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「100年の平和の代償は惨劇によって支払われた。突然の《超大型巨人》の出現。想定外の事態に対応できるはずも無かった。……いや それだけではない。 我々の技術は、戦術は巨人に勝るものだと、何処か驕りがあったのかもしれない。それも調査兵団の壁外調査の日々の生存率の向上。そしてその成果が実り始めた時期でもあった。……それを人類全体の向上だと勘違いをしてしまっていたのだ。精鋭達の血の滲む鍛錬を、命を懸けたの全てを。……その結果が先端の壁。《ウォール・マリア》を放棄。人類の活動領域は現在我々のいる《ウォール・ローゼ》まで後退した」
これは所謂卒業式、訓練兵の解散式である。
厳しい訓練を終えた訓練生達全員がこの場に集っていた。
「今この瞬間にもあの《超大型巨人》が壁を破壊しに来たとしても不思議ではない。その時こそ諸君らはその職務として《生産者》に代わり、自らの命を捧げて巨人と言う脅威に立ち向かってゆくのだ! 心臓を捧げよ!」
『ハッ!!!』
全員が敬礼をした。
あの時の様に――間違った敬礼をする者も何かを食べながら敬礼する様な者もいない。
全員が心臓に拳を当てて、完璧な敬礼だった。
「あいつらもこれで卒業――か。何だか長かった様な短かった様な……、何処か感慨深い」
「そうだね。アキラは あの子達と一緒にいた時間が今までに比べて最も長かったから、そう思えたのかもしれないよ? 巣立ってく子たちを見て……やっぱり心配? 親の苦労子知らずって言うけど、多分 あの子達……特にエレンって子は絶対無茶ばかりするわよ? ……そう考えたら アキラと一緒だね」
「親の苦労って、オレぁまだ20代なんだぜ? でもまぁ そう言われたら何だか嬉しい気もするな! ……人の歳の事ほっとんど信じねぇ奴らばっかだったし、たまにはなぁ~。うんうん」
「あー……、アキラまだ気にしてたんだ? だいじょーぶだよ。とっても格好良いよ?」
「……うっせ!」
訓練生たちの卒業を見守っているのは、アキラ。そして その付き添いでぺトラがいる。
もう、訓練生たちの一同の姿を見る機会はそうは無いだろうと思えるから。だから今 目に焼き付けている。
あの訓練は 長く。そしてきついものだった筈だ。
だが脱落者は誰一人いなかった。失格となり生産系に回された者も誰もいなかった。
そして 成績優秀な上位10人の名が発表される。
主席 ミカサ・アッカーマン
2番 ライナー・ブラウン
3番 ベルトルト・フーバー
4番 アニ・レオンハート
5番 エレン・イェーガー
6番 ジャン・キルシュタイン
まさに妥当な所だと言えるだろう。
ミカサの秀でた身体能力 難解な科目の全てを完璧に実現する実現力を持っている。
ライナーもミカサに及ばないまでもその精神力とそれを支える屈強な体格を持ち、何より難しいとされている1つである信頼関係。競争心が高い訓練において、仲間達から強い信頼を得ているのだ。
続いてベルトルトもあらゆる技術をそつなく熟す。潜在能力の高さも十分に見える。ただやや消極的な場面もあって 自分に強い芯を持てない性格だからか その辺りがライナー、そしてミカサに劣る面でもある。
「まー、アニもそうだな。最後まで睨むの止めてくれなかったよなぁー」
「……そんなに、残念だったの? アニと仲良くなれなかった事」
「んん? そりゃ 結構付き合いだって短く無いしな、いつまでも ああも邪見されたら流石になぁ……って事だ。 ところで、ぺトラは何で頬をつねるんだ?」
「……別にー。そういうアキラは何で抓られながら、普通に話せてるの?」
「ん これ腹話術の応用だな。ぺトラやイルゼに何度もやられて、自然と身についた」
「………もぅ」
色々と鋭い面も持ち合わせている癖に、自分事の好意の機微を読む事に関しては 全くと言っていい程してくれない。そこに強い不満があるからこそ ぺトラだけでなくイルゼも何度でも抓ったり、捻ったりしてるのである。
そんな事はとりあえず置いといて……続いて発表される。
7番 マルコ・ボット
8番 コニー・スプリンガー
9番 サシャ・ブラウス
10番 クリスタ・レンズ
この中で……とある名前を次々に訊いてしまった為、思わずアキラは噴いてしまっていた。……誰の名前を訊いて噴いてしまったのかは、言うまでも無い。
