異聞 艦隊これくしょん~艦これ~ 横鎮近衛艦隊奮戦録   作:フリードリヒ提督

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どうもどうもお待たせしました、天の声です。

青葉「どうも! お待たせして恐縮です! 青葉です!」

プロットがどうにか上々に組み上がって来たので、再開しようと思います。

青葉「提督、組むのサボり過ぎですよぅ・・・。」

と言うよりWT(注:War Thunder)に駆り出されまくって全くと言っていい位暇がないレベルで召集令状が来る。

青葉「災難すぎますね・・・。」

そんな事はさておいて、今回は何を解説・・・と言いたい所ですが、一度現状を整理して置きたいと思います。

青葉「お、久々の状況おさらいですね?」

そう言う事だな。


 現在の艦娘艦隊の太平洋戦線は、東がキスカ―ミッドウェー―トラック―パラオのラインで、西はブルネイ―リンガ―タウイタウイとアンダマン諸島が最前線となります。この西部戦線についての事情は、今回の章で解説します。
 自衛軍航空部隊は現状トラックとリンガ、大湊(三沢基地)に配されており、加えて艦娘艦隊の航空機を使用する航空部隊の整備計画が持ち上がって来ています。

その状況下で、講和派深海棲艦隊が発足、総戦力は現在約30万隻程で増加傾向が続いています。そして前章で語られなかった同盟する条件に付いて最終合意された条文を、劇中で語ると長くなる為ここで簡潔に説明します。

・基地はグァムを主基地とし、テニアンとヤップ・カロリン諸島を支基地とする
・これに加えてラモトレックアトール・ポナペに前進基地を構築する
・基地化に当たって棲地化を許可しない事を条件に当該島嶼への永住権を認める
・諜報結果を日本国自衛軍及びASEAN軍と相互共有する
・作戦に於いて適宜相互協力体制を敷く
・強硬派深海棲艦隊とカラーリングを別にする事

 以上の6点で、ポナペへの前進基地設営は、講和派深海棲艦隊側からの希望によって最前線となるに至りました。これにより、前線のラインがトラック諸島から一歩前進した事になります。
講和派にとってこの妥結要件は満点と言えたものであったようで、その後自衛軍やASEAN軍と緊密な連携を見せる様になっていきます。

 一方深海棲艦隊は、北方戦線を除いて概ね戦線の立て直しを終えていますが、北方方面の深海棲艦隊が根こそぎ寝返った為、それに対する戦力補充が必要となり、結果として戦力再編は十全とは言えませんが、兎にも角にも、最早侵攻を躊躇する状況ではありません。いつ来ても疑問ではないと断言できます。


以上です。

青葉「未だに厳しい戦況、しかし打開策がある訳ですね。」

まぁそうだな。敵は隙無く布陣しているが、その司令官の弱点さえ突けばまだ突破は可能と言ったところだが、いつどこから敵が攻めてくるか分からない、これがネックと言ったところだな。

青葉「これもまた、小説を読み解く上の参考になりますか?」

 是非して欲しいと思うね。さて、最近朝が冷え込んできました、私は思いっきり軽度の喉風邪をこじらせております。皆さん体調管理に注意して行きましょう。
また本日は17/11/07となる訳ですが、17年秋イベントが来週金曜日スタートとなっております。
 開幕と同時に突撃する訳ではありませんので少し小説が更新されるかもしれませんが基本諦め半分でいて下さい。そして今回かなりの強敵が現れると予想されます、戦備の整理拡充と、兵站の拡充をお忘れなきよう。

それでは本編、始まります。

追伸:プロットを組んでいる場合更新が不安定になる恐れがある事をご了承下さい


第3部5章~栄光無き凱歌―人類よ幸あれかし―~

2053年11月上旬、かつての敵同士の隣り合わせの同居生活が始まって、数日が経過したある日の事である。

 

 

11月7日10時31分 中央棟2F・提督執務室

 

 

フォォォォォォ―――ン

 

 

提督「・・・深海棲艦機か、低いな。」

 

大淀「そうですね・・・。」

 

直人は執務室の窓から、南に飛び去る深海棲艦機の4機編隊を見つめて言う。そのカラーリングは見慣れた黒ではなく、米海軍艦載機が第二次大戦後期に使用していたトライカラー(シーブルー・インターミディエイトブルー・インシグニアホワイト)を用いて、上中下で塗り分ける事で講和派深海棲艦機である事を識別すると共に迷彩塗装としていた。

 

一部とはいえ深海棲艦との和平が成り暫し時を置いたこの日、彼らはひと時の平和を享受していた。それがそれまでの平穏とは、少しだけ色味が異なっていただけの事である。

 

提督「・・・黒い方が見慣れてるから違和感あるね。」

 

大淀「私もです。」

 

金剛「分かるネー・・・。」

 

 深海棲艦機の推進音は独特な音を出す為、彼も脳裏に焼き付けている。それは非常に危険な音だと言う事も本能的に分かっている訳である。直人をしてそうなのだ、艦娘達の緊張度合いは、推して知るべしだろう。

米海軍艦載機の塗装へ塗り替えた事で講和派深海棲艦機に対する誤認は減ったが、遠距離からではやはり分かりにくく、時折誤認する事もあったようだ。これは後に尾翼型のフィンなどを付けて形状を変える事により解決している。

 

提督「・・・執務やろっか。」

 

大淀「分かりました・・・。」

 

金剛「了解デース。」

 

 てな具合で、まだ新しいお隣さんの存在に少々慣れていない横鎮近衛艦隊、最前線並みの緊張感である。因みに深海棲艦はと言うと、航空機からの誤認を防ぐ為に兵装や装甲の上面を白く塗っているので、これはこれで目立つようになっている。

因みに基地航空隊は識別表を作ってどうにか対応しようとしている所である。

 

 

11月8日14時17分 北マリアナ諸島・ウラカス島上空4000m

 

 

グオオオオオオオ・・・

 

 

この日、この小さな活火山島上空を、連山改の先導で編隊を組んで飛んでいたのは、サイパンでは近々に配備された新鋭機材・・・なのだが、その形状と言うのが、何やら大昔の旅客機のような形をしていた。なので新鋭機と言うよりは、新編成の機材と言った方が正しいかも知れない。

 

三菱航空機『一〇〇式輸送機二型』。主として大日本帝国陸軍で運用された機体で、九七式重爆撃機を母体とする輸送機である。この機体を著名ならしめたのが、この機体を陸軍挺進連隊(空挺部隊)が使用し、パレンバン降下作戦に投入されたと言うこの一事に尽きるだろう。「空の神兵ある所に一〇〇輸*1あり」と言っても差し支えはない。

 

他にも物資の空輸など様々な任務に就いていたが詳細は省く。それよりも重要な機体が飛んでいるからだ。

 

と言うのは、一〇〇式輸送機の9機編隊に後続する様に、一式陸攻と銀河が9機ずつ後続していたのだが、どうもその様子がおかしく、機尾からワイヤーを曳いていた。

 

そのワイヤーに繋がれていたのは――――

 

 

提督「いいかお前達! 今回の試験は、我が艦隊がより任務の多様性を増す為に是非とも必要なものだ。御国の為と思って気を引き締めてかかって貰いたい!」

 

一同「「“了解!!”」」

 

連山改の機上で陣頭指揮を執る直人。お国柄にも彼の柄にもない“御国の為”と言うワードが飛び出したが、果たして一体何が始まるのだろうか・・・?

 

 

「進入針路よし! 降下用意!」

 

輸送機隊1番機からの指示で一斉に9機の一〇〇輸の側面扉が開け放たれる。空挺用改修機であるから引き戸である。

 

そう、今行われているのは、空挺降下試験なのである。

 

電「―――。」ゴクリ

 

その1番機に乗る電、これから行う事を思ってか心持ち顔色が悪い。背中に落下傘を背負い、新たに支給された二分割できる空挺用小銃「二式小銃」を携えている。流石に普段の制服では都合が悪い為、専用の降下服を着用している。

 

天龍「大丈夫だ。こう言う時は、敢えて何も考えず、頭ん中を空っぽにするんだ。あと、降りる時に下を見るんじゃねぇぞ。」

 

電「は、はいなのです。」

 

その空挺隊員に選ばれた二人、実はただの空挺降下ではなく、艦娘による空挺降下の試験なのだ。

 

天龍(中々無茶苦茶だが、敵地降下に艦娘を入れる辺り、鋭いな。)

 

天龍は心中で直人の手腕を素直に褒めていた。妖精達だけでは限界がある、だからこそ艦娘達で補完する必要があるのだ。艦娘は砲火力を兼ねた存在として、艤装と共に降下するのだ。

 

深雪「ま、いっちょ派手に行こうぜ!」

 

子日「実戦じゃないじゃん!」ビシッ

 

そして余禄と言う訳ではないがこの二人もいる。子日アタックと深雪スペシャルと言う近接必殺技を持っている二人である。何より仲もいい。

 

「“降下! 降下!”」

 

空挺隊員妖精

「――――!(降下開始、行くぞ!)」

 

電「電、行くのです!」バッ

 

天龍のアドバイス通り、遮二無二飛び降りる電。こんなヤケクソ気味の降下でも、サイパスがあれば安心である。サイパスと言うのはパラシュートを開ける状態にない場合(気絶した場合等)に使う安全装置で、高度計と連動して自動でパラシュートを開く装置である。小さいので重い物でもない。

 

今回の試験では、まるで訓練の様な超低空進入で最初からパラシュートを開いている状態ではなく、中高度からスカイダイビングのような形式での降下投入を行う訳だ。サイパスの作動高度は物資が100m、人員は200mで設定されている。これはスカイダイビングと違って遊びではないと言う事を示していると言える。

 

次々と降下して行く落下傘兵。一〇〇式輸送機二型は1機当たり空挺兵20名程を収容できる。人員が妖精さんである為もう少し増え、装備している兵装も少し多めに、人員も若干多めに積めるから、艦娘を積む余裕もある。

 

そして、ウラカス島上空200mに200個近い落下傘が開く。それに続く様にそこから更に低い高度で数十個の落下傘が開いた。これは投下された物資箱である。

 

 

電「えっと、パラシュートを外して・・・。」ゴソゴソ

 

最初に着地した電が、パラシュートを外し、二つに分かれている小銃を組み立て、ホルスターに拳銃が収まっているかをチェックし、一緒に荷物箱に収めてきた艤装を装着する。その間に空挺兵や他の艦娘も降下してきた。この試験を行うに当たって、陸自軍第一空挺師団(旧陸自第一空挺団を師団規模に再編した部隊)の方法を参考にしたのである。

 

 

ダダダダダダッ! ババババババババン!

 

 

天龍「よし、周辺の敵拠点を制圧する、橋頭堡を確保しろ!」

 

今回の指揮官である天龍が、炸裂音が周囲から響き渡る中周囲に指示を出す。前日までに設営された敵の位置を示す標識や敵の拠点である事を示す小屋などを、ぎこちないながらに空挺隊員や艦娘達が制圧する。出来るだけ実戦色を出すように様々な工夫が凝らされたそれらの障害物は、訓練にはピッタリであった。

 

想定としては、ウラカス島の火山北東側に降下して敵拠点の北側を押さえて橋頭保を確保、敵が混乱している間に陸戦隊が上陸すると言う想定である。この為にサイパン沿岸砲台の人員から空挺部隊員を抽出して編成してある訳で、その中に艦娘を入れたのは試験的な試みであった。

 

深雪「“A3地点確保!”」

 

電「“B4陣地制圧完了なのです!”」

 

次々に送られてくる敵陣地制圧の知らせを受けて、天龍が報告を行う。

 

天龍「“カモメ-1”、こちらタカ-1。」

 

「“こちらカモメ-1、どうぞ。”」

 

天龍「橋頭保を確保した。繰り返す、橋頭堡を確保した。」

 

「“カモメ-1了解、タカ-1は橋頭保を維持して待機せよ。なお味方上陸部隊が南東海岸より上陸を開始した模様。”」

 

天龍「タカ-1了解、到着を待つ。」

 

天龍が通信を切る。

 

天龍「―――ここまで予定通りだな。」

 

電「あとは、残りの人達が来るまで待てばいいんですね。」

 

天龍「そうだ。あきつ丸から海軍陸戦隊も予定通り上陸を始めたらしい。」

 

通信にもあった様に、この試験にはサイパン特別根拠地隊の陸戦隊と、それを搭載する揚陸艦あきつ丸と護衛の第七水雷戦隊も参加していると言う、それなりに規模の大きな演習と言う一面もあった。

 

天龍「さて、後は“本隊”待ちだ。この平坦地にちゃんと降りてこれるかな?」

 

電「大丈夫でしょうか・・・。」

 

天龍「そう心配そうにするなって。大丈夫、きっと出来るさ。」

 

天龍と電が話す“本隊”とは・・・?

 

 

さて、ここで思い返してみよう。少し前に「一式陸攻と銀河が9機ずつ後続していた」と前述した。それらが様子がおかしいとも。端的に言えば、この一式陸攻(二四型乙)と銀河9機ずつ、計18機は、攻撃用途で派遣された訳ではないのだ。

 

その証拠に重量軽減のため爆装はない。機銃弾だけは満載だがそれとて旋回機銃用のものだ。では何をしに来たのか、大体の人は想像がついていると思うが答え合わせと行く事にしよう。

 

 

提督「よしよし、想定通り東側から滑空進入しておるな。」

 

直人が双眼鏡で見下ろす先には、見慣れない少々不格好な機影が大小2種類、18機飛んでいた。しかしそれらには動力となるエンジンは見られず、ウラカス島の東側から先程空挺部隊が降り立った地点に向けて滑る様に飛んでいた。

 

 

天龍「よーし、そのまま・・・そのまま・・・。」

 

ウラカス島の降下地点では、空挺隊員がスペースを空けて待ち構えていた。

 

電「・・・。」ゴクリ

 

 空挺隊員たちが固唾を飲んで見守る中、その編隊はふわりと舞い降り、胴体着陸を見事成功させた。

そう、銀河と一式陸攻は、グライダーを曳航していたのである。それもただのグライダーではなく、空挺降下用、即ち軍用のグライダーである。

 一式陸攻二四型乙が曳航していたのは小型のク-8Ⅱ「四式特殊輸送機」と呼ばれる機体で、旧日本陸軍が運用した主力汎用滑空機(グライダー)である。主な用途は空挺降下の他、物資輸送なども行うように出来ている。

輸送可能な人員は20名まで、貨物は1.5トン、床に固定する事で小型の火砲までならば運搬できる様になっていた。搭載物の荷役は操縦室がある機首が搬出口の扉を兼ねている設計だ。

今も機首が90度右に折れ曲がり、中から空挺隊員やその積み荷である速射砲中隊の一式機動47mm砲や、山砲中隊の九四式山砲が搬出され、戦闘準備を開始していた。

 一方銀河が曳航しているのは、より大型のク-7Ⅱ大型滑空機である。こちらは双胴方式を採用し、2本のビーム(支柱)で尾翼を支持する形式をとっている為大きな箱型貨物室を確保でき、32~40人の兵員や7.5トンの貨物、更には軽戦車1両を運搬出来るなど、かなり大柄な機体であった。荷物搬入出は貨物室後部にある上開きドアと下開き昇降板で構成された搬出口を使用する。

この二つに共通しているのは合板がメインで出来ている事くらいである。大きさや超過制限速度に関して言えばク-7Ⅱの方が優秀で、大型である事から大出力の曳航機が求められるが、ク-8Ⅱはサイズも小さく、また機体強度の関係で時速240km以上出すと空中分解を起こす可能性がある為、低速で飛べる曳航機が必要、と言う訳だ。

 ク-7Ⅱからは、これらのグライダーより少し前に配備された空挺戦車『二式軽戦車』がエンジン音を響かせながら降り立っていた。他にも九二式歩兵砲と九七式曲射歩兵砲を持つ重火器中隊所属の空挺兵がその装備品と共に降り立っていた。

 

天龍「とうとううちの艦隊、戦車を持っちまったか・・・。」

 

電「いつ使うのでしょうか・・・。」

 

天龍「さぁな、暫くは島内警備じゃねぇかな。敵地攻略に時には出番があるかもな。」

 

電「・・・。」

 

そう頻繁に使うものではない事を電も理解したのであった。

 

 

ギャリギャリギャリギャリ・・・

 

 

その目前を、軽戦車隊が歩兵を伴い、敵本拠を想定した地点に向け、攻撃前進を始めたのであった。

 

この後演習は、敵拠点の制圧に成功した、と言う判定を受けて全て終了した。機材はあきつ丸が収容して離脱し、サイパン島に帰着している。

 

 

翌9日の朝、直人はそれについての報告を受け取った。

 

7時47分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「・・・演習は概ね成功、と言う事でいいんだな?」

 

天龍「あぁ、まぁな。装備品については差し当たって破損はなかったみてぇだ。ただ装備箱のパラシュート展張高度はもう少し上げた方がいいと思う。装備箱の表面に傷が多く付いてるものもあったしな、この際多少散らばっても止むを得ないと思うがよ。」

 

提督「分かった、改善希望については明石の方にも出しておいてくれ。」

 

天龍「おう。あとグライダーの降下部隊の方は、取り敢えず着地は上手く行ったがやはり不慣れって所があるって話だったから、今後も降着訓練が必要って意見具申があったぞ。」

 

提督「それについては基地航空隊とも相談して宜しくやって貰うように手配するよ。」

 

