―――はっきりと拒絶された。
それは全く考えてなかったと言えば嘘になる。……だが、もしかしたら、程度にしか考えてなかったのも事実。
それ程までに アニが裏切る、寝返るとは思えなかったから。
自分達の故郷へと帰る。―――どんな事をしてでも帰る。
その想いはお互いに同じだった筈だ。
全ては、故郷にいる―――家族の為に。
「ど、どうしたんだよ、アニ! い、行かない……なんて、なんで!?」
ベルトルトは、明らかに拒絶されたのが判っていたのだが、認めたくないのだろう。今にも泣きそうな顔をしつつ、再びアニに向かっていった。
「……何度も言わせるな。私は行かない。行きたければアンタたちだけで行きな」
アニは2人を睨みつけたまま、動こうとしない。
1分、1秒を争う状況でだ。
「なぜだ!? 今、この瞬間を逃せば、俺たちはもう戻れないんだぞ! それに……アニ。お前、言ったじゃないか!」
ライナーは、ここへ来た時のことを思い返していた。
普段でこそ、ライナーは精神の均衡を保つ為に、壁中人類を演じきっていた。数年と言う長い年月が、己の精神の奥深くにまで刻まれ、どちらが本当の自分か見失いかけてしまう程に。
ベルトルトと言う男がいなければ、アニと言う女がいなければ、……互いに故郷へと帰る強い想いをもつ仲間がいなければ、――崩壊していたかもしれない。
ライナーは、蹴りをがむしゃらに放ったからなのだろうか、或いは混乱しているだけなのだろうか、判らないが 息を荒くさせているアニにもう1歩、1歩と詰め寄り、ベルトルトに変わり、その肩を掴む。
「『生きて、帰んなきゃいけない!』 そう言ってたじゃないか!」
ライナーのその言葉にも、アニは揺れるコトは無かった。確かに息は荒くなっている、がその目の中の力は健在だった。心からの拒絶をその目に見た。それを見たライナーもベルトルト同様に驚愕する。
故郷がどうなってしまっても良いと言うのか? 最早故郷や家族に未練はない、と。
たった数年。たった数年の間に、心までもあの悪魔にささげてしまったのか?
心臓をささげられる事を嫌う悪魔に、心をくれてやったのか?
「変な事考えてると思うけど、違うから。……この際、はっきり言う」
アニは、ライナーを手を払いながら、2人に背を向けた。
「今の壁の外に、
思い返すのは、もう5年以上も昔。
―――それは 外の世界の話。
認められる為に、……名誉の称号を得る為に、日々努力し続けた。戦士として 血反吐を吐きながらも前に進み続けた。
考える力の及ばない者は、ただただ盲目に従うのみだろう、ただ個人の目的の為に。ライナーやベルトルトもそうだ。……いや、考えがあったとしても、逆らう等と言う選択肢は最初からない。逆らえば、殺される。……自分だけでなく、家族諸共……この島に送り出されてしまうだろう。若しくは兵器として―――。
如何に、作戦を練っても、秘密裏に行動を起こしたとしても、かの大国は それを見逃さず、等しく罰を降した。
「壁の外と壁の中。……どっちがマシか? 今までは外だ。故郷に帰る事だけを考えてた方が遥かにデカかった。……今は違う。
「悪魔に……、俺たちの未来、だと?」
「そういうけど、あんたらは その悪魔に何度救われた!? ライナー! あんたは戦士か兵士かわかってないくらい狂ってたよな!? 狂った自分を見て考えてみな! それに、私達がどれだけの攻勢を見せても、いったい何回その悪魔に潰された!? 巨人をものともしない男。巨人を単独で殲滅、それも生身で。そんな人知を超えた力を持つ男が、今!! ここに居る!! どんな兵器よりも強力で、どんな巨人よりも凶悪。……そんな男が居る。
アニは絶叫する様に訴える。
そして、息を整えると、今度は落ち着きを払いながら言った。
