目が覚めたら巨人のいる世界   作:フリードg

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注 まだ アニ出てきません。


36話

 

 アルミンの頭は急速に回転を始めていた。

 この異常事態、緊急事態に混乱していた、と言うのが最も正しい表現かもしれない。

 

 女型の巨人は 突如現れた。

 馬をも軽く凌駕する脚力で急接近してきた。

 

 そして、ネス班長とシスの2人を……殺した。

 

 本当に一瞬の出来事だった。調査兵団の中でも優秀と呼べる2人。その連携攻撃で陣形内に入り込んでいた巨人達を倒していた2人が、本当に一瞬で。

 

「違う……、違うぞ」

 

 そして、アルミンは混乱していたが1つの結論を導き出していた。

 

「アレは、奇行種じゃない! ネス班長教えてください」

 

 もうこの世にはいないネス班長に教えを乞うアルミン。

 

「どうすればいいんですかヤツは!? 通常種でも、奇行種でもありません…… ヤツは! 間違いなく『知性』がある」

 

 巨人が人を喰う事しか頭にない筈であり、結果として殺す事に繋がる。だが、あの女型の巨人は明らかに違う。ネス班長とシスが急所を狙った時 握り潰して、叩きつけた。

 つまりは 殺す為に殺した。

 

「『超大型巨人』や『鎧の巨人』とか、……エレンと同じです! 巨人の身体を纏った人間です! だ、誰が!? 何で!? 何でこんな!! 僕も死ぬ!! まずいよ! どうしよう!? 僕も殺される!!」

 

 錯乱するアルミン。

 そして 当然 容易に追いつかれてしまった。それ程までにこの女型の巨人は速い。速過ぎるのだ。

 

 そして――アルミンは死ぬ寸前にまで追い詰められた。

 

 巨人の踏みつけの衝撃。それは馬をも簡単に吹き飛ばし、小柄なアルミンの身体も木の葉の様に散った。 この時 アルミンは死を覚悟した。だが、ここで起きたのは全くの予想外の出来事だった。

 倒れたアルミンのフードを、その大きな手は摘み上げた。そして アルミンはその女型の巨人と眼があった。ここまで接近して 眼を見たのは初めてだった。何処か射貫く様なそれでいて澄んでいるとも言える眼。 時間にして1秒にも満たなかっただろう。女型の巨人は それ以上アルミンには何もせず立ち去って行ったのだ。

 

 

「………なん、で……? 殺さない? ……今、顔を 確認した……?」

 

 極まる混乱。死ななかったと言う安堵感さえも、今回の疑問の前にかき消された。

 

 何故殺さなかったのか、何故、顔を確認したのか。

 

 2つの疑問が頭の中を独占し続ける。すべき行動を放棄し続けて。このままこの場所で倒れ込み続けたら、今は死ななくとも その内死ぬだろう。通常種か、奇行種か、或いはあの知能のある人間の巨人か判らないが、まず間違いなく死ぬ。馬もないこの状態で巨人の脚から逃れる事は出来ないのだから。

 

 でも、そうはならなかった。

 

 アルミンの元へと駆けつけた兵士達がいたからだ。それは ジャンとライナー。新兵ではあるが 104期訓練兵のトップ10に入る2人が。

 

 そして アルミンは女型の巨人の事を2人に話した。

 

「灰色の煙弾が上がった時点で、異常事態が発生したって事は判っていたが……、まさか そんな複雑過ぎる状況も出来上がっちまってるとはな」

 

 灰の煙弾は女型の巨人が現れた方向から見えた。

 そしてその後には巨人の群が現れた。

 

「……右翼の索敵班は、死の間際にあの煙弾を撃ったんだと思う。使命を全うしたんだ。だが、それでもこの状況はヤバイ。あの女型のせいで下手したら陣形が崩壊しちまう。殆ど全滅しちまう可能性だってある」

「何がいいたい?」

「……つまりだな。この距離ならまだヤツの気を引けるかもしれねぇ。オレ達で撤退までの時間を稼いだりできる……かもしれねぇ。それに 時間さえ稼げば……教官も黙っちゃいねぇだろ。あの灰を見たんだったらな。なら 今すべき事は何をするにしても時間を稼ぐ事……なんつってな……」

 

 ジャンの言葉に、ライナーは耳を疑う。そして アルミンはあの巨人を目の当たりにした為、その印象を ジャンの作戦の結果、高確率でどうなってしまうかを口にした。

 

