である。識別する方法こそあるものの、この事実は艦娘達の士気にも影響を及ぼしかねない。なんせ、深海棲艦を相手取るのと元・艦娘の深海棲艦を相手取るのでは、認識的な捉え方がまるで異なってしまうからである。

今回は幸いにも、他に気取られる事はほぼなかったが、重巡棲姫の一件で何れ知れる事は目に見えているし、そうなった時のショックは大きいだろう。何より、それまで彼が伏せていたとなれば、艦娘達自身がこれまでの行いの中で元・同胞を手にかけてしまったのではないかと不安に駆られてしまうかもしれないのだ。ならば―――

「早い内に打ち明けた方が、彼女達の為でもあるか。」

 

防空棲姫「ま、その辺は任せるわね。」

 

提督「分かった。ところで今日イタリアは見てないか?」

とつかぬ事を問われてあきづきは

「朝方見舞いには来たみたいだけど。」

と答えた。

「そうか、タイミング的にはすれ違ってしまった事になるな。」

 

防空棲姫「何か用でもあったのかしら?」

 

提督「いや、それはもう済んでるんだ。ありがとうな。」

 

防空棲姫「・・・? どういたしまして。それじゃぁね。」

 そう言ってあきづきが去って行く。その背を見送りながら彼は昨日の事を思い返していた。と言うのもイタリアを探している風な事を聞いたのも、その「もう済んでいる」用が関係しているのだ。

時は少し遡り・・・

 

1月29日19時28分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

提督「・・・。」

 

イタリア・ローマ「・・・。」

直人に艦長室に呼び出された2人。椅子に腰かける直人も仏頂面であり、彼の前に立つ2人の表情にも柔らかさはない。

「―――何故呼び出されたか、分かるな?」

 

2人「はい。」

 

「ローマ。君は軍人として、してはならぬ事をした。上官の命令に背き持ち場を放擲したばかりか、あろうことかその足でその上官に対して抗命すると言う挙に出た。これがどの様な行いであるか、分かっているな?」

 淡々と述べる彼の目線は冷ややかだった。当然あの作戦が、たった1人の艦娘の抗命によって瓦解するような事は有り得なかったが、それとこれとは話が別である―――彼の眼はそう告げているかのようでもあった。

ローマ「分かっています・・・。」

 

提督「イタリア。君は第二艦隊旗艦と言う職責にありながら、その指揮下にあるローマに対して部下への監督責任を全うする事が出来なかった。異論はあるか?」

 

イタリア「・・・ありません。」

 

ローマ「待って下さい! あれは私がカッとなって行った事で、イタリアは何も―――」

その姉を庇っての発言に対して直人は容赦する事は無かった。

「カッとなったからと言って許されると言うのか? 自分が勝手にした事だからと、その上司の責任は免除されるのか?!」

 

「―――ッ!」

 

提督「ローマがあの時した発言は、心情的にも理解出来ない訳ではない。だがそれとこれとは関係ない。君は今や私の指揮下にある軍人だ、命令は絶対に守れ。軍規違反だ。」

 

ローマ「・・・分かり、ました。」

 ローマはこの時、「優しいながらも厳格」と言う、直人の姿勢を身に染みて理解した。彼の優しい側面しか見ていなかったローマからすれば甘いとさえ見えていた彼であったが、その裏には、何者の違反も見逃さず、きっちりとけじめを取らせ、艦隊に猛訓練を課してある程度の規律は維持すると言う、厳しい一面を持ち合わせているのだった。

これこそ正に、横鎮近衛艦隊が平時に於いてあれだけ緩い空気でありながら、有事に際して軍隊として機能する何よりの秘訣であった。

提督「ローマには10日間の独房入りを命ずる。1度頭を冷やせ、分かったな。」

 

ローマ「・・・はい。」

 

提督「イタリア。本来であれば君にも何らかの罰を課する所であるが、今回は戦闘時の陣形変更中に起こったこと故、実際の罰は課さない。だが監督責任の不首尾に対する責めは負うて貰わなければならん。よって、ローマの連行を以てこれに代える事とする。」

 

イタリア「・・・分かりました。」

 これが、ローマ抗命事件とも言うべき事件の顛末であった。横鎮近衛艦隊と言う難しい立場の組織ならではの事件と言う色彩も帯びた事案だったが、結局の所、彼は処罰を手控える事は無かった。

「我々の敵は、我々が想像するより遥かに強大なんだ。そんな相手と戦争をしている時に、こんな些細な事で諍いを起こしている場合ではないんだ。こんな事がそう何度もあっては困るぞ。」

 

2人「はい。」

 

提督「うむ。では下がって宜しい。」

 

 

そして現在、直人は食堂を出た所であった。

 

1月30日21時17分 重巡鈴谷中甲板中央部・食堂前通路

 

「ふ~。」

食後の充実感に満ちた表情の直人。そこへ・・・

Buonasera(ボナセーラ)、提督。」

 

提督「―――イタリアか。」

同じく食堂を出たイタリアが後ろから声をかけてきたのだ。

イタリア「提督も先程出られていましたね。」

 

提督「まぁな。」

 

イタリア「伊良湖さんのお料理、とっても美味しいです。これが航海中毎日食べられるのは、幸せですねぇ。」

 

提督「本当にそうだな・・・。」

 鈴谷の艦内料理を担当する伊良湖だが、その腕前は概ね好評で、直人も毎日舌鼓を打っているほど。しかも給糧艦であるだけにそのレパートリーも幅が広く、航海中飽きさせる事は全くと言って良いほどないのだ。これに関しては流石の一言に尽きる。

提督「やはり食事と言う奴は、やる気にダイレクトに影響を与えるものの一つだからな。質が良くなければ、それだけ部下のやる気を削いでしまう。その点、伊良湖には助けられているよ。」

 

イタリア「提督は、良い艦隊をお創りになりましたね。」

 

