異聞 艦隊これくしょん~艦これ~ 横鎮近衛艦隊奮戦録   作:フリードリヒ提督

55 / 66
やぁ皆、天の声ですよ~。

青葉「どうも恐縮です! 青葉ですぅ!」

久々に艦娘艦隊の暗部のお話でございました。

青葉「人道上許される事ではありませんが、とかく艦娘は頑丈であるという点が利用されてしまった感じもありますね。」

いやまぁ・・・そうね。でも頑丈ってのはそう言う話ではないと思うのだが。

青葉「そうなんですか?」

うん。

青葉「・・・まぁ置いておきましょう。」

今日の解説に行く前に、前章で登場した「三技研」とその所長、演習で登場する艦隊及び、研究員の井野真知子、柱島第444艦隊など、三技研周辺の設定を、後援者様の絶翔提督様より御提供頂いております。

青葉「あと、大規模なシナリオ提供も頂いてます!」

現在鋭意制作中ですが執筆開始は劇中時間で約2年程後です。まぁ長い目でお待ち頂ければ幸いです。これらのご提供に対し、この場を借りて御礼申し上げます。本当にいつもありがとうございます。

そして、艦これ一期終了という事で、5周年の節目の年なのでキリもいいですし、もうすぐ二期もスタートです。画面が大きくなり高解像度化されたり色々見た目が変わる様だけども果たしてどうなるやら、そしてメンテは予定通り終わるのか!?

青葉「無理ですね。」

だね。では今日の解説に行こう。


今日の解説は、深海棲艦の指揮系統についてです。

深海棲艦は基本として、棲地単位で動いている訳ではなく、その棲地にも“格の差”が存在します。これは劇中でも示唆されていますね。

全棲地に対し指令を出しているのは、ベーリング海棲地(北西太平洋艦隊)です。北極点への入り口の一つであり、日本他が北極航路が使えない理由の一つでもあります。ここが総本山と言っても過言ではなく、強硬派の筆頭であり強硬派を率いるヴォルケンクラッツァーや、その副官リヴァイアサンがここにいます。

この直接指揮下に次の棲地があります。
・ハワイ棲地(太平洋艦隊)=中枢棲姫
・ガタルカナル棲地(南西太平洋艦隊)=飛行場姫 ロフトン・ヘンダーソン
・コロンボ棲地(東洋艦隊)=港湾棲姫
・ドーバー棲地(本国艦隊)
・大西洋海嶺棲地(大西洋・カリブ海艦隊)
・黒海棲地(黒海艦隊)
・オーランド棲地(バルト海艦隊)
・ヤンマイエン棲地(北海艦隊)
・フォークランド棲地(南大西洋艦隊)
・マダガスカル棲地(インド洋艦隊)
・マルタ棲地(地中海艦隊)
 以上11個の棲地が、ヴォルケンクラッツァーの直接指揮下にあります。
他にトラック棲地もかつては中部太平洋方面艦隊を管轄する棲地でしたが、これは壊滅しています。

この11個がカッコの中の艦隊司令部を有している、即ちその海域の制圧を担当する棲地であり、その傘下にそれぞれ棲地があります。即ち、総司令部→司令部→基地という構図とぴったり合致します。

因みに、ラバウル棲地(SN作戦時に壊滅され消失)とポートモレスビー棲地はガタルカナル棲地の、トリンコマリー棲地はコロンボ棲地の指揮下に入っているというような感じで、横鎮近衛艦隊は殆ど指令を伝達する大本を断っている訳ではありません。

これには深海側の指揮系統を人類が把握していないという根幹の問題がありますのでやむを得ない所もあるでしょう。


以上ですね。

青葉「知ってれば戦局がかなり変わるんでしょうね・・・。」

それは確かなんだが戦力も相応に多いんで・・・。

青葉「今の近衛艦隊でも、ですか?」

まぁ無理やな。他の近衛艦隊と合わせても練度や装備等々諸々足りないし。

青葉「あちゃー・・・。」

と言う事で始めて行きましょう。
横鎮近衛艦隊に舞い込む急報、向かった先で何を聞くのか・・・

青葉「本編、スタートです!」




青:そういえば最近ゲストは・・・?
天:うん、呼んでないねぇ・・・。
青:次回どうします?
天:検討します・・・。


第3部11章~闇よりの強襲!―無謀なる突入作戦―~

 2054年3月も暮れ、間もなく4月が見え始めた。

早いものでサイパンに来てもうすぐ2年になる。妖精さん達が植えた植物の種や苗が続々を芽をふき、食料の自活も思うに任せるようになってきている。

 近頃は体制の変化からか幹部会も大人しくなり、大本営からの指示に従い、横鎮近衛艦隊も順調の戦力を強化しつつある。が、基地戦備の強化は一段落し、対潜哨戒能力が強化され始めてもいる。

 ヒューマントレーダーの検挙や三技研との演習を終えた提督らのグループも帰投し、艦隊は普段通りの日常に回帰していたのだが・・・。

 

 

3月26日10時18分 中央棟2F・提督執務室

 

鈴谷「海行こうよ! うーみっ!」

 

提督「執務中やで~鈴谷・・・。」

 

鈴谷「むー・・・。」

 

年中泳げるサイパン島だが、執務中ではそれも抜きがたく、誘いに来た鈴谷が口を尖らせていた。

 

金剛「終わったら行くネー!」

 

提督「その前に昼飯になる気がする。」

 

大淀「・・・。」キラーン

 

3人「「・・・。」」

 

大淀のメガネが光る。

 

大淀「・・・行かれますか? 今から。」

 

提督「いや、執務が・・・。」

 

大淀「午後になさればいいのではないでしょうか?」

 

提督「―――いいのか?」

 

大淀「ちゃんとやって頂きますからね?」

 

提督「うむ・・・分かった。」

 

考えて彼は大淀の言に乗ることにした。

 

大淀「今回だけです、いいですね?」ズイッ

 

提督「・・・はい。」

 

大淀「では、行ってらっしゃいませ。」

 

鈴谷「やったぁ!」

 

金剛「はぁ~、仕方ないネ~。代わりに決済出来る分はやって置きマース。なので、暫く二人きりで、楽しんでくるネー。」

 

提督「あ、はい。ありがとうな。」

 

金剛「いいんデスヨー。」

 

提督「んじゃ、いきますか。」

 

サイパン周辺で海水浴出来るようになったというのは、その付近の海が平和になったという何よりの証左だった。そこには、講和派深海棲艦隊との共同による対潜哨戒も実を結んでいた事も大きい。

 

 

が、例外を認めないという暗黙の圧力を直人はビンビンに感じ取っていたのであった。

 

 

10時37分、直人は司令部近くの海岸に来ていた。測量を終え、海底の再整備を終えて海水浴場として使えるようにしたものである。

 

提督「晴れてんなぁ。」

 

直人はシンプルに黒の海水パンツ。

 

鈴谷「ねー!」

 

一方鈴谷はこちらもシンプルに白のビキニであった。

 

提督「でもあれだな、4月前だから日差しは夏に比べたらそうでもない感じある。」

 

鈴谷「でももし日焼けしたらやだねぇ。」

 

提督「まぁ、そうだろうねぇ。」

 

鈴谷「ん~・・・。」ジロジロ

 

提督「・・・えっと。」^^;

 

鈴谷「―――提督、今の流れで分かんないの?」

 

怪訝そうに問い詰める鈴谷に、直人は笑って応じた。

 

提督「ウソだよウソ、オイルでしょ? やれやれ、仕方ないなぁ。」

 

鈴谷「普段からべったりの癖にこういうとこで躊躇しない! 触ったことない所なんて無い癖に~、ウリウリ~♪」

 

提督「そう言われてみると、それもそうだ。」

 

鈴谷「じゃ、お願いね~。」

 

提督「はいはい。」

 

二人きりのプライベート状態の中、パラソルの下でサンオイルを鈴谷の背中に塗り始める直人であった。

 

 

なおこの後、普段やられ放題の直人による強烈なまでの反撃が始まった事は言うまでもない。何が起こったかは、諸兄らの思う所にお任せしよう。

 

それは兎も角としても、海水浴を楽しみながら、直人は自分達の成果がこうした事を可能にしているという事を、肌で感じ取るのだった。

 

 

3月28日8時12分 中央棟1F・無線室

 

大淀「これは・・・重要ではありませんね。これは・・・こ。これは!」

 

大淀が目を通した1枚の通信文は、その短い休暇を終わらせる電文であった。それを理解した大淀はすぐさま無線室を飛び出した。

 

 

8時14分 中央棟2F・提督執務室

 

何気に大淀さん新記録である。

「提督っ! 大変です!」

 

「どーした大淀。こんな朝っぱらから驚く様なことは、特にない筈だが。」

一方の直人は普段通りペンを走らせながら暢気に大淀の声を聞いていた。

「えぇそうですね。大本営から出動命令でもですか?」

 

「いつもの事じゃぁないか。」

その言葉を聞きながら彼は書類の端を机で揃えていた。

「それも“直ちに”との事ですが!」

その大淀の言葉を聞くと、直人は肩を竦めて書類を机の上に置きつつ、

「やれやれ、また無茶ぶりか。」

と静かに言った。

「淡々とされていますね・・・。」

どうしたのかと半ば呆れた様に大淀が言うと、直人はこう述べて檄を飛ばす。

「一々驚いてたら身が持つか! 行くぞ金剛、出撃だ!」

 

金剛「OKデース!」

 

大淀「あぁ提督、執務は―――」

 

提督「そんな暇あるか!」

 

大淀「えっ・・・。」

 

そんな訳でまたしても出動命令が来てしまった訳である。直人は命令書を大淀からひったくるようにして執務室を飛び出した。その内容と言うのが・・・

 

 

発:軍令部総長

宛:横鎮近衛艦隊司令官

 

本文

貴艦隊は麾下艦隊を率いて速やかに『ラバウル』基地に進出、待命すべし。

 

 

 命令文は実にシンプルだが、いざやれと言われても困る相談ではあった。しかし命令は命令、直ちに金剛から防備艦隊を除く全艦隊に鈴谷への緊急乗艦命令が発せられる。実に久しぶりの事ではあったが。

「全く無茶が過ぎるな!」

自室で荷物纏めをする直人が思わずぼやく。

 

金剛「でもやるんデスヨネー?」

 

提督「やらざるを得んだろうが、命令だからな。」

 

金剛「命令デスカー・・・それにしてもテイトクは人が良すぎるネー。」

 

「そうかねぇ?」

頭を掻いて真顔で言う直人に金剛は言った。

「どんな無茶でも聞いてしまいマース。」

 

提督「うーん、そういえばそうかも?」

 

金剛「昼も夜もネー?」

 

提督「やかましいわい。」

 

金剛「フフフッ。」

 

提督「と言うか分かってるなら勘弁してくれ。そのー・・・なんだ。」

 

「・・・?」

首を傾げる金剛に、彼は軍帽で顔を隠しながら言った。

「・・・月一くらいにしてくれ、ああいう激しいのは。」

 

「―――フフッ、Yes(イエス) Sir(サー)!」

 

「全く・・・。」

全く金剛と言う奴は・・・と考えながら、彼も大急ぎで荷物を纏め上げているところへ一人の艦娘が来る。

 

鳳翔「提督、何かお手伝い出来る事はありますか?」

 

提督「こっちは良いから航空隊の方にも急ぎ連絡を、上空警戒のスケジュールをしなければ。」

 

鳳翔「分かりました、伝えます。」

 

提督「忙しいな、金剛。」

 

金剛「デスネー。」

 

因みになぜ金剛がここにいるのかと言えば、金剛の方はそれ程新たに積み込む荷物が無いからだった。要するにただの手伝いであるが、“金剛が提督と一緒に居たいから”と言う方が理由としては大きい。

 

 

9時23分、大慌てで集まってきた艦娘達を乗せた重巡鈴谷がサイパンを出港した。相当慌ただしい出航になったが、全艦漏れる事無く乗り込む事はできた。尤もギリギリだった為にタラップ上げの1分前に滑り込んだ者も居た程である。

 

他にも基地航空隊が大慌てで上空直掩の予定を立てなければならなかったなど混乱があちこちで起こっていたが、これも如何に慌ただしい出撃であったかを物語る一幕であった。

 

直人が嘆いた“無茶振りが過ぎる”と言うのは、つまりこう言う所を指していたのだった。

 

 

3月31日、鈴谷は急き立てる様にしてラバウルに到着、指定されている錨泊地に錨を降ろす。その直前、カビエン沖で水偵に乗り込み先着した直人は、急ぎ足で司令部へ出頭した。

 