「……サシャとコニーが上位10以内? トップ10?? マジで??」
「マジだから呼ばれたんじゃない? でも良かったね。色々と見てあげてたし。評価されてるよ」
「……いやいや、意外性が結構強いよ正直。確かに身体能力は引けを取らないし、立体機動においても優秀だと思う……けど、何だかなぁ……。個性が強すぎるせいか? ハゲに賄賂でも送ったか?」
「そんな事出来る子達だと思う?」
「思わない。……コニーはそこまで頭回らんと思うし、サシャに至っては飯盗みの常習犯だ。盗んでも送ったりはしないな」
はぁ~とため息を吐きながらそう呟くアキラ。色々と目立つ2人だったから 何かと目をかけてた訓練生たちだった事はぺトラも知っていた。感慨深さもあるのでは? と思ったが本当に意外そうな顔をしてて 軽く苦笑いをしていた。
「クリスタか。あの10人の中に限ったら一番絡みが少なかった子だな、確か……。 あの子は成績も優秀だったし、色々と世話をやいてた。本当に優しい良い子だとも思ってるけど 色々と無理してる気もするんだよなぁ」
「そう言えば、サシャにパンを分けてあげてたって話だったよね? アキラがあの子を見捨てた後」
「人聞きの悪い事を言うなって。ありゃサシャが悪い。何度も注意しても聞かんかったし、盗んだのまたハゲ教官にバレたんだ。庇うのはお門違い。アイツが鳥頭だったせいだって事で反省をして貰ってたんだよ」
「あはは。……それで アキラがパンをあげに行く前に先を越されたってわけかな? そのまま放置するつもりなんて、無かったでしょ?」
「……ま、そんな感じだな」
面白い具合に餌付けしていたアキラ、流石に今回はお灸をすえる、と言う事で 甘やかさない方向を考えていた様だが……それでも、最後まで放っておくつもりは最初から無かった様子。
罰を受けてたサシャにまたパンを――と言う所でクリスタがサシャに自身の夜食であろうパンを分け与えていたのだ。分け与えた……と言うより パンを見るや否や 匂いで気付くや否や、巨人顔負けの捕食をサシャが見せた。あ、ッというまにパンを掻っ攫ってしまっていて、思わず笑ってしまっていた。
そこで見たのはクリスタだけではなかったが、それ以上は特に何もするつもりはなく(サシャも大丈夫そうだから)アキラは立ち去っていた。
そして10人の発表が終わった後は3つの選択肢、即ち 《駐屯兵団》《調査兵団》《憲兵団》のいずれかに所属する事になる説明を受けて、それでこの卒業式の全てが終了した。
「おっ、漸くだな。かたっくるしいのも終わった様だ」
「もう。大事な式なんだよ? アキラも一応は教官なんだからさ。その辺りをしっかりしないと示しがつかないかもだよ?」
「ははは。悪い悪い。やっぱ苦手なんだよなぁ。こういうの」
ぺトラのごもっともな意見だが、今更アキラがしっかりとばっちりと振る舞ったって、今更感が拭えないのも事実だろう。
「それで、アキラは皆の所に顔出すの? もう暫く会えなくなるんだし」
「まぁな。一言『頑張れよ!』くらいは言ってから戻るつもりだ。ぺトラはもう戻るんだろ? もうちょいで出発だし」
「うん。他にも色々と準備とかが残ってるからね。……アキラも集合時間に遅れないでよ?」
「りょーかいりょーかい。リヴァイの小うるさい説教なんか聞きたくないから、その辺は気ぃつけるよ。んじゃ 後で」
ぺトラと別れた後、アキラは訓練兵達と会えばちょくちょく労いの言葉を贈った。『胡散臭いなぁ』、と随分な酷評を受けていたが、皆が悪くない表情をしていたと言う事と 今日で卒業と言う事もあって とりあえずアキラは良しとした。
と言う訳で、激励と労いを含めた訪問。
卒業したものの、今日はまだ訓練兵だ。その訓練兵としての最後の晩餐会に顔を出すべく訪問をしてみると……。
やっぱり変わっていない光景が広がっていた。
『うぉぉぉ! ジャンとエレンだ! また始まったぞ!』
『やれやれ~~!』
卒業してもやっぱりいつも通り。
エレンとジャンを中心に一際賑やかだった。賑やかな――殴り合いだ。
以前 エレンに圧倒されていたジャンだったが、今では決して引けの取らない程体術が向上している。だが エレンとて負けてる訳ではない。人一倍目的意識が強いエレンは愚直なまでに訓練に訓練を重ねてきたのだから。
『オラァ! どうしたエレン!!!