「あいつには本当に知性がある……。あいつから見れば僕らは文字通り虫けら扱い。……叩かれるだけで潰されちゃうよ?」

「マジかよ……。ハハッ、そりゃおっかねぇな……」

 

 ジャンはそれを訊いても撤回はしなかった。

 

「お前……本当にジャンなのか? オレの知るジャンは自分の事しか考えてない男の筈だ」

 

 ライナーが感じていたのはそれだった。ジャンと長い付き合いだからこそ、感じた違和感だった。

 

 でもジャンは見たから。彼の背中を見て そして自分の道を決めたのだ。

 

「失礼だな……オイ。オレはただ、がっかりされたくないだけだ。勝手にオレの道標にして 勝手に尊敬までした人に。それに、誰の物とも知れねぇ骨の燃えカスにも……な」

 

 身体に強い力が宿る気がした。

 あの時あの骨を、ジャンも同じようにした。遺灰を自身に塗した。……ただの猿真似をしたかった訳じゃない。心に刻み付ける為に、ジャンはそうした。きっとあの世で見てくれているであろう男達に、がっかりされない様に。先に心臓を捧げ逝ってしまったヤツにがっかりされない様に。

 

 

「オレは……! オレには今何をすべきかが判るんだよ! そして、これがオレの、オレ達の選んだ仕事だ!! 力を貸せ!!」

 

 

 ジャンの言葉に、耳を貸さない者など 誰もいなかった。誰も拒否をする者などいなかった。ここから始まるのは 女型の巨人との死闘。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面は変わり、全滅させられた右翼側の班にいた兵士の1人が走っていた。

 

「うっ、い、いたっ……!」

 

 足に擦り傷程度だが出来ていたが走れない程ではない。ただ、絶望なのは馬と離れてしまった点にあるだろう。突然の無数の巨人の襲来。同じ班の先輩たちに守られ、何とか生き延びる事が出来た。その代償に皆が目の前で喰われると言う残酷な現実も突きつけられてしまっていた。

 

「早く、あの子と、合流しないと……。怪我はしてない筈だから……!」

 

 馬とはぐれてしまったのは、あまりの巨人の数、そして大地が悲鳴を上げたかの様に揺れた為操作を誤ってしまったからだ。調査兵団に与えられている馬は専用に品種改良されたものであり、気性も温順で巨人に対してもパニックを起こしにくくなっているのだが、馬も生きている。感情だってある。恐怖だってある。想定を遥かに超えた事が起きれば、人間の様にパニックになってしまっても不思議ではない。

 だから、背に乗せていた筈の主人がいなくなった事に気付かなかったとしても、誰も責められない。

 

 それに、馬がいないと言うこの現状はどうやったとしても、何かを責めたとしても変えられる物じゃない。

 

「はぁっ はぁっ……っっ!!」

 

 走り続けて、走り続けて、今まで巨人に標的にされなかっただけでも十分幸運だと言えるだろう。……だが、巨人に標的にされるのも時間の問題だった。

 

 目の前に立ちふさがるのは6m級の巨人。

 

「あ……、あっ……」

 

 馬もいない。周囲には立体機動装置を活かせる建物や木々も何もないただの平原。

 そんな場所で、目の前には6m級の巨人1体。まるで 『漸く見つけた』と云わんばかりに笑っている。その大きな口を広げ、迫ってくる。

 

「う、うぁ……」

 

 そして、まるで地面に縫い付けられた様に動く事が出来なかった。

 街での戦いで 巨人の恐怖は身に染みている。アレを経験してきたから こんな場面になる覚悟だってしてきた。それでも、調査兵団に入る為に残ったからには最後まで抗おうと心に決めていた筈なのに、動く事さえ出来ない。

 

「わ、わたし……は…………」

 

 

――何のために ここにいる? どうして、調査兵団に入ったんだっけ?

