エミヤ一家のカルデア生活   作:カヤヒコ

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「……当分、治まりそうにはないか」

 

眼前の大嵐を眺め、赤い外套の青年──アーチャー・エミヤは呟いた。

 

轟々と吹きつける強風は木々を軋ませ、水入りバケツをひっくり返したような大雨は五十メートル先の視界の確保すら難しくしている。空は星ひとつ見えず、晴れる気配を微塵も見せない。これでは救難信号を送ったところでろくに伝わらないだろう。

 

「(二人のこともある。大人しく救助を待つほかないな)」

 

背を預けていた岩壁から離れ、エミヤは雨宿りに利用している洞窟の奥へと歩いていった。

 

 

 

 

 

遡ること数時間前。エミヤは素材集めの為、カルデアのマスター他数名と共に、修復されつつある特異点のひとつであるオケアノスへ赴いた。

 

────のは良かったのだが、ここで何時もの如くトラブルが発生。システムに不調があったのか、レイシフトしてみればマスターが不在。夜まで探索してみるも、合流できたのは同じくレイシフトしたサーヴァント二名のみ。更に天候も悪化したのでそれ以上マスターを探すことも出来ず、仕方なく偶然見つけた洞窟で夜を明かすことになったのだ。

 

なんというか、腐れ縁の青い槍兵とは別の意味で幸運Eである。生前からの体質とはいえ、溜め息のひとつでもつきたくなるのだった。

 

パチパチと木が爆ぜる音と光を頼りに少し歩くと、開けた場所に出る。焚き火の側には二人の少女がいて、その片割れがエミヤに気づいて声を投げた。

 

「見張りお疲れ様」

 

「む。まだ寝ていなかったのか」

 

「うら若き乙女はこんなところでそう簡単に寝られないの」

 

褐色の肌、銀色の髪、露出の激しい赤い戦装束。見た目は小学生、しかし戦闘力は一線級な彼女はクロエ・フォン・アインツベルン。とある事件を経てカルデアにやって来たサーヴァントだ。

 

その隣で横になっているのは、クロエと瓜二つの容姿を持つイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。クロエと同じ経緯でやって来たサーヴァントにして魔法少女である。

 

 

「彼女は寝ているようだが?」

 

「この子の適応力が高過ぎるのよ」

 

イリヤの髪を撫でながらクロエが言う。声音は呆れているが、その表情は穏やかだった。常日頃イリヤと姉の座を争っているが、心根では案外どちらでも良いと思っているのかもしれない。

微笑ましい光景に、エミヤの口元もつい緩くなる。

 

「君も早く横になりたまえ。上質な睡眠は難しいだろうが、眠らないよりはマシだろう」

 

 

こうしてレイシフトしている以上、マスターもこの特異点のどこかにいることは間違いない。今頃ロマニと共に探してくれているだろう。なら自分の役目は、それまで彼女達を危険にさらさないことだ。

 

 

もう一度入り口を見てこようと踵を返して、

 

 

「それじゃ、ちょっとだけ付き合ってくれないかしら──お師匠サマ♪」

 

どこか蠱惑的なその声に、緩んだ口元が引き攣る。目が死んでいくのを自覚しながら振り返った。

 

「……その呼び方は控えてくれと言ったはずだがね。それに、付き合うというのは?」

 

「わたしが眠くなるまでお喋りしましょ。貴方、普段すぐ会話切り上げちゃうじゃない」

 

「伝えるべきことは伝えているはずだ。それとも私のアドバイスに不満でも?」

 

「そーじゃなくて、もっと貴方のことを知りたいの。……それともぉ、ここまでレディがお誘いしてるのに断る気なのかしら?」

 

小柄な体躯をくねらせ、指は唇へ。上目遣いと桃色に染まった頬。それらを目にした男を非日常へと誘う魔性の貌。幼いながら整った容姿も相まって、クロエの誘惑は魅了スキルを発揮しそうな程だ。