天龍「あともう一点、実戦だと陸攻で曳航は無理だとさ。巡航速度に差があり過ぎるみてぇだ。曳航用に別の機体を用意しねぇとグライダー部隊の投入は厳しいだろうな。それと、完全装備の場合、グライダーだけでは需要を満たしきれない恐れあり、だそうだ。」

 

提督「また飛行場のキャパシティ圧迫する訳か・・・まぁ考えて置こう。ところで――――」

 

天龍「・・・?」

 

提督「人生初のスカイダイビングはどうだった?」ニヤニヤ

 

天龍「怖ぇに決まってんだろうがお前ぇぇぇ!!」

 

 迫真の心の叫びである。口では強気にあんな事を言ったが実際怖かったようだ。因みに言って置くが、スカイダイビング初心者は本来、タンデムと言って経験者の体の正面に括り付けて貰い一緒に降下するのが基本なのだ。そこから慣れて来ると二人一組になり、最後はソロダイブが可能になる訳だ。

当たり前だが艦娘にスカイダイビング経験者がいるかと聞くだけ野暮である。ぶっつけ本番なのだ。

 

提督「そうかそうか、だがいい景色だっただろう?」

 

天龍「下見てる余裕なんてあるかっての!」

 

提督「ハッハッハッ、でも訓練自体は今後もやるからな?」

 

天龍「マジかよ・・・。」

 

参ったと言うように頭を掻く天龍と、それを愉快そうに見る直人であった。

 

提督「そう言えば金剛の奴遅いな、何をやってるんだ?」

 

天龍「あぁそうだった、提督に伝言を預かってるぜ、その金剛からよ。」

 

提督「え、マジで?」

 

天龍「あぁ、今日予定はなかったが、急遽訓練に参加しないといけなくなったとかで、今日はここに来れんそうだ、悪く思わんでくれってな。」

 

提督「むむっ、金剛に出し抜かれたかぁ・・・。」

 

言葉を思いっきり誤用する直人だが、その位驚いている。

 

天龍「んじゃ、用件は全部終わったし、そろそろ行くぜ。邪魔したな。」

 

提督「おう、ありがとうな。」

 

天龍「礼なんざいいって。じゃぁな。」

 

そう言って天龍は執務室を後にした。

 

提督「・・・。」スック

 

その後、直人は少し間をおいて執務室を後にした。やはり金剛に代わる秘書艦を探しに行く為だ。

 

 

~中央棟1F・エントランスにて~

 

提督(さて・・・。)

 

外見上は巡視に見せかける直人。と、そこへ・・・

 

鈴谷「やばいやばい・・・」

 

鈴谷である。

 

提督「よう鈴谷。」

 

鈴谷「ゲッ!? 提督じゃん!?」ドキィッ

 

提督「人を見るなりゲッとは何だゲッとは。それになんでそんな顔赤くなってんだ?」

 

鈴谷「い、いやいや、そんな事はどうでもいいでしょ! それより提督こそ執務中じゃないの!?」

 

提督「お前こそ何やってんだ? 今日演習じゃないのか?」

 

鈴谷「え、あと、その・・・。」ギクゥッ

 

提督「もう開始時間過ぎてるぞ?」

 

現在時刻、8時03分。

 

鈴谷「いや、きょ、今日は非番って聞いてるんだけど・・・。」ドキドキ

 

提督「おかしいな、金剛から大淀を通してオーダー表は貰ってるんだけどなぁ。」

 

鈴谷「き、きっと書き間違い・・・」

 

提督「そこの掲示板にも貼ってあるんだけどねぇ?」ニヤニヤ

 

鈴谷「うぐっ・・・。」ドキリ

 

大体事と次第が直人にも分かって来ていた。

 

提督「さては、寝坊か。」フッ

 

鈴谷「う、うぅ~・・・。」

 

提督「図星か、やれやれ。」

 

鈴谷「て、提督。見逃して、ね?」

 

提督「やだ。」

 

鈴谷「そこをなんとかぁ~!」

 

提督「やだやだ。」

 

首を横に振り続ける直人。

 

鈴谷「なんでよぉ~!」

 

提督「寝坊で演習に遅れるのは・・・ねぇ?」

 

鈴谷「そ、それは・・・。」

 

提督「と言う事で処分を言い渡す。」

 

鈴谷「どういう事ォ!?」

 

提督「今日の秘書艦やんなさい。」

 

鈴谷「え・・・。」

 

提督「返事は?」

 

鈴谷「あ・・・はい。」

 

提督(よし、秘書艦ゲットォ!)

 

鈴谷(あちゃ~・・・抜け出す口実見つけないと・・・。)

 

呆気なくゲットしちゃった直人、心中ガッツポーズ。相変わらずいい性格してるが、寝坊助が多いのも比較的平穏に過ごしているからだろうか。

 

大淀「さて、執務室に・・・あら? 提督と、鈴谷さん?」

 

提督「お、ナイスタイミング、金剛にご注進、今日遅刻の鈴谷が代行秘書艦やるって伝えといてー。」

 

大淀「あ、わかりました・・・。」

 

鈴谷(詰んだ・・・。)

 

この時鈴谷は、逃げも隠れも出来なくなった事を悟った。秘書艦業務を抜け出したとなったら本当に処罰ものである。

 

提督「さ、いこうか。」

 

鈴谷「了解・・・。」

 

 

8時11分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「・・・。」サラサラッ

 

鈴谷「・・・。」サラサラッ・・・

 

黙々と書類と格闘する二人。だが鈴谷は穏やかではない。

 

鈴谷(この距離で・・・二人っきり・・・提督と・・・。)ドキドキ

 

まぁ、察してくれ給え読者諸君。

 

鈴谷(な、なんで・・・こんな・・・ドキドキしてるの、私・・・!)

 

提督「~♪」サラサラッ

 

鈴谷(よく見たら、イケメンだよね、提督は・・・って、何考えてるんだろう、私!?)

 

とてもじゃないが、鈴谷にしてみると集中できる状況じゃない様だ。

 

鈴谷(し、仕事が手に付かないよぉ、ヤバイ、なんで、こんな・・・。)ドキドキオロオロ

 

提督「・・・鈴谷?」

 

鈴谷「ひゃいっ!?」ビクゥッ

 

噛んだ。

 

提督「大丈夫か?」

 

鈴谷「う、うん。大丈夫だけど・・・。」

 

提督「ん、そうか? ならいいんだけど。」

 

筆の止まっている鈴谷を目に留めた直人だったが、大丈夫と言われて特に言う事が無くなったのであった。

 

 

金剛が沖合でドンパチやっている間に、執務は11時20分頃漸く終了した。

 

大淀「お疲れ様でした、提督。鈴谷さんも。」

 

鈴谷「あ、うん。いいっていいって~。」

 

提督「うん、そっちもご苦労さん、大淀。」

 

大淀「では、送信してきますね。」

 

提督「頼んだ。」

 

大淀が決済済みの書類を持って執務室を後にする。

 

提督「ありがとな、鈴谷、おかげで助かった。」

 

鈴谷「あぁ・・・うん、どういたしまして。」

 

急にしおらしくなった。

 

提督「初めての秘書艦業務だったにも拘らずよくやったものだ、書類仕事も滞らずに済んだからな。」

 

鈴谷「・・・!」

 

面と向かって直人は鈴谷を褒めてやる。

 

鈴谷「―――ま、当然じゃん? 鈴谷褒められて伸びるタイプなんです。うーんと褒めてね!」

 

提督「調子に乗らない。」コツン

 

鈴谷「あたっ、えへへ~♪」

 

提督「さて、飯の時間まで、休憩かな。」

 

鈴谷「うん!」

 

鈴谷は提督の背中を追って、執務室を後にした。

 

鈴谷(―――なぁんだ、気にする事なんてなかったんじゃん。)

 

“鈴谷は、提督(この人)に褒めて欲しくて、それで、この人が好きなんだ・・・。”

 

気付かない内にまた一人艦娘を恋に落とした彼であった。

 

 

11時31分 サイパン飛行場管制塔・管制室

 

飛龍「飛行場の機体収容余力ですか?」

 

あの後直ぐに飛行場に来た直人は、どの程度飛行場のスペースに余裕があるかを聞いていた。

 

提督「あぁ、大分機種統合とかで削減してる訳だが、どうも空挺部隊用に機材について、グライダーの曳航機と輸送機を兼ねる機体が別に必要と意見具申があった。率直な所、どうだ?」

 

飛龍「うーん・・・精々50機が限度、でしょうか。予備機を分解/保管する数を増やせばなんとか100機、ですかね。」

 

提督「そうか・・・分かった、ありがとう。」

 

飛龍「いえ、お役に立てたなら、良かったです。」

 

提督「しかし、グライダーも含めて総機数が常備989機か、増えたなぁ。」

 

飛龍「陸攻隊の銀河への機種転換で、まだ減らせるとは思います。」

 

提督「勘弁してくれ、ただでさえ火の車なんだから。」

 

飛龍「ふふっ、承知しております♪」

 

提督「はぁ~・・・。」

 

未だにボーキサイト事情については頭を痛めている直人である、彼らはこの時点でもまだ、財布が潤っているとは言いにくいのだ。こうした大規模な陸上航空隊を母艦航空隊共々維持し、機種転換を行っていくと言う事になると、自然そうなってしまうのだった。

 

 

11月9日10時49分、彼はサイパンを離れ、横浜にいた。

 

日本時間9時48分 横浜大本営・軍令部総長室

 

提督「―――“渾作戦”、ですか。」

 

山本「そうだ。」

 

彼がここに居たのは、次期作戦の内示を受け取る為だった。

 

山本「講和派深海棲艦隊からの情報提供によれば、敵は近々に、ビアク島方面に対して攻勢を計画しているらしい。情報に基づいて偵察を行ったところ、ニューギニア北部のホーランディア及び、東部のラエに、敵の大艦隊が集結している事が判明した。」

 

提督「なぜ、そんな場所に、この時期攻勢を?」

 

宇島「それについては、私から説明しよう。」

 

総参謀長の宇島海将が地図を広げ、指示棒を持って説明を始める。

 

宇島「我が艦娘艦隊はその初期作戦として、ニューギニア西岸を望むビアク島を攻略する事に成功、ここにパラオ基地からの派遣隊が少数ながら駐屯し、敵の行動を監視する任に付いている。君は知っての通りだが、ビアクには飛行場の適地があり、ここを敵に再び押さえられた場合、パラオ及び、タウイタウイ基地は勿論、奪還したフィリピン方面に対する圧迫が再び始まりかねない。」

 

提督「敵の狙いは、我が方に対する航空攻撃の勢いを増大すると共に、我々が奪取した人類生存圏の縮小にある、と言う訳ですか。」

 

山本「その通りだ。フィリピン国民は解放に沸き立っている、しかしそれが一時的であってはならないのだ。再び島々の住民達が、住み慣れた土地を離れる事は、もうあってはならない。我々が人類の生存権を完全に取り戻すまで、我々は前進し続ける他に、道はない。」

 

提督「成程、子細は了承しました。して、我が艦隊は何を行いましょうか。」

 

山本「よく聞いてくれ紀伊君。君の艦隊には、インド洋方面に向かって貰いたい。」

 

その言葉に、直人は目を瞬かせた。

 

提督「・・・インド洋、ですか?」

 

山本「そうだ。」

 

提督「なぜです! 敵の攻勢に先立ち我々はその主力の勢いを削ぐ、そう言う事ではないと言う事ですか?」

 

山本「そうだ、よく聞け。」

 

ここからが核心だ―――そう言う様に山本海幕長は語気を強めた。

 

宇島「我々軍令部と講和派深海棲艦隊は、この攻勢が陽動だと見ている。その理由は、遠くアフリカ東岸にいる、コロンボにいる敵東洋艦隊主力と、東洋艦隊インド洋方面高速機動群の動きが活発になっているからなのだ。このところ盛んに潜水艦や小艦艇、航空偵察の報告が後を絶たない状況だ、無線も頻繁に飛び交っている。」

 

提督「成程―――引っ掛かりますね。」

 

宇島「その通りだ。よって我々としてはこの攻勢にも備えなければならんが、渾作戦の実行準備で手が空いておらん。」

 

山本「それで、貴官らの出番だ。アフリカ方面の敵機動部隊を撃滅して貰いたい。作戦は例によって貴艦隊に一任する。リンガ泊地に協力要請も取り付けるから、出来るだけ速やかにやって貰いたい。」

 

提督「・・・そう言う事ならば了解しました。最善を尽くして、渾作戦の側方支援に努めましょう。」

 

山本「それともう一つ、インド洋でやって貰う事がある。ある意味これが、今回の作戦よりも重要なのだが―――」

 

提督「――――?」

 

任務として付加された「もう一つの仕事」の内容、それは何処かの幕間でお分かりになるだろう。だが今はまだ、その時ではない―――。

 

 

日本時間11時29分 横須賀市・記念艦「三笠」艦上

 

直人はこの時、思う所あって横鎮に立ち寄って話を通した後、三笠に来ていた。

 

前檣楼の羅針艦橋で海を見据える直人、ふと、背後に人の気配がある事に気付く。

 

提督「―――三笠・・・。」

 

背後を振り向くとそこに立っていたのは、三笠だった。

 

三笠「・・・。」

 

三笠はいつものように、物静かに、微笑みを浮かべて、彼の二の句を待っていた。

 

提督「―――三笠は、その・・・“識っていたのか”?」

 

直人はそう問うた。すると三笠は答える。

 

三笠「・・・そうね。私はあの時確かに、その運命を“識っていた”。」

 

提督「・・・そうか―――それで、漸く分かった。」

 

三笠「・・・。」

 

提督「3か月前だったか、君は俺にこう言った。―――“戦争の真実”を知る事になる―――とね。その言葉の意味が、今にしてよく分かった。」

 

三笠「そうね・・・戦争とは、犠牲無くして、戦争と呼ばれない。確かに、貴方達は余りにも多く、血を流し続けた。でも事態は確実に、終わりに向かう。それは、貴方があの運命を、あの荒波を乗り越えられたからこそ。」

 

提督「・・・。」

 

三笠「―――でも、あの子はまだ生きている。そうでしょう?」

 

提督「―――。」

 

三笠「あの子が沈み貴方と別離し、そして生きて今この世に在る事も、私はまた識っていた。そして貴方達は、また巡り合える。」

 

提督「本当に、そう在りたいものだ。」

 

彼は三笠から再び海に視線を戻して言った。

 

三笠「えぇ、そうね。そして貴方はこれからも、誰一人沈めない戦を、続けるつもりなのでしょう?」

 

提督「当然だ。俺はもう、大切なものを失うのは真っ平だ。俺の手元にあるものは、何もかも全て、俺のものだ。家族も、艦娘も、俺の居場所も、帰るべき場所も、俺が誇るべき全ては、俺のものだ。他の誰のものでもない、俺のものだ。だったら守らずして、なんとする。」

 

三笠「フフッ・・・随分独善的で自己中心的な物言いね。でも、意志は本物。その意志の先に、希望の旗手たるあなたの未来がある事を、祈らせて貰いましょう―――」

 

提督「―――そうだな。願わくば、勝利したいものだ。この馬鹿げた戦争でも・・・。」

 

三笠が姿を消した後も、彼は海をずっと見据えていた。そこには、何某かの思案が働いていたに違いない。しかしそれを知る者は、いまや誰もいない。

 

 

その後サイパンに戻り作戦準備を開始した彼の下に、一つの小さな、しかして大きな吉報が舞い込んだ。

 

11月12日8時17分 中央棟2F・提督執務室

 

妙高「提督、お慶びください! 新建造艦が2隻です!」

 

提督「にゃぬっ!?」

 

金剛(“にゃぬっ”って・・・。)ウププッ

 

大淀・妙高(噛んだ・・・。)

 

提督「それは大事だ、急いでそっちに行こう。」

 

妙高「はいっ!」

 

直人は急いで立ち上がり、執務室を飛び出していった。妙高が後に続く。

 

金剛「ニューフェイスですかー。いいコト、デスネ♪」

 

大淀「えぇ、そうですね。」

 

 

8時20分 建造棟1F・建造区画

 

提督「さぁて、新顔登場ってか―――!」

 

移った口調でそう言いつつ建造棟を覗き込んだ直人は、既視感しか無かった為ちょっとびっくりした。

 

妙高「・・・驚かれましたか。」

 

提督「あぁ全くだ。まさか遂にこの時が来るとはな。」

 

妙高「えぇ、そうですね―――。」

 

提督「ならばここはひとつ、威儀を正さねばなるまい。」

 

妙高「・・・珍しい、ですね。」

 

提督「・・・なんでさ。」

 

妙高に驚かれた直人であった。

 

 

提督「と言う訳で、自己紹介を。」

 

今回着任したのは――――

 

長門「長門型戦艦1番艦、長門だ。敵戦艦との殴り合いなら任せておけ。」

 

伊19「素敵な提督で嬉しいのね! 伊19なの!」

 

提督「うむ、宜しく頼む。横鎮近衛艦隊司令、紀伊直人だ。栄えあるビッグセブンの着任、心より歓迎する。」

 

長門「―――良い面構えだ。私は良い提督に巡り合えたらしい。」

 

提督「・・・それは少々、買い被りではないかな。それに我が艦隊は、雰囲気もそう硬いものではないし、その性質も他とは趣を異にしている。その辺は―――」チラリ

 

陸奥「―――えぇ、そうね。私がちゃんと、教えてあげるわね、長門。」

 

長門「お前もこの艦隊に居たのだな、陸奥。何かとやり易くて助かると言うものだ。」

 

陸奥「フフッ―――では、私達は一足お先に。」

 

提督「うむ、頼むぞ。」

 

陸奥「えぇ♪ さ、行きましょう?」

 

長門「あぁ。では、失礼する。」

 

提督「うむ。期待しているぞ、長門。」

 

そうして長門と陸奥が一足お先にと建造棟を後にした。

 

提督「・・・。」

 

伊19「・・・。」

 

明石「・・・。」

 

妙高「・・・。」

 

それを見送る4人。

 

提督「・・・とまぁ固いのはこの辺で終わりでいいか。」

 

妙高「えぇ、その方が、提督らしいです。」

 

明石「そうそう。」ウンウン

 

伊19「フフフッ、面白い提督なのね。」

 

提督「こりゃまた賑やかになりそうなのが来たねぇ、伊19・・・いや、これは少し長いな・・・そうだ、語呂合わせで“イク”でいいかな。」

 

イク「うん! イクって呼んでもいいの!」

 

提督「よし、それじゃぁこれからよろしくな、イク!」

 

イク「よろしくなの!」

 

これはこれで意気投合した二人であった。

 

ハチ「やれやれ、長期休暇中に呼び出しと思えば、成程です。」

 

提督「お、来たかはっちゃん。」

 

建造棟に遅れてやってきたはっちゃん、ドイツ帰りの休暇中と言う事で普段着で登場。

と言ってもサイパンは温暖で尚且つ物資不足でそうお洒落なものも手に入らないので、グレーのインナーに黒のTシャツ、下は赤のロングスカートを履いている、靴はランニングシューズだが、余所行きじゃないので問題ない様子。ついでにスポブラではなく普通のブラの様だ。(←その情報、いる?)