提督「心からそう思うよ・・・ちょっと夜風を浴びに行かないか?」

 

イタリア「お供します。」

そうして2人は手近なタラップから甲板に上がっていく。

「・・・。」

不穏な1対の視線を他所に。

 

提督「今日の海は本当に凪いでいるな。それに天気もいい、月が綺麗に見えているな。」

 

イタリア「そうですね、星も綺麗・・・。」

 現在鈴谷は横須賀に向け一目散に退避する真っただ中にあるが、それでも敵との距離を気にして、艦には警戒態勢が敷かれ、夜は厳重な灯火管制の下、光を発するものは例えタバコの火1つと言えど禁じられている。その為星が綺麗に見えるのだ。

提督「そう言えば、イタリアやローマは、通訳なしで日本語を話せるな、ここへ来るまでに語学を?」

 

イタリア「はい。本当はザラやポーラもだったのですが・・・。」

 

提督「成程・・・プリンツ・オイゲンやレーベも日本語をやらせてはいるが、イタリアから見るとどう見える?。」

 

イタリア「日常生活と戦闘指揮では、殆ど支障はないと思いますね。もうすぐ日本語の学習も終わりで良いかと。」

それを聞いて直人は、

「香取と鹿島は、事が終わったら良い教師になるだろうな。」

と言い、イタリアもそれに同意した。

「・・・一つ、昔話をしよう。」

直人はそう切り出して語る。

「昔、故郷が空襲されて焼け野原になった事がある。その時もこんな感じで、星が良く見えていた。失われてから、文明の光と言う奴はたちまち、俺達の目から星の光を遮ってしまっていたのだと、その時初めて知った。おおぐま座が綺麗だったのを鮮明に覚えている。」

 

イタリア「そうなんですね。提督も・・・。」

 

提督「既に大都市は別無く焼け落ちた後。食料の供給も遅れ、何日かは持ち寄った少ない食料を、焼け出され生き残った皆で食い延ばし、空腹で過ごしたのも、今となっては良い思い出の一つだ。あの空襲もそうだし、俺もこの戦争で、多くのものを失った。こんな目に遭わせたアイツらが憎いとも思った。何度も何度も、昔に戻りたいとも思ったさ。でもそんな事では、過去も現実も変えられない。」

 その時直人の脳裏に、あの日聞いた幼馴染の最後の声が蘇る。あの日、彼の前から失われてしまった声。掛け替えのない盟友の声だった・・・。

イタリア「私の母国でも、沢山の人が、何かを失ってきました。それを終わらせる為に戦ってきましたが、その母国は今・・・。」

 その名を冠する彼女の母国イタリアは今、戦禍に飲まれ敵の手に落ちた。その魔の手から逃れる為に、イタリアはローマらと共にここへ来たのだ。

直人もそれを聞いて決然と述べる。

「それでも戦うしかない。皆が願う事はそれぞれだ。だがこれは戦争なんだ、戦わなければ、願うものを得る事は出来ない。我々が望み、戦っているものは、望むだけでは手に入れられないものだ。だが同時に、()()()()()()()()()()()()()()でもある。俺も、俺が望むものの為に、正しいと信じる道の為に戦っている。」

 

イタリア「・・・1つ、伺っても宜しいでしょうか?」

 

提督「なんだ。」

 

イタリア「・・・提督は、何を望んで戦っているのですか?」

その問いに対する直人の答えは明確だった。

「・・・この戦争を終わらせる事だ。この地球上にいる全ての知的生命が手を携える世界、深海と人類が手を取って生きて行ける世界。それが、俺の望みであり、俺がしてきた事で、今の状況もまた、俺がやらねば成し得なかったかもしれないものだ。」

その答えに、イタリアは改めて背筋が伸びる思いと共に、尊敬の念を新たにした。その在り方の体現者こそが彼であり、それと同時に良き上司でもある事を、彼女は再確認したのである。

 

―――好むと好まざるとに関わらず、情勢は刻一刻と推移していく。

横鎮近衛艦隊司令官、艦娘艦隊元帥の称号と階級を得た彼とて、自ら進んでそうなった訳ではなかった。否、この戦争だって、元より人類にとって望むべくもない戦いであった筈で、同時に思いもよらなかった事であった。先進国や発展途上国がこぞって相互の諍いを一旦棚上げして手を取り合い、臨んでいるこの戦いに於いて、戦う事を望んだ国家は一つとして存在しなかったのだ。

 だがこれ程までに世が荒廃した時代に於いて、人々が何かを得ようとするならば、それは即ちただ待つのではなく自ら進んで運命を切り開かねばならない事をも意味していた。それは人と国家の別なく等しく同じ摂理でもあり、良かれ悪しかれ、世界で様々なうねりとなって世界を動かし、悲喜交々(こもごも)の歴史をこの地球上に積み上げていく。

 紀伊 直人と言う男もまた、そんな世に生きた人の一人であり、自らの望む未来と、己の望む未来を掴み取る為に、自らの為すべきことを一つ一つ成したのである。

この頃には既に地球外起源種と言う説が完全に否定されていた深海棲艦と人類。同じ知的生命として、手を携える方法がある筈と信じ、その為に戦い続けた殆ど唯一と言っていい男こそが、紀伊 直人と言う人物であっただろう。これは、紛れもない事実である・・・。

 

 

9

 

イタリアとの会話を終えた直人は、その足で一度羅針艦橋へと上がっていた。

「状況は。」

 

明石「変化ありません、敵機の追尾も確認出来ておりません。」

 

「そうか。」

羅針艦橋内は非常灯のみが点灯され、暗かったが声は良く通った。

「提督。」

そこに現れたのは大淀であった。

「やぁ大淀。どうしたんだ?」

 

「あぁ、特に大事なお話、と言う訳ではないのですが・・・」

 

「・・・?」

普段明朗な言い回しの大淀が言いよどむのは珍しいのだが、直人は次の言葉を待つことにした。

「―――提督に一つ、伺いたい事が出来まして。」

 

