目が覚めたら巨人のいる世界   作:フリードg

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遅くなりました。非常にスランプ気味ですが何とか。
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23話

 

 今回の襲撃で、一体どれだけの人間が犠牲になってしまっただろう。

 どれだけの数の人間が……巨人の餌食になってしまったのだろう。

 

 目の前には無造作に積み上げられた肉の塊が山積みになっている。それは人だった者の成れの果てだった。

 

 巨人の体内には消化器官が存在しない。故にその身体の容量以上に人間を喰らえば吐き出すしかない。だから このような光景になってしまうのだ。

 

 

 その死体の山を前に唖然とする者も当然ながら多かった。そして、かたまらず分散した死体も多かった。その殆どが身体を喰い千切られていた。

 

 

 それでも嘆く時間はまだ無い。死体の腐敗が続く事で伝染病が蔓延してしまう二次災害が起こるからだ。

 

 それでも、頭ではそれを判っていても仲間だった者の亡骸を見てしまえば 身体は止まってしまう。

 

 

「ありえねぇ……。なんでだ? マルコ。お前に限って……、なんで……?」

 

 

 驚愕、そして唖然。

 その次は、ただ認めたくなかった。

 目の前の現実を。

 

 だからこそ、その口からはもう否定の言葉しか出てこなかった。

 

 それはジャンであり、認めず否定をしたかったのは 身体の左半身が消失し、物言わぬ身体になってしまっているマルコに向けられていた。

 

「だ、だれか…… コイツの最期を見たヤツは……?」

 

 マルコの死を認めたくない。

 誰よりも優秀で最善を尽くし、常に全体を見ている彼は指揮官向きだと皆から言われていた。個としての実力は確かに後塵を拝していたが それでも……巨人なんかに殺される訳が無い、とジャンの中ではそう叫んでいた。

 

「訓練兵。彼の名は? 知っていたら答えなさい」

 

 そこに可能な限り、殉職者の数を把握し その名簿を作成しているミレイ班長がジャンに催促をしていた。

 実は、ジャンに何度か訊いているのだが、彼の耳には届いていなかったから催促をしたのだ。

 

 当然ながら、ジャンの視線は鋭くなる。仲間(マルコ)の死を何も感じない様な女を好意的に見れる訳も、従順に従おうとするとも思えないからだ。ただただ、やり場のない虚無感が彼の中にあり、自然と視線が鋭く、相手を射貫く様に見返した。

 

 だが、その視線も軽く流すと。

 

「……判るか? 訓練兵。岩で穴を塞いでからもう2日が経っている。それなのにまだ死体の回収が済んでいない。このままでは伝染病が蔓延する恐れが……」

 

 そこまで言った所で、ジャンに説明を淡々としているミレイの肩を掴む者がいた。

 

「働きなら、オレがコイツの倍はする」

「なにを……っ! あ、アキラさん」

 

 淡々と仕事を熟していた。仲間達の無数の無残な死体を見ても眉1つ動かさなかったミレイだったが、肩を掴んできた者がアキラだと知ると、流石に冷淡に対応をする様な事は出来なかった様だ。

 それでも、今何をしなければならないのかは判っている。何を優先すべきかも。

 だから、それを口にしようとしていたが アキラが先に言った。彼もよく知っているから。 

 

「……±ゼロにしてやる、だからオレがやるその分を。……少しだけで良い。時間をやってくれ。……彼の名はマルコ。104期の訓練兵団。19班長。マルコ・ボット。……短かったが、オレの教え子だ」

 

 その表情は、まさに無だった。仲間の死を嘆いているのだろう事は判るが それでも表情からは決して読めない。読む事が出来ないと言える程で、まるで能面の様な表情だった。

 

「了解、しました」

「すまない。此処はオレが受け持つ。リコ達の方も手伝ってやってくれ。……1人、倒れたそうだ」

「……判りました」

 

 軽く頭を下げると ミレイは下がっていった。

 ジャンは、アキラが来た事も判っていないのだろう。ただただ、マルコの亡骸を見続けていた。

 

「なんでだ……? お前が……いったい何があったんだ? お前……立体機動装置は、どうしたんだ……? なんで、お前 何もつけてないんだ……? なんで、なんで……」

 

 壊れた絡繰人形の様に、何度も何度もつぶやき続けていた。

 暫くして、ゆっくりとジャンの肩に手を置いたアキラ。

 

「……ジャン。マルコを運んでやろう。マルコは、最後まで戦った。巨人に抗い続けたんだ。否定し続けたら、マルコの戦いまでお前は否定する事になる」

「……アキラ、教官。教官も………、知ってるだろ? コイツは、優秀なんだ……。誰よりも優秀なんだ……。こんなトコで死ぬ様なヤツじゃ………」

 

