異聞 艦隊これくしょん~艦これ~ 横鎮近衛艦隊奮戦録   作:フリードリヒ提督

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どうも、絶賛18冬E5甲で沼に嵌ったフリードリヒさんですよ。
(※02/27時点)

青葉「言霊の国日本の重巡洋艦、青葉です!」

どう言う事?

青葉「6周で沼とか言わないで下さい流石に。」

輸送ゲージは終わったんだけどねぇ、世の中ままならねぇっすわァ・・・。

青葉「で? なぜこの時期に更新を?」

ただの気分です。

青葉「アッハイ。」

というより気分転換やね。

青葉「毎日HOI4やってるのでは不足という事ですかね?」ジトーッ

ハ、ハハハ・・・さぁ今日の解説に行こう。

青葉「あっ、逃げた。」

今回は日本の南東戦線(1942)がどの様な経緯で構築されたかについて解説します。

日本海軍は第一段階作戦を立案する段階で、前進根拠地となるトラック泊地の守りをどのように固めるかについて思索を巡らせました。

トラック泊地は、北西にマリアナ(※ただしグァムのみ米領)、西南西にパラオ、東はマーシャル諸島に囲まれているのですが、北北東にはウェーク(米領)、南南西にニューギニア(蘭印/豪州領)、そして南には、ビスマルク諸島(豪州領)を抱えていました。

如月や疾風(はやて)の沈没したウェーク島攻略は、そうした戦略的要求に基づいて行われたものですが、各方面の作戦がひと段落した42年1月、ビスマルク諸島に属するニューブリテン島ラバウル・ニューアイルランド島カビエン・ニューギニア北部のラエ・サラモア他に対する上陸作戦が、当初の予定通り、陸海軍共同の下で発令されます。

・何故ラバウル攻略が必要だったのか?
 ラバウルからトラック環礁までは直線距離にして1200km程(注:作者の記憶による)で、米軍の重爆撃機B-17であれば、トラックを直接爆撃出来る距離にあった為です。これについてはウェークも同様で、どちらにも飛行場がありました。

この作戦にはハワイから戻った南雲機動艦隊が本土から参加した事から見ても、如何にこの一連の作戦が注目されていたかが分かります。

1月初頭から2月にかけての作戦行動(R作戦と呼ばれる)により、ラバウル・カビエン・ラエ他、トラック南方にあった連合軍の航空基地や根拠地は一掃され、トラック諸島の外縁部に防衛ラインが構築されるに至ります。ラバウルには九六式艦戦と九六式陸攻からなる航空隊の第一陣が到着し、有名な「ラバウル航空隊」が形成されました。

後にこの地域は、内南洋の南の砦として、また豪州方面作戦の拠点として、はたまたソロモン群島を巡る熾烈な戦いに於いて重要なファクターとなった事は、戦史が記す通りです。

青葉「R作戦、懐かしいですねぇ~。」

青葉も参加したもんな。

青葉「第四艦隊は実施部隊でしたからね、陸軍南海支隊や海軍陸戦隊の皆さんを運ぶお手伝いをさせて頂きました。」

まぁ、護衛無くして輸送船団は動けないからな。特に上陸する時はだ。

そんなこんなで本編に参りましょう。劇中で1年以上も前の雪辱の海に、今再び、横鎮近衛艦隊と日本自衛軍が乗り出します。

青葉「楽しんで行って下さいね!」


第3部7章~悔恨の海、ソロモンよ再び!~

―――地球の歴史が始まって、46億年。

 

 その間地表では、数限りない活動が、有機的であれ無機的であれ、細々と、しかし絶え間なく続けられてきた。

滅びゆく生命もあれば、生き残る生命もあり、様々な環境や節理の下で、多種多様に様々なものが様々に進化を続けてきた星、地球。

 その歴史において『地球史が始まって以来、これほどまでに隆盛を極めた種族は他に無い』とまで言わしめた種族「人類」は、様々な過酷な環境や、過酷な情勢を耐え忍び、照らし出されたステップを上り、遂には宇宙へと至り、大宇宙時代の到来を迎え、更なる発展を遂げ続けていくだろう。

 その大宇宙時代へと至る過程において、それは、人類に課せられた最大の試練だったと、後世の歴史書は記すに違いない。それは、人類が宇宙へと、その羽を広げようとし始めた矢先の出来事であったからだ。

そう―――深海棲艦の脅威は、それ程までに、人類に暗い影を投げかけたのだ。母なる星地球を離れようとした報いだと言い鳴らす者もあったが、それは少数派であり、明日に生きんとする人類は手を取り合い、この脅威に立ち向かい、遂に打ち勝つ事が出来た。その絆こそが今日、「地球統一政府」発足の礎となった事は言うまでもない。

 人々が持ち得た究極の力、それは「愛」であり「絆」であり「団結」であった。我々人類は宇宙に於いてより繁栄を極めて行くに違いない。そして、そんな時代を招来するのに大なる貢献をしたのが、その人類を破局から救うに際して、非常なまでの功績を持つ、一人の男だったであろう。

 

2134年5月30日 歴史研究家 M・J・バートリー

 

 

2054年1月1日6時40分 司令部前ロータリー

 

提督「ヘックシッ!!」

 

大淀「大丈夫ですか? 提督。」

 

提督「大丈夫だよ。誰かが噂でもしてんのかな・・・。」

 

大淀「提督は皆さんから大変な人気を集めておられます。毎日、提督の噂話位、一つ二つはするでしょう。」

 

提督「うーん、そう言われるとこう、なんと言うか・・・」

 

大淀「ご不満ですか?」

 

提督「いや、困るんだ。とても人気があるという事で喜べばいいのか、裏でひそひそ話をされてる事に対して頭を掻けばいいのか・・・。」

 

リアクションに困ったらしい。

 

提督「―――それは兎も角、そろそろかね。」

 

大淀「はい、お願いします。」

 

提督(思えば、色々な事が駆け巡った一年だった。忙しかったが、それに見合った成果もあった。また今年も忙しくなるのかな? だとすれば厄介な事だな・・・。)

 

直人が滅多に使わない朝礼台に乗る。その正面には、艦娘達が全員集まっていた。

 

提督「総員、皇居遥拝ッ!」

 

日の出と共に直人の号令で全艦娘が左向け左をし、皇居の方角に向けて頭を下げた。毎年やる、この艦隊の新年一番の行事である。

 

提督「なおれ、総員右向け右ッ!」

 

ザッザッと靴の音が響き渡る。

 

提督「皆、新年、おめでとう!」

 

艦娘達「「おめでとうございます!」」

 

提督「昨年は一年を通し、東奔西走、よく頑張ってくれた。人々と、そして英霊達に成り代わって、礼を言わせて貰う。」

 

そこで直人が言葉をとぎり、数拍置いて続けた。

 

提督「昨年だけで、人類の勢力図は大きく塗り替えられた。これは各方面の艦娘艦隊の活躍もさることながら、我々近衛艦隊の、勇戦敢闘の賜物であると、信ずるところである。今年も一年、非才の身ではあるが、どうか、私に付いて来て貰いたいと思う。今年一年の航海の安全と、皆の生命の無事を願って、今年最初の訓示とする。解散して宜しい。」

 

直人はそう締めくくって朝礼台を降り、集まっていた艦娘達も思い思いの方角へ散っていく。

 

 

「この艦隊では、皇居遥拝もやるのですね・・・。」

そうこぼしたのは、この時初めてこの艦隊の新年を迎えた秋月である。

「そうだな。その後の訓示までがワンセットだ。」

応じたのは大先輩に当たる摩耶だった。

秋月「素晴らしい訓示でしたね。」

 

摩耶「ああ見えて実は言ってる事がワンパターンなんだよな。毎年似たような感じだが、それだけ気にかけてくれてると思えば、それでも聞こえはいいんだがよ。」

 

秋月「そうですね・・・。」

苦笑しながら秋月はそう応じたのである。

 

 

大淀「お疲れ様でした。今回も素晴らしい訓示だったと思います。」

大淀は率直にそう述べたが、その相手はそれをお世辞と受け取ったようだ。

提督「いやぁそれがな、考えてはいたんだが、朝礼台に上がった瞬間頭の中が真っ白になってな、記憶を手繰るのに苦労したよ。」

 

大淀「まぁ・・・。」

 

苦笑しながら言う直人と一緒に、大淀は思わず笑ってしまったのだった。

 

 

7時10分 食堂棟1F・大食堂

 

その後直人は、食堂に行って恒例のお節料理を食していた。

「毎年ながら美味いねぇ、鳳翔さんのおせちは。」

 

鳳翔「ありがとうございます。」

 

提督「物資も限られてるのに毎年エビだけはきっちり乗ってる、なんでだ?」

 

鳳翔「一応なんですが、他の艦娘方にも、自給自足にご協力頂いてるんです。」

 

提督「ほう? そうなのか。」

 

鳳翔「はい、細々と漁をやっています。」

 

提督「成程、それは初耳だな、上手くやってるもんだ。哨戒行動のついででだろう?」

 

鳳翔「はい。」

 

提督「帳簿で見りゃぁ、正にマジックの様な話だな。」

 

鳳翔「フフッ、そうかもしれませんね。」

 

直人はそう言いながら、この事は中央には黙っておこうと決めたのだった。

 

提督「ところで清霜よ。」

 

清霜「ほい?(はい?)」モゴモゴ

 

同席していた清霜に、直人は一つ質問をする。

 

提督「清霜は何か今年の抱負とかあったりするのか?」

 

清霜「んっ・・・抱負ですか・・・やっぱり、“戦艦になる事”!」

 

提督「えっ!?」

 

それを聞いた直人は驚きを禁じ得なかった。

 

清霜「私、戦艦になるのが夢なんです!」

 

提督「っ、それは・・・。」

 

そこから先の言葉を、彼は発する事が出来なかった。キラキラと瞳を輝かせて夢を語る清霜に、その言葉を言うのは、余りにも酷だと思えたからだった。

 

しかし、清霜は凡庸な駆逐艦である筈である。その夢の前途は、断崖でしかないのもまた事実であったに違いない。

 

提督「・・・うん、頑張るんだぞ、清霜。」

 

清霜「はいっ!」

 

ニコリと微笑んで、直人はそう言ったのみであった。

 

後日彼が漏れ伝えられたところによれば、清霜はこの時の彼の応援の一言を姉妹達に言い回り、とても喜んでいたという。

 

しかし清霜の夢が叶うかどうかは、今のところ未知数であった。幾つかの艦を見れば分かる通り、艦娘達の可能性に富みたる事かくの如しなのだから、はっきり言って何が起こっても不思議はないのである。

 

提督「でも、戦艦になりたいのなら色々と勉強しないとな?」

 

清霜「あう・・・はい。」

 

どうやら勉学は苦手らしい。

 

 

まぁそんな中でも、艦隊運営に支障をきたしてはならじと、この人は新春早々フル稼働しています。

 

 

1月2日9時27分 司令部正面水域・空母艦載機訓練区域

 