 

ハチ「はい、到着しました。」

 

イク「久しぶり、なの!」

 

ハチ「えぇ、久しぶりですね、イク。」

 

提督「まぁ言わんでもとは思うが、司令部の案内を頼む。歓迎会はその後にしてくれよ?」

 

ハチ「了解です、お任せ下さい。」

 

イク「楽しみなのね、ハチ、早く行くのね!」ピョンピョン

 

ハチ「はいはい。では、これで。」

 

提督「おう、行ってらっしゃい。」

 

ハチ「えぇ、行ってきます。」ニコッ

 

イクとハチも揃って建造棟を出て行った。

 

提督「・・・潜水艦って、何でこう・・・豊満な子が多いんだ?」

 

妙高「疑問を持たれるの、そこなんですね・・・。」^^;

 

明石「ハ、ハハハ・・・。」

 

提督「おめーら人の事言えると思うなよ。そうじゃなくてさ、泳ぐのに不便じゃないのかなって。スク水来ててもあれは・・・。」

 

そう。明らかに自己主張し過ぎなのである。何がとは言わないが紳士諸君、察して欲しいのだが、これに対して言いたい事を理解していた明石が言った一言はまた、直人の意表を突いた。

「それなら確か問題ない筈ですよ。」

 

「え、どう言う事?」

予想外の反応に思わず聞き返す直人。これに対する明石の答えは、簡潔にして明瞭だった。

「潜水艦娘は潜航する際、自身を包むように空気の球を作るんです。その中に入って水中を進むので、呼吸も含めて実際の潜航時間とほぼ同じ潜航時間を確保出来るそうです。」

 

提督「え、でも推進はどうやってるんだろう。」

 

明石「うーん、確か・・・その空気の球を船体として判定する事で強引に動かしていると言った感じだった気がします。私も分析はしているんですけど、何分これは潜水艦娘本人の能力と言う一面もあって、一概には言えませんね。イムヤさんのように推進と攻撃用の艤装を持った子もいますし・・・。」

 

提督「荒業もいい所なのね・・・初めて知った。」

 

妙高「私も初めて知りました、私達には、到底真似が出来ないのも頷けます。」

 

提督「うむ・・・。」

 

改めて、艦娘の凄さと言うものを知った直人であった。

 

 

 こうした戦力増強への地道な努力が続けられる一方で、次期作戦に向けた検討会が連日行われた。何より、これまでになく長い行程を経る遠征である。その前途には、様々な困難が予想されたからだ。

潜水艦の襲撃、往路と復路に於ける敵の襲撃、燃料の問題、何より、司令官である紀伊直人出戦の是非もまた、問われるべき事象だった。

 

 

11月18日6時10分 食堂棟2F・大会議室

 

提督「起床早々の参集ご苦労。ここに全員が集められた理由はもう大方分かっていると思うが、我が艦隊は、来たるべき作戦に呼応すべく、予定される戦域への移動を開始する。」

 

摩耶「“渾作戦”って奴だな、方々で噂になってるぜ。」

 

秘匿名「渾」の名でなにがしかの作戦が用意されている事は、艦娘達にも外部から入ってくる情報によって周知されていた。しかし彼は、その内容を今日まで伏せて来たし、内示を受けた内容も伏せたままである。

 

提督「―――そうだ。我が艦隊もそれについて、特別の内示を受けた。」

 

那智「―――と言う事は、相当重要な作戦、と言う事か。」

 

提督「そうだな。それについて、これから説明する。」

 

一拍置いてから、直人が説明を始めた。

 

提督「講和派深海棲艦隊からの情報共有により、深海棲艦隊は近々にも、南東太平洋方面艦隊を基幹とする艦隊を以って、ビアク島方面への攻勢を企図している事が判明した。我が艦娘艦隊は講和派深海棲艦隊と共同の下、この一大攻勢を全力を挙げ排撃し、パラオとタウイタウイ、フィリピン方面に対する圧力増大を図る敵の企図を粉砕する事になっている。」

 

朝潮「・・・信用できるものでしょうか?」

その一言は、生真面目な、そしてより過激な艦娘達全員の総意を端的に表していた。だが直人は静かに言う。

「口を慎め朝潮。同盟とは本来、信用の上に成り立つものだ。」

 

「―――失礼しました。」

その言葉に端に真面目なだけの朝潮は素直にそう言って引き下がった。

提督「続けるぞ。この作戦行動には、パラオ・トラック・タウイタウイ・ブルネイと、呉鎮、横鎮の6つの艦隊と講和派深海棲艦隊のグァム本隊が参加して行う事になっている。現在、ニューギニア方面の敵の動きが活発になっており、これに対する警戒態勢を取る為、渾作戦発動警戒が下令されていると言う状態だ。」

 

霧島「我が艦隊が、今回もそれに参加する、と言う訳ですね?」

 

提督「―――いや、我が艦隊はこれに参加しない。」

直人は内示によってこの事を了承しており、これまで公には口にしてこなかっただけに、艦娘達からの反応は大きかった。

 

足柄「えっ、なんで!?」

 

木曽「今回は蚊帳の外って訳か。」

 

大淀「静粛に!」

 

提督「―――今回、恐らくこの攻勢を敵は陽動として使うつもりだろうと言うのが、大本営の見解である。よって我々は、敵が企図する攻勢の本正面を、その開始前に、先制の一撃で以って粉砕する。」

 

一同「「―――!!」」

 

確かに一見蚊帳の外のようにも見えるが、とんでもない事である。彼らは最も重要な任務の一翼を担っていると言う事を、参加した艦娘達は否応なく認識した。

 

霧島「・・・成程。リンガ泊地がこの作戦には参加していないのも、全てはその攻勢に備える為ですか。」

 

提督「そうだ。リンガ泊地艦隊は今回、我々の作戦の際陽動として一斉に抜錨し、ベンガル湾及びインド洋方面へ展開する事になっている。」

 

足柄「じゃぁ、私達の目的地は・・・?」

 

提督「心して聞け。今回出撃するのは―――アフリカ東方方面だ。」

 

榛名「アフリカ・・・。」

 

加賀「・・・流石に、気分が高揚します。」

 

響「ハラショー、大遠征だ。」

 

蒼龍「空母部隊の出番、ですね。」

 

瑞鶴「面白いじゃない。一航戦の力、見せてあげる。」

 

提督「―――静かに。我々は赤道直下まで遊びに行く訳ではないからな。今回の任務は、敵東洋艦隊の内、アフリカ方面に展開する大機動部隊をなるべく叩く事にある。姫級の深海棲艦も確認されているから、心してかかって貰いたい。」

 

この言葉に一同は首肯して応じた。思えば今回もかなりの大仕事である事は間違いないだろう。

 

提督「宜しい。作戦は既に決定している、各自直ちに朝食と乗船準備を済ませ次第、鈴谷に乗船せよ。以上である。」

 

それだけ言い置き、直人は大会議室を出た。

 

 

大淀「提督、あれだけさばさばとした内容で、宜しかったのですか?」

 

提督「他の艦娘達が俺の口からそう多くを知る必要はない。必要な事は、指揮官から伝達する事だからな。」

 

大淀「はぁ・・・。」

 

提督「それよりも、留守居気分では困るぞ、お前も出撃なんだからな。」

 

大淀「はい、心得ております。」

 

今回、横鎮近衛艦隊は二個艦隊を動員する。即ち―――

 

 

第一水上打撃群(水偵36機)

旗艦:金剛

第三戦隊第一小隊(金剛/榛名)

第八戦隊(鈴谷/利根/筑摩)

第十一戦隊(大井/北上/木曽)

第十四戦隊(摩耶/羽黒/神通)

第一航空戦隊(翔鶴/瑞鶴/瑞鳳 180機)

第二水雷戦隊

 矢矧

 第四駆逐隊(舞風)

 第十駆逐隊(夕雲/巻雲/長波)

 第十六駆逐隊(雪風/時津風)

 第十七駆逐隊(浜風/谷風)

 第十八駆逐隊(霞/陽炎/不知火/黒潮)

 

第三艦隊(水偵18機)

旗艦:瑞鶴(艦隊側旗艦:霧島)

第三戦隊第二小隊(比叡/霧島)

第六戦隊(古鷹/加古/衣笠)

第十三戦隊(球磨/川内/那珂)

第二航空戦隊(蒼龍/飛龍 146機)

第三航空戦隊(赤城/加賀 180機)

第六航空戦隊(飛鷹/隼鷹/祥鳳 180機)

第七航空戦隊(雲龍 51機)

 第十戦隊

 大淀

 第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

 第七駆逐隊(漣/潮)

 第十二駆逐隊(島風)

 第十九駆逐隊(磯波/綾波/敷波)

 第二十七駆逐隊(白露/時雨/涼風)

※第六駆逐隊(暁/響/雷/電)(一水戦より護衛として増派)

 

 

今回の編成は、高速性能を重視した機動部隊である。三航戦と六航戦の速力の遅さ(およそ25~26ノット程度)がネックとなるものの、それ以外は概ね30ノットの発揮が可能である事からも、この艦隊が如何に快速かが窺い知れるだろう。

 

二水戦の舞風(第四駆逐隊)は、編成替えによって一時的にに戦力が低下した二水戦を補うために、一水戦から一時配置変更になっている。また第三艦隊は旗艦が、一航戦旗艦と兼務と言う形で瑞鶴に変更になった点も注目出来る。一水打群内に於いて機動部隊をも統一指揮できると言う事もそうであるし、事実上第三艦隊旗艦の霧島が、通信役となった事もそうである。

 

しかしより重要と言えるのが、これは所謂「世代交代」と取る事も出来るからだ。そうした意味では、これまで朝潮型などが編成されていた二水戦が、陽炎型や夕雲型で統一されている事も注目に値する。しかもそれが、赤城らの喪失と言う史実の体裁を取らず、生きて交代出来たと言う事が重要なのだ。

 

 

7時10分、重巡鈴谷はサイパン島を出港した。結局直人は、いつも通りと言えばそうなるが、兎にも角にも鈴谷に乗艦していく事になった。もう一つの役目の性質上出戦せざるを得ないと言う結論に至ったのが主な要因である。

 

~重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋~

 

「“曳船による回頭、終わり!”」

 

提督「機関前進、速力14、巡航速度だ。」

 

機関室「“了解!”」

 

提督「明石、リンガ泊地ペナン補給港への固定ルートで行くぞ。」

 

明石「いつも通りですね、了解しました!」

 

提督「リンガ泊地に既に話は通っている筈だ、だが実行期日まで余裕は持たせてあるから、慌てず行こう。」

 

明石「分かりました。ところで―――」

 

提督「・・・ん?」

 

明石「金剛さんの“お相手”は、最近されてないんですか?」

 

提督「ッ!?」

 

口に含んだお茶を危うく吹きかけた直人、踏み止まったが。

 

提督「―――な、なんで明石がそんなこと知ってんの!?」

 

明石「あ、これは藪蛇でしたかね?」

 

提督「当たり前だビックリしたぞ。まさかお前からそんな話題を切り出されると思わないから。」

 

明石「失礼ですね、私だってそう言う話の一つや二つ位しますよ。それに、金剛さんも漏らしていましたからね。」

 

提督「最近何かと忙しいしな、仕方がないと言えばそうなんだが。」

 

明石「えぇ、それで手が出しづらいとも。」

 

提督「隙を見せると飛び掛かって来るからな。」

 

明石「あらあら。」

 

これは事実である。積極的にも度が過ぎる時はまぁまぁある訳だ。

 

明石「とすると、普段から臨戦態勢ですね?」

 

提督「全くだ、前に風呂場に踏み込まれた時は酷い目に遭った。主に大淀に。」

 

明石「あははっ、そんな話前に聞きましたよ!」

 

提督「誰にだよ! はぁ~、全く大淀の奴・・・。」

 

その大淀が話した事は疑いなかった直人である。

 

提督「―――まぁいいや、明石、いつも通り頼むぞ。」

 

明石「了解です!」

 

直人が羅針艦橋の奥にあるエレベーターに姿を消す。

 

明石(取り敢えずそれとなく反応は探った、と。あとは―――)

 

策動する明石。

 

 

提督(・・・臭いな。)

 

 そしてその不自然さに気付く直人であった。が、その不自然さが何だか気付く前に事態が動いた。そして、その時、既に彼は何が何だか分からぬままに、手遅れだった事に気づかされるのである。

 

 

12時14分 重巡鈴谷中甲板・食堂

 

瑞鳳「・・・。」ジーッ

 

座っている席のすぐそばを何気なく通って行った高雄を見る瑞鳳。

 

瑞鶴「・・・。」ジーッ

 

その向かい側の席でその後に通って行った浜風を見る瑞鶴。

 

瑞鳳・瑞鶴「・・・。」ペタッ

 

そしてその後で自身の胸元に手を当てる2人。

 

瑞鳳・瑞鶴「はぁ~・・・。」

 

二人してこの溜息である。

 

瑞鳳「なんで・・・」

 

瑞鶴「私達・・・」

 

瑞鳳・瑞鶴「揃って姉より胸が小さいの・・・?」

 

 言われてみれば、確かにそうなのである。

瑞鳳の姉と言うべき祥鳳は、際立ってはいないと言っても分かる位には大きい。瑞鶴の姉である翔鶴に至っては瑞鶴と比べ歴然たる差がある。確かに単なる偶然だが、それでも意地悪な神を呪わずにはいられない二人である。

 

翔鶴「――――。」

 

提督「――――!」

 

その翔鶴は提督と離れた所で一緒に食事をしているのが目に入っていた。遠すぎて何を話しているのかは聞こえなかったが。

 

瑞鳳「―――でも、提督はしょっちゅう、私に構いに来るのよねー・・・。」

 

瑞鶴「―――それは私もね。ちょいちょいちょっかいかけに来るのよね。」

 

瑞鳳「うんうん、この間なんて『お前の卵焼きが美味いと聞いた』って言って私の所に来て、卵焼き焼いてあげたんだ。そしたら大絶賛しながら笑顔で全部食べてくれた、なんて事があったのよね。」

 

瑞鶴「私なんて3日に1回は必ず遭遇するわね。一航戦の旗艦に就任して以来、随分と世話焼きになった・・・と言うよりはただ単に雑談をするだけね。まぁ気にかけてくれてる所もあるんだけど、それはそれで、心配りのつもりなのかな。」

 

瑞鳳「・・・思うにそんなレベルじゃないと思うんだけど、どうかな?」

 

瑞鶴「それは同感ね、それだけにしては余りにも、私達に気があり過ぎる、と言うか・・・。」

 

瑞鳳「と言う事は、結構気に入られてる、って事なのかな。」

 

瑞鶴「それはあるかも、最近とか、那智にお互い脇目も振らないし。」

 

瑞鳳「あれはあれで何があったんだろ・・・。」^^;

 

瑞鶴「そう言えばここ何ヶ月かの間で数回、口論に近いような勢いで議論を交わしてたとかなんとか・・・。」

 

瑞鳳「それってケンカに近いんじゃ・・・。」

 

瑞鶴「聞いたところじゃ、深海棲艦への考え方の相違だったらしいわ、まぁ、取っ組み合いにならなかっただけマシじゃない?」

 

瑞鳳「そうだけど・・・それに比べたら、私達って、提督からは好かれてるって事なのかな。」

 

瑞鶴「本人に聞きたい所ではあるけどね、概ねそれで間違ってないんじゃないかしら。」

 

瑞鳳「・・・そう言えば、提督って駆逐艦の子とも仲が良かったりもするわね。」

 

瑞鶴「えぇ、皐月とか文月とか、主に睦月型の子達はしょっちゅう話をしてるわね。作戦で司令部を離れてる時は結構寂しがってるみたい。」

 

瑞鳳「でも、重巡や戦艦の人達も多いよね。」

 

瑞鶴「うん、明石さんなんてそだし、夕張も結構喋ってるみたい。後金剛型四姉妹もそうだし特に金剛さんとは相当親しい関係みたい。これについては艦隊内でも並ぶ者無しね。」

