異聞 艦隊これくしょん~艦これ~ 横鎮近衛艦隊奮戦録   作:フリードリヒ提督

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読者の皆々様、新年あけまして、おめでとうございます。(と言っても1年前の挨拶です)

青葉「今年も何卒、宜しく申し上げます。」

2016年の元旦をこうして迎えられたことを嬉しく思います。ここまで来られたのも沢山の応援があってこそです。

昨年は沢山のご愛顧を賜り・・・と言えるほど多くはありませんがしかし、私にとっては十分すぎる程の閲覧と応援、重ねて御礼申し上げると共に、今年1年もどうか、よしなにお願いしたく存じます。

青葉「あまりに感謝し過ぎて読者の方々に媚びている様に思われても仕方ないですが、こう見えて本当に感謝しているんです、私も嬉しいです!」

そうだねぇ、それこそ額を地に付けて礼を言っても足りません。それだけに感謝の言葉を述べる事しか出来ません、そこが限界ですし。

青葉「ですねぇ。」

さて、新年最初の更新、2016年最初の放談は、前章で出てきたゲルリッヒ砲とSN作戦についてです。

青葉「来ました兵器うんちく。」

ゲルリッヒ砲は、正式には「口径漸減(ぜんげん)砲」と呼ばれるもので、砲尾(砲身の最後部)から砲口にかけて、砲身の内径が小さくなると言うタイプの火砲です。砲弾には徹甲弾の芯に軟金属を巻き付けた専用弾を使用します。

この類の砲の利点として、砲弾に巻かれている軟金属がライフリングに食いつきながら変形し、ライフリングと砲弾との隙間を埋める事によって、通常の砲よりも高い圧力で砲弾を撃ち出すことが出来る、砲口初速が大きくなると言う点が挙げられます。これはつまり、口径を縮小しつつ縮小前と同等の貫通力を持った大砲が作れる訳という理屈になります。

しかしその独特の作りが災いして砲身寿命(何発撃ったら砲身交換しないといけないかの目安)が短いと言う欠点があり、また欧米各国では高圧に耐え得る砲弾を実用化できず実用不可能とされた。

ところがこれを理論化・実用化に導いたのがヘルマン・ウルリッヒというドイツの人物。

彼は先に述べた砲弾を考案し、タングステン弾芯に軟金属を巻き付ける事で高圧に耐える砲弾を実用化、1940年には口径の異なる3種の口径漸減砲がドイツ国防軍に採用、ヘルマン・ウルリッヒ氏に因んでゲルリッヒ砲と呼ばれる様になった。

直人の艤装紀伊が装備する120cm(120mm)ゲルリッヒ砲は、砲身寿命120~140発程度、最大射程1万7200m、有効射程は1万1900m、口径は120mm~100mm、弾種は徹甲榴弾のみで初速は902m/sというスペックを持つ。

青葉「・・・射程長くないですか?」

そりゃ洋上で使うんですし。改修したらしいですねぇ。

青葉「なるほど。」

ではSN作戦について説明していきましょう、ちょっと長くなります。

1942年5~6月、日本海軍空母部隊は危機に瀕していた。

5月に珊瑚海海戦で翔鶴・瑞鶴が行動不能、祥鳳が沈没したのに続き、6月にはミッドウェー海戦において、作戦指導不徹底によって空母4隻を葬られた日本海軍は、新たな空母部隊として第3艦隊を編成、第1機動部隊の残存に空母とその護衛艦を追加して、その司令官に小沢治三郎中将が任命された。

しかし空母の数だけは揃えたがその実は大小空母の寄せ集めであり、米機動部隊とやり合うには、艦艇相互間の訓練も航空隊の練度も不足であると言わざるを得なかった。

GF長官である山本五十六大将は既定方針の転換を決定、第2段階作戦として予定されていた『MO』・『N』・『FS』の3作戦の中止を指示すると共に、ソロモン方面の防衛態勢、特に制空権を確固たるものとする為、『SN作戦』を立案・発動した。

