※主人公がライブキャスターを持っていないことをすっかり忘れていたため、前話一部修正しました。
大試練は、あっという間に終わった。
実力としては申し分ない二人のことだったので、心配してはいなかったが、それにしたって早すぎる。原因は大試練の内容にあった。
まず、形式が
ただ、ゲームと違い主人公の物語進行度合いによってレベル調整をする事が難しいため、このような方法を取っているのだろう。でなければ、シーザーの逆鱗を耐えるようなルガルガンを倒すなど、今のミヅキたちでは無理だ。
あくまで、挑戦者を見極めるためのバトルということだろう。
ただ、決着がつかないというのは不完全燃焼に陥りやすい。
特に全力を出せない、挑まれる側は。
「ほら、さっさと準備する!」
生き生きとしたライチさんの言葉に、自然と溜息が出る。このために早々終わらせたのではないかと勘繰りたくなる気持ちを抑え、ボールを放った。
相手は、ミヅキたちと今までバトルしていたルガルガン。かいふくのくすりを使ったとはいえ、疲労が抜ける訳ではない。
ハッキリ言って舐めプである。これにシーザーやニシキ等といった、明かにルガルガンへ有利を取れるポケモンを投げても面白くない。
更に言えば、上記の二匹は模擬戦で勝利の感覚を掴みたいがために多用していたこともある。敢えて先程まで戦っていたルガルガンを続投するということは、何かを誘っている可能性も十分考えられた。
「……なるほど、ミミッキュね」
「わあ、シルキーちゃんだ!」
「二人ともー、がんばれー」
この戦いは、所謂エキシビジョンというものだ。勝ち負けに拘り過ぎてワンサイドゲームって結末は大変よろしくない。
そこで、今回はシルキーをぶつけることにした。何を考えてたのかは知らないが、相手の思惑を外す事もできるし、経験値も稼げるしで一石二鳥だ。
「シルキー。今日はよろしくな」
「きゅきゅきゅ!」
「ルガルガン。いつもと違う相手だけど、小さいからって油断するんじゃないよ!」
「ルゥ」
両者は気合い十分、決戦の火蓋が切られようとしていた。
こちらはセオリーを通していくだけで勝てるだろう。ルガルガンに決定打はなく、カウンターもゴーストタイプには意味を成さない。どういった秘策があるかは知らないが、様子見で剣舞するか。
「シルキー、剣の舞」
「ルガルガン、ストーンエッジで邪魔してあげな!」
シルキーが地面を滑るように踊る。そこにルガルガンのストーンエッジが襲い掛かった。岩の破片は当たりこそしないものの、量や威力は無視できないもので、避けるために精一杯なせいか剣舞の効果を十全に発揮できないでいる。
シルキーが逃げた先に、囲うように穿った岩が配置される。誘われたか。
「来るぞ。じゃれつくで迎え撃て!」
「噛み砕く!」
逃げから一転して、シルキーはルガルガンに果敢に攻め込む。じゃれつくが見事ルガルガンへヒットしたが、代わりに噛み砕くを受けてしまった。
ただ、シルキーには『ばけのかわ』というチート特性がある。これは、どんな攻撃技も一回だけダメージを無効化できるという頭のおかしい特性で、ミミッキュの代名詞とも言えるだろう。
独自のタイプ構成であるゴースト・フェアリータイプの技の通りやすさと、低威力技を底上げできる積み技が特性と種族値に噛み合っている部分もあるため、これだけでのし上がってきたとまでは言わないが、大半を占めている事に違いはない。
ポケモンというゲームは、相手より一回多く行動出来れば勝ちにつながるケースというのが非常に多い。その一回は、最後の一押しであったり、勝ちへ繋がる土台作りであったりと様々だ。
その一ターンをお手軽に作り出してしまうのが、この特性だ。一撃でHPを半分以上削られる事も珍しくないこのゲームで、一回相手の攻撃を空かすことができるのは非常に大きい。
これにより噛み砕くのダメージは受けなかっただろうが、ダメージは無効化出来ても、技の追加効果は無効化出来ない。毒や火傷等、様子を見れば分かる効果は噛み砕くには付いていないが、ぼうぎょを下げる効果があるため油断はできない。
目には見えないが、ぼうぎょが下がっているとするとストーンエッジ急所で持っていかれる可能性も高い。
「もう一回じゃれつけ!」
「離れてストーンエッジだ!牽制しろ!」
ばけのかわが剥がれてしまい、安全に積む事もできない上、一回攻撃を受けているルガルガンへ剣舞をするメリットは薄い。一回積んで殴るより、肉薄している今、エッジを撃たせずドッグファイトして二回殴った方がプレッシャーを与えられるだろう。
それに、勝負には流れというものもある。今が攻め時だろう。
後方へ下がるルガルガンだが、素早さはシルキーの方が上だ。じゃれつくを当てる事に成功したが、攻撃の衝撃を逆に利用されて上手く距離を取られてしまった。放たれたストーンエッジは威嚇射撃のようで、シルキー本体に襲いかかりはしないが、攻撃への道筋を完全に塞がれたようだ。
一旦の仕切り直し。ただ、こちらはHPを完全に残していて、相手は一撃貰えば倒れるであろう状態。流石に影撃ちでは倒せないだろうが、連打するのも選択肢に入る。
こうなれば剣舞も選択肢に入れておけばと少しの後悔をした後、相手が動いた。
動いたのは、ライチさんだ。あれは……Z技の決めポーズ。
「これが、全力のZ技!!