「お、俺に?」

珍しい事もあったもんだと直人が思っていると、大淀はこう言った。

「―――提督はなぜ、巨大艤装を扱う様になられたのですか?」

 

「―――!」

 直人は内心驚いた。その質問は誰にもぶつけられた事のないものではあったからだ。考えてみれば、直人のような人間が何故艤装を扱えるのかについて、誰も疑義を呈してこなかった事の方が不自然だったのかもしれない。

奇妙な程誰も気に留めていなかった事だが、その事は確かに、重要な事ではあっただろう。

これについて直人はこう言った。

「うーん・・・いいけど、話せば長くなる。下で話そう。」

 

明石「あ、待って下さい。そのお話、私も伺いたいです。」

 

大淀「明石さん?」

 

「巨大艤装を整備する身として、伺って置きたいんです。」

 明石のその言葉に直人も是とし、3人は艦橋を副長妖精に預け、艦長室へのエレベーターに乗った。そして()()()艦長室前で待ち構えていた金剛と鈴谷の2人も加わり、艦長室へと入って行った。

椅子は4つしかないので、直人はベッドに腰かけ、残りの4人が椅子に座って話は始まった。

「俺が巨大艤装を扱うまでのあらまし、か。そうさな、どこから話したものか―――」

 

 直人が巨大艤装を扱う様になった根源的ルーツは、2046年3月19日にまで遡る。

 

「―――危ない!」

 

ガラガラガラ―――ッ

 

「くっ、大丈夫か、瑞希!」

 

「平気、直ちゃんは?」

 

「大丈夫だ。でもそっちにはいけなさそうだな。」

 燃え盛る新宮市の真ん中、三叉路で瓦礫と倒木により分断されてしまった直人と、彼の幼馴染である佐々木 瑞希。

「―――走るんだ瑞希、そっちの先には避難所がある筈だ。俺も別のルートを見つけて必ず迎えに行く。生きてまた会うんだ。いいね?」

 

「―――分かった。気を付けて。」

直人は先をめがけ走り続けた。無数の爆弾と、燃え落ちる街中を―――それが、彼女との最後の会話になるとは夢にも思わぬまま・・・。

 

提督「―――その後、俺はあいつの事を散々探し回ったさ。でも、市内全域が廃墟になったあの状況では、土台見つけるのは無理だった。唯一見つかったのは、焼け爛れた落し物一つ、遺体が見つかったと言う話も遂に聞こえて来なかった。

それから1年が経った頃だ、防衛省から、通知が来たのはな。」

通知の内容は、直人に対する召集令状で、召集地、日時が記された簡潔なものであった。

「俺には何が起きたのか分からなかった。当時既に、段階的に徴兵制を敷いていくと言う話は出ていたが、俺が徴兵されるのは、1年か2年は先の筈だったんだよ。俺はその、ほんの例外だった、と言う訳だな。」

 

大淀「それが、巨大艤装の・・・」

 

「あぁ。俺は何が起きているのか分からなかったが、その時は、分からなくてもいいと思った。“これであいつ等に復讐出来る”と思ったからな。」

 

「復讐・・・。」

金剛はこの話を断片的には聞いている。あのインテゲルタイラントと矛を交えた後である。*10

「俺はそれを即座に受ける事にした。そうして俺は家族の元を離れて、横須賀へ向かったんだ。当時は横須賀防衛の為の防御施設が建設されている真っただ中でな。今もある堤防の化け物みたいな防壁もあの頃は仕掛かり真っただ中だったな。」

―――召集された地で、直人は親友である水戸嶋 氷空と他2人が集められている事を知り、その理由も知る事となった。

『曙計画』『巨大艤装』『適合者』―――そんな言葉を彼らはこの場で知らされ、作戦の実働部隊要員となる事を伝えられたのはその時だった。

「俺たち4人の中でそれに反発する者はいなかった。4人とも資質はどうあったとしても、戦う意思に満ちていた。当時の巨大艤装はより霊能的アプローチで運用されていてな、適合者の霊力によって自在にコントロールできる、と言う触れ込みだったんだ。

だが現実は突貫急造品な上に手探りで作った代物でね、勿論動かしながら改善作業をしてはいたが、動きがぎこちないったらありゃしなかったよ。しかも核融合炉も小型高出力と言う触れ込みだったが、耐熱防護が大掛かり過ぎてね、その位しなければ抑え込めなかったんだが、それもあって不格好極まりなかったな。」

 現在でこそ強力な艦娘機関と、艦娘艤装の技術をインプットする形で大幅に強化された巨大艤装群だが、その興りはお粗末極まりなかったと言う訳である。武装と言っても120㎜ゲルリッヒ砲2門と80㎜単装砲2門、それと小銃程度だったのだから無理はない。つまるところ、パワードスーツの化け物のような代物であった訳だ。こんなもので深海棲艦に対抗しようと大真面目に考えていたのだから、どれ程彼らがこの時追い詰められていたか、よく分かろうというものである。

「今にして思えば、あの時4人全員が揃って生還出来たのも奇跡に近い。結局は艦娘の紛い物だ、身体防護なんかないからな。あんな出たとこ勝負の計画が、初めから上手く行く筈は無かったんだ。」

 

明石「それじゃぁ、深海棲艦と防御面では・・・」

 

提督「あぁ、変わらないよ。何とか全員五体満足で帰って来れたのは、揃いも揃って、ある程度の心得があったからに他ならない。今でこそ三技研による先進技術投入であれだけの代物になってはいるのだが、それもこれも、艦娘技術を確立する為でもあったんだ。

あれはそのテストベッドに過ぎなかったし、明石がブラッシュアップしてくれなければ、今回のような活躍も見せられなかっただろう。」

 断言する形にはなるが、大本営にとっても巨大艤装などと言う使えるかも分からない代物を、無意味無目的に今の形に改修し直すなどと言う事は有り得ない。しかも原型など一切残らぬほどの、実質的な新造に近い事も併せ考えると、普通ならばとっくの昔にスクラップになっていても可笑しくはない。