鳳翔「皆さん、本日からまた始めていきましょう。全機、発艦!」

 

そう、鳳翔さんである。これまでもずっと、艦隊に対し搭乗員を補充する為、初歩的な飛行訓練を行い続けていたのである。その面々は、基地航空隊の新参パイロットの中から、特に才覚ある者達が選抜されており、基礎的な能力も申し分ない。

 

但し問題があるとすれば、鳳翔一人では限界があるという事だった。鳳翔の搭載機数は、どんなに小さな機体でも24機が限度で、一度に大量育成、という訳にもいかなかった。そこで・・・

 

あきつ丸「全機、発艦であります!」

 

あきつ丸がお手伝いとばかりに付き合っていた。

 

 

~昨年のある日~

 

あきつ丸「―――自分もお手伝いするであります。」

 

鳳翔「お気持ちはありがたいですが、あきつ丸さん、航空機の運用能力はありましたでしょうか・・・?」

 

あきつ丸「自分は陸軍の出身で、鳳翔殿は海軍の方ですから、知らぬのも無理はありませんが、自分、対潜哨戒機の運用能力を付与する事が可能なのであります。」

 

鳳翔「まぁ・・・。」

 

あきつ丸「今はまだ力不足の身ではありますが、折り合いを付けた時には、お手伝いさせて欲しいのであります。」

 

鳳翔「はい、その時は、お願いしますね。」

 

 

そんな訳で、演習によって様々なデータを得たあきつ丸は、既にあきつ丸改となり、対潜哨戒機やオートジャイロの他、戦闘機の運用も可能となっていたのである。その数最大で24機。

 

あきつ丸はその中の16機を、鳳翔が担当していた戦闘機の空母搭乗員過程の機体に割り当て、残り8機をやりくりして、対潜哨戒訓練を行っていたのである。一方鳳翔は艦爆と艦攻を搭載し訓練を行うという分担となっていた。

 

それもこれも、演習が常に、実戦同様の環境で為されているおかげである。

 

まるゆ「では、出しますね。」

 

あきつ丸「了解であります。」

 

その対潜哨戒訓練をサポートするのがまるゆである。自前の分身を海水で生成する能力を用いて、演習用の標的にするのである。曰く、まるゆの分身技術は、数体までなら自由に動かせると言う。最大で使うと自身に追従させるのがやっととの事だが、この能力は色々と応用が利くという事か。

 

あきつ丸「では、本日も訓練開始であります!」

 

鳳翔「はい、始めましょう!」

 

まるゆ「宜しくお願いします!」

 

搭乗員養成に休みなどない。その技術は、毎日の様に磨き上げてこそ、入神の域まで高める事も出来るのであった。

 

あきつ丸からカ号観測機と、爆雷を翼下に吊架した三式指揮連絡機が飛び立っていく。まるゆの分身達も海中に潜り、演習を開始する地点まで前進して行った。

 

 

その、3時間後の事だった。

 

 

12時35分 中央棟-食堂棟渡り廊下

 

提督「何? 敵潜水艦だと?」

 

食堂に向かっていた直人は、大淀に呼び止められた後この報告を聞き考えざるを得なかった。

 

大淀「はい、あきつ丸さんから連絡があり、搭乗員養成訓練中の鳳翔艦攻隊が、サイパン島東北東60kmに敵潜水艦を発見、あきつ丸さんの哨戒機部隊と併せ、これを撃沈したと報告が入っております。」

 

提督「そうか・・・いや、とんだ波乱もあったものだ。」

 

大淀「今年に入って、既にこれで2度目です。」

 

提督「一度目は確か昨日だな、夕方頃に、哨戒中の駆逐隊が・・・」

 

大淀「哨戒二班、二十二駆の皐月さんと文月さんですね。」

 

提督「あぁ、そうだったな。」

 

実は元旦の夕刻、17時10分頃、哨戒二班の文月が敵潜水艦の推進音を聴知(ちょうち)し、付近に居た皐月と共に爆雷を投射、未確認ながら撃沈の戦果を挙げていたのだ。こうした事は昨年の終わり頃から増え始めていた。

 

提督「去年も終わりの2ヶ月で20隻程の潜水艦を撃沈ないし撃破した事になっている。やはり、この周縁部に深海棲艦隊講和派の基地があるだけに警戒されているのかもしれん。」

 

大淀「私もそう考えます。」

 

提督「ま、このサイパン島は、言わばゴキブリホイホイになっている訳だな。」

 

大淀「て、提督!」

 

提督「冗談だよ。さぁ、昼飯にしよう、腹が減って仕方がない。」

 

大淀「―――そうですね。」

 

直人と大淀は、気を取り直して食堂へと向かったのであった。

 

 

こういう時には、更に色んな事が連続するもので・・・

 

 

14時12分 司令部前埠頭

 

提督「・・・。」

 

双眼鏡を構えて演習海面を凝視する直人。

 

見据える先では、第十戦隊が対潜戦闘演習を行っていた。その相手は―――

 

 

演習海面海中

 

イク「さぁ、始めちゃうのね。」

 

第一潜水艦隊旗艦、伊十九である。

 

ゴーヤ「“了解でち!”」

 

ハチ「“いつでもどうぞ。”」

 

イムヤ「“今回はどうすればいいの?”」

 

イク「イムヤは仮想敵左側面へ、ハチは正面に位置して魚雷を発射後それぞれ後退、ゴーヤはイクと一緒に右側面で仮想敵の爆雷攻撃まで待機して魚雷発射、ハチは右側面、イムヤは背後から魚雷攻撃をやるのね。」

 

3人「「“了解!”」」

 

 

~15分後~

 

 

ドドドド・・・ン

 

 

提督「―――周到だな。かなりベタな手ではあるが、組織的な潜水艦戦術という点では及第点に達している。」

 

そう言うと、傍らで直人と共にその様子を見ていた神通が言う。

 

神通「私も面と向かって対峙した事がありますが、魚雷の射線と言い、心理の裏をかいてきます。相応の訓練も積んでいる様で、聴音も中々捕まえられません。唯一、その時に同伴したマースさんだけは、はっきりと聴知しているようでした。」

 

提督「隠密行動の技量は殆ど完璧という事か。」

 

イクの作戦は完全に成功していた。ハチとイムヤの魚雷発射から大凡の位置を割り出した大淀達であったが、躍起になって爆雷を投射している所へと魚雷が殺到、瞬く間に9隻が被雷したのである。

 

提督「高速航行と爆雷で聴音を麻痺させ、その隙に離脱と再展開を行う、以前の潜水艦部隊では、これ程周到な戦術は使っていなかったな?」

 

神通「それも、イクさんの加入後突然技量が上がり出したんです。」

 

提督「成程な・・・無秩序だった潜水艦戦術を組織化した訳か。」

 

但しこの戦術、相手が日本艦娘だからこそ通用するのである。悲しい事に日本艦娘の対潜戦闘能力は及第点とは言い難く、また組織だった対潜戦闘も確立されているとは言えないのだ。

 

神通「気になる事と言えばもう一つ、天津風さんなのですが・・・」

 

提督「天津風?」

 

神通「はい、単なる駆逐艦というには余りにも、装甲と火力に於いては尋常ではありません。」

 

提督「火力投射に秀でる駆逐艦なら何隻かいるが、それとは違うのか?」

 

神通「夕立さんなどは天才的な照準能力を持っていますが、天津風さんは投射の精度や能力ではなく火力そのものです。更にシールド状の艤装も装備しており、こと突撃に関してこれ程性能面に於いて秀でた駆逐艦娘は、見た事がありません。」

 

提督「さながら重装歩兵だな。」

 

神通「歩兵、ですか?」

 

提督「うん。重装歩兵の防御力と艦娘の機動力と火力が組み合わさっている。とんでもない逸材かも知れん。」

 

神通「そうかもしれませんね。新型機関の搭載でダッシュ性能では駆逐艦一ですし・・・そう言えば、島風さんとはなんだか、ぴったり息があっているようです。」

 

提督「島風と天津風か、面白い組み合わせだな。」

 

神通「編成にあたりまして、ご考慮頂けるでしょうか?」

 

提督「うむ、貴重な意見を貰えて助かったよ。考えておこう。」

 

神通「ありがとうございます。」

 

直人はしかし、その場での即答は避けたのであった。

 

 

18時10分 造兵廠地下工廠

 

 

バチィィィィィィ・・・

 

 

ウイィィィィィ・・・ン

 

 

そこは、造兵廠地下に設けられた作業スペース、スウィングアームや電気溶接機械など、艦娘用の器材には無いものが揃っている、最新鋭の機器によって成る工廠である。

 

提督「やぁ明石、夕張。」

 

明石「あ、提督。丁度お呼びに上がろうかと。」

 

その制御室に直人が顔を見せる。

 

提督「そうだったのか。で、どうだ?」

 

明石「順調ですが、まだ時間がかかります。」

 

提督「そうか・・・。」

 

制御室の窓の向こうには、改造中の巨大艤装「紀伊」の姿があった。既に腰部艤装の改造が一段落しており、その他の部位に取り掛かっていた。いわばこの場所は、紀伊専用の“ドック”とも言える。

 

提督「これが完成すれば、私もまだ戦えるのかな。」

 

夕張「勿論です。この改造が終われば、艦の性能は2割ほど向上する筈です。」

 

提督「そうか、そいつは頼もしいな。」

 

明石「これまでに取得したデータや資料を基に、徹底的なカスタマイズと改造を施しました。軽量化対策もウェイトバランスも、完璧に調整しましたから。殆ど、別物と言えるかもしれません。」

 

提督「成程、こりゃまた適応するのに難儀しそうだ。」

 

明石「して頂けなかったら、それはそれで困りものですけどね。」

 

提督「何とか、やるだけやってみるさ。」

 

昼夜を問わない明石の努力は、今ようやく、形になり始めている所であった。様々な技術を結集した新形態がその姿を現すのは、まだ先の事である。

 

 

1月4日6時09分 サイパン島陸上訓練場

 

提督「でりゃぁっ!!」

 

 

ヒュバァッ

 

 

艦娘達が正月気分抜けきらぬ中、直人は一人剣の稽古である。とは言っても生半可なものではなく、縮地からすれ違いざまの一閃を見舞う鍛錬である。彼の場合、縮地はこうした研鑽が実を結んで習得されている。

 

提督「ふぅ・・・。」

 

携えた極光はこの日も綺麗な輝きを見せている。

 

大淀「提督~!」

 

遠くから直人を呼ぶ大淀の声が聞こえてくる。声のする方を向くと、その目線の先に走り寄ってくる大淀の姿があった。

 

提督「おやおや、誰にも言わずに出た筈だったのだがな、なんでバレたかな。」

 

大淀「はぁ、はぁ・・・偶然、朝潮さんが見かけたと言ってましたので、もしやと思いまして。」

 

提督「成程、人の眼は何処にでもある訳だ。それでどうした、走って来るほどだから余程だな?」

 

