「取り合えず、残ってくれた事は嬉しいよ。ありがとな、アニ」
「……いえ。私は私自身に従ったまでです。私を終わらせるのも、
車力の巨人の逃走。
加えて、ベルトルト・ライナー2名も奪還された。
調査兵団としては、かなりの痛手……ともいえるが、間違いなく巨人側であった筈のアニが完全にこちら側に寝返ってくれたのは不幸中の幸い。
これまでは、アキラにさえも心を開く様には見えなかったのだが、今回の件で相応に信じられるだろう、とエルヴィンが判断したのだ。
勿論、リヴァイも納得済みであり、万が一何かがあれば、アキラ自身にケツを拭かせる、と言う事で納得もした。
「「「…………」」」
でも、理解も納得も出来ない部分は当然ある。
アニが帰ってきてからと言うものの、ペトラやイルゼが常に臨戦態勢な様子になって、時折メンチきり合いまでやっているのだ。
方や、以前は1つの班を文字通り踏みつぶし蹴散らした巨人で、普通の兵士たちは……リヴァイ班でさえも恐れをその表情に浮かべているのに、全く臆する事なく、一歩も引かないペトラとイルゼには並々ならぬ覚悟と信念が見える。
本当の意味ではまだ信じていない……と言う事だろうか。
「だはははは! そんな訳ないでしょうが、アキラ教官って鈍感通りこして、ここまでくると呆れちまうな!」
「え? え? どういう事……?」
「あー、でもクリスタはその純情なままでいてくれよな」
今回の件で、多少なりとも向こう側の知識がある事、ほんの一部ではあるが、その片鱗を見せたのはユミルだ。
今の今まで調査兵団の本部にて、ハンジらと色々と話をしていて、あの3人の三つ巴は見てきている。
その帰りの道中でクリスタに上記の通りに聞いたら、思わず吹き出してしまったのだ。
「まぁ、同じ釜の飯食ってた2人が実は巨人だった、っつー事実突きつけられて、混乱しきってる筈なのに、三角関係な修羅場見せられるなんて思っても無かった。おかげで、ある意味あの馬鹿達も救われたかもしれないな」
「コニーやエレンのこと?」
「ああ。腐っても同期だ。……それが
アキラと言う男。
規格外と言う言葉では収まらない。
敵側からすれば、悪魔そのものなのは間違いない。
世界が向け続けてきた悪意、その集合体の様な存在だ。
あの巨人をも遥かに凌ぐ強大な戦力。
ライナーやベルトルト、そして猿の巨人、壁の上に現れた巨人。
少なくとも4人にその存在が知られた訳ではあるが、知ったからと言ってどうするのか、どうすれば良いのか、どうなるものなのか。
……こちら側にいるユミルでさえも解らないし、同情を禁じ得ない。
「アキラ教官のおかげで、皆救われる。救われたんだね。……ライナーたちも、わかってくれたら……」
「それは無理な相談、って言いたいが、私もクリスタの意見には賛成したい。あれは勝てない。巨人のアドバンテージを全部無効化するんだ。どんな手を使ったかは聞いてないが、あの50m級の超大型巨人でさえ、対処できるって言いきっちまったんだ。……無理に抵抗せず、投降する事を勧める」
「ん………」
「ん? んん??」
ユミルは、何処か心ここにあらずな様子のクリスタを見た。二度見した。
もう夜だから、表情が、その顔色がはっきり見える訳ではないが、明らかに………赤い。
「やめとけ! クリスタ!! お前が進もうとしてんのは、いばらの道って言葉が生易しく見える程、修羅の道だ」
「えええ!? い、いきなり何を??」
「それに、お前には俺が居る!! あきらめろ!!」
「だから、何の話をしてるのっっ!!」
その後も夜の空に、陽気な声が響くのだった。
調査兵団本部にて。
入り口が慌ただしくなった、かと思えばエルヴィンが、どうやら戻ってきた様だ。
エルヴィンと共に、リヴァイも入ってきた。
アキラは、エルヴィンと目が合うと同時に、顔を顰めながら苦言を呈する。
「どーせ、中央の豚どもに小言喰らったんだろ? エルヴィン。……つか、なんで俺連れてかなかった?」
「無論、中央が大惨事になるのが目に見えていたからな」
「直情過ぎる馬鹿は、あの手の場所は似合わねぇ。お前は現場が良い。解ってるだろ?」