 

 

だが、

 

「フッ。悪くないが、男を誘うならもう少し女性的な身体に成長してからだね」

 

 

────瞬間、殺気。

 

 

『蹴り穿つ死翔の槍』(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)

 

 

放たれし深紅の流星が、エミヤの立っていた場所に殺到する。間一髪横っ飛びで回避した。

 

 

「チッ、まだ因果逆転は再現できないわね」

 

「君は私を殺す気か!? というかいつの間にここまでゲイボルクを扱えるようになった!?」

「スカサハに教えてもらったのよ」

 

「くっ、ケルトの連中はどいつもこいつも節操がない……! いい加減年相応の落ち着きを覚えたら良いものを」

 

「あ、もしお話してくれなかったら今のスカサハに言っちゃおうかなー?」

 

そんなことになれば朝まで鍛練と言う名の瀕死コース確定である。狂王を除くクーフーリン×3の惨状を思いだすと背筋が凍った。

 

「…………解った。あくまで君が眠るまでは付き合おう」

 

自分の迂闊さを呪いながら、エミヤは嘆息と共に腰を下ろすのだった。

 

 

 

 

 

率直に言って、初めて会ったときからエミヤはクロエを苦手にしている。

 

数多の英霊が集うカルデアで、イリヤとクロエが真っ先に注目したのがエミヤだったのは、ある意味当然だったのだろう。向こうからしてみれば、自分達の父兄と同じ名を真名とし、さらにクロエの能力──引いてはその核となるアーチャーのクラスカードと同質の力を有しているのだ。これが気にならない方がおかしい。

 

そして彼女達の大体の事情を察したエミヤは、それとなく二人を避けてきた。ただでさえ生前の知り合い(に限りなく似た別人)が増えてきて気まずい上に、二人には自らの出自を悟られかねない。これ以上の職場環境の悪化を防ぐべく細心の注意を払っていたのだが、ある時最も厄介な人物に目を付けられた。

 

 

そのお人好しな性格と行動力と器の大きさで特異点を踏破し続け、またあらゆるサーヴァントと絆を深めている、お前一般人つーか逸般人だろと名高い今のエミヤの主。即ち、人類最後のマスターである。

 

 

『なんかクロエから相談受けてさ、エミヤの戦いを見てると自分の力の使い方が解ってくるんだって。じゃあいっそエミヤに師事させればいいんじゃ? ってことなんだけど、頼めるかな?』

 

 

これにはかなりの難色を示したが、エミヤほどあらゆる戦況に対応できるサーヴァントもそういない。もう一人いれば戦略の幅も広がるだろうというもっともな理由を論破出来ず、渋々クロエの指導を引き受けることになった。厨房などの家事で忙しいと主張することも出来なくはないが、それはサーヴァントとして色んな意味で敗北を意味すると思っている。

 

 

それからはクロエの小悪魔的な言動に振り回されつつもキッチリと面倒を見た結果、効果は如実に顕れた。投影の精度は以前と比べ物にならなくなり、戦闘能力も大きく向上した。流石の責任感の強さと面倒見のよさである。カルデアのおかんの名は伊達ではない。

 

 

「それでね、黒ひげに秘蔵のコレクションを見せてもらう代わりに、わたしの写真を撮らせてあげたのよ。これでネタには困らないとかで喜んでたんだけど」

 

「了解した。ナイチンゲール女史を伴いヤツの部屋を徹底的に掃除して、ついでにあの男ごと焼却しよう。マスターの判断を仰ぐまでもない」

 

まあ仕事だなんだの言いつつ過保護気味なのは、クロエ本人を含めてバレバレなのだが。

 

 

 

しばし、そうしたとりとめもない話に興じる。年相応にくるくると表情を変えるクロエの顔を見つめていると、否応なしにある少女のことが思い出された。

 

 

 

