真顔のシングル厨がアローラ入りするお話   作:Ameli

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奪われやすい唇。

 リーリエに、ようやく会える。

 

 

 あの魔窟から、どのようにして逃れたのかは知らないが、帰れる算段まで叩き出し、生還まで漕ぎ着けるとは一体どんな取引をしたのだろうか。

 

 

 リーリエの母である、ルザミーネ。彼女の狂いっぷりは業火を見るより明らかだ。あの冷凍保存されたポケモン達を見るに、原作開始時点で既に手遅れ。現在進行形で絶賛発狂中だろう。

 そんな彼女から、UBを呼び出すキーアイテムであるコスモッグを奪い、剰え逃げ出すようなことをしているリーリエが、無事で済む筈がない。どうしてそうなったのか全く絡繰が見えない。

 

 

 勿論、無事で帰ってくる事を嬉しく思っていない訳では断じてないのだが……ただ、不思議が過ぎる。謎は深まるばかりだ。

 

 

「ねえ、やっぱり話聞いてないよね」

 

 

「結局どっちの道に行くんだよー」

 

 

「あ、この道は右だな」

 

 

 ミヅキとハウの声にハッとさせられた。危ない危ない、考え事をしながら歩くと、やはり周りが見えなくなってしまう。現在時刻はおよそ8時。ディグダトンネルを通過してカンタイシティを目指しているところだ。

 

 

「さっきからボーッとしちゃって。転ぶよ?危ないよ?」

 

 

「大丈夫、後ろの守護神が守ってくださるんでな」

 

 

「そういう事!」

 

 

 再度、定位置に収まったハルジオンが耳元で喧しい。

 

 

 昨日の夜、もう抱っこスタイルと口移しはやめて欲しいと直談判したところ、なんとアッサリお許しが出た。昨夜、しこたまライチさんに小言をぶつけていたのを見て、己も同じ道を辿るのではと危機感を覚えたのだろう。

 ただ、折衷案として何時ものように首に掴まるおんぶスタイルを所望してきた。もう何回も首を絞められてきて慣れかかっている事だし、それで機嫌を損ねないのであればいいやと、渋りに渋ったフリをして了承した。

 明朝、あの二人に普段のケンに戻った、等と言われたことは忘れない。もう彼等の中では、サトシの肩にピカチュウを乗せるように、邪神に取り憑かれた姿がスタンダードに映るのだろう。もうイメージアップは諦めている。

 

 

 しかし、こういった軽口一つで一喜一憂するのはやめて欲しい。少し皮肉を挟めばヘッドロックしてくるし、今回みたいに喜んでいても、緩むのはコイツの口元だけで、無意識なのだろうが腕に力が入る。どちらにせよ首は締まるのだった。

 

 

「ここを行った先を2回曲がれば、おそらく外に出られるだろう……この地図が正しければ」

 

 

「ケンはバトルしないんだからさ、ちゃんと道案内に集中してよねー」

 

 

「いや、俺一人だったらそもそもバトル吹っかけられないから」

 

 

 二人の修行の一環で、俺はバトルに手出しをしない。そもそも、ハルジオンを見てもなお俺に襲い掛かってくる野生のポケモンはいないし、野良トレーナーはミヅキとハウに片されるのだが。要するに時間短縮と暇潰しを兼ねてのガイド役ってところだ。

 この洞窟は整備されており、そこまで複雑化はしていないのだが、それでも行き止まりがあったり、段差で一方通行になっていたりと面倒極まりないので、ガイド役を買って出たのは正解だった。

 

 

 曲がった先から外の太陽光が漏れている。ようやく外に出られそうだ。少し手間取ったが、これもエーテルパラダイスへ行くために必要な事だと割り切る。原作通りならば、此処から先も、コイツらから肌身離れず行動する必要があるのだから油断はできない。

 

 

「ようやく出口か、長かったな」

 

 

「わたし達、来る時は半日以上かかったんだけど」

 

 

「オレらが強くなったって事だなー」

 

 

「前向きだな」

 

 

 強くなったのは事実だろう。昨日の大試練でも、フクスローとオシャマリはタイプ相性を加味しても大活躍であったし、スムーズに行きすぎる事で少し調子に乗り始める時期も、俺という存在が天狗になることを許さない。こちらも原作通り着実に育ってきていて嬉しい。

 

 

 コイツらには後で活躍してもらうからな。俺一人でどれだけ無双しようが、影分身なんて出来ないし、イベントフラグも立たないしでリーリエ周りが好きだらけだからな。失礼、隙だらけだ。