「…………そりゃ、まぁそうだけど。それでも真ん中で踏ん反りかえってるだけの連中に、皆の事ワーワーピーピー文句言われたら、気ぃ悪くすんな、っていう方が無理だろ」
いつもの毒舌リヴァイも、相手が相手だからそこまでアキラに対してひどく切って捨てたりはしない。
アキラもアキラで、それが解ってるから突っかかったりはせず、ただただ命がけで現場で働く仲間たちの事を思えば、一度更地にした方がマシなのでは? って本気で思えてくる。
「確かに、戦果としては2人とられた。こっちの負けだって言って良いが、敵側がはっきりしたし、壁の外に追い出せた。……あれから、壁の上で見張りは目を光らせてる。対応は出来てる。これ以上こっちに何が出来る? アイツらは常勝将軍にでもなったつもりなのか?」
「………確かに、その辺りは私も同じ様な事を伝えた。2名の裏切り、捕縛予定が奪還された事に対する責任を追及する声も大きく、それでいてこれ以上壁内に入らせるなと厳命してきた。……加えて、アキラのイライラもそろそろ絶頂だろう?」
「通り越してるわ」
中央の腐敗具合は嫌って程理解している。
何せ、あまり大きな声で言ってなかったが……。
「憲兵団、味方だと思ってた団体の中の1人に、リヴァイせんせーの身内に命狙われた時から既に通り越してるよ。なぁ? その辺、ど―思うよ。せんせーとしては」
「そうだな。命狙われたって割にゃ、暫くしたら酒酌み交わしてるお前に呆れてる」
「そりゃどーも。一応、上司の身内だからな。気ぃ使っただけだ。……後100回奢らせるって約束してる。んでもって、中の情報もすっぽ抜いてる。カードだけでいや、もう十分連中追い出せるだけのは調査兵団は持ってる、って思ってんだけどなぁ……。まぁ、中はエルヴィンに任せて俺は外中心だから、あんまこれ以上言うつもりは無いけど」
中も外も、と言うのは少々酷と言うものだろう。
それに、近頃は夢遊病の気でもあるのか、と問いたくなるような様子が見られる、と言う報告も、秘密裡にエルヴィンの元には届いているのだ。
精神的にもかなりきつくなっている筈だから、その辺りの配慮もある。
でも、これ以上中央の腐敗具合をアキラ自身の耳に入らせ続けるのは精神衛生上よろしくない、と言うのも確かだ。
「――――と言う訳で、そんなアキラに朗報だよ」
「ん? どうしたハンジ。俺使わなくても巨人ゲットできる方法でも開発したってか?」
「それはアキラ使った方が圧倒的に低コストだからよろしく頼むよ。相棒っ!」
「いつ、だれが、だれの相棒になったってんだよ、このクソ眼鏡!」
ばんっ! と見計らったかの様に扉を開けて入ってきたのはハンジ分隊長。
いつもいつも、こう言う顔をしているハンジは碌なのを持ってこない、と言うのをアキラは知ってるので、苦虫をかみつぶした様な顔になっていた……が、エルヴィンは違う。
「ハンジ。ピクシス司令の了承も得た、と言う事か?」
「ああ。勿論さ。最高戦力のアキラ・リヴァイ共に、外の敵に向かって遠征中。それも中々帰ってこれない距離。その時もしも―――――――な事が起こったら、中央の王政はどういう対処を獲るのか? 敵は人の姿のまま、入ってこれる情報も浸透している今、彼らがどういう行動をとるのか。色々白日の元に晒して貰うよ」
ハンジはそういうと、片目をぱちんっ、と閉じた。
「散々怒らせちゃダメなひとを怒らせ続けたんだ。ちゃぁんと、その身に解らせてあげないとでしょ?」
そんなハンジの姿を見てイラっとしたのはアキラだ。
うん。間違いなく怒って良いと思う。
内容や胸糞悪さなどは抜きにして……怒らせた回数で言えば、この目の前の眼鏡も同罪だから。
「ほお~~~。なら、ハンジ自身にも解ってもらえる時が来た、って事で良いかい?」
「あっはっはっは! な~にいってんのさ、アキラ! 私が君を怒らせるような事、する訳ないじゃないか」
息をするように嘘をつく……、或いは本気なのかもしれない。
アキラは、、取り合えず内容が気になったので、それ以上ハンジの相手をするのは止めて、腐敗しまくってる豚どもを、何人もの屍を踏み越えて、悲しみを乗り越えて進む者たちを嗤った豚どもを、粛清出来るかもしれない方に耳を傾けるのだった。