だがそれが4基とも残っていたと言うのは、その当時未だに巨大艤装を諦めていなかった者達がいた証左でもあり、世間から密かに匿われ、再び巨大艤装が日の目を見る事を信じて、陰から陰へと渡り歩き、三技研の手に渡っていたのである。そして彼らは、余りにも巨大であり且つ艦娘艤装にも近いその実験台に最適なデバイスを、見逃す筈が無かった、と言う訳である。

 結果としてその成果は主に製造・修繕技術の方向性作りに大いに役立つと共に、艦娘艤装に必要な工作技術を手にするのにも一役買ったのだった。

「土方さんや大迫一佐、山本海幕長と顔見知りになったのもこの時期だ。あの時は一応、海上自衛軍を挙げた一大プロジェクトと言う触れ込みで、各方面から沢山のスタッフが駆け付けていた訳だ。曙計画の一件のおかげで、海自軍の中にも知り合いは今でも多い。」

 

金剛「土方海将とは、長い付き合いだったんですネー?」

 

提督「ま、そんな所ではあるか。ともあれあの時敗れて帰った事で、俺には奴らに復讐する事など到底出来ないと言う事を、その身に思い知らされた。意表は突いただろうが、それまでの事だ。しかもその結果を、都合が悪いからと言って海自軍や政府は隠蔽し、俺達敗残兵の事を英雄として祀り上げ、そのまま陰に葬る事にしたんだ。“マリアナ沖の戦神”、“英雄”なんて大層な異名はもう聞き飽きた、うんざりだよ。」

 以前、彼の事を英雄と呼んだ艦娘がいた時、彼はそれを叱り飛ばそうとして制止された事がある。彼はそれ程までに、自分が英雄視される事に辟易していた訳である。

「以降俺は、海自軍を退官させられて海保に身を移し、哨戒艇長として日陰暮らしさ。金剛に救われたあの日も、今となっては懐かしいな。」

 

鈴谷「えっ、提督と金剛、そんな事あったの?」

 

金剛「ありましたネー♪」

 

提督「深海棲艦に追われる最中に燃料切れで立ち往生した俺の哨戒艇を、間一髪で助けてくれた恩は、未だに忘れてないさ。」

その言葉に「何その漫画か何かみたいな話は・・・」と思いながら鈴谷はこんな質問をした。

「結局、巨大艤装って、深海棲艦に対抗する為に・・・?」

 

提督「そうだ。提唱者は今の嶋田海将補だが、彼の実家は霊験あらたかな霊山の出らしくてね。多分それを頼みに霊能力的アプローチを仕掛けようとして、曙計画を作成して提出したものだと思う。偶然にもそのやり口は、艦娘艤装と似てはいた訳だ。

因みに浮揚は水中翼も補助的に使ってはいるが、基本的にはバーニアを常時吹かしっぱなしで無理やり浮かせていた。今はバーニアは小型化出来て機動力向上の為の補助的なものになっているけどな。

正直な所、運用に問題は山ほどあった訳だが、当時の首脳部は気にも留めなかった。それが結局の所プロパガンダに繋がると考えていたんだな。」

 

大淀「成程・・・。」

 曙計画が創出された背景には、通常の兵装が敵手たる深海棲艦に効き目が薄かった事が一つ挙げられる。幾つかの戦闘でも明らかな通り、生体部分に直撃させれば深海棲艦でもひとたまりもないのは事実であるが、それでも散布界が大きい艦砲にとってはその弱点を外して装甲部に当ててしまう事は多く、また深海棲艦はそれらが想定しているより遥かに小さな目標であるため、狙って命中させるのは艦娘でなければ至難の業なのだ。

 散布界の件についてはこれは艦娘も同様の問題を抱えているが、より問題になったのは、この当時一般的に装備されているミサイルであった。

シースパローやSeaRAM等の短距離艦対空ミサイルシステムは然程問題ないとは言え、より遠距離目標に対する使用を想定している艦対艦ミサイルでは、誘導方式にアクティブ・レーダー・ホーミング*11やGPS誘導*12などの電波的な誘導方式を用いているものが少なくなく、しかも敵は超音速で飛来するそれら飛翔体を、軽々と目視した上で、迎撃するなり回避するなり、そもそもジャミングで逸らすなどして能動的に防御する事が出来てしまうのだ。

 

 もっともこの問題には、そもそも既存のミサイルがヒトなどの生物サイスの目標を攻撃するように出来ていないと言う、用法違いの問題も存在していたが、これらミサイルを運用する事に主眼が置かれた現代型の艦艇では、深海棲艦と五分の対決を行う事は難しいと言うのが、各国海軍の見解でもあった。

ではこちらも向こうと同じ土俵に上がる形で砲熕型艦艇―――第二次大戦型の艦艇を作ればよいのではないかと言う提案も一部で持ち上がったが、これも早々に諦められている。これについては当時の大型主力艦に搭載されたような大型砲の技術が失われた例が幾つもある事や、今から莫大な数の砲弾を、しかもそれを用いる新型砲ごと新規開発して量産する様な余力がどこの国にもない事が理由であった。

提督「俺達は結局、大人達に現実の尻拭いをさせられそうになったって訳だ。確かに戦果は挙げたさ、だが何百隻かの敵艦を沈めた所で何になる。

彼らはそれを百倍にして誇大宣伝した挙句、以後は音沙汰無しと来たもんだ。都合が悪くなれば、政治屋共なんざこんなもんさな。」

 

明石「酷い・・・。」

 

提督「その後俺や他の3人は冷や飯食いさ。俺は海保に送られたわけで、小さな哨戒艇の艇長をしながら、航空機の操縦を習ったりもしたな。結局の所、海保では持て余されていたらしい。尤もそれが無ければ、今頃俺は金剛には出会ってないがな。」