大淀「はい、5時59分、大本営から通信が届きました。次の作戦命令書です。」

 

それを聞いた直人も表情が変わった。

 

提督「分かった、今から戻ろう。」

 

大淀「はい。」

 

大淀と直人は急ぎ司令部へと戻り始めたのであった。無論徒歩で。以前登場したバイクは時折直人が一人でサイパン中を突っ走るのに使用されているので、普段使いがされていないのはまぁまぁネックか。

 

 

6時20分 中央棟2F・提督執務室

 

執務室に戻った直人は、そこで大淀に言われた要件についての報告を受けていた。

 

提督「ほう・・・遂に南方か。」

 

大淀「はい、今回はラバウル制圧から始めるそうです。」

 

提督「で、今回は俺に何をしろと言って来たんだ?」

 

大淀「はい、その命令書がこちらになります。」

 

直人は暗号から平文に直された命令書を受け取り目を通した。具体的にその内容は次のようなものだった。

 

 

発:艦娘艦隊軍令部総長

宛:横鎮近衛艦隊司令官

〇本文

 艦娘艦隊のソロモン方面に対する作戦行動に先立つ基地の推進を実行するに当たり、横鎮近衛艦隊に下記の通り発令す

 

1:ラバウル方面に対する強行偵察を実施し、同方面の状況を確認すべし

1-1:命令1に於いて有力なる敵軍が確認されたる場合はその後の行動を一時中止し、同敵の撃滅を図る事

2:命令1に於いて情勢が我が方に有利な場合、ラバウル旧市街の情勢を偵察すべし

2-1:命令2に於いてラバウル旧市街付近に有力な敵ないし強力な抵抗を受けたる場合は、トラック泊地にその旨を報告した上でその後の行動を敵の撃滅へと変更せよ。

3:命令2に於いて情勢が我が方に有利な場合、同市街及び旧港とその周辺部を制圧・維持すべし

3-1:命令3へ移行した場合に於いては、トラックからラバウルに向かう船団を可能な限り護送すべし

3-2:命令3における制圧の期限を、ラバウルへの輸送船団到着と同乗する司令部への部署引継ぎ完了までとする

 

注釈1:命令1-1に於いて遭遇した敵軍の撃破に成功した場合は、速やかに命令2へと移行する事とす

注釈2:命令2-1に於いて遭遇した敵軍を撃破の後は、周辺地域の偵察に留め、帰投すべし。なおこの場合、命令3-1は中止とす

 

 

提督「―――要約すれば、我が艦隊は露払いと笠掛という事だな。」

 

大淀「そうなると私も考えます。」

 

提督「成程、ラバウルに基地建設か。過去の反省を生かした良い計画だ、早速実施の検討に移る事にしよう。朝食が済んだら、全員を会議室に集めるよう手配してくれ。」

 

大淀「承知しました、提督。」

 

提督「全く、新年早々忙しくなりそうだ・・・。」

 

直人は一人そう呟く。しかし一方で、自分達らしい任務だとも思うのである。新たな戦線に、その先鞭をつける。そうした任務をこれまでにも繰り返してきたからである・・・。

 

提督「しかし今回は、詳細な計画案まで付けてきた辺り、軍令部作戦課の連中がひねり出した産物かな?」

 

大淀「今まで余り例のない事ですね。」

 

提督「そうだね、それだけ期待をかけている、という事だろうな。」

 

 

10時15分 食堂棟2F・大会議室

 

提督「―――では、以上の通り方針を決する。直ちに所用物品および兵員の乗船を開始せよ。艦隊も出動準備せよ。」

 

幕僚一同「「了解!!」」

 

会議はものの5時間弱で完了した。それほど難しい任務ではなく、それ故作戦立案もスムーズに行われた。以前大迫一佐に言われた「敵部隊がビスマルク海方面には所在しない」という情報が、この迅速な決定に生かされた形になる。

 

また、元々具体的な作戦の骨子は命令書に付随していた事も、この決定の速さに結びついていた。

 

提督「さて、これに沿って準備を始めよう。」

 

大淀「提督。」

 

提督「ん?」

 

大淀「今この時期、全艦隊を上げての出動は、少々危険ではないかと思うのですが・・・いえ、反対ではありませんが、現在の時期を考えますと、少し心配でして・・・。」

 

提督「いや、大淀の心配はよく分かる。昨今潜水艦の出没が増えている事を気にかけているのだろう?」

 

大淀「ご推察の通りです。」

 

提督「・・・存外、心配ないと思うがね。今のところ、サイパンを押さえる必然性は、敵にはないからね。勿論それだけで兵が動く訳じゃないが、案外とこけおどしだと思う。今は深海側も、内側の引き締めにかかるべき時期だろうし。」

 

大淀「確かに・・・。」

 

霧島「深海側は現在、離反者が増えています。それを抑え込む為にも、今は迂闊に行動する事は出来ない筈です。つまり、我が艦隊が動く為に、何ら憂慮するものの無い状態で行えるチャンスと言えます。」

 

提督「そう言う事だ。だがその状況も今の内だし、第一日取りがない。急いで準備をして決行しないと、大変な事になるからね。」

 

大淀「はい、承知しております。」

 

金剛「テイトクーゥ、早く来るネー!」

 

提督「悪い悪い、今行くよ。」

 

金剛に急き立てられ、3人は急いで大会議室を出て作戦準備を始める。如何にしてこの作戦を成功に導く算段なのであろうか。

 

この時期直人の見立て通り、深海側は内憂外患という状況に陥っており、内憂を覗かなければ碌に行動を起こす事すら出来ないという様な状態になっていた。この為強硬派は内部の統制に全力を挙げていたのであるが、それが離反者を増やす要因にもなっていた。

 

ともあれ横鎮近衛艦隊では、着々と出撃準備が急ピッチで進められた。それは、これから始まる新たな戦いに先立つプレリュードに過ぎなかった。

 

 

ただ、この出撃の直前、編成序列が発表されたのだが、そこで以前にもみられた光景が再び現れた。

 

今回の編成序列は次の通りとなる。

 

第一水上打撃群(水偵38機)

旗艦:金剛

第三戦隊第一小隊(金剛/榛名)

第八戦隊(鈴谷/利根/筑摩)

第十一戦隊(大井/北上/木曽)

第十四戦隊(摩耶/羽黒/神通)

独水上戦隊(プリンツ・オイゲン/Z1)

第一航空戦隊(翔鶴/瑞鶴/瑞鳳 180機)

第二水雷戦隊

 矢矧

 第四駆逐隊(舞風/野分(※))

 第十駆逐隊(夕雲/巻雲/長波/清霜(※))

 第十六駆逐隊(雪風/天津風(※)/時津風/島風)

 第十七駆逐隊(浜風/谷風)

 第十八駆逐隊(霞/陽炎/不知火/黒潮)

 

第一艦隊(水偵33機)

旗艦:大和

第一戦隊(大和/長門/陸奥)

第四戦隊(高雄/愛宕)

第五戦隊(妙高/那智/足柄)⇒一水打群へ

第七戦隊(最上/熊野)⇒一水打群へ

第十二戦隊(長良/五十鈴/由良)

第四航空戦隊(扶桑/山城/伊勢/日向 96機)

第五航空戦隊(千歳/千代田/龍驤 115機)

 第一水雷戦隊

 阿賀野

 第六駆逐隊(暁/響/雷/電)

 第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮)

 第十一駆逐隊(初雪/白雪/深雪/叢雲)

 第二十一駆逐隊(初春/子日/若葉/初霜)

 

第三艦隊(水偵18機)

旗艦:瑞鶴(霧島)

第三戦隊第二小隊(比叡/霧島)⇒第三戦隊第一小隊(一水打群所属)に合流

第六戦隊(古鷹/加古/衣笠)

第十三戦隊(球磨/川内/那珂)⇒一水打群へ

第二航空戦隊(蒼龍/飛龍 146機)

第三航空戦隊(赤城/加賀 180機)

第六航空戦隊(飛鷹/隼鷹/祥鳳 180機)

第七航空戦隊(雲龍 51機)

 第十戦隊

 大淀

 第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

 第七駆逐隊(漣/潮)

 第十九駆逐隊(磯波/綾波/敷波)

 第二十七駆逐隊(白露/時雨/涼風)

 第六十一駆逐隊(秋月(※))

 

〇その他

あきつ丸:第三艦隊に一時編入

明石:第一艦隊に一時編入

 

(※):訓練未了の為今回出撃メンバーには含まない

 

 

1月5日7時18分 中央棟2F・提督執務室

 

清霜「司令、なんで私を出撃メンバーから外しちゃうの!?」

 

提督「いや、理由は書いておいたでしょ?」

 

宥める様に言う直人。

 

清霜「訓練なんてしなくたって、私は戦えるもん!」

 

提督「それは認められないって言うのは分かるだろう?」

 

清霜「戦艦と一緒に出撃したいの!」

 

提督「次回からな。それまでには訓練メニューも終わってるだろうしな。」

 

清霜「納得できない!」

 

大淀「清霜さん。」

 

清霜「―――。」

 

提督「殆どのメンバーが、一度は通る道だ。今回は我慢してくれ。いいね?」

 

清霜「う~・・・だ、だって、ドイツからの子達は―――」

 

提督「オイゲンとマースは、ドイツ本国で実績を上げているからこそだ。清霜には汲むべき実績も経験もない。分かるな?」

 

清霜「・・・うん。今回は、我慢する・・・。」

 

提督「すまんな、またこれからいくらでもチャンスはある。今は、待つんだ。“戦艦になる”事の第一歩は、我慢強くなる事だ。いいね?」

 

清霜「―――はい!」

 

提督「うん。下がってよし。」

 

清霜「失礼します!」

 

そう言って清霜が退出すると、大淀が不思議そうに言った。

 

大淀「―――あの。どういうことですか? 今のは・・・。」

 

提督「“戦艦になる”、の事か?」

 

大淀「はい。」

 

提督「“戦艦になる”のが、清霜の、夢なんだそうだ。」

 

金剛「清霜は、駆逐艦ですよね?」

 

提督「それは関係ないさ。」

 

金剛「・・・?」

 

提督「“夢を見る事”、それは、清霜の様な子達には、最も必要な事の筈だからね。」

 

金剛「・・・そうネー。ワタシ達は、夢を見る暇もない位ネー。」

 

提督「あぁ。だからせめて応援しようじゃないか。ま、レッスン1という所だろうな。」

 

大淀「提督のそう言う所が、艦娘の皆さんに好かれる理由かもしれませんね。」

 

提督「・・・そうかな?」

 

大淀「きっとそうですよ。」

 

提督「そんなもんかねぇ・・・。」

 

自分で自分の事を全ては知らないが、他人から見ると自分の全てが見えている。こと自分自身の事になると、存外多くは知らないものなのである。

 

 

重巡鈴谷上甲板にて

 

暁「今回、私達の出番はあるのかな・・・。」

 

響「今回は後詰めらしいからね。」

 

雷「出番があってもなくても、私達には関係ないわ。」

 