 否定をし続けているが、それを止めたのはアキラの次の言葉だった。

 

 

「人は死ぬ。誰も死なないなんて言うのは幻想。……そうだな。まさにガキの妄想だ」

「っ……!」

 

 

 アキラを睨みつけるジャン。そして その視線を受け流すと、アキラはマルコを見続けながら続けた。

 

「……オレだって同じだった。ほんのつい最近までだ。ついさっきまで言葉を交わしてたやつが、死ぬなんて思えなかった。判るか? 本当についさっきまで普通に駄弁って、飲んで喰って、バカ騒ぎもしてたヤツだっていたんだぜ? ……殺したって死なない様な減らず口を言う様なヤツだっていたよ。………そいつらは、もう誰が誰なのか判らない様になっちまっていたよ」

 

 アキラが向けるのは、少し開けた広場に積みあがった死体の山。中には完全に白骨化しており、服も完全に無くなっており、腕章等の確認も出来ない。

 つまり、誰の死体なのかが判らないのだ。正確に弔ってやる事も出きない。後で団員数を確認して、知る事になったのだ。

 

 アキラは視線をマルコに戻した後、視線を拳に向けた。

 

「オレは、初めての仲間達の死を前にして、冷静になれなかった。冷静なんて言葉。……そんなもん頭ん中に一切なかった。……誰もかれも助けたいって思った。出来うる全力を出し続けた。最善の策だって誰もが思った作戦だってやった。……それでも、結果は判らなかった」

 

 そう言うと、マルコを抱き起こした。その血がアキラの身体に、そして手に付着する。

 

「悟ったよ。……オレが出来るのは、道半ばで倒れたこいつらの事を、その1人1人を絶対忘れない。そいつらの血を手に、連中と()る。……連中に思い知らせてやるだけだ。受けた痛みと、無念を握りしめて」

 

 受け取る様に血を握りしめるアキラ。

 強く握り絞めた為か、血が流れ落ちていた。

 

 

――それは マルコの血じゃない。

 

 

 ジャンにもそれは理解出来た。

 この地獄を、アキラは何度も経験をしているんだと言う事をジャンは改めて知った。そして仲間達の死に疑問を何度も感じ、葛藤し続けてきたんだと言う事も。

 

 ジャンにもそれくらいは考える事が出来る余裕が出来ていた。そして 今一番何をしなければならないのか、と言う事も。

 

「……教官。オレにやらせてくれ」

「………」

 

 ジャンの申し出を受けて、アキラはマルコの亡骸をジャンに任せた。

 

 常に自分の事を優先させている様子が多々見られたジャンだった。だが、マルコには特別な想いがあるのだろうと言う事を察する事が出来た。マルコは、人の素の部分を読み取って、その人にとって必要な事を言ってくれる男だった。

 それでも、マルコは決して死にたかった訳じゃない筈だ。

 志半ばで命を巨人に奪われてしまった。

 

 それはマルコに限った話ではない。大勢の死者を出した今回の一件。

 それを考えても、如何に技術が進歩しても 如何に巨人を熟知していたとしても、人は決して強いとは言えない。大多数が絶対的な恐怖には抗えるものではなく、死を前には逃げ出したり、恐怖を前に泣き喚いたりもするだろう。

 

 だがそれでも立ち上がり、抗い続ける者達だっている。

 

 自分自身の全てを奪われたその日から、抑えきれない憎悪を滾らせ続けた男がいた。

 圧倒的な力を目の当たりにしても、それでも家族を傍で守る為に共に戦おうとし続ける女がいた。

 そんな2人に負けない様に、おいて行かれない様に 絶望に囚われず 夢を抱き続け、前を進み続ける男がいた。

 

「…………」

 

 アキラは、104期の訓練兵達の事を思い返した。

 教官として働いていた時の事を。

 

 決して皆の事を贔屓目で見ていた訳じゃなく公平に徹していた。それでも、今まで自分が見てきた中でも極めて優秀だったと言える。そして 何よりも手間がかかる訓練兵達だったと記憶していた。

  手間が一手間も二手間もかかり大変だった。大変だったが それでもアットホームな雰囲気もあった。

 

 決してアキラは世話好きだった訳じゃない。でも 皆の事目を離せなかった時期が沢山あった。いつも喧嘩したり、物を盗んだりと悪ガキが多かった。

 

 だからこそ……、大変だったその数だけ沢山の思い出があった。

 

「………何処かで、オレはまだ思ってたんだな。こいつらが死ぬ訳ないって。……何があってもこいつらは、って」

 

 5年前の50m超級の巨人や鎧の強度を持つ巨人襲撃事件があったが、それでもそこから這い上がり、外での生存率の向上してきていた。以前の初めて仲間達の死を経験して、乗り越えられたと思えていた。