『あたりめーだ!!』
ジャンの攻撃を次第に読み始めたエレンは、拳を掻い潜り、カウンターでがら空きのボディに一撃を入れた。ドボッ! と良い具合に入った拳は、観戦している周囲をも表情をゆがませる程のものだ。
『おえっ……、吐いちまいそうだ……』
『ありゃ、ゲロる。オレだったら……』
『おーいその辺にしとけよ! ジャン。忘れたのか? エレンの対人格闘成績は 今期のトップなんだぜ?』
まだ格闘術においては、ジャンを圧倒しているエレンだ。ジャンの攻撃は当たらずエレンの攻撃は届き……勝負は着くかと思われたのだが、これ以上騒ぎたてる様な事をすれば、またまた面倒な教官たちが目を付けてくるのは判り切っている。
何度目か判らない恒例だったから。
「ったく、お前ら」
と言う訳で、2人が間合いを取って、全力右ストレートを溜めて放つ直前を狙って割り込む。バチィッ!! と言う乾いた音が周囲に響いた。
2人の拳を間で受け止めた様だ。
「卒業した後くらい、互いにお疲れさん。くらい言えないのか? ほんっと いつもいつも元気が有り余ってんな」
「っっ!!」
「あ、アキ……っ!」
間に誰が入ったのか判った所で、身体の力が抜けているのを感じられた。だが、いつもに増して頭に血が上ってるのも判る。
「とりあえず、ミカサ。エレン抱えてちょっと離れてろ。頭冷やした方が良いみたいだからな。……ハゲが来たら面倒だろ?」
「はい。了解です」
ミカサは、多分言われるまでもなかったのだろう。
言われたから行動をしたのではなく、言われる前から行動をしていたから、即座にエレンを抱え上げていたのだ。
「ぁぁ、そうだったそうだった。ミカサに次いで、だな」
「ミカサには絶対に勝てねぇって。ありゃ獣だし」
「……獣と言うより、猛獣」
エレン事になれば、勢いと強さが更に比例して増していく様なミカサの強さ。エレンに抗う術も無くそのまま運ばれて行ってしまっていた。
抱えられる姿は何処か滑稽に見えるから周囲はただただ笑うだけだ。勿論、エレンにとっては笑える事ではない。恥辱を味わっているも同然だろう。……つまり、それが今回の罰とも言える。
「アキラ教官! これは、出し物だ!! 止めなくて良いんだよ!」
「いやいや。ただ癇癪起こしたガキの喧嘩にしか見えなかったって。お前らはどっちもどっちだと思うけど、ハゲが来たらその理屈通用しねぇぞ? オレにも通じなかったんだし確実だ」
そこでもう2人が前に出てきた。
「そうだよ。教官が来たら大変だったから、アキラさんには感謝すべきだって。それに出し物なら堪能したよ」
「人間同士で争うの、もう止めようよ……」
苦笑いをしながらやってきたのは、フランツ。そして 涙目で止めに入ってるのはハンナ。2人はよく一緒にいるから特別な仲なのだ。……と他人事だったらアキラもそれくらいは判る様子。
「お前らも相変わらず仲が良ぃな。でも フランツ。オレだって教官だぜ? 実質来てるって事じゃん」
アキラの言葉にやや2人は顔を赤らめるが あまり意識しないようにふるまう。
「あ、あははは、そうですけど、アキラさんなら大丈夫でしょ? ほら、教官って呼ばれる事事態あまり好んでなかったから」
「……そう言われりゃそうだな。教官って今だに呼ぶのって、ジャンとかエレン。オレと結構絡んだ連中だけだしな」
「自分の事過小評価しすぎだよ! アキラ教官は! 圧倒的な上の存在感なんだから仕様がねぇだろ! それよか……!」
ジャンはキッ! とエレンの方をにらみつけた。
エレンはミカサに抱えられたまま、外へと連れていかれる様だ。
「良かったなぁ! エレン! またミカサに守られたぞ! そうやって見た通りおんぶに抱っこだ。ミカサも調査兵団に巻き込むつもりだろうが!」
「まーた、ミカサの事かジャン」
「っ。るっせーよ!」
「ミカサは……無理だ。エレンと離れるのは」
「なんでそんな事言えるんだよ!」
アキラとて教官だ。訓練兵達の経歴書もそれなりに見た事がある。
エレンとミカサの関係も細かくは把握してないが それなりには知っている。
「あの2人は家族だ。……もう、失いたくないんだろうよ」
「……ちっ」
ジャンはそれを訊くと……身体から力を完全に抜いた。
それを確認した後アキラは。
「遅れちまったけど、お前ら。卒業おめでとうな。まだまだ本当の意味ではこれからがスタートラインだ。大変だろうけど まぁ 頑張れよ」
目的であった労いの言葉をかけた。
この104期の訓練生達とこれからは教官として接する事はもうない。感慨深さがある者もそれなりにいるのか、少し表情を落とす者も多数いた。