電「電達は、与えられた指示に従うだけなのです。」

 

暁「でも、今回はちょっとつまらなさそうね。」

 

響「それには同意見だね。」

 

電「でも、戦わずに済むのなら、それが一番なのです。」

 

雷「それもそうね。」

 

響「電の言う通りだ。」

 

暁「えぇ、そうね。」

 

 

夕雲「今回は、静かな海が見られそうね。」

 

巻雲「今回は先陣、巻雲たちの出番ですね!」

 

夕雲「えぇ。出来れば敵がいない事を祈りたいわね・・・。」

 

巻雲「戦う事が今回の目的じゃありませんからね。」

 

夕雲「そうね、私達としては張り合いがないけど、これも任務ね。」

 

巻雲「はい!」

 

 

初霜「いよいよ、実戦・・・。」

 

若葉「ここにいたのか。」

 

初霜「若葉―――。」

 

若葉「初陣、だな。」

 

初霜「えぇ・・・また、戦える日が、来たんだと思うと、なんと言うか・・・。」

 

若葉「そうだな・・・私達は後詰めでも、その任務は重要だ、気を引き締めてやろう。」

 

初霜「えぇ・・・。」

 

 

白露「新年一番の出撃だね。」

 

涼風「まーったく、新年早々忙しいこったぜ。」

 

時雨「はは、そうだね・・・。」

 

夕立「でも、流石に今回は出番がないっぽい。」

 

五月雨「私はそれでもいいんだけど・・・。」

 

村雨「五月雨は荒事が苦手だもんねぇ。」

 

五月雨「やらなきゃいけないのは分かってるんだけど、つい腰が引けちゃって・・・。」

 

涼風「人それぞれってもんよ、気にしないでいいさ。」

 

白露「そうそう、一番は私が目指してあげるから!」

 

夕立「夕立も負けないっぽい!」

 

時雨「もうすぐ、出港の時間だね。」

 

村雨「また、始まるわね。」

 

時雨「うん・・・。」

 

 

それぞれの思いを乗せて、重巡鈴谷は一路、トラック島に向け出港する。時に、西暦2054年1月5日12時00分―――。

 

 

1月6日10時28分 重巡鈴谷中甲板・訓練場

 

 

ガァンガァンガァンガァンガァン・・・

 

 

提督「せぁっ!」

 

電「やぁっ!」

 

 

ガガァァァーン

 

 

暇 を 持 て 余 し た 暇 人(バケモノ) 共 の 遊 び 。

 

提督「ふーむ、また腕を上げたんじゃないか?」

 

電「恐縮なのです。」

 

提督「これは、俺もいよいよ気が抜けんなッ!」

 

鍔迫り合いで電を吹き飛ばすと、そのまま追撃の態勢に入る。

 

電「―――!」

 

一方の電は吹き飛ばされた勢いで二度バク宙してこれを躱すとすぐさま体勢を立て直し反撃する。一撃の重さでは、錨を使う電に分がある。

 

提督(一撃の重さでは俺の方が不利だ、レンジの長さも、獲物の重みの差で受け止められてしまう。ならば―――)

 

直人は極光を構え直して斬り抜けの態勢に入る。電もそれを見て取り防御姿勢を取った。が―――

 

電「―――!」(右? 左―――?)

 

斬り抜けは右に抜けるか左に抜けるかで構えが違ってくる。しかし直人のそれはどちらへも抜けられる姿勢だった。

 

提督「ふぅっ―――!」ダッ

 

息を吐き捨てつつ直人が一気に距離を詰める。電はその動きに注視して隙無く構えようとする。

 

直人が間合いにはいる一瞬前、彼は右に斬り抜ける軌道をわざと見せる。電がそれに反応して手にした錨を左方向に向けていく。

 

提督「ハァッ!!」ヒュッ

 

直人が裂帛の気合いと共に極光を振るう。首筋を狙ったその一太刀は、電の錨で防がれたが、それが直人のかけた罠だった。

 

電「―――っ!?」

 

直人がその受け止められた極光でそのまま電を押し込み、電が姿勢を崩した一瞬の隙を逃さず、直人は左手で希光を一気に抜き放つ。

 

電「―――。降参、なのです。」

 

気付けば完璧だった筈の防御姿勢から一転、電の首筋には一刃が突き付けられていた。直人に最初から斬り抜けるつもりは毛頭なかったのである。電が直人の一撃を受け止めた際、押し込むと同時にそれを支点にして左方向に進行方向を変えて左へと抜ける軌道に無理矢理変え、そこから希光を抜いたのである。

 

提督「よっしゃー、リベンジ達成なのじゃい。」

 

電「読みが外れてしまったのです。」

 

提督「なに、正攻法が駄目なら搦め手から、兵法の基本だからな。」

 

天龍「おー・・・。」パチパチ

 

金剛「お見事デース。」パチパチ

 

提督「おう、ありがと。一息入れようか。」

 

電「なのです。」

 

その休憩中、電は彼にこんな事を話した。

 

電「・・・司令官。」

 

提督「なんだ?」

 

電「―――電は、戦争には勝ちたいけど、命は助けたい、そう思うのです。そう思う事は、おかしいですか?」

 

天龍「それは・・・。」

 

金剛「エット・・・。」

 

それを聞いて天龍と金剛は顔を見合わせてしまった。

 

提督「そんな事はない、立派な事さ。」

 

電「え・・・?」

 

天龍「えっ・・・」

 

提督「たとえ戦争中の相手であっても、同じ人間である事に変わりはない。今回だって、本質的にはそれと同じ事だと思うよ? 我々は不幸にして戦端を開いてしまった。だが境遇が違うだけで、深海棲艦と俺達は、対話を成功させる事が出来た。これはつまり、深海棲艦も本質的には人間に近い知的生命体であるという事だ。」

 

天龍「一理あるな・・・。」

 

提督「俺としても、出来る事なら対話でことを済ませたいが、そうなる前に戦端が開かれてしまうのは、痛恨の極みと言えるところもある。だが我々は戦うのが任務だ、それも止むを得ないだろうな。」

 

電「つまり、助ける事は、間違いじゃない、という事ですか・・・?」

 

提督「そうだ。だが、現実がそれに追い付けないのさ。これがこの世の不条理、という奴なのかも知れんが・・・。」

 

知性あるものが、何故戦わずにいられないのか。彼はその話をしながら、その事を考えた。彼なりに、一定以上の知能を持つ生物は、その知能を、自己の生存に発揮する場合が多い。深海棲艦も、それと同じではないのだろうか、そして人類もまた、歴史の中でそうして知能を発達させてきたのではなかったか。そう考えるのだった・・・。

 

 

1月7日5時40分 トラック基地沖合

 

提督「当然だが、雰囲気と活気が違うな。」

 

明石「そうですね、前回来た時とはまるで違う様相ですね。」

 

前回来た時と言えば、それはトラック棲地攻略作戦の時なのだから当然と言えた。今もまた、トラック諸島に物品を輸送してきた軍需輸送船が、環礁内から出る所であった。周囲には艦娘艦隊の護衛が付いているのが見て取れた。

 

提督「このまま入港管制の指示に従って入港しろ。」

 

明石「了解。」

 

彼にとって二度目のトラック諸島は、一度目とは打って変わった用件でのものだった。6時01分、重巡鈴谷がトラック泊地に入港したその足で、直人は創設半年近くになるトラック泊地司令部に赴いた。

 

 

6時16分 夏島(トノアス島)・トラック泊地司令部

 

提督「横鎮防備艦隊、サイパン分遣隊。只今到着しました。」

 

小澤「そう取り繕わなくていい、ここにいる者は全員、“曙計画”のスタッフだった者達だ。」

 

にこやかに執務室へ直人を出迎える小澤海将補。

 

提督「では・・・お久しぶりです、小澤海将補。」

 

小澤「その節は世話になったな、君のおかげで首の皮一枚でつながったよ。」

 

提督「あの作戦は、端から無謀だったのです。ハッキリ言って、やらぬ方が良かった。」

 

小澤「そうだな・・・。」

 

直人の言葉に考えざるを得ない小澤海将補である。

 

小澤寛三郎、海上自衛軍所属の将官でこの年49歳、階級は海将補。現在の地位は第6護衛艦群司令・艦娘艦隊トラック泊地司令官を務める。空母による洋上航空戦の第一人者と言われ、2030年代に新たに編成された空母機動部隊である「第6護衛隊群」の司令官に抜擢されて以来、戦争が始まった為適材適所の原則に従って現職に留められて、はや20年が経っていた。

 

なお、この時点での1個護衛隊群は通常3個護衛隊から成り、第6護衛隊群の場合は第2航空護衛隊(空母1・ヘリ空母1・防空護衛艦2)と2個護衛隊(大型護衛艦1・汎用護衛艦3)から成る、空母機動部隊となっている。これは第一次SN作戦後改変された時の編成であり、元々は6個の護衛隊から編成されていた強力な艦隊だったのだが・・・。

 

提督「それは兎も角、今回は作戦に先立って挨拶に伺いました次第でして。今後何かとお世話になるかと思いますので。」

 

小澤「そうだな、中部太平洋方面も今後は重要な戦区になる事は確かだ。有事の際は頼むぞ。」

 

提督「お任せ下さい。この海はもう二度と、奴ら強硬派の連中には渡させません。」

 

小澤「頼もしい事だ。7年前、まだヒヨッコだった事と比べて、随分と逞しくなったものだ。」

 

提督「海将補。それは昔の話です。私も24になりました、今年で25です。」

 

小澤「そうか、もうそんな年になったか。早いものだな。」

 

提督「全くです・・・。」

 

小澤「それはそうと、間もなくラバウル基地の建設隊と司令部、それと艦娘艦隊の第一陣が、ここに到着する事になっている。急いでくれよ。」

 

提督「それは了承しております。間も無く作戦を開始する予定です。成果にご期待頂ければと思います。」

 

小澤「今回の作戦、成功すれば、豪州奪還に向けて大きな一歩になるかもしれんからな。」

 

提督「そうですね、困窮しているであろう豪州方面の制海権奪回は、我々が置かれた現状に於いて、まず成さねばならない事の一つですから。」

 

小澤「うむ。しかし急ぎ過ぎれば、かつての失敗を繰り返す事にもなる。そこに留意しなければな。」

 

提督「全くその通りです。では、そろそろ失礼します。艦隊の面々を待たせる訳にも参りませんので。」

 

小澤「うむ、成功を祈っているぞ、紀伊提督。」

 

提督「はい、それでは。」

 

直人は小澤海将補に敬礼をすると、回れ右でそそくさと司令部を後にしたのであった。

 

 

7時09分 トラック泊地・重巡鈴谷艦娘発着口

 

提督「今回の出撃には私は同行しない。後方から全体の調整に努める事になっている。従って今回の作戦では、各艦隊指揮官の判断で動いてもらう事になるが、この作戦は今後の作戦展開の上で極めて重要なものとなるから、心してかかって貰いたい。万が一の場合には、撤退もやむなしと肝に銘ぜよ。」