 

5時57分 ラバウル基地司令部・司令官室

 

提督「海将補殿、面会を許可して頂き、ありがとうございます。」

 

佐野「お急ぎの様だったからね、水偵が降りてきた時は驚いたよ。」

 

提督「それについてはお詫びなりなんなり。それよりも、急ぎ展開せよとの命令を受け参った次第ですが、何かお聞き及びではないですか?」

 

佐野「これを、君に直接渡す様に言いつかっている。」

 

そう言って直人に差し出されたのは、大き目の茶封筒だった。中に何枚も書類が入っているらしく少し膨れていた。赤印で「軍機」の判が押され、口を蝋で封印してあると言う物々しさであった。

 

提督「これは・・・。」

 

佐野「作戦部隊を除き開封を禁ず、との事だったから、開封はしていない。私から言える事は、それだけだ。」

 

提督「・・・分かりました。ありがとうございます。」

 

佐野「―――紀伊提督。」

 

提督「はい・・・なんでしょう?」

 

佐野「私から一つだけ、言える事がある。それは、今回の作戦は、並々ならぬものだという事だ。その事はその封筒からも分かる。作戦指令書にしては、余りにも物々しすぎる。」

 

提督「元より、我々の作戦はいつも、“並々ならぬ”ものでした。今回もその例に漏れないという事でしょう。」

 

佐野「その事は知っているよ。これまでに君の功績もね。でも、今回はこれまでで最大の難問かもしれないんだ。くれぐれも、生きて帰って来て欲しい。今君に死なれると、人類にとって最大の損失になるからね。」

 

提督「分かりました。必ず生きて戻ります。」

 

佐野海将補の言葉を胸に刻み、直人はその場を辞去した。佐野海将補にしてはらしくない口振りではあったが、その言葉は直人にとっては重大な意味を含むかもしれなかった。

 

 

6時過ぎに鈴谷に帰艦した直人は、早速総員起こしがかかったばかりの艦隊の幕僚を、ブリーフィングルームに呼び寄せた。

 

6時17分 重巡鈴谷中甲板・ブリーフィングルーム

 

金剛「おはようデース・・・。」

 

提督「おはよう。眠い所をスマンな。」

 

金剛「それは大丈夫ネー。」

 

朝に弱い金剛、その弱点を露呈した結果である。

 

瑞鶴「提督さん、おはよう。」

 

提督「うん、おはよう。目覚めはどうかな?」

 

瑞鶴「まぁ、バッチリね。」

 

鈴谷「おはよ~・・・。」

 

提督「おはよう・・・鈴谷、大丈夫か?」

 

鈴谷「何が~?」

 

提督「・・・パジャマ可愛いな。」フン

 

鈴谷「へ―――えぇっ!?」

 

提督「全く。」

 

鈴谷「ごめん提督、ちょっち着替えてくる~!」

 

鈴谷が赤面しながらブリーフィングルームを飛び出していく。

 

提督「朝早いからこその光景だな。眼福と言えば眼福か。」

 

金剛「テイトク~?」

 

提督「別に眺めて悪い事はなかろ?」

 

金剛「そ、それは―――。」

 

初春「やれやれ―――鼻を伸ばすのも良いが、今は戦地じゃ、緊張感が無くては困るぞ。」

 

提督「う・・・そうだな。」

 

後からやってきた初春の一言には、流石に反論出来なかったようだ。

 

提督「取り敢えず全員揃ったな。」

 

金剛「OKデース。」

 

提督「これが作戦指令書の入った封書だ。封印はさっき解いておいた。まだ中身は見ていないがね。」

 

大和「封書で来るとは、随分と力が入っていますね・・・。」

 

提督「だな。では開封する。機密保持の為口頭伝達とする。」

 

そう言うと直人は封書から作戦指令書を取り出し、読み上げ始めた。

 

提督「―――海令231号、作戦指示、宛、横鎮近衛艦隊。本文―――横鎮近衛艦隊は3月31日夜半を期して、ガタルカナル島(以下『ガ島』とす)に所在する敵棲地中枢部に対し、艦砲射撃を実施すべし。投入戦力及び作戦は、貴艦隊に一任するものとす。後は付属資料だな。」

 

読み上げながら、彼の手は小刻みに震えていた。それが武者震いなのか恐怖によるのかは分からなかったが。

 

金剛「無茶デース! この命令が意味するのは―――!」

 

提督「北マリアナや、トラックの時の焼き直しに過ぎん。と言ってしまえばそれまでだが、今回ばかりは敵の戦力との差が違いすぎる。正面切って決戦と言う訳にもいかんぞ。」

 

瑞鶴「流石にまずいんじゃ・・・。」

 

大和「そうです! それに今日実行せよと言うのは―――!」

 

提督「そうだな、無茶だ。だが、我々はそうじゃないだろう?」

 

大和「―――!」

 

提督「いつも二言目には“無茶だ”と言う様な作戦を実施して来たのではなかったかな、我々は。」

 

榛名「それはそうですが、今回はレベルが違います。」

 

提督「だからこそ、敵の虚を突き、鋭鋒を敵の喉元に突きつける他に手はない。我々も、田中頼三少将のルンガ沖夜戦に倣おうではないか。」

 

その言葉に一同色めき立つ。かつて水雷戦隊が、その得意とする土俵に於いて収め得た最後の完勝劇。それに倣おうと、彼は言ったのだ。奮い立たない筈は―――ない。

 

矢矧「フフッ、面白いじゃない。そう言う事なら、やり様はあるわね。」

 

二水戦指揮官の矢矧が愉快そうに、だが決然とした表情でそう答えた。

 

提督「お前達の本分だろう。今回機動部隊は陽動と退却支援で動いて貰う。この為一航戦以外の空母は全て第三艦隊に合流だ。瑞鶴達には敵中突入をやって貰う事にはなるが、出来るだけカバーするからなるべく後方にいてくれ、夜間空襲の準備も頼む。」

 

愛宕「そう言うのこそ、私たちの役割ね?」

 

提督「そう言う事だな、頼むぞ。」

 

瑞鶴「でも、空母部隊は誰が・・・?」←第三艦隊旗艦

 

提督「そう言う時こそ、先任者の赤城だろう。頼むぞ。」

 

赤城「大命をお預かりします、お任せ下さい。」

 

久しぶりに機動部隊旗艦を務める事になった赤城、その大事を担う覚悟を胸に気を引き締め直す。

 

提督「今回のお前に課する役割は、敵の耳目をソロモン南方に引き付ける事だ。だから殊更に敵にそう匂わせる行動を頼みたい。無論先制攻撃は、お前に任せる。」

 

赤城「はい!」

 

提督「泊地突入の基幹となるのは、第一艦隊と一水打群だ。比叡と霧島は第三艦隊の護衛艦隊を統率せよ。」

 

霧島「了解しました。」

 

提督「大和にとっては、計画で終わったガ島砲撃だ。その火力に期待させて貰う。」

 

大和「お任せ下さい!」

 

今回の大和はかなり気合が入っているのが、傍から見ても分かる直人であった。

 

提督「戦艦部隊は可能な限りこれに参加して貰う。状況次第では敵の足止めに回って貰うからそのつもりでいてくれ。」

 

金剛「―――テイトク、まさか・・・!」

 

提督「そのまさかだ。今回の目的はかつての東京急行の北方航路で突入して、棲地を取り巻く敵艦隊を突破、その中枢部を叩く。この際包囲されないようにするのが、夜戦部隊の役割だ。」

 

この作戦案を聞いた艦娘達が一斉にどよめいた。

 

鈴谷「おぉ~・・・。」

 

提督「無論俺もお前達と鈴谷も共に出撃する。今回は通常艤装を使用するつもりだが、情勢如何では巨大艤装を使う場合もあるだろうな。」

 

陸奥「総力戦ね。」

 

提督「その通り。今回は我が艦隊の総力を挙げる。各艦は私を含む戦艦部隊と鈴谷が突破するのを援護し、包囲を阻止し、脱出するまでの時間を稼いで貰いたい。」

 

全員「「了解!!」」

 

提督「補給完了次第、出撃だ。それまでにある程度作戦の細かい所をを詰めて置いてくれ。今回も各員の奮闘に期待する。以上、解散!」

 

 

―――紀伊直人は信念の人だった。

 

戦後、元横鎮近衛艦隊の艦娘、矢矧の語った言葉の一節である。

 

矢矧は語る。

『紀伊直人という男は、確かな信念と、確固たる意志と、明晰な頭脳と、篤い人情を持ち、何より自由な人だ』と。

 

事実として、艦隊司令官として、これほど決然とした決意を持った艦娘艦隊司令官は他に数える程と言っていい。そして作戦説明書のみで、資料もなしに、しかも明確な作戦要綱を立案してしまった彼の頭の切れ具合には、感嘆を禁じ得ない。

 

彼は人類を救う事を志していた。それが例え、大本営が掲げるお題目であったのだとしても、彼はそれを体現する人間としてそこに在った。であればこそ、艦娘達は付いてきた。これからも、彼がそう在り続ける限り―――。

 

 

出航前、彼はラバウル第1艦隊司令部を訪れた。

 

9時43分 ラバウル第1艦隊司令部・提督執務室

 

提督「やぁ広瀬“大佐”、無事に昇進しているようでなにより。」

 

広瀬「紀伊元帥、お久しぶりです。」

 

提督「だから元帥はよせって。」

 

照れくさそうに彼は言う。以前にも提督でいいと言った筈なのだが、未だに改善されず苦笑してしまっている。

 

広瀬「あ、そうですね・・・。」

 

提督「変わりないか?」

 

広瀬「あ、はい、おかげさまで、戦力の方も充実してきました。」

 

提督「それは何よりだ。補給についてはいつも苦労を掛けるな、ありがとう。」

 

広瀬「いえ! これも私の仕事ですから・・・。」

 

提督「そうか・・・まぁ、一言挨拶に来た次第だ、これにて失礼するよ。」

 

広瀬「分かりました・・・今度も、お気をつけて。」

 

提督「ありがとな。それじゃ。」

 

彼としては広瀬大佐への挨拶のつもりで来た場所であった。遥かに年下の提督であるだけに、彼は広瀬大佐の面倒を見てやっていたのである。

 

広瀬「・・・ねぇ五月雨。」

 

五月雨「何でしょう?」

 

広瀬「僕も、紀伊元帥みたいになれるかな?」

 

五月雨「立派なお人ですからね・・・。」

 

広瀬「うん・・・!」

 

五月雨「目指しましょう、私達と一緒に!」

 

広瀬「―――そうだね!」

 

まだまだ若い広瀬大佐にとっては、その男は一つの目標であった。その“背中で語る”と言う様な、堂々たる背中に、彼は憧れたのである。

 

その無邪気な笑顔は、年相応な彼の内面を表していただろう。

 

 

提督(何が大佐殿だよ、子供に背負わせていい肩書じゃねぇぞ全く。)

 

一方で憧れの対象になっていた彼は、時代の余りにも悪辣な事に心の内で愚痴を言うのであった。表情にこそ出さなかったが。

 

 

11時10分、横鎮近衛艦隊がラバウル基地を出発する。北方航路はルンガ沖夜戦の際田中部隊も通った道、その再来を期すると、直人も大変な意気込み様で出陣した。

 

一方第三艦隊は、ラバウルの南東沖で鈴谷を出撃し、進路を珊瑚海に取った。MO作戦の時は戦力集中の原則から向かわなかった先でもあり、珊瑚海海戦の舞台となった海域である。

 

今次作戦の艦隊序列は以下の通りである。

 

第一水上打撃群 34隻

旗艦:金剛

第三戦隊第一小隊(金剛/榛名)

第八戦隊(鈴谷/利根/筑摩)

第十一戦隊(大井/北上/木曽)

第十四戦隊(摩耶/羽黒/神通)

独水上戦隊(プリンツ・オイゲン/Z1)

第一航空戦隊(翔鶴/瑞鶴/瑞鳳 180機)

第二水雷戦隊

 矢矧

 第四駆逐隊(舞風/野分)

 第十駆逐隊(夕雲/巻雲/長波/清霜)

 第十六駆逐隊(雪風/天津風/時津風/島風)

 第十七駆逐隊(浜風/浦風/谷風)

 第十八駆逐隊(霞/霰/陽炎/不知火/黒潮)

 

第一艦隊 34隻

旗艦:大和

第一戦隊(大和/長門/陸奥)

第四戦隊(高雄/愛宕/鳥海)

第五戦隊(妙高/那智/足柄)

第七戦隊(最上/熊野)

第十二戦隊(長良/五十鈴/由良)