 

「えへへ~。」

その直人の言葉に満更でも無さそうに照れる金剛であった。何も言っていない筈なのだが直人は構わず続けた。

「結局の所、『曙計画』は失敗した。その原因はまぁ色々とあるが、最大の要因はそうだな・・・計画が杜撰過ぎたんだ。巨大艤装の量産計画にしても、この失敗で立ち消えになった。

尤も、巨大艤装への適合が問題でな、それに艦娘と同じ能力を持つ奴らを全国から集めたとしても、あの有様じゃぁ消耗品にしかならなかっただろう。取り止めたのは正解だった訳だ。あの失敗で、嶋田の野郎は軍の主流から外れる事になり、やがて永納海将に接近していった、と言う訳だ。」

 

大淀「そうだったのですね・・・。」

 

提督「それに、この時の作戦で俺は、自分の無力さを知った。復讐心だけでは、どうしようもない事がある事を身につまされたんだ。巨大艤装などでは、奴らには対抗出来ない。そう思った。

今の俺の働きは、その点三技研による改修と、明石のブラッシュアップが無ければ不可能だった事だ。」

 

「お役に立てて、光栄です。」

明石はそう言って自身満面に胸を張って見せた。たわわに実った双丘がそれに釣られて揺れるが直人は気にも留めなかった。

「以来俺は、復讐心は捨てた。それよりも、もっと何か良い方法が見つかる筈だと信じて、その時の俺に出来る事を続けたんだ。その結果はと言えば・・・世の中、何が起こるか分からんもんだと言う、ただ一語に尽きるがね。」

彼の言葉には確かな実感が伴っていたが、まぁそうであろう。普通、『艦娘』などと言う()()が起こる事を期待する方が馬鹿げているのである。それもその筈、と言う話ではあるが、彼はそれによって命を救われている上に、その救ってくれた相手が目の前にいるのだから、何をかいわんやと言う所であった。

「では、今の提督は、何の為に巨大艤装を?」

大淀がそう問うと直人はこう言ったと言う。

「そうだな。“世界を救う為”とか、身の丈に合わない事を言う気はないが・・・強いて挙げるとすれば、故郷やお前達を守る為だ。これ以上、俺の知る者達を死なせない為にも、俺は巨大艤装を駆って戦う。戦う理由としては、今はそれでいいと思っている。」

 

 彼のその言葉は、提督としてこの戦いに加わる者達の多くにある心境を、そのまま代弁したものであった。彼らは結局の所、身近な誰かを守る為に艦娘を率いて戦ったに過ぎない。旺盛な戦意はその裏返しであり、愛国心もあっただろうが、それよりも鮮明に脳裏に映るのは、見知った誰かの顔であったに違いないのだ。

そしてその事は、太平洋戦争を戦った艦の生まれ変わりでもある、4人の艦娘達それぞれに深く共感出来る事でもあった。第二次大戦を戦った日本軍兵士は、その異常なまでの戦意と揺るぎ無い天皇への忠誠心を持つと言われてきたが、それでは単なる異常者だと後ろ指を指されても可笑しくはない。

彼らも単なる人間であり、会った事もない天皇の顔や、国家と言う概念的なものを思い浮かべる事は困難であっただろう。その戦う理由はやはり、何かを守る為であったと言う事は、各種の資料からも明らかである。

「だが、俺達の戦いは孤立無援の戦い、常に綱渡りだ。俺の命すら、明日はどうなるか・・・。」

 

「その時は、私達が守りマース!」

 

「そうそう! 存分に頼ってよね~?」

 

「私も、微力ながら務めさせて頂きます。」

直人の言葉を聞いた3人の三者三様の言葉に直人は深く頷いて、

「ありがとう。大いに頼みにさせて貰う。」

と言った。

 

 彼にもまた、青々とした青年だった時期があり、彼を大人にしたのは正に、巨大艤装を駆って屈辱的な敗退を強いられた事だった。艦隊を率いる事となる器を生み出したのも巨大艤装であれば、彼にとって、あの兵器がどれ程思い入れのあるものであったか。

ましてや、そんな感慨と思い出の詰まったものを、八島入江地下の秘密格納庫に見出した時の情動たるや、他の誰に想像出来るであろうか。彼にとって巨大艤装とは、彼自身の青春の締めくくりにして、苦い敗北と喪失体験に彩られた、彼の青春時代の果てであったからだ。例えその姿形が変わり果てようとも、見紛う筈は無い。

 そんな彼が未だに抱き続けている、艦娘達を戦場へ出す事の罪悪感とは、まだ徴兵年限にも達していなかった身であるにも関わらず戦場へと駆り出され、挙句敗退を余儀なくされた末に、広瀬提督の様な若年層の戦線投入に対しその嚆矢とされてしまった身であるが故の、特有の心境であったとも言える。あの英雄が従軍したのは・・・と言う事だ。

戦う為の存在―――そう割り切ってしまう事は容易でもあり、安易でもある。現在、一般に人権が認められた艦娘だった者達には、人間と同じ感性がある。それは何も今に始まった事ではなく当時からそうであったし、その感受性に激しく厳しい現実が立て続けざまに突き付けられたのが、深海大戦と呼ばれる戦いの実相であった。

その事を思えば、当時行われていた艦娘に対する人権論争こそ、ナンセンスであったと言って良い。

 

 彼にとって艦娘とは、かつての己に通ずるところもあり、複雑な心境を抱いていたのはどうやら事実であるようだ。それは実の所、出現当初のこぞってマスコミが報道攻勢をかけていた頃から変わらないものであったようで、彼女達に何かあった時、過度に背負い込んでしまう所があるのも、そこに理由があったようだ。