 

一同「「はい!」」

 

提督「では、各員の健闘と、航海の安全、そして、全員の生還を、心より待っている。艦隊、出撃せよ!」

 

金剛「第一水上打撃群、出撃するネー!」

 

瑞鶴「第三艦隊、出撃します!」

 

大和「第一艦隊、出撃します!」

 

7時10分、「ラ号作戦」と銘打たれた作戦が、開始された瞬間であった。

 

明石「では、行ってきます。」

 

提督「おう、気を付けてな。」

 

あきつ丸「自分も、出発するであります。」

 

提督「二人とも、無理はするなよ。」

 

明石「はい。」

 

あきつ丸「了解、であります。」

 

明石とあきつ丸は、司令部直隷艦艇でもある。彼はその2人を艦隊に預け、共に出撃させた。これには、ラバウルを長期間制圧しなくてはならない、この任務の容易ならざる特性が良く表れていたと言っていい。

 

兎も角にも作戦は発令された。直人に出来る事は、後方から全体を指揮する事だけである。

 

提督(さて・・・敵はどう出て来るか・・・間が悪いな、こんな時に紀伊があれば・・・。)

 

残念ながら紀伊は現在改修中であり、夕張が陣頭指揮で改修中なのであった。既に矢は放たれた以上、手遅れですらあった訳だが・・・。

 

提督「・・・副長、サイパンに打電。“戦略爆撃隊はラバウルを空襲せよ”とね。」

 

副長「!(了解!)」

 

直人が出撃を命じたのは、キ-91により編成される戦略爆撃機部隊である。一時的に基地に預けられた連山改がこの先導を担当する事になる訳だが、この様な事を命じたのには理由があった。それについては後に述べる。

 

 

 鈴谷はトラック泊地に留まった。それは同時にこの作戦が、大規模な交戦を想定しなかったことを意味している。故に明石も出撃していたし、今艦内に艦娘達の姿は殆どない。

一方で泊地内には大小さまざまな艦艇や艦娘達がひしめき、上空には海自軍の航空部隊所属機や航空自衛軍所属機が春島や空母から発着して訓練や任務に就いていた。

 夏島の西岸に南向きに停泊する鈴谷左前方にある、司令部の岸壁には、第5護衛隊群の旗艦である空母「しょうほう」が、護衛艦「ゆうづき(夕月)」と共に停泊している。昔日の古傷も完全に癒え、その威容を示していた。

また環礁の北西には搭載機訓練中の第5護衛隊群所属の空母「ずいほう」もおり、環礁内を悠々と駆けまわっていた。流石に環礁内で発着訓練が出来ると謳われたトラック環礁は広々としておりスペースにはおよそ事欠かないようだ。

 夏島の北側にある島、春島には飛行場があり、そこから上空警戒の為に、空自軍主力戦闘機たるF-3戦闘機が2機飛び立っていた。

環礁の西寄りにある島々、七曜諸島には艦娘艦隊の司令部が林立し、活気に満ちている様子が鈴谷からも望見出来た。恐らく彼らから見れば、この鈴谷の姿は奇異に映るだろうという事もまた、想像に難くなかった。

 第一次SN作戦で大損害を出したとはいえ、現在西太平洋戦域に於いては彼らは間違いなく最強の海軍だった。海自軍がいなければ、現在の戦況まで持っていく事は難しかったに相違ないのだ。

否、艦娘艦隊抜きで、良く10年近く持ち堪えたというべきであろう。

 第一次SN作戦を経てもその主力たる空母は4隻全てが健在だった事も注目に値するだろう。単に幸運だったというべきで、北村海将補の率いる第6護衛隊群の空母「へきほう(碧鳳)」が同作戦で大破し後送された以外はさしたる損害も無く、へきほう自身も現在は前線に復帰している。

 

 

ここで海自軍の航空母艦「ほうしょう」級について少し解説しよう。

 

このクラスは戦後初めて設計/建造された大型空母で、設計に当たり通常動力型空母であったアメリカの航空母艦「ジョン・F・ケネディ」に範を取っている。この為、艦橋と一体化した傾斜煙突を有している。

 

日本の国防費を踏まえて設計は縮小されており、その影響で搭載機は70機(ヘリ搭載も含めると83機)となっているが、主力艦上戦闘機はF-35であり、各種派生タイプのF-35によって航空隊を編成している。同型艦は4隻存在し、

 

1番艦:ほうしょう

2番艦:しょうほう

3番艦:ずいほう

4番艦:へきほう(碧鳳)

 

の、全4隻である。これらは全てSN作戦に参加、生還している。

 

このトラック泊地にはその貴重な4隻の空母の内2隻がいるのである。それはこのトラック泊地が、東方に対する押さえの重要拠点である事を、弥が上にも強調していた。

 

 

提督(あの艦を見るのも1年ぶりかな・・・。)

 

直人はそのしょうほうを眺めてそう思った。思えばSN作戦から1年2ヶ月、最悪の大損害からよくもまぁここまで来れたものだと直人は思う。それもこれも艦娘艦隊の活躍が如何に大きいかという事を示していた。

 

提督(そして我々の功もまた・・・というのは、少し図に乗り過ぎかな。)

 

頭を掻いてそう思う直人なのであった。

 

トラックの空はこの日、綺麗に澄み渡る青空が広がっていた。この光景が長続きする様にと、彼は祈るのである・・・。

 

 

一方出撃した横鎮近衛艦隊はというと・・・

 

 

トラック南方・第一水上打撃群

 

金剛「・・・。」

 

比叡「お姉様、どうしました?」

 

金剛「違和感ガ・・・。」

 

霧島「違和感・・・まさか、敵の気配ですか?」

 

金剛「・・・鈴谷が後ろにいないのが凄く違和感に思えるデース。」

 

榛名「そう言う事ですか・・・。」

 

直近1年間の間で、鈴谷が出撃しなかった事の方が無い。違和感に思う者がいて当然なのだが、金剛が違和感に感じたのはやはり、鈴谷に愛する提督―――直人が乗っていたからなのだろう。

 

鈴谷「まぁねぇ~、提督が今回は鈴谷と一緒に後方待機だからね。」

 

鈴谷(艦娘)が鈴谷(艦艇)の話をするというシュールな絵面である。

 

金剛「きっと今頃、“ガラじゃない”って思ってるネー。」

 

鈴谷「アハハッ、きっとそうだね~。」

 

 

提督(ガラじゃねぇよなぁホント。)

 

どこに居ようが隠し立てが出来な過ぎる直人であった、というより金剛が直人の事をよく理解している証拠でもあった。

 

 

8時10分 重巡鈴谷中甲板・食堂

 

提督「どうだ、艦隊勤務も慣れたかい?」

 

伊良湖「はい、おかげさまで。」

 

直人が遅めの朝食を共にしていたのは、唯一鈴谷に残った艦娘、給糧艦伊良湖であった。

 

伊良湖「それにしても、この船を見た時は驚きました。今の時代に、あの時代の船がいるなんて思いませんでしたから・・・。」

 

提督「アメリカには結構現存しているんだけどね、アイオワ級戦艦4隻やエセックス級航空母艦の一部もあるし。」

 

伊良湖「そうなんですね・・・。」

 

提督「だがそうなって来ると、気になるのは深海棲艦の正体だよな、一体何なんだろう・・・。」

 

伊良湖「現在でも謎の多い生き物ですからね、その出自についても・・・。」

 

提督「それは艦娘についても同じ事ではあるのだが・・・そう言えば、深海棲艦には雌雄同体もいるそうだ。学者共はそれで繁殖してる可能性があるという風に言ってたな。」

 

伊良湖「雌雄同体、ですか!?」

 

雌雄同体、読んだだけでは少し理解に時間を要するが、要するに雄の生殖器と雌の生殖器を一つの体に持っている生物の事、代表格はミミズやシダ植物。

 

提督「だが一方で棲地で自然発生するという説もあるが、いずれにせよ観測する手段に乏しい以上、その辺の解明にはまだ時間がいるだろうな。」

 

伊良湖「少なくとも、繁殖している説については、それこそ局長に聞けばいいのでは?」

 

提督「アホウ、俺が聞けるか。」

 

伊良湖「何故ですか?」

 

提督「簡単な話だ、異性だからだよ。」

 

伊良湖「し、失礼しました・・・では、今度聞いておきましょうか?」

 

提督「うーん・・・いいや、余り知り過ぎるとやりにくくなりそうだからな。」

 

伊良湖「それもそうですね・・・。」

 

結局、この謎については解明に尚数年以上を要する事にはなったが、結果としては戦争後の事であった。そしてそれは、彼に複雑な感情を抱かせる事を回避するという事でもあった。

 

 

1月7日17時30分 重巡鈴谷上甲板後部・貴賓室

 

提督「わざわざご足労頂きまして恐縮です。」

 この日の17時23分、トラックにラバウル基地建設船団(船団旗艦:小笠原海運籍・おがさわら丸)と、それに同行する新設のラバウル基地司令部及び、所属する海自軍護衛艦8隻、艦娘艦隊100個からなる第一陣が到着した。

この時はその司令官がわざわざ、錨泊中の鈴谷へと僅かな供回りで来艦する珍しい事態になっていて、直人はこれまたわざわざタラップに出向き、挙手の礼でこれを出迎えていたのだ。と言うのもその人物は、面識こそ殆どないが一応見知った人物なのだ。

「お気遣いありがとう。ラバウル基地司令官を拝命した、佐野(さの) (あおい)海将補です。宜しく。」

 そう自己紹介したのは、外見からは20代後半にしか見えないような人物であった。イケメンであるが、平凡なイケメンであり、表情も冴えず、軍服もいまいちおさまりが悪い。

黒髪のショートヘアーと黒い瞳が、日本人の標準的な特徴を示している。身長も直人の172cmに対してそれ程変わる訳ではないが、体のラインは、軍人にしては細い様にも見受けられた。

「横鎮近衛艦隊司令官を務めております、紀伊直人です。例の計画では、随分とお世話になっていました。」

 そう挨拶したのは、小澤海将補からその旨名乗って構わない事を聞いていたからに他ならない。

彼の名乗りを聞いた佐野海将補はにこやかにこう言った。

佐野「私は直接面識はないのだけど、こうして有名な戦士と会えた事を、誇りに思うよ。」

 

提督「そうですね、あの時は主に経理周りを担当されていましたから、実戦を担当していた私達とは縁がなかったのも当然でしょうね。」

 

佐野「お互い、苦労したものだね。」

 

提督「全くです。」

 佐野 葵、階級は海将補で、新編されたラバウル基地司令官を拝命したのは自己紹介の通り。年齢は32歳であり、少将~中将に相当する現在の海将補になったにしては随分と若い。

非常に優秀な若手将校と評判の人物であり、ちょっと変わっているが、部下への寛容さとその持ち前の能力はずば抜けていると専らの評で知られる。

 