────それは、もう遥か遠い記憶。自分にとって契機となった魔術的儀式で出会った、冬の娘。妖精のような無邪気さと冷酷さを併せ持った、目の前の二人とは似て非なる存在。

 

記憶が摩耗した今となっては、彼女がどういう顛末を辿ったかは思い起こせない。だが写真のように、その姿は色褪せてもなお鮮やかに蘇る。

 

この二人が平行世界の存在で、自分の知る彼女とは関係のないことは理解している。自分では、本来二人を取り巻く問題を直接的に解決することも出来ない。元々イリヤとクロエは迷子のようなものなのだ。人理の修復に成功すれば消える可能性が高い。カルデアでの記憶が、元の世界にいる二人に反映されることもないだろう。

 

 

それでも────

 

 

「ちょっと聞いてるの?」

 

「あ、ああすまない。少し呆けていたようだ。何の話だったかな」

 

「は、話っていうか、その……」

 

 

俯いて、もじもじと身体を動かすクロエ。時折こちらを覗き見るも、辛そうな顔をして黙ってしまう。訓練を始めてから、幾度か見たことがあった。

 

 

「どうした? トイレに行きたいのならすぐ用意して──いやすまない。デリカシーに欠けていたのは謝るからその聖剣を下ろしてくれ!」

 

「そうじゃなくて!! その…………」

 

顔を赤くしたクロエはしばらく逡巡した後、意を決したように顔を上げて、

 

 

 

「お礼を、言いたかったの」

 

 

小さな声でそう言った。

 

 

「……君を鍛えたことに関しては、礼はいらない。私はあくまでマスターの要請に応えただけなのだから」

 

「それもあるけど、そうじゃないわ」

 

 

クロエはその手に、一対の剣を造り上げる。エミヤとクロエの主武装である、白と黒の夫婦剣。哀しみに濡れた視線が、その刀身をなぞった。

 

 

「貴方と打ち合ったとき、この剣を通して流れ込んできたわ。……どんな道を、貴方が辿ってきたのか」

 

 

────ああ、やはりか。

 

 

エミヤの顔が歪む。クロエの指導を拒んだ最大の理由がこれだ。

 

別人であれ、エミヤの力を核に受肉したその身体はエミヤそのものと言っていい。嘗ての自分がそうだったように、成長の代償として記憶が逆流する可能性も十分にあり得た。

 

 

「……すまない。君には酷いものを見せてしまった」

 

「別に良いわ。元はわたしが言い出したことよ。……信じた道を走り続けて、その過程で多くのものを失って──最期まで報われず、あんな荒野(場所)に辿り着いた。貴方のことだから、辛いなんて思わなかったんでしょうけど」

 

 

でも、とクロエは自身の胸に手を当てる。心臓の鼓動と、そこに満ちる力を感じるように。

 

 

「他でもない貴方のお陰で、わたしは生きている。自慢じゃないけど、わたしがいないとヤバかったこともあったから、この子達の恩人でもあるわね」

 

 

幸せな夢でも見てるのか、あまりお茶の間にお見せの出来ない顔となっているイリヤをちらりと見て、クロエはエミヤに向き直る。

 

 

 

 

「だからありがとう。貴方の生涯(ユメ)には、ちゃんと意味はあったのよ」

 

 

 

 

ふわりと、無垢な笑顔が咲いた。

 

 

 

 

「──────」

 

 

殺してきた。ひたすら殺して、少しでも天秤の重い方を救い続けてきた。このグランドオーダーは例外中の例外で、終わればまた守護者として殺戮(救済)する日々が始まる。いつか得た“答え”を胸に、エミヤはこれからも歩き続けるだろう。

 

 

だけど────

 

 

「君に感謝される謂れはないよ。私は、私の為に人生を駆けたのだから」

 

「もうっ、いいから素直に受け取りなさい! 貴方自分のことマスターにすら詳しく明かしてないそうじゃない。周りにあんまり詮索してほしくないんでしょうから、こうして誰も聞いてないところじゃないと言えないの!」