第四航空戦隊(扶桑/山城/伊勢/日向 96機)

 第一水雷戦隊

 阿賀野

 第六駆逐隊(暁/響/雷/電)

 第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮)

 第十一駆逐隊(初雪/白雪/深雪/叢雲)

 第二十一駆逐隊(初春/子日/若葉/初霜)

 

第三艦隊 32隻

旗艦:赤城(臨時)

第三戦隊第二小隊(比叡/霧島)

第六戦隊(古鷹/加古/衣笠)

第十三戦隊(球磨/川内/那珂)

第二航空戦隊(蒼龍/飛龍 146機)

第三航空戦隊(赤城/加賀 180機)

第五航空戦隊(千歳/千代田/龍驤 115機)

第六航空戦隊(飛鷹/隼鷹/祥鳳 180機)

第七航空戦隊(雲龍/天城 102機)

 第十戦隊

 大淀

 第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

 第七駆逐隊(漣/潮/朧)

 第十九駆逐隊(磯波/綾波/敷波)

 第二十七駆逐隊(白露/時雨/涼風)

 第六十一駆逐隊(秋月)

 

意図せずして、この出撃は100隻丁度の大艦隊を率いての出撃となったのである。横鎮近衛艦隊も、思えば多数の艦艇を揃えるに至った訳である。

 

そして、ヒューマントレーダーの検挙などなどで追われている間に進めていた、機種更新の為の準備がここで実る事になる。

即ち・・・

 

一航戦:2⇒3段階目に機種転換

二航戦:3⇒4段階目に機種転換

五航戦:4⇒5段階目に機種転換

六航戦:3⇒4段階目に機種転換

七航戦:2⇒3段階目に機種転換(天城は3段階目準拠で航空隊を新規編成)

 

この様に殆どの航空戦隊で機種転換が行われ、装備機種の大幅な改善が施された訳である。蒼龍の艦戦“藤田隊”は、装備機が十五試局戦改から雷電一一型改に変更され、基本性能が向上している他、千歳・千代田・龍驤の3隻に、赤城に搭載されている待望の零戦五四型が配備され、制空能力が上がっている。

 

また戦闘機隊のみが一段階先に行く形になっていた三航戦艦載機隊がついに五段階に均等に並ぶ事になり、五航戦航空隊と共に“流星改”が新たに配備される事になった。艦爆についてもそれまでの彗星一二型から二四型に変更された点も注目すべき点である。

 

余談だが、この機種転換により九九式艦爆が姿を消した事も一つのポイントであるし、彩雲がついに三航戦と五航戦の空母全5隻に配備されてもいる。

この様に第三艦隊の戦備についても全く文句なしに整えた横鎮近衛艦隊は、勇躍ソロモンの海に進んでいくのである。

 

 

11時37分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「艦隊が昼間に発見されず、ガ島北方まで辿り着ければ、この作戦は上手く行く。各所、対潜・対空警戒を厳とせよ!」

 

明石「はいっ!」

 

後檣楼電探室

「“了解!”」

 

ソナー室「“了解しました!”」

 

直人はてきぱきと指示を出していき、指示を出し終えると・・・

 

提督「よし、飯にしよう。」

 

明石「そうですね! お腹すいた~!」

 

提督「副長、後を任せる。」

 

副長「!(ハッ!)」

 

直人は明石を伴い、下の食堂へと降りて行ったのだった。案外人間の行動なんて単純なのである。

 

 

14時丁度、出撃した第三艦隊の艦載機によるガ島攻撃が始まる。ここまでお互い何事もなく進む事が出来ていたが、いよいよその静寂のヴェールを脱ぐ時が来たのである。

 

 

14時02分 珊瑚海東部

 

蒼龍「始まったわね。」

 

ト連送の受信で、母艦隊もそれを知る。

 

赤城「攻撃が成功すれば、提督達も・・・。」

 

雲龍「ですが、良かったのですか?」

 

赤城「えぇ、これでいいの。」

 

天城「第二次攻撃は出来ませんが・・・。」

 

赤城「提督も仰ってたわ。私達に敵の耳目を集めるのが目的だと。」

 

飛龍「そういう事。だから思う存分、やっちゃいましょ!」

 

多聞「うむ。」

 

雲龍「そういうものなのね・・・。」

 

“第二次攻撃は実施出来ない”―――今回のこの攻撃に於いて第三艦隊は、艦載機723機の9割以上をつぎ込んだ攻撃を実施したのである。本来この様な戦法はどちらかと言うと邪道に属する類のものであり実行される事はまずないのだが。

 

加賀「これだけの艦載機を投入すれば、敵は只事では無いと思う筈。そこが狙いよ。」

 

千歳「今までの戦闘を省みるに、我々と同じ戦術ドクトリンがそのまま適用出来ると考えられます。であるならば、この艦載機の数は、大機動部隊が珊瑚海に現れたと考える筈。そう思わせるのです。」

 

雲龍「成程・・・。」

 

700機近い第一次攻撃隊が飛来したとなれば、少なくともそれを出した空母部隊には艦載機総数で1700機に迫る数が居る計算になる。艦娘艦隊で換算すれば、空母10隻前後を擁する機動部隊が最低でも3個艦隊はいる事になる。そんなものが反復攻撃をかけてきては、やられる側からすればたまったものではないからだ。

 

雲龍らにとっては、これも一つの勉強であった。彼女達は“実戦”を経験していないからである。

 

 

一方、ガタルカナル棲地では―――

 

飛行場姫「何だこの数は!?」

 

南方棲姫「流石に異常と言わざるを得んようだな・・・。」

 

駆逐棲姫「そのようだな。」

 

最新鋭機の彗星三三型が立て続けざまに雲間から急降下を始め、蒼龍の流星隊は水平爆撃で飛行場を狙う。新たに蒼龍艦戦隊にも配備され機数が増えた雷電一一型改が、ドロップタンクを投下し戦闘態勢に移り、こちらも五航戦に新規配備された零戦最終型である零戦五四型が僅かな敵警戒機を蹴散らしていく。

 

上空にあった僅かな敵戦闘機も必死の防空戦闘を繰り広げるが、所詮は多勢に無勢であり、練度未熟な何機かが機動ミスから撃墜された以外に戦果も挙げようが無く、熟練搭乗員の駆る雷電や零戦によって次々に撃墜され、瞬く間に上空は日の丸で制圧されてしまった。

 

ガタルカナル棲地にはこの時、ロフトン・ヘンダーソンと南方棲姫「ワシントン」に加え、タウンスビルから呼び寄せられていた駆逐棲姫「ギアリング」の3人と、その麾下艦艇合計にして、1万8758隻もの大艦隊が集結していた。その密集している様相は、海域の場所によっては黒く染まったようにも見えた。

 

本来であれば豪州方面を預かるギアリングが呼び寄せられていた理由は簡単で、ガタルカナルの機動戦力であるノースカロライナ麾下の16TFが、戦力再建の為ヌーメアに下がっていた為だ。要するに埋め合わせと言う事である。

 

ネ級Flag「敵編隊総数、600を超えます!」

 

駆逐棲姫「これが1回きりなのか、それとも・・・。」

 

南方棲姫「これが反復するのなら、敵は機動部隊、少なくとも数個艦隊と見なくてはならん、そうなると・・・。」

 

飛行場姫「上空警戒機は全て降りた後、空母も少なく、要撃の準備も出来ていない・・・ノースカロライナがしくじらなければ!」

 

駆逐棲姫「過ぎた事を言っても始まりません。今は兎も角、迎撃と反撃を策する事に、全力を挙げましょう。」

 

飛行場姫「・・・そうだな、索敵を厳にしろ! 敵艦隊を必ず捕捉するのだ!」

 

南方棲姫「敵機の来襲方向から考えますと、敵は南では無いかと思われます。南方、珊瑚海一帯に索敵の網を張りましょう。」

 

飛行場姫「そうだな、そうしよう。」

 

ネ級Flag「駆逐艦サンプソン285沈没!!」

 

駆逐棲姫「くそっ、こんな時にこの曇天とは!」

 

余りの状況の悪さにギアリングまでもが悪態をつく。情報が少なければ少ない程、人の思考はより主観的になる。その主観的思考の陥穽(かんせい)が、誤った結論をはじき出していたのである。本当はこの時点に於いてはそれほど状況が悪化している訳では無かったのだが・・・。

 

 

一方鈴谷の敵信傍受班は、ガ島の狼狽ぶりを直人に伝えてきた。

 

14時20分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「ほう、敵は平文で交信している部隊もあるのか。」

 

明石「それどころか、隊内無線でやり取りしている部隊も数多くいるようです。」

 

提督「今日のガ島の天候はどうなっているんだ?」

 

明石「高度2800付近から5700付近にかけて厚い低雲が立ち込めており、深海棲艦隊は策敵は兎も角、少なくともこちらとの接敵には失敗したようです。」

 

提督「珊瑚海の天候は?」

 

明石「ラバウルからの情報ですと、今日は西部にスコールや積乱雲はありますが、東部は高気圧の影響で晴れているそうです。」

 

提督「そうか、なんにせよ先手は取れた。ここまでの所潜水艦も影を潜めているようだ。この分ならいけるかもしれん。だが気を引き締めて行くぞ。」

 

明石「はいっ!」

 

鈴谷の上空は雲量2、晴れ空が広がり、海も平穏そのものだった。それだけに空からの目に注意を払う必要はあったが・・・。

 

 

狂ったように打ち上げられる火箭、VT信管を持つ艦が中心となって必死の対空射撃を試みるが、レーダーを用いた射撃でも中々効果が挙がらない。相変わらず横鎮近衛艦隊はチャフを多用している為レーダーが頼みのこの状況では目視による外無いばかりか、密雲に遮られその目もあてにならず、突っ込んできた敵に対してその都度照準するという状況に追い込まれていたのである。

 

魚雷を抱いた流星が海面すれすれを進む。熟練のパイロットならではの技が、さしものVT信管をも無力化し、運と実力の世界へと時代を逆行させる。彗星各型がその持てる最も大きな爆弾―――500㎏爆弾を抱いて雲を突き破って、艦攻隊とタイミングを合わせて降下(ダイブ)する。

 

赤縁付き白帯一本(新一航戦一番艦)を胴体に描いた瑞鶴の天山が、敵戦艦に対して海面スレスレの超低空を突進する。すると上空から青帯一本(二航戦一番艦)の蒼龍搭載の彗星が待ってましたとばかりに急降下に移るといった具合で、敵艦は次々に爆発炎上していった。

 

また別の所では、一本の魚雷で弾薬庫の誘爆を引き起こした深海棲駆逐艦に巻き込まれる形で、隣の艦も大損害を被り共に沈むといった光景も散見された。これだけを見てもどれ程に艦が密集しているかがよく分かるだろう。ある深海棲駆逐艦などは、魚雷誘爆の余波で隣の駆逐艦も魚雷が爆発、更にその隣にと合計で5隻もの駆逐艦が一まとめに沈んだほどであったという。

 

暇を持て余した艦戦隊も低空に舞い降り、20mm機銃を敵に浴びせかける。装甲のような甲殻を持つ駆逐艦級には効果が薄いが、軽巡や重巡級になると大変である。それだけで手傷を負わせられるからだ。濃緑色塗装の艦戦隊が、敵の隊列を掻い潜る様にして飛ぶ様は、深海棲艦隊にとっては自らの劣勢を悟らざるを得ない様相だった。

 

そして当然ながら攻撃は飛行場にまで及び、機銃掃射によって次々と深海棲艦機が爆発炎上、更に水平爆撃によって飛行場に穴が穿たれていく。更には銃撃を受け炎上する燃料タンクが続出、それが別のタンクの誘爆を引き起こし、燃え広がった火の手が弾薬にも及び、物資が燃え始め、小火器類の弾薬が何か弾けるような音と共に誘爆する。

 

 

15時47分、横鎮近衛艦隊の航空攻撃は漸く終了した。

 

戦果としては297隻を撃沈、誘爆による損害を含めると692隻に大損害を与え、基地に対する攻撃で敵機69機が大破炎上したが、こちらも全体で101機を失った。しかし先手を取った攻撃としては順当だっただろう。尤も、敵が棲地内の狭い範囲にひしめき合っていたからこその戦果だった為、単に運が良かったとも言えなくはないのだが。

 

しかし何より、ルンガ飛行場にあった航空機燃料のタンクが殆ど炎上したが為に、690ガロンにも及ぶ燃料が焼失してしまい、その後の哨戒行動を行うのも苦しい状況にまで追いやられてしまったのである。

 

 

赤城「敵哨戒機に追跡されている?」

 