提督「ラバウルと言えば、今回我が艦隊が、ラバウルの強行偵察と制圧を任されています。間も無く到着する筈ですから、成果にご期待下さい。」

 

佐野「宜しく頼むよ。今回は、私も楽が出来そうだ。」

 

提督「楽を、ですか。私もここでこうして楽をしておりますが、そうしたいとは思っていても、中々上手くいかないものです。」

 

佐野「本来なら君は、海保で悠々と隠居生活の筈だったのにね、心中お察しするよ。」

 佐野海将補はここへ来る前に、大沢防衛相から内命を受けた土方海将に、彼について一応の事情は一通り聴いている。

まぁ、()()と言うユーモアにしては些か苦しい表現をされた点について、彼は苦笑しながらこう応じた。

「尤も、担ぎ出されたとはいえ、案外悪くない生活はしてますよ。」

 これは彼にとっては紛れもない本心だった。沢山の仲間達に囲まれて、時に友人として、時に戦友として、八面六臂(はちめんろっぴ)の大立ち回りを繰り返す日々ではあるが、上司にも恵まれた事もあり、息苦しさは感じていない。

それを言葉の端々から感じ取った佐野海将補は彼にこう言った。

「艦娘艦隊と言う住処は、居心地がいいらしいね、君にとっては。」

 

提督「えぇ、今度は佐野海将補も、防備艦隊を率いられるのでしょう?」

 

佐野「まぁ、そうなるのだろうねぇ。どうなる事やら・・・。」

 

提督「今後は、何かとお世話になるかもしれませんね。」

 

佐野「そうだね。そうだ、君にぜひ紹介して欲しいと、上から言われた人がいるんだ。」

その言葉に直人が

「ほう、誰ですそれは。」

と興味を示し、

「入りたまえ。」

佐野海将補がそう言うと、彼の副官が貴賓室の扉を開けて、室内へ一人の軍服に身を包んだ少年が現れた。

 第二種軍服を纏っているから提督である事は分かる。だがその容姿は、提督であると認識するには些か幼過ぎた。

その年齢はどう見繕っても中学校1~2年生、おさまりが悪そうにその瞳を二人に向けていた。背は大体150cm近辺という所か。

「こ、子供・・・?」

呆然と直人が言ったのも無理はなかっただろう。佐野海将補もその物言いを否定はせずこう述べた。

「そうだが、彼が艦娘艦隊、ラバウル第1艦隊の司令官だ。」

 

「彼が、ですか!?」

直人がてきめんに驚いたように言うのをよそに、佐野海将補から目配せをされた件の少年提督が、挙手の礼と共に自己紹介をする。

「ら、ラバウル第1艦隊司令官、広瀬(ひろせ) (きょう)です。よ、宜しく、お願いします・・・。」

 最後の方がだんだん声が小さくなっていた。どうやら初対面の人物と対話する時はどうも腰が引け気味になるようだ。

 

佐野「彼の父親は、山本海幕長の幕僚をしていてね。それに、山本海幕長はこの子の叔父にあたるそうだよ。」

その説明だけでも、彼にはこの少年が只者ではないのが分かった。その手ごたえを感じ取ってか、佐野海将補は続けた。

 

佐野「この子は幼い頃からの英才教育に加えて、2年程前からは艦娘の指揮などに関しての教育を父から施されていたらしい。それを聞きつけた山本海幕長は、その能力を買った、という訳だね。」

 

提督「や、山本海幕長が、能力を買ったですって―――!?」

 その事実は驚くべきものだった。山本海幕長は無数の修羅場を潜り抜けた勇将として知られ、同時に人の能力を見抜く才に長けた人物と広く知られている。その証拠に、彼の元には年齢を問わず、極めて優秀と目される幕僚が集ってさえいるのだ。

その山本海幕長が、この年端もいかない少年の能力を買ったと言うのだ、その能力はただ事ではない。が、彼にしてみれば、この年で提督であるという衝撃がそれに勝っていた。

「たった14歳で、驚くべき才能だと思う。」

 佐野海将補の言葉が、その驚嘆するべき事実を裏打ちしていた。彼とて、山本海幕長に見出された男の一人なのだ。

「・・・全くですね。」

直人もその場は同意せざるを得なかった。

佐野「彼はラバウルにおける君の行動の援助も担当する事になっている。よく見てやってほしい。」

 

提督「分かりました。」

 

佐野「では、ここらで失礼させて貰うよ。」

 

提督「は、はい。道中、お気をつけて。」

 

佐野「ありがとう。では広瀬中佐、行こうか。」

 

広瀬「はい。」

 

佐野海将補は、広瀬中佐を伴って鈴谷を後にする。

 

 

「・・・14歳か。」

苦い思いで、直人はその言葉をつぶやく。

 

 彼の母国、日本国は現在、戦乱による荒廃に加え、極度の少子高齢化と人口減少に苦しめられている。そんな中に於いても動員は続けられ、縮小された陸自軍と引き換えに、空自軍と海自軍は拡大を止めていない。更に言えば、提督として既に200万を超す国民が徴集されていた。

これらは全て志願しての事である。しかし、そのペースは、日本国民の人口比率を、余りに無視したものであったと言わざるを得ない。最早、軍備の増大は限界点を超え、後は艦娘艦隊に頼る他に道さえなかったのである。

 更に、残された女子供や老人に、社会に出て貰ったところで何ほどの事があるだろうか。最早日本の人的資源は、最低限の国民と軍の生活を保障する以上の事は出来なくなりつつあった事は疑いようもない。

 そこへ来て彼は、その日本の現状を端的に指し示すテストケースを見せつけられたのだ。

 

(・・・俺達は一体、何を求めて戦争をしているんだろうな・・・。)

 人類の生存圏の守護、今後喪われるかもしれない人命を救う為、人類の未来を救う為・・・理由はいくらでも付けられる。だが・・・

(“そんなもの”の為に、あんな少年の知恵さえも、我々は借りねばならないというのか・・・。)

 たった、そんなちっぽけなものの為に、前途多望な少年の青春や日常までも、奪う権利が誰にあろうと、彼は真摯に考えざるを得なかった・・・。

 因みにこれは完全に余談になるが、後に海将へと昇進する佐野海将補が、艦娘の由良と結ばれた事は、色々とあって一つの語り草となっている。そして広瀬中佐も後にある艦娘に恋をするのだが・・・。

 

その後、補給を短時間で終えた船団は直ちにトラックを出港し南下を始めた。その上空を、鈴谷が射出した零式水上観測機が、前路哨戒を行っていた。

 

提督(こういう時水上戦闘機があればなぁ・・・。)

 

そう思わないでもない直人なのであった。何故零式水観を搭載し射出したかと言えば、船団が来る事は予め明かされていた為、その上空護衛の為に搭載して来たのである。事実、この機体は複葉機である事と、固定武装として機銃を搭載している為、限定的ながら戦闘機としても運用出来るのである。

 

詳しくは「R方面航空部隊」で調べて頂くとしよう。

 

 

1月9日0時、艦隊先鋒の第一水上打撃群は、ビスマルク海に入っていた。

 

ビスマルク海はラバウルがあるニューブリテン島と、その隣のニューアイルランド島に北から時計回りに南までの半周を囲まれた海域の名称である。

 

この二つの島がビスマルク諸島に属する事からビスマルク海であり、元々はその名称通りドイツ植民地だったが、その後オーストラリア領を経て日本が占領、現在はソロモン諸島という国家の領土となっている。

 

 

~0時16分~

 

金剛「今のところ、何もないデスネー・・・。」

 

鈴谷「てか夜じゃん・・・なんでこんな何にも見えない時間帯に偵察なのさ~・・・。」

 

長波「―――。」

 

鈴谷の横で険しい目を前方に向ける長波。

 

鈴谷「ん? 長波どうしたの?」

 

長波「静かに・・・敵がいる。」

 

鈴谷「えっ―――!」

 

金剛「―――戦闘用意ネ。」

 

間髪入れず金剛が戦闘用意を命じる。

 

長波「右前方1万5000、反航してくる。」

 

矢矧「右魚雷戦用意、1回で決めるわよ。」

 

長波「了解。」

 

長波の敵発見に対し、敵は何も気づいていない。というのも、敵はレーダーを作動させておらず、油断し切っていたのである。

 

 

矢矧「距離1万、魚雷発射!」

 

 

矢矧の合図で二水戦と魚雷搭載艦が魚雷を放つ。二水戦75射線、雷撃可能艦で94射線の61cm魚雷が敵艦に向け放たれる。ここで5連装魚雷かつ雷巡である大井と北上は、雷巡特有の2連射をせず魚雷を温存している。

 

しかし十分過ぎる程の魚雷の投射は、小規模の敵艦隊には十分脅威だった。

 

敵艦隊は僅かに軽巡級4、駆逐艦級40程度という単なる斥候部隊に過ぎなかったのである。そこに169射線にも及ぶ酸素魚雷が、音もなく忍び寄って来たのだからたまったものではなかった。

 

たちまち数十本の火柱が奔騰した。駆逐艦10隻以上が瞬く間に爆沈し、軽巡級さえ1隻が爆沈、2隻が2本の魚雷を受け航行不能となり、残る駆逐艦級も数隻が航行不能、4隻が被雷したものの中破に留まった。

 

ただこの一撃で、戦闘力の過半を喪失した敵深海棲艦隊に、さらに一水打群からの猛射が加わった。

 

金剛「ファイアー!」

 

 

ズドドオオオォォォーーー・・・ン

 

 

金剛の46cm砲が火を噴き、ついで榛名以下第三戦隊の35.6cm砲が一斉に火を噴いた。

 

静かだった洋上は今や、砲声の響き渡る煉獄と化し、硝煙の匂いが立ち込めていた。既に敵艦隊は赤々と燃える火の中に照らし出され、照明弾も最早必要なかった。狼狽する敵艦隊を打ちのめすだけなのだから、彼女達にとってこれほど簡単な作業(しごと)も無かった。

 

戦いは僅か、22分で終わった。敵艦隊は僅かな生き残りが四分五裂で波間に紛れ逃げ去ったのみであった・・・。

 

一水打群はそのまま航行を続け、ラバウルを目指して海域を去ったのである。彼女らからすれば、凱歌を挙げる暇もなかったのだ。

 

 

5時32分、一水打群がほぼ予定通りラバウル沖に到着した。

 

筑摩「あれが旧市街、ですね。」

 

利根「今や、面影を残すのみ、じゃな。」

 

羽黒「遠くから見ても、荒れ果てていますね・・・。」

 

荒れ果てているのも当然である。この地を含むソロモン諸島は、かつて凄惨な事件の舞台ともなった場所でもあるからだ。

 

 

―――ソロモン諸島住民虐殺事件。

 

豪州侵攻を図る深海棲艦が、そのルート上にあったソロモン諸島の住民を、瞬く間に虐殺していった事件である。この事件の生存者はオーストラリアに逃れ、現在ソロモン諸島に居留民の姿はない。

 

