シンデレラガールズ・オブ・ザ・デッド   作:電柱保管

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【修正】部屋の明かりが戻りました。(2017年1月11日修正)




「き、きゃあっ!」

 

 卯月の悲鳴が室内に響きわたった。

 

「ガアハヴゼッバヴアッ!」

 

 ()()()()、卯月の首筋に噛みつこうと迫るプロデューサー。

 それを必死に押しとどめる卯月。

 

 小梅たちはそんな光景をただ呆然と眺めてしまっていた――なにが起きているのか、理解が追いつかない。

 

「プ、プロデューサーさん、やめっ、やめてくださいっ!」

 

 卯月の拒絶の声を聞いて、ようやく凛がハッと我に返る。

 

「な、なにしてんのよ、あんたッ!」

 

 凛はキッと眉をつりあげ、ずんずんとプロデューサーに詰め寄った。

 

「ヴガァッ!」

 

 胸を突き飛ばされたプロデューサーは、よろよろとバランスを崩し、そのまま床に尻もちをつく。

 

「え……? ち、ちょっと……」

 

 彼があまりにも簡単に倒れたものだから、凛は少々あわてたようだ。嗚咽を漏らす卯月の肩を抱き寄せながらも、凛は倒れたプロデューサーにおそるおそる声をかけた。

 

「あ、あの、大……丈夫?」

「ウウウ……」

 

 プロデューサーはうずくまったまま、まともな返答を寄こさない。

 

 凛の顔に困惑の色がにじむ。

 

 気まずい雰囲気に――助け舟を出したのは、未央だった。

 

「ちょ、ちょっとちょっと~、いくらなんでも冗談キツイってー、プロデューサー」

 

 未央は軽口を叩きながらプロデューサーに近づいていく。

 座り込んだプロデューサーの前まで来ると、未央は少し腰をかがめて手を差し出した。

 

「愛の告白ならさー、もっとロマンチックにやらないと」

「ウヴ……」

 

 プロデューサーは緩慢な動作でおもてを上げた。

 

 彼の緑色の顔が見えて――小梅はようやくゾッとした。

 

「未央さん、ダメ!」

「え?」

「ウガぁッ!」

 

 間一髪だった。

 

「っ!?」

 

 プロデューサーに噛みつかれそうになった瞬間、未央は反射的に手を引っ込めていた。

 

 ガチン、と、歯を噛み合わせる硬い音がやけに明瞭に響いた。

 ほんの一瞬でも回避が遅れていたら、どうなっていたか――恐怖が一気に室内を支配する。

 

「おいおい……、だ、だから、冗談キツイって……」

 

 未央は笑みを引きつらせ、じりじりとあとずさる。

 

 凛と卯月も肩を寄せあいながら、困惑と恐怖が入り混じった目をプロデューサーに向けていた。

 

 怯える彼女たちをにらみつけるプロデューサーは――手足を大きく開いた四つん這いの体勢で床にはいつくばっていた。

 

 まるで獣だ。

 

 いや――化物だ。

 

「な……っ、なになに!? なんだよ、おい!?」

 

 ソファでは奈緒が、危険から逃れたい一心なのか大慌てで座面にのぼった。

 

「プ、プロデューサーさん……なんですよね?」

 

 こちらはソファのうしろに身を隠した幸子が、こわごわと尋ねた。

 

「ガアッ!」

 

 返ってきたのは咆哮だった。

 

 小梅たちは一斉に身をすくめた。

 

 言葉は分からなくても、答えは分かる。

 

 目の前の恐ろしい存在はたしかにプロデューサーではあるが――小梅たちの知っている彼ではない。

 

「み、みなさん、一旦外へ――」

 

 小梅がとっさに避難をうながそうとした、そのとき。

 

 バチン、と火花が爆ぜるような音とともに、突然部屋の照明が落ちた。

 

「きゃあ!」

 

 甲高い悲鳴が誰からともなく上がる。

 

 小梅も混乱しかけた――が、なんとか気を確かに持つ。暗い。だが、窓から差し込む明かりのおかげでかろうじて視界はある。彼がいた場所へ目をやった。

 

 が――いない!

 

 上!?

 

 気配を感じ、小梅は視線を跳ね上げた。

 

「ブヴォワッ!」

 

 宙を舞う彼の姿が見えた。跳び上がったのだ。

 

 赤い目が光った。小梅を見ていた。少なくとも小梅にはそう思えた。

 

 やられた!

 

 息が詰まった。足がすくんでいた。動けなかった。小梅にできたのは、目を固く閉じ、両手で頭を守ることくらいだった。

 

 ああ――っ。

 

「ガッ!?」

 

 にごった悲鳴に続いて、なにかが倒れるような大きな物音。

 

 目を開けるとすでに明かりが戻っていた。そして――小梅の足元でプロデューサーがうずくまっていた。小梅は驚き、息を呑んだ。

 

「なにしてるの! 早くこっち!」

 

 固まっていた小梅の腕をとったのは、長い髪のシルエット。凛だった。

 

「あ、ご、ごめんなさい」

 

 なぜか謝ってしまった。こんなときにまで彼女に対する苦手意識は消えないのか――。

 

「いいから! 逃げるよ!」

 

 凛は有無を言わさず小梅の腕を強く引いた。見れば、彼女の右手にはビニール傘が握りしめられている――そうか、あれでプロデューサーを殴りつけたのか。

 

「きゃああああっ!」

 

 さっきから暗い室内にこだましている甲高い音がみなの悲鳴だと、小梅はようやく気づいた。みな、さきほどの争うような物音で恐慌をきたしていた――我先にとドアに殺到している。

 

「ウ……ウウ……」

 

 プロデューサーはまだ側頭部を押さえ、床でもだえている。逃げるなら今しかない。

 

「は、早く早く!」

 

 ドアが開くと、みなは押し合いへし合いしながら廊下へとまろびでた。

 

「ト、トレーナーさんっ! た、助けてくださいっ」

 

 切羽詰まったような幸子の声が聞こえた。

 

 小梅と凛も急いで廊下へ出る。

 

 幸子たちの肩越し――廊下の先に、ジャージ姿の女性が見えた。

 

 彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()、廊下の真ん中に突っ立っていた。

 

 小梅たちのレッスンを担当している女性トレーナー……なのだが――。

 

「トレーナーさん、き、来てください! プロデューサーさんがなにか変なんです!」

 

 後ろ手で休憩室のドアを指さしながら訴えると、知り合いに会えた安心感からか、幸子はトレーナーへ寄っていこうとする――ダメだ!