その報告が入ったのは、攻撃を終えた最後の艦載機隊が離脱して間もなくのことだった。追跡を受けたのは雲龍搭載の六〇一空の艦攻隊だった。

 

雲龍「どうすればいいでしょうか?」

 

赤城「近くに艦戦隊は?」

 

雲龍「お待ち下さい―――。」

 

雲龍が問い合わせてみると、付近に丁度赤城戦闘機隊の第2中隊が飛んでいる事が分かった。

 

赤城「―――では、それに迎撃させます。それまでは気付かぬフリをして帰投を続けて下さい。」

 

雲龍「そう伝えます。」

 

赤城(攻撃して終わりではない・・・その後、どこまで騙し抜けるかが問題ね・・・。)

 

しかしこの時点で第三艦隊は保有する戦闘機の全てを出し切っていた為、上空には1機の直掩機も居はしないのだ。予備機と予備搭乗員は残っているが、どちらもそう簡単に出していいものでは無いし、組み立てに時間もかかりすぎるからだ。

 

結局対策は攻撃隊が戻ってくるまで立てようがないというのが赤城の結論であった。その思案をよそに、追跡中の敵哨戒機を補足した赤城戦闘機隊第2中隊は、弾薬の乏しい中小隊毎の一撃離脱を繰り返し、追跡開始から10分ほどで敵哨戒機を撃墜する事が出来た。

 

同じような事がその後3度起こり、その都度撃墜に成功した為、深海側は初動の索敵で赤城の機動部隊を捕捉する事に失敗したのであった。が、それを何を意味するかと言えば、それは赤城の機動部隊の実態把握を阻止したという事である。

 

直人の意図した三十六計の六「声東撃西(せいとうげきせい)」、直人のよく用いる手ではあるが、その要件を満たす為に必要だったのは、味方の戦力を過大に評価“させる”事だったのである。

 

その内、赤城らの上空に、大役を終えた攻撃隊が順に戻って来た。卸したての新型機もボロボロになり、戦塵に塗れて来た事がありありと見て取れたのだった・・・。

 

 

16時11分 ソロモン諸島北方

 

重巡鈴谷はこの時、ガタルカナルへの突入進路に変針する所であった。

 

提督「いよいよだな・・・。」

 

明石「あと50分程で、敵の160海里圏に入ります。」

 

提督「そうなったら、そこからは全速前進だな。」

 

明石「機関の準備はいつでもOKです。」

 

提督「大変結構。」

 

前檣楼見張員

「“前方水平線上に、敵機影確認!”」

 

提督「なに!?」

 

見張り員からの報告で即座に艦橋が緊迫する。もしそれが接近してきた時が事だからである。

 

提督「逐次変化有り次第知らせ!」

 

前檣楼見張員

「“了解!”」

 

明石「発見されたのでしょうか・・・?」

 

提督「分からん。通信室敵信傍受班は敵信の変化に注意せよ!」

 

通信室「“了解!”」

 

提督「頼む・・・。」

 

副長「―――、―――。(見つかっていない事を、祈るしかないですね。)」

 

緊張した面持ちで、見張りからの続報を待つ直人。数分後・・・

 

 

前檣楼見張員

「“敵機影、消えました!”」

 

その報告に、艦橋に居た者は胸を撫で下ろしたのだった。

 

提督「良かった・・・敵信に変化は?」

 

通信室「“今のところは・・・。”」

 

明石「見つかっていない、のでしょうか?」

 

提督「かもしれん、潜水艦の反応は?」

 

ソナー室「“相変わらずクリアですね。”」

 

提督「ふむ・・・赤城はどうやら上手くやったらしいな。」

 

明石「みたいですね。今のところ、こちら側には敵も監視の目が薄いようです。」

 

提督「よし、艦隊出撃! 今の内に陣形を組むぞ、全艦第一種臨戦態勢! 光漏れに注意せよ!」

 

夕暮れの海に、艦隊が次々と射出されていく。中には後ろ向きに射出されるカタパルトに対応する為にか、射出方向の反対方向を向いて発進しようとする深雪のような艦娘も居たのだが、流石にそれは直人も制止するのだった。

 

提督「さてさて、どこまでやれるかな。」

 

 

実の所、艦娘艦隊側に何かしら動きがあるかもしれない事はガ島側でも掴んではいた。それは、2日前に解読出来ない暗号文がラバウルに入電した事を、敵信傍受で掴んでいたからである。これは日本の通信班にはよく見られる特徴であったが、そこから逆算するに動きがあるかもしれないという予測を立てていたのだ。

 

そこへ飛び込んできたのが先の大空襲で、これだとばかりに飛行場姫を初めとする深海側は飛び付いた訳である。事実深海側はこの攻撃が数個艦隊で行われたと仮定していた。

 

しかし実際には、僅か1個艦隊による分進合撃であった事を気づかぬままに、生餌に飛びつこうとしていた訳である・・・。

 

 

17時00分―――

 

明石「たった今160海里圏に入りました!」

 

提督「よし、艦隊増速、第五戦速! 全艦、本艦に注目せよ! 信号旗及び発光信号、送れ!」

 

鈴谷の後檣楼マストに、“S”“3”“5”(35ノット)の信号旗と、「本船の信号に注意せよ」を意味する国際信号旗の“X”が掲げられた。本艦に注目せよは発光信号でも送信され、艦娘達全員が、鈴谷のマストに目を凝らす。

 

その次に掲げられた信号旗を見て、艦娘達は息を呑んだ―――

 

榛名「―――!」

 

大和「・・・“Z”旗、ですか。」

 

 

提督「Z旗一流!」

 

明石「!!」

 

副長「――。(成程。)」

 

国際信号旗“Z”、本来「本船にタグボートを求む。」「本船は投網中である(漁場で接近して操業している漁船によって用いられた場合)。」を意味する信号旗としても用いられる信号旗である。

 

が、日本海軍では意味するところが異なる。

 

―――皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ―――

 

日露戦争の際、名文家として知られる秋山真之参謀の起草したこの文章の意味を持たせ掲揚されたこの旗は、日本海軍にとって特別な意味を持つ旗となった。

 

直人はこの一見無謀とも取れる戦に臨むに当たって、彼は士気を高揚させる為にこれを掲げたのだ。

 

提督「今後の戦局推移の如何は、掛りてこの一戦にある。各員はその部署に於いて、その職分を全うせよ!」

 

横鎮近衛艦隊の士気、否応なく高揚する。直人の決然たる訓示を受け、艦娘艦隊は俗世に一時の別れを告げて、鈴谷に寄り添うようにして突入を開始したのである。

 

 

 

19時04分・・・

 

 

飛行場姫「日が暮れてしまっては捜索は出来ん・・・。」

 

駆逐棲姫「哨戒機は一旦全て下げましょう。翌朝5時に再発進させ、くまなく捜索すれば宜しいかと思います。」

 

飛行場姫「そうしよう。」

 

南方棲姫「―――?」

 

駆逐棲姫「? どうしたワシントン―――」

 

南方棲姫「静かに。」

 

駆逐棲姫「―――!」

 

 

――――ォォォォォ・・・

 

 

駆逐棲姫「何の音だ・・・?」

 

南方棲姫「―――近づいているな。」

 

駆逐棲姫「あぁ。」

 

 

―――ォォォォォオオオオオオ・・・

 

 

南方棲姫「―――敵来襲! レーダーに映って―――ッ!」

 

駆逐棲姫「レーダーが真っ白だと!?」

 

飛行場姫「夜間空襲だとっ!?」

 

 

パパパパパパッ・・・

 

 

ネ級Flag「星弾ですっ!!」

 

駆逐棲姫「対空戦闘用意! 光学照準に切り替えて各個迎撃せよ!」

 

 

ヒュルルルルルル・・・

 

 

南方棲姫「今度はなんだ!?」

 

 

ドゴオオォォォォーーー・・・ン

 

 

「“戦艦アラバマ443沈没! 爆沈です!!”」

 

南方棲姫「何っ!?」

 

 

ブウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ・・・ン

 

 

リ級Flag「敵機急降下!!」

 

南方棲姫「回避運動!」

 

駆逐棲姫「駄目だ、大軍が行動するのにここは狭すぎる―――!」

 

 

提督「突撃しろ! 敵に思考する暇を与えるな!」

 

横鎮近衛艦隊の本隊が突入を開始したのは19時05分の事だった。その1分前、何者かの放った空襲部隊が、大挙してサヴォ水道にいる敵艦隊を空襲したのだ。これを好機と見た直人は、今一撃を加えるなら敵の思考を凍結させうると判断、麾下部隊に予定変更なしの突撃命令を下したのである。

 

明石「しかし、この空襲は一体誰が・・・?」

 

提督「恐らく赤城だろうな。だが今それはどうだっていい、今は兎に角、考える暇を与えてはならないのだ。混乱している間に敵陣を突破してしまおう。」

 

金剛「“突入するデース!”」

 

提督「頼むぞ! 敵総数はどれくらいだ明石。」

 

明石「ラバウル基地から送られてきた偵察写真による推定ですが、1万6000は超えるものかと・・・。」

 

提督「では、通常の艤装では限界がある、か。」

 

明石「そうですね。」

 

この返事が命取り。

 

提督「よし、では出撃する。」

 

明石「えっ、まさか提督!?」

 

提督「あと任せた。」

 

そういいながらエレベーターの扉が閉まった。

 

明石「えぇ・・・。」

 

副長「―――。(いつもの事ですね。)」

 

明石「お願いですから慣れないでください・・・。」

 

 

提督「巨大艤装「紀伊」、出撃!」

 

19時10分、直人も巨大艤装を駆って出撃する。横鎮近衛艦隊の文字通りの総力を挙げた戦いが始まったのだ。

 

提督「ウラディーミル、用意―――」

 

直人の装備する30cm速射砲の先端に、2発の巨大擲弾が装着された。

 

提督「全員対閃光防御! ウラディーミル、発射!」

 

 

ドォォンドォォォォーーーン

 

 

ソロモン北方沖海戦以来、久方ぶりに放たれた、爆発範囲に於いては最強の兵器、巨大擲弾ウラディーミル。これまで3度繰り返された光景は、今再びルンガ沖で現出する。

 

 

ドゴオオオオオオオオオオオオオオ・・・

 

 

超強力な高威力爆薬と、調合された究極なまでの威力を持つサーモバリック爆薬による二段階爆発により、致死半径は約800m、更にその外側500mにも超高温の爆風が吹き付ける。影響範囲はおよそ半径2kmにまで達する。相手が純然たる兵器ではないが故に、生体部分に多大な損傷を与えるのだ。

 

それが2発、突破口は4km程度に達した。この一撃による轟沈艦、2286隻、損傷した艦は3861隻に達した。

 

提督「突入、我に続け!!」

 

一同「「“了解っ!!”」」

 

機動要塞紀伊を中軸にして、横鎮近衛艦隊は第一艦隊を先頭に突撃する。

 

提督「砲門開け!」

 

 

ズドドオオオオオォォォォォーーー・・・ン

 

 

120cm砲が怒号を放ち、80cm砲もこれに続く。更に各艦隊の46cm砲や41cm砲、35.6cm砲も唸りを上げて放たれる。

 

一挙に敵の第1陣に穴を開け、そこへ突入するその戦法は、正にソロモン北方沖海戦の時の焼き直しであった。分かりやすく強力で尚且つシンプルであるが、そうであるが故に実現の難しいその戦法は、深海側に記憶を呼び起こすには充分だった。

 

 

駆逐棲姫「この戦法は、まさか“あの時”の―――!」

 

南方棲姫「噂の、サイパン艦隊の御出座しだったらしいぞ。こちらに突き進んでくる敵の巡洋艦と思しき艦影も確認した。」

 

真っ先に気づいたのはかつて矢面に立ったギアリングと、サイパン艦隊の情報を知っていたワシントンであった。

 

駆逐棲姫「そうか、あの時のもサイパン艦隊の仕業だったと言う訳か。となれば先陣を切っているのは、あの男か!」

 

南方棲姫「その様だ。リターンマッチと行こうギアリング。」

 

駆逐棲姫「そうしよう、ワシントン。願ってもない機会だ。一つお手合わせ願うとしよう!」

 

後に、“深海の双璧”とも呼ばれるギアリングとワシントンを相手取る事になった横鎮近衛艦隊は―――

 

 

提督「この戦術―――成程、この素早さは、ソロモン北方沖の! 相手にとって不足はない! 二水戦を右翼前面に出せ、十一戦隊も加わって正面から魚雷攻撃を行って抑え込むんだ!!」

 

高雄「“四戦隊から紀伊へ、当隊の増派を許可して下さい!”」

 