この中止された3作戦(第2段階作戦)については機会が訪れ次第説明する。

SN作戦のおおまかな概要は、ソロモン諸島の飛行場立地に適した場所、特に戦略的価値の高いと思われる個所に、必要があれば上陸し制圧後飛行場を建設、航空隊を配備すると言うもので、その一環として行われたのがガタルカナル島への上陸と、飛行場の設営だった。

しかし結果としてこの作戦は米軍の反攻作戦である、『ウォッチタワー(望楼)作戦』によって水泡に帰し、日本陸海軍はガタルカナル島、ひいてはソロモン諸島の覇権を巡り、米豪海軍・米海兵隊・豪陸軍と凄惨な戦いを繰り広げる事となった。

青葉「第1次ソロモン海戦の事は今でも覚えてます。」

だろうね。三川軍一の指揮の元戦術的勝利を得た、でも輸送船さえ叩いていればね。

青葉「済んだ事ですよ・・・。」

そうだな。

放談はこの辺にしてそろそろ始めたいと思います。

青葉「そうですね!」

では第1部11章、どうぞ。


第1部11章~小康より戦乱へ~

直人がソロモン北方沖海戦から戻って2日が経った。

 

直人は艦隊の損害状況のチェックと艦隊への補給を急ぎ、今日その被害報告書がまとまったことを知らされた。

 

 

 

12月1日11時18分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「・・・白雪・五月雨・深雪・初春大破、但し前線で修理をし中破程度まで修復。その他大小艦艇22隻に大小の損害あれど重大なものには至らず、一部は前線で完全に修理を完了せる模様―――そうか、思いの外損害が少ないのは僥倖だった。」

 

この戦いで金剛は艤装に一部破損を生じたが、紀伊の修理装備によって前線で万全な修理を終えていたのだ。これに見られる様に、少々の損害であれば単独で完全整備が可能な修理能力が伺える。この他にも数隻が前線で損傷を完全に修復している

 

大淀「全くです。修理は急ぎますか?」

 

提督「いや、順次修理という形を取ってくれ。」

 

大淀「分かりました。」

 

大淀はそう言うと一礼して執務室を後にした。

 

提督「・・・はぁ、事後処理が大変だ。」

 

書類の山脈を前にして嘆息して言う直人。

 

金剛「仕方ないデース・・・。」^^;

 

そう言う金剛も目の前には書類の山が積み上がっていた。

 

明石「しかし水際立った撤退でしたね提督。そのおかげで思った程損害もありません。」

 

所用で執務室にいた明石はそう言った。

 

提督「いやいや、艦隊運動は現場に任せてたからね、まぁ今回はこれが吉と出たが凶と出た可能性も否定は出来ん。」

 

明石「そ、そうですね・・・。」

 

勝ったからと言って決して楽観する事は出来なかった直人。退却のタイミング一つにした所で、現場が一つへまをすれば即壊滅しかねない程、際どいタイミングであった事実がある。最悪食い破った包囲陣を閉じられる過程で挟み撃ちにされて、壊滅した可能性さえある程なのだから。

 

そもそも最初の作戦では直人が自ら「単独で」殿を引き受ける事になっていた。それが予定外の援軍によって退却を容易ならしめたのも事実であった。

 

直人の近衛艦隊自体は『勝った』とはいっても全体としては『負けた』戦いであり、直人らの勝利は退却戦時に日本艦隊側が、それこそ死体の骨にこびり付いた腐肉をナイフでこそげ取る様にして積み上げた攻撃の実効と、複数の事象の積み重なりによってもぎ取った、奇跡的とも言える戦術的勝利に過ぎないのだ。

 

提督「今回も幸運が我が身を助けた。だが次はどうか、その次は? そう考えると楽観できん・・・。」

 

明石「そうですね・・・。」

 