 

「幸子ちゃん、待って!」

 

 小梅がとっさに幸子の腕をとった、その刹那。

 

「ビヒャアウアァッ!」

 

 トレーナーは怪鳥の泣き声のような奇声を発し、おもてを上げた。

 

 その顔の色は――どす黒い緑。

 

 プロデューサーと同様に、人間離れしていた。

 

「ひ、ひいっ!」

 

 幸子があげたそんな悲鳴を聞きとがめたのか。

 

「ビャアッ!」

 

 トレーナーはキッと小梅たちを見据えたかと思うと、ダン、と音を立てて床を蹴った。こちらへ向かってくる!

 

「う、うわあああっ!」

 

 恐怖の叫びをあげただけで――小梅たちはその場で固まってしまった。

 

 押しくら饅頭をしているように全員で身を寄せ合ってしまい、身動きがとれない――!

 

 トレーナーがぐんぐんと迫って――鋭く爪を立てたその手が、最前列にいた幸子に向かって伸ばされた!

 

「ひ、ひいいいっ!」

 

 幸子は頭を抱えてしゃがみこみ――トレーナーの右手が幸子の頭上で空を切る。ほとんど反射的な動作だったのだろうが、幸子はトレーナーの一撃をかろうじてかわした。

 

「グガッ!?」

 

 攻撃を空振りさせたトレーナーは、勢い余ってそのまま右肩から床に転倒。

 

「ひっ!」

 

 足元に転がったトレーナーにひるみ、みな一斉に半歩うしろへ飛びのいた。

 

「に、逃げろ!」

 

 未央の掛け声で退路――廊下の先を見やった小梅たちは、しかしそこで、絶望的な光景を目にすることとなった。

 

「なっ――!」

 

 スーツ姿の男性の集団が廊下を塞いでいた。十数人。男たちは廊下の端から端まで隙間なく並んでおり、さらに後続まで列が続いている。

 

 そして小梅たちを恐怖させたのは――あきらかに普通でない彼らの雰囲気だった。

 

 彼らの肌はひとりの例外もなく、緑色をしてただれていた。

 

「ちょっ……!」

 

 小梅たちは反射的に廊下の反対側へ視線を振り向けた――が、そちらも状況は同じだった。化物じみた男たちが行く手を塞いでいる。しかも彼らは――。

 

「ちょっ……ちょちょちょっ!?」

 

 ゆっくりとだがこちらへ向かって行進しているようにも見えた。

 

 小梅たちはせわしなく左右に首を振るしかなかった――そうこうしているうちに。

 

「ウウウ……ッ」

 

 片肘をついてゆっくりと上体を持ち上げるトレーナーに小梅は気づいた――身を起こそうとしている!

 

 小梅の背筋に悪寒が走った。

 

「も、戻って!」

「だああああっ!」

 

 まず休憩室へ飛び込んだのは奈緒だった。続いて卯月、凛、未央が次々とドアをくぐる。

 

「幸子ちゃんも早く!」

 

 小梅はとなりにいた幸子を突き飛ばすようにして休憩室へ押し込んだ。

 

「こ、小梅さん!」

 

 幸子が伸ばしてくれた手をつかみ、小梅も室内へ飛び込んだ。が――。

 

「ヴガァッ!」

 

 とうとう立ち上がったトレーナーが、小梅の背後で威嚇するかごとく両手を振り上げていた。

 

 このままでは室内に踏み込まれる――!

 

「~~っ!」

 

 小梅は決死の覚悟でトレーナーの懐をかいくぐり、ノブをつかんだ。全力でドアを引く。

 

「ヴァッ!?」

 

 閉まりかかったドアはトレーナーの指を無惨に挟んだ。

 トレーナーが反射的に手を引っ込めた――そのわずかな隙に。

 

「むうんっ!」

 

 小梅はもういちど勢いよくノブを引いた。

 

 今度は完全にドアが閉まる。

 

「か、鍵!」

「分かってます!」

 

 奈緒の声に怒鳴り返すと、小梅は急いでサムターンを回した。その刹那――。

 

「ケキャアッ!」

 

 ドアの向こうから、けたたましい奇声。さらになにかを引っ掻くような不快な音。

 トレーナーがドアに爪を立てているのだと、容易に推察できた。

 

「オオオ……オオオ……」

 

 加えて聞こえてきたのは、低く、ぐぐもった声の重なり。魑魅魍魎が奏でているようなオーケストラ。廊下にいたあの連中までもが、ドアに群がってきたにちがいない。

 

「いやあっ!」

 

 恐怖に耐えかねたのか、卯月などは両耳を押さえてうずくまってしまった――しかし。

 

 この部屋に残されていた危険は、小梅たちに現実逃避を許さなかった。

 

「……グ、ヴグググ……」

 

 獣じみたうなり声に引きつけられるかのように、小梅たちは一斉に振り向く。

 

「あ、あ……」

 

 恐怖に口元が震えた。

 

 プロデューサーが立ち上がっていた。


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