提督「意見具申を是とする、直ちに向かえ!」

 

高雄「“了解!”」

 

命令伝達の素早さでは引けを取らない横鎮近衛艦隊、ギアリングの艦隊を目前にして全く尻込みしないどころか、一歩も退く事無く対抗する。

 

提督「四航戦は右翼前面に砲撃支援を行え!」

 

扶桑「“了解致しました!”」

 

提督「瑞鶴、夜間攻撃の準備は!」

 

瑞鶴「“今出した、目標どうする?”」

 

提督「左翼正面の敵艦隊に頼む!」

 

瑞鶴「“了解! 攻撃目標、左正面敵艦隊!”」

 

提督「全く、とんでもなく組織化された艦隊だな。」

 

金剛「“同感デース、今までのとはレベルが違うネー。”」

 

提督「望む所だ、強敵と戦い勝つ事は、武人の誉だ!」

 

長門「よく言った提督! 私も一つ乗せて貰おう!」

 

提督「当たり前だ、お前にも付き合って貰うぞ!」

 

長門「応! 全砲門、撃て!」

 

長門が左翼正面の敵に向け持ち得る全砲火を集中する。主砲はおろか副砲すらも応戦している状況である。彼我の距離は両翼共に約1万、全火砲と魚雷の射程圏内であった。

 

 

南方棲姫「こちらにも攻撃が来たか・・・迎撃しろ!」

 

リ級Flag「しかしそれでは―――!」

 

南方棲姫「大丈夫だノーザンプトン。現在後方にある予備隊で迎撃を試みるまでだ。」

 

夜間航空攻撃に乗じた横鎮近衛艦隊の殴り込み、彼らの得意とする戦術であり、砲撃か対空戦闘か、二者択一を迫るという点では極めて効率のいい戦術でもある。

 

しかし欠点として同士討ちのリスクも抱えている為簡単に出来る戦術ではない。平素からの想定と訓練が欠かせない戦術でもあるのだ。

 

 

那智「“第一陣突破!”」

 

提督「よし!」

 

妙高「“前方新たな敵艦隊!”」

 

提督「―――!」

 

 

駆逐棲姫「行かせはしない!」

 

提督「姫級の御出座しかっ!!」

 

駆逐棲姫「サイパン艦隊の提督自らの出陣とはね、だが、だからと言って止めない理由にはならない!」

 

提督「なれば押し通る! 七戦隊、十二戦隊、一水戦、続け!!」

 

最上・長良・阿賀野

「「“了解!”」」

 

提督「四航戦は所定通り突破を再開せよ、正面突破を図る! 一戦隊及び三戦隊も続け!」

 

金剛「“OK!”」

 

扶桑「“了解!”」

 

大和「“了解しました!”」

 

提督(とんでもなく早い対応・・・間違いなくあの時の艦隊だな。)

 

駆逐棲姫自ら手勢を率いて正面に出ての防戦に対し、直人はその余りの早さに舌を巻きながらも全戦艦部隊を結集した正面突破を選択、距離僅か3000mの激戦が繰り広げられる。

 

一方―――

 

 

時雨「もう始まってるみたいだね、そろそろ行こうか。」

 

夕立「“ソロモンの悪夢”、見せてあげる!」

 

綾波「“鬼神”の名に恥じない戦いを―――!」

 

川内「征こう―――戦場へ!」

 

 

 

 

ドゴオオオオオォォォォォォーーー・・・ン

 

 

提督「何だ!?」

 

突如として起こる大きな爆発音、そしてそれは次々と連鎖し、敵艦隊の後方で幾本もの火柱が噴き上がる。

 

駆逐棲姫「なに! 何が一体!?」

 

ネ級Flag「敵の増援です! 敵が、“背後”から!!」

 

駆逐棲姫「なっ―――!?」

 

背後―――そう、深海棲艦隊は、北方から接近する横鎮近衛艦隊に正面を向けて対峙していた。今の爆発はその背後、即ち南側からの攻撃によるものであった。

 

飛行場姫「地上レーダーは何をしていた!」

 

ヘ級Flag「敵にレーダーの死角を突かれ、探知出来ません!」

 

飛行場姫「チッ・・・ホノルル、迎撃の指揮を取れ!」

 

へ級Flag「ハッ!」

 

 

川内「“―――こちら、第三艦隊緊急増派隊、これより本隊を援護する!”」

 

提督「川内か!」

 

その通信に本隊も色めき立った。

 

川内「“綾波と夕立、時雨も一緒だよ!”」

 

提督「赤城め・・・やりおる。」

 

赤城は本隊の突入前に事前に写真を撮らせ、解析した戦力からただならない戦力が集中されている事を知り、大急ぎで護衛艦艇から夜戦に尤も適性がある川内と、その川内の選抜した駆逐艦3隻を急派したのである。

 

その赤城は結局発見される事無く日没を迎えてさえもいたのである。

 

提督「敵は混乱している、この隙を逃すな!」

 

 

駆逐棲姫「敵の増援かッ!!」

 

唐突な新手の出現にギアリングの思考が止まりかける。

 

セーラム「私が一隊を率いて迎撃します!」

 

駆逐棲姫「―――そうだな、頼む!」

 

「敵先陣至近、来ます!」

 

駆逐棲姫「なっ―――!?」

 

摩耶「道開けろやゴラァ!!」

 

 

ドドオオオォォォーーー・・・ン

 

 

駆逐棲姫「くっ、なんという蛮勇―――!」

 

提督「押し込めぇ!!」

 

駆逐棲姫「なっ―――!?」

 

ギアリングは面食らった。既にしてそこには、巨大艤装を纏った敵の大将の姿がそこに在ったのだから。

 

駆逐棲姫「サイパン艦隊司令官、その首、貰い受ける!」

 

提督「敵の旗艦か―――! どうやら真正面に突入してしまったようだ。」

 

このまま通してくれる相手ではない―――そう判断した瞬間、彼は長80cm三連装要塞砲を3基指向した。

 

 

ドオオオォォォォォォーーーー・・・ン

 

 

砲弾同士の交錯、結果―――

 

駆逐棲姫「ぐああっ!?」

 

提督「ぬぅっ!!」

 

駆逐棲姫が大破、対して巨大艤装は傷が付いただけであった。

 

提督「行け! 戦艦部隊さえ突破出来れば勝機はある!」

 

直人はその駆逐棲姫に一瞥をくれた後、踵を返して30cm速射砲を振りかざし、更に奥へと突進する。

 

駆逐棲姫「くっ・・・これが、巨大艤装と言うものの力か・・・。」

 

 

提督「―――敵陣、突破!!」

 

駆逐棲姫の本隊を突破した先には、ルンガ岬が見えた。そして、ルンガ飛行場に佇む強大な力の奔流を、彼でも感じ取る事が出来た。

 

日向「“我被弾、すまない、先へ進んでくれ、ここは摩耶達と共に抑える!”」

 

提督「分かった、無理はするな!」

 

日向「“了解している。まだ死ぬつもりはない!”」

 

大和「“一戦隊、突破成功!”」

 

金剛「三戦隊、突破したネー!」

 

提督「お疲れさん。だがここからだぞ。」

 

榛名「勿論です、行きましょう!」

 

扶桑「“四航戦、日向除き突破成功!”」

 

提督「よし、殆どの戦艦が突破したか。」

 

オイゲン「“ドイツ戦隊、突破しました!”」

 

提督「おぉ、マジかいな。」

 

レーベとオイゲンが突破したのを聞いた直人はそれに感嘆を禁じ得なかった。流石は歴戦の雄である。

 

明石「“鈴谷、突破成功しました!”」

 

提督「おぉ、大丈夫か明石?」

 

明石「“勿論です! 立ちふさがる敵は“轢いて”来ました!”」

 

提督「お前は天霧かなんかか!?」

 

明石「“倣いました!”」

 

提督「知ってたわ・・・。」

 

駆逐艦天霧はこのソロモン海域で、魚雷艇PT-109に体当たりし撃沈した事がある。そしてその魚雷艇に後のケネディ大統領が乗っていた事はあまりにも有名である。

 

提督「よし―――やっか。」

 

金剛「そうネー。」

 

明石「“やりますか!”」

 

直人達は、飛行場に向けて向き直る。引き金に手をかけ、その双眸は敵を見据える。

 

20時49分、飛行場姫「ロフトン・ヘンダーソン」と直人の最初の対峙は、正にこの時であった。

 

提督「目標、第一戦隊はルンガ飛行場、第三戦隊は飛行場周辺施設及び港湾施設群、四航戦は敵沿岸砲! 各個撃ち方始め!」

 

飛行場姫「良かろう、相手になろう。全砲台、応戦せよ!」

 

瞬く間に陸上と洋上が、瞬く砲炎で彩られる。艦隊の周囲に複数の水柱が立ち上り、地上施設が一つ、また一つと火に包まれ、崩れ落ち、並べられた航空機が砕かれ、天高く舞い上がる。

 

殊に目を見張ったのは、やはり30cm速射砲の速射能力だった。セミオートで引き金を引く速度に比例して連射速度の上がるこの火砲ではあるが、2秒に1発のペースで直人は撃ちまくっていた。彼が照準を付けていたのは、ルンガ飛行場の中心部に坐する飛行場姫であった。

 

飛行場姫「なんという火力―――!」

 

 

ドドオオォォンドドオオォォンドゴオオオォォォォーーー・・・ン

 

 

飛行場姫「あれが・・・巷に噂される巨大艤装か。」

 

ひっきりなしに飛来する砲撃の狭間に、飛行場姫は盛んに明滅する砲炎を捉える。それこそが直人が駆る巨大艤装「紀伊」であった。

 

その瞬間である―――

 

 

ドオオォォォォーーー・・・ン

 

 

飛行場姫「くっ―――!?」

 

飛行場姫の前方上空で炸裂した80cm三式通常弾改が飛行場姫に襲い掛かった。弾子の数は5000を軽く超えるこの砲弾は、広範囲に渡って地上を薙ぎ払うのには充分であった。なおこの砲弾は改良により、弾子が徹甲焼夷弾から成形炸薬弾に変更されている。

 

成形炸薬弾の原理を説明するのは難しいので簡潔に説明すると、本来四周に散らばる爆発の威力を、一方向に収束させるように爆薬を充填した砲弾である。この一方向のみに対して爆薬が燃焼する現象を「ノイマン/モンロー効果」と言うが詳しくは省く。

 

飛行場姫「凄まじい威力だな・・・。」

 

瞬く間に火の海と化すルンガ飛行場。見渡す限りの炎と黒煙に、さしもの飛行場姫も呆然とせざるを得なかった。

 

飛行場姫「これが―――人類を怒らせた、これがその結果だという事か。」

 

既に、深海棲艦と言う存在は、余りにも多くの血を、野に山に、空に、海に、余りに多くの血を吸わせてきた。数多の大地を荒野に変え、人々の営みの跡を完全に消し去り続けた。その破壊の傷は、何世紀も引きずる事になる、深い傷であった。

 

後世に於いて「決定的瞬間がある核戦争より遥かに恐ろしい災禍」とまで評されるこの戦争に於いて、その最終盤に見せた大番狂わせは、確かに存在した伝説であった。例え、それが歴史の中に埋もれた輝きとなろうとも、確かに、滅びの淵から人類を救い上げた者達が居た事は確かなのだ。

 

それが“艦娘”であり、それを率いた“提督”だったのは言うまでもない。

 

ヘ級Flag「“飛行場姫様、敵の増援を食い止められません、勢いと破壊力が凄まじすぎます!”」

 

飛行場姫「分かった、一度後退せよ!」

 

へ級Flag「“ハッ!”」

 

飛行場姫も麾下兵力を呼び寄せつつ沿岸砲で反撃するなど抵抗を試みるが、取り巻く艦隊は全て足止めされ、彼女を守る者は何もなかったのである・・・。

 

 

提督「しぶといな・・・今までとはやはり違う。」

 

榛名「そうですね・・・。中間棲姫と似たような、そんな感じが・・・。」

 

北上「“大井被弾、被害大!”」

 

日向「“こちら日向、一水戦の損害、更に拡大!”」

 

砲撃開始から40分以上が経ち、既に全員合わせて1000発を超える主砲弾を撃ち込んでいるのにも拘らずよく分からない手応えしかない。その一方で艦隊の損害は拡大していくばかりというこの状況は、直人の内で徐々に焦りを生んでいた。

 

提督「弾薬の残弾は既に半分程度か―――30cm砲弾は既にゼロになっているな。」

 

撃ちすぎたようだ。1門あたり2250発しか入っていないから当然だが。

 