陰鬱そうな表情をする直人は、秘書艦机に座する金剛に声をかけた。

 

提督「金剛!」

 

金剛「―――ン? なんですか?」

 

提督「艦娘達がこの一戦で慢心しない様、今一度意識の引き締めを図っておいてくれ。」

 

金剛「・・・それがいいデスネ、了解デース。」

 

直人と同じ懸念は金剛も抱いているものだった。これまで殆ど連戦連勝を重ね、戦局に大なり小なり貢献してきたのだが、その度に損害が尋常ではないのは、読者諸氏には記憶にあると思う。

 

直人も金剛も、死線をくぐりかけた。どちらも味方のフォロー無くしてはこの世に最早留まれない程のものであり状況だった。それが今回の私闘に於いては重大と言えるほどの大打撃を受けていないのだ。(唯一つ時雨の下着と、駆逐艦4隻大破を除けばだが)

 

駆逐艦に大破艦が出た以外の目立った損害と言えば、伊勢・日向・山城・蒼龍・摩耶中破、金剛・榛名・霧島・扶桑・赤城・千歳・高雄小破、他に比叡が小口径砲弾を喰らって火災を生じ、一部に損害が見られた程度だ。

 

即ち、直人に限らず全員がみな幸運だったのだ。

 

しかし悲しいかなその幸運はいつの時代も慢心を産み続けている。それを、金剛と直人は危惧していた。つくづく息の合った二人である。仲睦まじいようで何よりでござる。(関係無い)

 

提督「たとえ勝ったからと言って綱紀を逸脱する事が無いよう訓示を厳とするように。OK? 総旗艦殿♪」

 

涼しい顔に微笑を浮かべ、書類に目を通しサインをしつつ言う直人、時折かなり面倒臭がる(あまり口には出さないが)のとは対照に、やると決めたら基本的に通すのが彼の基本姿勢である。

 

但し自分にとって一分の実利も無い事にはあまり乗り気にならないが。

 

金剛「心得ていマース、元帥閣下♪」

 

仲睦まじい事で宜しい事ですなぁ・・・(顎さすり

 

 

 

12月2日12時20分 サイパン島北端/バンザイ・クリフ

 

 

ヒュオオオオオオオ・・・

 

 

提督「・・・。」

 

崖を風が撫で切る音が辺りに響く。

 

12月に入りサイパンでもそこそこ過ごしやすくなってきたこの時期、彼は予想だにしていないタイミングで物思いにふける事になった。

 

それが、この地が彼にとっての因縁の地であったからかも知れない。

 

 

ブロロロロロロロ・・・

 

 

崖の淵に座る直人の背後で、バイクの軽快なエンジン音が響いてきた。

 

提督「ん・・・?」

 

直人の中で、自分以外にバイクに乗れる者と言えば、この時点で一人しかいなかった。

 

直人が見た先には、大淀がバイクで荒廃した道をこちらに来ていた。

 

ただこの時ばかりは直人は立ち上がって出迎えるでもなく、座ったままに視線を戻し、虚ろな眼で北の虚空を眺めていた。

 

大淀「提督。」

 

気付けば、直人の背後に大淀が来ていた。

 

提督「大淀か・・・。」

 

直人は、心此処に在らず、と言った様子でその名を呼んだ。

 

大淀「どう、なさったのですか・・・?」

 

提督「いや、少し物思いにふけっていたのさ、この冬の海に。」

 

大淀「・・・。」

 

大淀は押し黙った。直人もそんな風に考え込むようなことがあるのだ、という事を知って。

 

直人は普段から好意的に艦娘達と接してきた。その様子には彼が悩み事が無いかのように映る事も時折ある程で、その会話の明るさで艦娘達には親しまれている。

 

それが今、自分の目の前で、何処とも知れぬ何処かへ想いを馳せている。そのような一面が、彼にもある事を大淀は知ったのだ。

 

提督「―――5年。」

 

大淀「は?」

 

