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いやいや、おかしいおかしいおかしい。
リーリエの好感度がバグった。
確かに前々から行動に違和感を感じてはいたし、これからもっと親しい間柄になるだろうとは思っていた。それにしたって、先程の一幕はプラスの好感度が全部吹っ飛んでマイナスに行ってもおかしくない、筈だ。
逆に好感度が下振れすぎて、数値がぶっ壊れたのかもしれない。おそらく-256を下回ったあたりで、好感度メーターが常識と共に明後日の方向に吹っ飛んだんだろう。
いや、吹っ飛んだのは俺の頭かもしれない。
「やっと起きましたね」
朧げな視界に映るのは、本を持った天使。
「……おはよう、リーリエ」
たぶん、あれは夢だったんだ。
リーリエの熱い接吻に秘められた恍惚と尊みで脳がオーバーフローしてぶっ倒れた愚か者なんていなかったんだ。
リーリエから目を逸らし、知らない天井と睨めっこをする。ここ何処なんだろう。記憶が曖昧だ。
ぼうっとした視界にひょこっと、リーリエが顔を覗かせた。あ、これはイケナイ事を考えている顔だ。と思ったのも束の間。
たっぷりと、味わい尽くされた。
「ん……ふぅ……流石に傷ついちゃいました。だってキスした相手が気絶しちゃうんですから」
でも、今度は大丈夫でしたねと、魔性の笑みを浮かべながら舌舐めずりをする天使。最早堕天使だ。ナニカに目覚めそう。
「……はい、すいません」
返す気力も、返す言葉もない。最近はハルジオン関連でバタバタしていたせいもあって、体力的に無理があったのかもしれないが、それは言い訳にすらならない。
挨拶代わりにディープキスする方も十分失礼だとは思うが、キスをされたら卒倒するのも大分失礼だろう。そこは反省すべきだ。
「でも、可愛いケンさんを見ることができたので許します」
「そうですか」
「そうなんです。ですから、これからも、いっぱい見せてくださいね?」
こわいこわい、いきなり積極性の塊みたいな女の子になってリターンしてきたんですけれど。信じて送り出したリーリエは一体何処へ行ってしまったんだ。こんな至近距離でくろいまなざしを向けるタイプの女の子じゃなかった……筈?本当にそうか?
まあ、どんなリーリエでも私は一向に構わんスタイルですけどね。
閑話休題。と言わんばかりの咳払いが一つ。
「それはそうと、明日の予定を話に来たんです。ミヅキさんとハウさんは、エーテルパラダイスへ招待することになりました」
さっきのは、それはそうとで流される流れだったのか。
だが、
「……ようやく来たか」
「その反応……やはり、明日に何かが起こるんですね」
ミヅキ達が、エーテルパラダイスへ初上陸するタイミングにウツロイドが現れる。このタイミングを逃せば、次に会う機会は既に手遅れの手詰まりな状態となっているだろう。
「ケンさんには、きっと何か考えがあるんですよね?力になれるかもしれませんし、何をするか教えてくれませんか?」
「全部一人でやるつもりだったんだが、まあ協力者は多いに越したことはないしな。かと言って特別な事はしないけど」
「あんまり暴力的な内容だと、逆に邪魔しちゃうかもしれません」
「……善処する」
作戦内容としては、ウツロイドをボコってウルトラボールで捕獲するという、至ってシンプルな計画だ。
ただ一点、計画に邪魔な存在がある……エーテルパラダイス内には、貴重なポケモンを保護しているという都合上、盗難防止のためモンスターボールを阻害するための電波が張り巡らされているらしく、捕獲しようにもモンスターボールが働かないのだ。
「それを解決するのが、エルモというわけですね」
「そういうわけだ。動力源の電気を奪ってしまえば電波自体を止める事が出来るし、電波の出所も数も分からなくて良い。単純明快で致命的な妨害もされないし、大体、10秒も止めてくれたらハルジオンのサイキネで仕留めてボールを当てるまでに充分すぎるからな」