明石「“こちら鈴谷、ここまでの被弾15発以上、今のところ欠損箇所の修復で踏みとどまっていますが―――!”」

 

提督「限界が近いか?」

 

明石「“残念ながら、残弾も余りありません・・・この辺りが潮時かと思われます。”」

 

提督「・・・金剛、敵飛行場を無力化出来たと思うか?」

 

金剛「飛行場そのものは既に使えない筈ネー、ただ、修理されるト・・・。」

 

提督「・・・それでも、一時的に時間を稼ぐ事にはなる筈だ。我々は既に目的を達し、敵施設の大半を焼尽せしめたのだ、ここらで引き上げとしよう。」

 

既に殆どの施設は瓦礫の山と化していた。港湾施設は埠頭すら跡形も無く破壊され、飛行場は最早更地と化し、辺り一面が焼け野原と化していた。これが、艦砲射撃が爆撃に勝るという何よりの例証である。千数百発と言う大口径砲弾の投射は、それだけで何百トンもの爆薬を注ぎ込んだ事と同義であった。

 

提督「それに敵の増援もあるかもしれん。弾薬が残っている内に、もう一度突破せねばならんな。」

 

金剛「OKデース!」

 

直人としてはこの際一挙にガタルカナル棲地攻略まで行きたかったのだが、それ程簡単な事でないのは彼にも見て取れた。結果として彼は、ひとまずの目的は達したとして撤退する道を選んだのである。

 

提督「全艦最後の艦砲射撃次第反転180度! 対艦戦闘準備、敵陣を再突破し、中央スロットへ逃げ込むぞ!」

 

一同「「“了解っ!!”」」

 

こうして横鎮近衛艦隊は全艦撤退を決意する。21時32分の事であった。

 

 

伊勢「日向!」

 

日向「あぁ、伊勢か、戻って来てくれて良かった。そろそろ限界だったところだ・・・。」

 

日向はこの時既に大破していたが、大破してから10分以上は粘りを見せたと戦闘詳報にある。

 

提督「無理を言ってすまなかったな、全艦直ちに離脱するぞ。殿は俺が引き受ける。」

 

日向「分かった。」

 

阿賀野「そんな、危ないよ!」

 

提督「俺の心配は良い、早く行くんだ、時間がない!」

 

明石「“御無理はなさらず。”」

 

提督「わーってるって! 全く心配性の多い艦隊だ事。」

 

金剛「それだけ慕われてるのデース、私も付き合うネ、ノーとは言わせないヨー?」

 

提督「全く、お前と言う奴は。」

 

鈴谷「鈴谷も手伝うじゃん?」

 

オイゲン「私もお供します!」

 

提督「やれやれ、仕方ないな。よし、お前達3人は俺と一緒に殿を張ってくれ、頼むぞ。」

 

3人「「“了解!”」」

 

こうして、近衛艦隊の撤退戦が始まった。

 

 

翔鶴「瑞鶴。」

 

瑞鶴「分かってる、タイミングが大事よね・・・。」

 

瑞鳳「提督、大丈夫かなぁ・・・。」

 

そのころ一航戦は、突入するタイミングを逸して戦域外縁部にいたが撤退命令を聞きつけ、ソロモン諸島線の北側に沿う様にして北西に向かっていた。

 

瑞鶴「今、第二次攻撃隊を出しても意味ない。大事なのは、殿が遺脱する時間を稼ぐこと、それには―――」

 

翔鶴「“あの子が、決め手ね・・・。”」

 

 

提督「北上!」

 

北上「あっ、提督!」

 

殿を引き受けた紀伊の一隊が敵第一陣の所まで戻ったのは、22時01分の事だった。

 

提督「大井の様子は?」

 

北上「一応止血はしたよ。」

 

提督「そうか、分かった。大井、動けるか?」

 

大井「え、えぇ・・・。」

 

こちらも大破していたが、北上のカバーでここまで耐え抜いていたのだった。

 

提督「すまなかったな、無理をさせた。」

 

大井「ホントよ・・・いつもアンタは、遅いんだから。こうなったのも、アンタの作戦のせいよ。」

 

提督「そうだな、そうだとも。帰ったらゆっくり休もう。な?」

 

大井「ふん―――その時は、付き合って貰うわよ。これだけ、無茶させておいて、ただじゃ済まないんだから・・・。」

 

提督「やれやれ・・・分かったよ。さぁ、帰ろう。」

 

大井「えぇ!」

 

提督「矢矧、状況は?」

 

矢矧「流石歴戦の子達ね、被害は最小限よ。」

 

提督「分かった、離脱するぞ。」

 

矢矧「了解! 全艦、離脱!」

 

高雄「提督、お疲れ様です。」

 

提督「あぁ、だがここからだぞ。」

 

高雄「はい!」

 

大和「“全艦隊、敵第一陣を再突破しました!”」

 

提督「よし、引けッ!!」

 

一同「「“了解!”」」

 

殿を引き受ける艦隊が急速に後退を始める。虚を突かれた艦隊に殿艦隊に撃たれ怯んだ隙に、艦隊は中央スロットに向け退却する。

 

 

駆逐棲姫「何故だ、奴ら、勝っていた筈だろう・・・?」

 

駆逐棲姫は大破していたが、流石姫級と言う所か、大した傷は負っていなかった。

 

南方棲姫「―――弾薬に不足をきたしたか、それとも・・・。」

 

駆逐棲姫「・・・勝ち逃げ、と言う事。」

 

南方棲姫「かもしれんぞ、実際それ程大きな打撃を与えた感じはない。無理をしていたかどうかは分からんが・・・。」

 

駆逐棲姫「―――帰りたければ帰らせてもいいが・・・よし、セーラム!」

 

ネ級Flag「はい!」

 

駆逐棲姫「艦隊を抽出して追撃しろ。ヘレナも連れて行け。」

 

ネ級Flag「分かりました。」

 

南方棲姫「セーラムだけでは、ともするとしくじるかも知れん。私も行く。」

 

駆逐棲姫「頼む。」

 

ワシントンとセーラムはそれぞれ艦艇を抽出して部隊を編成、横鎮近衛艦隊を追撃すべく、出しうる最大戦速で追い始める。一方の横鎮近衛艦隊も、鈴谷が修復不可能になって損害が目立っているものの、それを取り巻くように少しずつ艦を収容しながら35ノットで退却を急いでいた。

 

「こんな事もあろうかと!」と明石が密かに準備を進めていた艦娘用艦尾ウェルドックが役に立っていたのだった。

 

 

―――ォォォ・・・ン

 

 

提督「・・・明石、いつから準備してた?」

 

明石「“うーん・・・2か月前位ですかね。”」

 

提督「検討を求めるよりもっと前だったかぁ・・・。」

 

明石「“サプライズです!”」

 

提督「そ、そうか・・・。」

 

直人は余り普段から周囲の物の変化に疎い為、鈴谷が作り変えられている事には気付かなかったようだ。その癖髪飾りを変えたりすると気付くのだから始末に負えない。

 

提督「しかしなんとも―――ん?」

 

明石「“どうされました?”」

 

提督「後方、追尾してくる敵艦隊!」

 

明石「“本当ですか!?”」

 

提督「現在まともに戦闘できるのは―――」

 

“いない”、それが結論だった。どの艦も弾薬の殆どを使い果たし、魚雷の残弾などどこにもない。

 

提督「―――やるしかないか。俺が、時間を稼ぐ!」

 

明石「“方位80度、接近する機影あり!”」

 

提督「!?」

 

航空攻撃か、そう思った矢先―――

 

明石「敵味方識別装置(IFF)に反応有り、味方です!」

 

提督「なんだって!?」

 

 

・・-・・() ・・-・・() ・・-・・()

 

瑞鶴の下に送られるト連送は、翔鶴航空隊からのものだった。

 

瑞鶴「タイミングばっちり! 流石村田隊長だね!」

 

翔鶴「えぇ、そうね。」

 

瑞鳳「これで逃げ切れるかなぁ?」

 

翔鶴「えぇ、これでもう大丈夫。」

 

実は翔鶴は1時間程前、横鎮近衛艦隊上空に状況偵察の為艦偵1機を飛ばしていたのだ。そして横鎮近衛艦隊が撤退に移り、中央スロットに全艦入ったタイミングで一航戦が第二次攻撃隊を出したという次第であった。

 

瑞鶴「あの提督が付いてるんだもん、何も心配する事は無いよ。私達も急ごう!」

 

翔鶴「そうね瑞鶴。私達には護衛艦が居ない。敵が出てくる前に、急いで離れましょう。」

 

こうして一航戦も合流予定地点に向けて後退を開始したのだった。

 

 

提督「撃てッ!!」

 

 

ズドドドドドドドドドオオオオオォォォォーーーー・・・ン

 

 

攻撃隊の撤収を見計らった様に敵前面に出た、巨大艤装『紀伊』の全砲門が吼える。その圧倒的な砲門数から放たれる100発近い砲弾の威力は、敵をして竦み上らせるには充分だった。ましてやそれが1隻の敵艦から、51cm以上の砲弾で100発近いのだから、並の戦艦ではもはや換算不可能な火力であった。

 

ネ級Flag「これが、あの時デュアルクレイターに浴びせかけられた火力か―――!」

 

殊に、それを目にした事のある者にとって、それが自分に向けられた時の心境は並大抵ではない。

 

ネ級Flag「到底この部隊では勝てない、一旦後退しつつ様子を見るぞ!」

 

へ級Flag「―――!」コクッ

 

セーラムは消耗を抑える為一時後退を麾下部隊に命じた。この場合の後退と言うのは、速度を落とすという事である。

 

 

提督「―――!」

 

敵の動きを見て取った直人は、ここで一転攻勢に出た。

 

 

ドオオォォォォォーーーー・・・ン

 

 

80cm砲をその有り余る砲列から連射し、一挙に距離を詰める直人。面食らったのはセーラムの方であった。

 

ネ級Flag「反撃! 反撃しつつ後退!!」

 

瞬く間に先鋒を粉砕されたセーラムは慌てて反転後退を命じる。が、巨大艤装による突撃はさるものである。余りの衝撃力に隊列が乱れに乱れ、最早指揮統制どころの段階を超えた潰走状態に陥っていた。

 

ネ級Flag「何をやっている、隊列を整えろ!」

 

既にセーラムが制御出来る領域ではない。一目散に泊地に向け逃走する艦が続出してさえいたのだった。

 

 

南方棲姫「セーラムはまだまだ経験が浅いな。艦隊前進!」

 

後方でそれを見かねたワシントンが艦隊に前進を命じたのも、考えてみれば仕方のない事であった。相手が巨大艤装であるとは言え、いくら何でもたった1隻に壊乱状態に陥れられているのを黙って見ている訳にもいかないからだ。

 

 

提督「面白い様に下がっていくな。さて、おちょくるのはこの辺りにしよう、これで終わりとは考えにくい。」

 

こうして23時29分、敵の追撃艦隊を退けた巨大艤装『紀伊』は、踵を返して鈴谷の後を追う。ワシントンの艦隊は結局会敵する事が出来なかったが、ワシントンは胸を撫で下ろすのだった。

 

 

一方で同じ頃、第三艦隊から分派された4隻も、本隊との合流を図って珊瑚海を必死の逃避行に移っていた。

 

川内「光学迷彩装備、持ってきてよかった~・・・。」

 

時雨「ちょっとずるいね、それ・・・。」

 

川内「まぁまぁ、見つからないに越した事はないからねぇ。」

 

時雨「僕たちは持って無いし・・・。」

 

川内「それはまぁ~・・・うん。」

 

時雨と夕立は持っていない装備である。その二人は、追いすがる飛行場姫の差し向けた追撃部隊の先鋒と互角に渡り合いながら退却していた。

 

時雨「でも多いね・・・。」

 

綾波「相当厳しいですね・・・。」

 

ホノルルを旗艦とする飛行場姫の擁する艦隊は、迎撃命令からこの方激しい攻撃を続けていた。ただこの4隻の非常に高い夜戦技能を前に互角の戦いを強いられていた訳であるが、退却戦となると流石の川内らにとっても厳しいものがあったのだ。

 

川内「付け入る隙も逃げる隙もないって感じ。」

 

夕立「どうするっぽい!? このままじゃ追い付かれるっぽい!」

 

時雨「このまま下がるしかない、決め手なんて・・・!」

 

夕立「―――!」

 

そう、高々軽巡1駆逐艦3の艦隊―――最早艦隊でさえない戦力ではあったが―――では、やれることなどたかが知れている。いくら個々の能力が高かったところで、時雨以外は際立って高い能力がある訳ではない。

 

川内「まずいね・・・これ・・・。」

 

時雨「援護も期待出来ない、戦力差も圧倒的―――」

 

綾波「ここまで、ですか・・・。」

 

夕立「・・・」

 

―――嫌だ!