おもむろに直人は言った。

 

提督「初めて、この海を見てから、だ―――。そうか・・・あれからもう5年か・・・。」

 

大淀「は、はぁ・・・。」

 

提督「“曙計画”、“巨大艤装”、“第1任務戦隊”、“北マリアナ試験攻勢”、“任務戦隊解隊”、“参加兵の左遷と箝口令”・・・この5年、様々な事があった。」

 

直人もその5年もの間のうのうと生き永らえていた訳ではない。

 

海自によって臨時登用され、正義を信じて戦い、海保に移ってもその持ち前の―――と言っても付け焼刃の―――射撃技術を駆使して沈めた深海棲艦も、1隻2隻という数でない事も確かな事で、感状を何度か授与された事がある程だ。

 

提督「そして今や、俺は横須賀鎮守府の重要で、しかも軍機の艦隊を指揮し、またサイパン特根隊司令の肩書とその為の偽名を得てここにいる。」

 

“あの嶋田の失敗を足場にして”、直人はそう付け加え、自分をあざ笑うかのように言い終えた。

 

大淀「提督、そう御自分を卑下なさることも、無いと思います。」

 

提督「だが事実である。こればかりは覆す術もない。」

 

これは半ば事実である。直人が第1任務戦隊旗艦という席に登用されなければ、近衛艦隊司令長官などという職責に任命する為のリストに、彼の名前など上がる由も無いからである。

 

だが逆に、5年も前の上官の失態によって出世できた、などというのは思い上がりにも類する事であったのもまた事実であったろう。

 

提督「奴は曙計画の一件を巡っての責任を追及され軍のエリートコースを外された。そして俺は口封じに閑職に送られた。だが5年後俺はこうして返り咲いている。奴はどうだ? 冷や飯食いを脱する“苦肉の策”として幹部会などという黒幕に甘んじている。俺の方が100倍もマシと言うものだ。」

 

大淀「提督・・・。」

 

言ってしまえばこれは歴史の必然であっただろう。

 

提督「・・・この崖は、因縁の舞台だ。この場所で、俺は泊地棲鬼と手負いの状態で刃を交え、敗れ去った。当時は野砲などの火器をそのままとってつけたような艤装だったからな、120cm砲がその名残だ。砲尾に自動装填装置と弾倉を付けて手動で弾倉交換してたんだからな。それと比べりゃぁ、随分と楽になったもんだ。」

 

艦娘機関、と暫定的に呼ばれる―――そして定着し、正式にこの名で呼ばれる事となる―――この未知の動力で稼働する艤装であらばこそ、妖精による砲弾供給が行われる。誰が命じるでもなく行われる為に、実質的な自動装填と言えない事もない。

 

だがそうなる前の紀伊などの巨大艤装は、手動と霊動力による弾薬装填を行っていた為に、負担が大きかったのだ。それでなくとも、艦娘機関での霊力出力が無い為、全ての機構操作を自身の霊力で賄っていた事もあり、身体的負担は非常に大きい為、核融合炉から艦娘機関への換装は至極当然であり真っ当な判断であったとも言える。

 

提督「ここで俺は重大な戦闘力欠如を生じ、そして泊地棲鬼に、奴と再戦する事を期待されて、おめおめ生きて帰ったという訳だ・・・。」

 

大淀「・・・。」

 

そこまで語り直人はふと我に返った。

 

提督「あぁ―――つまらんことを言ったな。大淀はどうしたんだ? お前が用も無いのにこんなところまで来る筈がない。」

 

大淀「あ、はい! そうでした。軍令部から重要な通信が入りましたので、お戻り頂きたく・・・。」

 

その言葉に直人は立ち上がった。

 

提督「承知した。」

 

そして自らも止めておいたバイク―――CRS250・エクストリームレッドカラー―――に跨ってヘルメットをかぶった。

 

