目が覚めたら巨人のいる世界   作:フリードg

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4話

 

 

 朝日と共に、目を覚ます。

 今日も、明日も……そのまた明日も。

 

 朝日を迎える事が出来るなんて、彼女、イルゼには数日前まで考えもしない事だった。眩く、温かい光が全身を包み込む。まるで母親の腕の中にいるかの様な、安心をイルゼは覚えていた。

 

 目を覚ますと、……今日も彼、アキラも既に起きていた。朝の挨拶もそこそこに、彼は何処かから水を持ってきてくれていた。武器や立体機動装置は放棄したが非常食等の確保は出来ていて、その中には殆ど空だった水筒もあった。 近くに、小川が流れていたとの事で、そこまで行って……、水を汲んできてくれたのだ。今日までで、3度目………だ。

 

 飢えは、まだ何とか出来る。だけど……渇きはどうしようもない。水が無ければ、人間は生きる事が出来ない。巨人に食われるまでも無く、息絶えてしまう。イルゼは、目の前のアキラのおかげで、今日も一日生き延びる事が出来そうだと言う事を理解し、涙を流していた。

 

 その度に、『何でも無い事』と、ただ笑っていた。安心できる笑顔。……日の温もり、全身を包む温かい光よりも、安心できるのはアキラがそばにいてくれているから。イルゼがそう思いなおすのに、時間はかからなかった。

 

「………成る程、なぁ。……随分と大変な所に来てしまったみたいだ」

 

 そして、イルゼは自分自身の事、そして 何より《この世界》についてを、アキラに詳しく説明した。

 

――この世界(・・・・)の人間は今から107年前に……一部の人間を残して、皆巨人に喰い尽されてしまった、と言う事。

 

――そして、その後先祖たちは、巨人の越えられない強固な《壁》を築くことによって、巨人の存在しない安全な領域を確保する事に成功したという事。

 

――そして……彼女 イルゼは調査兵団、と言う部隊に所属して、壁の外へ。無限に広がる世界へ。……死が待っている世界へと飛び出してきた、と言う事。

 

 

「……どうやら、オレのいた場所とは、大きく異なる様だな」

 

 アキラの言葉に、イルゼは強く反応した。《大きく異なる》《アキラのいた場所》それらの言葉に。

 

「……? アキラは、何処から来たの……?」

「……ん。でもな。聞いても信じられない、と思う」

「言って。……私は アキラの事なら信じられるから」

 

 純粋な瞳を向けられたアキラは、軽く頭を掻きながら、イルゼに向きなおした。

 

「お前たちの住む場所に比べたら……、本当に平和。なんだろうな………。格段に」

 

 アキラから語られる世界は、イルゼにとっては、まさに別の世界の話だった。

 

 何処までも続くかの様な人の世界。外を歩けば、人に出会わない事は無い。その世界中、何処ででも。

 

 人が暮らす為の……安全地帯、大きな壁なんて、存在しない。何より……。

 

「巨人が……、いない。世界?」

「………ぁぁ。そうだ」

 

 イルゼが驚愕しているのはよく判る。

 それはそうだ。……数日前に巨人との一戦。そして 何より 何度か木の下に降りて、周囲を見て回った時にも、何度か遭遇した。

 

 つまり、アキラにとって、現実とは思えないこの世界が、もう既に現実である。自分自身の現実である、と言う事を認める事が出来ているのだ。以前の平和な世界はもうどこにもないのだという事も。

 

 だが、イルゼはどうだろうか? ……彼女は アキラの世界を見た訳じゃない。ただ、アキラから聞いただけの話だった。だから アキラの口から出たでまかせだ、とも判断できるだろう。でも、アキラがそんなウソを言う必要性など、何処にあるというのだろうか。

 少し前までは、落ち着かせようと、色々と話しをしてくれたが、今はもうそんな事は必要ないのだから。

 

 アキラは、信じられないだろうな、と思いつつ イルゼの言葉を待った。

 だが、次のイルゼの言葉は、アキラにとって想像してなかった。

 

「そ、そんな……、アキラが、どうして………、こんな、世界に……?」

 

 それは、心底心配する。心配してくれている顔だった。憐れむ様な表情も、何処かあっただろう。でも、不快な気は全くしなかった。

 

「どうして……?」

「だ、だって…… そんな、平和な、平和な世界で いたのに……。何で、こんなに優しいアキラが……、こんな………っ」

 

 その眼には、一筋の涙が流れていた。

 その涙を見て、アキラはゆっくりと手を伸ばした。そして、流れる涙を指先で拭う。

 

「……ありがとな。イルゼ。だが、そんなに心配してくれなくても良いんだ」

「で、でも。此処は、この世界はアキラにとって、関係の無い世界で……。そんな残酷な世界に……「いいんだ」っ」

 

 次に、アキラは頭を撫でた。

 

「オレは、()の世界では、もう死んだんだ。……だから、良いんだ」

「え……? し、死んだ………??」

 

 此処から先の話は、アキラは本当はするつもりは無かった。

 

『別の世界から来た』

 

 それだけでも、信じがたい事実だというのに、その上死んだ、等と更に混乱されかねない事など誰が好んで言うだろうか。

 だが、イルゼの心底心配する表情や言葉を訊いて、言わずにはいられなかった。それに、《優しい》と言う面についても、一言添えたかった。

 