 

瑞鳳「金剛さんはいいよねぇ、指輪貰っちゃったりしてるし・・・。」

 

瑞鶴「それどころかお互いゾッコンだって話よ。噂によれば、既に一線は越えちゃってるとかなんとか・・・。」

 

瑞鳳「えっ、もう!?」

 

瑞鶴「青葉から聞いた話だから信憑性の程は定かじゃないけどね・・・。」

 

瑞鳳「と言う事は、提督って意外と胸は見ていない・・・?」

 

瑞鶴「―――そうね、夕張とか比叡とかもそうだもんね・・・。」

 

 

提督「ヘックショイ!」

 

翔鶴「あら、提督がくしゃみだなんて、珍しいですね?」

 

提督「あぁ全くだ、誰かに噂でもされてんのかな。」

 

 

~横鎮館内~

 

青葉「ヘックション!」

 

秋雲「おやおや、風邪でも引いた~?」カリカリ

 

青葉「そう言う訳でもないですけど・・・。」

 

秋雲「まぁ、噂の種は尽きないからねぇ青葉サンは♪」

 

青葉「どういう意味ですかー!」

 

秋雲「ナイショ~♪ ほら、次の横鎮広報の四コマ、出来たよ。」

 

青葉「あ、ありがとうございます! それではこれにて!」

 

秋雲「うん! さぁて、冬コミ用のヤツ書かなきゃね・・・。」

 

なんと、このご時世でもコミックマーケット――コミケは健在なのである。むしろこんな世相だからこそと、精力的な運営が続けられているコミケなのであった。

 

 

~戻りまして~

 

瑞鶴「・・・と言うより、単にそう言う事について鈍感なだけな気が。」

 

瑞鳳「でも割と積極的に見えるけど・・・。」

 

瑞鶴「と言う事は、女性の体を比較して見てはいないって事なのかな。」

 

瑞鳳「かも・・・。」

 

 

一方、同じ食堂の一隅で・・・

 

「―――取り敢えずそれとなくアプローチはかけたんですが―――」

 

「―――成程、そう言う感じですか・・・。」

 

「―――どうします・・・?」

 

「―――少し考える。」

 

策動する影があった。

 

 

20時10分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

提督「食った食った~。」

 

ドサッと椅子に腰を下ろす直人。

 

 

コンコン・・・

 

 

提督「―――こんな時間に・・・? 入れ!」

 

鈴谷「チーッス!」

 

提督「む、鈴谷か。てっきり明石かと思ったがな。」

 

これは時間的な話である。

 

鈴谷「フフ~ン、ザンネン、鈴谷さんでした~♪」

 

提督「・・・で、こんな時間にどうした、随分珍しい事だけど?」

 

鈴谷「あ、えっと・・・取り敢えず、座っても?」

 

提督「―――そうだな、どうやら単なる報告ではなさそうだ。どうぞ?」

 

直人は自分の向かい側の椅子を勧めた。その椅子に座った鈴谷の顔は、どこか少し赤みが差していた。

 

鈴谷「・・・えっとね。」

 

提督「・・・。」

 

鈴谷が随分と言い難そうにしている様子に直人は少し首を傾げたが、彼は黙って鈴谷が何を言うのかを待った。

 

鈴谷「―――今夜、ここに来たのは、その・・・一つ、聞きたい事が、あるからなんだ。」

 

提督「・・・聞きたい事か。俺に答えられる事なら、何なりと。」

 

鈴谷「―――じゃぁ、えっと・・・提督は―――好きな人とか、いるの?」

 

提督「・・・?」

 

これには本当に首を傾げた直人だったが、すぐにそれに対する答えを返した。

 

提督「これは可笑しなことを言う。俺は艦隊の皆が好きだし、好きでありたいと思ってる。勿論、理想的な上官じゃないかもしれないが、それでも俺は、お前達皆の事を好きでありたいと思っているんだけどね。」

 

鈴谷「そ、そう言う事じゃ、無くって・・・」

 

提督「・・・??」

 

鈴谷「その・・・提督にとって、“特別な人”って言うか、そう言う人はいないの・・・?」モジモジ

 

提督「・・・一つ聞くけど、もし“いない”と答えたら、どうするつもりなんだい?」

 

鈴谷「むー、質問を質問で返すなんて意地悪過ぎない?」

 

提督「ははは、すまんすまん。まぁ、そうだな・・・誰か一人を選べ、と言うのは難しいかな。俺は皆の事がかけがえのない仲間達だと思ってるし、さっきの繰り返しになるけど、皆の事が好きなんだ。この在り方は、そう簡単に変えられそうにもない。俺にとっては、お前達全員が特別なんだ。特に・・・吹雪を失ってからは特にね。」

 

鈴谷「―――!」

 

鈴谷はこの時、吹雪を失った事が、こうした艦娘達全員への愛情と言う形で暗に影響を及ぼしている事を知った。

 

鈴谷「じゃ、じゃぁ、金剛さんへの指輪は・・・?」

 

提督「―――そこを突かれると、痛いと言えばそうだな。確かに、俺は金剛の事を愛している。あいつの笑顔は素敵だし、出来ればその笑顔を忘れないまま、ずっと俺の傍にいて欲しいとも願ってる。でもそれと同じ位、皆の事も愛している。それを、忘れないでいて欲しいな。」

 

鈴谷「・・・そっか。」

 

その一言で、鈴谷は意を決する。

 

鈴谷「提督は、金剛さんの事が好きで、それと同じ位、皆の事も好きなんだね・・・。」

 

提督「あぁ、そうさ。」

 

鈴谷「・・・でも、いやだからこそ、言わせて欲しいんだ。私は、提督の―――貴方の事が好きなんだ。」

 

提督「・・・!」

 

鈴谷「提督が誰か一人を選びきれないのはよく分かる。失う事の辛さは、私にも分かる。でも―――私はそれでも、例え金剛さんがいても、諦めきれないんだ、提督の事を!」

 

提督「鈴谷・・・。」

 

鈴谷「ごめんね、我儘な事言っちゃって・・・でも私、もうこの想いを我慢出来ないんだ・・・。」

 

切なそうな表情を見せる鈴谷に、直人は心を動かされずにはいられなかった。鈴谷の方も、本気であればこそ切ない気持ちになったのは無理も無い事だった。普段無駄口も冗談も言う鈴谷だが、この時の鈴谷は、本当に本気だったのである。

 

鈴谷「こんな時間に押しかけちゃって、ごめん・・・もう、行くね。」

 

鈴谷が立ち上がり、艦長室を後にする為直人に背を向け、歩き出した直後だった。

 

鈴谷「てい・・・とく・・・どうして・・・。」

 

提督「・・・。」

 

気付けば直人は、鈴谷を後ろから抱き留めていた。

 

提督「ありがとう・・・すまなかった。“皆の事を愛する”ならば、お前のそう言う気持ちも、受け止めなければならなかったのにな・・・気付いてやれなくて、すまなかった。」

 

鈴谷「提督・・・。」

 

提督「確かに・・・俺にたった一人を選べと言われても、それは出来ない相談だ・・・だが、そんな俺が、お前は好きだった―――好きでいてくれたんだな。」

 

鈴谷「・・・やっと気づいてくれたか、このにぶちんさんめ♪」

 

提督「あぁ・・・全くだ。俺はやっぱり、こう言う事には鈍いらしい。」

 

すると鈴谷が直人に向き直る。

 

鈴谷「提督・・・大好きだよ。」

 

提督「あぁ・・・俺もだ。」

 

そして二人が徐々に顔を寄せ合い、やがて唇を重ね合った。鈴谷がファーストキスを捧げた―――

 

 

ちょっと待ったァ!!

 

 

―――正にその瞬間だった。

 

 

提督・鈴谷「「!?」」ビクッ

 

二人して飛び上がる。

 

提督「ちょっと待ったコールだとッ!?」

 

直人がちょっと待ったコールのあった方に振り向くと・・・

 

提督「・・・え、ロッカー?」

 

 

バァン!

 

 

金剛「私デース!!」

 

まさかの艦長室のロッカー――つまり直人のロッカー――から金剛登場。

 

鈴谷「なんでそんなところに!?」

 

提督「と言うかいつ入った!?」

 

セリフのシンクロ率100%である。

 

金剛「この部屋のスペアキー、提督が渡したんデショー?」

 

提督「―――!」

 

金剛「密かに潜入して機を窺ってたらその目の前でコレだからネー?」

 

提督「と、と言う事は・・・」

 

鈴谷「さっきの全部・・・」

 

金剛「筒抜けネー。」ニッコリ

 

提督「なんとぉ!?」

 

鈴谷(やっぱ聞かれてた!? ヤバイ、超恥ずい!!)

 

提督「・・・てか、なしてロッカー?」

 

金剛「テイトクのパルファム、堪能シマシタ♪」

 

提督「おまっ・・・!」

 

思わず後ずさる直人の心境たるや・・・。

 

金剛「なんで後ずさるデース!?」

 

提督「喜色満面でそう言う事を言うんじゃない、いくら俺でもちょっと引くぞ!?」

 

金剛「ってそんな事はどうでもいいネー!」

 

提督「くっ・・・!」

 

話を徐々に逸らしていくつもりだったが、余りの状況に頭が回り切っていない、早くも限界が来てしまった。

 

金剛「―――と言っても、目の前であんなのろけを見せられると、怒る気も失せるネ。提督の浮気性は知ってるからネー。」

 

提督「うぬぬ・・・。」

 

返す言葉も無く唸る直人。確かに全員となるべく仲良くしようと常日頃心掛けているが、浮気性と言われても文句は言えない程度の事も無くはないのだ。

 

金剛「・・・はぁ、いずれこうなると思ったヨ。提督が誰か一人を選ぶコトが出来ないのは知ってたつもりデース。」

 

提督「あれ――? 怒ってない、のか?」

 

金剛「怒ってマース、凄く。」

 

提督「で、ですよね。」

 

金剛「デモ、それは私にコソコソしようとしてた事に対してネ。」

 

提督「―――。」

 

鈴谷(―――はっ!)キュピーン

 

鈴谷、「女の勘」発動。

 

金剛「別にテイトクが艦娘を何人も抱く事は気にしまセン。その代わり―――」ジリッ

 

提督「えっ、えーっと・・・?」ジリッ

 

上着をはだけさせながらにじり寄る金剛に思わず気圧されて後ずさりする直人。

 

なんと言った―――?! 艦娘を何人も抱くだって?

 

直人の思考が更に混乱するのを彼は自覚していた。流石に抱いてはいないのだが、恐らく噂に尾ひれが付いたのだろう。しかしその結論に至れるほど、彼の思考はこの時研ぎ澄まされてはいなかった。

 

金剛「―――その代わり、せめて私達全員纏めて平等に愛して見せるデース!!」

 

提督「なぬぅッ!?」

 

鈴谷「な、成程、確かに―――!」ポン

 

提督「そこなんで納得したああ!!」

 

金剛「2対1ネ、サァ提督、覚悟するデスヨー?」

 

鈴谷(ええい、もうどうにでもなれぇッ!!)

 

提督「ちょっ、待ってどういう状況―――」

 

金剛「問答無用デース!!」ガッ

 

鈴谷「大人しく行く所に行く!」ガシッ

 

提督「!?」

 

両腕を2人に掻っ攫われた直人。そのまま投げ出されるように飛ばされた場所は・・・

 

 

ドサッ

 

 

提督「―――!!」

 

提督の、ベッドの上である。

 

提督(しまった、昼間の明石の言動―――図られていたかッ!!)

 

 しかし最早絶望的な状況である事を、彼は察知せざるを得なかった。いくら直人と言えとその膂力では艦娘1人相手でさえ手に余るのだ。それが駆逐艦娘ならまだしも、重巡や戦艦クラスでは1対1でも勝ち目など最初からなく、それが二人掛かりなのだ、嫌でも気づかされようというものだった。

 

提督(手遅れか―――!)

 

金剛「チェックメイトデース、サァ、観念するといいネ。いくら提督でも、艦娘二人を生身で振り切れる訳ないネ♡」

 

鈴谷「そうそう。往生際悪いのはみっともないぞ~。」ワキワキ

 

提督「まっ、まさか金剛、初めから―――!!」

 

金剛「そう、例え鈴谷がいようがいまいが関係無かったのデース♪」ニコニコ

 

提督「ところでその鈴谷までノリノリなのはなんでかな? ねぇなんでかな!?」アセアセ

 

鈴谷「言ったでしょ? もう色々と我慢出来ないって。そ・れ・に―――」

 

鈴谷の左手が直人の股間に伸びる。

 

鈴谷「あれこれ言ってみてもこっちは素直だね?」

 

提督「待って、慈悲を、脳内の整理の猶予を!!」

 

金剛・鈴谷「「却下☆」」スマイル

 

提督(いい笑顔だ惚れますぜ。)

 

金剛「サァ提督?」

 

鈴谷「今夜はオールナイト覚悟だねー?」

 

提督「こ、こんな・・・」

 

 

“こんなバカな話があるかあああああ――――!!”

 

 

直人の悲痛な叫びは、夜の闇に静かに溶け込んでいったのであった・・・。

 

 

11月19日6時19分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

明石「・・・あれ、提督が来てらっしゃらない。寝坊ですかね・・・。」

 

副長「―――。(かもしれませんね。)」

 

明石「仕方ない、起こしに行きますか。」

 

明石は溜め息交じりに振り返り、乗ってきたエレベーターにもう一度乗り込んだのであった。

 

 

6時20分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室前

 

 

コンコン・・・

 

 

明石「・・・あれ?」

 

 

コンコン・・・

 

 

明石「―――返事がない。」

 

明石がドアノブに手をかけ、下に押し下げてみると・・・

 

 

ガチャッ

 

 

明石「鍵が・・・。」

 

寝る前に直人は必ず鍵を掛けるので、明石も一応合鍵は持っているのだが、それが不要と言うのは何かおかしい。

 

明石「開けますよ・・・?」

 

明石がそっとドアを開けると・・・

 

 

金剛「スヤスヤ・・・」zzz・・・

 

鈴谷「ふふ・・・うーん・・・」zzz・・・

 

提督「ZZZ・・・」チーン

 

明石「」

 

散乱した衣服と、ベッドの上で生まれたままの姿で眠る3人を見て絶句した明石。同時に何が起きていたのか、明石が察するには余りあり過ぎる光景だった。まぁ、読者諸氏の御想像にお任せするとしよう。

 

ただ一つ言えることは、提督――直人が完璧に爆沈していると言う事だった。

 

明石「・・・そっとして、起きましょうか。」

 

ドアをそっ閉じしてから明石は諦めたように呟いたのであった。

 

大淀「おはようございます。」

 

明石「シーッ、おはようございます。」

 

大淀「どうされたのですか?」

 

声を潜めて話す二人。

 

明石「・・・昨夜はお楽しみだったみたいです、はい。」

 

大淀「そうでしたか・・・提督のお姿が見えないので見に来たのですが―――」

 

明石「あれはもうダメです、取り敢えずそっとして置きましょう。」

 

大淀「―――わ、分かりました。行きましょうか。」

 

明石「そうですね。」

 

そうしていそいそとその場を離れた2人であった。大淀も明石のその一言で察する所があったのだな。

 

 

7時40分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

提督「・・・。」パチッ

 

違和感に気付いて目が覚めた直人。

 

金剛「oh、おはようございマース。」

 

提督「・・・金剛よ、何のつもりなのぜ。」

 

金剛「何って・・・」

 

鈴谷「2回戦でしょ。」

 

提督「ハ、ハハ・・・」

 

違和感とはとどのつまり、2人が“こと”に及ぼうとしていた事に基づくものだった。それについて最早乾いた笑いしか出なかった直人、起きて早々これである。金剛としてもそれだけ怒り心頭だったのは分かるが、鈴谷は競争意識で追随している事が見え見えであった。

 

提督(これは・・・)

 

直人は思った。

 

“とんでもない地雷を踏み抜いたかもしれない”と。

 

 

~9時02分~

 

霧島「あらあら・・・。」(´・ω・`)

 

熊野「・・・///」(/ω\)

 

比叡「ヒエー・・・。」( ゚д゚)

 

最上「・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

榛名(朝から・・・お盛んですね・・・。)(;´・ω・)

 

鍵がかかっていないので覗き見たらまだ“行為”が続いている真っ最中だった、と言う訳である。この5人も金剛と鈴谷の姿が見えないので流石に探し回ってここに行きついたと言う訳だ。

 

5人((取り敢えずそっとしておこう・・・。))

 

この後行為自体は10時過ぎまで続いたそうな。直人はその余波で2日ほどダウンする羽目になった。

 

 

その後・・・

 

 

金剛「・・・。」土下座

 

鈴谷「・・・。」土下座

 

大淀「・・・。」

 

明石「・・・。」溜め息

 

大淀「金剛さん、鈴谷さん。」

 

金剛・鈴谷「「はい。」」

 

大淀「提督と秘め事に及ぶ事については何も言いません。ですが限度と言うものを弁えて下さい。今回の様な事があっては困ります。」

 

金剛「了解デース。」<(_ _)>

 

鈴谷「本当にすみませんでした。」<(_ _)>

 

大淀「宜しい。」

 

直人がダウン中の間に、お叱りを受ける2人であった。直人がこの場に居たら絶対に甘いに決まっているからだ。これが所謂“副官権限”と言う奴である。彼女も伊達に彼の次席幕僚をやってる訳ではない。

 

 