ワールズエンドフォール!!」
ぬかった。よくよく思い返してみたら、ライチさんはさっきのバトルでZ技は一回も使っていない。これは耐えきれないかも。
ルガルガンの咆哮と共に、頭上へ集合する岩石群。太陽を隠すほどの巨岩は、対象者へ大きな影を落とす。
「今のうちに距離を詰めろ!」
岩が降る直前まで、シルキーは距離を詰めた。おかげで、Z技を撃った後の無防備なルガルガンに一発叩き込める。
勿論、耐えられればの話だ。
空を覆う程の巨岩が、小さな身体一つ目掛けて振り下ろされた。シルキーの物理耐久は平均以下だが、対するルガルガンは平均以上の火力で最大パワーの技を繰り出している。レベル差やぼうぎょダウンの有無で変わってくるため何とも言えないが、大凡八割方耐えられないだろう。
だが、信じるしかない。
落とされた岩が砕け、割れた岩から満身創痍ではあるが、鋭い気迫を持ったシルキーが飛び出すと、シャドークローで一閃。
そのまま流れるようにルガルガンへ影撃ちを決めると、ルガルガンは戦闘不能になった。
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「ライチさんのルガルガン、めっちゃ強かったなー」
「これはもう、完全に手加減してましたって言ってるものだよね」
ギリギリすぎる勝利だった。おそらく、シルキーが最後耐えてくれたのは絆のお陰だろう。ルガルガンが、シーザーとニシキのせいでレベルアップしていた可能性が高い。原作最後がだいたいLv60弱って感じだっただろうし、もう60は超えてるか。
シルキーも少しずつレベルアップしているが、流石にレベル差付いてるだろうし、よく勝てたな。やっぱり化けの皮が化け物すぎる。
「うーん、上手くいったと思ったんだけどねえ……流石はケンってところかな」
「いえいえ、どちらが勝ってもおかしくないバトルでした」
「あんまり謙遜するもんじゃないよ。ほら、カプ・テテフ……ハルジオンもそう思うわよね?」
先代のテテフが消滅してから、邪神たっての希望で、俺の知り合いは全員ハルジオンと呼ぶ事になった。権力者はこういった小さいところから支配していくのだろう、これからハルジオンのアローラ制覇物語が始まるのかもしれない。
「んー、バトルは見てないけど、ケンのバトルに集中している顔が見れたから満足かな!」
「……いつも通りの顔のような気がするけど」
「なんか、リーリエも違いが分かるって言ってたよねー」
好き勝手言いやがって。そこまで表情筋死んでないからな?感覚はあるし、喜怒哀楽くらいは表現できているだろう。むしろ動かなかったら普通気付くわ。
ハルジオンは勿論、絶賛ひっつき虫となっております。バトルを支障を来たさないと分かってしまった今、剥がす理由が見つけられない。
ただ、不便がないのもまた事実だ。口移しと不意打ちのキスさえ我慢すれば、基本何でもやってくれるのだ。重さも自分で浮いているためか殆ど無く、ライチさんが居ない家の家事をやらせてはいるが、中々に力加減が上手になっている。全て最高の才能(王冠込)を持っているだけの事はあるな。
……いや、やっぱり口移しは無いわ。そろそろ辞めてもらうように言おう。
「俺としては、顔じゃなくてバトルを見て欲しかったなあ」
「バトルは見るものじゃなくて、やるものでしょ?」
「お前は見守る神じゃなかったのかよ……」
「ケンのバトルは別よ。ケンが他の子とバトルしてるの見ると、嫉妬以外の感情が浮かばないから」
「結構、ストレートに言うようになったなあ」
ふふんと胸を張る邪神。それ褒めてない褒めてない。
「でも、そんなイチャイチャしてるとリーリエが怒るんじゃない?
そろそろカンタイシティに着くって言ってたよ」
「そ、ま?」
「何その略し方……ケンがライブキャスター持ってないから、会ったら伝えてくれって」
リーリエが、ようやく帰ってくる?
もう一週間くらい離れ離れになっていたし、色々話したいこともある。正直飛んでゆきたい。
「あ、なんか今日は用事あるから、明日以降でお願いしますだって」
「マジかよ。そんな御無体な」
「ケンが我慢する必要は無いわ。さあ、はやくセレスを出して!今すぐ行きましょう!」
「いやそれは無い、リーリエに迷惑をかけるのは論外だ……まさかお前、リーリエに俺が嫌われるように?」
サッと目を逸らす邪神。なんかコイツ色々と成長してきているような……やり方が分かってきているというか。誰かが入れ知恵してる可能性があるな。
チラと目を向けると、直ぐにライチさんと目があった。
サッと目を逸らす島クイーン。お前か?お前が色々吹き込んだんか?
思えば、抱っこで口移しとか家事全般こなしてるとか違和感があった。前のハルジオンがそんな搦手を使ってくるような……いや、これはライチさんが吹き込んだのではなく、ハルジオンが教えてもらいにいったパターンの可能性もある。
ボイスレコーダーを持ち出す前後くらいから、ハルジオンにも焦りが見え始めたんだろうな。まあしゃーない、相手は天使と言えど神に匹敵する熾天使クラスだからな。しゃーない。
ライチさんは被害者。そう思ってた方が俺としても都合が良い、精神衛生上……いやだって、認めたら完全にアーカラ島に永住させようとしてきてるって事になる訳で、そう考えると今まで見ていた尊敬できるライチさんが崩れ去ってしまう。
「ライチさん。この話は夜、ゆっっっっっくり話しましょう。ミヅキとハウは、明日朝一で出発するので、心残りのないようにコニコシティで準備してくださいね。朝五時に迎えに行きます」
「はやっ!」
「異論は認めません。それでは解散」
ようやくリーリエと会える。ただその前に、やるべき事もある。
夜、心して聞いてみると、大分黒寄りのグレーだった。俺は泣いた。