ホテル周囲の散策自体はすぐに終わった、というより周りの視線が痛いので早々に切り上げた、というのが適切かもしれない。
マジで何なの? 俺らは指名手配犯か何かなのか? 人相広まるの早すぎでしょ? 田舎の限界集落かな? そんなにお前ら暇なの? 他にもっとやることあるでしょ? 等、言いたいことに限りがない。
「……ごめんな、俺のせいでゆっくり見れなくてさ」
「いいんです。この辺はミヅキさんと一緒に、大体は見終えてますから」
リーリエの気遣いが心にくる。結果論だが、やはり多少のリスクはあっても、ポケモンは直に確認しておくべきだった。心のどこかに、他人に見せたいと思っていたのかもしれない。我ながら愚かなことをした。
逃げるようにホテルしおさいの中へと入っていくと、思ったより空いているロビーが目の前に広がっていた。もう少し客がいるかと思ったが、繁盛期ではないようだ。どおりで特別席が作れるわけである。
「すみません、これを見せれば良いと言われて来ました」
早速ポケットに隠していたバッジを、受付の人に見せた。一瞬考える素振りを見せたが、表情はすぐに驚愕に変わり、内線だと思われる電話をかけた。
「すみません、例の……ええ、カプ・テテフを所持しているトレーナーです」
すみません、がっつり聞こえちゃってるんですけど。あなた達カプ・テテフのこと警戒しすぎではないですか?
「宿泊ですよね? お部屋にご案内しますので、付いてきてください」
宿泊なんて聞いていないが、ちょうどいい。こちらもこの街のポケモンセンターで夜を明かす気は毛頭なかったので、最悪野宿かなんて思っていた矢先の出来事である。
「彼女も宿泊できますか? ただ、一緒の部屋だと色々問題があるというか……」
「お部屋はこちらの都合上、一部屋のみとなっておりますが……一応、ダブルベッドで防音処置が施されておりますので問題ありません」
むしろ問題しかない。何故だろうか、こちらを観光客カップル扱いしている気がしてならないのだが……リーリエが顔を真っ赤にしていて可愛い。
「わ、わたし、ポケモンセンターに泊まりますから!」
残念だが、仕方ないだろう。リーリエは何者であろうと穢してはならない清く尊い存在なのだ。
「だそうです。彼女は食事だけということでお願いします」
「わかりました。食事の準備が出来次第お持ち致しますので、お部屋で待機なさっててください」
歩いているうちに、一通りの説明が終わった。どうやら部屋内で食事ができるようだ。エレベーターは丁度よく一階で止まっており、スイッチを押すとすぐにドアが開き出す。中はポケモンや荷物を運べるように作られているのだろう、業務用エレベーター並に広かった。
エレベーターはどんどん上がってゆき、最上階にたどり着いた。そのままホテルマンに付いていくと、最奥の部屋の前で止まった。
「こちらになります。どうぞごゆっくり、お寛ぎくださいませ」
ドアキーを手渡すと、ホテルマンは戻っていった。先程渡された鍵で扉を開くと、そこはビジネスホテルなんかとは比べ物にならないほど、気品の溢れる部屋であった。
部屋はベッドとシャワールームを加味しても広く、二人で食事ができるくらいの机と椅子が置かれていた。デスク、ベッド、タオル、果てはアロマポットなど、備え付けの品々全てが一級品であることは素人目でも一目瞭然だ。さらには、最上階ということもあってか海が一望でき、水平線に隠れようとする夕日まで見ることが出来た。
「すごいな……いや、ほんとすごい。感動した」
「そこまで感動するものでしょうか、普通に凄いとは思いますけど……」
「……あんまりミヅキたちの前では、そういう事言わないほうがいいぞ」
リーリエが天然っぷりを発動させる。可愛らしく首を傾げてるが、そういやこの子、財団の令嬢だった。おそらくだが、こういうのが当たり前の世界で生きてきたのだろう。
「そういえば、ケンさんってカプ・テテフをゲットしていたんですね」
こういう、空気の読めなさとかで分かる。今そんな話の流れじゃなかったでしょう……どれほど気になっていたのだろうか。食事中に、さり気なく言ってみようかなんて考えてたのが全部水の泡だ。
「その秘密を教える前に、一つ約束事がある。これはリーリエと俺だけの秘密にすること、たったこれだけでいい」
「……それはククイ博士にも、ミヅキさんにもですか?」
「そうだ。それが守れなければ、今日のことは忘れてくれ。ただし、もし約束を守れるのなら……リーリエの今一番知りたい事を教えてやる」
リーリエが眉を顰める。まあ無理もないか、ぱっと出の人間が何を知ってるなんて思いつかないだろう。反応としては正しい。
リーリエは少し目を伏せ、決意したかのように見開き直した。
「わかりました。ケンさんについて、色々教えてください!」
「お、おう……そんなにやる気になってもらっても困る」
どうどうと、リーリエを落ち着かせると椅子に座るよう促した。給水器から水を注ぐと、リーリエの前に置き、自分の分を一口飲んだ。美味い、どうやら水も一級品のようだ。冷たすぎず、丁度良い温度まで冷されている。少しレモングラスのようなハーブ成分が含まれているのか、清涼感が増したように感じた。