11月25日4時08分(現地時間0時08分)、鈴谷はペナン秘密補給港に到着した。

 

その日の現地時間の午後である。

 

 

14時29分 ペナン秘密補給港・重巡鈴谷後甲板

 

提督「艦載機の格納庫収容は?」

 

明石「バッチリ、スペースを空けて置きました。」

 

提督「ちゃんと残りの機体縛っとけよ・・・風圧でひっくり返ったらドボンだからな。」

 

明石「そこも抜かりなく、あ、来ましたよ。」

 

提督「おっ、お客人が来たか。」

 

直人が南東の空を双眼鏡で舐める様に見まわすと、1機のヘリが見えた。リンガ泊地で輸送用に使われているものだ。いつぞやに鈴谷に飛来したのと同じヘリでもある。

 

14時36分に、ヘリは鈴谷の航空甲板に降り立った。今回鈴谷は作戦の性質を考え、後部甲板を航空甲板とし、瑞雲6機と水偵5機を搭載して来たのである。その内、後端に搭載した水偵5機を片付け、ヘリポートの代わりにした訳だ。

 

提督「北村海将補、ご無沙汰しております。」

 

北村「紀伊君も、元気そうで何より。しかし、前に来た時と趣が違うのう。」

 

提督「はい、後甲板の兵装を取り払い、今回は航空巡洋艦と言う事で参りました。」

 

北村「成程な、それで合点がいった。さて、詳しい話は中でしよう。」

 

直人は北村海将補にそう促され、早速後檣楼基部の貴賓室に海将補を案内した。

 

 

~航巡鈴谷後檣楼基部・貴賓室~

 

提督「―――そ、それは本当ですか!?」

 

貴賓室で聴かされた北村海将補の話に彼は耳を疑った。

 

北村「あぁ、本当じゃよ。我がリンガ泊地艦隊はその全力を挙げて、ベンガル湾方面に一斉に攻め込む。その為にワシが自ら大本営に掛け合ったのじゃからな。」

 

提督「ベンガル湾方面に対する陽動としては、十分過ぎるどころか過剰なレベルですね。」

 

北村「そうじゃ。この時期に兵を動かす意味はこれと言ってない。だからこそ、敵にその意図を明らかにさせるまでのタイムラグを与え、かつ貴官の行動の本意を悟らせないようにすると共に、膨大な敵戦力をベンガル湾正面に縫い留める。そうする事で、貴官も動き易くなるじゃろうと思ってな。」

 

提督「・・・確かに、理に適ってはいます。」

 

北村「既に艦娘艦隊には準備を進めさせておる、海自軍艦隊の戦備も一両日中には整うじゃろう。」

 

提督「では、予定通り27日決行と言う事で宜しいのですね?」

 

北村「うむ、その線で頼む。出来ればそちらに、何隻か増援を付けられれば良かったのじゃが、生憎と我が泊地も戦力が十分あるとは言い難いのでな。」

 

提督「いえ、これだけやって頂けるのならば十分やれます。」

 

北村「そうか、老骨のお節介が役に立ってくれたようでよかった。」

 

提督「いえ、これをお節介だなどとは思いますまい。この上は必ず吉報をお届けします。」

 

北村「うむ、期待して待っておる。気を付けてな。」

 

提督「ありがとうございます。」

 

老将・北村雅彦。海自軍の提督の一人であり、リンガ泊地司令官職と言う要職を担い、同時にマラッカ海峡防衛の責任を背負っている。この年70歳と言う高齢に付き本来なら引退している筈の提督だが、その経験に裏打ちされた堅実で変幻自在な手腕を買われた事と、本人の希望もあって未だに第一線に留まっている名将の誉れ高い老人である。

 

その故もあって、北村海将補は直人よりも一枚も二枚も上手である。より広範な視点をより的確に読み解く事が出来ると言う点で、この老人の力はかけがえの無いものである。

 

 

北村海将補がリンガ泊地に帰って行った後、彼は全艦娘をブリーフィングルームに招集した。

 

 

18時16分 航巡鈴谷中甲板・ブリーフィングルーム

 

 

ザワザワ・・・

 

 

ガチャッ

 

 

提督「みんな静かに、席に着いているな?」

 

直人が入室すると室内の喧騒が汐の退く様に静まった。

 

提督「夕食前の招集になってしまってすまない。今回集まって貰ったのは、作戦開始の前に、皆に一つ訓示したい事があるからだ。」

 

そう述べた直人の言葉を、艦娘達は静かに聞いていた。

 

提督「これは、訓示であると同時に命令でもあるから、よく聞いて欲しい―――」

 

直人が一拍置き、そして言葉を吐く。

 

提督「―――今後一切、作戦中の単独行動は、これを禁ずる。行動する際は必ず複数隻で、所属部隊の艦娘同士で連携して行動して貰いたい。」

 

那智「待ってくれ、もし仮に必要上已むを得ざる場合があって単独行動となった場合はどうなる?」

 

提督「時と場合に依る、とだけ言わせて貰う。」

 

那智「―――。」

 

提督「戦闘行動に影響がある事は承知している。だがこれは、今後我が艦隊が“戦力と生命を維持する為”に必要欠くべからざる事項だ。これを肝に銘じてもらいたい。分かったな?」

 

一同「「了解!」」

 

提督「うん。用件は以上だ、解散して宜しい。」

 

そう言って彼は解散を許可し、ブリーフィングルームを後にした。

 

 

~中甲板中央廊下にて~

 

提督(もう、あの悲劇を繰り返す訳にはいかん。誰かがあの二の舞になる様な事は、絶対に避けねばならん―――)

 

彼は、司令部の艤装保管庫に安置されている、吹雪の艤装の正副一対の艤装に思いを巡らせていた。それを想えばこその訓示であった事は間違いない。

 

提督(もう、誰も失わない為に―――)

 

彼は、もう誰も失うまいと心に決めていたのである。

 

 

11月28日現地時間4時10分 ペナン秘密補給港・重巡鈴谷

 

提督「出港用意!」

 

副長「――! ――――!(出港用意! 錨分隊は錨甲板へ!)」

 

錨分隊とは日本海軍に於いて出港時または入港時に於いて、錨を出し入れする兵員の事を指す。通常は第一砲塔員が錨分隊を兼任する。

 

提督「機関始動準備、鋼索解け!」

 

副長が直人の指示を反復する。

 

錨甲板ではすでに錨の巻き上げ作業が始まっている。甲板要員が繋留索を解き、機関室では缶の圧力が上がり始める。本来なら出る黒煙はない。缶圧と言っても艦娘機関だからだ。

 

副長「――――!(錨上げ終わりました!!)」

 

提督「よし! 機関始動、右舷前進微速!」

 

副長「――、―――!(機関始動、右舷前進微速!)」

 

艦娘機関がタービンに繋がれ、それによって生まれたパワーが変速機を通してスクリューシャフトに伝わり、スクリューが回転し始める。右舷のスクリューの推力により、艦は少しずつ前進しながら左に艦首を向ける。岸壁を離れる為だ。

 

提督「―――よし、両舷微速前進、鈴谷、抜錨!」

 

4時19分、重巡鈴谷はペナン秘密補給港を出港、マラッカ海峡のアンダマン海側出口に向けて、波を掻き分け進んでいった。

 

 

―――が、その直後の事である。

 

4時26分 ペナン沖・重巡鈴谷

 

大淀「提督、本土より緊急電です!」

 

提督「何!?」

 

大淀が鈴谷通信室の主としても乗り込んでいる事が早速役に立った一幕だが、その知らせは喜べる内容ではなかった。

 

大淀

発:横須賀鎮守府

宛:横鎮近衛艦隊司令部

本文

 敵深海棲艦隊は、ビアク及びパラオ方面に対し、大規模な攻勢を開始せる模様。ビアク島警備隊とは現在通信不能につき、現地の詳細は不明なれど、ビアク島山中に退避せりとの報告あり。

 艦娘艦隊及び講和派深海棲艦隊は、所期に予定せる作戦名“渾”を発動し、現在迎撃作戦を展開中である。

従って横鎮近衛艦隊に於いては、先に訓示されたる作戦の完遂に努められたし。

 これは大本営による正式な決定である。

健闘を祈る。

 

 横須賀鎮守府司令長官 土方 龍二』

 

明石「提督・・・。」

 

提督「参ったな・・・だが、今から引き返しても確かに間に合わん、二日以上はまずかかるからな。」

 

大淀「では・・・」

 

提督「うん、予定の行動を取ろう。針路そのまま、速力14。」

 

明石「分かりました、機関巡航出力!」

 

提督「しかしまぁ、随分と買われているな。だが大規模な攻勢ともなれば超兵器級がいる筈だがな―――」

 

大淀「アルウス・・・」

 

提督「もしかしたらな。あれを取り逃がしたのは私の失態だが―――」

 

大淀「そんな事はありません、止むを得ない事だったのです。」

 

提督「あぁ、そうだな・・・。」

 

 

~ビアク島沖~

 

駆逐棲姫「―――。」

 

南方棲姫「では、我々は引き揚げるとしようか。」

 

駆逐棲姫「出来れば居て貰った方が助かるけど、上の命令では逆らえないわね。」

 

南方棲姫「そうだな、南方を守る姫級が2隻も駐留地を離れたとあっては、防衛に綻びが生じるからな。」

 

駆逐棲姫「うん、留守は任せる。」

 

南方棲姫「卿の頼みとあらば、任されよう。」

 

 

ネ級Flag「ギアリング様・・・。」

 

駆逐棲姫「分かってる、この作戦が無謀だと言う事は・・・でも、中央も焦っている。亡命した奴らが多く出た為に、深海棲艦隊に動揺が走っているのは事実だし、思想の締め付けが強化された事もあって、離反を考える者がいる事は確かな事。その中で、一つでも成果を挙げたいと言うのが、上の意向らしいわ。」

 

ネ級Flag「・・・。」

 

駆逐棲姫「―――兎も角我々は、命令に従うのが本分よ。納得がいかないのは分かるが、それが我々の仕事だから。」

 

ネ級Flag「はっ。」

 

 

~ニューギニア東部・ラエ沖~

 

アルウス「今度は、出てくるのかな・・・あの艦隊は。」

 

ル級改Flag「サイパン艦隊・・・。」

 

アルウス「そうだ。これだけの規模の攻勢、恐らく奴らは出て来るだろう。その時こそ、我らの死に場所かも知れんな。」

 

ル級改Flag「アルウス様―――。」

 

アルウス「・・・悲観的過ぎるかもしれんな、これは。」

 

ル級改Flag「いえ、私も、何処までも御供する覚悟です。例えあの世の彼方へでも。」

 

アルウス「フッ―――気持ちだけ、受け取っておこう。」

 

アルウス率いる艦隊はその艦艇全てが30ノットを超す速度で航行出来る様編成されている。これはアルウス自身の快速性能を十全に生かす為であり、彼女の艦隊が特定の基地を持たない一種の邀撃艦隊であると言う性質を物語っていた。

 

だがそれ故に、今のアルウスの立場がすこぶる微妙である事は、ここまで読んで頂いた読者諸氏には既にご承知の通りであろう。

 

アルウス(今回の攻勢、恐らく手の内はバレている。それを逆手に取った陽動作戦と言う訳だが、果たして、上手く行くかな・・・。)

 

アルウスの危惧した通り、大本営は既にインド洋方面での敵の攻勢を察知している。逆に言えば、彼らがビアク島に手を出した時点で、彼らの敗北は決まっていたのである。

 

アルウス(―――もしもの時は、せめてインディアナだけでも・・・!)

 

彼女は、悲壮な決意を固めつつあった。尤も、彼女が危惧した横鎮近衛艦隊は、遠くペナン沖にあったのだが―――。

 

 

12月1日4時49分 ベンガル湾南方

 

横鎮近衛艦隊を乗せる重巡鈴谷は、常に2個駆逐隊と重巡2隻を展開して水偵を飛ばしつつ、ベンガル湾の南方をイギリス領インド洋地域に向け、南西に直進する針路を取っていた。

 

~重巡鈴谷前檣楼・艦長室~

 

提督「zzz・・・」

 

金剛「ムニャ・・・」

 

5時前なので直人はまだ寝ている。ついでに何故かこのところ毎日金剛と鈴谷の日替わり添い寝付きである。幸せな奴である。(←By 天の声)

 

 

~同・羅針艦橋~

 

副長「―――?(異状ないか?)」

 

前檣楼見張員

「“特には何もありません。”」

 

浜風「“そうですね、ソナーにも特には・・・。”」

 

五十鈴「“こっちもさっぱりね。”」※夜間哨戒の為対潜警戒で軽巡が出動

 

副長「―――。」

 

 

~鈴谷から北10kmの洋上にて~

 

カ級Flag「――――。」

 

水面に立つ1本の潜望鏡とレーダーアンテナ。その視線の先には、重巡鈴谷があった。

 

黎明と言うまだ暗い時間帯である事に加え、艦娘達のソナーの性能がこの時まだ今一つだった事が、その探知を不可能にしていたのだ・・・。

 

 

スリランカ時間5時47分 コロンボ棲地

(注記:ベンガル時間-4時間に対し、スリランカは-3.5時間の為、ベンガル時間では5時17分)

 

港湾棲姫「ナニ? ベンガル湾南方ヲ航行スル敵艦ダト?」

 

タ級Flag「ハイ、ソレモ単艦デス。周囲ニハ艦娘ドモノ姿モ―――」

 

港湾棲姫「“鈴谷”ダ、ソウニ違イナイ!」

 

タ級Flag「デスガ、今コノ時期ニコンナトコロニ来ルモノデショウカ?」

 

港湾棲姫「ダガ現在ノ我々デハ対応出来ンナ・・・。」

 

タ級Flag「マサカ・・・攻勢ガ敵ニ察知サレタノデハ?」

 

港湾棲姫「バカナ、アリエン事ダ。」

 

 

―――港湾棲姫「コロンボ」はこの後、副官タ級Flag「レパルス168」の進言を容れ、攻勢の主力としてベンガルに派遣していない機動戦力――深海棲艦隊東洋艦隊アフリカ方面機動群――をこれの対処に充てる事を伝達した。

 

この機動群はベンガル時間で7時丁度に、停泊していた深海棲艦の制圧下にあるアフリカはケニアのモンパサ港を出港し、インド洋を東に向け前進した。鈴谷の司令部はこの動きを察知していなかったが、そもそも彼らはこのアフリカ方面機動群が遊弋している前提に立って作戦を計画した為、泊地であるモンパサから出て来た事は僥倖でもあった。

 

 

12月4日(英領インド洋地域時間)2時27分 英領インド洋地域領海内

 

提督「あれが“ディエゴガルシア島”だな?」

 

明石「はい、チャゴス諸島南端にある同諸島最大の島で、かつてはアメリカ軍の基地がありましたが、現在は撤収し、島民も退避しています。」

 

提督「そうか・・・。」

 

 英領インド洋地域とは、第二次大戦後の植民地独立ラッシュがうち続く中、イギリスの元に残った海外領土の一つで、インド洋に浮かぶチャゴス諸島の島々からなる。

元はモーリシャス領の一部であったが、1965年に周辺の3諸島と共に英国の海外領土となった後、チャゴス以外の3諸島がセーシェル共和国として独立して現在に至る。行政府は現在もセーシェルの首都、ビクトリアにあり、これがインド洋総督府として機能している。

 明石の述べたアメリカ軍基地は、米空/海軍のディエゴガルシア基地の事で、湾岸戦争やイラク戦争の際にはここから米戦略爆撃機が中東に向け飛び立っていった、米軍事戦略の要衝でもあった。

2016年でディエゴガルシアの租借期限50年は期限切れとなっているが、現在でもディエゴガルシア島には米海軍の基地があり、民間人でない住人3500人ほどが居留している。

 

提督「まだ夜明け前だな。」

 

明石「サイパン時間に合わせて起きましたからね・・・。」

 

提督「全員そうだがな。」

 

明石「はい。」

 

因みにサイパン時間では5時27分(時差-3)である。

 

提督「よし、艦隊出動! 夜明けとともに索敵を開始せよ!」

 

明石「伝達します、艦隊出撃せよ!」

 

鈴谷が両舷の艦娘出撃用ハッチを開き、そこから艦娘が次々と電磁カタパルトを使い出撃する。因みに発進ペースは30秒ほどに1隻、カタパルトは両舷2基ずつの4基なので、分間およそ8隻の勘定である。

 

提督「駆逐艦娘、特に朝潮型や陽炎型にはブーブー言われたな。」(苦笑)

 

明石「アハハ・・・まぁ、深夜起床に徐々に切り替えろ、と言う事になるとそうですね。」

 

提督「遊びに来たんじゃねぇんだけどなぁ~・・・。」

 

文句ブーブーは、まぁお互い様と言えばお互い様だろう。

 

金剛「“金剛、出撃デース!”」

 

鈴谷「“鈴谷、いっくよ~!”」

 

翔鶴「“翔鶴、行きます!”」

 

瑞鶴「“瑞鶴、出撃するよ!”」

 

提督「固定確認、カウント、3、2、1、GO!」

 

第一水上打撃群の主力メンバー4人が一斉に出撃する。因みに特に出撃順がある訳ではない。

 

提督「展開完了次第鈴谷を中心に輪形陣を組め、空母と高速戦艦は内側に入れる形でな。」

 

金剛「“OKネー。”」

 

提督「各艦、対潜、対空哨戒を厳とせよ。心配しなくてもこんな所まで敵艦はこれはせんし、我々の索敵網から逃しはせん。」

 

各艦「「“了解!”」」

 