彼にとって艦娘とは、若かりし日の己の現身であり、なまじ彼にとって放っておける相手ではなかったと言う事だ。かつての己の様にならぬよう、導き、守り、支えてやる必要があると、痛切に思ったが故に、今の彼がある。後に大艦隊を率いる一軍の将となった後も、その思いは変わる事無く生き続け、自らが率いた部下達が、戦後を生きる礎となったのである。

 紀伊 直人の戦う理由、それはそう言った未来を、彼女達に示してやる事に他ならなかった。艦娘にだって()()()()はいるのだ。ならばその大人が、率先して戦いに行かないようでは話にならないが、それが子供達を率先して巻き込むようではナンセンスなのだ。

彼は艦娘達に、望まぬ未来を強制する事はしたくなかった。何より己自身が、望む未来を勝ち取れなかったが故に。彼は彼女らが自ら望む未来を掴み取る事の出来る世界を、この世に再び取り戻す為に戦い続けなければならなかったのである。やむに已まれず、艦娘達の手を借りながら。

運命とは、かくも残酷なものであろうか・・・。

 

 

10

 

 2月11日19時49分、重巡鈴谷は英雄達を乗せて横須賀へと帰着した。余りにも消耗し尽くした彼らには補給が不可欠だったし、鈴谷の総身にも、硝煙の傷跡が生々しく各所に残っていた。装甲板は歪み、一部のアンテナや空中線は未だ吹き飛ばされたままであったし、捲れ上がった薄い外販がささくれ立った様になっている部分も随所にあった。さほど時間はかからぬだろうが、どこかで治さねばならない損傷であった。

入港管制に沿って横須賀軍港に着岸した鈴谷からいの一番に飛び降りた直人は、駆け足で横鎮本庁へと向かった。そこへ迎えに来ていた大迫一佐に連れられて向かった先で、彼は今の現状を()()()()()にする。

 

20時37分 横鎮本庁庁舎内

 

ドカドカドカ・・・

 

提督「お、大迫さん。これは一体どうした事ですか?」

 

大迫「話は後だ、取り敢えず土方海将が待っている。事態が窮迫しているとだけ思って置いてくれ。」

 

提督「は、はい。」

 直人らの活躍によって、本土は危機から救われたのでは無かったのか。直人が困惑するのも無理からぬ狂乱ぶりがそこにはあった。横鎮のスタッフも右往左往しており、戦況が落ち着きを取り戻す前にしては、一種異様とも言える熱気に満ちていた。

大迫一佐から何も聞かされぬまま、直人は司令長官室まで真っ直ぐ通された。

「おぉ、無事だったか。通信が繋がらないので心配していたぞ。」

それを出迎える土方海将も、どこか疲れた様子であった。

「遅くなり申し訳ありません。ご心配をおかけしました、何分空中線を切られてしまい、送受信が不調だったのです。」

そう釈明する直人に土方海将は

「そうか、だがそれは今は置いておこう。容易ならざる事態が起きた。」

と焦慮を隠さず言った。土方海将は隠し事なく彼に接してくれるが、その土方海将がこの様な様子を見せるとは、容易な事では確かにないだろう事が直人にも伝わって、彼は姿勢を正す。

「一体、何が起きたと言うんですか? 大迫一佐からも何も聞いていませんが。」

彼のその至極真っ当な質問に土方海将が口を開いた。

 

「―――問題は二つだ。まず一つ、嶋田海将補が単身で幌筵を脱出して北海道に戻った。」

 

「な、なんですって―――!?」

 今更言うまでもないが、嶋田海将補は幌筵泊地司令官の職責にある重要な将官であり、現在包囲下にある幌筵の最上級指揮官だ。それが防衛指揮を放擲して北海道に脱出したと言うのだ。一体どのようにしてかはさて置いても、抜き差しならぬことは事実である。

提督「幌筵は一体、どうなっているんですか!?」

 

大迫「それについては現在、他の幕僚達が協力して防戦を継続している。戦局は優勢だそうだ。」

 

土方「この事については君のおかげだ、礼を言う。」

 

提督「土方海将こそ、思わぬ援護を頂きました事に感謝致します。ですが、幌筵艦隊に撤退命令などは・・・」

それに対する答えは「ノー」であった。土方海将は(かぶり)を振って

「出されていない。どうやら捨て駒にするつもりで脱出したようだと言われている。当然幌筵放棄の命令など出てはいない。つまりは、奴の独断と保身の為の行動と言う事になっていて、今千歳で拘束されている。」

と言った。

 土方海将はそう言うが、それだけで片付く問題ではなかった。戦闘を指揮する最先任者の逃亡は、古今あらゆる戦場で士気の崩壊から敗走に繋がってきた。それどころか、この行為自体が軍の威信や指揮系統に対する重大な背信行為でもあり、海上自衛軍として看過し得ない事態である事は疑いなかった。

今回もまた、その先例に倣う事にもなりかねない以上、何らかの手を打つ必要があったので、ひとまず嶋田海将補は拘束される身となった訳である。

土方「幌筵には君の旧友がいるのだったな。それなら心配はいらん。こちらも漸く再集結が半ばに達し、態勢が整いつつある。近日中に大規模な反撃が可能になるだろう。」

 

提督「それに、我々も加えて頂けますか?」

 

土方「君らは1週間前に激闘を終えたばかりだ。補給も必要だろうし、そこまでは頼めん。」

 

提督「しかし敵には未だ、超兵器級をはじめ膨大な敵艦があります。我々も加勢しなくては―――」

その言葉を土方海将は右手を挙げて遮ると言った。

「その通りだが、まぁ話は最後まで聞いて欲しい。実の所重要なのは、二つ目の方なのだ。」

 

「―――そう言えば、()()と仰られていましたね。まだ何かあるのですか?」

思い直して直人がそう問いかけると、土方海将から帰ってきた答えは、彼の予想だにしないものであった。

「良いか、よく聞け。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 その言葉を聞いた直人は瞬間、地面がうねった様に感じられる程の衝撃を受けた。彼にも未だ、予想だにしない事は山ほどあるが、これはその中でも最上のものであったに違いない。