事件の被害者は、一説には40万人を超えるとも言われており、これはソロモン諸島全人口の7割を超す数である。しかし正確な数は、戦争の混乱に紛れ判明していない。特に首都ホニアラの住民はその9割以上が混乱の中で虐殺されたとも言われており、その凄惨さは人類史上にすら稀な程であった。なにせ、深海棲艦がその火砲を非武装の住民に向けたのであるから―――。

 

 

金剛「・・・予定通り調査するネー。」

 

 

ヒュルルルル・・・

 

 

金剛「―――!?」

 

 

ドォンドォォーーーン

 

 

砲弾の飛来音がした直後、2発の砲弾がすぐ近くに着弾した。

 

瑞鶴「えっ、何!?」

 

矢矧「周囲状況確認、急いで!」

 

矢矧が咄嗟の判断で敵影を探し求める。しかし、そんなモノはない。

 

瑞鶴「偵察機を出すわ!」

 

金剛「GOデース!」

 

金剛のGOサインに応えるように瑞鶴が偵察機を放つ。すると・・・

 

瑞鶴「偵察機より入電、“陸上に発射炎を認む”、以上!」

 

金剛「陸上、デスカー・・・。」

 

この時一水打群に向け発砲したのは、この時最新鋭の深海棲艦「砲台小鬼」であった。まだ絶対数の少ないこのタイプの深海棲艦は、ラバウル陸上への配備が最初だったのである。

 

金剛「観測機を射出、各艦、砲撃用意デース!」

 

全員「「了解!」」

 

瑞鶴「その前に空襲よね。」

 

金剛「お願いするネー。」

 

結局のところ、取った策は事前空襲と艦砲射撃であった。敵の抵抗を粉砕するのにこの方策が有効である事は、太平洋でもサイパンなどで証明された通りである。

 

直ちに攻撃隊が編成され、翔鶴・瑞鶴・瑞鳳の3艦から発艦した。すると、それに呼応するかのように、ラバウルの方向から少数の敵機が発進するのを確認する事が出来た。地上機も在機していたのだろう。尤も、10機そこそこでは相手にもならず、たちまち全滅したのだったが。

 

万難を排した航空隊は、空中から爆撃目標を捕捉すると、水平爆撃と急降下爆撃で次々と攻撃を行った。無論砲台小鬼も移動可能な類なのだが、そんな事などお構いなしかのように、群体である砲台小鬼の武装を次々と破壊して行く。

 

そして攻撃が終われば、次は艦隊の出番である。

 

 

金剛「全砲門、ファイアー!」

 

観測機からの射撃諸元指示に従い、各艦が砲撃を開始する。流石に46cm砲を筆頭とする艦砲射撃を受けてはひとたまりもなく、砲台小鬼は次々と吹き飛ばされていく。反撃する暇もあらばこそ、砲台小鬼は右往左往と逃げ回る事しか出来ずじまい。それもその筈、管制する深海棲艦などいなかったからである。

 

元々砲台小鬼は、局地防御用に発案され開発された自律砲台タイプの深海棲艦なのだが、第三者からの管制が必須と言う欠点を抱えていた。しかし深海棲艦隊南西太平洋方面艦隊司令部ではそれを正しく認識していなかった為に、ラバウルには深海棲艦の姿はなかったのである。

 

この時使われた砲弾は、

 

46cm砲弾:120発

36cm砲弾:360発

20cm砲弾:600発

合計:1080発

 

である。金剛などは46cm砲を12門備え、搭載弾数も1020発を数えるが、それをこれだけしか撃たなかったのは、ここで砲弾を消尽する訳にはいかない任務上の事情があった事による。

 

彼女達にとって、戦いは始まったばかりなのである・・・。

 

 

9時26分、12ノットで一水打群に続航していた第三艦隊がラバウル近海に到着し、周辺海域の警戒行動に入った。同時にあきつ丸が分派されてラバウル湾に入った。

 

 

金剛「―――と言う感じネー。」

 

あきつ丸「承知したであります。あとはお任せ頂ければ。」

 

金剛「お願いするデース。」

 

ラバウル周辺の状況の伝達を済ませた金剛。一方ラバウル旧市街では、空襲と砲撃を逃れた砲台小鬼が、それでも何とか守り切ろうと防御線を敷いていた。

 

他方の横鎮近衛艦隊側は、出来るだけ旧市街地は無傷で残さなければならない関係上砲撃する事も出来ず、精々急降下爆撃による精密爆撃を行うに留まっていた。

 

あきつ丸「行くであります。大発動艇全艇展開!」

 

あきつ丸の艤装正面が開き、そこから影を実体化した大発動艇が実体化しながら前方へと射出されていく。その数27艘、部隊規模にして1個大隊である。なおこの時は格納庫も全て使って陸戦隊を搭載していた為、その搭載人員数は3個大隊を数えていた。

 

9時33分、“第一海上機動連隊”―――横鎮近衛艦隊が持つ陸戦隊の第一波上陸部隊が、あきつ丸を離れた瞬間であった。

 

瑞鶴「航空支援開始よ、皆、お願い!」

 

瑞鶴ら一航戦が再び艦載機を放ち、舟艇を上空から援護する。砲撃などしようものならたちまち爆撃を加えられるよう万全の態勢を整えるのだ。

 

鈴谷「上陸作戦かぁ~。」

 

最上「ボクと三隈はその現場にいた事もあるけどね。」※バタピア沖海戦の時の話

 

「私達十九駆も、上陸作戦の様子を見た事はあります。」※コタバル強襲上陸

 

そう言ったのはあきつ丸の護衛として派遣された第三艦隊第十戦隊に所属する綾波である。

 

敷波「あの時は大変だったなぁ、波が高かったし。」

 

磯波「形としても今回の様な強襲でしたから、被害が多かったそうです。」

 

コタバル上陸の際、海岸部には英軍のトーチカが一部に存在し、また1個旅団6000名が布陣する陣地が存在していた為激しい抵抗を受け、特に第二次上陸部隊は運悪くトーチカ正面に上陸した為集中射撃を受け、中村大隊長が上陸と同時に戦死するという事態にまで陥っている。

 

更に英空軍の反撃により輸送船1隻が炎上沈没するなど、壮絶な戦いの末にコタバルを制圧したという。こと強襲上陸程、攻勢側が不利な戦いはない訳である。なにせ上陸用舟艇は動きも鈍く脆い。そこに攻撃を受けようものならひとたまりもなく、また波の影響で上陸地点を外す事も多いからだ。

 

その点今回は波の穏やかな湾内である為多少は楽なのだが・・・。

 

金剛「反撃、無いデスネー・・・。」

 

敵は沈黙を保っていた。流石に先程の猛烈な攻撃で敵も学習したものらしく、1発の応射も無かった。

 

霧島「先程あれだけ撃ち込みましたからね・・・流石にもう反撃する余力はないのではないでしょうか。」

 

その10分後、上陸第一波が海岸へと到達、大発が引き上げを始め、上陸部隊が前進を開始すると同時に、敵の反撃が始まった。

 

上陸第一波は完全装備の歩兵1個大隊約1000名、海岸部に橋頭保を確保するのが目的だが、旧市街からの急襲射撃を受けて立ち往生し、慌てて障害物に身を潜める羽目に陥った。更に砲撃により大発2艘が沈没する事態となった。

 

この予想外の苦戦は連隊司令部を動揺させたものの、第一大隊は障害物に軽機関銃を据え、突出して来た敵に猛射を浴びせる事で時間を稼いでいた。その内に、駆逐艦からの援護砲撃により敵が後退した間隙を縫って、10時07分、上陸地点に幅500m、奥行き300mの橋頭保を確保した。ここまでに既に死傷者(妖精さん)は100名以上に上っていた。

 

第二波上陸部隊はその直後に海岸に接岸した。歩兵砲の他、八九式中戦車10両が揚陸され、火砲と機甲戦力の揚陸に成功した連隊は直ちに攻勢に転じると、旧市街の瓦礫に潜む砲台小鬼の群体を一つ一つ叩き、制圧地域の拡大に努めていった。

 

11時03分に展開を終えた第三波上陸部隊は第二大隊の内の約900名で、こちらは砲兵がメインの言わば主役である。と言っても、流石に舟艇で運べるのは軽火砲が精々であったが、それでも強力である事には変わりなく、一式機動47mm砲や九四式山砲などを保有し、砲台小鬼の本体である沿岸砲に対してダメージを与える事も出来る部隊である。

 

これと続く第四波の上陸によって大勢は決し、12時25分、ラバウル旧市街が18年ぶりに人類の手へと帰属した。

 

 

12時50分 トラック泊地・重巡鈴谷

 

提督「ラバウル旧市街を制圧したか。残敵掃討段階か・・・まだこれからだな。」

 

そう、実を言えば、これはまだ始まりに過ぎないのだ。ラバウルへ向かう船団が到着するのは1月18日。この日は9日だから、あと9日間ラバウル周辺の制海権を制圧しなくてはならないのだ。それも補給船団が来ず随伴船団もいないため、全て自分たちで守り遂せなければならない。

 

金剛らが弾薬を節約していたのもこの理由に基づく訳だが・・・。

 

 

~同時刻 ガタルカナル棲地~

 

飛行場姫「何? ラバウルが敵の手に落ちただと!?」

 

驚いたのは上位知能体となって日の浅い飛行場姫 ロフトン・ヘンダーソンである。

 

ヘ級Flag「ハイ、既ニ守備隊ハ敗走シタト・・・。」

 

こちらもeliteからFlagshipになっていた副官の軽巡ヘ級。

 

飛行場姫「ホノルル、直ちにブーゲンビル・コロンバンガラ方面の艦隊を動員するよう伝達しろ!」

 

ヘ級Flag「ハッ!」

 

飛行場姫は直ちに麾下部隊に対し迎撃を命じる。これまで自衛軍から艦娘艦隊に攻撃の主導権が移ってからこの方、この方面には大規模な侵攻が無かっただけに、今回の横鎮近衛艦隊の突入は一種非常事態として捉えられたのだろう。

 

飛行場姫(一歩遅かった、という事か・・・。)

 

深海側もラバウル方面再棲地化の計画を進めていたのだが、こと基地化の動きに関しては、横鎮近衛艦隊によって先手を打たれた形になってしまった。しかしこの時点ではまだそれを予見していた訳ではなく―――

 

飛行場姫(もし仮に、これが基地化に向けた動きだとすれば、ソロモン方面が危機に瀕する。それだけは阻止しなくては―――!)