 まあ、育ってはいるが要求レベルまでは程遠い。最低でもLv40程度の主力が欲しいので、これからも頑張ってもらおう。

 

 

 他愛もない雑談を続けていると、不意に首を引っ張られる。十中十九、後ろのあいつだ。

 

 

「どうした?いきなり引っ張ると危ないぞ」

 

 

「ケン、ギューして」

 

 

「いやいや、いきなりどうした?」

 

 

 出口間際のこのタイミングで、どうしてそんな事を言い出すのか。分からない。虫の知らせか何かを感じて、嫌な予感でもしたのだろうか。

 

 

「大胆だね!」「青春だねー」

 

 

「五月蝿い」

 

 

 囃立てる外野の二人も、そこそこハルジオンと長い付き合いになるせいか、それとも命知らずなのかは知らないが肝が座ってきたようだな。いずれコイツらが痛い目を見ても、見てみぬふりをしよう。

 

 

 別に減るものでもないし、別にいいかとフワフワと近寄ってきたハルジオンを抱き寄せる。

 

 

「はいはい、ギュー。これでいい?」

 

 

「ダメ」

 

 

 全身に伝わるサイコパワー。幾度もくらってきた経験から推測するに、これは拘束するためのサイコキネシスだろう。もうサイキネソムリエを名乗ってもいいかもしれない。

 

 

 動かなくなった腕の中で、ハルジオンがモゾモゾと顔を近づける。ジッと見つめ合うこと十数秒。

 改めて観察してみると、エキゾチックなフェイスペイントに黒い肌、そこに浮かぶように存在感を放つ眼は、光の加減で鮮やかに変化する宝石のようだ。

 神々しさを感じる出立は、島の支配者と言っても過言ではない。観察を通り越して見惚れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 見惚れていたため、反応もその分遅れたのだと言い訳をさせて欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 気付けば、唇は重ねられていた。

 

 

 

 

 

 口移しとは違う、明らかな求愛行為。

 

 

 口腔は貪られ、蹂躙され、激しく熱い吐息と、仄かに甘く柔らかな感触が、ボヤけていた頭を一瞬で真っ白にさせた。

 

 

 思考が戻るが、拒否はできない。目を合わせられながらも、舌先を舐られる。先程まで宝石のように輝いていた瞳は、いつしか深淵のように昏くなっていた。

 それに映るのは情けない顔をした自分自身と、恐ろしい程燃え上がるナニカだ。

 

 

 

 

 

 どうして、いきなりこんなことをするのか。驚きと怖れが過ぎ去った後には大きな疑問が残った。

 こんなレイプ紛いの暴挙に出ることは、今まで一度たりともなかった。それは、ハルジオンなりに俺を想っての事だろう。逆に言えば、このようにして何時でもハルジオンは襲えたにも関わらず、何故今なのか。

 

 

 ていうかキス下手だな、めっちゃ歯が当たるんだけど。初心者か?

 

 

 少しばかり冷静になると、周りの様子を伺う余裕も出てくる。興味津々なミヅキと、気不味そうに顔を逸らすハウと、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 微笑んでいる、リーリエ。

 

 

 

 

 なるほど。

 

 

 

 

「ン゛ん゛ーーーッ!!」

 

 

 声なんて出ない。当たり前だ、塞がれているもの。

 

 

「んもー、そんなに大きな声で愛を叫ばなくってもいいんだよ?」

 

 

 コイツはどうしてキスをしながら喋れてるんだろうと思ったらテレパシーだったな!

 

 

 久しぶりのリーリエを見る。笑顔が素敵だなあと一瞬だけ思ったが、それが勘違いに気付いた。いつも見てきたから分かる、あれは怒っている顔だ。目が笑っていない。

 

 

 何故怒っているのか。それは久しぶりに会えた、裸で同衾しても良いと思っている程信頼していた人間が、別の女と熱烈な接吻をかましているからだ。

 是非、それが自惚れだと思いたい。勘違い野郎でありたい。何故なら、一度失った信頼は、取り戻すのは困難なのだから。

 

 

 別に性的な意味での同衾でなかったとしても、その別の女が生物学上全く異なるものだとしても、この一幕はリーリエを怒らせるに足るものだったのだ。

 

 

 そして漸く理解した。突拍子もないハルジオンの行動に、何の意味があったのかを。

 

 