「身近に悪い例も良い例もいたんだ。お前らは結構ついてる。良い境遇だったんだぜ? この先もなんとかなるだろうさ」
にやりと笑って言い聞かせるアキラを見て、沸々と笑顔が戻ってくる。
そして、ジャンをも含めたその場の全員がアキラに向かって敬礼をしていた。
それを見たアキラは 苦笑いをし、手をひらひらと振った。
「ははっ、オレは心臓なんぞ、要らんからな。本当の意味で 大切な時にとっとけよ。お前らの心臓は」
公に心臓を捧げるという意味を持つ敬礼。それを否定しているようにいつも見えるアキラはやっぱり異端だと言えるだろう。だけど、その自由奔放さに惹かれる者も決して少なくなかった。
だから、アキラが出ていくまで誰も敬礼を直す事はなかったのだった。
そして、その外では エレン、ミカサ、アルミンの3人が話をしていた。
「よ。お前らもほんと仲が良いな」
「アキラ教官。……今まで本当にお世話になりました」
「いいよいいよ。しんみりするの嫌いだし。笑ってろって」
敬礼ではなく、深く頭を下げるアルミン。そしてその後ろのエレンとミカサも同じだった。
「それで、お前らはアレか。調査兵団に入るのか? エレンは言うまでも無いけど エレンが行くならミカサは間違いないし、……アルミンも、だろ?」
「!」
アルミンは、アキラの言葉を訊いて驚いている表情をみせていた。自分の希望をまだここの2人にしか言っていないのに、アキラは判っていたから。
「アキラさんも言ってやってよ。アルミンのヤツは座学がずば抜けてトップなんだ。長所を捨てて非効率な選択をするなんて勇敢じゃねぇ、無謀だって」
エレンの言葉も最もだ。
技術部に入れば、或いは作戦指揮、兵法を学んで更にその才覚を伸ばせば 更なる向上と貢献が出来るだろう。アルミンはそれだけの才覚を持っていると 教官側でも十分認識されているから。
「いや 自分の希望を他人に言われたからって、おいそれと変える程 軟な決意じゃねぇんだろ? アルミンは」
「……はい」
「だよな? エレン、知ってるか? アルミンはお前に負けない程 目を輝かせてる時があったんだぜ?
エレンの夢。それは巨人を一匹残らず駆逐する事もそうだが、それ以上にその先を見据えている。……この狭い世界から飛び出して、探検する事だった。
そして 教官もしているが、本当は調査兵団に所属しているアキラ。壁の外の話をすると エレンだけじゃなくアルミンも目を輝かせていた。
「一応、お前らをしっかりと見とけっつーのも仕事に含まれてるからな。よーく、判ったんだ」
「は、はい……」
全部お見通しだった事に少々気恥ずかしそうにするアルミン。そして その強い気持ちを理解できたエレン。
だからか、それ以上は反対の言葉を出す事は無かった。
「まぁ これからが大変だろうけど、お前ら。頑張れよ?」
「「「はい!」」」
腰を下ろしていたアキラはゆっくりと立ち上がり、3人に背を向けた。
「オレらは、
その言葉をどう受け止めたのだろう。エレンとミカサ、アルミンはどう感じ取ったのだろうか。手を上げてこの場を離れていってる為、表情を見てないからはっきりとは判らない。
だけど、悪い顔はしていない、と言う事だけは理解出来た。
『オレ達も、きっとそこへ……!!』
エレンの力強い言葉が聞こえたから。
「さぁて…… いよいよ外か。……久しぶりの大規模遠征だ」
エレン達に見送られて、アキラは調査兵団の宿舎へと向かう。
今までの小規模なものではない。ルートの再確認と物資の移動と言ったものではなく、それ以上の先へと向かう。今まで以上の広範囲の索敵と探索。そして 放置されている物資の回収。出来る事ならば ウォール・マリアの壁にまで到達する事。
それは何より――死が常に付きまとう作戦だった。
安全をただ考慮しているだけでは先へと進む事が出来ないと言う事は、誰もが理解できている。時には危険を冒さなければならないという事も。
「……誰も死ななけりゃいい。死なせたくない。……ってのはオレの驕り。オレのエゴだ。自分が妙な力を持ってるからって、調子に乗ってるもんだ」
そして、時には過剰な守りも、他の兵士達への過剰な気遣いも、命を懸けて戦ってる兵士達の尊厳を傷つける結果になってしまう事も理解できている。
「これは戦争なんだ。誰も死なないなんて無い。そんくらいは判ってる。……だが」
アキラは力強く拳を握りこんだ。
「……今までの仲間達の分も、これからの分も、全部込めて
力が過剰に入った拳は ごきっ、ごきっ と音を鳴らせていたのだった。
次話くらいで超大型巨人が出てくる(二回目)時系列になるかと思われます。