 

ロフトン・ヘンダーソンは、推測によって人類軍の目論みを看破していたのである。当然ながらその動きを座視出来るほど悠長に構えているような無能ではないだけに、この動きは無視できないものがあったと言える。

 

 

それから2日が経過した。

 

9日19時42分に第一艦隊が到着、ラバウル港防備に入ってはいたが、この2日間で行われた攻撃は延べ30回を数え、内ガ島からの直接空襲は10回に及んでいた。横鎮近衛艦隊は制圧したラバウル旧港に応急の仮設基地を構築し、明石がその運用に当たっていた。

 

一方第一海上機動連隊は、舟艇機動で1個大隊をニューブリテン島東部ココボ方面へ上陸させ、近郊にあるラバウル空港跡を応急整備すると、ここにサイパン航空隊から戦闘機を50機派遣して付近の防空に当たらせていた。これは直人の指示であり、燃料と弾薬は各母艦航空隊から抽出したものである。

 

 

1月11日10時42分 ラバウル旧港・仮設基地

 

明石「本当に敵襲が多いですね、持ってきた鋼材が足りるかどうか・・・。」

 

嘆息するのは当然である、この日に入ってからも既に7回の襲撃があったからだ。

 

金剛「このペースでは流石に疲れ切ってしまいマース!」

 

瑞鶴「そこら辺をうまい事航空隊でフォローしないとだね。」

 

金剛「そうネー・・・。」

 

神通「しかし、事と次第によってはかなり不味いかも知れませんね、弾薬にも限りがありますし・・・。」

 

明石「鈴谷がいない事が、非常に惜しまれますね・・・。」

 

一応短期間の駐屯行動に備え、駆逐艦から重巡までの艦には燃料と弾薬、鋼材の補給物資を、戦闘行動に差し支えない範囲で満載してきてはいたのだが、それでも足りるかはわからないという様な状況だった。

 

これが普段なら、重巡鈴谷が物資を満載している為、短期に問題になる事など無いのだが・・・。

 

 

初霜「本当に休みなしですね、今回は・・・。」

 

第一艦隊所属、第二十一駆逐隊の初霜も、この状況には嘆息していた。と言ってもこちらの場合は、体力と精神面の問題ではあったのだが。

 

初霜「初陣がここまでハードなんて・・・。」

 

初春「今回の任務はとりわけ難儀なだけじゃがのう・・・。」

 

初霜「そうなの? 初春。」

 

初春「いつもは単純な突入が多いからのう・・・。」

 

そう、実はこれまでを振り返ればお分かりになると思うのだが、横鎮近衛艦隊がこれまで取った行動は、多くが突入作戦であり、守勢の戦いは殆どやっていないのである。例え守勢に立っていたとしても逆襲突撃などで結局突入になってしまうのがその原因だった。

 

子日「子日も疲れた~・・・。」

 

若葉「流石に、少し休みたいものだな・・・。」

 

第二十一駆逐隊も、出撃回数6回、防空戦闘11回に上っており、どの部隊も似たり寄ったりとはいえ、疲労の蓄積は無視出来なくなってきていた。

 

 

ただ、ここで艦娘達にとって一つ幸いだったのが、敵も無秩序且つ連続的な攻勢により、戦力の再編が必要になった事であった。飛行場姫は反撃を指示したものの、具体的な方策までは指示していなかった為このような事態になっていた。この辺りからも、飛行場姫が如何に焦っているかが窺い知れるだろう。

 

そしてそこで3日目と4日目が終わった時点で、艦娘艦隊は一度反撃に出る必要に迫られていた―――

 

 

1月14日6時17分 ラバウル旧港

 

金剛「グッドモーニング!」

 

榛名「おはようございます!」

 

比叡「おはようございます・・・では、交代で休みますね・・・。」

 

霧島「私もそうさせて頂きます・・・。」

 

金剛「ゆっくりお休みデース。サテ・・・」

 

大和「・・・私としてはこの辺りで、一度攻勢に出るべきだと思います。」

 

金剛「そうデスネー・・・。」

 

榛名「確かに、攻撃が収まっているという事は、深海棲艦隊も今は態勢を整えている筈、となると、早晩攻勢があるものと考えるべきですね。」

 

金剛「でも、全艦隊を挙げての攻勢はNOデス。幸いニ、皆ここまででゆっくり休めたから、ここで一つ先手を取るチャンスデスガ・・・。」

 

瑞鶴「ここは、航空攻撃で先手を取るのはどうかな?」

 

金剛「それだけでは決定打にはならないデース。」

 

瑞鶴「うーん・・・。」

 

大和「となると、金剛さん達が呼応して打って出るという方法で行きますか?」

 

金剛「選択肢も多くはないネ、それで行きまショー。」

 

大和「分かりました。留守はお預かりします。」

 

金剛「お願いするネー。あと瑞鶴サンは機動部隊の指揮を。」

 

瑞鶴「分かった、気を付けてね。」

 

金剛「分かってるネー。」

 

と言う金剛だが、かつて深追いし過ぎて痛い目を見た前科があるので説得力には欠ける発言である。

 

金剛「では、一水打群と第三艦隊は、準備出来次第抜錨デース!」

 

瑞鶴「了解!」

 

1月14日朝、それまで受け身に回ってきた横鎮近衛艦隊が、遂に能動的攻勢に打って出る。それは戦うだけ戦って退くという性質のものではあったが、それでも彼女らの士気は大いに上がった。

 

この間空襲に対しては残留する空母部隊と地上展開中の航空隊で対処するという事になり、また水上襲撃は第一艦隊がこれを防ぐと方針は決せられていた。目的地はブーゲンビル島沖、この島に敵の基地がある事は既に判明しているからである。そしてここが、敵にとって最前線基地であるという事も。

 

 

16時39分 ブーゲンビル島南沖

 

金剛「来ましたネー?」

 

見据える先にはブインから迎撃に出た深海棲艦隊の群れ。

 

榛名「榛名、砲撃準備、整っています。」

 

金剛「OK、行きますヨー!」

 

鈴谷「よぉっし! ここで人働きして、今回の殊勲賞貰っちゃおうかなッ!」

 

珍しく鈴谷がやる気全開である。

 

 

結果を言えば、この攻撃は成功に終わった。ブインに集結していた敵艦隊の内、半数が迎撃に出て来ていたものの、4時間の交戦の末その7割を撃沈破したのだから上出来であっただろう。全体から見ればその4割を撃沈ないし撃破している勘定になる。

 

対して損害は軽微で明石が修理すれば再び前線に出られる程度であるから尚の事お釣りが来ようというものである。尤も、まだ出鼻を挫いた程度の効果しか挙げられていないのではあるが・・・。

 

 

その報告を、直人はやはりトラック泊地の鈴谷艦上で知らされた。

 

 

21時41分 重巡鈴谷中甲板・食堂

 

提督「不意の攻勢に転じたらしいな・・・。」

 

柑橘類「まぁいいんでねぇの? 出鼻を挫くくらいにはなるだろ。」

 

提督「そうさな、まぁ12時間は時間が稼げるとみて相違あるまいて。」

 

直人にはそこまでその効果を大きく見るつもりはなかったのだったが。

 

提督「あくまでラバウル周辺の制海権維持が今作戦の目的だしな~。」

 

柑橘類「それはそれでやっぱ敵の出鼻挫いたんだし上々じゃね?」

 

提督「まぁの、結果論としてもそうだし、攻勢に出るというのも選択肢だからな。攻勢に出た所で完全に解決はしないが。」

 

柑橘類「まぁそうだな。」

 

因みになぜここに柑橘類中佐がいるのかと言えば、先日トラックを発ったラバウル基地船団の前路哨戒を行った零式水観、それに乗っていたのが柑橘類中佐だったのである。馬車馬のようにこき使われている気がしないでもないがそこは触れないであげよう。

 

と言うより、完全に日没近い中、夜間航法が出来るパイロットも中々いないのである。訓練はしているのだが一朝一夕に育成できる技術ではない為、柑橘類中佐を呼んで来たのだった。因みに基地航空隊は鳳翔さんが一時的に指揮している。

 

 

そして、金剛らが待ち望み、直人が無事到着する事を願っていたものは1月18日、漸く到着した。

 

13時17分 ラバウル旧港

 

大和「近衛第4艦隊第一艦隊旗艦、大和です。遠路遥々、ご苦労様です。」

 

佐野「ラバウル基地司令、佐野です。お待たせして申し訳ない、ご苦労様でした。」

 

大和「いえ、やるべき事をしただけですから・・・では、早速引き継ぎ事項の確認を―――。」

 

ラバウルへの基地建設隊が遂に到着、直ちに建設作業に入った。この時点で横鎮近衛艦隊は順次その任務をラバウル基地とラバウル艦娘艦隊へと移譲し、撤収準備を進めていった。

 

~14時03分~

 

大和「鈴谷から撤収命令です!」

 

ラバウルへの船団到着を聞きつけた直人が、直ちに撤収命令を発したものだが、いつも通り遅い。まぁ伝書鳩や航空機より圧倒的に早いから文句のつけようがないのだが。

 

金剛「OK、帰りますヨー!」

 

一方で撤収準備を終えていた横鎮近衛艦隊は、直ちにラバウルを引き払い、トラック泊地に向け帰路に就いた。航空部隊は既に撤収していた為、それらの物資は全て収容していた。また地上部隊も全部隊を撤収し、完全にラバウルを引き払う事となった。

 

オイゲン「やっと終わったぁ~・・・。」

 

レーベ「長かったね・・・。」

 

一水打群所属として参加していたプリンツ・オイゲンらドイツ戦隊も、この戦いの終わりが来たことを喜んでいた。

 

オイゲン「本国にいた時も、こんな戦い中々なかったよね・・・。」

 

レーベ「それもこの海との違いかもしれないねぇ。」

 

オイゲン「そうねぇ。」

 

 

横鎮近衛艦隊はその後、1月21日1時36分にトラック泊地に到着、鈴谷に収容された後、同日12時丁度にトラック泊地を出港した鈴谷は、サイパンへの帰途に就く。

 

 

1月23日5時50分 司令部前埠頭

 

清霜「あっ、帰ってきた!」

 

6時04分、重巡鈴谷は残留組の艦娘達に出迎えられてサイパンへ帰着した。作戦は無事に完了した。

 

 

この数日間の間に、ラバウル基地はその大地に根を下ろした。基地の建設は順調であり、通信体制及び基地司令部の施設は一通り完成しつつあった。何より、敵潜による船団への被害が無かった事は幸いであった。尤も、復路で空船2隻が雷撃されてしまったのだったが・・・。

 

そして、今回の作戦に於いて、交戦回数は水上戦闘のみで80回を超えていた。他に対潜戦闘30回以上、防空90回以上など、相当ヘビーなスケジュールをこなしていたと言える。そしてその努力の上に、ラバウル基地建設は無事に成功したのである。

 

横鎮近衛艦隊の活躍もあり、艦娘艦隊はその前線を南に大きく前進させる事に成功した。しかしそれは、新たなる戦いの始まりにしか過ぎなかったのである。

 

 

 

~次回予告~

 

唐突に舞い込んだ大本営からの指令は、

ラバウル基地から発せられた指令の形をした救援要請であった!

困難な内容、山積する課題、早くも緊迫する南東戦線。

誰もが難色を示す中、ある者によって提示された一つの提案とは―――!?

 

次回、横鎮近衛艦隊奮戦録第3部8章、『珊瑚海と、魔女の峰を越えて』

艦娘達の歴史が、また、1ページ・・・。


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