「こ、こんな時期にですか・・・!?」

直人が思わずそう問い直したのも無理からぬ事だった。今までこんな事は人類側には起きてこなかったし、一枚岩ではないとは言え、自分達は一致団結していると思っていたからだ。

だが土方海将から帰ってきた答えは、彼を更に驚嘆させると共に呆れさせるものでもあった。

「こんな時期なればこそだろう。現在、南西方面艦隊の各泊地は、主力を含む約半数の兵力を拠出して本土へ向かっている。早ければ明日にも横須賀着と言う所だ。しかも彼らがいなければ作戦は成立しない。つまるところ、反乱分子にとっては好機以外の何物でもなかった訳だ。

反乱分子は反艦娘派の将校達だ。恐らく艦娘戦力が南西方面から減退するタイミングを待っていたのだろう。」

 

提督「馬鹿な・・・たったそれだけの事の為に、最前線の基地で仲間割れをしている場合ではない筈ですが・・・。」

 

土方「その通りだ。君もここに来るまでに見ただろう。あの皆の慌て様を。理由はそれにある。」

 旧帝国海軍における行政区割りである海軍区は、海上自衛隊を経て海上自衛軍となった今でも「地方隊」として存続しており、艦娘艦隊でも同様の区割りを用いている。

加えて現在の体制では、佐世保鎮守府は東シナ海からインド洋まで跨る広大な地域を、呉と横須賀はかつて内南洋と呼ばれたミクロネシアを折半しており、横須賀はそれに加えて幌筵泊地と南東方面を、呉はポートモレスビーをはじめとするニューギニアやインドネシア東部を、舞鶴は幌筵への指揮権を有しつつ、大湊を含む北方方面をそれぞれ行政範囲に置いている。

 今回反乱が起きたリンガ泊地は本来、上位組織は佐世保鎮守府であるが、状況が状況である為他の鎮守府にも情報が共有され、共同で対処する事になったのだ。

だがそれだけでは、ここまで横鎮庁内が騒然とする理由付けにはなっていない。

「より厄介なのは造反者の方ではない。それによって矛先を向けられたシンガポールの中立派の方だ。」

 

「―――まさか、彼らはシンガポールに攻撃を?」

彼の直感は当たっていた。

「その通りだ。しかもそれについて問い合わせる相手であるリンガ泊地は麻痺していて役に立たん。北村海将補と参謀長の小幡一等海佐は共に日本に向かっていて無事だが、留守居として残されていた参謀副長の橋見二佐が拘束され、リンガ泊地司令部は占拠されたそうだ。

 リンガの残留部隊は全て造反組に与し、しかもブルネイやタウイタウイからも続々と奴らの()()が参集しつつあるとの情報もある。現地からの情報では、艦娘艦隊の倉庫の一角から爆発と火の手が上がったとの報道以降情報が遮断されている。

恐らくは奴ら、艦娘艦隊の艤装や物資の倉庫に手をかけたのだろう。この分だと、現地にいる提督達も拘禁されている恐れがある。」

 

提督「早まった真似を・・・。」

 

大迫「同じ動きはどうやらタウイタウイやブルネイでも同様のようだ。恐らく造反したのは、深海棲艦と手を組む事や、艦娘に国防を委ねる事を嫌った連中だな。」

 

「反艦娘派―――!」

 そう、それは起こるべくして起きた事象でこそあった。艦娘艦隊を快く思っていない者は、軍内外に多数存在していたが、その中には実力に訴えてでもその影響を排除し、軍内でのバランスを元の形に戻そうとする者も存在していたのだ。

その不満が最高潮に達しつつあった時にこの状況が到来したのは、彼らにとっては正に僥倖と言う他ないだろう。一枚岩ではないとはいえ、結束していると信じたのは海上自衛軍中枢も同様の事であったから、これによる動揺は計り知れないものがあった。何より、この反乱に対応出来る兵力が、現地に存在しない事が最大の問題でもあった。ブルネイ・タウイタウイ・リンガの各基地には念の為として2個護衛隊づつの戦力が残された他、現地駐在の艦娘艦隊の5割強があったが、護衛隊はブルネイとタウイタウイの両泊地それぞれ1個護衛隊しか残留していないとの知らせも、それぞれから入っていた。そうなれば予想される敵戦力は4個護衛隊16隻、勝てる相手ではない。では艦娘艦隊を出す他ないが―――

「現実的に見て、艦娘艦隊にこれを収めよとは、到底言えんだろう。成功こそするだろうが、その後の戦闘に支障をきたしかねん。何より不測の事態が起きた場合、事態はより収拾が付けられなくなる恐れもある。」

 

提督「不測の事態・・・協定が破られたとして、シンガポールの敵が牙を剥きかねない、という事ですね。」

 

土方「そうだ。それだけは断固として避けなければならん。だが、彼らが事実上人質に取っている人々の事も忘れてはならん。橋見二佐は勿論、歴戦の提督や艦娘達もな。」

 

「そうですね・・・。」

 反乱鎮圧と人質救出、何れも一筋縄では行かないが。さりとて容易に事を運ぶ事が出来ない。そう言った状況に今、彼らは置かれていたのだ。だが直人が本当の意味で驚くのはここからであった。

「横鎮近衛艦隊に命ずる。第1・31・33護衛隊と合流の上、ブルネイ沖で第4・21護衛隊と合流、5個護衛隊の援護の下、この反乱分子を早急に鎮圧して貰いたい。君にしか出来ん事だが―――」

 

「ま、待って下さい! 我々に、反乱軍の相手をせよと仰るのですか―――!?」

 

―――2055年、この年は未だ、始まったばかりである。だが、その最初の1か月だけでも、数多の出来事が連続的に起こり続けていた。その事が、この年も激動の流れから逃れられぬ事を暗示するかのように。

そして彼は今、重大な局面の当事者の一人に、数えられようとしている事を自覚する他なかった。それは余りにも唐突で、しかし予想の出来た事態でこそあったが、彼にとっては不本意極まる事態であった事に間違いはないのだった・・・。

 

 

~次回予告~

 

反艦娘派の一党が、遂にその不満を爆発させリンガ泊地を占拠した。

彼らが人質を取り要求してきた内容は、それまでの状況と全く反するものであり、日本国政府も当然容れる筈が無かった。

横鎮近衛艦隊はその鎮圧に赴くべく、再び針路を南シナ海へ取る。

その先に、未知なる狂気が待つ海域へと―――

 

次回、横鎮近衛艦隊奮戦録第4部6章、「マレー沖の攻防―オトギリソウ舞い散る戦場―」!