一呼吸、間を置いた。
「深く考えずに聞いてくれ……俺は、別の世界のアローラからやって来た。カプ・テテフは向こうの世界の個体で、こちらの世界では別の個体が存在しているはずだ」
「そんなことって……ありえるのでしょうか」
半信半疑、といった感じか。流石に今ので信じてくれるとは思っていないが、この主張はあながち間違いではないのも事実だ。すぐに押し切れる。というより考えられる間を与えずにゴリ押した方が早い。
「空間研究所で、ウルトラホールについて聞いただろ? 他の世界と繋がることが出来るんだが、それは平行世界とも繋がることが出来るみたいでな、おそらく、俺はそこからやってきたみたいだ。ただ、平行世界といっても若干の時差があったみたいで、俺らの世界だとアローラにはポケモンリーグがあったんだが、こっちにはなさそうだな」
「そ、そんなにいっぺんに話されても困ります」
失敬、焦りすぎているみたいだ。少し話のペースを落としつつ、リーリエの反応を見ながら進めるか。
「つまりだ。言い換えれば、俺は別の未来から来たってことになる。ただそれを皆に言えば、どこで話が漏れるかも分からないし、いつ未来が変わるか分かったもんじゃない。だから少し嘘をついたんだ」
「わたしに話そうと思ったのは、どうしてですか?」
「……向こうの世界でも、リーリエのことは一番信用していたし、今日のやりとりで、ある程度リーリエが信用出来るに値すると思ったんだ。だから話した」
あ、また顔が真っ赤になってる。やはり本物の天使はどの表情でも天使だ。愛くるしいことこの上ない。リーリエは自分で顔を二回ほど叩くと、勢いよく立ち上がった。
「分かりました! ケンさんを信じます。あんなにお強いギャラドスと信頼し合っているんです、嘘をつくような悪い人のはずがありません!」
絶賛嘘吐き中なんだけどなぁ。まあアローラの未来をロールプレイングしたのは事実だし、ポケモンの親もおそらくケンなので事実だ。なんの問題もない。あるとすれば、その『ケン』は、『俺』じゃない。
「信じてくれてありがと。お礼のついでに、未来から来た俺が何か一つ教えてやるよ。コスモッグについてか、それとも……未来のルザミーネさんについて、とか」
「……やっぱり、かあさまを知ってるんですね」
「どうする? 何かを一気に教えるのは、未来を変えてしまうかもしれないから避けたいんだが……」
「かあさまについて教えてください」
ほぼ即答か、当然といえば当然だ。リーリエの旅の目的はコスモッグをエーテル財団から守ること、それが達成されたエンディング後は昔のような母親を取り戻すこととなった。
おそらく、リーリエにとってはコスモッグが何であれ無事ならば問題ないのだろう。ただ、ルザミーネがどのような原因で変わってしまったのかは知りたいはずだ。
「ルザミーネさんはとある出来事の後、心身ともに衰弱し、目を覚まさなくなった。原因はウルトラホールの中に棲むポケモン、ウルトラビーストだ」
「……それを倒せば、かあさまは元に戻るのでしょうか?」
「そんな簡単な話じゃないだろうな。ルザミーネさんは今現在、精神をウルトラビーストの毒に侵されている状態だ。ただ倒せば済む問題じゃない……だがな、俺の知ってる限り、チャンスは一度だけ来る」
そう、ルザミーネがウルトラホールの向こう側に行く前に、一度だけウツロイドが姿を表す瞬間がある。エーテルパラダイスでの不祥事で、初めてUBを目撃するシーンがあったはず。
「ルザミーネさんに取り憑いているウルトラビーストを手に入れてしまいさえすれば、解毒剤の研究も進むだろう。幸い協力してくれそうな人物もいるしな。そうすれば、ルザミーネさんが消耗する前に治せる可能性がある」
「そんなこと、出来るんですか?」
余裕である。ウツロイドはLv28なので、おそらくウルトラボールで一発ゲットだろう。念のため、カグヤとジュモクでウルトラホール周りを塞いで貰えば逃げられはしない。
「ただ、それだと未来を変えてしまうんだが……」
「いいんです! そんな未来なんて、お断りです!」
いつになくリーリエが激しい。がんばリーリエじゃないのに、こんなに感情的になるのか……激情に駆られるリーリエもかわいいな。
「よし分かった……ただ、達成するにはミヅキの行動をチェックする必要がある。前いた世界の人間関係的に、ミヅキはこの世界の俺みたいなものだからな。ウルトラビーストと出会うのも、おそらくミヅキだろう」
「ミヅキさんが?」
少し怪訝そうな目で見るのはやめていただきたい。こちらもある程度は傷つく……あれ、これもしかしてご褒美なのでは?
「だから、行動チェックのためにも一緒に行動した方が……誰か来たな」
足音が止まって数秒後、ノックがかかる。おそらく食事の準備が整ったのだろう。一時会話を中断して、ロックを解除し、扉を開ける。すると料理がたくさん運び込まれようとしていた……ただ、扉を開けたのは見覚えの無い、恰幅の良い壮年だった。
「失礼、私はこのホテルしおさいのオーナーをさせてもらっています、ラクと申す者でございます。どうしても貴方と食事がしたく、こちらに参りました」
おいおいおい、オーナー直々に来るのかよ。