彼の言は過信ではない。事実彼はこれまで何度も厳重な索敵を敷いてきた実績もある。それだけに彼の言葉は空虚ではなかった。

 

提督「対水上レーダーは夜明けまで周辺の索敵に努めろ、目視走査も怠るなよ!」

 

前檣楼電探室

「“お任せ下さい、アリの子一つ逃しはしません。”」

 

各部見張員「「“我らの職人技、御照覧あれ!”」」

 

提督「油断するなよ~。」

 

釘を刺すのも忘れない直人である。

 

 

5時29分、横鎮近衛艦隊から索敵機が発進する。一水打群から水偵20機、第三艦隊から10機と、一航戦31機、第三艦隊空母部隊から延べ87機と言うかなり大規模な索敵隊が発進していく。更にここに鈴谷の水偵隊11機が加わると言う念の入れようである。

 

索敵線は真西(270度)を基準に、南側に60度、北側に110度の5度差二段索敵で、2段目は1段目の中間のコースを通る事で、より隙間を埋めるように飛ぶ。

 

しかし6時07分の事である。

 

 

6時07分 英領インド洋地域西方10km・重巡鈴谷

 

提督「今日は波も穏やかだな。」

 

明石「そうですね。」

 

潮「“て、提督ッ!”」

 

提督「どうした潮。」

 

潮「“えっと、その・・・。”」

 

提督「報告は正確に。」

 

潮「“はい、その・・・敵機、発見しちゃいました。”」

 

提督「―――何ッ!?」

 

明石「そんな、タイミングからして早すぎます、夜明けからまだ3時間も経ってませんよ!?」

 

潮「“あ、あの、どうしましょう?”」

 

潮が狼狽えて居るのが声からも分かったので取り敢えず直人は指示を出す事にした。

 

提督「兎に角その事を艦隊全艦に通報と同時に対空警戒、敵機の数は?」

 

潮「“1機だったと、思います。”」

 

提督「敵機を目視は難しいからな・・・分かった、ありがとう。」

 

潮「“はいっ。”」

 

提督「しかし、これは・・・。」

 

明石「うーん・・・。」

 

瑞鶴「“HQ!”」

 

提督「どうした瑞鶴~?」

 

瑞鶴「“戦闘機をやって対処する?”」

 

提督「そうだな、頼む。」

 

瑞鶴「“了解!”」

 

提督「―――これは恐らく、ベンガル湾を抜けて来る段階のどこかで、潜水艦に発見されていたと考えた方が自然だろう。随分とコロンボの連中は索敵を綿密にやっているようだしな。」

 

実の所セイロン島正面への攻勢は、必ずと言ってよいほど要撃に遭っており、奇襲に成功した事例は少ない。彼の艦隊とて、トリンコマリー攻撃が幸運であっただけで全て発見されているのだから、その緻密さが伺える。

 

明石「となると・・・?」

 

提督「・・・“アウトレンジ戦法”、それしかない。」

 

明石「・・・。」

 

 

アウトレンジ戦法――――

 

 それはかつて、マリアナ沖海戦の際に小沢艦隊が取った航空戦術で、敵軍に対し航続距離の長い航空機を空母で運用している事を利用し、敵航空攻撃圏外から一方的な攻撃を行おうと企図したものである。

長所としては、敵に対し想定より早い段階で攻撃できる一方、搭乗員の疲労が大きい事や、敵に察知されやすいなどデメリットの方が大きく、何より重大な事は、敵航空圏外からの攻撃は、最初の一撃しか有効でない事である。

 更にこの攻撃は、洋上航法が十全に可能な搭乗員による誘導機あってこそであり、かつ、練度に於いて敵を圧倒する必要があるのも難点の一つで、更に敵レーダー網の問題までもが障害となる。即ちデメリットの方が圧倒的に大きい戦術と言う事が言える。

 

 

提督「作戦はこうだ、我々は全力で敵に向けて突進、距離600kmで艦載機を出す。勿論それまでに敵が発見出来るかは索敵機次第だ。そのまま突進を続けて敵を撃滅出来るか潰滅するまで攻撃を続ける。無論敵の攻撃圏内にも入るだろうが、そんな事を恐れて戦争は出来ん。瑞鶴!」

 

瑞鶴「“何?”」

 

提督「第一次攻撃隊の出撃準備と、第二次攻撃隊の編成を頼む。」

 

瑞鶴「“もしかして―――”」

 

瑞鳳「“アウトレンジしちゃう!?”」キラキラ

 

提督「その通りだ瑞鳳、頑張ってくれ。」

 

瑞鳳「“もっちろん!”」

 

瑞鶴「“アハハ・・・じゃぁ、そう言う事でいいのね?”」

 

提督「勿論だ。頼むぞ瑞鶴、マリアナの二の舞にならんようにな。」

 

瑞鶴「“大丈夫、空母の皆は、あの時と違って練度も十分。今なら―――。”」

 

提督「問題は、それを過信する事だ。」

 

瑞鶴「“そうね・・・やってみる。”」

 

提督「うん。」

 

 

加賀「・・・。」( ˘•ω•˘ )

 

赤城「・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

心中穏やかでない事を察する赤城。

 

加賀(一航戦を外された上に五航戦の子達の指揮下に付けられるなんてね・・・。)

 

はっきり言ってしまえばこれは当然の成り行きであった。それまで艦隊航空戦力の中核を担う一航戦の看板を背負っていた赤城と加賀。それが今や三航戦になり、一航戦の座をかつての五航戦に譲っていたのだから。

 

赤城は瑞鶴の指揮下に着く事に抵抗はなかったし、むしろ赤城の後ろを付いてくるだけだった瑞鶴が、めきめきと腕を上げ提督に取り立てられたことは良い事だと思っている。が、加賀はどちらかと言えば継子(ままこ)扱いをして来た相手だっただけに歯噛みをする思いだった。

 

何より加賀が納得出来なかったのは、一航戦と三航戦の隻数と搭載機である。

 

赤城と加賀は2隻で搭載機数180機を有するマンモス部隊であるのに対し、現在の一航戦は軽空母を含む3隻でやっと180機と言う部隊なのだ。何が言いたいかと言えば、空母と言うものは艦載機の多い物の方が優秀なのは自明の理、であれば、1隻当たりの搭載数が減っている現在の一航戦では、とても艦隊の中核は任せられないと言う訳である。

 

まぁ、それを言ってしまうと二航戦はどうなるのかとなって来るが、それを突っ込んだ者はいない。

 

加賀(いいでしょう、ならば実力で示すだけです。)

 

―――が、加賀はまだ知らない。

 

瑞鶴の零戦隊(この時は翔鶴と同じく21型(熟練))には、まだ無名の“あの男”がいると言う事を・・・。

 

それは、加賀が終生遂に知る事の無かった名前でありながら、日本海軍航空史に燦然と輝くトップエースである・・・。

 

 

7時58分・・・

 

 

ツツーツツーツー ツツーツツーツー ツツーツツーツー・・・

 

 

明石「提督!」

 

提督「うん。見つけたな。」

 

明石「金剛2番機より受電、“テ連送”です。現在続報入電中です。」

 

提督「分かった。」

 

覚えてお出でだろうか、“テ連送”。「敵発見」の暗号符牒である。今回は金剛索敵機の大手柄である。

 

提督「しかしこの艦の索敵にはなにも引っ掛からなかったな。」

 

明石「広範囲に出す事が重要である。ですよね?」

 

提督「その通りだ、瑞鶴!」

 

瑞鶴「“もうバッチリよ!”」

 

提督「さっすが~、デキるね~。」

 

素直な賛辞を贈る直人。

 

瑞鶴「“この位当然! 赤城さん達には負けられないもん。”」

 

提督「で、どう思う?」

 

瑞鶴「“勘なんだけど、少し遠いと思う。無線の受信感度からの推測なんだけどね?”」

 

提督「成程? では、答え合わせを待ちましょうか。」

 

瑞鶴「“OK。”」

 

その後、続報の受信を終えた明石の報告を受けるのだが―――

 

明石「――産出した所、艦隊から600kmの攻撃圏内に入っていません、約640km程です。」

 

提督「・・・敵はこちらに33ノットで接近中だったな?」

 

明石「はい。」

 

提督「聞いてたな瑞鶴、お前の勘は当たったぞ。」

 

瑞鶴「“フフッ、それは何より。”」

 

提督「・・・対抗速度方式で行こう。40分で出せる筈だ。」

 

瑞鶴「“了解! 第一次攻撃隊、私達の戦果、期待してて。”」

 

提督「あぁ、我が機動部隊期待のエースのご要望だ、楽しみにしてるよ。」

 

瑞鶴「“あんまりはやすとまた加賀さんにどやされちゃうって~。”」(;´・ω・)

 

提督「そんな事はないさ、結果で示せば文句も付けられんだろう。」

 

瑞鶴「“・・・そうだね。”」

 

提督「自信を持ってドカンと行け!」

 

瑞鶴「“うん!”」

 

 

瑞鶴「あぁ~、励まされちゃった。」

 

翔鶴「ふふっ、みたいね。」

 

瑞鳳「なんだか、嬉しそう。」

 

翔鶴「そうね。」

 

瑞鶴「そ、そんな事無いわよ!」

 

瑞鳳「そう~?」ニヤニヤ

 

翔鶴「ねぇ?」ニコニコ

 

瑞鶴「うぅ~・・・///」

 

 

“そんな事無いったらぁ~~!!”

 

 

提督「元気だねぇ~。」

 

明石「あの様子なら、大丈夫でしょう。」

 

提督「そうね、元気が一番!」

 

明石「はい!」

 

 

そんな事があった後、8時37分、触接中の金剛2番機の報告に基づき、第一次攻撃隊が翔鶴・瑞鶴・瑞鳳の3隻から飛び立った。稼働全機の中から戦爆連合110機が発進、敵方に向けて進撃を開始した。

 

敵の第一次攻撃隊発進は、そこから遅れることなんと50分、その差が、決定的な差を齎す事となる上、その様子は、代わる代わるやってくる触接機によって発艦する所から察知されていたのであった・・・。

 

 

9時31分 英領インド洋地域西方・横鎮近衛艦隊

 

提督「敵の攻撃隊が発進中と言う事は、2時間せずにここまで来るぞ、現在彼我の距離は500km無い状態だ。第二次攻撃隊を直ちに出そう。」

 

瑞鶴「“分かったわ。”」

 

提督「もう少し早く出せばよかったかな。」

 

瑞鶴「“ま、それは次の反省点にしよ?”」

 

提督「そうだな、そうする。」

 

瑞鶴「“宜しい。提督なんだから、しゃんとしてなさいよね?”」

 

提督「フッ、一本取られたな。」

 

五十鈴「“あらあら、戦場でまでいつもの調子とはねぇ?”」

 

提督「安心しろ、いつもの事だ。」

 

瑞鶴「“そうそう、私も慣れたわ。”」

 

五十鈴「“フフッ、そうね。そう言う意味では、私も人の事は言えないかしら。”」

 

提督「全くだ。それより敵の触接機なんていないよな?」

 

五十鈴「“それについては杞憂ね、心配しなくていいわ。”」

 

提督「ならいいがな。」

 

五十鈴(前の司令部だと、こんな事、ありえなかったわね・・・ここに来て良かったかも。)

 

そんなやり取りの陰で、第二次攻撃として三航戦の180機から110機が出撃を開始していた。この時点で敵機動部隊は、釈迦の掌の上であった。

 

 

10時12分、敵機動部隊まで残り15km―――

 

21型妖精A「“敵機! 正面方向!”」

 

戦闘機隊隊長機

「“よぉし! 全機散開、我が一航戦戦闘機隊の力を見せてやれ!”」

 

21型妖精全員

「「“オォーッ!!”」」

 

???「―――。」ニヤリ

 

護衛の零戦隊が散開、艦爆と艦攻が降下を始める。正面には100を超す敵の直衛戦闘機。勇敢なる我らの白翼が、日の光を浴び煌めきつ、圧倒的多数の敵戦闘機隊に立ち向かう。その数―――僅かに40。だがその技量は、かつての一航戦に劣る事はない。

 

 

~横鎮近衛艦隊~

 

瑞鶴「“第一次攻撃隊より入電、『我、敵の要撃を受けつつあり!』”」

 

提督「始まったか!」

 

瑞鶴「“大丈夫、敵艦隊はもう視界に収まってる筈、行けるわ。”」

 

提督「―――上手く行く事を祈ろうか。」

 

瑞鶴「“えぇ。”」

 

 

―――1機の零戦が、1対多の戦いに挑んだ。後方には2機の援護機、撃ち漏らしたならば彼らの出番だ。銀翼を煌めかせ、真正面から敵戦闘機の編隊に向かっていく。尾翼に書かれた機体識別番号は「AⅠ-102」、胴体に赤1本線を引いたその機体は、一航戦1番艦「瑞鶴」所属である事を示している。

 

相対する敵機は10機近く。先頭の1機が、その零戦にヘッドオンを仕掛ける―――刹那

 

 

ドドッ

 

 

短い連射音と共に20mm機関砲弾が数発発射され、違う事無くその敵機に命中、呆気なく撃墜される。

 

立て続けざまに今度は2機、左右からほぼ同時にヘッドオンを仕掛けてくる。

 

その零戦はまず左の敵機に機首を向ける。そして再び機関砲を短く連射し、その敵機は煙を吐きながら後方に抜ける。

 

すると右手の敵機が一気に距離を詰める、だがその零戦は一挙に踵を返し、機軸を右の敵機に合わせ―――

 

 

ドドドッ―――

 

 

気付けば一瞬で2機の敵機が、その零戦小隊により撃墜されていた。

 

その後も撃つまで撃たれず、撃った後は撃たれない。10機近い敵機は、僅か3機の零戦の前に全て撃墜されていた。

 

 

???「“5機撃墜、だな。”」

 

僚機「“やったな虎徹!”」

 

虎徹「“おう、これで漸く俺もエースってな訳だ。”」

 

そう、零戦21型「AⅠ-102」機の正体は、“零戦虎徹”岩本徹三の零戦だったのである。本来瑞鶴の所属は五航戦2番艦なので「EⅡ-102」が正しい識別番号だが、一航戦1番艦に配置換えになった事でこの番号になった訳だ。

 

第一次攻撃隊として出撃した一航戦制空隊は、要撃に出た敵戦闘機147機の大半を撃墜するか大破させる事に成功したのである。

 

 

~敵機動部隊~

 

装甲空母姫「そんな、こんな事が―――!」

 

ヲ級改Flag「インドミタブル様、対空迎撃のご用意を!」

 

装甲空母姫「そ、そうね、分かった。全艦対空戦闘用意、敵機を寄せ付けるな!」

 

報告にあった姫級深海棲艦、それは装甲空母姫の事であった。姫級の中では性能で劣る方だが、兎に角数多く目撃されている所謂量産型と言えるタイプである。

 

戦後明らかになった所に依れば、どうやら小艦隊の旗艦を務める事が多々あったようである。

 

 

一方の横鎮近衛艦隊にも10時22分頃、敵の第一次攻撃隊が来襲する。

 

~重巡鈴谷~

 

潮「“提督、敵機です、兎に角沢山です~!”」

 

提督「潮グッジョブだ。瑞鶴! 摩耶!」

 

瑞鶴「“OK、任せといて。”」

 

摩耶「“少なくとも重巡鈴谷には、1機たりとも近づけさせねぇぜ!”」

 

提督「あぁ、頼んだ。全艦対空戦闘用意! 直衛隊、かかれ!」

 

全員「「“了解!”」」

 

副長「――――! ――――!(総員戦闘配置! 対空戦闘用意!!)」

 

提督「主砲、三式弾用意、対空指揮所からの指示で対空戦闘をせよ。」

 

副長「―――。(分かりました。)」

 

後部電探室「“敵編隊、方位角264度、距離130km、高度およそ6000。”」

 

提督「―――明石が持ってきた高角測定レーダー、役に立ったな。」( ̄∇ ̄;)

 

明石「勿論です、初歩的ですが自信作です。」

 

提督「あぁ・・・そう。」

 

因みにバッチリ正確に測定出来ていたようで、直衛の戦闘機部隊は見事に敵の頭を押さえる事に成功している。

 

 

~敵編隊上空~

 

赤松「行くぞ怡与蔵、突入だ!」

 

藤田「“うむ。”」

 

要撃に出たのは雷電20機と零戦各型合計80機、敵編隊は戦爆連合200機以上の大編隊。

まぁだからこそ130kmも離れた所から正確に探知出来たのだが、相変わらず1:2以上の物量差である。

 

だがこれは『第二次深海戦争』と区分される艦娘達と深海の戦争で特徴として、物量は確かに圧倒的だが生産性に特化した深海棲艦機は、その性能に関して1:0.5程度と、性能面で艦娘艦隊機に大きく劣る事が特徴となっている。但し、この比較はあくまで機体性能の話であり、武装の性能とは無関係である事に注意されたい。

 

そして、彼ら横鎮近衛艦隊は、その物量差などものともしはしないのだ。質によって優越した彼らは、多少の物量差で退く事は無いと言う訳だ。

 

 

提督「・・・立て続けざまに火を噴いておるな。」

 

明石「そうですね・・・。」

 

艦橋に据えてある日本光学製(!)の双眼鏡で空中戦の成り行きを見守る直人と明石。

 

提督「これも、訓練の成果かな。」

 

明石「航空隊の訓練は激しいっていう話ですからねぇ。」

 

提督「その絶え間ない訓練のおかげで我々の頭上が守られていると思えば、感謝すべきだろうな。」

 