艦娘達の歴史が、また1ページ・・・

*1
北緯43度25分32秒40 東経160度22分27秒88

*2
ユトランドのフランス語での呼称「ジュトランド(Jutland)」に近い、日本語でのユトランド半島の呼称のひとつ。ユトランドはドイツ語の呼称「ユートランド(Jütland)」に近く、様々な言語で別の綴り、若しくは発音が用いられている事もあって、文献によって記述がまちまちである。この為当方では、海戦名に於いては地名として「ユトランド」の語が定着している為こちらを用い、その影響を受けた戦艦の事については「ポスト・ジュットランド」の呼称が比較的に用いられる為こちらを使用する事とした。

*3
この時の兵力抽出割合は、佐世保・呉両鎮守府から72%、横須賀から65%、鹿屋・柱島・佐伯等の諸基地から25~50%。これに対し舞鶴鎮守府からは50%程度、大湊・単冠・幌筵の3基地は北方への備えの為0%となっている。しかしこの時点で各鎮守府に残った戦力は、謂わば員数外とされるレベルの小規模であるか、練度不足と見做される程度の中小部隊しか残されておらず、さらに各基地は一応多い所で75%の戦力を残す基地もあったが、これらは急速な艦娘艦隊拡大の為に各鎮守府からの練度の高い少数の部隊を中核にし、多数の部隊を急速練成しようとしている只中にあった為、これらも練度不足と見做されていた。事実、これら残留組はこの戦闘に於いて、南西方面への抽出部隊の帰投後、合同して戦闘に出るまで為す所がなく、「艦載機を使い捨てにするようなものだ」と言うとある基地司令の言葉に代表されるように、練度不足の側面を曝け出してしまっていた。

*4
大和型戦艦の発展型であり、51㎝連装砲3基6門を装備した、大日本帝国最後の超弩級戦艦。マリアナ沖海戦で大損傷を被った武蔵に、修理を兼ねて搭載された51㎝砲と同じものが使用されており、そのデータを基にして1944年に8隻が計画され、うち6隻(紀伊・河内・豊前・豊後・備前・備後)が起工、紀伊・河内・備後の3隻が竣工し、備前が完成間近であり、残る2隻は計画中止、豊前・豊後の2隻は超大和型(和泉型)戦艦秘匿の為に偽装されたものであり、それぞれ和泉・出雲として完成している。また、この様に同時期に建造された量産型超兵器戦艦である和泉型戦艦は、紀伊の設計データを基に大型化したものとして設計されている。

*5
後に原子力ジェットエンジンによって再現が試みられた広義に於けるジェットエンジンの一つであり、取り込んだ空気を超兵器機関から取り出したエネルギーを熱エネルギーに変換して用い加速・加熱させた後、それを纏めて後方に噴射する仕組みのエンジン。エネルギー変換システムを含め大型な機構を備えるが、そもそも比類無き巨体を誇るアルケオプテリクスでは問題にすらならなかったとされる。

*6
海軍陸攻隊が日華事変(日中戦争)で渡洋爆撃として知られる長距離作戦行動に入った時期、アメリカのB-17やイギリスのウェリントン等といった、WWⅡ初期の連合軍主力爆撃機群はいずれもまだ試作段階であるか数が少なく、作戦行動可能な状態を整えるにはまだ時間がかかる状態であった為。

*7
この時投入されたネ級は試作された最初の1隻を含め、増加試作型のエリートと標準型を合わせておよそ100隻程度であり、この時得られた情報が少なかった事と、やはり軽巡級までと比べれば生産に時間がかかる事で量産体制を整備するのに時間がかかったのが一因である。

*8
深海側と艦娘艦隊側では1個艦隊の概念は少々異なる単位で捉えられており、艦娘艦隊では通常4隻から30隻程度を1個梯団(戦隊或いは艦隊とも呼ばれる)として扱い、司令部所属の全艦艇をひっくるめて1個艦隊としている。例えば艦隊内での部隊の呼称は「第1艦隊」であっても、外部から見た時の呼称は「〇〇艦隊第1梯団/戦隊」となるという規定が存在する。一方深海側ではこの“梯団”の事を“艦隊”であると認識しており、その規模については明確に定義されていなかった。大体30隻から60隻程度であろうと言うのが通常の見解であったとされている。

*9
巨大艤装『紀伊』の機関出力は艦娘のそれとは正に別次元と言ってよく、バーニアの最大出力による推進とジャンプによる加速、航行による助走も付ければ一瞬でこそあるが島風すら圧倒する50艦娘ノットに到達する。標準の最高速力は記録が乏しい為おおよそであるが、45艦娘ノット程度であったと思われる。

*10
第3部13章を参照

*11
弾頭先端に小型レーダーを内蔵し、母機や母艦に補助を受けず、ミサイル側のレーダーで探知した目標に向かって誘導する方式。より大型な航空機用長射程ミサイルや艦艇用のミサイルで使用される。

*12
長射程のミサイルに於いて中間誘導を行う際の手法の一つで、目標地点に対してGPSでの座標指定を行い、その座標へ向けて誘導する方式。


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