ホンダ・CRS250は、CRF250Lを素体にユニットを換装した所謂近代化改修モデルで、スペックは元モデルにほぼ準ずる。その発売色も同じカラーリングである。

 

このバイクは島内の移動用に直人が土方に頼み込んだものだったが、一応『支給品』として配備されたものであり、期を見て二人づつ、計8人を選抜し免許を取らせる気でいたのだった。その第1陣が大淀と直人であっただけである。

 

大淀もブラックのCRS250に乗り、直人と共に司令部へと戻っていった。

 

 

 

12月02日14時39分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「・・・やはり来たか。」

 

直人は、大淀から渡された通信の文面を見せられ、その内容に予想通りという反応を示した。

 

大淀「やはり、とは?」

 

提督「こうなる事は目に見えていた、という事さ。」

 

大淀「・・・。」

 

直人が持つ通信文の内容は、端的に言えばこうである。

 

 

 

『軍令部人事刷新について布告す。』

 

 

 

提督「ま、あれだけ熱心に発案しといてボロボロにされ、取り返しのつかない被害を被ったんだ、当然総長などは辞職だろう。それに連座する形でやめる者もいるだろうね。」

 

大淀「責任を取らされる訳ですね・・・。」

 

提督「うむ。」

 

要するにそうした理由で職を退く者に変わって、職に就くものが必要、という事だ。また戦死した基地司令官に変わる人事も必要になる。その布告書だったのだ。

 

金剛「それで? 新しい軍令部のリーダーは誰なんデスカー?」

 

提督「まぁそう焦るな・・・」

 

直人は人事のリストを見ていった。

 

 

退役

軍令部総長 永納 将実海将

 

解任

軍令部本部作戦参謀 賀美 茂徳2等海佐

(※注釈1:賀美2佐については精神病院へ移送する。)

軍令部第1部第1課長 春原海将補

軍令部第3部長 東園海将補

 

左遷

軍令部第2部長から第21護衛隊補給担当へ

大迫 尚弥1等海佐

 

解任(免兼)

軍令部総参謀長 土方 龍二海将

注釈2:横鎮司令長官職は留任

 

新任

軍令部総長 山本(やまもと) 義隆(よしたか)海上幕僚長

軍令部総参謀長 宇島(うじま) (はじめ)海将

軍令部本部作戦参謀 黒島(くろしま) 高市(たかいち)1等海佐

軍令部第1部第1課長 伊藤(いとう) 孝介(こうすけ)海将補

軍令部第2部長 大井(おおい) 達也(たつや)1等海佐

軍令部第3部長 尾野山(おのやま) 信幸(のぶゆき)1等海佐

 

 

提督「・・・新任の将校は、当代随一との呼び声高い者達ばかりだ。にしても海幕長自ら軍令部総長か・・・。」

 

大淀「海幕長、ですか?」

 

提督「うん、階級は海軍大将ないし元帥に相当する、海軍の最高司令官だ。」

 

海幕長(海上幕僚長)の地位は、まだ自衛隊と名乗っていた頃の名残でもある。

 

提督「何にせよ、大本営は首脳陣から永納閥が一掃された形になる。大迫一佐もだが・・・。」

 

大淀「・・・。」

 

直人はこの人事を、手放しで喜ぶ気にはならなかったのだった。

 

大本営の人事刷新に呼応して、司令部が潰滅した司令部でも、その再建が図られた。

 

 

まず、戦死したトップ級将官は3人。佐鎮の吉村、舞鎮の栗畑両海将と、大湊の有田海将補がそれにあたる。

 

これにはそれぞれ補充が行われ、佐鎮新長官に達見の戦略眼を持つ豊川(とよかわ) 宗吉(そうきち)海将、舞鎮に深海棲艦研究に携わっている吉田(よしだ) 晴郷(せいごう)海将、大湊警備府長官に、夜戦と潜水艦戦の名手であり闘将として知られる、田仲(たなか) 啓蔵(けいぞう)海将補が任ぜられた。