明石「はい。」

 

提督「・・・そろそろ機種転換してやらんとな、質の優越は変な拍子に崩壊するからな。」

 

明石「この戦いが終わりましたら、検討しましょう。」

 

提督「うむ。」

 

瑞鶴「“お取込み中失礼するわよ! 敵機が一部突破して来るわ!”」

 

提督「防空指揮官、宜しい様に。」

 

摩耶「“あいよ、任された!”」

 

提督「・・・しかし、うちの艦隊にはこういう手の専門家が沢山いるから楽だな。」

 

明石「私もそのテクノクラートの一人ですからね。」

 

提督「テクノクラートは科学技術の専門知識を持った高級官僚の事だろうに。」

 

明石「あくまで喩えです。」

 

提督「お、おう。」

 

2人が言いたいのは、横鎮近衛艦隊には専門知識を備えた艦娘が大勢いると言う事だ。例えば、艦隊防空に関しては一応だが摩耶がいるし、瑞鶴や赤城は航空管制のスペシャリスト、明石は後方で修理や開発をやらせればピカ一だし、金剛などは、艦隊指揮能力で右に出る者がいない。

 

提督「だがまぁ、だからこそ彼女らを失う事はダメージが大きすぎる。養った技術や、備え持つ知識は、幾億の大金よりも貴重なものだからな。」

 

明石「そして、その皆さんの安全を最大限保証させて頂く為にも、頑張らなければなりませんね。」

 

提督「お互いにな。」

 

明石「はい!」

 

 

10時30分、敵機動部隊から第二次攻撃隊が発艦開始との緊急電が飛び込んできた。既に第一次攻撃隊は攻撃を完了しており、次の攻撃までの間に時間的なラグが生じていた。

 

~敵機動部隊~

 

装甲空母姫「急いで! 次の攻撃が来てしまう前に!」

 

漸く発艦を開始させる事が出来た深海棲艦隊にとって、如何に早く攻撃隊を出すかは死活問題であった。

 

その時、敵艦隊上空には所々に雲が立ち込めており、上空の視界は余り良くなかった。

 

 

~横鎮近衛艦隊~

 

提督「第二次攻撃隊が発艦を始めたか。」

 

明石「まずいですね・・・。」

 

提督「まだ敵の攻撃は終わっていないからな。今はまだ上空直掩機の交代は出来ん。」

 

明石「はい・・・。」

 

後部見張員「“直上に敵機!”」

 

提督「迎撃、転舵しろ!」

 

明石「了解、面舵一杯!」

 

対空指揮所「“対空指揮所了解!”」

 

明石「触接機より入電、第二次攻撃隊が、攻撃を始めました!!」

 

提督「何ッ!?」

 

 

10時31分―――それは、刹那の出来事だった。

 

敵機動部隊の雲の切れ間から舞い降りる、夥しい数の急降下爆撃機。濃緑色塗装のその翼は、一心不乱に、発艦作業中の敵空母を目掛けてダイブし、必殺の500㎏爆弾を投下する。

 

続けざまに爆発が起き、それが更なる爆発を誘発し一つの火の玉と化す。敵の攻撃隊が発艦しようとした正にその矢先、地獄の鉄槌が彼らの真上から振り下ろされたのである。

 

対空砲火など撃ち上げる暇もあらばこそ、その隙も与えないその有様は、正に一太刀で纏めて薙ぎ払ったかのような、鮮やかな攻撃であった。これによって、敵の空母のおよそ半数以上が、大破ないし葬り去られたのである。

 

更にそれにより動揺する敵艦隊に、雷撃隊が突入を開始する。敵の直掩機は第一次攻撃が終わった直後に帰還しており、一時的な空白が生じていた。この為にむざむざ空域への侵入を許す格好となり、最早有効に防ぐ術などなかった。何故なら第一次攻撃隊は、護衛の艦艇を徹底的に叩いていたからである。これによって生じた対空射撃の穴を、雷撃隊はいとも簡単に突破して見せ、敵の残存空母に魚雷を見舞う。

 

飛び立つ事が出来た敵の第二次攻撃隊は、所定の数の1/5にさえ届く事は無かったのである。それでいて、帰る母艦は目の前で葬り去られていた・・・。

 

 

提督「・・・そうか、敵は退避を始めたか。」

 

明石「その様ですね・・・。」

 

その報告を受けた横鎮近衛艦隊は、すぐさま追撃に転じる事を指示、同時に第一次攻撃隊の収容準備を始めさせたのであった。

 

11時03分、直人の命を受けた瑞鶴の指示で、二航戦と六航戦から第三次攻撃隊が発艦する。機数は、六航戦110機、二航戦90機の合計200機、七航戦である雲龍は待機し、敵の情勢を見極めた後に一航戦と三航戦の残余機と共に攻撃を行う手筈である。

この措置は雲龍の練度が低い事にも由来したが、何より七航戦の稼働機が51機と少ない事に最大の理由があった。

 

 

提督「・・・雲龍の出番はないかも知れんな。確かに直衛では活躍したが。」

 

明石「何故です?」

 

提督「第一次攻撃で直衛戦闘機と護衛艦を叩かれ、第二次で母艦の大半を撃破された。第三次攻撃隊を防ぐ余力も無ければ、後退中の敵は士気も下がっている。第三次攻撃隊が残余の艦艇を徹底的に叩いて、今回はおしまいだろうね。今回の一撃で、敵の反攻作戦はその計画を修正せざるを得なくなるだろう、思う壺さ。」

 

明石「成程、前回の様な迎撃作戦ではありません。こちらが能動的に動くならば、それが妥当ですね。」

 

提督「そう言う事だな。」

 

副長「――――? ―――――・・・(ですがいいんですか? ここで叩かないと・・・)」

 

提督「深追いは無用さ。敵艦隊の主力は空母であって戦艦ではない、窮鼠猫を噛むと言う諺もあるし、無理に追うのは避けるとしよう。直衛機を出して置け瑞鶴。」

 

瑞鶴「“了解。”」

 

提督「念の為だ。敵の第二次攻撃隊に対する警戒の必要性もある。」

 

瑞鶴「“・・・そうね。念を入れましょう。”」

 

提督「うむ。」

 

彼は油断なく、敵の動向に目を光らせていた。その中には、敵が放った第二次攻撃隊の事も念頭に置かれていたのである。もしこれが、捨て身の攻撃をかけてきたらと言う事である。

 

そしてその予測は、11時17分に早くも的中する。

 

 

11時17分 横鎮近衛艦隊

 

明石「第三次攻撃隊隊長機より入電、敵機とすれ違ったそうです!」

 

提督「やはりな、瑞鶴!」

 

瑞鶴「“分かっていますとも! 直掩機を向かわせるわ!”」

 

提督「頼む。1機たりとも近づけさせるな!」

 

瑞鶴「“了解!”」

 

明石「第三次攻撃隊隊長機より追電! 敵の規模は少数だそうです!」

 

提督「それはどの位だ?」

 

明石「お待ちください・・・」

 

 

~2分後~

 

 

明石「敵機はおよそ50機、てんでバラバラでこちらに向かっているそうです。」

 

提督「―――聞いたか瑞鶴、敵は編隊を組む余裕も無かったようだぞ。」

 

瑞鶴「“油断は禁物だけど、直掩機の方が多いわ、大丈夫。”」

 

提督「あぁ、期待して置く。」

 

瑞鶴「“第二次攻撃隊の収容も始めちゃうわね。”」

 

提督「・・・それはそれで大丈夫か?」

 

瑞鶴「“いざとなったら全力で守るわ。”」

 

提督「それもそうだな、不時着するのが一番駄目だし。」

 

瑞鶴「“機体も、パイロットも、どちらも失ったらダメだから―――。”」

 

提督「・・・あぁ、そうだな。」

 

瑞鶴の言葉には、ある種の重みがあった。一航戦を失った後の2年以上の間、瑞鶴は翔鶴や他の空母達と共に、一番苦しい時期を支え、戦い続けてきた。

 

その中で多くの犠牲を出し、また艦載機の陸上転用によって無駄とまでは言いたくないが、無用の損失を出してしまった。マリアナ沖海戦で活躍出来なかったのはひとえに、熟練搭乗員の消耗が最大の原因だったし、レイテ沖海戦で半ば囮のような役割を受け負わされたのは、機材の不足が祟った為である。

 

瑞鶴は、戦場の厳しさを知る空母だ。そこには栄光以上に、苦難の来歴があった。故にこそ、瑞鶴は真の意味で航空戦の本質を知る空母艦娘と言う事が言えるだろう。

 

 

横鎮近衛艦隊の西方25km前方で、直掩機と敵第二次攻撃隊の戦闘が始まった。しかし護衛の戦闘機の勇戦も多勢に無勢、75機の直掩機を前に、50機程度の敵第二次攻撃隊は難なく蹴散らされ、全ての機体が撃墜されるか、爆弾や魚雷を投棄して離脱した。

 

一方第三次攻撃隊は11時41分、退避する敵機動部隊への攻撃を開始した。しかし、敵からの抵抗は予想より激しく、指揮官機からは次の通りの電文が横鎮近衛艦隊旗艦、重巡鈴谷へと送られた。

 

曰く『敵主要戦力は未だ健在、第四次攻撃の要有りと認む』

 

 

11時46分 横鎮近衛艦隊

 

提督「・・・備えあればと言う事だな。宜しい。瑞鶴へ、作戦想定1-4-3に従い、第四次攻撃隊を発進せよ。」

 

瑞鶴「“了解、1-4-3を発動するわ。”」

 

作戦状況Ⅰ、作戦第四段階、想定三「敵機動部隊が第三次攻撃実行の時点において健在と判断せる場合、追加の攻撃を直ちに実行する」と言う内容で、更に1-4-3には-3-Aと-3-Bの、追加攻撃の結果に基づく派生された想定も存在する。この様に1つのケースの複数の想定を準備する事が作戦立案では重要だ。

 

提督「雲龍、初の攻撃隊だ、しっかりやれよ。」

 

雲龍「“えぇ、やってみるわ。”」

 

提督「今回の作戦は君の評価試験も兼ねている、それによっては今後、より活躍の機会も広がるだろう。」

 

雲龍「“分かっているわ、最善を尽くすつもりよ。”」

 

提督「うん。」

 

 

11時50分、一航戦、三航戦、七航戦から第四次攻撃隊が発進する。機数は一航戦から70機、三航戦から80機、七航戦の雲龍は41機を発進させた。この時点で第三次攻撃隊は攻撃中であったが、二航戦と六航戦から成る200機の攻撃隊は、この攻撃で30機以上の損害を出している。

 

それと引き換えに、敵の護衛艦隊主力に対し大打撃を加え、また空母の一部に追加攻撃を加えて撃沈する事に成功している。これに対しさらに第四次攻撃隊が12時39分に攻撃を開始、この攻撃によって敵機動部隊は空母の大半と、対空火力の中心となっていた戦艦や重巡の大半を失って壊走した。

 

 

12時56分 横鎮近衛艦隊

 

提督「攻撃前進中止! 巡航速度に落とし、一水打群は一航戦を除き直ちに収容する!」

 

明石「了解!」

 

副長「――――! ――――!(配置配備解除! 艦娘収容用意!)」

 

提督「深追いは無用だ、これ以上は燃料も持たん。」

 

金剛「“テイトクゥー! コングラッチュレイション!”」

 

提督「おう、ありがとう。何とか終わってくれたな・・・。」

 

金剛「“そうデスネー、終わらなかったら大変ネー。”」

 

提督「うむ、全くだ。さて、急ぎで戻りたい所だが、全速でかっ飛ばすと燃料が持たんし、第一もう一つやる事もある。」

 

金剛「“『例の件』デスネー?”」

 

提督「そうだ。それに向けて、今は休もうか。」

 

金剛「“賛成デース。”」

 

 

その後、隊伍を整頓し、艦載機を収容した横鎮近衛艦隊は、13時26分に反転、ペナンに向けて帰路に就いた。帰りは行きよりも厳重な警戒態勢を敷き、昼間は艦載機も飛ばして前路警戒を行った。

 

 

12月6日6時30分 ベンガル湾南方・横鎮近衛艦隊

 

提督「・・・。」

 

 

グゥゥゥゥ~・・・。

 

 

提督「・・・はぁ。」

 

明石「・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

起床後直行で羅針艦橋に来た直人。

 

提督「まだか大淀?」

 

大淀「先程から156.80MHzに合わせていますが、まだですね。」

 

提督「そうか・・・。」

 

156.80MHzは、国際VHFで16chと呼ばれている無線の周波数である。主に船舶同士の通信に使う周波数帯である国際VHFの中で、主に遭難通信や安全確認、及び、相手の呼び出しなどに使う周波数である。

 

大淀「あっ、来ました!」

 

大淀が電波の受信を伝える。

 

提督「良かった・・・。」

 

大淀「“こちら日本艦隊、気高き鷲よ、状況知らせ。”」

 

「“こちらドイツ海軍遣日派遣艦隊、全艦健在なり。”」

 

大淀「“吉報を祝す、以後国際VHF06chにて交信されたし。”」

 

「“了解。”」

 

※以上英語での交信。

 

提督「ドイツ艦隊は無事らしいな。」

 

大淀「全艦無事辿り着いたようです。この情勢下では奇跡と言えるでしょう。」

 

提督「イギリス軍がアデンやスエズ、ジブラルタルにも展開していると言う話だからな、敵が察知出来なかったとしても無理はない。」

 

明石「通信分析出来ました、どうやらそう離れてはいませんね、この電波妨害の中で船舶通信が出来た訳ですから、まぁそうでしょうけど。」

 

提督「と言う事は今日中に合流できるかな?」

 

明石「と思います。」

 

提督「よし、それなら俺はまず飯を食ってくるよ、腹が減ってしょうがない。」

 

明石「はい、行ってらっしゃい。私もあとから行きますね。」

 

大淀「では、私も。」

 

提督「よし、一緒に行こうか。」

 

大淀「はい。」

 

6時起きの直人は、漸く朝食にありつく事が出来るとご機嫌で艦橋を降りて行ったのであった。

 

さて、突如としてインド洋に現れたドイツ艦隊。一体何事であるのか? その答えは、未だ明かされていない事象に関係していた。

 

 

11時20分 ベンガル湾南方

 

提督「あれが話にあったフリゲート『F223 ノルトライン=ヴェストファーレン』か、バーデン・ヴュルテンベルク級フリゲートの2番艦だが・・・ぶっちゃけ7000トン超えてる時点で海自の護衛艦(=駆逐艦)と変わらんよなぁ。」

 

明石「そうですね・・・確か、対空・対潜性能と引き換えに、長期作戦行動能力を付加したクラスでしたっけ?」

 

提督「そうだ、クラスの就役は2018年からだが、40年近く頑張っている老朽艦だ。と言うか、よく残ってたもんだ。少し後ろに控えているのは護衛のザクセン級フリゲート「F220 ハンブルク」だな、ミニ・イージス艦と呼ばれたザクセン級の姉妹艦では唯一の生き残りだが、あれはもう10年ほど古い。」

 

明石「旧式艦しか残ってない、と言う事ですか?」

 

提督「戦争が始まったのが2040年代に差し掛かった頃だ。ザクセン級は退役カウントダウンだったらしいが、急遽生じた需要に基づいてバージョンアップさせざるを得なかった、と言うのがホントの所らしい。」

 

明石「どれだけ予算がないんですかそれ・・・。」

 

提督「日本も人の事は言えてない。」

 

明石「そうでした・・・。」

 

事実消耗に対して補充は全く追い付いていない訳だが。

 

提督「他にいるのはレーン級給油艦・ベルリン級補給艦・エルベ級支援母艦が1隻づつ、あとは・・・げっ! 小型艇が5隻もいる!」

 

明石「えっと、艦影識別・・・ありました、ゲパルト級ミサイル艇です!」

 

提督「骨董品レベルじゃねぇか、あんなもんよく使ってたな。あと1隻、ブラウンシュヴァイク級コルベットがついて来てるみたいだ。えーっと艦番号は・・・F263、『オルデンブルク』だな。」

 

明石「ミサイル艇を引き連れて来たと言う事でしょうか。」

 

提督「ゲパルト級の次の世代と言う位置付けだしな。しかしそれだとエルベ級がいたのも頷けるな、あれは小型艇への支援が主な任務だし。」

 

ドイツ連邦海軍は、戦争前までかなり低予算で運用されて来た。理由としては制圧に必要な自国の海面が少ない事が理由だったが、これが日本の海自軍とは大きく異なる特徴でもあった。それがために、ドイツ連邦海軍の規模は海自軍と比較してかなり小さい部類に入り、旧型艦が長く使われる傾向にある。

 

提督「ともかく、合同出来た事だけでも、喜ぶべきだろうな。」

 

明石「はい。」

 

提督「瑞鶴、敵機の襲撃があった場合はそちらの判断で対処してくれよ。事後報告で構わん。」

 

瑞鶴「“分かったわ、そう言って貰えると楽ね。”」

 

提督「そうか。よし、明石。ドイツ艦隊に発光信号だ。“会合を祝する”。」

 

明石「はい!」

 

かくして11時29分、横鎮近衛艦隊は、ドイツ遣日艦隊と合流する事に成功したのである。

 

 

11時33分 重巡鈴谷前甲板・2番砲塔左舷側

 

注:はっちゃんの通訳入りです

 

提督「こうして無事に会えた事を嬉しく思います。私が今回この会合任務を日本の艦娘艦隊大本営より仰せつかった、石川好弘少将であります。」

 