 

夕立の心のどこかで、叫んだ声があった。

 

―――こんなところで終わってたまるか、終われる訳がない!

 

夕立「・・・夕立が、何とかするっぽい。」

 

3人「「!?」」

 

夕立「こんな所で、終わりたくない。皆揃って、あの港に帰る為に!」

 

瞑目して夕立が言う。

 

時雨「でも、どうやって?」

 

夕立「―――あの日と、同じっぽい。」

 

ゆっくりと見開かれたその瞳孔は、赤い光を放っていた。眼光、ではなく、間違いなく輝きを放っていた。

 

時雨「夕・・・立・・・?」

 

夕立「あの日は、帰れなかった―――皆を逃がしてあげるのが、精一杯だった。でも、今なら出来るかもしれないっぽい。」

 

綾波「そんな―――夕立さん!」

 

夕立「大丈夫、綾波。安心して、先に行くっぽい!」

 

その瞬間、夕立の持つ霊力が高まり出し、その膨大なエネルギーが、赤い奔流となって夕立を包み込む。

 

川内「―――分かった。行って! 夕立ッ!!」

 

夕立「了解っ!!」

 

川内の号令一下、夕立が普段とは桁外れの速度で敵陣に切り込んでいく。

 

時雨「は、早い!」

 

その余りの早さに、赤い奔流が残像となって見えていた。その次の瞬間には、夕立は右側面から敵陣内に突入、瞬く間に無数の火柱が立ち上って行った。

 

1隻、また1隻と沈め、夕立にその砲口が向けられた瞬間にはその背後に夕立が回り込み主砲を零距離で叩きつける。敵艦はその見ていた相手がただの残像だと悟りながら爆散するのだ。

 

赤い残光をたなびかせながら夕立はそのあらん限りの力を振り絞り敵に叩きつける。それは平時の訓練の集大成であり、かつての記憶―――マニュアル化されたありとあらゆるものの効率的な使い方を妖精達が常時配置の訓練によって修得し修練した、磨き上げられた人の技を、妖精達が有し、かつそれを効果的に夕立が運用した結果であった。

 

そしてそれを引き出したのは、夕立自身の経験と、それに裏打ちされた実力と、彼女に秘めたる記憶と心の成長と、その全てが組み合わさって成し遂げられた、“奇跡”と言うに相応しい御業であった。“駆逐艦夕立”という一つの花が、遂に咲いたのである。

 

夕立(―――もっと! もっと早く!! 1隻でも多く!!)

 

ヘ級Flag「馬鹿な、何が一体!」

 

能力としては平凡な深海棲艦であるヘ級Flag「ホノルル」に事態が掴める筈はなかった。しかし現実問題として、ホノルル隊はたった1隻の駆逐艦によって翻弄され、圧倒され、大混乱に陥れられていたのである。

 

それはかの第三次ソロモン海戦第一夜戦の再現であった。隔絶された戦力差の深海棲艦隊が、たった1隻の駆逐艦に弄ばれていたのである。

 

その激しい攻撃は10分に渡って続き、その間になんと129隻もの深海棲艦が撃沈され、87隻が行動不能に陥っていたのだから凄まじいの一言に尽きた。これ程までに正確な記録が残っているのも中々ある事ではないが・・・。

 

 

川内が号令を発して15分、夕立が仲間の元に戻って来た。

 

時雨「―――夕立!」

 

夕立「時雨!」

 

綾波「無事でしたか!」

 

川内「凄いね、敵が大混乱に陥ってたよ!」

 

夕立「そっか・・・なら、今の内に、逃げるっぽい―――。」フラッ

 

時雨「夕立っ!?」

 

綾波「おっとっと・・・!」

 

突然ふらついた夕立を綾波が受け止める。

 

川内「・・・寝てる?」

 

見てみると夕立は静かに寝息を立てていた。

 

時雨「疲れちゃったのかな・・・。」

 

綾波「私が支えて行きます。」

 

川内「そうだね、お願い。」

 

夕立が力戦敢闘し作った隙を生かし、川内達は静かに、夜の帳へと消えて行った。ホノルル隊も何が起こったかも良く分からない様な状態で追撃など思いもよらず、23時49分にひとまず撤退する事を決定した為にそれ以上の追撃は起こらなかったのである。

 

かくして、タサファロング沖海戦と呼称されたこの戦いは幕を閉じた―――横鎮近衛艦隊の戦術的辛勝として。

 

 

4月1日4時10分 ソロモン諸島中央水道外縁

 

明石「―――160海里圏、離脱しました!!」

 

提督「―――終わったか!」

 

明石「これで敵からの空襲の可能性はほぼありません!」

 

提督「そうか・・・やっと、休めるな―――」

 

 

ドサッ・・・

 

 

明石「―――提督!?」

 

副長「――!(提督!)」

 

明石「雷さん、ブリッジに、早く!」

 

雷「“りょ、了解!”」

 

唐突に倒れた直人、明石は救護班である雷を慌ててブリッジに呼び寄せた。

 

更に7時17分、夕立を抱えた川内らが戻って来たものの、この時はまだ直人も意識を取り戻していなかった。

 

が、雷の診断は・・・

 

 

7時28分 重巡鈴谷中甲板・医務室

 

雷「体力の使い過ぎね、二人とも。」

 

明石「良かった・・・。」

 

雷「二人して無理のし過ぎね。全く、心配させるんじゃないわよ・・・。」

 

金剛「そうデスネー・・・。」

 

雷「あら、金剛さん今日は凄く冷静じゃない。」

 

金剛「提督が無理をするのも、昨日今日の事じゃないネー。」

 

雷「はぁ、それもそうね。」

 

溜息交じりに雷が言う。尤も、その奮闘が無ければこうして全員が五体満足でいられなかっただろう事は事実である。清霜など一部の離脱の遅れた艦娘を援護したのも直人の艤装が持つ力による所大だったのだから当然だろう。

 

妙高「とはいえ不眠不休でしたからね・・・航空機の攻撃が気になると帰艦されてからもお休みになりませんでしたし・・・。」

 

時雨「でも夕立のあの力、あれは一体・・・。」

 

明石「取り敢えず、前後の事情が分かるかもしれませんから、その事は夕立さんが目覚めてからでいいでしょう。恐らく夕立さんは霊力の消耗が激しすぎた結果、体の方に負担がモロに行ったと言う所だと思います。なので目を覚ますのには時間が必要です。ぐっすり眠るくらいは。」

 

時雨「そうだね、今は二人してゆっくり休んで貰おう。」

 

明石「えぇ。」

 

金剛「そうデスネ。」

 

雷「司令官は純粋に、体の酷使のし過ぎね。不眠不休で艤装を運用して弾薬が尽きるまで戦った挙句、160海里圏を脱するまでそのままだなんて。過労で倒れるに決まってるじゃない。」

 

時雨「提督も頑張ってたんだね・・・。」

 

妙高「全員がその死力を尽くした結果ですよ。その証拠に・・・」

 

妙高が辺りを見渡すと、病床には大井や日向、陽炎、霰、清霜の姿もあった。

 

妙高「―――皆、ボロボロですから。」

 

そう言う妙高も頭に包帯を巻いていた。

 

時雨「そうだね。皆くたくたになるまで戦ったんだもんね。」

 

雷「もうくたびれ果てた艦隊よ、本当にね。」

 

でもそう言う所に強みがある―――雷はそう付け加える事を忘れなかった。

 

大破艦18、中破艦31を出したこの作戦は、相当無茶だったにも拘らず、済んでの所で全艦帰投の偉業を成したのである。矢矧が行った“最小限の損害”と言っても、その実それ程小さいものでは済まされなかったのである。

 

陽炎は砲撃戦の最中被弾し大破、霰は退却開始時に被弾して大破、清霜に関しては鈴谷に退却する途中でレーダーによって狙い撃たれ大破してしまっている。二水戦ですらこの有様、他の部隊が無事で済んでいる筈もなく、健在なのは空母部隊のみと言った有様だったが、その母艦航空隊も合計で172機を失い、多数の歴戦搭乗員が再び海に散華した。

 

川内「結局、どっちが勝ったんだろうね。」

 

時雨「川内さん・・・。」

 

川内「夕立の見舞いよ。」

 

雷「どうぞ。」

 

妙高「この戦い、どちらも勝ってはいませんよ。この程度でしたら、敵はすぐ立て直すでしょう。それは想像に難い事ではありません、事実私達は大した事が出来た訳ではありませんから。」

 

川内「そうなんだ・・・。」

 

そう、あくまで彼らが成したのは飛行場の一時的な無力化にしか過ぎない。それを立て直す事など、港湾施設の損害より遥かに簡単なのである。

 

 

提督「―――んん・・・。」

 

彼が目を覚ましたのは、午前11時の事だった。意外な事に夕立より早かったのである。

 

雷「・・・あら、お目覚め?」

 

提督「こ・・・こは・・・。フッ、我ながら、無理をしたものだな。」

 

自嘲気味にそう言う直人。

 

雷「そう思うならもう少し自分の体くらい労わってよ、司令官。」

 

提督「ハハ・・・返す言葉もない。」

 

雷「それとも? 私達が信頼出来ないかしら?」

 

提督「それは、違うな・・・。お前達には、充分過ぎるほどの重荷を背負わせてしまっている。そうさせている者の一人である責任として、同じだけの重荷を、背負おうとしているだけさ。」

 

雷「もう、変な所で気を揉んじゃうんだから。」

 

提督「そうだな、だが・・・」

 

言葉を一度とぎり、そして発した言葉は・・・

 

「お前達だけに任せて、俺一人のうのうとしているのは、なんかこう、違うと思うんだ。」

 

雷「そうかもしれないけど、雷達にとっては、のうのうとしてて貰わないと困るの。夕立達が折角戻って来たって言うのに、倒れててどうするの。」

 

ピシャリとそういう雷。

 

提督「そう、か・・・。」

 

雷「夕立は中々目が覚めないわね、お寝坊さんなんだから、もう・・・。」

 

提督「そう言えば、夕立は・・・。」

 

雷「司令官と同じ過労よ。尤もこっちは、霊力の使い過ぎで体に余分な負荷がかかったみたいだけどね。」

 

提督「・・・無理をさせてしまったか。」

 

雷「その無理を承知でこの作戦をやったんじゃないの?」

 

提督「―――ッ!」

 

そう、直人がそう言うのは角が違った。そもそも無茶を承知で、少しでも成算ある作戦を立案・実行したのは他でもない直人自身では無かったか。その矛盾に気づいて直人は苦笑せざるを得なかったのだった・・・。

 

 

4月2日9時59分、160海里圏を抜けてから14ノットで航行を続けていた鈴谷が、ラバウル泊地に錨を降ろす。先に到着していた第三艦隊とも合流し、これにて一件落着・・・と行く筈であった。

 

否、作戦そのものは一件落着であった。しかしその後である。

 

 

10時18分 サイパン基地4番埠頭(舟艇用)

 

提督「やれやれ・・・報告も面倒だが、それ以上にいらぬ賛辞を受けるのも面倒だ。」

 

大淀「まぁまぁ・・・。」^^;

 

舟艇用の埠頭―――実態はハーバーのようなものを歩きながら直人は言った。いつもの愚痴である。

 

 

~10分ほど前~ ラバウル泊地司令部・司令官室

 

佐野「流石だねぇ、無茶に思える様な作戦も淡々とこなしてしまう。だから重用されるんだろうね。」

 

提督「は、はぁ・・・そうですね。」

 

佐野「君の確かな実力のおかげだ、自信を持っていいと思うよ?」

 

提督「ありがとうございます・・・。」^^;

 

 

提督「やれやれ全く・・・。」

 

「あらぁ~、提督じゃな~い。」

 

提督「この声は・・・。」

 

埠頭の傍から話しかけてきたのはまさかの龍田であった。

 

龍田「商船護衛部隊旗艦、龍田、到着しました~♪」

 

提督「海上護衛任務か・・・。」

 

大淀「お疲れ様です。」

 

龍田「ありがと。ところで提督、少し話があるのだけれど、二人きりで。」

 

真剣な眼差しで告げる龍田。その空気感の変わり方に直感した直人は―――

 

提督「ん? 別にいいが、どうした?」

 

龍田「妙な情報を掴んだのよ。ちょっと耳に入れて置きたくて~。」

 

提督「・・・分かった、手が空いたら艦長室に来てくれ。」

 