 

また上海基地司令であった門田(かどた) 陵治(りょうじ)一佐が、前線指揮の職責と持ち場を放棄したことを追及され、左遷の憂き目を見たことを受け、新たな指揮官として水雷戦全般に精通し、土方の下で小笠原諸島方面における夜襲ゲリラ戦を指揮した名将、奈雲(なぐも) 栄一(えいいち)一佐が赴任した。

 

更にSN作戦時に戦線参加して壊滅した艦娘部隊の中に、パラオ・タウイタウイ・高雄基地の防備艦隊の名があり、この3個艦隊に対しては、横鎮・佐鎮・旅順警備府・リンガ泊地から、補充部隊を大本営主導の元で選抜転入させ戦力の回復を図ることとなった。

 

艦娘艦隊の中で壊滅した部隊の任務は、その戦力が回復するまでの間、各防備艦隊と近衛艦隊がその全般を担う事も既に大本営幕僚会議にて決定されており、その旨付属電も届いていたし、彼も了承する所であった。これについて直人は遠征任務として用兵上の要求を充足させる事にしていた。

 

水上部隊に関しては、前線から離れている旅順警備府・上海泊地・舞鶴鎮守府に展開されている部隊を、壊滅した部隊に吸収合併して再編を図る事になっていた。また空軍でも展開した部隊の4割が潰滅の憂き目を見た為、この人員の再配分と再編が急がれていた。

 

 

提督「・・・とにかくにも、新たな体制下で我々は一からやり直さねばならん。此方が苦しい時は敵も苦しい筈だ。」

 

金剛「・・・デスネ。」

 

提督「大淀。」

 

大淀「はい!」

 

直人は大淀に次の指示を出した。

 

提督「司令部周辺海域の警戒体制を一段引き上げてくれ。逆に敵の攻勢があるやもしれん。それと大本営に追加で資源輸送要請を。それに艦艇の修理を急いでくれ。今年年末までに作戦実働態勢に移りたい。」

 

金剛「おぉ!!」

 

その指示に金剛は、気分の高揚を覚えた。

 

大淀「分かりました―――提督、いよいよ作戦開始ですね?」

 

提督「あぁ。ブルネイ東方沖に遊弋する敵を手始めに葬り、各方面の敵を撃滅する事になるだろう。」

 

大淀「はい・・・!」

 

直人もそろそろ決断すべき時期に来ている事を悟っていたものである。遊兵と化していた彼らも、いよいよ戦線へと出る。彼らが、守衛から攻勢へ、受動から能動へと転換する時期が、2052年12月と言う時期であったろう。

 

艦娘達にも、彼自身にも忍耐を強いる臥薪嘗胆の時期は、直人の一声により此処に終わりを迎えたのである。

 

 

 

横鎮近衛遂に起つ! その報と意志は、一両日中に横鎮と各艦に伝達された。

 

 

12月2日17時38分 横鎮本部・司令長官室

 

 

土方「そうか、いよいよ実働準備態勢か。陰ながら数々の激戦を潜り抜けた実力、期待させてもらおう。」

 

土方もその伝達を受けた一人である。

 

 

コンコン

 

 

土方「入れ!」

 

「失礼します!」

 土方の前に姿を現したのは、横鎮の艦艇戦力である第21護衛隊補給担当に転属になった大迫一佐である。

「申告致します。大迫一佐、第21護衛隊補給担当として、只今着任いたしました。」

 

「御苦労。早速で悪いのだが―――実を言うとだ。その隊の補給担当は解任はしておらんのだ。」

 

「それは、一体どういう事でしょうか。」

土方の一言に大迫は疑問を覚えた。

 

「うむ。つまり君の転属命令は、私の指示による偽装だ。これが、本物だよ。」

そう言って土方は大迫に、1枚の辞令を渡す。大迫はそれを一瞥してから悟った様に言った。

「・・・横鎮後方参謀、ですか―――さしずめ直人の・・・横鎮近衛のバックアップに当たれ、という事ですね。」

 