独将校「“本国の日本大使館でお話は伺っております。本官はドイツ連邦海軍第2機動隊群司令を務めております、ニコラウス・エッケハルト・シェルベ准将であります。”」

 

※スペル:Nikolaus Ekkehard Scherbe 准将

 

提督「ではシェルベ准将。遠路遥々、困難な任務だったでしょう。支援物資の護送、大変お疲れ様でした。」

 

独将校「“いえ、本官にはこれらの艦隊を、無傷で返すと言う使命があります。その意味で我々は主命は果たしましたが、私の任務はまだ峠を越えたに過ぎません。”」

 

提督「成程、御尤もですな。」

 

独将校「“そちらでもお耳に入っているでしょうが、今回随伴しました輸送船6隻に付きましては、積荷と共にそちらにお預けします。政府は戦後返還して頂くつもりのようですが、手放す覚悟も出来ているようです。”」

 

提督「委細承知しました。我が日本水上部隊は、祖国に成り代わりまして、これらの船舶を出来得る限りお守りするでありましょう。」

 

独将校「“そのお言葉を聞き、政府首脳達も安心する事でしょう。”」

 

提督「ところで、准将の率直な所をお伺いしたいが、宜しいか?」

 

独将校「“何でしょう、お答え出来る事だといいのですが。”」

 

提督「我々は目下太平洋に於いて拮抗した戦況下にあるが、欧州の戦局はどうなっているのですか? 大陸を隔てた遠く離れた戦域です、日本には情報が余りあるとは言えんのです。」

 

独将校「“正直、いいとは申し上げかねます。我がドイツ海軍を始め、イギリスやイタリア海軍も、英仏や北欧の港湾を活用し、艦娘達や水上戦力を総結集して北海や北大西洋、地中海正面に於いて抵抗を続けておりますが、我が方にもかなりの被害が生じており、特に最前線のフランス海軍などは、戦力の半数を失っております。欧州唯一の原子力空母、シャルル・ド・ゴールも現在ドックの中です。”」

 

提督「成程・・・。」

 

独将校「“我々欧州連合軍としては、一刻も早い欧州救援を切望すると、艦隊司令部より言伝も頂きました。”」

 

提督「承知しました。我が艦隊を始め、日本の総力を挙げて、出来得る限りのご協力をさせて頂きます。」

 

独将校「“ありがとうございます。しかし、この艦は大きいですなぁ・・・。”」

 

提督「我が国の技術を結集して作り上げた巡洋艦であります、フォルムは少々古めかしくはあるが、いい船ですよ。」

 

独将校「“そうですか、お国の造船技術は、今も昔も優秀と言う訳ですな。”」

 

提督「そう言って頂けると、私も嬉しい限りです。」

 

独将校「“では、本官はそろそろ失礼させて頂きます。”」

 

提督「分かりました。またいずれ、お会い出来る事を祈っております。」

 

独将校「“それが何よりですな、神の御導きのあらん事を。”」

 

シェルベ准将は直人と敬礼を交わし、鈴谷を辞去する。

「いや~、はっちゃん、ありがと。」

 

ハチ「いえ、提督は外国語が出来ないと伺っていたので、勉強しておいて良かったです。」

 

「ハハハ、面目ない。」

そう、実の所直人は外国語はからっきしなのだった。この事は土方海将や山本海幕長も知っている。

 

「で、そこにいると言う事は受け渡し品のリストだね?」

直人は自分の背後に控えるように立つ大淀を見つけて言った。

「はい、左様です。」

言いつつ大淀はドイツ輸送船に積まれた積荷のリストを手渡した。周辺海域では、日本とドイツの艦娘達がせわしなく哨戒を行っていた。

「えーっと・・・」

 

・FuMO25 早期警戒/射撃管制レーダー1組

・Wurfgerät 42 艦対地ロケット弾発射機2基・弾薬50発

・ウルツブルグ D FuMG39 T"D" 地上用対空レーダー/対空射撃指揮装置1組(艦娘装備対空陣地用)

・FuG202 リヒテンシュタインBC 夜間戦闘機用レーダー10組

・Bf110E-1/R2 戦闘爆撃機 1個大隊40機分(基地航空隊用/分解輸送)

・ラインメタル8.8cm FlaK 41高射砲3門(艦娘基地用兵器参考用)

・ボフォース75mm Lvkan m/29高射砲2門(同上)

・MG17 7.92mm航空機関銃100丁・弾薬7万発(艦娘航空機用/生産参考用)

・MG151/20 20mm航空機関砲100丁・弾薬6万発(艦娘航空機用/生産参考用)

・MK108 30mm航空機関砲200丁・弾薬10万発

・ポルシェ製乗用車10台

・フォルクスワーゲン製乗用車10台

・BMW製乗用車10台

・ラインメタル プーマ装甲歩兵戦闘車10台(陸上自衛軍用)

 

提督「・・・流石輸送船・・・。」

 

明石「潜水艦では不可能な量ですね。」

 

提督「あぁ全くだ。おまけに生産の参考用にと更に航空機関砲をつけて来たぞ、これは本土まできっちり送り届けて貰わんとな。」

 

明石「―――少し融通してくれないでしょうか・・・。」

 

提督「・・・はぁ~。」

 

技術屋熱が伝わって来た直人である。

 

 

11時46分 重巡鈴谷右舷側出撃ハッチ

 

提督「商船護衛を6隻分かぁ・・・。」

 

矢矧「なぁに? 不安?」

 

提督「そうではないけどね。」

 

瑞鶴「上空も固めなくっちゃね・・・。」

 

「―――申告します!」

 

提督「?」

 

船団護衛の打ち合わせ中に現れたのは、見慣れない2人の艦娘であった。

 

「ドイツ海軍重巡洋艦プリンツ・オイゲン、本国からの指示に従い、本日より日本海軍指揮下に配属される事になりました!」

 

「ドイツ海軍駆逐艦、レーベレヒト・マース、同じく本日付で日本海軍指揮下に転入となりました!」

 

提督「あぁ、君達が“例の艦娘”か。まだ配属先は決まっていないが、取り敢えず、君達を日本本国まで送り届けるよ。」

 

オイゲン「はい! 宜しくお願いします、艦長さん!」

 

提督「かっ・・・。」

 

瑞鶴(“艦長”・・・)ククッ

 

オイゲン「・・・?」

 

提督「ま、まぁ、宜しく頼む。」

 

まさかの艦長呼ばわりをされた直人であった。

 

 

だがその約10分後の出来事である。既にドイツ艦隊は帰途に就き、彼らも帰途に就こうとした矢先の事である。

 

12時02分 横鎮近衛艦隊

 

 

パパパパパッパッパーッ、パパパパパッパッパーッ・・・

 

 

提督「敵機だと!?」

 

瑞鶴「“方位350度、軍用機型の中爆20機が接近中、迎撃は出したけど間に合うかどうか・・・!”」

 

提督「なぜそこまで気付かなかった!?」

 

瑞鶴「“低空飛行でレーダーがまかれたわ。距離約40km!”」

 

提督「対空戦闘用意急げ!」

 

明石「はいっ!」

 

やって来たのはハボックMk.Ⅰイントルーダー(Intruder)型双発爆撃機20機の編隊。イギリス軍がアメリカからレンドリースされたA-20双発爆撃機を改造した機体の一つである。素の性能が余り変わっていない(武装に変更がある)為、反跳爆撃では脅威である。

 

瑞鶴「“戦闘機隊空戦開始!”」

 

提督「輸送船を後ろに下げろ! 本艦が囮になる、全速前進!」

 

明石「分かりました、全速!」

 

提督「艦娘艦隊も敵方に前進! 針路上に布陣して対空弾幕を張るぞ!」

 

矢矧「“了解!!”」

 

提督「なんとしても輸送船団だけは守り抜かなくては。」

 

瑞鶴「“距離残り25km!”」

 

提督「げっ、もうそこまで!?」

 

瑞鶴「“戦闘機隊、間もなく離脱するわ!”」

 

提督「戦果は?」

 

瑞鶴「“12機ね、あっ、また1機落したわ!”」

 

提督「よし、高角砲撃ち方用意! 目標、正面の敵編隊!」

 

明石「測的急げ!」

 

刻一刻と敵機が迫る。直人の額を汗が滴る。

 

明石「砲よし、測的よし! 撃ち方整いました!」

 

瑞鶴「“直掩隊離脱! 距離20km!”」

 

提督「撃ち方始めぇ!!」

 

護衛部隊の高角砲が一斉に火を噴き、瞬く間に1機が撃墜される。

 

提督「機銃座、撃ち方宜しいな?」

 

対空射撃指揮所

「“何時でも行けます!”」

 

提督「宜しい。」

 

この後艦隊は懸命の対空射撃を行った末、辛うじて敵機の突破を防ぐ事に成功したのである。

 

 

12月7日10時10分 重巡鈴谷中甲板・ブリーフィングルーム

 

 

ガヤガヤ・・・

 

 

この日のブリーフィングルームは、艦娘達が全員集まっていた。作戦中でもないのに珍しい事である。

 

提督「―――ま、日本式のMVP発表ってのを一つ、形式の例として見せてあげようか。」

 

レーベ「一番活躍した人を決める訳だね。」

 

オイゲン「お願いします!」

 

提督「うん。はい皆静かに!」

 

直人がブリーフィングルームに客賓2人を伴って入室すると、一気に静かになった。レーベとオイゲンは入口の所に控え、直人が登壇する。

 

提督「今回集まって貰った理由についてはもう大淀から聞いてると思う。と言う訳で、今回のMVPを発表したいと思う。」

 

全員が、固唾を飲んで、直人の次の一言に注視する。

 

提督「今回のMVPは―――」

 

 

ザワ・・・ザワ・・・

 

 

提督「―――瑞鶴だ。」

 

瑞鶴「えっ、私!?」

 

提督「そーだよ瑞鶴、ほれ、早く壇上に。」

 

加賀「――――。」

 

瑞鶴「ふっふーん。瑞鶴には、幸運の女神がついていてくれるんだから!」

 

提督「あぁ、全くだよ。今回は本当に運が良かった。と言う事で、瑞鶴に“殊勲章”を授与する。」

 

瑞鶴「ありがとう、提督。」

 

 

パチパチパチパチ・・・

 

 

オイゲン「へぇ~、日本だとこんな感じなんだね。」

 

レーベ「“形式的”な一例って言ってたから、別の艦隊だと違うかもしれないね。」

 

オイゲン「あぁ、そっかぁ・・・。」

 

 

提督「おめでとう瑞鶴、今回の勲功第一は瑞鶴だ。」

 

瑞鶴「フフッ。真面目にやってるだけ、よ。」

 

横鎮近衛艦隊では、この様に全員の前で殊勲章の受勲を行うのが通例となっている。今回は単に早く行ったと言うだけであり、普段鈴谷のブリーフィングルームでは行われない。

 

 

~中甲板・中央廊下~

 

瑞鶴「ふふ~ん、やっちゃった!」

 

翔鶴「えぇ! おめでとう!」

 

加賀「おめでとう、瑞鶴さん。」

 

2人「!」

 

振り向くと、二人の背後に加賀がいた。

 

加賀「・・・頑張ったわね、次もこの調子でお願いね。」ポンポン

 

瑞鶴「―――!」

 

加賀は瑞鶴の肩を二度叩いて、自分のキャビンの方に戻っていく。

 

瑞鶴「・・・えぇ、次も頑張るわ。」

 

 

加賀(・・・認めざるを、得ないわね。)

 

提督に認められる程の大戦果を挙げた事は事実だ。何せ敵の防空網を最初に打ち砕いたのは他ならぬ瑞鶴の航空隊なのだ。更に適切な航空隊の指揮統制、手際よく攻撃隊の発艦を行ったその手腕も、今回の受勲理由になっていた。

 

加賀(後進の者達も、育ってきていると言う事ね・・・、私も気が抜けないわ。)

 

加賀は遂に、瑞鶴を対等な相手と認めた訳である。加賀が特に攻撃に貢献した訳でない事は無いのだが、それでも一航戦に比べ、三航戦は敵防空網が手薄な所を衝いての突入だった為、そこまで実は見栄えがしない。更に一航戦の活躍ぶりを直人も認めたのだ、この心理的影響は大きいだろう。

 

 

とまぁこんな具合で、武勲に対する賞与は精神面に於いてかなり大きな影響がある。日本海軍は、それを怠った所にも問題があった。“精神力は無尽蔵”などと語った日本がこの為体だったのである――――

 

 

12月9日(マレーシア時間)19時43分、横鎮近衛艦隊はペナンへと到着した。港へは既に、リンガ泊地司令北村海将補以下幕僚の出迎えが出ていた。

 

19時50分 ペナン秘密補給港岸壁

 

提督「北村海将補、船団を、お任せします。」

 

北村「うむ、ご苦労じゃったな。ついてはそちらからもいくらか護衛艦を出してくれるんじゃな?」

 

提督「それについては人選も済ませてありますので、ご心配なく。」

 

北村「うむ。では、後は任されよう。」

 

提督「ありがとうございます。」

 

 

提督「では、私が付いていけるのはここまでだ。あとはリンガ泊地の艦隊に任せる事になる。」

 

オイゲン「はい、ありがとうございました、艦長さん!」

 

提督「うん。では、また会えることを願って。」

 

オイゲン「そうなれば嬉しいです!」

 

レーベ「お世話になりました。」

 

提督「うん。二人とも、元気で。」

 

出会いには、別れが付き物だ。しかし彼女らがまた、彼の前に姿を現す事もあるのかもしれない。それは、人と人の運命が織りなす事柄であるわけだが・・・。

 

 

提督「と、そんな訳で。」

 

五十鈴(嫌な予感。)

 

提督「二水戦を率いて船団を本土まで護送宜しく~。」

 

五十鈴「やっぱり、そうなるのね・・・。」

 

提督「当たり前だ、シナ海ルートはまだまだ安全ではない。そこで、対潜戦闘のエキスパートの力がいる。」

 

五十鈴「―――!」

 

そう、五十鈴はこの艦隊で対潜戦闘のエキスパートとしての位置づけにある艦娘なのだ。高い対潜能力とノウハウを使い、周囲の艦娘を指揮して出来る限りの方策を実施する事の出来る艦娘なのである。

 

提督「そう言う訳で二水戦をまるっと全部つけるんで、後は任せたよ。」

 

五十鈴「―――フフン、誰に言ってるの? この五十鈴に全部任せなさい!」

 

提督「あぁ、頼んだぞ!」

 

 

12月10日6時20分、横鎮近衛艦隊とドイツ輸送船団は揃ってペナンを出港した。輸送船団は10ノットで南シナ海を北上し東シナ海に到達、五十鈴や矢矧の二水戦の活躍もあり、12月19日に無事、大阪港に到着した。

 

一方の横鎮近衛艦隊も14ノットで普段通っているサンベルナルディノ海峡経由の航路でサイパンに戻り、12月17日(サイパン時間)7時10分にサイパン島に帰着する事が出来た。

 

この間、渾作戦は無事に成功し、ビアク及びパラオ方面に対する敵の攻勢は水泡に帰した。この戦いで駆逐棲姫と空母棲姫は揃って撤退を余儀なくされたのだが、これは初めて、横鎮近衛艦隊の助力の無い状況下に於ける、艦娘艦隊による超兵器級深海棲艦に対する勝利であった。

 

しかしながら損害も無視出来る量ではなく、立ち直るには1か月近くを要する事は確実であった。だが兎も角、敵の攻勢を二正面に於いて防ぎ止めた事は、十分成果と言えた。

 

 

―――だが、これは横鎮近衛艦隊にとって、果たして栄光ある勝利と言えるだろうか。無論犠牲無くして勝利を得る事が出来ない事は道理である。だが逆に、犠牲を覚悟してまでアフリカに向かい、結果として勝利した横鎮近衛艦隊の戦果は、渾作戦成功の陰で抹消されるのだ。

 

横鎮近衛艦隊は、決して日の当たる事のない艦隊だ。その名は永劫に抹消される事を確約されたようなもので、その活躍を国民は知る術も無く消え行くだろう事は明らかだった。彼らは勝利の凱歌を挙げる事は出来ても、勝利の栄光をその身に浴びる事は決してなかったのである。

 

それでも尚、彼ら横鎮近衛艦隊が戦い続けたのは他でもない、この戦いに“人類の存亡がかかっていたから”である。その為にこそ彼らは陰に命を賭け、そして静かに歴史の闇へと消えて行こうとしたのである。

 

“危険な作戦の肩代わり役”を求めた永納時代の大本営の思惑と、“遊撃戦力としての直属部隊”を求めた現在の山本時代の大本営では、その在り方は矛盾していた。しかし、元より極秘と決まった身であるから、その決まりを覆す術は、少なくとも彼の手が届く範囲には存在し得なかった。

 

2053年は、間もなく、終わりを告げようとしていた―――。

*1
同機の略称




艦娘ファイルNo.118

長門型戦艦 長門

装備1:41cm連装砲
装備2:14cm単装砲
装備3:零式水上偵察機

遂に出揃った日本のビッグセブンの片割れ。
今回の作戦では出番がなかったが、今後の活躍に期待がかかる所。


艦娘ファイルNo.119

巡潜乙型潜水艦 伊号第十九潜水艦

装備なし

特に変わった所があるようには見えない潜水艦娘。
かなりグラマラスな体つきだが、それがもとで直人に不思議がられてしまうと言うオチが付いた。今回も出番はなかったが、今後活躍の場は用意されるだろう。きっと。

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