 

 

頭を押さえられ、髪をグシャグシャに乱される。少女の頬の赤色は、果たして焚き火の光なのか。

 

 

それにしても、どうやら随分と気を遣わせてしまっていたようだ。これでは仮といえど師として立つ瀬がない。

 

 

「クロエ」

 

恥ずかしいのか、そっぽを向いている彼女の頭に手を乗せる。驚いたように顔を上げた少女に、エミヤは穏やかに笑いかけた。

 

 

ここに新たな誓いを立てる。

 

自己満足に過ぎなくても。儚く終わる夢だとしても。

 

いつか別れるその時まで、彼女達を支えていこう。

 

 

自ら無意味と断じた生涯を、意味があると言ってくれたように。この奇跡(出会い)を意味あるものにしたいから。

 

 

「“オレ”の方こそ、ありがとう」

 

 

その笑顔は、いつかの少年のようで。

 

 

「~~~~~~~っ!!!」

 

クロエの顔がみるみる内に真っ赤に染まっていく。

 

「どうした? 顔が熱くなっているぞ」

 

「な、なんでもない! ちょっと外見てくる!」

 

「待ちたまえ! ひょっとして風邪では……」

 

「うるさいこの朴念仁!! こんなとこは変わってないんだから余計に質悪いわ!!」

 

お兄ちゃんなんて絶対呼んであげないんだからあああぁぁぁと叫びながら、クロエは敏捷ステータス(エミヤより速い)フル活用で洞窟の入り口へ消えていった。

 

 

「んにゅ……あれ?」

 

追うべきか迷っていると、イリヤが目を覚ました。考えてみればこれまでずっと寝ていた訳で、中々に大物な気がする。

 

「おや、起こしてしまったかね」

 

「………………」

 

寝惚けているイリヤは答えない。トロンとした眼を幾度かしばたたかせると、

 

「お兄、ちゃん?」

 

「………………」

 

思わず閉口する。さっきのグシャグシャで髪が下りているとはいえ、そんなにあの未熟者と似ているのだろうか。

 

 

「あれ、エミヤさんなんで……ああああ!!」

 

覚醒して状況を思い出したのだろう。慌てた様子でエミヤに背を向けた。髪はボサボサ、唇の端には涎が垂れていて、お世辞にも人前に見せられる格好ではない。女の子にとっては死活問題である。

 

女性の身支度に同席する訳にもいかないので、手鏡と櫛を投影して渡すと、エミヤはその場を後にした。

 

 

そして気づく。あれだけ激しかった風雨の音が聞こえなくなっていて、

 

 

「おーい! みん──だー!」

 

「───エさーん、イリ───ん、エミヤ──ぱーい!」

 

 

こちらを探す主と盾の少女の声が耳に届いた。

 

 

外に出てみれば、水平線の彼方がうっすらと白んでいる。いつの間にか夜を越していたようだ。

 

湿り気を残した風に、赤い外套が舞い上がる。

 

 

「さて、まずは……マスターと合流して、どこかに消えた弟子を探すとしようか」

 

 

やれやれと小さく笑い、エミヤは近づいてくる声の方へ歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────なお、ここまでの会話は存在感を消していた愉快型魔術礼装の手によってバッチリ録音されており、それを聞いた影の国の女王に追い回される羽目になるのだが、それはまた別の話である。

 




皆さまはじめまして。カヤヒコと申します。

新年明けて何かしてみようということで、初めて二次創作というものを書いてみましたが、如何だったでしょうか?

プリヤとfgoのクロエ、そしてubwの詠唱文を見ていて、クロエ視点からのこういったAnswerもありなのではないかなーと考えました。



今回書いてみて、改めてfateのキャラは魅力的だと思いましたね。その分キャラの特徴を捉えるのがとても難しく、常日頃拝見させてもらっている良作の作者様には尊敬の念を覚えます。


もしよろしければ感想、意見など、お待ちしています。

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