土方「そうだ。奴さんが必要だと言ってきたものを、向こうに届けてもらいたい。これまでは私の仕事だったが、これからは君に任せたい。」

 これまで大迫一佐は、通常業務の傍ら土方からの横鎮近衛向け物資の案件も処理していた。その彼自身も直人とは深い交友がある。

その二人を、実質的に組ませると言う土方海将の人事は絶妙と言うに相応しかっただろう。

大迫「分かりました。謹んで辞令に従います。あいつは私のバックアップ無しでは、恐らくやっていけないでしょうから。大本営の一部からも、よくは思われていないようですしね。」

 

土方「そう言ってくれると思っていた。よろしく頼むぞ。」

 

大迫「はっ!」

 

その頃サイパンの横鎮近衛艦隊司令部では、直人の決定に否が応にも士気が高まっていた。

 

 

 

17時02分 艦娘寮駆逐艦区画・白露の部屋

 

 

白露「いよいよ、アタシの強さを見せる時が来そうね!」

 

白露型の面々は決起集会的なノリで集合していた。

 

夕立「っぽい! どんな戦場でも、暴れて見せるっぽい!」

 

時雨「そうだね、どんな敵が相手でも、負けないよ!」

 

五月雨「やっぱり、私も前線に出るんでしょうか・・・。」

 

不安そうに言う五月雨。

 

村雨「まぁそうなるでしょ、でも、私達がいるわ、大丈夫!」

 

五月雨「村雨ちゃん・・・!」

 

 

 

そう言ったノリで集結しているのは彼女らだけではない。

 

 

~食堂~

 

白雪「いよいよ、私達も本格始動するそうです。」

 

叢雲「フフッ。腕が鳴るわね。」

 

初雪「今までお休み同然だったのに・・・。」

 

綾波「でも、そうも言ってられないです!」

 

漣「早く出撃したいのね!」

 

潮「だ、大丈夫でしょうか・・・。」

 

雷「大丈夫よ! 私か、皆がいるじゃない!」

 

潮「そ――――そうですね!」

 

電「私達も、いよいよ前線ですね。」

 

響「頑張っていこう!」

 

特型.S「オォー!」ババッ

 

 

~多摩の部屋~

 

多摩「にゃぁ~・・・。」ゴロゴロ

 

こたつに入ってごろごろする多摩。

 

球磨「いよいよ、本格的に作戦行動をするそうだクマ。」

 

木曽「らしいな。今までくすぶってたが、これで艦隊の士気も爆発だろうな。」

 

大井「北上さんを見つける為、戦うわ!」

 

長良「いい運動になりそうね。」

 

川内「夜戦の機会も増えそうね。」

 

神通「夜戦、好きですね・・・。」

 

川内「勿論!」

 

五十鈴「なんでもいいけど。私は私を信頼してくれる提督の為に、この力を振るうだけよ。」

 

名取「わ、私だって、睦月型の皆さんを率いて、頑張ります!」

 

由良「私は何処に行けるのかしら・・・。」

 

多摩「こうして楽が出来れば、何でもいいにゃ・・・。」

 

木曽「・・・。」スッ

 

懐から木曽が取り出したるは猫じゃらし。

 

木曽「・・・。」フリフリ

 

多摩「ハッ・・・!」ウズウズ

 

やっぱり猫だった。

 

 

~睦月の部屋~

 

皐月「いよいよだね!」

 

如月「えぇ、そうね。」

 

文月「どんな場所に行けるんだろうねぇ~。」

 

睦月「私達は、皆に比べると少し古いけど、そんな事は関係無いって所を見せる好機よ!」

 

長月「その通りだ! 多少古いからなんだ! 私達は誇りある駆逐艦だ!」

 

菊月「私達を見下すような向きがあるとすれば、それを否定する絶好機だな。」

 