龍田「は~い♪」

 

返事をすると龍田は護衛任務の報告の為司令部に向かっていった。

 

提督「・・・特務の旗艦様の言質だ、何かあったに違いない。」

 

大淀(忘れてました・・・。)

 

読者諸氏には覚えてお出での方もいるかもしれないが、龍田は非正規編成の第八特務戦隊の旗艦である。その任務は情報収集を初めとする裏の仕事である。龍田はその旗艦として日夜暗躍する存在であり、青葉と望月はその部下と言う位置付けで常に彼女と動いているのだ。

 

案外ジャーナリストがスパイと言う事例は割とあるのである。

 

 

15分ほどして、艦長室で金剛を態々呼んで、淹れさせた紅茶をすすりながら待っている直人の元へ龍田がやって来た。

 

10時32分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

金剛「Oh! 龍田サンでしたカ~。」

 

提督「来たか。金剛、龍田にも1杯、注いだら一度下がっていてくれ。」

 

金剛「OKデース。」

 

金剛風に言い直してみれば、彼女は“提督が他の女と二人きりになる”という状況は一番警戒しているのだが、龍田との間にそれは無いと知っている金剛は流石に従順だった。

 

金剛がティーカップを用意し、紅茶を注ぐと、直人に向って一礼し艦長室を出た。

 

提督「さて、少々待った訳だが、用件は?」

 

龍田「あら、紀伊元帥も随分と酷な質問ね? 自分で命じた事の癖に。」

 

提督「自業自得だ。で、何か分かったと言う事でいいんだな?」

 

龍田「と言うよりは、妙な情報が挙がった、と言う感じかしら。」

 

提督「・・・妙?」

 

龍田「えぇ。独立監査隊―――あれが対深海棲艦への新たな糸口を見つけようとしている組織だって事は、もう私達の間では周知のことだけれど、その“糸口”についてよ。」

 

提督「ほう・・・?」

 

大本営独立監査隊―――牟田口廉二郎の私兵集団と言う表の顔を持つ集団。その裏で対深海の切り札を生み出そうと模索するグループの総称である。その切り札に繋がる糸口は様々な切り口がある事を直人は知っている。

 

龍田「既に一つの答えは出ているわ。“彼らに対抗して大戦型艦艇を生産する事”。でも現実的ではないわね。」

 

提督「失われてしまった技術は、余りにも多い。技術と言うものは蓄積によってこそ継承する事が出来る。必要とされなくなり、継承する機会を失った技術は衰退し、表舞台から姿を消してしまう。厚い鋼板を作る技術も、巨砲を鋳造する技術も・・・。」

 

龍田「でも、彼らは諦めていない。」

 

提督「その方法による実現をか?」

 

龍田「いえ、彼らは他にも深海棲艦に対抗する術がある可能性を模索している。その一つが、“因子”ね。」

 

提督「何・・・?」

 

“因子”、それは生まれながらにして生物が持つ霊力を決定づけるものであるが、外的要因によって変化してしまう場合もあるデリケートなものである。負の霊力を持つ深海棲艦は、元より負の因子を持って生まれている。正の霊力を持つ艦娘にも同じような事が言えるし、中性霊力しか生まれながらには持ち得ない人間や他の生物も。

 

提督「しかしその試みは危険だ、負に傾き、闇に呑まれてしまえば、行きつく先は―――」

 

龍田「えぇ、そうね。“人外の化け物”になる道しかないわ。深海棲艦にも人間にもなれなくなる。でも、彼らはその制御が本当に出来ると思っている。」

 

提督「“化け物を制御・統率”しようと言う訳か・・・!」

 

龍田「極論に近いけれど、その線で研究を進めようとしている疑いもあるわね。霊力武装は人間が作り扱う分には安定性が無さすぎるし。それが出来るのは、うちの工廠だけね。」

 

提督「・・・。」

 

霊力を用いた武装の技術は、妖精達にしてみれば門外不出の技術である。それを直人が扱えているだけでも奇跡に近いのだ。まして直人の元来の才能によって“生み出せる”事もまた・・・。

 

※紀伊直人は魔術使いではあるが家系が魔術師である訳ではない

 

提督「―――確証は?」

 

龍田「これからね。」

 

提督「分かった。そうはならない事を期待させて貰おう。」

 

龍田「えぇ、賢明な判断だわぁ。」

 

提督「因子による対抗、強化人間の形の一つだが・・・。」

 

龍田「そんなものが出来たら歴史は変わってるでしょうね。尤も、出来るならとっくに出来てる筈の技術だわぁ。」

 

提督「俺もそう思う。」

 

※お前が言うな(by作者)

 

龍田「―――金剛さんの紅茶、相変わらず美味しいわぁ♪」

 

提督「そうだな~、あいつも気を利かせて毎度毎度淹れる茶葉を変える様だからな、飽きないよ。」

 

龍田「へぇ~、毎日飲めるなんて、羨ましいわぁ~。」

 

提督「ハッハッハ、そうかもしれんな。」

 

龍田「・・・ゆっくり飲める日が、来るといいわねぇ。」

 

提督「・・・そうだな。」

 

龍田の言葉をその言葉で噛み締めながら、直人はまた、紅茶を一口すするのであった。

 

 

14時、甲板を散歩しながら彼は損害状況の確認をしていた。

 

提督「手酷くやられてるな。」

 

見上げていたのは後檣楼マスト。3分の1程の高さになってしまっていた。電探室は無事だったが、後部電探である13号電探はマストに設置してある為一緒に吹き飛んでいる。勿論後檣楼マストは信号旗用マストを兼ねている訳だが、そこに掲げられたZ旗も、信号旗掲揚用のワイヤーやレーダーに繋がっていた電線などと共に甲板上に落ちていたという。

 

明石「自己修復は船体そのものにのみ対応している状態ですから・・・。」

 

提督「不沈艦、と言う事ではあるが武装の修復が出来んのはな・・・。」

 

明石「武装については技術的に無理ですね・・・。」

 

提督「そうか・・・。」

 

明石「主砲2基が使用不能、高角砲は3基、三連装機銃が5基、連装機銃4基、水偵格納庫にも直撃で零式水偵は全滅、と・・・。」

 

提督「やれやれ・・・前檣楼に直撃しなかった事がせめてもの幸いか。」

 

明石「そうですね。」

 

夕立「あっ、提督さん!」

 

提督「おっ、夕立か。」

 

ばったり鉢合わせた直人と夕立。

 

提督「おとといはよく頑張ったな、お疲れ様、夕立。」

 

夕立「エヘヘ~。」

 

提督「でもそれにしては妙だという話を聞いたが、一体何をしたんだ?」

 

夕立「う~ん・・・実は・・・。」

 

提督「?」

 

言葉が途切れた事を不思議に思い首を傾げる直人。

 

夕立「―――実は、何も覚えてないっぽい。」

 

提督「覚えて―――?」

 

明石「ない―――?」

 

夕立「ぽい・・・何とかしようとした事は覚えてるっぽいけど、そこから何も・・・。」

 

提督「・・・そっか。でも、川内達をよくぞ守った、ありがとうな。」

 

夕立「ぽい!」

 

 

<ほーれドーナツだ、褒美に取らすぞ~。

<ホントっぽい!?

<ほれ。←右手で差し出す

<ぽ~い!(ポムッシャァ)

<そのまま食いついた( ̄∇ ̄;)

<そのドーナツ、どこで?(←明石

<ラバウル司令部でおすそ分けして貰った。戦勝祝いってよ~。(苦笑)

 

 

筑摩「あらあら~。」

 

龍田「あらら~♪」

 

二人のじゃれ合いを遠目で見守る二人であった。平和ですね。

 

 

15時になり、横鎮近衛艦隊はラバウルへの前進命令が解除された事を知り、準備を行うと速やかに出航し、ラバウルからサイパンへの帰路に就いた。

 

苦労はしたが、大きな事を成し遂げたという満足感は確かにあった。

 

16時52分 カビエン沖

 

提督「・・・今回の戦果は、それ程大きなものでは、無かった。」

 

明石「・・・。」

 

提督「何の為に、あれだけの無理をしたのか・・・。」

 

同時に彼は何処までもリアリストであった。妙高が推察した事は直人も同じ見解を持っていた。事実として、ルンガ飛行場は2週間もしない内にその機能を完全に回復し、砲撃から12日後には早くも100機ほどの編隊がブイン基地に殺到した。

 

港湾施設の再建は流石に数か月を要する事にこそなったが、艦隊への補給リソースが減少するだけの事で、戦略上重大な影響とは残念ながら言い難いし、徐々に立て直されるのは明白であった。

 

ただ、この時直人も予想だにしない戦果を挙げていたのは、敵の旗艦クラスである飛行場姫が中破、南方棲姫が小破、駆逐棲姫が大破しており、更に敵水上戦力の半数を、全体で撃沈破していたという事実である。

 

無論この事を直人が知る由もないが、艦娘達の死力を尽くした想像を絶する激闘の中で、乱戦となって尚個々の戦闘力で以て敵を局地的に圧倒し続けたのだから大したものである。その結果として凄まじい戦果を挙げてさえいたのだから尚の事だが。

 

兎も角としても、ガタルカナル棲地の水上戦力は全部隊が再編を余儀なくされ、タウンスビル棲地から増援として来ていた駆逐棲姫も、基地へと戻って再編成を行う羽目に陥っていたのは確かである。

 

時は遡って4月1日6時18分、ガタルカナル棲地にて・・・

 

ネ級Flag「醜態を晒しました、申し訳ありません。」

 

駆逐棲姫「常に我々が、勝利出来る訳ではないわ・・・。」

 

南方棲姫「そうだな、その様な相手でも、些か張り合いが無さ過ぎるからな。」

 

駆逐棲姫「サイパンに居る、例の艦隊・・・またしてもここに現れ、我々を阻む、か。」

 

南方棲姫「我々は今一人、好敵手に出会ったものらしいな。」

 

駆逐棲姫「えぇ、手強い相手ね。あの男も、あの艦隊も。」

 

南方棲姫「人類にも、有能はやはりいるな。」

 

駆逐棲姫「才気溢れる者が我々の側のみでは、それこそ張り合い甲斐が無いと言うものよ。」

 

南方棲姫「そうだな・・・いずれ再戦の時もあるだろう。その時は―――」

 

駆逐棲姫「えぇ、私達で―――首を取る!」

 

ワシントンとギアリング、いずれまた彼と会いまみえる時が来ると確信し、その闘志に、この日の敗北を刻み込むのであった。そう言った意味で、彼女らもまた武人の心を持つ者達であった。

 

 

結果としてタサファロング沖海戦に込められた戦略的意義は大きいものだったし、その実成果を上げた横鎮近衛艦隊だったが、その成果による戦略的影響は少なかった。しかし、この時の戦訓が後に生かされる時が来るのである。その視点で見た場合、決して無意味な作戦では無いと断言する事が出来た。

 

この時の彼らはその事を知る術もないが、彼らは兎も角、自分達の母港に戻り、休息と戦備増強をしたいという気持ちでいっぱいであった。尤も戦備増強に関しては直人個人の思念ではあったが、その彼でも今は休みたいという気持ちだった。

 

一方深海側では各部隊の戦力再編が始まったが、損害が余りにも大きすぎた為かその債権は遅々として進まなかったという。が、その実を言えば、報告が上がったのが4月1日、つまりエイプリルフールだった事からただの冗談としてとった者がそれなりに居たのである。

 

尤も、夜半に堂々たる強襲を受けルンガ飛行場が壊滅したなどと、生半可に信じられる訳がない。ルンガ飛行場はガタルカナルと言う巨大棲地の中枢部であり、そんな所へ堂々と踏み込んでこれる部隊が居よう筈はない―――横鎮近衛艦隊の実働開始から間もなく2年になるが、未だにそう信じる者が少なくなかったのである。

 

尤も人類側にだって、それが出来ると分かっている者がそう多くない事は既に周知の事ではあるだろうが・・・。

 

2054年4月、この月の11日は艦隊創設から2年の節目に当たる。その日に、サイパン島で過ごす事が出来るのは確実であった。様々に思念を巡らす者が居る事は想像に難くないが、それはまた、次の話である・・・。

 

 

 

 

 

~次回予告~

 

気づけば、艦隊の創始から2年が経った。

思えば長い月日の経過、様々な人物との出会いや再会、

彼の縁が紡いで来た過去を振り返るのであった。

その先にある、彼の思いとは・・・?

 

次回、横鎮近衛艦隊奮戦録第3部12章『超えて来た海、受け取って来た想い』

艦娘達の歴史が、また1ページ―――


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。