 だが、思い知った。

 

 仲間達の死は――慣れる事など出来ない。

 

 

 仲間達の亡骸を前にして、殆ど皆が生気を失った様な表情をしていた。

 

「ごめんなさい……………」

 

 頭部を食いちぎられ、もう誰なのかが判らない状態になっている者の前で立ち尽くし、謝っている。

 

「謝っても仕方ないぞ。……早く、弔ってやるんだ」

 

 気持ちは判るが、それでも気丈に振る舞い 作業を続ける者もいた。

 

 悪い夢なら覚めてくれ、と願う者達も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 軈て、更に一日掛けて 街の至る所にいた亡骸の全てを集めた。

 

 

 

「あんなに………あんなに頑張ったのに………、あんなにやったのに……、全部、全部……」

 

 辛かった。死ぬ思いもした。

 それ程までにきつい訓練の数々。兵站行進、馬術、格闘術、兵法講義、技巧術。

 そして、巨人に対抗しうる事が出来る立体機動。

 

「……全部、無駄……だったのか………?」

 

 仲間達だったもの達を火葬し弔う。

 炎は延々と燃え続け、その亡骸を灰にしていった。

 

 この世に地獄があるとするなら、きっと此処がそうなんだろう。

 

 そう思わせるのには十分すぎる光景だった。

 

 命の灯。 

 仲間達の亡骸を包んだ炎は、もう皆を天へと送り終えたとでも言わんばかりに 消えた。

 

 作業の全てが終わった後も、誰も動く事が出来ない。戻る気力さえも奪われてしまったかの様だった。

 

 

「……………………お前達の命。絶対に忘れない。……無駄には、しない」

 

 アキラは、残された教え子達の遺灰を両手に取った。

 まだ、命の最後の残り香とでも言わんばかりに、遺灰は非常に熱い。それでも構う事無く取り、その遺灰を自身の顔面に塗した。

 

「…………オレは、前に進む。オレは、この残酷な世界で戦い続けると誓ったんだからな。今、立ち止まる訳にはいかない」

 

 まだ動けない皆に言い聞かせた訳じゃない。

 

 教官らしく、絶望をしている元訓練兵達を奮い立たせ、立ち上がらせようとするのが、正しい姿かもしれないが、今のアキラが出来るのはこれが精いっぱいだった。

 

 自分の行動を、前を歩き続ける背中を示す事しか。

 その後に どう行動をするかは、任せるしか出来なかった。

 

 

 塗した遺灰は、アキラの顔を白く彩った。

 

 その表情は……『鬼』と形容するのが一番正しいかもしれない。

 

 鬼の表情のままに、この場をゆっくりと離れる。

 

 俯かせていた者達は、其々がその背中を見えなくなる最後まで追い続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アキラは、調査兵団の集合場所へと帰還した。その入り口、扉にもたれ掛かっているリヴァイを見つけて、軽く頭を下げる。

 

「……悪かったなリヴァイ。……別れは、済ませてきた」

「あぁ。まだする事は多くある。……悪いが、まだ休ませれない」

「休むかよ。残った巨人を、……殺す」

 

 一瞬で戦場と化したトロスト区には、まだ無数の巨人達が蔓延っている。

 壁面近くに群がる巨人は、壁上固定砲を使用すれば一掃できるが、離れている巨人はそうはいかない。

 トロスト区内の巨人の殲滅は必須だからこそ。

 

「班で動く事は忘れるな。……良いな?」

「判ってる」

 

 アキラの表情は もう見なくても判る。リヴァイは、ゆっくりと持たれていた背を離し、アキラの横に立つ。

 

「オレ達は死なねぇよ。……こんな世話のかけるガキを置いて死ねるか」

「………リヴァイの口からそんなセリフが聴けるとは思ってなかった」

 

 軽く笑うアキラを見て、リヴァイは背を向けた。

 

「……あまり言わせるな。オレにも、あいつらにも」

「…………」

 

 視線の先にいるのは、リヴァイ班の皆は勿論、調査兵団の各分隊長達。そしてその中央にエルヴィン団長。

 

 アキラにゆっくりと近づいてくるのはぺトラとイルゼ。

 

「皆でやる。忘れないで」

「単独は駄目だよ。……怒っているのは私達も一緒だから」

 

 そう言う2人にアキラはゆっくりと頷き、肩に手を当てた。

 

 もう、何度言ってきたか判らない。何度思い続けたか判らない。

 これからも出来るかどうか、判らない。それでも アキラは言い続ける。

 

 

 

「死なねぇ ……ぜってぇ…… 死なせねぇ………」

 

 

 

 

 


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