 

 

 圧倒的な死を前にした時、これまでの事が、過去の記憶が頭の中を過ぎる。それは走馬燈と呼ばれているものだ。

 

 

――でも、このまま死んだら私は……。

 

 

 調査兵団に入った理由。それは心に秘めた目的があった。それは潜在的な願望であり、……ある意味。そう、ある意味……エレンに通じる所がある願望。

 

 巨人の大きな手が目の前に迫り、いよいよ死が迎えに来た瞬間だった。

 

 

「…………汚ねぇ手でオレの教え子に触れんな!」

 

 

 死はかき消された。突如現れた人物とその怒号と共に。

 現れた人物は、迫る手を拳で弾き返した。いや 弾き返すと言うよりは吹き飛ばした、と言った方が正しいだろう。吹き飛びながら巨人の手は二股に裂けてゆき、軈ては肩口に掛けて完全に失ってしまっていたから。軈ては何度身体を回転させたかは判らないが、地面に俯せの状態で倒れ、蠢いていた。

 

「ちっ……トドメ刺すのが面倒になったな」

 

 現れた彼は、そう一言だけ言うと一足飛びで倒れた巨人の元へと行った。破損した身体が再生する前にうなじを刈り取り、絶命させた後 またここに戻ってきてくれた。

 

「無事で良かった。……大丈夫か? クリスタ」

「あ……は、はい。アキラ、教官」

 

 差し出された手を見たクリスタ。

 その姿を見て、彼女は……クリスタは、あの時サシャが感じていた事が初めて理解出来た。

 

「よっと」

「わっ!」

 

 アキラは、色々と考えているクリスタをひょいと腕に抱くと、そのまま走る。

 

「だ、大丈夫です。私、走れますから!」

「悪い。それは判ってんだけど、オレがやる方が圧倒的に速いんだ。気分悪いかもしれんが我慢してくれ。死なせるよりマシだ」

 

 アキラはそう言うと、クリスタを抱く力を強めた。

 

「もう少し行った所に馬がいたのを見たからな。クリスタは確か馬の扱いが得意だったと記憶してるけど。……そこまで行ったら大丈夫だろ?」

「あ……はい。出来ると思います」

「よし。良い返事だ。……正直最後までエスコートしてやりてぇ気持ちはあるんだが、今は他にもやらないといけねぇ事が山積みだからな。馬を得たら他のメンバーと合流しろ。 最悪、巨人から逃げる事だけを考えるんだ。……自分の命を第一に考えてくれ」

「っ……」

 

 クリスタは一瞬言葉が詰まった。

 

「返事が無いぞ? どうした?」

「わ、判りました! 了解です!」

「よしっ。……ん。いたな馬」

 

 木陰に待機している様にいる馬を確認すると。

 

「跳ぶぞ。舌ぁ噛むなよ?」

「え……? ひゃあっ!!」

 

 どんっ! と言う轟音が響いたかと思えば いつの間にか自分が宙にいるのをクリスタは見た。立体機動装置を使った訳でもないのに 10mは飛んでいるだろうか、まだ距離があった筈なのに、もう到着していた。馬も逃げそうな衝撃場面だと思うが……常識、非常識は考えれないし 巨人の大きさの方が衝撃が大きい、という事もあって耐えれた様だ。

 そして木陰で気付かなかったが、馬は1頭だけじゃなかった。

 

「2頭もいたんだな……。それは嬉しい誤算だ。こいつら頼めるか? クリスタ」

「は、はい。大丈夫です」

 

 もしも、クリスタの様に馬を失った兵士がいた時の事を考えると可能な限り馬は連れて行きたいと言うのが心情だろう。流石に アキラが連れていく訳にはいかないからクリスタに頼み、そして はっきりと了承してくれた。

 

「よし任せた!」

 

 そう言うとアキラはクリスタの頭を2度、3度と撫でた後。手を放し先を見据えていた。

 灰だけでなく撃ちあがる黒の煙も確認出来る。

 

「後 4、50分程度、かな。……十分」

 

 脚に再び力を入れるアキラ。行き着く先を見据えながら。

 

「また 生きて会うぞ、クリスタ。それも約束しろ!」

「は、はい! 勿論です!」

 

 クリスタの返事を訊いたアキラは 笑顔を見せた。

 この修羅場で 初めてクリスタは笑顔を見た気がした。

 

 

 そして 初めて、初めて……落ち着けた様な気がした。暖かくて心地良い笑顔だったから。

 

 

 笑顔で落ち着ける事が出来たのは、きっと初めてだ。……初めての、筈だ。

 

「………あ、あれ?」

 

 初めてだと思っていた筈なのに、目の前に思い浮かぶ顔があった。

 それは 黒く長い髪の……。

 

 

「クリスタ! 頼んだ!」

「っ……! はい!」 

 

 

 浮かぶ顔は目の前から消失した。今すべき事、今すべき事だけを頭の中に入れて。 

 


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