あまりに長い時間電気を止めてしまうと、エーテルパラダイスの生命維持装置的な何かも止まってしまうだろうし推奨出来ない。あんな海のど真ん中でビオトープを作っているのだから、そんな何かがあっても可笑しくは無いだろう。
「私がエルモを連れて、発電機近くで待機するとして……合図はどうするんですか?」
「心配ない。ウルトラビーストが現れる時には、大きな揺れが起きるからな。揺れから30秒くらいを目処にすれば良いだろう。停電なんて屋内だとすぐに分かるし大丈夫だ」
ウツロイドが現れる際に、実験の影響かは分からないが島全体が揺れるのだ。これ以上と無い合図だろう。
「心配なのは……リーリエ、ちゃんと仲直り出来たのか?」
「秘密ですっ」
「あのなあ」
不安しかない。ウツロイドを手に入れた後は、ビッケに頼んで解毒剤を作って貰うつもりだ。そこまでに行き着く過程で、リーリエとルザミーネの間にイザコザが生まれれば達成は難しくなる。ビッケが火消しに向かうことが容易に考えられるからだ。
ビッケの事は、完全に信用してもいいだろう。彼女はエーテル財団実質ナンバー3のエリート研究者であると同時に、本物の善人だ。故にルザミーネにも、リーリエにも力を貸してくれている。そのどちらにもメリットのある提案を飲まないはずがない。
「ビッケさんにウツロイドを引き渡せばクリアだ。それまで騒ぎは起こすなよ?」
「ふーん。会ったこともないのに、そんなにゾッコンなんですね」
「言い方に悪意を感じる」
ツーンとそっぽを向くリーリエ。ツンデレ可愛い。
「ふふ、分かってますよ。特別なのはわたしだけだって」
「ハルジオンが聞いたらブチ切れそうだな」
「聞かせてあげてるんです」
ボールホルダーが異常に振動しているのはそのせいか。ピンの抜けた手榴弾より怖いんだけど、爆発物処理班はどこですか?
あ、僕ですか。そうですか。
「後で宥めるの大変だからな。また強引に迫られるかもしれない」
「その時はまた『上書き』してあげますよ?」
「人の口でオセロするな」
陣取りゲームとも言う。ポーランドよろしく、巻き込まれる側はたまったものではない。
「しかし、随分とやり方が大胆になったな。何かあったのか?」
流石にここまでアプローチされれば嫌でも気が付く。気付かないのは鈍感系主人公を通り越して完全無感覚ドリーマーの不感症野郎だけだ。
リーリエはきっと、窮地を救ってくれる、導いてくれる、守ってくれる、そんなヒロイックな男を好きになってしまったんだろう。
実際は真逆だ。
博士に窮地を救われ、リーリエに行動指針を与えられ、ポケモン達に守られている。その癖、恩を忘れて一丁前にイキリムーブをカマす最低のクズだ。ポケモンのやりすぎで、受験勉強放っぽり出して勘当されるだけの事はある。
自惚れるな。自分の事は、自分が一番良く知っているのだ。リーリエには相応しくないなんて事も。
だが、クズでも男なら、それを隠し通して進まなければならない。失望されないために、醜くも足掻かなければならないのだ。
「いいえ。ただ、負けられないと思ったんです」
おそらく、相手はハルジオンだろう。アイツもアイツで、なつき度や仲良し度に狂わされている可哀想なポケモンだ。
何が悲しくて、アイテムを使って上げられたポイントのせいで、ここまで自身を利用し尽くすクズを好きにならないといけないんだろうか。立場が逆だったら謀反を起こしてるなきっと。
「頑張り屋さんだなあ、リーリエは」
「はい。是非とも今夜は期待していてくださいね?」
少し頬を赤らめ、恥じらいを見せる姿は天使そのものだった。先程までのグリゴリーリエな様子とは真逆の、新鮮で正当で清純な美少女の魅力が溢れんばかりである。
だが、おそらくそんな甘い夜は来ないだろう。どうしてここまでコケにされておきながら、ハルジオンが出てこないのか。それが答えだ。
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「ケン、起きてる?」
「寝てる」
「そっか」
リーリエは来なかった。おそらく、ハルジオンが夜に降臨する事を初めから分かった上で挑発していたんだろう。マスターボールから勝手に出てくるためには、かなり労力が必要だと言っていたからな。