「イルゼ。前の世界でのオレはな。……ぜんぜん、優しくなんかなかったんだ。イルゼ達にとっては、ほんと、贅沢な悩みになるんだろうけど。……死が隣り合わせ、なんて 殆ど考えられもしない世界だったから」

 

 次にアキラは、身の上話を始めた。

 

 以前……つまり、前世、と言う事になるのだろう。その時の記憶の話。

 

 肉親と死に別れ、相続争いに巻き込まれ、孤独を苛まれ………、そして 荒れていったという事実。 

 

 だけど、それはこの世界でもきっとそこまでは珍しい事ではないだろう。色々と壁の中の世界についてを訊いたが、壁の中の世界だけを見てみれば、平和そのものだ、と聞いたから。………でも、外の世界でではこの死ぬ危険度が遥かに高い。完全武装をしても、一度の遠征で100人中2~30人は、巨人の餌食になってしまう。と言う修羅の世界ででは。

 

「だから、この世界に来た事に、そこまで思ってくれなくて良いんだ。でも やっぱ嬉しいな。オレ、そう言うの あまり経験ないからな」

「………」

 

 ニコリと笑うアキラ。

 孤独だったからこそ、今のイルゼの様に思ってくれる人がいなかった。だから、嬉しいんだ。アキラの言葉からそう読み取るイルゼ。……でも、やはり 判らない事があった。

 

「何で……、そんなに平気でいられるの……?」

 

 そう。

 理不尽にも連れられてしまった世界。たとえ死んだとはいえ、仕方なかったとはいえ、こんな世界に送られてくる事なんか、無い筈だ。

 

 その事に嘆く事もなく、アキラは行動した。……助けてくれた。何で、そこまで強くいられるのか。……イルゼは、ついそれを聞いてしまったのだ。聞いてよかったのかどうか、判断がつかないままに。

 

「人間ってさ。……驚きの連続。異常事態の連続が起きてしまうと、もう どうにでもなれ、って自暴自棄気味になったりするみたいなんだよ。オレが良い例だ」

「あ……」

 

 それは、イルゼにもよく判る。

 巨人と遭遇したりして……異常事態にも何度か遭遇して、自暴自棄になってしまった人間を何人も見てきたから。そして、死んでいく者も……何度も見たから。

 

「本当に色んな事が同時に起きた。オレ、死んだから。だから 地獄にでも来たのか? って思ってたら スゲェ草原の中。大自然の中だったから、地獄とは思えなくて、色々と見て回ってたら、あのでかいのがいて。……何だか知らないけど、こんな異常な力も、オレが持ってて……。ここまでくると、正直、訳がわからなくなってくるんだわ」

 

 アキラは、手に持った石を、思いっきり投げた。

 投擲された石は……、凡そ、人間の力とは思えない勢いと速度で飛んでいき、軈て見えなくなってしまった。

 

「だから。イルゼは運が良い。そういったんだ。……オレに力が無かったら、きっと助ける事なんか、出来なかった。そもそも助けにだって行かなかったと思う。あんなでかいのに、勝てるなんて思えないからな」

「……でも」

 

 イルゼは、ゆっくりとアキラの手を握った。

 

「アキラは、私を助けてくれました。そして、今のアキラは、とても優しい。……私には、それだけで十分です。……十分過ぎます」

 

 笑顔を見せ。

 

「私の見識。知識だけじゃ、アキラの事……いえ、アキラに起きた出来事を全部理解するのは 正直無理です。信じる事は出来ても、本当の意味で理解するのは。……でも、私には、優しいアキラ。とても強くて、命の恩人のアキラ。それだけで良いです。……ごめんなさい。無理に、聞いてしまって」

 

 最後には謝罪をしていた。 アキラの事を知りたかったのは事実だが、そこまで混沌としているとは思いもしなかったから。

 

 単純に――壁の外。この修羅の世界で、不思議な力で生き延びてきた種族。その程度しか、考えてなかったから。

 

 アキラは、イルゼの頭をもう一度撫でると。

 

「いや。聞いてくれただけでも嬉しいよ。……ほんっと、イルゼ達に比べたら、生ぬるい世界の事だと思うけど。こんな話、なかなかできないだろう? まぁ、こんな状況にもなかなかならない、なれないと思うけど」

「……はい。そうですね。私でよければ、幾らでもお話、聞きます。アキラさえ良ければ」

「ん。頼りにしてるよ。……でもまぁ、まずは」

 

 アキラは、ひょいっ と後ろから何かを取り出してきた。

 

「まずは腹ごしらえ。だな。てきとーにそれっぽいの取ってきたんだけど……、生憎、オレの知識じゃ判らないものばかりだから。食べれるかどうか、判ったら教えてくれないか?」

「あ……、はいっ! 任せてくださいっ!」

 

 笑顔になるイルゼ。

 

 取り出したのは、アキラが下に降りた時に取ってきた木の実や果物の様なもの。

 外での活動を主とするイルゼにとって、サバイバル知識は持ち合わせている。……一般的には、馬や立体機動装置を失えば、生還する事は出来ない、と言われているが、それでも、万が一、生き延びれた時の為に、と知識を蓄えていた。

 

 それを活かす事が出来る機会に恵まれたのも、アキラのおかげだと言えるだろう。

 

 

 その日……、下には人を喰らう悪魔。巨人たちが何度も何度も横行していた修羅場だというのに、笑みが絶える事はなかったのだった。

 

 

 

 


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