「世界を、国を、……全ての敵を潰して、私は故郷を救う。……だから、私はあの人の傍に居ると決めた。……もう、決めたんだ」
アニの言葉。
まだ信じられない様な顔を戻さないライナーとベルトルト。
ベルトルトに至っては、目が涙で覆われていた。
「……それを、俺が上に報告して、お前の家族を、お前が望んでる家族を壊すと言ったらどうする?」
「………………マーレがおめおめ逃げ帰ったアンタなんかの言葉なんか信じるとは思えない」
「………それでも万が一っていうのは有る筈だろ。なら、ここで俺たちをアキラ教官に突き出す方が確実だったはずだ」
アニは、そのライナーの問いに対しては何も言わず、ただ口を噤んでいた。
そんな中で、1人近づいてくる者がいた。イルゼに命じられたメンバーではない。
「そりゃ、決まってんだろライナー。お前ら仲間だったんだろ? せめてもの情けってヤツじゃないか。こっから逃がしてやるっていう。その上での決別ってヤツだな」
「……ユミル!」
接近に気付かなかった。混乱しているとはいえ警戒はしていたハズなのに。
まだ壁上で暴れているエレンやピーク、そして兵団の喧噪に紛れてここまでやって来たのだろうか。
「正直、私もそうだったさ。何度も何度もやってくる巨人、それに外の事。未来なんざないって思ってた。……ま、今はアニ側だけどな」
ユミルはアニの傍に立った。
持った剣で4人の間に亀裂を入れる。
「私の望みはクリスタ。ただそれだけだ。……どっちが助かる可能性、未来がある可能性が高いか、もう言うまでもない。……あの人の傍だ。それで、あんた達はもうウジウジ悩む時間なんかないんじゃないか? ……お客さんが、お迎えがやって来たぞ」
四足歩行は、壁の側面を、上を縦横無尽に駆け回る事が出来る。
単純な戦いならまだしも、目的が奪還ともなれば、獣の様に動くピークを二足歩行で基本行動するエレンの巨人では捕えきれなかった。
「どうするんだ!? お前らは!!」
「っ!! べ、ベルトルト!!」
ライナーは、アニとユミルに背を向けた。
そして、まだ動く事が出来てないベルトルトを担ぎ上げると、ピークの方へと走った。
それとほぼ同時に、下から轟音が聞こえてきた。
凄まじい轟音。そして、立ち込める砂塵。見えてるのは巨人の蒸気じゃなかった。
宙に浮かぶ大地の破片を目の当たりにして、悟る。
「! これ以上は、無理……!」
ピークはより速度を上げた。
周囲の兵士、エレンに目もくれずに壁面を走り、ライナーたちの傍へと飛び出た。
口を大きく開き、そして2人を ばくんっ!! と飲み込む。
そして、壁を蹴り、下へと駆け出した。
それと同時に、あの凄まじい轟音の正体とすれ違う。
恐らく、地中に居ながらも、前方の巨人の群れに警戒しながらも、上の喧騒が聞こえていたのか、或いは先ほど撃っていた信号弾が見えたのか、判らない。
ただ、わかるのは 大地をひっくり返す勢いで、地中から出てきたと言う事。
ピークは、その男と交差する瞬間、目が合った。
ドス黒い、何かがその身に纏われているのがわかった。
壁の下であった時以上の狂気に似たナニカを見た。たった一瞬だったがよく判った。
後は、ピークはただただ只管に駆け出すだけだ。後ろを振り返る必要もない。
後は、あの悪魔に捕まるか逃げ切るかの2つのみ。
もしも、逃げ切れたとなれば、奪還出来たのは3人中2人。穴だらけの作戦にしては、及第点だと言える。
『うおおおおおおおおおおおお!!!』
そして、再び聞こえてくるのはジークの雄叫び。
巨人の群れを操り、ピークを援護する。紙切れの様に吹き飛ばす男だが、時間稼ぎにはなる事は確認済みだから。
後は、ただただ只管前へ。信じて進むだけ。
『ライナー、ベルトルト。あとで、しっかり説明してもらうからね!』
そして、ピークはその日。
短い生涯ではあるが、一生分の運を使い果たしたのだと、安堵するのだった。