リーリエとしても、昼の段階で引き摺り出せれば夜這いできるしいいやって考えだったのだろう。いやはや残念、ちょっと邪神様が想定より忍耐強かった。
「なんだ。今日は一緒に出歩こうとか、遊ぼうとか言わないのか?」
「明日は大事な用事があるんでしょ?アタシがゆっくり眠れるように、抱き枕になってあげるんだから!」
「それはまた随分と殊勝な心掛けだな」
直向きさという面では、ハルジオンも良い子だと言わざるを得ない。ここまで偏執な様子を見るに、いつも拘り眼鏡を持たせていたのが災いしているんじゃないかと最近思い始めたくらいだ。
傍若無人ではあるが、それによって俺が守られている面も大きい。ハルジオンがいなければ、ポケモン達、特にUBとは未だに馴染めなかっただろうし、安定の約束された島キング生活も夢のまた夢である。
「それじゃあ、おじゃましまーす」
モゾモゾと侵入してくる、体温の高めな小動物の頭を撫でると、何とも嬉しそうな顔をしてくれる。
いつもここまで可愛気があればいいんだけどなあ。外ではやはり、邪神然とした行動をとらないといけないんだろう。もしそうなら、色んなタイミングで口元がにやけすぎてて意味ないけど。
花の香りが鼻腔をくすぐったと思ったら、ハルジオンの顔が布団からすくっと飛び出た。昨日の今日に見た、魅せられるような守護神の顔が目の前に現れる。
前と違うのは、鳥の羽根のように軽い、触れ合うだけの淡いキス。
「おやすみ。明日はがんばろうね」
囁きと共に、意識は遠く彼方へ落ちていった。
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待ちに待ったターニングポイントがやってきた。この為だけにミヅキ達をストーキングしていたと言っても過言ではない。
ここから原作を離れて行くことになるんだろうが、それは致し方ない。せめて、自分がやれるだけの事はやってみせようじゃないか。
「お待ちしておりましたよ、皆様方……」
ハノハノリゾートホテル……さっきまで泊まっていたホテルのロビーで待っていたのは、原作と変わらないザオボー。いつ見ても小物臭が凄い。
加えて、リーリエもメンバーにいる事が、余計にザオボーの行動を小物臭くさせる。おそらく会長の娘という立ち位置の彼女を、嫌でも意識してしまうんだろう。小心者すぎる。
仮にこれでも支部長なのだから、カリスマ性の無さを補って余りある研究者としての実力があるということなんだろう。後からビッケを使ってこき使ってやるか。
「リーリエお嬢様、今更戻って何をするおつもりで?」
「少し用事があるのですが、子供のお守りで忙しそうな支部長さまに言う程の事ではありません。ただ、せっかくですし友人とご一緒させていただく事にしました」
澄ました顔であしらうリーリエに、悔しそうな顔をするザオボー。もう既に、格の違いが如実に現れ始めているのが面白すぎる。どちらが子供か分かったもんじゃない。
「ふ、ふん。まあいいでしょう、わたしは約束を守る大人としての責務を果たしにきただけなのですから。それではミヅキさんと、そのお連れの方々は一緒に来てください」
ミヅキの後に続いて、一緒についていく。案内された船は、4人が乗るのに少し窮屈そうだ。
「これは、少し……いえ、かなり詰めなければいけませんね」
心なしか嬉しそうなリーリエ。泥臭い冒険が好みなのか?
「まあいいでしょー、せっかくだしゆっくり旅しよー」
「そうね、安全運転で行くべきですよね、ザオボーさん……怖くなったらつい、お母さまに色々言いつけちゃうかも」
「うぐぅ……ええ分かっていますよ、それぐらい」
ザオボーに続き、船に乗り込む。思った以上にスペースのある船内だったが、リーリエのポジションを確認したところ、俺の膝上を御所望らしい。詰めるってレベルじゃねえ。
前途多難だ。
何か言いようのない、一抹の不安を覚えながら無意識にリーリエの背を抱きしめた。
グリゴリとは→ 旧約聖書偽典『エノク書』に表される堕天使の一団
Wikipediaより