三日月「司令官の指揮の元、私達も頑張りましょう。」

 

望月「ゴロゴロしたーい休みたーい・・・。」ゴロゴロ

 

7人(しまらない・・・。)

 

 

~鳳翔の部屋~

 

鳳翔「いよいよ、ですか・・・。」

 

赤城「はい。私達も私達の誇りを守り、戦いましょう。」

 

加賀「そうね、1航戦の誇り、伊達でない所を、見せましょう。」

 

蒼龍「私達だって、先輩には負けられません!」

 

飛龍「私の艤装、元に戻るといいんだけれど・・・。」

 

多聞「その辺りは、紀伊元帥が何とかしてくれるだろう。」

 

柑橘類「そうそう、気にするには及ばんさ。」

 

鳳翔「ふふっ、そうですね。」

 

 

~金剛の部屋~

 

比叡「お姉様! いよいよですね!」

 

金剛「YES! 気合入れなさい比叡!」

 

比叡「はい! 気合、入れて、行きます!」

 

霧島「先日の様な激闘も、あり得ますね・・・。」

 

榛名「例えそうだとしても、榛名は大丈夫です。提督の為に、勝利を!」

 

 

 

―――各々の動機は兎も角としても、横鎮近衛艦隊の士気高揚は、それそのものが熱を帯びたものとなっていた。

 

艦娘艦隊はその黎明期こそ多難なものであったことは否定出来ない。しかし彼ら横鎮近衛艦隊は、遠くサイパンの地で、新体制の大本営による指導の下で新たな歩みを踏み出そうとしつつ、新たな年に向けて徐々に歩き始めていた。

 

提督(・・・まぁ、思い煩っても致し方ない。新たな年ももう目前だ。新体制となった今の時期なればこそ、再スタートを切る為の準備を、我々はすべきであろうな・・・。)

 

 

 

~ベーリング海~

 

ヴォルケン「・・・そう、反攻は完全に勝ち切ることが出来なかった、か。」

 

リヴァ「サイパンの艦隊、一体何者なのかしら・・・。」

 

ヴォルケン「さぁな。ただ一つ言えるのは、あの艦隊の司令官が、5年前グァムに来寇し取り逃がした奴の一人だ、という事だけ―――。」

 

深海側では、突如サイパンに進出したこの強力な勢力について、その正体を見極めきれずにいた。情報量の少なささとその規模が、それに拍車をかける形になっていた。

 

リヴァ「調査する?」

 

ヴォルケン「―――あぁ。あの艦隊はまだ情報が少なすぎる。攻めるにしても時期尚早であろうよ?」

 

リヴァ「了解♪」

 

ヴォルケン「奴らの動きも活発とは言い切れない。次に何処へ来る気か―――分かったものではない。」

 

そう言いつつ、彼女―――ヴォルケンクラッツァーは、まだ見ぬ強敵に思いを馳せるのである。

 

 

 

彼ら提督と艦娘達の戦いは今、短い小康から戦乱への道を、ゆっくりと進み始めていた。幾十万の屍を水底に晒した大攻勢をその礎とし、彼ら提督達は再び歩みを始めた。

 

横鎮近衛もそれに合わせるかのように、長い眠りから目覚め、躍動の時期を迎えつつあった。ソロモン水域の大敗を経て、彼らの真価が問われるのは正に、これからと言って過言ではなかった。

 

そして深海もまた、戦列の再編と新たな策を以て、人類に対して圧迫を強めんとすべく、強かに準備を進めている事は、間違いないと思われた。

 

西暦2052年12月、世界は、再び騒乱の機運に満ちつつあった。かたや世界何十億もの民を、窮乏の渦中より救う為に。かたや彼女らの望む悲願を達する為に。例えその結果が両者に如何なる影響を与えようとも、最早人類と深海棲艦、その両者の歩みは止まる所を知らない―――。

 

 

 

――――第1部 完――――


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