「ハルジオンさん、そろそろ止めましょうか。ケンさんが嫌がってるじゃないですか」

 

 

 全く感情の篭っていない声に、ひぇ、とミヅキの小さな悲鳴が聞こえた。

 

 

「あー、ここまで長いキスは初めてだったし、ちょっと慣れてなかったのかも」

 

 

「わたしが居ない間に、随分と仲良くされていたみたいですね」

 

 

 不自然なまでに崩れない笑みは、いつもニコニコしているハウのポーカーフェイスに、少しだけ歪みを生じさせる。

 

 

「ケンさん、お久しぶりですね。ミヅキさんもハウさんも、お元気そうでなによりです。

 それで、これは一体何をされていたんでしょうか?」

 

 

「愛し合う二人が、いつどんなところで何をしようが勝手でしょ?」

 

 

「愛し合うために、超能力で相手を縛りつけなければならないなんて、随分と不憫なんですね」

 

 

「お前……!!」

 

 

「あら、また暴力に頼るんですか。いくら主人が有能でも、所詮は獣ですか」

 

 

 その一言を皮切りに、ハルジオンは近くに散らばった(つぶて)を放った。サイキネで直接攻撃をしておらず、礫の軌道を見るに正中線は外しているだろう。どうやらまだ理性を保っているようだ。

 

 

 ハルジオンもハルジオンだが、流石にリーリエも言い過ぎな面もあったし、ここらで少しばかり邪神様の怖い一面を見ていた方が

 

 

 

        いいと思ったんだが。

 

 

「セント……エルモ……」

 

 

 ボールから即座に飛び出し、全ての礫を弾き飛ばしたのは、俺が貸したエルモだった。

 弾き飛ばした事自体は、当然出来ると思っているので全く驚かない。ハルジオンが驚いているのは、何故リーリエを、それも自主的に守ったのか。

 

 

「もくく(何をしている?)」

 

 

「はあ?アンタには関係ないでしょ!」

 

 

「モク、くく(関係ある、お前は主のものを傷つけようとした)」

 

 

「セントエルモ、まさかその女の肩を持つワケじゃないでしょうね!」

 

 

「もクク、モク(これが死ねば、主は悲しむ)」

 

 

 何を言っているのかはサッパリだが、ハルジオンが舌打ちを残してボールへ引いていったのを見るに、どうやら説得してくれたようだ。

 

 

「何だかよく分からないけど、ありがとう。エルモ」

 

 

「もく(会いたかった)」

 

 

 一週間振りの抱擁。どうやらエルモに、俺の感謝の気持ちが伝わったみたいだ。

 

 

「リーリエ、その、俺にも悪いところはあるからさ。あんまりアイツを怒らせないでくれ」

 

 

「そうですね。では、悪い子にはお仕置きをしないといけませんよね?」

 

 

「え、あ、そうだね」

 

 

「ふふ、楽しみです」

 

 

 何が楽しみなんだろう。どう楽しまれるんだろうか。先程まで一切の感情を感じなかったのに、その笑顔と声には明らかな喜びを感じるのが逆に怖い。

 

 

「ミヅキさん、ハウさん。改めてお久しぶりですね」

 

 

「う、うん。久しぶり、リーリエ」

 

 

「見ない内に、結構逞しくなったなー」

 

 

 今のリーリエにそんな事言えるお前が一番逞しいよ、ハウ。

 

 

「いえいえ、わたしなんてまだまだですよ。もっと強くならなきゃ」

 

 

 これ以上強くなるって、一体どこまで行くつもりなんだろうか。ハルジオンに怯えていたリーリエが懐かしく感じる。

 

 

「それより、大試練を見事成し遂げたとお聞きしました。おめでとうございます!」

 

 

「いやー、それほどでも」

 

 

「ミヅキは結構ギリギリだったけどねー」

 

 

「それは言わない約束でしょ!」

 

 

 先程までのリーリエとは一転して、何時もの明るくてお淑やかなリーリエが目の前にはいた。今まで見ていたものが嘘のようで、何か悪い夢でも見ていたようだ。

 

 

「そうだ、ケンさんにエルモのボールを返さないといけませんね」

 

 

 そう言ってリーリエは、腰のボールホルダーからウルトラボールを取り外すと、俺のところまで歩いてくる。

 なんだろう。何かが引っかかるが、もう次の瞬間には引っかかっていた事さえも忘れてしまった。

 

 

「ついでに、上書きもさせていただきます」

 

 

 

 


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